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【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】2

1 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 09:03:30 ID:1zaa1toG
 前回の議論スレシリーズ、【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】においては、ゴータマ
が輪廻転生について説いたことが確認されました(仏典の記述としてはそのような判断で間違い
がない)。しかし以前として、この教えを支持しない自称仏教徒も多い。その主な理由は、これは
事実確認ができない事柄であり、また生まれの差別を助長する非人道的な側面から仏教者として
相応しい思想ではない、というものです。
 仏教者たるものはこの思想と如何にして相対し、社会的にはどのように説かれていくべきなので
しょうか?業報、輪廻、転生、縁起、無常、無我、空・・・仏教理論についての議論の場としても、こ
のスレを大いに活用しましょう!
 仏陀の教説として最も信頼性が高いとされる原始仏典からの引用と解説は特に歓迎します。

*引用をする際には出典を(なるべく正確に)明らかにして下さい。
*投稿「750-800」を目安に善意の方どなたか次スレを立てて下さい。

前スレ:【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】1
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/

関連スレ:【最終】日本仏教はこのままでいいのか?!【決着】2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/


***宝珠系過去スレ/リンク集 http://houjugusya.web.fc2.com/link.html
 「2ch DAT落ちスレミラー変換機」 ttp://www.geocities.jp/mirrorhenkan/
 まとめwiki.     : ttp://www28.atwiki.jp/buddha/
 パーリ三蔵.   : ttp://www.tipitaka.org/cell/mainlist.html
 大正蔵経DB.   : ttp://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/
 論文検索サイト : ttp://ci.nii.ac.jp/ , ttp://www.inbuds.net/jpn/index.html

2 :初出2:2009/11/17(火) 09:25:28 ID:97LiCfDA
前スレ>>873
生きてるときだって、一瞬一瞬ごとの肉体と肉体をつなぐ主体があるから生きているわけです。
生きてる人の肉体も心も、映画のコマです。
(点滅してる。)
それをつなぐ監督が無明・渇愛でしょう。
生きている人には無明があります。
過去に生きていた人にも、今生きている人にも無明があります。
無明という監督がいるのです。
しかし、無明という煩悩は常住ではなく、滅ぼせるのです。
---------------------------------------------------------------
なるほど。
「主体」があることが「生きている」ことであり、その「主体」とは「無明・渇愛」で、
「主体=無明・渇愛=煩悩」を滅ぼせば「輪廻」から解脱できるのだ、と。
当然そこから導き出せる論理的帰結は「一度死んでしまえば、もはや輪廻はしない(滅ぼせる)」ことになりますな。
ということは「そもそも輪廻はない」となるが、それでよろしいですかな。
しかし、前スレ10氏や私どもの聞きたい事は
「輪廻はある」としながら「無我(輪廻の主体がない)」という主張についての論理的整合性のある説明なのだが。

それと、「火のたとえ」は『中論』からのものかな。
残念ながら竜樹の荒っぽい論理展開はところどころ破綻していて、「火のたとえ」もその典型なのだが。

もう一度繰り返すが、>>873が言うように、
「主体」があることが「生きている」ことであり、その「主体」とは「無明・渇愛」で、
「主体=無明・渇愛=煩悩」を滅ぼせば「輪廻」から解脱できるのだ、とすると、
当然そこから導き出せる論理的帰結は「一度死んでしまえば、もはや輪廻はしない(滅ぼせる)」ことになる。
とすると自動的に「そもそも輪廻はない(死んだら主体は滅びるので)」という結論になるが、それでよろしいですかな。

次に、「火のたとえ」を現代科学の言葉で書き換えてみることにしよう。
火が燃える、つまり「燃焼」には三つの要因が必要になるが、その三つとは「熱、可燃物、酸素」で、
この三つのうちのどれが欠けても「燃焼」は起こらない。つまり「相互依存」して起きている。

3 :初出2:2009/11/17(火) 09:33:59 ID:97LiCfDA
実はわれわれ「生きているもの」が食事をしたり呼吸をしたりするのも
これと同じメカニズムの「燃焼」を「継続的に」起こし続けるためであって、それを「生きている」という。
だからそれを「滅する」ためには、やはり上の三つのうちのどれかを取り除けばいいことになる。
つまり「呼吸をやめる」か「モノを食うのをやめる」か「凍死する」か。

ならば「無明という煩悩は常住ではなく、滅ぼせる」と主張するあなたが真っ先にそれらを実践してみせたらどうか。
「仏教」にはモノを食うのを止めた「即身成仏」という先例だってあるわけだし。
もし、人様にはそれを勧めながら自分は実行しない(できない)のだとしたら、
それはなぜかをまず自分自身に問いかけてみるべきだろう(えらそうな講釈をたれる前に)。
それができないのは、あなた自身がそれを「信じていない」からではないか。

さらに、「火のたとえ」が「主体の否定=無我」には使えないことを示そう。
《私》が呼吸を止めて酸素を取り入れる行為を断滅したとしても、《私》以外の誰もそれによって死には至らない。
それによってとりあえず《私》という「主体」は「滅びる」が、
そのことで《私》以外の「主体」(つまり《私》にとっては「客体」)まで一緒に「滅びる」わけではない。
このように、「火のたとえ」では「主体がないこと(主客の区別がないこと)」を証明できない。

4 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 10:04:20 ID:SgfdB06y
前スレ>>861
私が言いたかったのは、「科学上の真理」と「宗教上の真理」との相違と「全人類的合意の到達可能性」の
こと。あくまで、人間の能力の範囲内での「真理」であることを前提とするから、いわゆる「真理」として
括弧でくくっている。

科学上の真理は、現実界という万人に共通に認識可能な、厳然たる判断基準があるから、現実の更なる観測
と検証に基づき、誤りは次々と訂正が可能であり、訂正された真理にも、全人類的な合意の達成が容易である。
観測方法等についてさまざまな意見があっても、「現実による検証」があれば、結局は合意に達する。
これら反証可能性、訂正可能性を予め考慮に入れた「観測結果全体」を「科学上の真理」と呼ぶ。

一方、「宗教上の真理」は、百人百様の観念であり、「現実界」という万人に認識可能な正誤・正邪の判断基準
は皆無だから、「全人類的合意の可能性」など、初めから皆無である。それは「仮説」でさえもない。1個人の
「口から出任せ」である。科学では、仮説であっても、一応の(prima facie)現実上の根拠が必要であるが、宗教
上の真理には、それさえもない。科学史を見れば自明なように、「科学上の真理」を巡って殺し合いが起きたこと
などない。「宗教上の真理」では、常に、殺し合い、争いが起きるだけである。争いは、このスレによってだけ
でも、如実に証明されている。

「宗教上の真理」は、一体、何によって検証するのかね。検証されない、即ち万人によって共通に認識できない
対象は、いかなる意味でも「真理」といえない。

人間は、現実に100%依存しない限り生存できないのだから、宗教は、現実界という判断基準に基づいて
少なくても暫定的にでも検証できない「真理」を口にすべきではない。宗教は、科学が存在しなかった時代
の人間の妄想の遺物であり、現代においては、争いの最大の原因として、全面的に禁止されるべきもので
ある。

5 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 10:16:26 ID:7qlfyQpx
前スレ>>621
あくまで輪廻転生に関してだけ言えば、「業」とは「他者に対する『行為』」。
その「→」の前の部分は、問題にしないのでは?

ヒンドゥー教といえども、イエスとは違って、「淫らな心を抱いて女を見たら、
姦淫の罪を犯した」などというアホなことは言わない。そこが東洋思想の格段に
優れた部分。共同体においては、人が内心で何を考えようとも、他人の知った
ことではない。問題は、「他者に対する行為として表わすかどうか」である。
「自分の心」など、他者にとっては無意味。単なる自己満足、一人芝居に過ぎない。

6 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 10:21:43 ID:Q7Xn54iu
>>1
スレ立てご苦労さまでした-感謝!!

これが定評のある『インド思想史略説』です。
基本的理解ですから、どうか宜しくお願いします(こちらにも転載しておきます)。

 『輪廻の観念を受けて、苦しみからの解放は、この苦しみの生存からの離脱、すなわち輪廻か
ら脱することであると考えられるようになる。そして、悟りを表す表現は、次のように定型化された。
「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再
びこのような生存を受けることはない」
 ところで、何に生まれ変わるかを決定する原因が何であるかについては、ブッダ時代の一般社
会において、さまざまに考えられていた。臨終に際しての意志によるとの考え、あるいは神の意
志によるとの考えもあったが、支配的な考えは、前世における業によるという考えであった。2)
 ブッダと同時代の自由思想家の中には、プーラナ・カッサパやアジタ・ケーサカンバリンのように、
業の因果応報を積極的に否定したものもあった。彼らは善悪の行為が後に安楽と苦しみの果報
をもたらすことはないと考えた。またマッカリ・ゴーサーラのように運命論を説く人もいた。さらに、
業の因果応報思想の中には、前世での行為(業)を宿命のようにみなす決定論的な考えもあった。
現世での行いは、善であれ、悪であれ、すべて前世の業によって規定されているというのである。
この説によれば、意志の自発による行為は認められない。
 これらに対し、仏教やジャイナ教は、このような人間の行為の効力を認めない説を行為否定論
(akiriyavAda, akriyAvAda)と呼び、道徳を破壊する説として非難した。
 仏教は、「世尊は業論者、行為論者、努力論者であった」(Anguttara NikAya I p.287)として、業
思想を容認しつつ、行為・努力に生存のあり方を変える効力を認める立場をとった。3)』
http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm#ch1.4

7 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 10:22:44 ID:Tr0gqdPA
【前世の記憶を持つ子どもに関する研究について】

なぜ前世を記憶する子どもの研究をするのか
前世を記憶する子どもたちの事例
前世の記憶を持っているとされる子どもの特徴
こうした子どもの事例はどのように解釈できるか
生まれ変わり研究に関する問題や批判について
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/parapsy/previousmemory.html


カバラ【輪廻転生】私達は生まれ変わりますか?ニコニコ動画
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5348415



8 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 10:36:08 ID:Q7Xn54iu
>>5
>そこが東洋思想の格段に優れた部分。

勘弁して下さいよ!
身口意の三業といって、「意」(心の中)での行為を重視するのが仏教。


9 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 10:37:13 ID:A9Riykhn
下のリンクは正直いらないです。

10 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 10:57:47 ID:hleo9UPx
>>8
>身口意の三業といって、「意」(心の中)での行為を重視するのが仏教。

だから、共同体においては(仏教徒も、共同体においてしか生存できない)、
「他人の心の中」など、何の意味も無いということだよ。「業」とは、
「他者に対する行為」のこと。

「心の中で殺意を生じたら」、「殺人罪」になるのかねw。イエスの、
「淫らな心で女を見たら、姦淫の罪を犯した。目玉をえぐり抜かれる」
は全くの誤り。目玉がいくつあっても足りないw。旧約聖書は、イエスの
ようなアホなことは言わない。

心の中で何を思っても、他者を害することはそれを行為に表さないように
抑えること。これが「道徳・倫理」である。

11 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 10:59:07 ID:Q7Xn54iu
信じる信じないはご自由。
しかし、これが仏教の教えです。
実に基本的で簡潔な名文があります。

 『人がもしも善または悪の行いをなすならば、かれは自分のした一つ一つの業の相続者となる。
実に業は滅びないからである。』(ウダーナヴァルガ9:8)
 『愚かな人は(悪い事を)しながら「この報いはわれには来ないであろう」と考える。しかし、来世に
おもむいて、悪い行いをした人々の行きつくところを知る。』(同9:10)
 『愚かな人は(悪い事を)しながら「この報いはわれには来ないであろう」と考える。しかし、のちに
報いを受けるときに、苦痛が起こる。』(同9:11)

転生はこの教えの延長上にあるのです。
業は不滅であり、悪い行いをした人々の行きつくところを知っており、来世で苦痛を受ける。
これが基本的な考え方です。

12 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 11:05:01 ID:Q7Xn54iu
>>10
>心の中で何を思っても、他者を害することはそれを行為に表さないように
>抑えること。これが「道徳・倫理」である。

心の中だけのことでも影響はある。
自分にも相手にもある。

あなたが無知過ぎるだけのこと。
唯物論者のあなたが理解するには100年を要する。


13 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:06:59 ID:GXxLdPZ8
>>11
ちゃんと、「悪い『行い』と言っているではないか。君の誤解に過ぎない。

14 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:13 ID:x9T3culI
前スレのレスです。連投失礼します。

ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/864
「一般的な意味」で、「真理」と言いたいのなら、それでも結構ですが、
「科学的真理」を主張するなら、貴方がご指摘のように、
「『自然科学に於いては』、全ての事例は将来、覆される可能性があるから『全人類的な合意のある真理』と言う表現は使用するべきではない」
という事です。


15 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:20 ID:x9T3culI
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/867-868
そのとおり、「死」も、仮説に過ぎません。
まあ、生命誕生以来、現時点に至るまで、死なない存在が確認されて居ないので、非常に真理に近い仮説ですが。
一般的な意味に於いては、これを「真理」と呼んでも差し支えないと思います。
ですが「科学的」に厳密に言えば、「仮説である」と言うべきです。

まあ、論旨に関係ない揚げ足取りだといえばそのとおりです。
ですが、科学者の端くれとしては、「科学」の間違った捉え方は見逃せなかったもので。
科学的だから、それが絶対の真理であるかのように信じるのは、輪廻を盲信するのと、ほぼ同じです。

16 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:28 ID:x9T3culI
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/866
人の意見はきちんと読みましょうよw
死ぬと言う解決方法は有り得ないと、私は書きましたよね?w

17 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:37 ID:x9T3culI
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/873
え〜と、もう何度目の指摘か忘れるぐらい指摘し続けているんですが、
通常に生きている時は、「肉体(脳の記憶)」が、連続性を保障しているわけです。
それに対し、貴方の主張する「輪廻」は、肉体的にも、記憶的にも、空間的にも、全く別の存在に、転移すると主張しているわけです。
この両者の大きな違いがわかりませんか?

そして、「貴方の主張する肉体」は、映画のコマのように、一瞬毎に丸ごと消えうせて、次の瞬間に丸ごと再生しているイメージの様ですが、
そうではなく、肉体の大部分はそのままで、ごく一部が新陳代謝によって、変化しているんではないですか?

18 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:42 ID:x9T3culI
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/874
過去の業が原因なのか、通常の因果関係が原因なのか、区別が付かないなら、
なんで、過去の業が原因であると考える必要が有るんですか?
そもそも、過去の業で有ると、論証できるんですか?
できないなら、全て「過去の業」の結果ではなく、
普通の因果関係の結果に過ぎないと見る方がまっとうな考えではないですか?

そして、慈悲を肯定することと、今の話題は全く関係ないですよね?

