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★★悟りを得る方法など書き込みましょう★★

1 :☆心(良心)=主イエス様☆:2008/08/03(日) 06:00:01 ID:yXNmOCpo

一番大事なこと

☆自己観察をして本当の敵は自分の中になると気づくこと☆

レイプする人いじめをする人はは本当は自分を憎んでいる
人を批判非難裁く人は本当は自分を憎んでいる
どんな場合であれ 相手を憎む場合は 本当は自分を憎んでいる

人を怒り裁きたくなり許せない憎い批判非難の正体は
本当は 自己の心の闇を外部に 投影 しているのである

以上のことを 釈迦やイエスは見破ったのである

☆愛と良心に従う生活をして
自分に正直に生きて自分に嘘をつかず
瞑想や憎い嫌いな相手の幸福を祈ると 悟り に近づくであろう☆

好きなことをすること
本音で動くこと
自分に嘘をつくのは最大の罪である 
自分に嘘をつくと幸福感も減りますよ

エゴの正体を見破り自我を解体することが 悟り につながる

2 :☆心(良心)=主イエス様☆:2008/08/03(日) 06:09:00 ID:yXNmOCpo

怒り 憎しみ 批判 非難 攻撃の思考
は 本当の自分 ではない と見破ること 見抜くこと

怒り 憎しみ 攻撃に思考 が出たら すぐに反応するのではなくて
なぜ自分は怒ってるのか?怒り憎しみ攻撃の思考は本当の自分ではない と見破ること
怒り 憎しみに従えば 自己防衛強化 エゴの強化であり 
エゴを解体消滅するのは逆の働きをする

が 悟りを得てない段階では 不条理な目に会えば きちんと怒りを示してして
それはやめてくれ など叫ぶことも大事 主張すべき時は主張すること
自分の尊厳を大事にすることも大事 が 
あるレベルに到達すれば 怒り 憎しみ 攻撃の思考 は 本当の自分ではない と
だんだん見抜けるようになる

神の使者(ゲイリー)
無条件の愛(ポール・フェリーニ)
不死というあなたの現実(ゲイリー)

より抜粋

3 :☆心(良心)=主イエス様☆:2008/08/03(日) 06:11:37 ID:yXNmOCpo

浮気をされて怒る人は 本当は自分を憎んでいる

最高レベルの視点では

人に殴られて怒るのは 本当は自分を憎んでいる

最高レベルの視点では

どんな場合でもあれ 人を憎む怒る場合は 本当は自分を憎んでいる

が 悟りを得てない段階では 不条理な目に会えば きちんと怒りを示してして
それはやめてくれ など叫ぶことも大事 主張すべき時は主張すること
自分の尊厳を大事にすることも大事 が 
あるレベルに到達すれば 怒り 憎しみ 攻撃の思考 は 本当の自分ではない と
だんだん見抜けるようになる

本当の敵は自分に中にしかいない

4 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/03(日) 06:21:38 ID:9oVUAnLH
取りあえず、基督教徒は、
仏教の言う悟りから遥か彼方に在る事は間違い無いのだがな。
(^。^)1ニハワカルマイテ♪

5 ::2008/08/03(日) 06:56:52 ID:FZHCzaex
飯を抜いて家を掃除して持ち物を捨てれば悟るよ さとるよ!

6 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 07:04:17 ID:yXNmOCpo
イエスも釈迦も 同じ悟りです

7 ::2008/08/03(日) 07:04:35 ID:FZHCzaex
>一番大事なこと ☆自己観察をして本当の敵は自分の中になると気づくこと☆

敵などいないのじゃ それが悟りじゃ
しいていえば 己の乱れた心が敵じゃ
だから統一に励むのじゃ

>好きなことをすること 本音で動くこと
それはいかん。好きなことなど存在しない。するべきことをするのじゃ。
好きなことをして本音で動けば世の中は放逸に流れ悪魔に身を任せることになる
肝心なことは欲望を慎み他人様の三分の一ですべてに満足することじゃ

>エゴの正体を見破り自我を解体すること
うむ。。。着眼は悪くないがそんなややこしいことをかんがえずとも
分相応以下の食生活を保てば人格は清浄になる。

>怒りは本当の自分ではないと見破ること
怒りは己を滅ぼすものだと見抜くのじゃ

>それはやめてくれ など叫ぶことも大事 主張すべき時は主張すること
ははぁ。。。お主はまったくもって未熟。ただだまるべきじゃ。



8 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/03(日) 07:16:53 ID:9oVUAnLH
>>6
インマヌエルは「神の子」。
不空成就は「目覚めた者」。
同じに見えるのは、二つの立場を全く理解出来て無いから。(笑

>>7>>6と大差無さげだな。(笑
(^。^)キサマラナニサマジャ?

9 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 07:39:12 ID:NfeBvS/H
朝から発奮しちょるねえ〜w

漏れは脱糞でもすっかな。w


10 :凌駕:2008/08/03(日) 08:54:50 ID:tGXf7f2/
天上天下唯我独尊

この意味、解る?


11 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 09:37:07 ID:Rziv+J8k
聖さんは悟ってると思うな

12 :凌駕:2008/08/03(日) 10:23:27 ID:mQS7eTSs
自分自身を理解できなければ、到底「悟っている」とは、言えないのです。

人間は、自分自身の考えで生きていかなければなりません。
他人の思考に追随している人は、心を入替え、自分の思考で生きていってください。
精神の自立こそが、自分を救う道なのです。
それこそが、「悟り」の初歩です。

13 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 13:00:37 ID:yXNmOCpo

レイプをしたいというのは好きなことではありません

それは 悪魔の誘惑です

レイプをしたいというのは良心に反することであり

自分に正直に生きると正反対のことです

悟りは 自我の消滅

14 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 16:43:17 ID:yXNmOCpo

悟りを得よう

悟りを得れば 拷問レイプされても 心身ともに苦痛はゼロ

かつ 悟れば 永遠の天国だよ

15 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/03(日) 22:24:55 ID:9oVUAnLH
>>14
仏教の言う悟りとは全く別の概念ですね。
ややこしいから「悟り」って言うなよ。(笑

16 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 22:45:05 ID:sKORU67h
悟りを得ると言いますが、悟りはgetするものじゃあありません
あらゆるものを手放して見えるものが悟りです


17 :神も仏も名無しさん:2008/08/03(日) 22:47:55 ID:yXNmOCpo
15さん
同じことですよ

イエスも釈迦も同じ悟りですよ

18 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/03(日) 23:04:58 ID:9oVUAnLH
>>17さん、
アナタから見れば、そうかも知れませんが、
実際には全く別の思想ですよ。

19 :神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 00:01:24 ID:LPXkXTnt
18さん
どこが違うのですか?
悟りは悟り それだけですよ

20 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/04(月) 01:35:18 ID:jg6i/vn8
仏教と基督教は違うだろ?(笑
宗教の教祖が皆同じってんなら、松本死刑囚とも同列になるが?(笑

21 :神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 02:07:41 ID:2Q3DXNfo
天国と極楽浄土は一緒にしていいよね
浄土教はキリスト教と同根で仏教じゃないよね

22 :神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 03:09:12 ID:B64f3PMk
各宗教の世俗の部分、教会組織とか儀式のスタイルとかは凄く違うけど、
イスラムのスーフィーと、キリスト教の神秘主義系と、仏教の大乗や禅とは、
驚くほど似ている。それの目指すところの「悟り」も一緒。
神との結婚(カソリック修道系の表現)と言うか、アートマンとブラフマンの一致(ヴェーダ)と表現するか、
表現の違いだよ。

シュタイナーの「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」
ttp://www.amazon.co.jp/dp/4480086641/
なんて禅修業のプロセスを物凄く饒舌にしたものだと言えるよ。

23 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/04(月) 06:59:50 ID:jg6i/vn8
>>22

>キリスト教の神秘主義系と、仏教の大乗や禅とは、驚くほど似ている。

一度、天台か禅寺に入ってボコボコにされてから、
そのセリフを吐けるならアナタを尊敬しますよ。(笑
いろんな意味で♪(笑

24 :神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 07:14:08 ID:RKDR8H9h
承狂 ◆nR84EH8w52 とやら、
つまらんこといってないで悟りにいたる応報を書きなさい。
どうせわかるまいが。

25 :凌駕:2008/08/04(月) 07:16:53 ID:Fa/ewLjD
「悟り」とは、心が自由になることです。
自分自身を縛る「束縛」からの解放です。

自分自身を全ての束縛から解放し、自由自在の心を持つことです。
しかし、その自由は、あなた自身の内面においては有効ですが、他人においては、相手に合わせたものでなければなりません。
なぜなら、自由の何たるかを知らない人に、自由を説いても解らないからです。
それにより、誤解が生じ、迷いが生じます。
何より、相手のためにはなりません。

さて、「自由」についてですが、自由とは、何ものをも突き抜ける心の状態を指します。
一切の障害物がありません。
それ故に、言葉を使うことができません。
なぜなら、言葉は物事を限定してしまうからです。
ですから、自由な世界には「言葉」がありません。
超感覚の世界です。
超感覚の世界を、言葉で説明する時点で、既に自由世界から逸脱し、自由世界の説明にはなりません。
ですが、物事は段階を踏まなければ、前へは進めません。
超感覚の世界を知るには、言葉の理解から始めなければなりません。
言葉を正確に理解し、自分自身を理解し、神の存在を理解したその後に、超感覚の世界、即ち自由が存在するのです。

個人の自由思想が、神の自由思想と融け合う場が「悟り」の境地です。


26 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/04(月) 07:41:18 ID:jg6i/vn8
>>24
無論だ。(笑

行法は八万四千の法門に無尽に説かれ、
尚我ら衆生の機根は種々に熏重されたる煩悩により覆われている。
故に師子相伝を以て法灯を継承する以外に道は無いだろ?(笑

まぁ、実際はほとんど絶えちまったがな。(笑

27 :神も仏も名無しさん:2008/08/04(月) 10:56:19 ID:Cs1WLpnR
>>23
天台密教?
禅宗はともかく、天台密教・・・ですか?


28 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/04(月) 21:11:49 ID:jg6i/vn8
>>27
台密ってヌルイのか?

