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【最終】仏陀はアートマンを説いた!?【決着】15

324 :2/5 旧7:2009/09/16(水) 23:49:08 ID:yy7BkW4J
>>292
> あくまで釈迦の鬱病の症状としての、彼の特殊(病的)な心象世界、主観的な「生存苦・実存苦」のように思える。
 そうだよ。
 仏教は、敢えて、抽象的に「苦」を括り、その抽象的在り方の苦の解消を提唱した。
 なぜか?
 病気は医術・医療が治す。貧困は社会が(行政が・政治が)解決する。
 暴力は治安維持のシステムが、物資の不足は生産効率と過剰消費の緩和が解決策となる。
 誇大広告を打たないのさ、仏教は。
 具体的にアレが治ります・コレが解決します。こんなに豊かになります、とか言わないんだよ。
 勿論、何とかの水を売ったりもしないw
 まさに、『 > 【主観的な】「生存苦・実存苦」 』の解決・解消が目的なのだからwww
 シッダッタの病的な素養に関しては知る術もないが、そうした傾向があったろうことは想像できる。
 が、だからと言って、その後説かれた教えに曇りが生じることもない。
 むしろ、シッダッタにそのような傾向があったからこそ、仏教は誕生し得たとも言えるわけだw

> 「無常なるもの」が何故「苦」に連なるのか。
 とにかく貴方は、なるべく多くの仏典を読むことです。南伝が嫌いなら、漢訳阿含でいい。
 そうすれば、何が、どのようなことが「苦である」と言われているのか、少しは見えてくるでしょう。
 このスレでも前シリーズでも、何度となく色んな方が述べていたと思うが、一向に届いていないようだ・・w
 御自身で、読み、見出されることを祈るばかりです・・・。

> 庶民は、そんなものは「苦」などと感じてはいない。もっと「切実な」苦があったはずである。
 そうでしょう。
 だから、「この法は見難い」のです。
 「anusotagAmin(流れに随い往く者)、paTisotagAmin(流れに逆らい往く者)」という言葉があるが、
 まさに、一般的・世間的・日常的価値観とは逆の【視線】を要求するから、
 仏教は「難解、困難、反世間的、特殊な生き方、等々」として距離を置かれてしまうわけですw

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