19 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:08:47 ID:x9T3culI
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/875
既に何回も指摘しているように、赤ん坊の時と今の自分の肉体が、連続的に変化しているからです。

20 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:09:34 ID:x9T3culI
以上、連投失礼しました。

遅くなりましたが、>>1さん、スレ立て有難うございました。

21 :亭白:2009/11/17(火) 11:12:10 ID:hfhKOmyN
>>5 :神も仏も名無しさん
>人が内心で何を考えようとも、他人の知ったことではない。
☆イエス様のように聖人になると、他の人の「淫らな心」は
 ガラス張りのように、淫らな有様の妄想が手に取るように
 見えてしまうのです。
「淫らな心を抱いて女を見たら、姦淫の罪を犯した」という
 のは、四六時中淫らな心で日々繰り返し人生を生きて、繰
 り返し無反省に喜んでいたら、淫らな心が心の傾向性にな
 り、淫らな心の罪の重さで、死後、色情地獄に堕ちてしま
 うことになるので、死後、色情地獄に堕ちないよう、予防
 としてイエス様がそのように言われたと思います。
 淫らな心は自分しか知らないと思っても、他の人にも分か
 ってしまう場合もありますので、淫らな心の妄想があれば
 反省して心を洗濯してください。反省して心を洗濯して清
 らかな心を取り戻す日々繰り返す事で色情地獄には堕ちな
 い可能性が大となります。
 人生の最上なるものの悦びを善なるものと選択することで、
 死後、あの世の天国に住まうことが定まって参ります。
 人生の最上なるものの悦びを淫らな心を選択することで、
 死後、あの世の地獄界の色情地獄に赴きます。
 心の内は清らかでありたいものです。

22 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:18:29 ID:9s3saFDU
>>14
自然科学における「真理」は、更なる観察、実験、検証の結果、常に
「覆される可能性」を前提とする。だからこそ、宗教とは異なり、自然
科学には「進歩」がある。

「初めからすべて分かった『積り』」の宗教には、数千年間、「進歩」
も「改善」も「皆無」である。

23 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:28:02 ID:x9T3culI
>>7
え〜と?
上のリンクは、「科学的調査をしたけど、輪廻の証拠となるものは見つかっていない」って結論だと思うんですが?
貴方の主張とは真向から対立するリンクじゃないですか?

24 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:33:22 ID:A9Riykhn
善行するといいところに生まれ変わることの根拠ってなんだろう。
なぜ悪いことをするといいところに生まれ変わらないのか?
人間の都合ごときが、巡る生命の仕組みに反映されるなどとは
実はおこがましい考えではないか。

25 :前々スレ10:2009/11/17(火) 11:35:33 ID:x9T3culI
>>22
その通りですね。

で、なんで私にアンカーつけるんです?w

もしかして、「真理」という定義の違いについてですか?
>>4さんの定義する「科学上の真理」なら、私の「仮説」とほぼ同じですね。
表現が微妙に違うぐらいで。

26 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:36:39 ID:RIWRYqsK
>>21
性的に成熟した女を見て「淫らな心(性欲)」が生じるのは、種属とし
ての人間の生命の継続のための大自然の摂理、即ち「法」である。

釈迦もイエスも、両親に、この大自然の摂理としての「性欲」が生じた
からこそ、この世に生まれた。君の両親もそうである。これらの両親は、
「色情地獄」に墜ちたのかね。

釈迦もイエスも、「大自然の摂理(法)」や「道徳・倫理」とは何かを、
全く理解していなかったことになる。

27 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 11:38:49 ID:Q7Xn54iu
>日本仏教スレ2/169
> 〜 宝珠愚者さま
>「輪廻転生は現実的な事実」だと言う割には、「証拠を出せ」と言われると、
>「仕事が忙しくて」とか、「規制中だから」とか、「既に示した(示した箇所は言わない)」と、
>逃げ回ってばかりですよね?
>
>何度も指摘されているように、「輪廻は仏教徒限定の真実だ」と言うなら、ご自由に信仰下さい。
>ですが、「輪廻転生は現実的な事実」と語るなら、現実的な証拠をお示し下さい。
>
>そして、オウムの話が出てきましたが、「釈迦が説いたから信じる」と言うのは、
>「麻原彰晃が説いたから、『ポア』を信じる」ということと、原理的に全く一緒だと言う事は、自覚なさってますか?
>
>続きは、輪廻スレ2で。

 あの10さんね!逃げるわけじゃないからさ。10さんとの対話途中を忘れてるわけじゃないのです。
ただですね!「釈迦が説いたから信じる」というのは仏教徒の姿勢としては当然のことですから。
これについては私は否定しません。ゴータマが信頼できない人は教えを信奉しないだろうし、そんな
精神態度で到底、弟子になれよう筈がないのです。従って、あなたが如何に仏教思想について詳し
かろうとも、信奉者ではないし弟子でもない。だから、そういう人は仏教徒を自称するな!と、この私
はいってるわけですよ。

 しかし、基本的には、その境地に到達しないことには輪廻の実体を自己確認はできない、と繰り返
し申し上げているのです。できないものはできないのです。もし、簡単にできるならば、そんなことは
とっくに科学的な事実となっているのです。だからといって全く話ができないというわけでもないから、
それを努めているしわけですが・・・。ちょっと時間を要します。また例のスレで。

>>7これも面白いと思いますが、仏教枠ではない。
仏教枠では無理(限界)です。

28 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:48:27 ID:YbEDmfD2
>>27
「釈迦が言ったから」「経典に書いてあるから」真理である、などと
いうことは、論理的にはどここらも出てこない。それを「盲信」という。
「盲信」を防ぐためにこそ、釈迦は「自灯明」を教えた。

真理とは、「誰が言っても真理」のことである。

29 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:48:54 ID:NKBPjTp9
>>23

>>7のリンク先の、おわりには否定でも肯定もなく良き研究者が輩出するのを望んでいるね。
頭ごなしに否定するのでなく。



30 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/17(火) 11:56:52 ID:Q7Xn54iu
>>28
それは“自分勝手”でいいという話ではない。
私(ゴータマ)の教えに従って自分で修行しなさい、という程度の意味です。
そう。ゴータマの説いた教えが真理であり、万人に作用している。
あなたが理解できるできない、あなたが信じる信じないとは関係ない。

31 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 11:57:30 ID:NIr/Ae8t
>>14 >>15
前スレの864 867 だが
「厳密に言えば、」全ての事例が不確定であり、確率100%も0%もあり得ないことは自明のこと。
しかし、我々はそれを前提としながらも「真理」と言う語彙を有し、通常の表記として使用している。
そして、「人間は死ぬ」ということも「厳密に言えば」真理とは言えないが、
我々はそれを「科学的な真理」として認識し、そのように表現する。(宗教との対比として、『科学的な』と書いた)

お宅の言うように「真理」という語彙に確率的な厳密性を求め、その視点から「科学的な真理」と言えるものはない
と主張するのであれば、この語彙を使用できる範囲は非常に限定的なものに限られ
一般的な表現技法とはかけ離れたものになる。
また、前スレ850における「真理」という語彙にそのような厳密性をもとめなければならない必然性はなく、単なる揚げ足とりだと言っているんだよ。

32 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:02:11 ID:j+GRbI/r
>>30
君は、自分が、釈迦が戒めた「盲信者」の典型であることを、自覚され
たし。釈迦の教えに真っ向から反している。

33 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:07:50 ID:3Tbx8axs
再掲
ttp://mimizun.com/log/2ch/psy/gimpo.2ch.net/psy/kako/1255/12553/1255345468.dat
734、738参照
>>30
隠居の文章読解力が改善されない限りどうにもならない。

34 :前々スレ10:2009/11/17(火) 12:18:58 ID:x9T3culI
>>27
結局、「仏陀が言ったから信じる」、「説明は出来るけど、続きは別スレで」ですか…
たしか、このパターン既に3スレ目ですよね?
質問スレ→転生スレ→死後平等スレ→転生スレ2

35 :前々スレ10:2009/11/17(火) 12:19:13 ID:x9T3culI
>>29
そうですね。
「存在する証拠は見つかっていない」としか言ってませんから。
ただ、真剣に研究した結果、未だ証拠が見つかっていないと言うのは、特記すべきかと。

36 :前々スレ10:2009/11/17(火) 12:19:24 ID:x9T3culI
>>31
いやだからですね、揚げ足取りだってのは認めてますよw(>>15

ただ、スレを読んでる人に、
「『科学の真理』は、万人に共通の絶対の真理だ」と勘違いされたくなかったんで、細かい突込みを入れたんです。
「科学」という「非常に限定された分野」での、「真理」という単語の使用法について突っ込んだだけです。

37 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:27:15 ID:NIr/Ae8t
>>36 それではこの件については終了としましょう

以降、宝珠とのやりとりに期待。

38 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:35:34 ID:uMvBNiNS
>>27
>「釈迦が説いたから信じる」というのは仏教徒の姿勢としては当然

問題は釈迦が説いたとどうして確認したのか?だ。
金口の説法は確定し得ない、というのが定説だが。
あなたの場合は、“仏典に書いてある”だけが根拠だ。
第一次結集からにしても、社会的経済的世間をよく観察しないオカルト苦行主義者であり
バラモン残滓のあるマハー・カッサバの徹底編集の手が入っているものとみるのが確実だろう。
ブッダの経済社会的合理主義の側面がばっさり削り取られているとみる。

>その境地に到達しないことには輪廻の実体を自己確認はできない
宝珠はその境地に達し、輪廻の実体を自己確認してきたのかな?
この点については前スレ>>592以下参照。
戯論主義者やオカルト趣味者は相手にしないのがブッダの教えだ。


39 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:40:07 ID:uMvBNiNS

それにしてもご隠居のコメントは仏教の反面教師として楽しめる。

仏典中の『悪魔ナムチやパーピマン』の現代版だ。

実在論的世間的価値観であって、

ブッダは世間(商業資本商品交換社会)を踏まえて、出世間のまなざしで生きる教えだ。


40 :初出2:2009/11/17(火) 12:40:15 ID:97LiCfDA
ちょっと面白い意見がテーラワーダ関係者サイトに出てたのでコピペ。

非我と無我の違いをパーリ仏教文献学者がどう考えているか別として考えてみたいと思います。
まず非にしたい学者の気持ちは分かりませんが永遠不滅の我というものはないがそれ以外の我があると言いたいのかもしれません。
無我ですと例外なしに我はないという意味になると思います。
テーラワーダ仏教的にみるとただ単に勝義諦と世俗諦の違いが良くわかっていないだけのような気がします。
私の勘違いならごめんなさい(笑)
勝義諦からみれば名・色だけであって人や男、女、私やあなたなど存在しません。
ですから無我です。
世俗諦からみると常識的に私やあなたは存在します。
私やあなたがないなら私の物やあなたも物など存在しないので、だからと言って人の物を取ったら泥棒で捕まります。
他人の奥さんも同じです(笑)
しかし世俗諦であっても仏教では永遠不滅の我というものは存在しないということで我に非ずでしょうか?
ミャンマーではお布施の功徳によって生まれるたびに仏教に出会って幸せなになり、最後の生に阿羅漢果を得ることができますようにと祈願します。
これは永遠不滅の我が功徳を積み続けているわけではありません。
子供の時から現在まで私という感覚が続いているだけで今生においても永遠不滅の我が在るわけでもなく、生まれ変わるときに新しく生じるわけでもありません。
「無我だと輪廻なし」というようなステレオタイプを当てはめるのはそろそろ止めてほしいものです。
テーラワーダ仏教ではそれを断滅論の邪見といいます。

41 :初出2:2009/11/17(火) 12:44:54 ID:97LiCfDA
>>40
残念ながら、これでは蛸壺的仏教解釈の枠内にとどまっていて、
ここで言われていることの意味がまるで理解できていない。
「子供の時から現在まで私という感覚が続いている」、その《私》を「我」という。
たとえそれが常に移り変わっているものであったとしても、やはりそれは「我」そのもの。
その「我」が煩悩や無明の主体であって、それを断滅すれば輪廻しなくてすむようになる、というのなら、
「我」は生命活動を滅した時点でなくなるのだから、そもそも「輪廻」などないのではないかと言っているのだが。
もしも無我だったら、「私の吸った酸素」で「あなたの生命活動」までが維持できることになるはずだけど、そうはならない。
それを「我=主客の区別」があると蛸壺仏教の壷の外ではそう申しております。

42 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 12:55:28 ID:uMvBNiNS
>>40
だから、テーラワーダはオカルト苦行主義のマハー・カッサバ教であって、
釈迦仏教である保証はないんだって。
だからパリッタ儀礼や輪廻転生論などのオカルト戯論がはびこっている。
もっとも世間もそういうことを悦ぶから、葬式仏教的にはイイ鴨ね。

二項相対と誤解させる怖れのある無我などといわず
勝義を明確にして世俗諦では「空我」と言語表現すればいいんだよ。
世俗言語にはそれぞれ表現できる意味の範囲があるから、
誤解を生みやすい表現や、不明確な定義は可及的に避けるべきだ。


43 :スレ立て大謝:2009/11/17(火) 12:56:47 ID:Q52aAj0h
>>17 心の点滅とともに肉体も点滅していると考えるからです。
たとえば、音楽を聴きながら本を読んでるときに、
音楽と本を同時に認識していると思うのは錯覚です。
音を認識してる心のときには、本を認識してる心は消えている。
音・本・音・本と、スイッチを替えるように心が点滅している。
心の点滅と一緒に、音や本、耳や眼も点滅してる。
心や物質・肉体は点滅しているが、
因果の連続性(つまり業)はあるわけです。

44 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 13:00:55 ID:Q52aAj0h
>>18
過去の業が原因なのか、通常の因果関係が原因なのか、区別が付かないなら、
なんで、過去の業が原因であると考える必要が有るんですか?

→業の影響が無いわけではない。善業を積んで悟りをめざすため。

そもそも、過去の業で有ると、論証できるんですか?
→体験するしかない。

できないなら、全て「過去の業」の結果ではなく、
普通の因果関係の結果に過ぎないと見る方がまっとうな考えではないですか?
→修行の励みにするため業論は有意義。
そして、慈悲を肯定することと、今の話題は全く関係ないですよね?
→業論をふりかざしてむやみに病人や不幸な人を傷つける言動は慈悲に反する。


45 :前々スレ10:2009/11/17(火) 13:58:03 ID:x9T3culI
>>34
冷静に数えたら、4スレ目だった…。
「一つ二つ三つ…いっぱい!」の幼児か、私はorz

>>37
了解しました。

宝珠愚者さんも、「忙しい」とか、「次スレで」とか言わないで、投稿してくださればいいんですがね…。

46 :前々スレ10:2009/11/17(火) 13:58:44 ID:x9T3culI
>>43
>心の点滅とともに肉体も点滅していると考えるからです。
( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
        。 。
         \\
エ━━━━━━( Д ; )━━━━━━!!!
心だけではなく、肉体が点滅してると考えてるんですか!?
瞬間ごとに、肉体が全部消えて、次の瞬間にはまた全部生成されていると!?

え〜と、貴方の以前のロウソクでは、
「点滅するものは、空間を超越して転移する」と言うような事を言っていましたが、
次は、肉体のテレポーテイションでも主張し始めるんですか?