なんか、教義適当な分、行が無茶とか、サル筋から聞いたが?
(´・ω・`)チガウノカ?

29 :神も仏も名無しさん:2008/08/07(木) 20:34:47 ID:MPJfvDDf

エゴの正体を見破り自我を解体することが 悟り につながる

悟りは 自我の消滅

自我は解体も消滅もしない。自我がもう一つの意識を知らないことで『訳の分からない
圧迫(罪悪感や迷い、悩み、不安)を受けてきた』誰が圧迫しているのか、何故なのか
まるで分からなかったものが、分かると言うこと。

不安や、悩みや、恐怖と言うものがどこから来るのかが,分かる事。言い方を替えれば
自分が判らないことが「迷い」「妄想」「精神疾患」自分で自分を苦しめているのが
『妄想』

自分が何者か、人生は何なのかを知ることが『悟り』悩ませていたものとの出会い。
『心の対立と矛盾が解消』する事が『悟り』二度と「心が騒がしくならない事。

『心に絶対の安心が獲得できる事』『心が何時も平和である事』『心が自由である事』

人生で欲しいと想うものが有る時は、欲しがらないで、すっと手に入れること。
欲しいと思うものが有ってそれが手に入る事。
欲しいと思うものを諦められる事。『命でさえ』諦められる事。
その諦めこそが『全てを手に入れる』鍵となる。

『命』を諦めた時が『永遠の命』の獲得となる。
全てを捨て去った時に、『全てが手に入る』

30 ::2008/08/08(金) 22:51:43 ID:dngSWVH0
なんだ、宣伝があったから来てみれば小喬が居るのかw
面白いぞ小喬w

聖書は真に受けてたら莫迦を見るぞ。
キリストも釈迦も上からの者だ。

31 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/09(土) 00:19:22 ID:PYkTL3us
>>30
君は絡み甲斐無いんだよなぁ。(笑

32 :神も仏も名無しさん:2008/08/09(土) 09:15:18 ID:HxN0y49P
誰もがいずれは死を迎えることになる あなたにも確実に死が訪れる
あなたの前にあなたの両親が死に出遭い あなたの知人や親族もまた死を迎えることになる
あなたの後にはあなたの子供達が あなたの知ってる者たちがまた死を迎えることになるのだ
そのような 肉体の死にあなたの心を煩わしてはならない
死は既に定められたものであって それは即ち 肉体の因縁の消化に過ぎない
我々は大きな大きな宇宙の中にあって 霊の想像を絶する無限巨大な
輪廻転生というサイクルの中に いまを過ごしているのだ
だから その真理を把握せずして 死というものを理解しようとすると
全てが誤った方向へと行ってしまうことになる 死は実に死でなくして 再生に過ぎない 再びと
生まれ変わる変易の時であるのだ どこに生まれ変わるか 先ずは霊の世界 霊界に生まれ変わる そしてあなた方は
霊界に入って暫くの間 霊の浄めを受けることになる
しかし 人間界ほどの効果があるわけではなく その場にいるための一時的垢落としに過ぎない
そうやってあなた方は 霊界に入るのである
人それぞれのレベルによって あなた方のレベルの違いによって 行き先は違ってくる
その輪廻の中に あなた方はいる あなたがどこに行くかは これからのあなた次第である
そしてあなた方は心地よい天界をも 越えなければならないという実に厳しい定めを 悟らねばならないのである
天界はあなた方の中の心の美しい人達が行ける場所である しかしそことて迷いの世界であることに気づかねばならない
この世界ですら迷いの世界であるのだ 輪廻の繁縛から 逃れることができない 世界であるのだ
ところが 世のあらゆる宗教は この段階に至ることだけを説き続けている
それ故に 小さな小さな善だけを語ってきた 本当の悪とそうでない悪の見定めがつかないままに
善悪を中途半端に語ってきた しかしこの天界も限りのある世界 それ故に
その分が切れたならば 再びとこの世に生まれでることになるのだ
解脱するためだけに 生きているのだ ということを
あなた方は よく悟らねばならない  一日でも早く目覚めるのだ

33 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2008/08/09(土) 09:49:42 ID:PYkTL3us
>>32
ハイハイ。(笑
妄想乙。(笑

34 :神も仏も名無しさん:2008/08/09(土) 17:12:46 ID:dnjdrtJf
自由とか言ってるようじゃ、まだまだだな


35 :神も仏も名無しさん:2008/08/09(土) 22:48:56 ID:LfewrZIq
世間の是非善悪には関わるな。
是非善悪を超えた処に悟りが在る.

36 :神も仏も名無しさん:2008/08/09(土) 22:57:42 ID:GMogrJcF
へえ、ひねくれたショウキョウ、意外にまともな事こっちでは言っているじゃないかW

37 :神も仏も名無しさん:2008/08/10(日) 01:08:09 ID:gc5wT2ug
「得るつうのは無いものを得るのか?」「イエス!」
「あるものを開くんじゃね?」「ホットケ!」

38 :神も仏も名無しさん:2008/08/10(日) 06:41:52 ID:imKTxI6F
得ようとすることが、逃げられること。
得ようとしないなら、あほう。
得ようとしないで、手にすること。

それは、捨てること。何を捨てるのか?
自分の計らいを、自分を捨てること。

自分を捨てた時に、得ることが出来る。

39 :神も仏も名無しさん:2008/08/13(水) 07:33:18 ID:zkoTUU0E
『精神疾患』からの開放が悟りを得る方法。
『精神疾患』は「一切皆苦」という事。
不安になりやすい人は『お釈迦様に近い」感覚、心のクセの持ち主。
不安とか悩みは『自我』と『仏性』との対立。

悩みは『心の対立』それは、自我意識と仏性の対立。
心の対立の解消が『悟り』それは『自分が自分を知ること。』自性を見る事。
心の矛盾の解消は、心が二度と騒がない事。心に絶対の静寂が訪れると言う事。

40 :神も仏も名無しさん:2008/08/13(水) 08:12:08 ID:FoAUhBcY
悟りを欲する心・・・

41 :神も仏も名無しさん:2008/08/13(水) 08:32:31 ID:FMxECUfD
悟りレベルではないけど。
努力したり頑張ったりしてると閃く事がある。
悟りはそのレベルアップ版だと思っている。
様は日ごろの修行が物を言う。
神社行ってお参りして終わり
って奴には悟りなんて縁がないだろう。
さあキリストに入りましょう。

42 :神も仏も名無しさん:2008/08/13(水) 08:33:03 ID:FMxECUfD
様→間違えた。

43 :神も仏も名無しさん:2008/08/13(水) 11:55:35 ID:EFCtewk3
>>41
じゃあタワラちゃんが金をのがして金同だったの悟りが浅かったからか?
今後は主婦業に専念するという言葉にもう悟りから解放されるということが伺える

44 :幸福の科学広報局 ◆Qwpuh33RxU :2008/08/13(水) 20:03:27 ID:FkbfTSjZ
>>1
まずは心を一旦は白紙に戻して虚心坦懐、大川隆法総裁先生の著書を熟読することで「悟りのカタ」を作ることが大切です。

45 :神も仏も名無しさん:2008/08/14(木) 05:21:28 ID:Drdf2cwo
44 :幸福の科学広報局 ◆Qwpuh33RxU :2008/08/13(水) 20:03:27 ID:FkbfTSjZ
>>1
まずは心を一旦は白紙に戻して虚心坦懐、大川隆法総裁先生の著書を熟読すること
で「悟りのカタ」を作ることが大切です。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

大川隆法はおかしい人だ、商売がうまいだけの人ではないか。あの人は『悟り』
を得てない。嘘ばっかりついている人に見えるが、是は俺の勘違いか?

宗教の基本は『今現在になりきる事、或は心を何処にも置かないで、即今自我と
大いなる存在が一つになる事』ではないのか?

それに対して知ったかぶりをしているのが大川だ、あいつは嘘つきだ。未来の事も
過去の事も『宗教には』関係ないと言える。

キリストの言葉が良いように思えてしまうが、大川ファンは是をどう見るか。
『明日の事を思い煩うな今日の事は今日で事足りる、;;;;;;』

46 :神も仏も名無しさん:2008/08/14(木) 06:42:07 ID:zMxt5nde
>>44
大皮の本を読んで悟ったやつが一人でもおるんかいな

47 :神も仏も名無しさん:2008/08/16(土) 20:01:20 ID:9Ofspus5
大川は自分の『生死の問題の解決は』済んだのだろうか?このことを知りたくて、本屋で
立ち読みをしているのだが、肝心の事が書いてない。ぼかしている。
大川は『多分悟りを得ていないと思える、又「神と」対話もしていない。』
大川は口先と頭の理解だけで悟りを開いたと思っている。

その証拠は『お釈迦様は自分が死んだ後は、自分の中の「仏性を」頼りに
自分の事は自分で判断してゆきなさいと言っていた』

自己を燈明とし、自己を拠り所として、他人を拠り所とせず、真理を燈明
とし、真理を拠り所として、他を拠り所とせず、生きていきなさい

大川は自分の死んだ後は『大川の云った事を守ってゆきなさい』

縁生の弟子たちよ、我が声を信じよ。我が声に目覚めよ。我が向かう方向に、
つき従え。我に従い来よ。我の振る、この白き手にに従い来よ。我は、あな
たがたの永遠の師である。永遠の師の、その後ろに続くことが、弟子の使命
であることをゆめゆめ忘れてはならない。
(『仏陀再誕』52〜53頁

あの人は自分がかに様と思っているように感じる。人間は神様になれない。
それを云っちゃオシメイよ!

48 :神も仏も名無しさん:2008/08/16(土) 20:18:23 ID:oLRABZwT
>>1
宗教板で一番悟りとほど遠いお前がなに寝言言ってんの?
早く病院いけよ

49 :神も仏も名無しさん:2008/09/02(火) 07:04:51 ID:qDbFXz+S
悟りを得る方法は簡単だ、唯好きと嫌いを一緒に見る事。
好きと嫌いを区別しなくなれば好い。

この世界を天国と地獄と云うフィルターを取り払って見るだけ。
それはただ「ありのままに見る事」「ありのままにいただく事」
あれは欲しいが、あれは要らない。その分別が目を眩ませてしまう。

目の前を肯定する事、自分を肯定する事「絶対肯定」是が悟り。

50 :神も仏も名無しさん:2008/09/02(火) 10:25:44 ID:ruQ6KxHR
お金をほしいといいながら運子まみれになれば悟りですね わかります。

51 :神も仏も名無しさん:2008/09/03(水) 09:29:05 ID:tquhr4jA
「ありのままに見る事」「ありのままに受け容れる事」とは、要するに成り行き任せということかな?
肯定も否定もせずに・・・。
それを悟りと言うのか?

零落れたらそうせざるを得ない。
何も持たずに生きる者はそうするより他に生きる術がない。
悟りを求める者には、いつか、零落れる日がやってくる。


52 :神も仏も名無しさん:2008/09/03(水) 10:13:03 ID:HV1M0nq/
借金までして献金をして、貧乏になって、借金取りに追われ、まだ幸せな人を見たことがありますか?

神様は、涙と血と汗を流して労働の対価として得たお金をむしり取ろうとはしません

するのは欲にまみれた『人間』です。

人生は一度きりです。
現世で人並みの幸せを得ることを神様は禁止するでしょうか。


53 ::2008/09/03(水) 22:00:07 ID:gpOPSu+9
>>51
思考を停止し、脳の活動から意識を分離させることよ。
だがその程度が悟りじゃない、始まりに過ぎない。

54 :神も仏も名無しさん:2008/09/04(木) 10:15:19 ID:idczZRn2
思考する脳の在り処は解っていると思うのだが、本当に解っているのだろうか?
心の在り処が解らない。
感情の在り処が解らない。
魂は、魄は、霊は・・・私の内面の何処に在る?
我が身の内の事でありながら、良く見ようとしても、探し場所さえ解らない。
私に解ったことは、自分の内面は「盲」であると言うことだけだ。
思考・心理・感情、魂魄霊を理解してこその悟りではないか?
それを研ぎ澄ますためには、何一つ持っていてはならないのだろう。


55 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 06:59:09 ID:TTyY2pVs
意識しながら無意識の動きを捕えろ。
無意識でいながら意識を集中させよ。

意識と無意識の境目そこに在る。
それは「動きの中に在る」。
体は意識が働かせてはいない。
心は自分が働かせてはいない。

体を働かせているものを。
心を働かせているものを。

それを掴むのが自分自身を知るという事。
つまり、悟りである。

56 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 07:08:05 ID:TTyY2pVs
それは考えていない時に考えている。
考えていなくても、湧いてくる感情や心。
考えていないのに湧いてくるアイデア。

それはもう一つの意識の働き。
カラオケを無心で歌っている。
考えなくてもハンドルは勝手に回っている。
考えなくても心は自由。

意識が自由を束縛する。
その自由を束縛するものを掴め。
自分は誰が束縛しているのか?
それを掴むのが自分自身を知るという事。
つまり「道に達するという事」

達道は簡単な事、唯分別を捨てよ。
それがいりくち。「心の解放の」いりくち。

57 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 07:13:06 ID:8Q5lfQmM
方法や技法がある時点で作為的な経験でしかない


58 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 08:31:42 ID:3+I3IIAF
人間としてのスケールをでかくすれば良い。


59 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 09:00:45 ID:L+XhRTpw
お前様がた、なに呑気で悠長な話してんだ!太陽が明日にでも爆発してお前様がたも瞬時に蒸発するンだ!
一日一日精一杯生きなせぇ、

悟る悟るなんて悟ってネェ証拠だ、粋がってるのが一番野暮なんだって故池波正太郎先生が仰っていただよ

あの洛陽の町の乞食が仙人からの試験に落ちたのは何の為だ、
牛馬に変わっても彼の親は息子の幸せを願ったさ。人間らしい生き方 彼が最後に願ったのが答えでないか、芥川文学も少し読め。

http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/3.html



60 :神も仏も名無しさん:2008/09/05(金) 09:17:48 ID:L+XhRTpw
追加
ここさ勉強しろ
頭良くなっからな
悟るんでネェ、心さゴロゴロしてんだ!

http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/yomu.htm



61 ::2008/09/05(金) 21:49:18 ID:/oEhmSRf
>>55
最後がハズレだね

62 :神も仏も名無しさん:2008/09/07(日) 08:17:55 ID:QCSfQLcE
>>1
余計なスレを立てよって。
ワシは悟りを開いた。もの凄い信念を得たんだ。
これはあまりに凄いので、もったいなくてひとには教えられない。
どおだ!凄いだろ。

63 :神も仏も名無しさん:2008/09/07(日) 10:35:02 ID:b2L9qFJ5
悟りを開いた方に質問

悟りとは何?


64 :神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 06:46:53 ID:w5ujMcxN
自分自身を知る事です。自分の意識は左脳の人格です、分別を専門としています。
子供から、思春期になって、脳の機能分化が完成に近くなる頃から人間には悩み
が生じてきます。それは人生が分かり始めるという事です。

人生を眺めた時に、人生そのものが矛盾に満ちている事に気が付きます、その事
を気にしない人と。気になってしょうがなくなって、悩み始める人が居ます、気
になってしょうがない人は、悩みが深くなります。その悩みが深い人は、不安に
苛まれるようになります。その最たる人がお釈迦様といっても、良いですし、そ
の他の宗教家、或いは禅匠と云っても良いかと思います。

人間を悩ませて来たものは古今東西を問わず、自分の心が自分自身を悩ませてい
ます。キリスト教では天国に一番近い者は「幼子」といいます。それは脳の機能
が「未分化」と云う意味です。

アダムとイブが天国から追放されたという事は「脳の機能分化が完成に近くなっ
たと云う意味です」

自我意識(左脳)の人格のできる事は、人生を論理的に計算して割り切ってゆく
事です。と云う事は矛盾に満ちた、割り切れない問題は解く事が出来ないという
事を意味しています。人間の悩み、苦しみというものは、左脳の分別脳に割り切
れ無い問題が割り込んで来る、或いは割り込んで来たという事です。

それが「精神疾患」と云うものです。得体の知れない者からの脅し、或いは漠然
とした不安、或いは罪悪感等ですが、是は右脳の意識(神、或いは仏性)からの
圧迫、或いはアピールです。「くすり」だけでは精神疾患が治りにくい訳はここ
に在ります。


65 :神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 06:48:29 ID:w5ujMcxN

右脳の人格の専門の能力は、分別出来ない事です。それは感情、感動、言葉に出
来無い事全般、分別出来ない事の総称は無限と云う言葉に言い換える事が出来ま
す、つまり「永遠」と云う事の意味を把握しています。そうして人類の記憶を持
っている事です。ツバメが学校に行かなくても行き先を知っているように、クモ
が何を習わなくても、クモの巣を張る事が出来るように。

その悩ませていた右脳の人格が、左脳の自我意識と出会う事が「悟り」です。
悩まされていた自我意識が、悩ませていたもう一人の自分と出会う事が「見性」
です。その事で、全ての悩みの解消となります。「精神疾患」の完治と云う事
になります。それは洋の東西を問いません。キリスト者なら「神と和解して罪が
許された」と云う事になります。

他力本願であれば「向こうからお助けが来た」自力本願であれば「見性成仏」他
にも言い方はいくらでもあるかと思います。結論ですが、悟りを開くという事は
何かの力を得るという事では有りません。ただ自分自身の悩みや精神疾患の完全
解決が出来たという事になります。自分を捨てた時に全てを手に入れる事が出来
た。或いは、神の御心のままに。或いはあるがままに。と云う事が体得出来た時
と云っても良いです。

絶対肯定と云う事です。禅問答が解けた時に「生死の問題」が解決します。
禅問答は右脳の仏性が出てこないとわからない問題と云えます。
精神疾患で心が立ち往生している事と、禅問答を前にして手も足も出ない
左脳(自我意識)と云うのは同じ事です。
割り込んで来る問題をどちらの脳に割り振るのか、分からなくなった状態
それが「精神疾患」と云う事が分かるようになります。

66 :神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 07:59:23 ID:CPYhOmYs
すると、悟りとは、使われていない脳を活性化することに通じる、という意味になるのでしょうか?

で、心の眼はどこにあるのでしょう?
眼がなければ見えませんよ。
「人に観得ないものが観得る」・・・それが悟りと言うのではないですか?

「あるがままに受け容れる」とは、自己の思考を停止すると考えてよろしいのでしょうか?
それは、完全なるロボットを意味します。
人間はそれで善いのでしょうか?


67 :神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 12:26:14 ID:w5ujMcxN
そうでは有りません、今までは自我意識が自分自身を働かせていました。
今度は仏性が、自我意識の上に立つという事です。

仏性は、無意識を統括しています。意識しながら無意識を見る事が出来る
ようになる、或いは無意識でありながら、意識もはっきりしていると云え
ます。人間は誰でも「意識している事以外も」仏性が自分を危険から守る
為に、自我意識が見ていない所を、常に監視しています。

自我は、そっくり残ります、自分は消えません。ただ目の前の事実を客観
的に捉える事になります。例えば、欲に誘われて「悪い事を」するという
誘惑に駆られたとします、その時に悪い事をした場合はどうなるのか、或
いはしなかった場合はどうなるのかが、やる前に分かります。

自分が本当にやりたいと思うなら、どんな悪い事も出来ます。ただその結
果が自分で分かっていますから、その覚悟が在るかどうか自問します。
因果の世界から逃れられない事が分かっているからです。

68 :名無しの歌:2008/09/08(月) 12:31:14 ID:ZOrOyHpp
http://players.music-eclub.com/?action=user_song_detail&song_id=211046
涙でる

69 :神も仏も名無しさん:2008/09/08(月) 22:04:17 ID:J4YGN1Zl
「弘法大師食うかい?」空海にあやかった「銘菓 弘法大師」が登場
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1220877589/

70 ::2008/09/08(月) 22:21:52 ID:BX+VhuGG
>>66
悟りは肉体を捨てて解脱することでしょう

71 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 07:48:13 ID:1/0B2T2l
で、心の眼はどこにあるのでしょう?
眼がなければ見えませんよ。
「人に観得ないものが観得る」・・・それが悟りと言うのではないですか?