47 :前々スレ10:2009/11/17(火) 13:59:56 ID:x9T3culI
>>44
>業の影響が無いわけではない。善業を積んで悟りをめざすため。
前から指摘しているんですが、善業を積んでも、悟りには至れないんじゃないですかね?
まあ、それは置いといて、「無いわけではない」程度の影響なんですか?
ならば、業よりも、通常の因果関係のほうが遥かに優越すると言う認識なんですか?

>体験するしかない。
>修行の励みにするため業論は有意義。
結局、コレデスカ…
「仏教徒の修行の励みとするために説かれた仏教徒限定の真理」だというなら、それでも結構なんですけどね…

>業論をふりかざしてむやみに病人や不幸な人を傷つける言動は慈悲に反する。
いやですね、だから、貴方の言動は、「業論をふりかざしてむやみに病人や不幸な人を傷つけて、慈悲に反している」のでは無いですか?
前スレの、「輪廻肯定派だって、病人やその他悩み苦しんでる人への慈悲を肯定しています。」と言う発言は何だったんですか?


48 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 14:42:28 ID:BM4lCEi1

輪廻転生は仏典には書いてある、それは事実

輪廻転生は科学では証明できない、それも事実

ただ仏教は、くだらないお喋りを行わず、禅定や瞑想で

今現在の心の平安を追い求める宗教であるから

輪廻転生の真相を語らうのは仏教ではない。

49 :前世は一在家:2009/11/17(火) 15:17:52 ID:CesK2UjV
>>48
>ただ仏教は、くだらないお喋りを行わず、禅定や瞑想で
>今現在の心の平安を追い求める宗教であるから
>輪廻転生の真相を語らうのは仏教ではない。

長部経典では、いくつかの経典に正しい禅定や瞑想にて
修行完成した者は三明智を得て、自身の前世も相手の前世も
見通せるようになると記載されております。

もし貴兄が禅定でその域に達しましたら前世についてご教示
願います。


50 :前世は一在家:2009/11/17(火) 15:25:21 ID:CesK2UjV
前世記憶を思い出した子供達の場合は、退行催眠にて
深層心理、深層記憶を語ります。

禅定の完成者も深い瞑想にて、深層心理、深層記憶に
たどり着けば同様に前世記憶を思い出します。

尚、前世記憶は深層心理の中に記録されているというのは
仮説ですが、脳科学の進歩によって解明されることと
期待しております。

近い将来に頭の中のイメージを映像化する技術が開発され
たら、深層心理も同様に映像化されることでしょう。
後はその映像を過去の事実と比較するアプローチを取る
科学者が出てくることでしょう。


51 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 15:26:29 ID:BM4lCEi1
>>49

仏教は禅定や瞑想で、平安なる境地(ニルヴァーナ)を手に入れるためにあるのであって

前世や輪廻の是非を語らうためにあるのではない。

釈迦も自己の安らぎに学べと

52 :前々スレ10:2009/11/17(火) 15:50:12 ID:x9T3culI
>>50
なんというか……
「22世紀にはドラえもんが作られて、タイムマシンで過去にいけるようになると期待できるから、そのうち歴史の真相が明らかになるでしょう!」
と言っているのと大差ないですね。

53 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 16:10:51 ID:fvfI7NgT
>>33
>隠居の文章読解力が改善されない限りどうにもならない。

文章読解力が欠如しているのは、宗教信者である。開祖や教祖の言うことは
正しい、と初めから信じ込まされているから、文章読むのも、ひたすら有難
がって読むだけ。開祖や教祖が正当化されれば、随喜の涙を流す。赤の他人に
過ぎない大昔の開祖や教祖の正当化が、自己の存在の正当化であるという、
倒錯した心理状態に陥っているからである。

批判がないところには、理解も在り得ないことを忘れてはならない。知性とは、
「現実界との照合による批判力」のことである。

>>39
>ブッダは世間(商業資本商品交換社会)を踏まえて、出世間のまなざしで生
>きる教えだ。

仏陀も仏教徒も「世間」によって生かされていながら、「出世間」とは完全な
矛盾。世間なしで、一体どうやって生きる積りか。托鉢も、世間頼りではないか。
まるで、幼児のわがままと同じ。

54 :前世は一在家:2009/11/17(火) 16:27:01 ID:eGsdcGg/
>>50
>近い将来に頭の中のイメージを映像化する技術が開発され

>>52 前々スレ10氏
>22世紀にはドラえもんが作られて、タイムマシンで過去にいけるようになると
>期待できるから、

頭の中のイメージを映像化する技術の開発は20年以内では
ないでしょうか?
脳科学に詳しい方に確認すれば分りますよ。

タイムマシンと同一視するのは貴兄の自灯明の勝手ですが。


55 :前々スレ10:2009/11/17(火) 16:33:31 ID:x9T3culI
>>54
いやいや、画像化の話ではなくって、
「科学が進歩したら自分の主張の正しさが確認されるだろう」と言うのは、
ドラえもんの秘密道具を当てにしてるのびた君と同レベルの発想で、
根拠無き願望に過ぎないって突っ込みさ。

ちなみに、脳内イメージの画像化は、極初歩的なものなら、既に実用化されてますよ。
といっても、×とか○とか◇とかを区別する程度ですがw

56 :前世は一在家:2009/11/17(火) 17:00:38 ID:eGsdcGg/
>ちなみに、脳内イメージの画像化は、極初歩的なものなら、既に実用化されてますよ。
>といっても、×とか○とか◇とかを区別する程度ですがw

よくご存じではないですか。



57 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 17:15:45 ID:Iv97scVB
>>54
相変わらずだな・・・w

馬鹿か?
今、このスレで話題となってる論点は、(>>50の言質に沿えば)、
《【「その記録」は「どこにどのように」「保持され」ていて「読み取り・呼び出しが可能」】であり、
 【「火葬後」には】、【「どこにどのように」「保持され」て、『転生後に』読み取りが・呼び出しが可能なのか】?》 だ。

脳に記録されるだと?
>後はその映像を過去の事実と比較するアプローチを  だと?

笑わせんなw

58 :前世は一在家:2009/11/17(火) 18:27:45 ID:eGsdcGg/
>>57
>脳に記録されるだと?

脳でなく「深層心理」に記録されると申しましたよ。

前スレから一貫して、深層心理が魂(霊、アートマン)に近いと仮説立て
しております。



59 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 18:32:08 ID:Iv97scVB
>>58
そうかw それは失礼したwww

で、その「深層心理」とやらは、火葬の際どうなってしまうんでしょうかね?
煙と一緒に空に昇って行って、
どこかの受精卵を(猛禽類のようにw)見つけ出し、
そこへ(燻製するが如くw)インプットされるんでしょうかね?

ラベルを貼り替えただけで何も変わっちゃいない。何も答えてない。誤魔化してるだけだw

60 :前世は一在家:2009/11/17(火) 18:47:31 ID:eGsdcGg/
>>59
>で、その「深層心理」とやらは、火葬の際どうなってしまうんでしょうかね?

多分、自分の火葬を上から見ているでしょうね。

そして49日以内に、釈尊が説かれた往く先の何れかに行く準備に入る
でしょう。(出典:長部経典「等誦経」)
もし動物に入ったら、畜生として再生してしまうかも。




61 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 18:57:38 ID:zseBCR3A
質問です。
輪廻転生説を信じる人は、前世カルマも信じていますか?

62 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 18:59:24 ID:Iv97scVB
>>60
>多分、自分の火葬を上から見ているでしょうね。

wwwwww

63 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 19:44:48 ID:Iv97scVB
リンクだけ貼っておくか・・・。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/836-841

64 :前世は一在家:2009/11/17(火) 19:48:29 ID:eGsdcGg/
>>61
>輪廻転生説を信じる人は、前世カルマも信じていますか?

信仰表明として、カルマ(業)も信じておりますよ。

ただ、悪い業ばかりでないですから、あまりネガティブに考えない
ことにしております。

「善因善果」ですから、もし先祖か前世の自分が人に親切にして
徳を積んでいる場合もあり得るからです。

まあ、そう信じて現世で悪因を積まないように留意致します。

習慣として腹を見せてジタバタしている昆虫はヒックリ返すことにして
おります。
「腹見せて 息も絶え絶え 喘ぐセミ 僅かと知りて また手を添えん」

神仏から観たら私は虫かもと思いながら。。。


65 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 19:54:15 ID:zseBCR3A
>>64
門地差別、障害者差別の根幹を肯定することになりますが、
どう考えますか?

66 :前世は一在家:2009/11/17(火) 20:10:22 ID:eGsdcGg/
>>65
>門地差別、障害者差別の根幹を肯定することになりますが、
>どう考えますか?

差別される障害者と差別する健常者と何れが業が深いと
貴兄は思いますか?

肉体が不自由な人と心が貧しい人と何れが極楽に近いと
貴兄は思いますか?

そういえば、五感が不自由な聖女のような方がおられましたね。

あまり、人知、人間の常識のモノサシで測らない方が宜しいかと
存じます。


67 :前世は一在家:2009/11/17(火) 20:13:07 ID:eGsdcGg/
仏の視点で見れば、差別する人の方が哀れでしょうね。

金持ちほど天国には入りにくいそうですし。


68 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:13:42 ID:Iv97scVB
>>65
業報だから、
受け入れて(懺悔し、反省し、再犯せぬことを誓い)、向上の種とすべきなんだと思うよ。


また、
援護射撃ではないがw、
(総合的視線の一種として自業ではないが)地震で家屋が倒壊した。
この事象を「誰のせいだ?!」と追及しても仕方が無い。
(姉歯や四川地震がそうかもしれんが、追及すべきケースがあり得ることは認める。)
事象は事象として受け止め、次の行動(行為)に活かしてゆくのが、仏教的生き方ではあるw


>>66
氏ねよw

69 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:25:36 ID:NIr/Ae8t
何言ってるんだ?
意味わからん。
差別される者より、差別する側の方が悪いのだから
される側は我慢して甘受せよと言うわけか?
正気か?
業論自体が差別思想であると言ってる意味がわからんのか?

70 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:30:46 ID:Iv97scVB
>>69
伝統的教義では、そうならざるを得ないんだよ。 残念だがな・・・w

71 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:31:57 ID:zseBCR3A
>>64
> 「善因善果」ですから、もし先祖か前世の自分が人に親切にして

カルマというのはあくまで個人に帰するものですから、
この文脈で「先祖」という言葉が出てくるのはおかしいですね。

72 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:37:49 ID:NIr/Ae8t
>>70 であるならば、当然、業論肯定論者が適切な対応(教義の変更も視野に入れ)をするべきでは?
それとも、業論肯定論者は自らを「差別主義者」であると公言して憚らないのか?


73 :前世は一在家:2009/11/17(火) 20:45:18 ID:eGsdcGg/
象使いのチッタは差別される生まれだったかも
知れませんが、バラモン達よりも仏陀に近い
修行完成者として輪廻から解脱したそうです。
(出典:長部経典「ポッタパーダ経」)

あまり人知で平等や不平等を決めつけない方が
宜しいのではと思料します。

あのモーゼも奴隷の子で、イエスは貧しい大工の子
でしたし。
王子だった釈尊が悟ったのは大変難しいことだったと
推測します。


74 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:49:07 ID:Iv97scVB
>>73
お前は、宝珠と一緒にこの世から消滅してくれよwww

75 :前世は一在家:2009/11/17(火) 20:49:08 ID:eGsdcGg/
>>71
>カルマというのはあくまで個人に帰するものですから、
>この文脈で「先祖」という言葉が出てくるのはおかしいですね。

「先祖」と「子孫」は「因果の法」でも「縁起の法」でも
無関係ですか?
「個人に帰する」と断言できる方が不思議ですね。


76 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:51:10 ID:Iv97scVB
>>75
それは、『バタフライ効果』と同じことを言っているということを解ってるか?w

77 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 20:53:41 ID:NIr/Ae8t
>>73 ふざけたことぬかすなよ、カスが

「現実」に「この世界」でお前ら業論肯定論者が
差別を行なっているのは厳然たる事実だろうが。
それを「人知を越えている」から、人間が口にするべきではないだと?

お前はマジで死んでこい

78 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 21:09:53 ID:Iv97scVB
>>72
憚らないでしょう。
少なくとも、「“真に”伝統的系譜にある!」と自負するならば・・。
なぜか?
【事象を如実に見る、あるがままに見る】ということは、【「区別や差異」を「区別や差異」として見る】ということだから。
そして、その時同時に、【行為の果は必ず結ばれる】という理を採るならば、
【今現在の果は、過去の自業の果である】と見ることになる。

ここに於いて(勝義に於いて)、「差別」は存在しない。「区別・分別」があるだけ。
これを世俗的価値観でフィルターを通してしまうと「差別」へと変貌する。
だから、彼らは言う。
「差別をしてはいない。世俗的価値観、世俗的現れ、事象・現象に於いて、
【優劣という価値を含んだ区別】が凡夫の視線に於いて仮設されている」と。

勝義に於いて「一切の差別相がなく」、「分別は仮設されたものであり」、
「ただ、所縁により生滅の変遷があるのみ」と見る時、
世俗的区別までは認めても、それを優劣という差別と見ることはない。

とまあ、こういう図式を描くことは可能だ。

79 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 21:36:29 ID:Q52aAj0h
>>47 人間でいうと、受精したあとの発育仕方や、
環境・境遇は、過去世の業だけで決まるようなものではない。
で、業は修行(煩悩をなくすための訓練)に一番影響すると思います。
病気になるのは業のせいではないが、
病気に対して怒りや悲しみが強いかどうか、
つまり怒りっぽい性格かどうかは、
それまでに積んだ過去世の業の影響が強い。
で、悟りをめざす修行とは、
怒りの煩悩もなくすことですよね。
修行と業の関係は、単純化して言うと、
怒れば怒るほど(悪業)、怒りっぽい性格になる(悪業の果)。
怒らなければ怒らないほど(善業)、怒り癖が弱くなる(善業の果。)
…だと思います。

80 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 21:42:39 ID:Q52aAj0h
>>47 病気の人に対して、
「過去の業のせいだから、もとをたどればあなたが悪い、ざまぁみろ。」
などと、相手を傷つけるため・侮辱するために言うのは、
慈悲にも智慧にも欠けると思います。

業は信じていても、ものには言い方ってもんがあると思います。

81 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 21:47:59 ID:Iv97scVB
>>80
けど、
「黙っているか」「はっきり言うか」、二つに一つだろ?w
で、はっきり言う時は、「自分のせいだ!反省&懺悔しろ!」しかあり得ないだろ?w
違うか?w

82 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 22:04:36 ID:Q52aAj0h
>>81 まず、業や因縁は複雑にからみあっており、
今の目の前に現れている現象だけで単純に判断できるようなものではない。
ですから、ブッダのように神通力をもった者でないかぎり、
むやみに他人の過去を決めつけて「占い」みたいなことを言うものではない。
重要なのは悟りに向かって修行すること。
煩悩をなくすのをめざすという方向を前提に因果関係を考えて修行すること。、
煩悩をなくすためには悪業を少なくし、
善業(功徳)を多くしなくてはならないと思って、
つまりは四諦・十二因縁と同じなのです。

83 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 22:13:01 ID:Iv97scVB
>>82
やっぱり、貴方は研究室の外に出たことが無いらしいw

>>44に於いて、>業論をふりかざしてむやみに病人や不幸な人を傷つける言動は慈悲に反する  と。
>>80に於いて、>ものには言い方ってもんが  と。

貴方は一対一でしか仏教の話をしないのか?
不特定多数、或いは50人100人居る中で話をすることはないのか?
或いは、当人には直接言わず、当人の居ない所では話をするのか?

てか、実際問題、業報について他者に語ることはないのか?

84 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 22:28:56 ID:Q52aAj0h
輪廻は、仏教とセットで語られなければなりませんね。
輪廻思想だけが一人歩きすると、差別とか、
間違った言動をする人もいるかもしれません。
しかしそれは、そもそも煩悩を制御し煩悩を消そうとする仏教に反することです。
仏教の道具である業や輪廻の思想を使って
仏教に反することをやっていては、本末転倒です。

85 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 22:46:30 ID:Iv97scVB
>>84
貴方が辻説法的なことをしたとする。
その時、《「現在の状態は、過去世の自業による」と説く》ことになりますよね?
20人ほどの人が集まって耳を傾ける。ほとんどの人が「ふむふむ・・・」と感心して聞くかもしれない。
もし、その中に、一人先天的に障害を持って生まれた人がいたとする。
彼(彼女)は思うだろう。
「そうか・・・、自分のせいなのか・・・」と。
「今は、恨んでも嘆いてもいないけど・・そうか・・・、自分のせいだったのか・・・」と。
「廃水処理の件で企業相手に裁判で戦ってたけど、自分のせいなら仕方ないな。
 もう裁判を続けるのはやめよう。仲間たちにも、やめるよう説得しよう」 なんて考えるかもしれない。
裁判で勝訴すれば、“世間の目に於いての責任”は回避できる。
当該企業の利益に貢献した善業として、仏教的自己満足は得られるかもしれないなw
しかし・・これが仏教的と言えるかい?w

86 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:13:29 ID:Iv97scVB
こういう具体的話には、宝珠も在家も干渉してこない。
何故だと思う?

彼ら(の思想)は、こういう場面に適した(具体的)言葉を持っていないからだよ。
ここへ、厚顔無恥にも言葉を畳み掛けてくるのは、搾取を目的とした団体だけさw


解るか? >>宝珠&一在家

87 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:40:47 ID:Q52aAj0h
>>85 百がゼロかという話ではないということです。
そもそも前世で解脱してれば、
人間にならなかったし病気にもならなかった。

しかし、世俗のルールの中で相手に違法行為があるなら、
世俗のルールの中で責任はあります。
ただ、仏教的に考える場合、怒りは悩み苦しみの原因ですから、
病気の原因が何にせよ、病気や病気の原因に対して怒っていては、
悩み苦しみが増大する。
怒りを素早く制御し、いずれは怒りが生じないようになれば、
悩み苦しみが生じない。
ですから、他人に怒ってる場合ではない。
しかし、世俗のルールとして賠償や補償を得る権利があるなら、
また、病気の原因をつきとめたいなら、
怒りの感情はおいといて冷静に裁判でも何でもすればよいでしょう。

業の問題は、何をするかではなく、どんな感情を抱くかです。
理由は何であれ、怒りは悟りの邪魔になる。

88 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:47:55 ID:2NHH3/7w
わたしが今回、此れ程苦しいのは
是はわたくしのものであろう
わたしがこの人生で片足しかないのは、是は突き詰めれば
わたくしのものであろう
わたしの人生での宝だったものが、今回全て奪われたのは
是はわたくしのものです

このように、自ら納得したあとに、道を歩もうかと思うんじゃないの
セブンよ

たとえばあの人は?、じゃぁ、あの人の場合は?
と聞きまくる前にだね
まず[俺は誰だ]に取り組んだ方がいいんじゃないの?
その後、[お前は誰だ]と障害者の人を見てみれば?

89 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:52:07 ID:Iv97scVB
日付変わる前にネタ投下しておこう。

植木等じゃないが、
仏教に於いて最大の敵は「わかっちゃいるけど・・・」だよ。
ここをクリアできれば、涅槃はすぐそこだ。 だが、ここを越えるのが一番難しい・・・。
三世など関係ない。
一瞬一瞬の判断に際し、
「甘え」或いは「“ちょっとだけ・・”“今だけ・・”という欲望・願望・期待」を排除できるかどうか、だ。
だから三法印の一つが(そして根源が)「無我(非我)」なんだよ。

このリアルさを実感できない人間に仏教を云々する資格はないと思う。



>>87
>百かゼロかという話ではない
当たり前だw

>また、病気の原因をつきとめたいなら、
>怒りの感情はおいといて冷静に裁判でも何でもすればよいでしょう
いやいやいやいやwwwww
「病気の原因」は、「過去世の自分の業」でしょ?
それを他者のせいにするんですか? なんという自己中www

90 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:53:41 ID:97LiCfDA
俺も在家の一人だが、みんな寝ただけとちゃうかw
ID:Iv97scVBの人は前スレのセブン1〜6を書いた人でいいのかな?
だとしたら業論で忙しいところすまないが、ちょっと聞きたいことがある。

まず、俺には過去生や未来や他人の心がわかるという神通力とやらが、
「生まれつき」多少備わっているらしい、と仮定する。
(仮定でモノを言うのは、それが本当だと主張したところで誰にも証明しようがないことだからだ)
「生まれつき」と書いたのは、それが「今生の仏教修行の結果で」得たものではないことを意味している。
そういえば俺の過去生には「高野山の坊主だった」というもっともらしいのもあるようだからw、
その時の修行の結果、今生では「生まれつきの」神通力があるのかもしれない。
まあこれはこれでいい。
困るのは「過去生がわかる」ことではなく「未来がわかる」ことの方にある。
なぜ困るかというと、「未来がわかる」ということが「その未来がすでに決定している」ことを意味しているからだ。
つまり、まるで釈迦の入滅後56億7千万年後の未来に姿を現すことがすでに「決まって」いるように
俺や俺以外の未来もすべて「決まって」いることになる。
いや、俺自身はそのことを苦にしているわけではないよ。なぜならすべてを「あるがままに」受け入れているからな。
ただ、こういう風に業輪廻が実際「ある」という立場に立って眺めていると、人様とはちょっとばかり違った風景も見えてくる。
仏教修行を「今生で」したわけでもなく、高野山の坊主以外にも異教徒だった過去生もあるらしい俺からいわせれば、
>>84みたいな
「輪廻は仏教とセット」(仏教限定ってか!?)や
「そもそも煩悩を制御し煩悩を消そうとする仏教に反することです」発言については、
(いや、煩悩万歳、輪廻万歳、何度でも何度でも生まれ変わろう!!)などと考えてしまう。
しかも、それでも未来は先の先まで決まっている。
だから「業縁起」や「輪廻」はそれが「ある」とすると、実はこういうのまでがズルズルと引っ張り出されてきてしまうのだが、
そういうのがわからない人は呑気でいいなあと思ったりする、と仮定するw

そういうことを考えてみたことはありますか?
別にID:Iv97scVBの人だけでなくてもいいんだが。

91 :神も仏も名無しさん:2009/11/17(火) 23:54:49 ID:Iv97scVB
>>88
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/452
452 4/4 初代スレ7 sage 2009/02/06(金) 13:35:29 ID:SteOMPjV
“苦”が、滅することのできるものだとして、
たとえば、事故で片足を失った者が、そのことで“苦”を感じていた時、
その時、そこでの「“苦”が滅せられる」とはどういうことか?
決して、新たに足が生えてきて、再び両足で歩けるようになることではあるまい。
「“片足を失ったということ”が(前世の(悪)業による)“苦なる果”」であったなら、
苦が滅せられた時、“片足を失ったという果(→前世の(悪)業による果)”も滅するのか?
そうではあるまい。“片足を失っているという事象”は何も変わらない。
“片足を失ったという果”は、あくまでも“片足を失ったという果”でしかない。
彼が感受している“苦”と、“片足を失っているという事象”は同じではない。
この時「その“苦”を滅する為にとられる方法」は、「“片足を失ったという果”の“因”を前世に求めること」ではない。
「“片足を失ったという果”を、《自身が(今)どのように受け止めているのか》《これからどのように受け止めてゆくのか》
を観察・考察する」所にこそあろう。

『私は、なぜ、“片足を失っているという事象”を“苦”と受け止めているのだろうか・・?』 と・・・。

92 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 00:06:17 ID:rHwCcouY
わたくしのIDニン七分の三笑い
ふざけている
コピペはやめれ、セブンよ

93 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 00:11:26 ID:Mtyxp84M
>>90
>そういうことを考えてみたことはありますか?
ない。 というか、未来は「未定」だから。
過去の事象(自身・他者の行為含む)により、その影響範囲が限定されはするだろう。
だが、画一的に一種だとは考えない。
 ※それ(事象の変遷)が強いものだろうが弱いものだろうが、所謂「決定論」的であるならば、
   それ(今の事象が百億年前に決定していたかどうか、百億年後の事象がどうであるか等)は決して知りえないし、
   ヒトに於いては、全ては【「結果論的に」考察するしかない】以上、運命論・宿命論は無意味だ。
三世に跨らない限り、縁起&業報は完璧だよw

未来は、あくまでも「予測」「推測」でなければならない。
これを、「決定事項」のように言うならば、それは仏教ではない。(と、私は思うw)


>>92
お断りします。AA(ry
コピペのが楽だからw


今度のIDも中々イカしてるぞw

おやすみw  ノシ

94 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 00:12:41 ID:ZYFDkUDH
>>90 そんな質問をしてるってことは、
質問に対してどんな答えが返ってくるかとかいう未来は
わかってないのでしょう?
それとも、わかった上で予定どおりの質問をしてるの?
私には未来は見えないので、単なる憶測ですが、
過去の業で決定的に決まるのは、
徳や智慧の強さ、煩悩の強さだ、つまり能力だと思います。
ですから、まぁたとえば、欲レベル5・怒りレベル3の
キャラクターがいたとしても、
そのキャラクターをどう動かして何に出会うかは別問題です。
欲レベル5・怒りレベル3のキャラクターを北に歩かせたら、
ブッダのような指導者に出会って悟って欲も怒りもなくなるかもしれない。
同じレベルのキャラクターを南に動かしたら、
今度は欲や怒りを増大させようと誘惑する
悪魔に出会うかもしれない。
そこで悪魔の誘惑に負けるかどうかによって、
欲や怒りが増大するか減少するかは変わってくる。
業は、未来に持ち越す能力を決めるが、
未来のできごとすべてを決めるわけではないのでは。

95 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 00:36:55 ID:mzs6m567
>>94
わかっとったらわしゃもう如来やがなw
それで「上がり」でっせ。絡むなあ、あれからもずっとはりついてるわけww

結局誰も「神通力」は持っていないことは良くわかった。
だが、それならなぜ三世に跨る「輪廻」「業縁起」について語れるのかな?
三世に跨る「輪廻」「業縁起」は除外すると宣言している人物は除くとしてもな。
それでもホントは「過去の結果が現世に影響する」と「現在の結果が未来に影響する」が
分けられないって知ってるくせにwww
輪廻と業縁起を語るなら、「決定論」は避けられないことも知ってるくせにwww

96 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 01:04:48 ID:mzs6m567
ちゅうか、「輪廻」や「業縁起」を語りながら
みんな巧妙に「時間論」と「決定論」は避けて通るよなw
唯一といっていい例外が法然と親鸞だが、
その後の教団の勢力分布から言っても、この問題を避けて済ませるわけにもいくまいてw

「お前がわしに人を殺せと命ぜられても殺せないのは、因縁がそなわってないからであって
心がよくて殺さないのではない」
「ウサギの毛の先についている塵のような小さな罪でも、前世からの因縁によらないものはない」
「地獄は一定すみかぞかし」
(『歎異抄』)

眠い、寝る。こうやって眠たくなるのも、やはり因縁かw

97 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 03:33:51 ID:8N5RMPWK
>>96
>「お前がわしに人を殺せと命ぜられても殺せないのは、因縁がそなわってないからであって
>心がよくて殺さないのではない」

ならば、殺人犯は、「俺が人を殺したのは因縁が備わっていたからであって、
俺の心が悪いのではない」と故意を否定されてしまう。「地獄で裁かれるの
だから、この世で裁いてはならない」と二重処罰の禁止、一事不再理の主張
をされる。親鸞の教えは、矛盾だらけで、とんでもない教え。頭が弱いの
ではないか。

98 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 04:32:01 ID:HjA4tP7F
>>66
「貧しい者は幸いである」。このイエスの言葉も差別思想だね。
富とは、社会に対する貢献の対価であることに、イエスは思い至って
いない。そして、貧者にも喜びがあり、富者にも苦しみや悲しみが
ある。
弱者(貧者)を救えるのは、強者(富者)のみ。弱者は弱者を救えない。
富者が金を使うからこそ、貧者も潤う。
イエスは、あるがままの人間とその社会に対する基本的理解と洞察、
そして「人間そのものに対する愛」が欠けている。釈迦は、イエスほどの
アホではないことを望む。

99 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 08:03:22 ID:ZYFDkUDH
>>97 因縁により、故意に人を殺そうとするのでは。

100 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 09:12:26 ID:mzs6m567
>>97
これは親鸞が言い出したことではなくてアジャセ王の親殺しという元ネタが仏典にある。

俺が過去生の善行の結果今生で「神通力」を得た、という仮定で話を続ける。
(そういうことをいうやつがいなかったからここまで延々と続けてきたんだろう?)
・仏典にあるとおり、過去生の結果が輪廻先で現れることが「ある」らしい。
・仏典にあるとおり、過去生での善行の結果今生で「神通力」を得られるわけだから、
オマエラも今生で「よいこと」をたくさんすれば、来世で「神通力」が得られたりする。
だから今生でせいぜ「よいこと」をするがいい。
ここまでは蛸壺仏教のいっていることと同じだが、ここから少し違ってくる。
・しかし、俺が同定した「高野山で修行した坊主」は俺じゃないのにその因果を俺が背負うのか?
・こういう過去生の「自分=我」と今生の「自分=我」は、「輪廻があるが無我であり霊魂もない」
とする仏教の主張とは相容れない(これは輪廻と輪廻を繋ぐ主体がないことを意味するから)。
・それだったらいっそキリスト教イスラム教の、輪廻はないが霊魂はあって、1回限りの「我」が
天国と地獄に振り分けられる、という主張のほうが説明する側される側のどちらも理解しやすい。
つまり三世に渡る複数の「自分のアバター」を設定するまでもなく、
自分の因は自分の果として一対一対応で帰ってくるわけだからな。