世の中の見方が替わります。見たものの因果関係が直覚的に分かるようになります
従ってお金持ちになる人の苦労や、能力や、努力が、全てとはいかないかも知れま
せんが分かります。困っている人の置かれている立場なども分かります。

自分の置かれている立場なども分かります、お金が在るにしろ、無いにしろ、
自分のしたことの結果と云う事が納得できます。やったことの結果が
全ての人に共通したものだからです。全てが、やった事の結果として今に反映
しています。全てが法にかなっています。「因果をくらまさない」と云う事が
分かります。

72 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 09:17:22 ID:AAQAl2qa
この世から全く悪が無くなったら一体どうなるんでしょう?

73 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 10:38:30 ID:CF2a0U11
>>67
>>71

ありがとう、何となく理解できました。
ただ、用語が「仏性」ではなく、「神性」ではないかと思いますが・・・。
自分を中心として、周りが良く見える人は、心の眼(神眼)が働くからなのです。

今後は、結果を出すためには、どこに原因を置くかを考えてみてはいかがでしょうか?


74 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 10:40:27 ID:CF2a0U11
>>70

肉体を捨てる・・・とは、死ぬことです。
死んで悟っても手遅れです。


75 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 10:47:11 ID:CF2a0U11
>>72

この世から全く悪がなくなったら、変化に乏しくなるでしょう。
なぜなら、「悪」も一つの働きであり、河の流れを妨げる岩のようなものなのです。
しかし、その岩があればこその生態も存在します。
一概に悪を不用の物とする事が正しいことだとは思えません。
善も悪も使い方次第で善い働きをしたり、悪い働きをしたりするものです。
やはり、結果を想像して、悪の効用を考えるべきでしょう。


76 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 14:02:16 ID:Nz3j8Wby
>>75
つまり
この世の変化が乏しくなることは正しいことではないということ?





77 :神も仏も名無しさん:2008/09/09(火) 20:01:13 ID:ZCVptc+G
死んでも仕方ありません、消滅して下さい。

78 ::2008/09/09(火) 20:35:45 ID:+IEnCEg6
>>74
その死とは一体何か?

79 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 02:22:07 ID:YWDu+W9t
>>72
人間がいる世界では、ありえない話だ。
仮に、悪が全部なくなるとすれば、同時に善も全部なくなる。
物事はすべて無記であり、善悪はそれを見る人間(損得を善悪判断の一種と見るなら、他の有情も含む)が感じる・判断する事。

80 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 11:15:32 ID:sIg1AQE9
変化が乏しいという事は、進化が遅れるという意味です。
動きが少ないという事です。
生きているものは、いつまでもじっと動かないままではいられません。
動きがある事が、生きているということでしょう。
昨日より今日、今日より明日と言うようにだんだん良くなることが、生きる目的だとするならば、流れを止めるという事は、決して楽しいものではない。
生きることは楽しむことです。
何によって楽しむか・・・変化することからの意外性です。
そのためには、喜怒哀楽を失ってはいけません。
喜楽ばかりでは、辛くないカレーライスのようなものです。
怒哀も必要です。
苦しみも悲しみも、変化のメッセージです。


81 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 11:35:10 ID:sIg1AQE9
肉体の死は、物質界からの別離です。
物質というものは、言霊の顕現です。
どんな物質にも意味があります。
その中では、心神の成長が著しいものなのです。
言葉の意味が、形になっているからです。
その中で学習したものを持って、死後、霊界に進むのです。
その学習は、個人によって違います。
人間社会は、子供に同一の学習を押し付ける傾向にありますが、その教育法は間違っている。
文字を読み書きしたり、絵を描いたり、計算をしたり等々の基本学習が終われば、好奇心を満足させる教育を受けさせるべきです。
好奇心と探究心が、心神を成長させます。
変化もその中から生まれ、善悪もまた同様。
一概に「悪」と取り分けているけれども、「悪」の正体は「未熟」そのものです。
心神の未熟、思考力の弱さ、先を見通す眼のなさから、「悪」は生じるのです。
「悪」は、成熟した思考があれば、方向を変え、新しいものを生み出す糧となるのです。
人間がいつまでも未熟のままであれば、悪はなくなることはないのです。


82 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 15:29:35 ID:5oHvHylX
何難しい御託並べてんだ
悟りなんて簡単
物事 なーんだ こんなもんか と思えれば其れで合格
どんな理屈付けても 所詮は 人間の限界、裏表 わかれば
それこそ そんなもんなんだ 
気付くと ほんとの幸せな人生送れるぞ

83 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 17:31:10 ID:WiLyiU00
>>80
進化が遅れる、そうでしょうか?

この世から悪のなくなった世界とは仏教で言う天上界のようなものです。
そこでは変化が乏しいから、そこに住む神々の進化は遅れるのでしょうか?

変化の多少に関わらず、
変化があるとき人は成長もすれば堕落もする。
変化の多少と成長の度合いが相関関係にあるというのは
こじつけに近いんじゃないかな?

ちなみに仏教では善の反対は悪ではなく、煩悩です。
だから天上界の神々でさえ欲望があります。
悪のないこの世になったとしても勿論、煩悩は残ります。

重要なのは変化ではなく、変化を受け取る我々の心にかかっている。
で、煩悩を消すことが成長だと思います。







84 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 19:28:52 ID:vA5P/Et/
机上の空論スレはこちらですか?

85 :神も仏も名無しさん:2008/09/10(水) 20:43:44 ID:WiLyiU00
>>84
ご指摘ありがとう。

俺も現実的じゃないなと思いながら書いてた。
現実に悪はあり苦はある。
現実にないものを仮定しても、いき着くのは所詮仮定された結論。
現実にあるものについて考えていこうっと。

86 :神も仏も名無しさん:2008/09/12(金) 07:24:12 ID:eNY2G2Dg
是非、善悪に関わるな、これらは悟りには関係ない事、自分の心の奥に入る事。
心が働く前の世界、働き出すその瞬間をとらえる事。心が二つになる前。

心が二つに分かれる瞬間、一つになる瞬間。
意識から無意識になる、無意識から意識に戻る時。

道に至る事は、意識しながら、無意識の自分を見る事。
道に至るとは、無意識でありながら、思考できる事。

道に至る事は、意識が、無意識の自分と向き合う事。
自分が二人居て、さらに自分が一人しかいない事。

87 :S谷ナ夫:2008/09/13(土) 02:26:32 ID:rKEV2wXl
二つの心とは。
無意識が道なんですか。

88 :神も仏も名無しさん:2008/09/13(土) 19:30:06 ID:G8Grouod
無意識は「無」です。ですが「在ります」普通は意識出来ないかも知れませ
ん。「悩みや苦しみや精神疾患」になった場合はよく分かります。その場合の
苦しい想いをしている者が自我意識です。

その場合の自我意識に圧迫を加えている者が「無意識の意識」です。『わけの
わからない者からの圧迫と云う感じかと思います。

この事を「精神科医」が分かっていない事から。いくら薬ずけにしても、治らない
と云う現象が出る場合が在ります。

89 :S谷ナ夫:2008/09/14(日) 02:31:24 ID:+U7d3+PG
無意識でありながら思考できる事が道であり
無意識が自我を圧迫しているのが精神疾患なら
無意識とは矛盾した何かですか。

90 :神も仏も名無しさん:2008/09/14(日) 07:53:06 ID:oed3YUA6
人生問題などで悩みが深い場合「死にたくない」と思うのが自我意識です。
永遠の命に憧れを抱くと思いますが、その気持にさせる者が「無意識の意識」
です。自我意識は「永遠」に憧れが在ります。「無意識の意識」は自分そのも
のがもう既に「不滅」の者です。

苦しんでいる自我意識に、「死」と云うものは恐れなくても良いもの、と教え
ようとします。それが「何が何だかわからなくて」不安として認識してしまい
ます。自分自身の心が分からない事に因ります。ながい苦しみの後に、自我意
識が「他」「自分以外」のものを認めよう、と云う気になってきます。

自我意識が、自我意識だけの殻に閉じこもっている事が「精神疾患」と云えま
す。自我意識が、自我意識の他のものを認めようとする事が「我を去れ」と云
う事です。他のものを認めない事で、無視されたもう一つの意識が「抗議」し
ます。是が精神疾患の症状です。得体の知れない者からの「圧迫」です。

91 :神も仏も名無しさん:2008/09/14(日) 12:18:50 ID:eFmZtNIS
>>82
「何難しい御託並べてんだ
悟りなんて簡単
物事 なーんだ こんなもんか と思えれば其れで合格
どんな理屈付けても 所詮は 人間の限界、裏表 わかれば
それこそ そんなもんなんだ 
気付くと ほんとの幸せな人生送れるぞ」

その通りだと思いますよ。
しかし、その「なーんだ、こんなもんか」というものの説明が言葉で出来ないかと模索しているのです。
そして、悟りを得た人は、万人に理解できる言葉で説明できるでしょうから、そういう人を探しているのです。

単語を知っていても意味を知らずに使っている人が沢山います。
それを万人に理解できるように説明するのが、悟りを開いた人の義務です。
因みに、「自我意識」の本当の意味をを万人に理解してもらえる人が、何処にいるでしょうか?