実は、ここらあたりのことまでなら過去生での修行の結果得た「神通力」wで仏教的な説明はつく。
だが、これまでそのような「悟りの世界」をチラ見でも垣間見ることができた、と主張したやつが
ここに一度もあらわれなかったから、「誰も」輪廻があることと無我とを系統だてて説明できなかった。
できるわけがない、知らないんだからw。

101 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 09:17:03 ID:mzs6m567
(つづき)
ぶっちゃけ、三世のアバターは全部「俺」で、しかも「無我」だ。
とすると、過去生の因が今生の果となり、今生の因が来世の果となるんだったら、
過去生の因が来世の果となっているケースもありうるな。
いや、むしろ「因果とは縁起であり相互依存である」とする仏教教理からすると、
三世の「はじめから終わりまで」実は全て決まっているのを「知らない」ことが無明であり煩悩だということになる。
悟ればそれらが「全て」わかるようになる、と仏典にも書いてあったこととも合致する。
ここで「決定論」が登場する。
ま、俺程度のチラ見なら、その悟りのステップのほんの入口に立ったに過ぎないが、
それ以前のオマエラはその入口にさえ辿り着けないで
「見たこともない」悟りの世界をああだこうだ言っているのだから、
そもそも「正しい仏説」などこれっぽっちも語れる道理がない。
だから「悟りたい」なら、せいぜい今生で「よいこと」をいっぱいして「わるいこと」は避け、
来世の果に期待するようにw

102 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 09:28:49 ID:JR+YQX17
 それにしても、あるがままを観ない人間は、因縁だの、業報だの、輪廻だの、転生だの、
古代人の経験的にごく狭い世界観で人工的に謀略的につくった『概念』に縛られて自由を失う。
 こういった既成『概念』思考から開放されて、苦しみから解脱し、自由に慶安に
生きることを教えたのがゴータマ・ブッダだったろうに。
 こんなくだらない観念から解放されてはじめて、人は前世や後世につながるしがらみを断った、
現世のみに生きる独立した個人、自己として自立したのだ。
これがゴータマ・ブッダの歴史的社会的意味だ。

なのに、なんという倒錯! もうほんと呆れる。

 狡猾なバラモン支配至上主義者ヤージニャヴァルキヤの謀略がいまだに効いていて
あいつの高笑いが聞えるだろう? 
もう俺はとっくに解放されているから、馬鹿マゾヒストたちを憐憫の眼で観るしかない。


103 :前世は一在家:2009/11/18(水) 09:31:12 ID:bal3/MHe
>>90
>仏教修行を「今生で」したわけでもなく、高野山の坊主以外にも異教徒だった
>過去生もあるらしい俺からいわせれば、

私も異教ですので、貴兄の話はある程度分ります。
「輪廻の法」は仏教徒だけでなく、クリスチャン、無神論者でも平等に享受
されます。

「輪廻の法」を知る為には、釈尊の「三明智」、現代の「退行催眠」以外にも、
「霊動」や「霊道」などいくつかの方法が存在しております。

私の場合は「霊動」現象の神秘体験を35年ほど積んでおります。
憑依霊達が憑依した人の前世の出来事を語る場合もありました、
「こいつの首に原因不明の痛みがあるのは、前世で俺の首を切り落としたからだ。」
「こいつにせいで俺は無実の罪で切腹させられた。こいつは胃がんで命を失う。」

憑依霊の言うことは嘘が多いので、気にしないように指導されておりますが、
後日憑依霊が離脱して後に、永年の首の痛みや、胃がんが消滅した際に
本当のこと(前世カルマ)を言っていたんだなとの検証を重ねております。

一部スレ違いですので失礼します。


104 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 09:56:39 ID:JR+YQX17
安らぎに帰して、善悪を捨て去り、塵を離れ、
この世とかの世を知り、生と死を超越した人、
――このような人がまさにその故に〈道の人〉と呼ばれる。
             (『スッタニパータ』520)
・善悪を捨て去り、塵を離れ⇒善悪そのものに意味はなく、
              塵(二項相対の既成概念)を捨て去る。
・この世とかの世を知り←まさに塵(二項相対の輪廻転生という既成概念)を捨て去る。
・生と死を超越した人⇒不生不滅=縁起=空=中道

ブッダは、道徳とか倫理とか輪廻転生とかの「塵を離れ」て、ただ「縁起」にのみ生きよといっているのである。





105 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 10:00:10 ID:H4hQHGI8
また、バカ書いてるやつがいるがオカルト語りたいならオカルト板いけ。

106 :前世は一在家:2009/11/18(水) 10:25:47 ID:bal3/MHe
>>74
>お前は、宝珠と一緒にこの世から消滅してくれよwww

龍樹も最期の時に同じセリフを言われましたね。
ふと、思い出しましたよ。


107 :前世は一在家:2009/11/18(水) 10:31:48 ID:bal3/MHe
>>104
>・生と死を超越した人⇒不生不滅=縁起=空=中道

・生と死を超越した人⇒輪廻から解脱⇒涅槃=中道

「不生不滅=縁起=空」は龍樹の擦りこみでしょうか。

また、「中道」は「縁起の法」からだけでなく、「因果の法」
からも至ることは可能かと思料します。


108 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 10:36:24 ID:Mj1k07js
>>85
その点、麻原は有利だった。テレビ対談で>>85な問いをぶつけられた時、
自分の視覚に障害があるのもカルマ、と返したそうな。

109 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 12:09:20 ID:zSZiaSmx
いずれにせよ、原始仏教は論理矛盾だらけ。中道も、両極端における実体を
前提とするから、その両極端間のどこをとっても「空」は成立しない。
「これがあるから、あれがある」も、「これ」と「あれ」という実体を前提と
するから、「空」は成立し得ない。それに、不生不滅などの「極論」のどこが
中道か。「縁起=空=中道」の公式は、竜樹の類い稀な頭脳による「相互依存性・
相対性」の原理によって初めて確立された。釈迦は、頭のあまりよくない単な
るカルト教祖。だから、キリスト教的「唯一絶対人格神」を必死で守りたい、
キリスト教崩れの神智学、真光、幸福の科学などの現代の超カルトが原始仏教
に群がり、利用しているだけ。

なお、釈迦のいう「無明」とは、現代的には、「事物の科学的原因を知らない
こと」。その意味では、釈迦も無明であった。日々、無明を解明しているのは
科学であり、佛教ではない。

釈迦の「人生の楽しみ」は、一体何だったのか。他人に余計な「苦の観念」を植
え付けることか。

110 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/18(水) 12:10:52 ID:/iJhkrs6
>>69>>72
>業論自体が差別思想であると言ってる意味がわからんのか?
>それとも、業論肯定論者は自らを「差別主義者」であると公言して憚らないのか?

業報理論は万人に対し公平に作用する法則のこと。
この摂理によって平等が保証されているのです。
誰も差別などしていない。

差別行為をしている人がいたら(たとえ仏教者であり)、
その人が悪しき業を積んでいる愚行だということ。

参照:
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255484423/69-70
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255484423/109-110


>>71
>カルマというのはあくまで個人に帰するものですから、
>この文脈で「先祖」という言葉が出てくるのはおかしいですね。

確かに転生は個人のカルマに基きますが、
しかし、その個人がどの家系のどの男女の間に生れていくか・・・というのは、
当然、生れるべく両親との関りにおいては必ず必然的な結びつきが存在します。
仏教的見解においては偶然の出来事というものはない。すべては必然の「ご縁」です。
これも縁起という。

111 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/18(水) 12:18:22 ID:/iJhkrs6
私にも随所、随所でいいたいことは山ほどあるのですが・・
しかし残念ながら、投稿の時間がなかなか取れなくなってきているのでスルーしています。
もしも可能であれば、時間的余裕ができたときには個別に・・。
もしくは、纏めたものとして改めに投稿したい、という気持ちはある。
---------------------------------------
>>86
>こういう具体的話には、宝珠も在家も干渉してこない。
>何故だと思う?
>彼ら(の思想)は、こういう場面に適した(具体的)言葉を持っていないからだよ。
>ここへ、厚顔無恥にも言葉を畳み掛けてくるのは、搾取を目的とした団体だけさw

 いや全然、違いますね。あなた方のしている具体論、具体的な例え話などというものはすべて、
自分たちの無理解の露呈に過ぎないからであり、まったくお話にならないからです。

>>11この経文の言葉が仏教の教え/業報理論の基本部分ですよ。
これを百万回、繰り返し読むといいと思う。

 過去世の記憶がない。「忘れました」「わたしは知らない」などといったところで、業力は不変であり、
果報を見るまで消滅することがない。必ず、その発動者たる行為者個人を突き止めて、同等の作用
/反作用で果報をもたらす。果報が成就するまでは死んでも済まない。
 これがゴータマの教えですよ。そのことが認められないのであれば、何も無理して信奉することは
ないといってるのです。思想というのは誰も強制しているではないのだから。

>>38ゴータマが説いた保証がない、などといういい訳がしたい人がいそうだからいいますが、少なくと
も、これが仏教といわれる教えですよ。百歩譲って、これがゴータマではなくてカッサパなのか?本当
は誰の教えなのか?それがついに確認できなかったとしても・・・。これが仏教と呼ばれるものである
ことには変わりが無い。
 もし、そうでないというのならば、これ以外の仏教とやらがどこに存在してるのか?そいつをここに提
示してみなさいな!

112 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/18(水) 12:19:51 ID:/iJhkrs6
 「神通を認めながら輪廻転生を否定する」などという人が一人でもいたでしょうか?(投稿者の中で)
いませんね!何故なら、この輪廻転生を否定している人というのは例外なく唯物論者だからです。唯
物論者というのは、自己体験しない限りは認めない人が殆ど。理論的にも納得ということもできない。
 何故なら、彼らが納得する理論とは科学者が公式に認める声明内容に限るからです。大凡、これら
の人々というのは宗教者の見解ではないのです。

 『近年の一部の仏教学者や、文献学をかじったことのある在家者の一部には、「仏陀は輪廻転生など
説いていない。実際、学問的に最古とほぼ確定されている経典、つまり仏陀の言葉をある程度忠実に
伝えているであろう『スッタニパータ』などのパーリ語経典には、仏陀は未来世の生まれ変わりなど説い
ていないのだ。輪廻などという非科学的俗説は、仏陀滅後、市井の徒によって挿入されたのである。仏
教と輪廻転生は本来関係がない。仏陀は自然科学的態度もつ、合理の人であった」などと主張する者
がある。しかし、これはインド文化圏からすれば非常識極まりない主張だと言えよう。彼らの中には、む
しろまず結論ありきで、「輪廻とは非科学的未開野蛮の説である」という持論を、文献学的には仏陀が
輪廻を説いたか否か立証出来ない、という一点で通そうとしているのであろう。』
http://www.horakuji.hello-net.info/index.htm

113 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 12:20:18 ID:JR+YQX17
>>107
>輪廻から解脱
輪廻転生というバラモン支配至上主義者ヤージニャヴァルキヤの謀略『概念』から開放されること、
これが趣旨。
輪廻転生などというチンケ戯論からは開放されている。
地に足の着いた歴史的社会的アプローチができない者は、概念主義者になるか戯論妄想主義に陥るしかない。

輪廻転生論はまさしく検証不能の戯論(形而上学的妄想)であるがゆえに
ブッダは『このこと(輪廻転生)を説く』ということはなされない⇒「無記」
                          (スッタニパータ836・837)
「不生不滅=縁起=空」はスッタニパータ1119などその他でブッダの諸説であることは明確だ。

>「因果の法」
 縁起が無自性の多因多果のネットワークであることを考えれば、
業報輪廻転生論が十二縁起説 と同じく一因一果的発想の「風が吹けば桶屋が儲かる」式の
ナンセンスきわまる謬論であることは明らか。子供だましだ。
アタマがイイつもりのアフォが引っかかる。
世俗であっても明日のことは判らない、ケセラセラなんだよw

しかも絶対に我執からは逃れられない邪悪な論理構造になっている。
多因多果からみても、業報輪廻転生論のオレオレ詐欺にも劣る一因一果的な
単純な古代人の一因一果的なインチキ論理には笑える。

もうずっと大昔にインチキ論理は見抜いているから、アフォには付き合ってられない。


114 :亭白:2009/11/18(水) 12:23:19 ID:kxsBcg/b
>>26 :神も仏も名無しさん
☆それはその通りであります。
人類の子孫繁栄して、人に限らず仏神が与えた性欲でもあります。
性欲自体に悪くはありません。 夫婦関係の営みも悪くはありません。
 ただ、売春したり、児童ポルノで狂ったり、乱交パーティーで性交渉
 したり、強姦したりすることが、夫婦の営み以外の行き過ぎた淫らな
 妄想や悪しき性的衝動が、理性の歯止めが利かないで、心が支配され、
 自分が自分でないように色情の誘惑の虜に勝てなくなることが問題で
 あります。人生において最上なる価値として選択決定した積み重ねに
 よって、心の傾向性となり、あの世の天国・地獄の住み分けが決まっ
 てまいります。性的情欲が人生において最上なる喜びと選択決定し日々
 積み重ねれば、死後、あの世の色情地獄に堕ちることとなります。
 過去の性的欲情を人生において最上の価値として喜んだ内容を反省し
 仏法真理の学びや無私の善行奉仕が人生の最上の価値とすれば、段々
 性的情欲の操り人形のような心から理性で心を統御し、性的情欲を
 心の支配下におくことができて、心の澱みから清浄なる心を取り戻す
 ことが大事な心の修行になります。そうなれば、あの世の地獄に住む
 こともなくなる可能性が大になります。 

115 :亭白:2009/11/18(水) 12:26:36 ID:kxsBcg/b
>>114 続きます。
☆この世の法律に触れなくても、地獄に堕ちている人は多いのです。
 それは、心の中で犯罪を犯しているからです。反省は仏神の慈悲そ
 のものであります。反省が入れば良いのですが、御自分の高級車
 の愛車はピカピカに光っていますが、御自分の心の中は掃除や洗
 濯としての反省をしていないので真っ黒になっている人が多いの
 です。 御自分の心の中も愛車のように手入れしてピカピカと光ら
 すことが、何にもまして大事なことなのです。
 御自分をイジメる、ぼろ雑巾のような反省は本当の反省ではありま
 せん。正しく反省できたら、自らの愚かしさに涙が流れ、もう愚か
 な生き方はしないと改心し自戒をします。心の軽さと心の安らぎを
 感じることで、心が清浄になった証であります。
 反省即幸福であります。

☆(以下大川隆法箸「不惜身命」教典書籍一部抜粋)

「心の成熟」に必要な三つの心構え  (以下大川隆法箸「不惜身命」教典書籍一部抜粋)
 一点目は、「自分の気持ちを考えすぎない」
 二点目は、「価値観の多様性を認めようと努力する」
 三点目は、「もし幸福に生きたいなら、許すということを、もっと考え実践する」

 一転語「現在ただいまの心境が変われば、過去だって違って見えるのです。

116 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 12:28:49 ID:Mj1k07js
>>110
こう見ると、後から報いがやってき続けることで成り立つ平等だ。
仮に2009/11/18(水)の12時何分のこの時点で世界が終わったとすると
多くの善や悪、楽や苦が清算されずに終わってしまう。
だから輪廻のシステムが「平等」であるためには、世界、地球じゃなくても
何らかの形で(超自然的な生命や地球外生命体とか)生き物が存在し続けることが前提になる。

117 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 12:39:18 ID:JR+YQX17
>>114 亭白
>あの世の天国・地獄の住み分けが決まってまいります。
>あの世の色情地獄
色情地獄とやらにいちどいって酒池肉林をやってみたいものだが・・
これは知能指数のたりない知性に乏しいひとに方便として説教してるの?
それとも、こんなすれっからしばかりのスレでマジに実在を信じていってるの?
後者ならば、経験主義的な証明をお願いします。

しかしなんでこのスレにはこんな低級魑魅魍魎がよって来るんだ?
もういいかげんにこいつらと遊ぶのも低レベル過ぎて飽きてきたな。




118 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 12:39:36 ID:+Ldwklg7
>>110
>業報理論は万人に対し公平に作用する法則のこと。

それはあくまで「現世」において適用されるもの。来世における適用
など考えたら、裁判制度も、道徳倫理も無用となり、社会は崩壊する。

犯罪も、前世の因果、来世の裁きを主張されたら、現世では裁くことも
できなくなるではないか。

輪廻転生は、「一部の」人間が他の人間を支配するための、悪辣な手段。
パウロの「罪・贖罪概念」と同じく、極めて悪質な宗教の洗脳手段である。
現代では、即刻廃棄されるべき、諸悪の根源である。その提唱者こそ、
真っ先に「地獄に墜される」べき犯罪者ではないか。

119 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 12:50:10 ID:JR+YQX17
>>115
大川隆法が自称ブッダなら、なんで嫁がいてセックスしまくっているんだよ!
しかも、他の女にも手を出している。
とんだ色情地獄ブッダだなあ、おいw

短小、包茎、司法試験万年落第生のコンプレックス丸出しじゃねーかw


120 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 12:51:59 ID:2sZadpV+
>亭白氏へ

大川隆法は、仏教者を自称しているが、実態は、浅薄にもキリスト教
に嵌っただけの愚か者。言っていることの半分以上は、キリスト教。
佛教を、己のキリスト教のために「利用」しているだけ。よーく分析
されたし。

121 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 12:53:02 ID:ZYFDkUDH
輪廻がなくて死んだらみんな涅槃ならば、
悟りをめざさなくても、
他の宗教で適度に幸せを感じて死んでいってもいいことになる。
輪廻があるなら、極楽や天国を信じている人が、
修行を怠けてて悟れないと輪廻してしまう。
だから輪廻があるなら、本気で煩悩をなくす修行をしなけれはならない。
輪廻がないなら、極楽や天国を信じる宗教を信じてでも、
幸せに死んでいければそれもいいことになる。
どうせ死んだら終わりなら、迷信でも方便でも信じて、
てっとり早く安心を得ればいい。

122 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 13:04:31 ID:xZXLk/z7
まったく・・・w

こういうの(>>121)が、仏教という枠を逸脱して、
他者を、問答無用で輪廻という落とし穴へ押し込める傲慢な暴挙だと指摘されてるんじゃないかw
まだわからんのか・・・?

どいつもこいつもレベルの低いことで・・・w

123 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 13:07:56 ID:wSeqpQWb
>>122
それよりも、カルトを呼び寄せる釈迦佛教、原始仏教自体に問題がある
ことに思い至るべきである。

124 :前世は一在家:2009/11/18(水) 13:09:37 ID:bal3/MHe
>>113
>>「因果の法」
>縁起が無自性の多因多果のネットワークであることを考えれば、
>業報輪廻転生論が十二縁起説 と同じく一因一果的発想の「風が吹けば桶屋が儲かる」式の

>多因多果からみても、業報輪廻転生論のオレオレ詐欺にも劣る一因一果的な
>単純な古代人の一因一果的なインチキ論理には笑える。

貴兄の想定している「因果の法」は一因一果なのですか。
本スレに最近来られたのかも知れませんが、「因果の法」は多因多果として
私は仮説を展開しております。

前世の複数の善因(徳)と悪因との善果と悪果の総決算が現世に現れるという
法のモデルです。

仏陀が説かれた原始仏典にも記載の「因果の法」から、「時間」と「運動」を
消して「縁起の法」として展開したのが龍樹ですね。

自灯明にて足元のアリさんを正しく見ながら「去りつつあるものは去らず」と
108回唱えて、大天才の消した「時間」、「運動」を確認されては如何でしょうか。


125 :前世は一在家:2009/11/18(水) 13:16:37 ID:bal3/MHe
>>123
>それよりも、カルトを呼び寄せる釈迦佛教、原始仏教自体に問題がある
>ことに思い至るべきである。

まったく同感です。
唯物論者を呼び寄せる大哲学者の中論が、原始仏教を変えてしまった
という仮説が証明されたということに思いが至る次第です。

机上空論を超えた今なら「帰敬序」で釈尊を超えた自負心も理解できるでしょう。


126 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 13:25:00 ID:xZXLk/z7
一つ指摘しておこうか・・。

>>121
>輪廻がないなら、極楽や天国を信じる宗教を信じてでも、
>幸せに死んでいければそれもいいことになる。

そうだよ。【仏教でないならば】ね。
仏教でないなら、天国を信じて安心を得ればいい。何も問題がない。

しかし、(余計なお世話であるにもかかわらずw)、仏教徒は思う。
「あーあ、あんな愚かな信仰はやめればいいのに・・・。
輪廻して苦しみ続けるだけなのになぁ・・。天国なんか無いのに・・・。
かわいそうに・・・。ま、次の生では仏教を信じてね♥」 とw

で、まったくこの通りの思考をしているのが宝珠(と縁起一代)だw

127 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 13:44:56 ID:xZXLk/z7
>>116
>こう見ると、後から報いがやってき続けることで成り立つ平等だ

だから、「来世での帳尻合わせ」と評したんだがな・・・。
まんざら外れてもいないという自負もあるんだが、あまり好評ではないようだw

128 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/18(水) 13:45:19 ID:/iJhkrs6
>>38
>>その境地に到達しないことには輪廻の実体を自己確認はできない
>宝珠はその境地に達し、輪廻の実体を自己確認してきたのかな?

この私は物心がついた幼少時から意識の不死性、
及び人の生まれ変わりについての確信があった。これは人に教えられたものではありません。
業報と輪廻転生の仏教理論はこれを説明したものであり、まったく同じ内容だった。
それだけのこと。

これは理論的に整合性が取れている見解です。
因果律。原因と結果、及び作用と反作用の法則を真実と見なす私にとっても当たり前の常識です。
意識が肉体死と共に消滅したり、一度だけの人生で人の価値が測れることなどは不可能で不条理。
過去世を想定することなく、人の生まれの差異を説明することはできない。


129 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 13:47:20 ID:xZXLk/z7
>>128
>過去世を想定することなく、人の生まれの差異を説明することはできない。

なんと拙い想像力www  いや、想像力が逞し過ぎるのか?w
幼稚園児かよw

130 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 13:47:22 ID:JR+YQX17
>>124 前世は一在家
あんたの読解力不足には呆れる。
多因多果からみても輪廻転生論はナンセンスだといっている。
先のことなど誰にもわからない。

業報輪廻転生論の創出発明者バラモン支配至上主義者ヤージニャヴァルキヤの所論からは、
ブッダの縁起法則など絶対に認めないだろう。
全く異質だからドッキングできるわけがない。
また、無理やりドッキングしなければならない理由もない。
このことは、バラモン=ヒンドゥから14世紀にマーダヴァが著した
『全哲学綱要』(インドの哲学体系『全哲学綱要』訳註 中村元選集 第28巻)で、
仏教を唯物論を除けば最低の極悪思想(ヴェーダ及びアートマンを認めない)と非難を浴びせられていることからも明らかだろう。
ヒンドゥ側から見ても仏教は業報輪廻転生を認めないと認定されている。

この輪廻転生論はインチキだという結論が気に入らなければ、仏教に関わらなければいいだけ。
出て行けばいい。
>複数の善因(徳)と悪因との善果と悪果の総決算
>>104「善悪を捨て去り」なんで二項相対価値判断にこだわるのかねえ。
 誰が交通整理して裁判官になるのかな。
    閻魔大王も忙しいことだなw 閻魔大王がいうんだから、間違いない。 
    縁起のみを生きればいいのに。

真光などというインチキ・カルトは無用害悪だ。


131 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/18(水) 14:08:34 ID:JR+YQX17
>>128
>業報と輪廻転生の仏教理論
仏教理論ではない。
仏教には「理論」なるものはない。これだけでもアウトだ。

だから仏教なんかに関わらず、
業報輪廻転生論の創出発明者バラモン支配至上主義者ヤージニャヴァルキヤにゴロニャンしとけばいい。
(⇒>>130)

俺はこんなに「仏教」で混乱が起こった大きな原因のひとつは、
第一次結集のプロデューサーがマハー・カッサバであり、
彼のオカルト苦行主義体質による強烈な編集作業にあるとの仮説をもっている。
マハー・カッサバはブッダやサリープッタの理智性的合理主義が解からなかったのだ。
むしろ、ジャイナ教的体質を持っていたと考えている(ジャイナ教はアートマンを認める)。
それが原始仏典のなかのオカルティック且つブッダが棄てた苦行主義賛美の文章と、
理智性的合理主義が入り混じった矛盾した内容の仏典になっていると考える。
もちろん、ヒンドゥ側からの折伏目的の謀略的潜入もあるだろう。
それは成功し、仏教はインドで滅びた。

この仮説でなければ、仏典の矛盾は理解できないと思っている。
だから「仏典に書かれている」だけでは、輪廻転生論の根拠になりえないのだ。


132 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 15:07:02 ID:H4hQHGI8
>>110 しかし、お前はホントに頭が悪いね。
何故、差別思想だと言われかも理解できないわけか?
お前ら業論肯定論者がいくら、この法則は万人平等であると
言おうが業論自体を信じてないものにとっては関係ないの。
現に障害をもって生まれてきたことを「前世の悪業」が原因であると規定
されること自体が不等で差別と感じるんだよ。

それが真に事実であり、納得せざるを得ないものであるなら
承知しよう。しかし、そうではないな?
これは、お前ら肯定論者がその真実性も証明できないくせに、「それが真実であると」勝手に
決め付けてくるわけだ。

なら、とっととそれが真実であると実証しろや、カスが

133 :前世は一在家:2009/11/18(水) 15:56:48 ID:66olz692
>>130
>このことは、バラモン=ヒンドゥから14世紀にマーダヴァが著した(中略)
>ヒンドゥ側から見ても仏教は業報輪廻転生を認めないと認定されている。

だから「業報輪廻転生を認めない」のは原始仏教ではなくて、
龍樹の仏教哲学だと幾度も私は指摘しておりますよ。

仏教哲学では「因果の法」も認めませんから、「因果の法」を前提とした
「輪廻転生の法」を認めないことからも証明できますね。

原始仏典では「因果の法」に関する説法が度々記載されています。
「中論」では「八不」の証明過程で「運動」、「時間」を否定したので
「因果の法」は認められません。

さて、バラモン=ヒンドゥが見た仏教は原始仏教ですか?
それとも中論の影響を受けた14世紀の大乗仏教ですか?


134 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 15:58:55 ID:H4hQHGI8
誰も万人平等に生まれついてこないことなど、承知してるわけ。
金持ちと貧乏、美人とブス、馬鹿と利口、みなそれぞれに生まれつくことを「確率の問題」つまり、
運が良かったか悪かったかのレベルで特定の原因に帰結させないわけ。
業論を否定する者はね。
(勿論、親からの遺伝的継承は認めるが)

いいか?宝くじで外れをひいても、それは単に確率の収束で、「なんで俺が当たらない。不等だ差別だ。」
なんて言わないわけ。
しかし、そこに業論信者がでしゃばってきて、
「お前がハズレたのは過去世の悪業のせいで、なんたらかんたら・・・・」
と言い出したら
「やかましい」となるわけよ。
分かったかい?

135 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 17:22:06 ID:H4hQHGI8
それから、宝珠よ。
お前は時間がないと言いながら、下らない与太話を長文で書き込む時間はあるわけだな?
ならば、10氏の要請に従って早く「転生の実証」をしたらどうか?
お前また夏に使ったあの姑息な手を使うつもりか?
時間がない、時間がないと引っ張りまわして、皆がどうでもよくなった頃を見計らって、
反論を挙げる価値もないほどのクソレスを挙げる。
また、あれをやるのか?

136 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 17:29:02 ID:Mtyxp84M
さて・・、
ネタ投下しておこうか・・・。


>>110
>仏教的見解においては偶然の出来事というものはない。すべては必然の「ご縁」です

ここが私と正反対なんだなw
私ならこう述べる。
≪仏教的見解においては、必然の出来事というものはない。 すべては偶然の「ご縁」です≫
とねw


ここで偶然と必然の位置を入れ替えた意味を、おそらく宝珠は一生理解しないだろう・・・。

(どこかのどなたかさんBと縁起一代さんは、共感・同意はしないまでも、理解くらいはしてくれそうだが・・・w)

137 :前世は一在家:2009/11/18(水) 17:48:22 ID:66olz692
>>136
>≪仏教的見解においては、必然の出来事というものはない。 すべては偶然の「ご縁」です≫
とねw

横レスで済みません。

≪仏教的見解においては、必然の出来事というものはない。≫は「因果の法」
の否定のようですね。

≪すべては偶然の「ご縁」です≫は「縁起の法」のことのようですね。
さて「縁」は偶然とのことですが。。。


138 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 17:58:59 ID:lW7KbUW/
>>124
>仏陀が説かれた原始仏典にも記載の「因果の法」から、「時間」と「運動」を
>消して「縁起の法」として展開したのが龍樹ですね。
>自灯明にて足元のアリさんを正しく見ながら「去りつつあるものは去らず」と
>108回唱えて、大天才の消した「時間」、「運動」を確認されては如何でしょうか。

まだ「天才竜樹」を理解できていないようだね。
「去る」という概念は、「静止している。去らない」という概念との相対関係においてのみ存在し得る。
「去りつつある」には、「静止していない。去る」という概念が既に含まれているのだから、「去りつつ
あるものが去る」などといえば、同一物が「去る」という行為を同一瞬間に2度行っていることになり、
ナンセンスで不可能である。英語でも、"A walking man walks"などと言ったら、英語にはならない。
釈迦の「これがあるから、あれがある」もおかしい。「これ」も「あれ」もそれぞれ「相互依存・相対関係」
によって成立しているのだから、「これ」から「あれ」が「生じる」のではない。単に「相対『関係』」が
変化するに過ぎない。二つの物質が化合して新たな物質が「生じる」のではなく、素粒子の相対関係が変化
するだけであることを考えただけでも、自明であろう。

139 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 18:00:39 ID:IiGDtWBl
>>127
これは過去に遡ってみても当てはまる。
全宇宙、全時間で最初の生命は、どういうカルマが
原因でそこに生まれてきたことになるのか?
創造されたとして、創造主はどういうふうにカルマを
評価して反映させたんだろうか?