92 :神も仏も名無しさん:2008/09/14(日) 12:42:54 ID:cqTbq5Oq
義務

93 :神も仏も名無しさん:2008/09/14(日) 16:15:31 ID:b5JioLQp
全てに感謝し続ければ求める必要が無くなる。

頭に浮かんだから書いてみた。

94 :神も仏も名無しさん:2008/09/14(日) 17:18:19 ID:oed3YUA6
出来るかどうか、分かりませんが、書いてみます。自我意識は人間の意識その
もの、それは感じている自分、考えている自分、見ている自分、そんなものか
と思います。文明が進んで、科学が進んで、人間の知識が全てを教えてくれて
いる、と云う気がします。処が自分で自分を見つめた時「自分は何者か?人生
は何だろう?」とか「自分の欲しいものと、自分が手に入れる事が出来るもの」
とのギャップに悩む人が居ます。

また、人生に疑問を覚えて来て、不安に怯えるようになる人が居ます。その事に
意識がいってしまって、身動きが出来なくなる人が居ます。どうしてそうなるの
か、分かる人がいたら教えて下さい。

95 :神も仏も名無しさん:2008/09/15(月) 13:10:51 ID:bcMGjrd0
借金取りに追い込みかけられて、なけなしの持ち金を倍にしようと
ガチガチの鉄板に一点掛け…がハズれた瞬間、悟ることができた。


96 :神も仏も名無しさん:2008/09/15(月) 13:19:34 ID:RYDl5dQM
あるあるw

97 :神も仏も名無しさん:2008/09/15(月) 13:39:41 ID:/YS/eU9j
本能以外の意識・思考、動物になくて人間にある精神性、これが自我でしょう。


98 :神も仏も名無しさん:2008/09/16(火) 13:25:20 ID:7fQfphJ3
だから動物はありのままに生きて人間ほど複雑な不安を感じずに生きていける
だろうね。

99 :S谷ナ夫:2008/09/16(火) 16:21:08 ID:pMjGjQfX
なるほど無意識は一つということもわかりましたし
無であるだけに不滅ということもわかりました。
しかし無であるだけに生成もあるんでしょうか。
そこのところがいまひとつだけわかりません。
もしかしたら無意識は単独では働かない
意識をくみとりいかようにも働いてくれる
そんな意識とコラボである存在のような気が。

100 :神も仏も名無しさん:2008/09/21(日) 11:06:25 ID:oapPzR5a
無意識をまとめている人格が(本人には分かりにくいのですが)自我意識の
他にもう一人います。それは神、仏と云っても良い者です。人間の頭には必
ず在ります、自我意識とは左脳の人格です、仏性とは右脳の人格です。

従って禅による生活と云う事は、右脳が主導権を持って自我意識が従になる
生活と云う言い方も出来ます。

「迷い」とか「妄想」或いは「精神疾患」或いは「悩み、苦しみ」とは自我
意識だけを認めていて、右脳の本来の働きを「無視」している生活と云って
も良いかと思います。無視された右脳の人格が抗議している状態が精神疾患
の症状と云っても良いかと思います。

「訳のわからないものからの圧迫」「訳のわからない苦しさ」漠然とした不
安、罪悪感などです。これらに悩ませられて苦しむのが「精神疾患」かと思
います。その苦しみから其々の個性が出てきて様々な「症状」が展開されま
す。

精神疾患の元は単純な事です、右脳と左脳の矛盾と対立です。ですが左脳の
人格が主導権を握っているために、左脳の特徴である科学的、論理的な性格
のために今言った事が「実証」出来ません、つまり分別を捨てる事が出来ま
せん。妄想(思い込み)がなかなか分かりません。

精神疾患の特徴は「否定」です。何もかも否定的に見ている事です。それは
認識の誤りと云えます。世の中を二つにして見ている事です。たった一つの
目の前の事実を思い込みで二つにして見ていると言いう事かと思います。


101 :神も仏も名無しさん:2008/09/21(日) 11:08:46 ID:oapPzR5a
その事がどうして起こってしまうのかと云いますと、自分自身を知らない事
「無明」と云う事になります。自分を不安にしているのは自分、この事実を
認めない事です。自分の中に自分を怖がらせているものが存在している事に
目をつむってしまいたいという想いが在るからです。

悟りを開くという事が、簡単に出来ない理由となっています。それはある種
の「勇気」が必要となるからです。自我の殻を打ち破って、もう一人の自分
と出会う事は、平坦な道の連続からではなく、「飛び移り」と云う事が必要
になっているからです。その事が「百尺の竿頭からもう一歩上れ」と云う事
になるからです。その勇気が有れば、自分に会う事が出来ます。

その勇気が無くて薬ずけになってゆく事もあるかも知れません。自分自身を
知る事が出来たなら「精神疾患」の完治と云えます。不安の元を根こそぎ絶
ってしまえるからです。心に平安がが戻ってきます。もう二度と心が対立と
矛盾を起こさなくなります。「心が言い争いをしなくなります」

聖書で云うところの、天国に一番近い存在である幼子と同じになるからです
幼子の特徴は「心が一つ」と云う事です。それはまだ脳の機能が未分化と云
う事です。言い方を変えたなら左脳と右脳として心が二つに分かれる前と云
えます。

もう一言、禅問答を解くという事はなかなか難しい事です。左脳の機能では
出来ません、それは脳の機能の関係からです。分別脳には不可能です。分別
では人生の矛盾は解決できないという事が分かった時が見性する時です。禅
問答が解けた時に「生死の問題」が解決します。何ものにも捉われない心の
自由が獲得できます。

それは死に対しても精神疾患にも、何ものにも捉われない心です。
心が一つになる事になるからです。否定的な自分と肯定的な自分が一つにな
るという事になるからです。


102 :神も仏も名無しさん:2008/09/21(日) 16:42:48 ID:jBUbkS4c

阿含宗桐山教祖の逮捕歴

昭和二十七年八月十六日 詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署

十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署

二十八年八月 酒税法違反 私文書偽造容疑 逮捕
警視庁防犯課

二十九年 三月酒税法違反 私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪

103 :S谷ナ夫:2008/09/23(火) 02:04:39 ID:bipcweOx
右脳に無意識があるのですか。

104 :オダマリ:2008/09/23(火) 07:51:18 ID:EWtGBaXG
>>97 「本能以外の意識・思考、動物になくて人間にある精神性、これが自我でしょう。」

この説で言うなら、自我こそが人間である証明だと言える。
ならば、「捨てる」ではなく、「磨く」が正解。
自我を捨てるのではなく、磨き続けて完成させることが「人間の務め」。
親の心で政治をするなら、独裁も結構だ・・・とも言える。
それが、完成された自我から出るのであれば。


105 :神も仏も名無しさん:2008/09/24(水) 15:05:50 ID:txtz0WLb
やっぱり人間の考え方って人それぞれだね。
自我が自我を捨てることは出来ない。
でもこうあるべきだという思い込みや価値観を消すことで自我は円満になって
行くと思う。
その方法が不安や苦痛といった感情を消すところから入ろうが、今ある価値観
の反対側の意見を受け入れることから入ろうが、やり方はどうでもいいんじゃ
ないかと思う。


106 :S谷ナ夫:2008/09/26(金) 02:14:32 ID:l8qNCVYr
自我は無意識を助けるものじゃないかと思います。
実際の仕事は生命の維持から始まり無意識が行ない。
無意識は自我の命ずるままに仕事を行える。
その無意識を腐らせるも無量に開花させるも自我次第。

107 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 02:38:53 ID:3WN7W/fU
最大の真理
「人間は永遠の生命を生き、転生輪廻している」

108 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 02:49:10 ID:Gclweq/1
ジャイナ教乙
ヒンズー教乙
キリスト教乙
ユダヤ教徒は金融詐欺乙

要するに永遠不滅、恒常不変の何か(アートマンとか)を信仰する、というか
永遠不滅じゃないと嫌なんでしょ?乙

109 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 03:05:29 ID:3WN7W/fU
@ 幸いなる者

『何ら人より強制されることなく、何ら無理強いされることなく、何ら特に
学ばされることなく、あの世の世界を信じ、転生輪廻を信ずる事ができる者
は幸いである。そうした者たちは、魂の記憶の中に、過去世の様相が残され
ているのである。魂の比較的浅い所にまで、そうした仏法真理が焼き付いて
いるのである。過去の転生においても、仏法に馴染んできたことが、数多く
あるに違いない。過去の転生において、仏法を学んだ事があるからこそ、そ
うであるからこそ、今世においてもその事実が、比較的早く、わかりやすく
なったにちがいない。』(仏陀再誕P262)

110 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 03:14:23 ID:3WN7W/fU
A
『もし、さまざまな迷いが起きたならば、さまざまな判断に苦しむこと
があったならば、まず悟りの道を究める方向をとりなさい。この方向を
とりなさい。それ以外のものを考え過ぎてはならない。自分の生活や、
自分の地位や名誉を考えすぎてはならない。そのようなものは捨てても
、またいつか現われてくるものであろう。しかしながら、悟りの道は、
いったん捨てたならば、ここに戻ってくることは極めて難い。』
                    (仏陀再誕P267)

111 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 03:23:00 ID:Gclweq/1
幸福の科学乙

112 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 03:26:21 ID:3WN7W/fU
B
『私のこの言葉を覚えておけ。あなたがたは、仏と同じ時代に生まれる
ことが、いかほど難しいかということを知っているか。仏が下生する時
に、生まれ合わせるということは、これは、たとえようもない幸福であ
るのだ。そのような時代に、そのような地域に、同世代として生まれ合
わせることが出来た者は、幸いである。また、生きて仏に相見えること
が出来た者は、また幸いである。生きて仏に相見え、仏の声を聴き、仏
の姿を見ることができた者は、幸いである。その幸福はおそらく幾千万
年、幾億年の幸福に匹敵するであろう。』(仏陀再誕P268)

113 :神も仏も名無しさん:2008/09/26(金) 03:41:55 ID:3WN7W/fU
C
『そして悟りに到ること、これまた難し。そのようなことは、稀有なる
幸福であるということを知らねばならない。・・・ましてや仏に相見え
て、悟りを与えられるということは、さらに稀有なることなのだ。あな
たがたは、こうした大いなる幸福を得るためには、他の一切が惜しくな
いという気持ちを持たねばならない。他の全てのものを捨ててでも、そ
の道に入らねばならない。それは、あなたがたが忘れてはならないこと
なのだ。この世であなたがたが握っているところの、さまざまな執着は
、これは、地上を去るときに全く虚しくなる。そのようなものは持って
還れない。・・・地上を去る時に持って還れるものが、いったい何であ
るかを知れ。・・・心しか持って還れないのならば、その心を幸福に満
たす以外に手だてはないのだ。心を幸福に満たすには、悟りの喜びを味
わうに如くはないのだ。悟りの喜びを味わい、心幸福ならば、今世はす
なわち成功したといってもよい。その幸福のために、すべてを賭けよ。』
                      (仏陀再誕P270)