140 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 18:02:44 ID:lW7KbUW/
>>138 (continued)

釈迦の「中道」もおかしい。中道は、実体としての両極端を前提とするから、その両極端の間のどこを取っても、
「実体の一部」であることには変わりない。従って「空」は成立しない。「無常」を「変化」と解するのも
論理的に誤り。「変化」なら、「一瞬の変化しない状態」の存在を前提とする。従って「空」は成立しない。
「相対関係」によって成立した物には、単なる「関係性の集合」だから、その物の固有の性質(自性)はない。
竜樹のこの「相互依存・関係性」の原理は、「万物」に適用可能である。従って、「絶対神」も「絶対霊」も存在
し得ず、単に「諸要素の関係性の集合体」に過ぎない。従って、自性は有さず、「空」である。
竜樹は、釈迦の「言葉」を盲信せず、己の「自灯明」即ち「知性」によって批判し、その「縁起・空・中道」の
本質が「相互依存性・関係性」であるという原理(法)を「発見した」のである。まさに、釈迦の「自灯明・
法灯明」の教えに忠実に従った唯一の弟子である。古今東西、「相互依存性・関係性」などに想到できた宗教者や
哲学者は、他には「皆無」である。イエスには、「相互依存・相対性」など、念頭にも浮かばなかった。


141 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 18:28:48 ID:IiGDtWBl
>原因と結果、及び作用と反作用の法則を真実と見なす私にとっても当たり前の常識です。

いい感じの来世を得るために何らかの出力が必要だとする。
出力になりさえずれば、善行でなければならない理由はない。
他の生き物を生きたまま、新鮮なうちに食べて生命を体内に取り込んだり
(死んで来世を目指す際に体力や燃料の代わりになる)、
神や超自然的存在と取引して背を押してもらっても良い。
案外、聖絶(あったとしてたが)に励んだ古代イスラエル人や
南米でハジけたコンキスタドールはウハウハの来世を得たのかもしれない。
結果的に神の勢力を広げる助けになったわけだからおかしくはない。
創世記9章4節にある「ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない」とは
裏技を使って神の命令なしに良い来世をゲットしてしまうのを防ぐために挟み込んだのかもしれない。

以上が事実だとしても「原因と結果、及び作用と反作用の法則」であるべき条件は満たされている。
なぜ善行に限られなければならないのか?そこに「社会の都合」以外の理由はない。

142 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 18:33:12 ID:Mtyxp84M
>>141
宗教板には稀有で貴重なスタンスですね。
更なる御活躍を期待します。

(宗教板の人は、この方向の思考を、夢にすら描かないからねぇ・・w)

143 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 19:16:25 ID:JcLG7jz9
>>112
> この輪廻転生を否定している人というのは例外なく唯物論者だからです。

違います。唯物論者ではなく、それは仏陀が唱えた十四無記であり、仏陀と同じ立場「不可知論者」です。
議論に詰まると政敵を「ナチスだヒットラーだ」または「スターリン主義だ」と言い切る人と同じく、すぐに宗教的に意見が合わない人を「唯物論者」だと言うのは幼稚です。

144 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 19:21:02 ID:PGjMHOSP
まるでゴドウィンの法則ですね。

145 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 19:49:21 ID:Mtyxp84M
さて・・・。
縁起一代さんは、どうコメントするか・・はたまたスルーするか・・・w

「偶然」に組すれば、「応報」を捨て、「“これあればかれあり”の原則が崩れる(かに見えるw)」。
「必然」に組すれば、(>>95>>101の如く)決定論を受け入れねばならない。

はてさて・・・w  ( ̄ー ̄)


スルーされる覚悟はあるがw、淡い期待を抱いて待ってるよw

146 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 20:02:27 ID:1cVSI69d
>>141
>そこに「社会の都合」以外の理由はない。

宗教も、共同体(社会)として生存している人間の多くの営みのうちの一つに
過ぎないから、「社会の都合」であることは当たり前。君は、「人間」として、
それ以外のどんな「都合」があると思っているのかねw。

147 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 20:13:01 ID:JcLG7jz9
縁起で盛り上がっている中、「輪廻」(転生については語りません)について考えてみよう。

中村元、『仏教語大辞典』「輪廻」1431ページより。
「輪廻」はサンスクリット語で「流れること」を意味する「サムサーラ」の訳であって、古い時代から、
「世の中」あるいは「世界」という意味に使用されており、サムサーラをすべて「生まれ変わる」と解するのは間違っていると言われています。

引用以上。
さて、人間が毎日生まれ、また死ぬ日々この繰り返し、この人間が出ては消える舞台である地球をさして「輪廻(サンサーラ)」と言ったのである。
分かりやすく言うと、世界(つまり現代用語で言うところの地球)に人間が生まれてこない日はありませんし、また死亡しない日もありません。
世界では生死が繰り返されています。
この当たり前の現象を輪廻と言ったのです。

その輪廻(サンサーラ=世の中)を指して「永遠の生死を繰り返す個人」、ならびに「だから転生する」などと解釈するのは、オカルティストが説いた明確な拡大解釈です。

148 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 20:30:21 ID:PGjMHOSP
>>146
それ以外の「都合」があると思っていると>>141のどこから感じ取られたのですか?
レスの引用元、話の流れから見て、恣意的な判断基準を突っ込んで皮肉っていることくらい
普通ならわかると思うのですが。

149 :前世は一在家:2009/11/18(水) 20:34:16 ID:bal3/MHe
>まだ「天才竜樹」を理解できていないようだね。
>「去る」という概念は、「静止している。去らない」という概念との相対関係においてのみ存在し得る。
>「去りつつある」には、「静止していない。去る」という概念が既に含まれているのだから、「去りつつ
>あるものが去る」などといえば、同一物が「去る」という行為を同一瞬間に2度行っていることになり、
>ナンセンスで不可能である。

貴兄は龍樹の「机上で空を論じた」手法をうっかりトレースしていますよ。

彼は有部を当て馬にして、有部のナンセンスを「机上で」証明しただけであり、
現実世界、現象世界ではなんら証明していないことが明らかにされております。
有部を「縁」として破邪の論理が「起」こっただけで、有部がいなければ
中論も無かったかも。

そこいくと足元のアリさんはリアルであり、龍樹がマジックで消したはずの
「運動」と「時間」を各位の自灯明に教えてくれますよ。


150 :亭白:2009/11/18(水) 20:51:44 ID:1GqPWoW2
>>117 :ブッダの歴史的社会的意味
☆知性が乏しいのでなく、理性が乏しいと善悪を分つ判断力が弱いから、性的
 欲情に心が支配されることを知れば対策が立てられると思います。

☆あなたは低級な魑魅魍魎が霊視できるのでしょうか?
 
☆何処が低レベル過ぎていますか?

151 :亭白:2009/11/18(水) 20:56:57 ID:1GqPWoW2
>>119
☆ブラックゴシップやデマを真に受けてはいけないですね。




152 :亭白:2009/11/18(水) 22:06:34 ID:1GqPWoW2
>>120 :神も仏も名無しさん
☆そのような見方もあるのですね。
 確かに初期の頃はキリスト的であったこともありますね。会員もイエス
 ・キリストへの信仰みたいなのはありました。イエス・キリストへの祈り
 もありました。別な会員は高橋信次氏を信仰したり、おのおの預言者や
 偉人達への信仰はあったのは、霊言集の書籍を発刊し続け、それぞれの
 預言者や偉人達の思想を学び、多様な価値観を学び、利他の智慧のスト
 ックとして学ぶ機会がありました。ですから教えは多様な思想を学ぶ事
 で柔軟な心を養い、先進宗教の組織のリーダーの養成期間であります。
 基本ベースは幸福の原理としての四正道があり、「愛の原理」「知の原理」
 「反省の原理」「発展の原理」として「愛・知・反省・発展」がありますが
 知と反省は仏陀の心の内の幸福になる方法と、愛と発展はギリシャのヘルメ
 ス神の心の外の幸福になる方法を司り、仏陀の発展の思想の弱い所をヘルメ
 ス神が補完した形になっており、霊的人生観の確立が、この世とあの世を貫
 く幸福こそ、真の幸福であります。お釈迦様の仏法より進化した形になって
 いますから、お釈迦様の人生は苦なりとして、愛をタンハー渇愛という意味
 がありますが、幸福の科学の愛は、自己の苦しみを見つめる愛ではなくして、
 もっと高次な他者への無私の愛の実践を問われるのであります。
 また、現代社会は本当の発展繁栄のあり方を知らないでいるので、ヘルメス
 神の発展繁栄と積極的発展思考も踏まえた常勝思考として、マイナスの失敗も
 も成功への糧として、プラスへと生み出す成功法則も取り入れたため、一見す
 お釈迦様の原始仏典とは異を事にしている感はあると思います。
 仏法の進化との認識に変えることで、幸福の科学の仏法真理を謙虚に学べると
 思います。 

153 :亭白:2009/11/18(水) 22:09:03 ID:1GqPWoW2
>>152 続きます。
☆その後、組織の体制が出来てから、大川隆法総裁が仏陀であることを、
 宣言されて三宝帰依体制となり、仏陀に帰依し、法に帰依し、僧団帰依と
 なり、この頃から仏陀信仰になりました。
 三帰信者が出てきまして、信者が仏陀への信仰で一枚岩の小乗しながら
 のから大乗の活動となりました。

 基本的に幸福の科学は仏教精神が背骨となります。
 そして仏陀から本仏宣言し、仏法真理を正しい価値基準として、世界人類
 救済に向けてユートピア活動しています。宗教・政治・経済・教育・医療・
 芸術等あらゆる分野を説明しきり、変革してまいります。日本や世界にある
 諸宗派・諸学等説明しきり、本来のあるべき姿に変えるべく変革し、世界の
 あらゆる分野を統合してまいります。
 本仏、大川隆法総裁は、お釈迦様を越えた使命の遂行に当たってまいります。 

154 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 22:28:31 ID:H4hQHGI8
あのなあ、幸福の科学の布教は止めてくれないか。
少なくとも、このスレに大川のバカが何喚いているか知りたい奴など
いないと思うぞ。
だから、幸福の科学スレで好きなだけ語ってくれ。

155 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 23:07:56 ID:rHwCcouY
>>136
人知を超えた計らいの中で起こるドラマを
ちっこい脳ミソでわかった様な
システムを知り尽くして断定した様な
物言いは許さないぞ、と言いたいの?

全ては、〔偶然のご縁〕・・ここにこだわりね、ここから言葉を発する
俺はこのスタンスからは、動かねー
このスタンスは全てを包み、解釈、解決まで
人を無駄に傷つけずにいけると?

156 :神も仏も名無しさん:2009/11/18(水) 23:34:41 ID:Mtyxp84M
>>155
いや。
“含み”としては、
《「必然」という語(≒考え方)に潜む「意味や価値の探索」に対する訝しさ》
《「偶然」という語(≒考え方)に潜む「事象への【淡白な視線】」の掘り起こし》
を匂わせたつもりだったが・・、うまくいかなかったかw
(少なくとも、136に於いては“ブラックボックス化の積極的推進”という意図ではない。)

 ※「必然」と「偶然」という概念を巡っては、幾つかの論点の取り方があると思うが、
   そのうちの、(宝珠が使用するような方向での、或いは帳尻合わせとしての)
   ≪「必然」イコール「べき論・理想論、或いは願望の実現」という感性≫へのアンチテーゼとも言える。


おやすに  ノシ

157 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 00:14:23 ID:ErbMBswY
生命は
無始無終の本有無作三身
ということでいいでしょう。

158 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 00:20:38 ID:teE+1qNf
>>156
そうですか、私はBでいいのでしょうか
学者風な文章を読むのは、ない頭にとっては、結構大変でございます
ところで、カルマ(業)がどこに貯蔵され
また何がきっかけでその種が動きだすのか 
今度書いておくかもしれません
多分反応としては、「はぁ?」とか大激怒かは、わかりませんけど 

それでは、御免ください

159 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 01:00:39 ID:3xgg/iX6
>>152
やっぱり、思ったとおりキリスト教だな。すべての宗教は、キリスト教の影響
があると、例外なくカルト化する。神智学、幸福の科学、大本とそれを起源と
する真光・高橋信次を初めとする日本の殆どのカルト。そして、現在テレビに
頻繁に現われる自称霊能者。それらに、原始仏教が強い親和性を有するのは何
故か。原始仏教学者は、この点を分析すべきである。また、竜樹と道元には、
カルトが寄り付かないのは何故かについても、同様に分析・解明すべきである。

なお、カルトとは、「人間が生来的に有する現実感覚や後天的に獲得した共生
の叡智としての社会常識を著しく変容・破壊するために、社会や家庭において
軋轢と争いを生じる、特に反社会的な宗教」と定義する。ちなみに、すべての
宗教は、程度の差はあれ、「反社会的」である。

その原因は、「人間とは生存本能を中核とする動物の一種に過ぎない」という
「すべての人間に共通する唯一の基本の事実」を忘れ、「生存に不可欠な現実界
に還元できない、開祖・教祖の精神障害の症状としての「観念過剰」に起因する
単なる『観念の遊戯』に最大の価値を認める」からである。

160 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 07:56:26 ID:KWRrIH4g
仏陀は死後に存在するか否か。

わたしはこれを説かない。
わたしが説かないことは説かないことだと理解せよ。
そのようなこと(形而上学的事柄)に気を取られては修行の妨げになるだけだ。
重要なのは涅槃に達することであり、無益に思索することではない。
常見も断見も立場を採らないのが仏教である。

つまり、このスレで輪廻転生を説くコテハンと輪廻転生を否定する名無しは非仏教である。
常見か断見かを問うこのスレ自体が反仏教的なのである。

161 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:17:48 ID:CKbD4UVv
>>116
だから〜
“(世界が)終らない”のが業力だといってるのです。
あなたは>>11を百万回、繰り返して読むように。

これが理解できない人は仏教者ではないので・・・。

>>118
私に唯物論者と議論する暇などありません。
あなたは自称仏教徒の域にもない人。

あなたはすべての宗教否定の姿勢なのだから、ただの唯物論者に過ぎない。
何も納得する必要はないのです。いずれ寿命が尽きたときに自覚するのだからw
そのとき、これまでの自分の放った暴言と妄想の数々を恥じるでしょう。
つまり、嫌でも納得することになるので時間の問題なのです。
まっ精々、今の内ですよw

162 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:20:55 ID:CKbD4UVv
>>126
>で、まったくこの通りの思考をしているのが宝珠(と縁起一代)だw

 だから〜過去世を想定せずして生まれつきの差異を説明したりなどはできないのですよ。

 では、あなたにお聞きしますが・・・人は最初から生まれつきの差異がある中において(最初から平
等のスタートラインにはなく)、人はそれぞれ人生経験も様々であり、人生の長さ(時間)自体がバラ
バラで生れて、僅か数時間で死去する人間すらいるのが現実です。
 これらを如何にして神が正しく裁けるというのです?如何にして、誰それの人生は高く評価でき、誰
それの人生は低評価であると決定づけることができるのか?