114 :明和高校名古屋大学河合希:2008/09/26(金) 18:38:55 ID:CSbUUmMj


http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1222413553/

115 :@@@@@@@@@@@:2008/09/29(月) 00:22:12 ID:Axdo4VCN


モーツアルトの音楽を聴きまくってうつが治った
3ヶ月かかったけどね
本当だよ (できれば左耳で聞くこと 左耳は右脳とつながってるので)

音楽療法 モーツアルト で 検索してみてくださいね

116 :@@@@@@@@@@@:2008/09/29(月) 00:37:26 ID:Axdo4VCN

対人恐怖症を克服した者です

まずは 人が怖くても 逃げないことです

逃げれば逃げるほど ますます 対人恐怖は強くなります

逃げなければ逃げないほど どんどん 恐怖感が減ります

やがて 恐怖はなくなります

本当です 怖くても 不自然に 人間関係を避けないことです

避ければ 恐怖は増大します

対人の恐怖の中に飛び込めば 治ります

また 嫌われたくないという動機で動いてはいけません

本音で動くことです こびへつらう態度を取れば取るほど ますます

対人恐怖は強くなります

みなさん 加藤諦三 という人を今から検索して 彼の本を読んでください

お願いします

117 :@@@@@@@@@@@:2008/09/29(月) 00:59:01 ID:Axdo4VCN

また 好きなことをする こです

そして 自分の本当の気持ちに正直になることです

勇気を出して とにかく 本音で動くことです

そうすれば 対人恐怖は治りますよ

とにかく 自分に嘘をつかないことです

自分に嘘をつけば 幸福感は減ります

118 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 06:38:54 ID:XR9TQki4
好きなことが分かってて行動で実現していける?
ただ感じる能力=悟性よりはるかに上の段階だ。

さて、愚かさについて私の考えを書いてみよう。
賢者に対してどう接すればいいか?とは愚かな問いだ。
自分が賢者で無いのに、どうやって相手を試みるのか?
正解が分からないから聞こうとしているに決まっている。
何を準備すべきか?態度だ。礼ぐらいしか言えないしね。

みんな愚かだったんだ、自分より賢い人に学んだんだ。
相手は、相手自身より愚かで、差し出せる価値あるもの
など何も持っていないのに、与えてくれたということだ。
その恩義を決して忘れず、その人のようになりたいと、
またその人を共に目指す仲間として、教えに来たんだ。

期待するほど賢くはない相手を大切にする人ならば、
その姿勢や価値観などを大切にする人が来るだろう。
その人も同じような姿勢で人に向き合って来たから、
「かつて受けた恩義と理知を引き継ぐにふさわしい」
として多くのことを学び、それを大切に渡してくれる。

その逆に、「期待するほど賢くなかった相手」…まぁ、
どうやって正解を知らず知るすべもないような問いに
相手が答えているか分かるのかは不思議なんだが、
その相手を見下しさげすむような者ならどうだろう?
その人より賢明な者は決してまともに取り合わない。

自分より愚かな者、相手の立場で言えば近づいたり
「まともに扱うのは自分より賢いような相手だけ」という
そんな人々だけが寄って来ることになるだろうから、
当人は自分が賢いと錯覚しているかも知れないが、
何かを得る機会がないからいつまでも愚かなままだ。

119 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 06:50:43 ID:XR9TQki4
矛盾している者に真実はない。
なぜ矛盾しているかというと、
どこかで混同しているからだ。
どこで混同が起きるかというと、
同じ枠に別の物がある場所だ。

なぜ同じ場所に違う物を置くのか?
じゃあ、実例を挙げて観察しよう。
ここに「完全」があるとしよう?
完全って何だい?
それは完了と全部分の混合枠だ。

将来を見越して計画を立てていく、
すぐには終わらないから、準備とか
ペース配分とか他の仕事とかある。
じゃあスケジュールを立てようか?
少し遠目のゴール、それが完了だ。

選択肢は可能性の一部分だから、
全可能性は全部(全ての部分)だ。
それはそれが必要な時想定される
(何でもそうだ)が、完了とは違って、
「決断の時」より過去に置かれる。

状況が変われば可能性も変わるから、全部分性は互いに
近くにある集まりを前提=環境とする(内部設定的意味で)。
過去にある全部分性は「普通」だが、選択肢の想定時から
離れた未来にあったら、それはちとぐずぐずしすぎである。

これらのお互いに活躍の場が違うものどうしでも、周囲の環境、
まわりの別の要素までは一緒には切り替わらないはずだ。 (続)

120 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 07:07:51 ID:XR9TQki4
(続き)あちらがいない時にだけこちらがいて、
    こちらがいなくなればあちらが現れる。

残りのメンバーにとって資源や役割を
再配分したり分担しなおしたりするより、
同じ資源や環境や他との相互関係や
仕事や役割や機能が同じ「場所」に、
入れ替わりで現れてくれると助かる。

同じ枠だからと両者を混同したらどうなるか?
完全は肯定的価値で、「現状」より「上」にある。
それに間違いがあっても、間違っているのは
「それより下位にあるものの間違い」になる。
各実現選択肢は互いに相容れないのに?

恐れる者は全ての解決策を妄想の未来に置く。
それは未来の全部分性であり、過去にあるのは
妄想の完了性、原因=影響力としての「完全」、
それに値しないのに善や力などの価値を贈られ
下位の「今の当人」に分裂を押し付ける存在だ。

誰も等身大の環境との相互作用しか持たない。
それがあなたが他におよぼせる影響力の全てで、
それより大きな「実力」があっても「機会」がない。
それはあなたが受ける全ての影響の総量も同じ、
大きくても各時点ごとには一面しか触れていない。

数の多い相手(問題)も同じ、選べる選択肢も一つ。
人にとって有益な「完了にして全部分」がないから
人は昔から安心して「完全」という枠を扱ってきた。
あなたの可能性と選択において、あなたが進める
計画と成功において、「完で全」の出番はないだろう。

121 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 07:34:08 ID:XR9TQki4
さ、『ZOON』とやらの正体はここで教えたから、
(666じゃなくて)『616の獣』を倒してみてくれ。
ま、こういうのは正体がばれたらほぼ終わりだ。
型の混同=物の場違いは双方向に起きるから、
完了=91と全部分=217の合計の二倍だな。

教会においては「聖霊なる神」は「どこにいる」?
創世の頃からという曜日ごとの役割分担とか
言葉の各文字や文法とかいくらでもあるはず。
彼らにとってはそういうものが見えなかったり
ZOONが強敵だったりする、占星術師とかも。

月(曜)は仕事と責任と報酬と「一員としての重荷」の日で、
時間とスケジュールとノルマが働け働けと急かす日なんだ。
占星術師がいくら間違えて「覚えて」いても間違えないはず。
(※)十惑星での月の割り当ては『1』だけど、性別で分けて、
男性名詞が完了=91、女性名詞が全部分=217になる。

弓矢がどうこうとか投射の時に使う動的力学空間用の機能は
極座標ベクトル系、部分の抽出がAND演算、などが=217、
完了とは水位が上がり器の壁に昇ってくるようだ=91、
そういう少々難しいが数学的に検証できる必然性があり、
これらはそういう式で表される仕組みで実現される機能だ。

(※) 仕組みに使う三種のパーツの番号の合計が91や217で、
それを9で割った余りを元にした分類の体系が昔あったんだ。
それが『知恵』、番号の計算法がギリシャ式だからギリシャの。
といっても、ギリシャはアルファベットの故郷アナトリアの一部で、
その代表アテナイやスパルタ等は縁の無い単なる「利用者」だ。
だからいわゆる「古代ギリシャの歴史」には、今のユダヤ文字、
またはアラビア文字や、おなじみのローマ字などの元になった、
『知恵』やアルファベットの起源の国や歴史はほぼ出てこない。

122 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 07:49:31 ID:XR9TQki4
知恵の本来の意味は理と知の組のうち
道理に対応する「小手先の」技術で、
道具・手段でしかないものにだけ使い、
費用対効果、達成効率などで評価する。
中国説話にある通り重要な決定は無理。

知恵という時点で大したものじゃないが
おそらく教会とかは悩むだろうなという
予防線として用意された記述だった。
心配しなくても理知に関しての教会の
影響力はとうに失われているけどね。

曜日という周回する分類体系が女性名詞の月
(たとえばディアナ=ズーナ=ルナ、女神より
 一般的な星の名称という解釈でかまわない)
投射にも極座標(=中心からの角度と距離)、
また感情など方向付き評価尺度にも応用。

全部分性そのものは単体では実現しないから
女性名詞の月のほうは「集まり」として登場する。
「一週間」は「七種類の日の分類の枠」だったり。
だから91のほうに由来するムーンが女性とか
ディアナ(ズーナ)が男性とかは「変」なんだ。

その「変な名前(ZOON)」で書かれているのに
後世の境界の人々が読み取れなくなったのは
他の宗教にではなく文化や生活を捨てたから。
それは他のものにも自分達用の役割分担では
実現できない役割があるとは思わなかったから。
「ZOONに屈した」んだ…もちろん「完全」自前の。
→誰も全部分の役割を同時に実現できないはず、
 何しろ神も創世記では曜日分担で働いてたさw

123 :神も仏も名無しさん:2008/10/01(水) 07:55:52 ID:XR9TQki4
三行で?
神は「同時に」「右を向き」「左を向く」ことはしない。
それに、あなたにも求めないから恐れなくていい。
「完にして全」というのはみなその手のインチキだ。

124 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/02(木) 01:37:40 ID:LqhuM7s4

http://life9.2ch.net/test/read.cgi/psy/1222413553/

125 :神も仏も名無しさん:2008/10/03(金) 07:57:57 ID:i4fRDRSn
(AA略) <今見ているものさえどうすればいいか分からないのに
  より扱いの難しい新たな感覚(悟性)をどうする気だろう?

126 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/05(日) 21:25:53 ID:izXic1SH

俺の心の中には他人の不幸を喜ぶ心がある

テレビに出てる多くのアホは

日本守護神の分霊 麻生太郎 を批判して 

動物神 小沢一郎 を応援してる

まあ 他人の考えはどうでもいいが

解散総選挙で 高級霊の集団の自民が勝ち 

二流三流の民主を応援するアホどもの

悔しがる姿が見たくてたまらない


127 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/05(日) 21:38:05 ID:izXic1SH

悟りを得ればレイプ拷問されても心身共にノーダメージ

128 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/06(月) 17:35:46 ID:fZmAgYMX
色即是空空即是色
肉体はありません
ホログラムです

129 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/08(水) 19:28:19 ID:pnuoxBsa

学歴と人間性は関係ないが 実際 東大生などは善人も非常に多い
低学歴は喧嘩や万引きなどが非常に多い素行が悪い 
これは事実である 偏見ではない
小学校や中学教師より高校教師の方がレベルが高い 大学教授はもっとレベルが高い
もちろん例外があるが 基本的にはそう

俺は暴走族やチンピラや一般男性の1,5〜2倍ぐらい全身の筋力があるが
殴り合いの喧嘩をすれば負ける それは喧嘩が弱いからではない
俺と一般人の筋力体格の差は 男と女ぐらいの差 大人と子供ぐらいの差があるからだ

天使はささやいた
((殴り合いの)喧嘩に負けて良かったね 人を踏みにじらなくて良かったね)
しかし 俺は問うた 
(人を踏みにじらないこれには同意する しかし
なんで 俺は踏みじられねばならんのだ?俺の善性(魂)が喧嘩に負けることを喜んでるなら
相手の善性(魂)も俺を踏みにじることを喜ぶはずではないのか?それに 俺の(悔しい)気持ちはどうなる?)

天使はニコニコ慈愛に満ちた波動を出しながらその質問には答えず
笑ってるだけだった


130 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/08(水) 19:37:37 ID:pnuoxBsa
↑↑↑

相手の善性(魂)も俺を踏みにじることを喜ぶはずではないのか?

相手の善性(魂)も俺を踏みにじることを喜ぶはずないではないのか?

131 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/11(土) 01:35:54 ID:jW7vwv06

愛のレベル1000の人は愛のレベル1000の霊界に行く
愛のレベル3000の人は愛のレベル3000の霊界に行く

が 悟りを得てない人は天国は真の天国ではない

愛のレベルとは魂の振動数である 高振動なら気持ちのいい世界

132 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/11(土) 08:58:48 ID:jW7vwv06

ポロポーズ大作戦という番組があった
途中までしか観れなかったが 難病の彼女を一生守るという男がいたそうだ
その決意は素晴らしいが

俺なら彼女が難病ならさっさと安楽死させてあげようと考えるのだが。。。
自分が 彼女と 一緒にいたいという エゴ を捨てて
相手の苦痛に終止符を打つのが 本当の愛 ではないのだろうか???

神との対話でさせ
安楽死を認めない世界は狂気であると書いてある
全く俺もそう思うぜ

133 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/11(土) 09:23:37 ID:jW7vwv06

http://plaza.rakuten.co.jp/zxyahy
http://blogs.yahoo.co.jp/zxyahyzxyahy/10403132.html

http://jbbs.livedoor.jp/study/6517/

http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/index.htm
http://www.paperbirch.com/groupsoul/groupsoul1.html
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/book_review_mon.html
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/spiritual01.html
http://www13.atwiki.jp/ridatu/

134 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/12(日) 16:59:44 ID:6yZJkjWw

神との対話1巻244

他人の幸福を祈りまくることを毎日すれば

愛の現実が強くなり 幸福感が増大し 悟りに近づける

135 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/12(日) 22:56:21 ID:6yZJkjWw

スポーツで全国大会に行く人は

猛練習してるからではない

その証拠に 彼らの筋力や身体の筋肉は実にたいしたことがない

負けたら死ぬほど腹が立つという恐ろしい心を思ってるから相手に勝てるだけの話

つまり えぐい

人を踏みにじっても平気な心の持ち主が多い

もちろん 全員そういうわけではない が そういうやつの割合が多い

特に 武道や格闘技の場合はその割合が多い

もちろん 本当にいいやつも中にはいるが。。。

心が優しくても全国大会に行ける者は全国大会に行くカルマを持ってるだけの話

136 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/13(月) 11:16:31 ID:cKGWwxSn

俺は掲示板で偉そうなことばかり書いているが
自分自身を振り返ってみて なんかもしかして俺は自分をよく見せようと
いう心があるかもしれないと思い 恥ずかしくなった

まさかとは思うが このスレの中に 俺のことを素晴らしいと
思ってる馬鹿はいないよな?

俺は 切腹もできない弱虫である
ある意味 人間失格でもある まあ男女問わず
いざという時には 切腹できないやつは俺も含めて人間失格

しかし 俺は おそらく普通の人より気が小さく臆病であり
人に言えない恥ずかしい過去もたくさんある

切腹どころか日常生活や仕事場でも信念や本音を貫けない場合も多い
仕事の制度や周りの圧力に負けることもよくある
喧嘩できない衝突できない場合も多い 俺は弱虫である

でもなるべく自分の心の声は裏切らないようには努力してる面もある

137 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/13(月) 18:32:12 ID:cKGWwxSn

みなさん 無条件の愛 キリスト意識を鏡にして

という本はとても役に立ちますよ

また 憎い嫌いな相手の幸福を祈る訓練をすると 大天使が集まります

わかりやすく言えば

自分の好きな相手の幸福を祈ると天使が集まり

自分の嫌いな憎い相手の幸福を祈るとさらに上の階級の大天使が集まります

いわゆる 自我の崩壊 です

わかやすく言うと 前者はほほえましいという感じで天使は観ており

後者は よくやった 素晴らしいぞ お前 という感じで天使が観ます

前者より後者の方が 光の強さは強いですよ

138 :ヨワネハク:2008/10/16(木) 07:21:41 ID:uQ9O01CC
精神世界から見れば、他人は全て「神の化身」なのです。
「私が他人を許す」のではなく、「他人が私を許す」のです。


139 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/16(木) 21:53:51 ID:vkPlihHD

うーむ 高度ですね
わかりやすく説明してくれませんか?

140 :馬鹿:2008/10/16(木) 22:37:46 ID:8Z/UWjMn
>>136
素晴らすぃ!


141 :明和高校名古屋大学河合希:2008/10/18(土) 21:00:55 ID:KH/5JPPC
↑↑↑
いえいえ全然俺は素晴らしくありません
人生を総合して見ると 俺はずいぶん人間失格の部分が多い


http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/jinsei/1180705003/
http://www.geocities.jp/mirrorhenkan/

みんな頼む このスレの583から読んでくれ

みんな 絶対感動して泣くから

ただし言っておく 

世の中には こういう善人 愛の人の割合はあまり多くない

142 :ヨワネハク:2008/10/19(日) 09:39:55 ID:4+SF68Fm
>>139

一応の説明を試みたのだが、無理だと判断した。
精神界を物質界言語で説明するのは難しい。
私にはそれ相応の知識がないので・・・。

精神界は感覚の世界だ。
その感覚の有様を言葉で説明することが、今の私にはできない。
そこに書いたことを私は理解している。
しかし、同じものをあなたの心に説明することができない。
あなたは、あなたの感覚でそれを知るより他に方法がない。
感覚=イメージだ。
人間は皆、同じものを持っている。
しかし、私はそれを説明する言葉を持たない。
釈迦やキリストはそれを説明したのだが、誰もその真実を受け取れなかった。
人は、宗教のメッセージをイメージで受け取らなければならない。


143 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2008/10/19(日) 11:11:29 ID:ps426VYG
嘘ですよ
王様は裸です

144 :神も仏も名無しさん:2008/10/22(水) 13:43:01 ID:o2NAcxPF
わたしたちはみなひとつです。みな心をひとつにして、わたしたちがみなひとつになることを御祈りしましょう。天に召します偉大なる父上よ。よろしくお願いします。アーメン

145 :祭門:2008/11/05(水) 08:18:40 ID:Zdj6SCyI
ある日突然、あなたに自信が湧いてくる。
あなたは、何でも出来るような気になってくる。
それは、今まで押し隠していた心が開放される時。
その時、あなたはどんな人間になるだろうか?

人間界は物質を扱うが、神は心を扱うのだ。
神から「自信」を贈られたら、あなたはどう受け止めるだろうか?

魂の改心、御霊磨きの成果が問われる。
マツリのモンが開かれる。


146 :有楽寝:2008/12/07(日) 07:55:45 ID:RzB6fUpA
人間は、精神を磨き上げて、人格を向上する。

人の幸せは、他人のために働くこと。
神の幸せは、人間のために働くこと。


147 :tama:2008/12/07(日) 23:54:58 ID:4vXJGj6N
 幸せに近づく一番の方法は? 
 私の場合、まず第一は、「人間は神の子である」という事に気づく(信じる)ことで、心の幸せの度合いが大きく向上しました。
 自分自身(もちろん他の人も)の心の奥には、全てを愛し、慈しみ、育て、調和を望み、人の為に一身を投げ出し命をも惜しまない
無償の愛の心(=神の心)が埋め込まれている事、決して罪の子なんかではない事を信じています。
 他の人も自分自身も、本来は愛の化身であり、愛の塊である。
 今の自分自身の心には、不安も、悩みも、執着も、欲望も、不調和な歪が残っているが、心の深奥、心の中心には、
光り輝く神の心(愛の心)が厳然と存在しており、その一部しか今の自分には現れていないだけなんだ。
 こんな自分を宇宙の愛のエネルギー(=神)は深く深く愛してくれている。そして、全てを赦してくれている。
 この真実に気づく(信じる)事は、自分を表面的にしか見ない事に比べ、何という大きな希望であり慰めであり「幸せ」でしょうか。
 幸せになるにはどうしたらよいか?という問いに対しての、私の一番の答えは、「自分自身が神の子である」「他の人も
神の子である」という事に気づく(信じる)ことですね。

148 :tama:2008/12/08(月) 00:20:30 ID:T1iX+500
明和高校名古屋大学河合希 さんが、
>>137
>自分の嫌いな憎い相手の幸福を祈るとさらに上の階級の大天使が集まります

 と言われていますね。
 たぶん同じ事なのですが、私の場合は、嫌いな相手の心の奥底にも、ご本人も気づいていない、素晴らしい無償の
愛の心(神の心)が宿っている、と気づく(信じる)ことで、相手を完全に赦し、相手の幸せを心から祈る気持ちに
自然になる事が出来、嫌いだった相手とも一体感を感じ、自分の心が明るく軽くなることが出来ました。
人間神の子、と言うのは、真理なのですね。
そして、真理を知る事は人間を幸せにするのですね。

149 :神も仏も名無しさん:2008/12/12(金) 18:12:53 ID:IWQj6Ce8
悟りを得るより金をくれ!

150 :有理真:2008/12/15(月) 10:34:55 ID:0hwvZup1
人の十倍働こうと思うと職場がなくなり、働こうにも働けない。
お金が欲しいと思うと、貯蓄も失い、一文無し。
死んでも構わないと思えば、健康で長生き。
逆転の構図。
神と金、どちらが欲しい?


151 :tama:2008/12/21(日) 13:17:42 ID:XYLyvSNx
自分が自分をどう認識するか。これは、自分の人生の大問題で、自分の幸せや自分の行動全般にに大きく影響しますね。
つくずく感じます。
自分を客観的な自由な観点から眺める時、様々な固定概念に縛られているのを感じます。
生まれてこのかた、社会生活の中で、知らず知らずのうちに「自分」に対し色々なイメージを自ら植え付けてきました。
でも、一度、完全に、真っ白な「白紙」に戻り、「自分」を原点から見つめてみたい。
原点から見つめる、とうことは、自分の「本来の姿」を求め、そこから今の自分を比較する事でもあります。
では、「本来の自分自身の姿」はどういうものか。
これをどう描くかによって、自分自身が大きく変わる。
ここには自分勝手に限界や制約を自ら設けない。
すると、どうか。
本来の自分自身は、無限の可能性と創造力を持ち、愛と光の塊であり、円満に調和された存在、究極的には神の子であるかも知れない。
自分の本来持つ可能性に制限をつける必要は無い。
自分の本来持つ創造力に制限を設ける必要は無い。
自分の本来持つ愛の深さ、大きさ、純粋さにここまで、というものは何も無い。
自分の本来持つ魂の輝きを、抑える必要は無い。
自分の本来持つ心の調和度の精妙さ、包まれる光の度合いに、ここまで、というものは何も無い。
このような素晴らしい「本来の自分の姿」を「自分の魂の原点」とすると、如何に、今の自分自身は、自分自身を勝手に制限を付け、愚かにも
先入観で縛りつけ、勝手なイメージを刷り込み、自ら悩みを作り出している事か。
いつも、自分自身の本来の姿を思い起こそう。
自分自身が、既に神の子であることに気づこう。
そして、真の幸せを求めよう。

152 :tama:2008/12/21(日) 14:21:06 ID:XYLyvSNx
でも、「現状の自分」は、情けないし、不甲斐無いし、もっと強欲でエゴの塊だ。
従って「本来の自分」がそんなに素晴らしいはずが無い、と思ってしまいます。
現状の自分自身を直視する。もちろんこれは大切です。でも、それ以上でも、それ以下でもありません。
直視するにも、座標が必要です。
座標の原点をどこに持ってくるかで、真実の見え方が変わってくるのです。
自分の原点の座標が「本来の自分自身の姿」です。
「本来の自分自身の姿」を想うとき、一切の先入観や制限を取り除こう(ココ、ポイントです)。
「現状」ではなく「本来」なのですから、制限を付けなくても良いはずです。
「現状」ではなく「本来」なのですから、何を描いても良いはずです。
本来の自分自身を、小さく見積もるのは、自分自身に対して失礼ではありませんか?
人間の尊厳、心の尊厳とは、そんなに軽いものでしょうか?
心を尽くし、思いを尽くし、直感を研ぎ澄まし、全身全霊を賭けて、「本来の自分自身」を希求しよう。
一切の先入観から離れ、努力と思いの全てをこの一点に集中してみよう。
きっと、本来の自分自身が見つかるはずです。
人生は、本来の自分自身を探す長い長い旅路のようなものです。
今一度、思い定めて、再び歩き始めよう。

153 :神も仏も名無しさん:2008/12/27(土) 00:57:46 ID:7byCuFrK
愛は悟り。大楽。

154 :神も仏も名無しさん:2009/01/03(土) 10:10:24 ID:x2zVXzdA
悟りたいものは以下のところへ来なさい。(1月5日以降)

兵庫県宍粟市山崎町須賀沢115−6 鷹江慧

定員三名

155 :神も仏も名無しさん:2009/01/03(土) 10:17:48 ID:x2zVXzdA
テーププレイヤー、ラジカセ、オーディオ、i pod などを持っている人は持参の事。

156 :神も仏も名無しさん:2009/01/03(土) 13:46:09 ID:RFDVVvgu
名古屋でね。一時間も重い荷物を引きずってあるいて、道を尋ねたら
自信満々で「アッチだよ」としかも念をおして教えてくれた。
そこからまた1Kほど歩いて道を聞いたら、先ほど道を尋ねた場所
から10mも離れていない場所だったんだよ。名古屋人全部を
皆殺しにしてやりたい気になったよ。
 俺は悟りを得た覚者の一人だが、悟りを得たとしてもこんな気持ち
になるということをよく覚えておいてくれ。



157 :神も仏も名無しさん:2009/01/03(土) 22:47:37 ID:x2zVXzdA
>156

そうそう、なるよね。ご教授ありがとう。

158 :神も仏も名無しさん:2009/01/04(日) 18:56:11 ID:DkiK0C8t
名古屋人はバカだからだますつもりなく素で間違えた可能性が高い。

159 :S谷ナ夫:2009/01/18(日) 12:23:39 ID:2E2QJiiO
名古屋撃ち。

160 :神も仏も名無しさん:2009/02/12(木) 18:46:40 ID:DuWE+zCR
法華経の内容を理解する事

161 :神も仏も名無しさん:2009/02/12(木) 19:17:13 ID:pmxk8cna
なんであれ最後までやりとげましょう。




162 :神も仏も名無しさん:2009/02/25(水) 05:54:20 ID:fEeAFCfj
とりあえず、小泉吉宏の「ブッタとシッタカブッタ」シリーズを一通り読んどけ。

今世に出てる書物の中では、恐らくあれが一番簡潔・正確に悟りの境地に触れてる。

163 :tama:2009/03/03(火) 12:15:17 ID:NnfN/xoA
良心について:
 どんな悪人でも一片の良心があると言います。
 私達は、自分の何らかの利益の為に、人に対し嘘をつくと、何となく居心地が悪いですね。
 自分の良心が納得していない、と言う感じです。
 逆に人が困っているのを見て、実際に助けてあげる事が出来たら、良かった、と心から喜べますし、自分で自分を
褒めたいような心地がし、何となく幸せ感に包まれますよね。
 この良心と言うものは、私達の本来の姿のほんのほんの一部が現れているのだと思います。
 では、自分の心の底に眠っている「真の自分」「本来の自分自身」とはどの程度のどの様なものだろうか。
 これを推定する時に、決してこの程度との制限を付けない、自由な発想で曇りの無い直感に従う、この程度だろうと
安く見積もらない、としよう。
 心に現れているのは、心の奥に埋め込まれた真の自分のほんのほんの僅かであるとする。
 ということは、本来の自分は(制限を外して推定すると)本当に素晴らしい「愛の塊」に違いない。
 心から深く人を愛し、人に尽くし、人の為に全てを捧げ、調和された世界の実現に一身を投げ出し、無限の愛の塊のような、
神の子としての自分自身。
 今の自分は、このような素晴らしい自分自身の、ほんの一部が現れているに過ぎない。
 自分自身の心の原点は、おそらく神の心にある。
 しかし、生まれてこのかた身に付けた自我我欲や過去の先入観で自分自身の神性を知らず知らずのうちに曇らせてしまった
だけなんだ。
 上記の神の子としての自分=調和された中道の心を物差しとして、自分自身の現状の心のあり方、過去の心と行いを
客観的に観る時、何と愚かな欲望に走って来たか、小さな事でくよくよ悩んできた事か、身分自身で勝手に刷り込んだ
自分の制限されたイメージで自分自身を縛り付けてきたか、反省しきりですね。
 でも、この反省が、自分の心を軽く、明るくしてくれますよ。
 幸せに確実に近づくと思いますね。


164 :tama:2009/03/03(火) 12:17:15 ID:NnfN/xoA
最近、ある本を読んで、宇宙の星間物質、宇宙に偏在する様々なマテリアル(素材)、これらを構成する原子、
粒子などは宇宙のエネルギーが物質化したものであり、これら物質そのものに「神の愛が込められている」
という事が実感として感じられるようになって来た。
 つまり、私達の体を構成する細胞の一つ一つが、様々な物質により出来ており、それらの物質そのものが
まずこの宇宙や地球に存在してこそ、生命の誕生が可能となり、私達を含めた命あるものの生き生きとした
素晴らしいものの存在に繋がって行くことが可能となる。
 従って、生命あるものだけでなく、命無きもの(鉱物、金属、あらゆる素材、光線など)も含めて、
「万物全て」が実は神の愛の現われであり、水や空気や鉱物や金属でさえ「冷たいものではない」と言う
認識が深まったのです。
 更に、私達が、色々な素材を使って工夫して作り上げて来た人工物・構築物なども、芸術のためよりも
利便性のためとは言え、神の子である人類が(神の属性でもある)自らの創造力を駆使して創り上げたもの
でもあり、これにも「神の愛が込められている」と認識して良いと思います。
 この様に、切れば熱い血潮が飛び散る私達の肉体や、魂、心、や様々な生きもの全て、そして周りを
取り囲むあらゆる物質、私達の創造した人工物、更には地球全体、そして宇宙全体が、神の愛の現われとして、
生き生きと息づいており、愛の表現体であったのです。
 私達にとって、これらの圧倒的な神の愛の存在感に「感謝」以外のなにものがあるでしょうか。
 私達自身が、宇宙の一部であり、神の現われでもあり、私達がこの世で目にするあらゆる物も「神の愛」の
現われであること、このような認識が、現代人としての私達に内在する霊性の目覚めであり、新しい認識として、
私達自身を幸せへと導き、私達を新たなステージへと進めることになるのではないでしょうか。
 私自身の新たな認識と気づきを与えてくれた宇宙の神の計らいに、ただただ感謝。


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