 僅か数時間や数年だけの人生しかなかった者や、生れつき恵まれた環境にあった者やその逆の
人々の人生、等々・・を。これらを如何にして人間の天上界入り、天国、極楽行き(或いは真逆の地獄
行き)を決定できるというのか?

 これが人生1度きりで神に裁かれると説く宗教(現・キリスト教など)の矛盾点なのです。これを問い
詰めると、“すべては神の御心しだい”という話で逃げて誤魔化すのです。勝手に人々を差別して、勝
手に評価を下すという、実に身勝手な神(空想の神)のお話に過ぎない。

 また単に、肉体死によってその後の如何なる霊的な界への移行もない、という見解はただの断滅
論/唯物論なのです。当然、仏教ではない。

 で、あなた(セブン)の理解する仏教とは、これ如何に?
どこで説かれるの??


163 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 08:24:32 ID:4NmReyBr
>>160 ブッダは死後に存在するのか、
という話であって、一般的な輪廻の有無の話とは別では。
また、経典には輪廻のことも書いてあるし。
しかし、たしかに、輪廻の有無をあれこれ考えるより、
瞑想でもしたほうがいいですね。
それを言い出したら、2ちゃんねる見る暇あったら
瞑想しろということになりますが。

164 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:25:39 ID:CKbD4UVv
>>132
感情論には興味なし!おわり

>>135
>ならば、10氏の要請に従って早く「転生の実証」をしたらどうか?

私がいつ、実証するなどといいましたか?そんなできもしない話をw
これを、「実証などできない」という話すらも、あなたには理解する能力がないのか??

>また、あれをやるのか?

意味不明です???


165 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:35:13 ID:CKbD4UVv
>>143
仏教の特徴とは、
「懐疑論」及び「不可知論」を超えたものです。

仏教は世俗(現象界)の理解と表現を超えた世界を“実体験するもの”です。
従って、不可知論を更に超えた思想なのです。分ります?

また、「在ると思えばある、無いと思えばない」とかの、
すべてをただの“気(心)の持ちよう”で済ませようなどという机氏流の解釈はもっての他です。
取り合えず、「六師外道」の話でも再度、ご確認願います。

>>147
>「輪廻」はサンスクリット語で「流れること」を意味する「サムサーラ」の訳であって

それを“広義”というのですよ。
人間に当て嵌めた場合には、これを転生というのです。
経典中では「再生」などと説かれ表現されます。

166 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 08:37:40 ID:KWRrIH4g
>>163
そうです。その問いは仏陀に関する問いです。
では全て書き出しましょう。
 (一)世間常(世界は常であるか)
 (二)世間無常(無常であるか)
 (三)世間亦常亦無常(常かつ無常であるか)
 (四)世間非常非無常(常でも無常でもないか)
 (五)世間有邊(宇宙は有限か)
 (六)世間無邊〈宇宙は無限か)
 (七)世間亦有邊亦無邊〈有限でもあり、無限でもあるか)
 (八)世間非有邊非無邊〈有限でも無限でもないか)
 (九)如來死後有〈如来に死後はあるか)
 (十)如來死後無〈如来に死後はないか)
 (十一)如來死後亦有亦非有(如来は死後も存在し、かつ存在しないか)
 (十二) 如來死後非有非非有(如来は死後、存しも存しなくもないか)
 (十三)命身一〈命と肉体は同一か)
 (十四)命身異〈命と肉体は別か)

釈尊が答えたのは、14の問い個別にではありません。
「その(形而上学的概念)ようなことは答えない」と言ったのです。
輪廻転生はまさに「そのようなこと」です。
また死語の世界についての常見は明らかに中道の教えから外れており、
あなたがそれを説くなら反仏教です。

167 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:41:31 ID:CKbD4UVv
>>130-131 :ブッダの歴史的社会的意味
>業報輪廻転生論の創出発明者バラモン支配至上主義者
>ヤージニャヴァルキヤにゴロニャンしとけばいい。

 あなたの理解する「歴史」とは、ヤージニャヴァルキヤが勝手に導入した業報輪廻転生思想と
いうものです。しかし、正しい(インド思想の)歴史の理解というものは、聖者によって、人々の意
識の成長と時代に合わせて真理の部分が断片的に説かれいき、それが序々に開示されていく
というもの。

 それは、記録された歴史の中で最初にこれを説いたのがヤージニャヴァルキヤであった、とい
うことに過ぎない。彼が登場する以前(その遙か昔)には、他の誰かがこれに気付いて説いてい
たでしょう。
 歴代のバラモン聖者がこれを継承し、後に出現したゴータマもこれを正しいものとして確認し、
更に仏教的な理論として展開されたということ。
 真理から汲み取った教えというのは発展していくのです。つまり、太古の真理に新たな真理の部
分が付け加えられていく・・と。こうして、説かれる真理についての教えは拡大していくです。

168 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 08:42:53 ID:KWRrIH4g
>>165
あなたの私に対するレスを読むにつけ疑問を感じます。
あなたは何宗ですか?
多分密教系でしょう。
それは仏教の名を借りたオカルト思想ですよ。

169 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 08:43:32 ID:CKbD4UVv
>『全哲学綱要』(インドの哲学体系『全哲学綱要』訳註 中村元選集 第28巻)で、
>仏教を唯物論を除けば最低の極悪思想(ヴェーダ及びアートマンを認めない)と
>非難を浴びせられていることからも明らかだろう。
>ヒンドゥ側から見ても仏教は業報輪廻転生を認めないと認定されている。

 だから、業報輪廻の否定ではなくてアートマン否定に対する批難です。あなたはアートマン無し
では、輪廻の主体が無いことを意味するから転生理論が崩壊するといいます。だから、私が繰り
返し述べた通りなのです。それは仏教の弟子たちの誤解によって受け継がれたものだと。

 ゴータマは、「アートマンはない」などとは説いていないし、「説く筈がない」のだ、という明確な根
拠を石飛氏による解説などを紹介することで明確に論証したのです。無我論については弟子たち
による誤解(間違ったまま継承を続けている)です。従って、輪廻転生とアートマン論についてはそ
もそも最初から矛盾はないのです。

 http://houjugusya.web.fc2.com/anatman.htm
 まずは、ここに書かれてあることを理解するのが基本です。それと誤解してる人がいますが、こ
の私は1度もゴータマが「(バラモンの説く意味での)アートマンはある」と述べた経が存在するな
どとは述べたことはありません。探してみるといっただけです。そして、それは見つからなかったし、
石飛氏の理論から見ても、説かれている筈はないということを理解できます。

 私は、「無我の教えを誤解するな」といってきただけです(仏教徒に対しては!)。
そして、仏教徒でない者には、私からは更なる話が可能だと。

170 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 08:56:44 ID:KWRrIH4g
>>163
> また、経典には輪廻のことも書いてあるし。


輪廻についてはすでに書いた>>147を参照してください。

輪廻転生についてならそれは「方便」というものです。
知られているように釈尊は先に教義を打ち立ててからそれを書に記し信者に丸暗記させる一神教の様な布教形態を採りませんでした。
相手と対話形式で相手に合った形でその真髄を伝える方法を採ったのです。
したがって、バラモン教の概念に染まった当時の世界で相手が信じている転生を説くのは自然なことです。
しかし釈尊が死後について見解があるとすれば十四無記、常見断見の否定、毒矢の例え、この通り明確に「不可知論」の立場であり、
その様な無駄なことは思索する必要なしと考えています。

171 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 09:01:03 ID:CKbD4UVv
>>168
あなたが
いつから参加を始めたのか知りませんが・・・最近の方?
(この宝珠系シリーズは08年11から始まり、ついに1周年を超えました。(=゚ω゚)ノゲゲ〜)

私は個人の神智学徒です。
尚、私の仏教に対する理解は「原始経典」に基く(僅かな知識による)ものです。
(原文は読めないので学者による翻訳経と注釈です)

密教についても、
少しは知識と理解があります。真言系及びチベットにも。
また、神智学を学ぶ以前は、
近代ヒンドゥーのアヴァターラ存在に傾倒したヨーギンの一人です。

所属している仏教宗派はなし。
正式、登録は一つ。パラマンサ・ヨガナンダのクリヤ・ヨーガ教団
『Self-Realization Fellowship』(自己実現同志会)だけです。


172 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:05:58 ID:KWRrIH4g
>>171
あなたにはヒンドゥー教の素養があるわけですね。よくわかります。
ありがとう。

173 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 09:11:47 ID:CKbD4UVv
>>168
>多分密教系でしょう。それは仏教の名を借りたオカルト思想ですよ。

確かに、密教はバラモンの叡智を拝借して発展させたものでしょう
(密教僧は認めないかもしれませんが・・)。しかしながら、
仏教諸派(密教は伝統宗派です)を“オカルト思想”呼ばわりとは聞き捨てなりませんね。
シリーズ始まって以来、初めてかも〜「オカルト思想」とは酷いww
浄土教を仏教的ではない、という言い方は理解しますが・・。


174 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:19:31 ID:KWRrIH4g
>>173
密教の神秘主義的要素をオカルティズムと称しただけでそこは間違いではありません。
オカルティズムは超能力を扱い新興宗教と親和性が高いのは周知の事実。
別に何を信じるのもその人の自由ですが。

175 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:22:28 ID:my+devWg
>>161
>>116は「突然世界が終わってしまう可能性もあるから」
輪廻は誤り、という内容ではない。あくまで
「輪廻が「平等」であるために必要な条件」として言っているだけ。
>>162
>これらを如何にして神が正しく裁けるというのです?

人間ごときがどうして神の考えや能力をはかれるのか?
という発想をなぜ持たないのかが不思議だ。
はじまりもなく存在していて、永久に終わることも無く、
全能だけど矛盾はしないらしい、とにかくスゴイ存在だというのに。
凡夫が世俗の理屈で聖者・覚者の到達した英知を否定するのと
構造的には変わらないではないか。

結局、各人の「平等」観や感性を神・真理にあてはめているだけなんだよ。

176 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:24:03 ID:gXVAtu3U
>>94
>>90が「予定通りの質問」であったことはもうわかったかな?

ふつう仏教的には「悟ったもの=仏陀、如来」は当然「一切智者」とされる。
それがテーラワーダでは「釈迦限定w」、大乗では「諸仏」となっているだけで。
釈迦も「輪廻転生」を初期仏典で語っていることは確認済み事項だし、
大乗も「六道輪廻」を言うのだろう?
「悟ったもの=仏陀、如来」はその全てを「知っている=一切智者」とされている。
つまり一切智者が語る「輪廻転生」や「六道輪廻」は「知っていること」を話していることになる。
だったら、仏教のフレーム内でそれとは違う「業縁起は現世限定」を言うのはおかしいのではないか、
と思ったので名指しで聞いたわけだ。

三世にわたる「輪廻=業縁起」は「輪廻の主体なし=無我」と矛盾する。
だからそれを「現世限り」とするのはある意味賢い、がズルイ。
おまけに仏教のフレームからも外れている。
そういうやつが複数の人間を前に仏教僧として「業縁起」を語っているのだろう?
ならそいつは「悟り」をまるで理解できておらず、また信じてもいないことを人様に「騙って」いることになる。
仏教僧の「みかけ」をしてw

177 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:28:43 ID:gXVAtu3U
最近某所に掲載された手紙を載せておく。
ここで「法王さま」と呼ばれているのは現ダライラマ法王、「書き手」は障害をもつ子と共に法王と面会した母親。

『法王さまは構うことなく子どもの頬を触って微笑みかけ・・・その瞬間、全てをお察しになったのでしょうね。
すっくと姿勢を私の方に向き直すと、右手の人差し指をいつものように上を指差してチベット語で何やら話し始めました。
〔通訳の方によると〕「(こういう子どもが生まれてしまったのも理由がある、と前提に話されたような・・・)
こういう話を聞かされるのは辛いかもしれないが、カルマを受け入れなさい。
チャンドラキールティー、シャンティディーヴァの「入菩提行論」を実践なさい、とおっしゃってます」
法王さまは肩を貸してくださいました。
借りた肩でオイオイ泣いてしまった私に、法王さまは私の頭を引き寄せ、額を額をくっつけてしばし沈黙し・・・
余りのサプライズに目を開けることが出来ず、でも周囲のSPさんたちが固まっている雰囲気は肌に痛いほど感じました。』

ダライラマ法王は「業論」を語るのに「誰かさんみたいに」逃げたりせずまっすぐ直球勝負している。
爪の垢でも煎じて呑むようにwww

178 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 09:33:49 ID:CKbD4UVv
>>174
なるほど・・では了解します。
しかし、神通を説かない仏教などありませんので、誤解さないよう。

また、
形而上学的内容については不可知論“的”な態度を摂っただけであり、
仏教の教えそのものは不可知論などではなく、形而上学的事実を実体験していくものです。
それが「神通」と「ニルヴァーナ」です。
つまり、世俗と現象世界では通常は感知し得ない、そして表現を超えたものについて、
修行によって実体験していく道です。勘違いしないように!

不可知論は(ゴータマが戒めた)外道の一つです。


179 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 09:46:19 ID:KWRrIH4g
>>178
不可知論は釈尊の立場であり外道ではありません。
釈尊は明確な不可知論者です。
涅槃は安らぎの境地という意味でしかなく、それに伴う滅却などは修飾語でしかありません。

神通?アビンニャー?
論外ですね。

180 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 09:54:09 ID:CKbD4UVv
>>179
こちらは経典から引用して根拠を出せるのですよ!(既出)
あなたの話は“すべて”間違っています。


181 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:08:13 ID:J7F73w6b
>>164 「感情論に興味なし」だ?また、反論できなくなるとそうやって逃げるわけね。
いつもの繰り返し。
逃げ出すくらいなら、初めから「業論は差別思想などではない」などとレス付けずに黙っとれ、カスが

10氏の疑義に対するレスはどうした?
「実証」はできないわけね。
それなら、ちゃんと「論拠を示した整合性のとれた論証」なら、可能なんだろう?
お前の神智学なら。
早く提示したらどうか?
これだけ、長々と下らないレスを繰り返す時間があるのだから
今更「時間がない」とは言えないな?

「あれをやる」とは、いつもお前がやる姑息な手段のことだよ。
なんだかんだと理由をつけて、答えられない問いの回答を回避し、
うやむやにしてしまうこと。

わかったか?
早く10氏の問いにレスしな。

182 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:25:16 ID:KWRrIH4g
>>180
自分は文献学的論考から釈尊本人の発言や意思を探りたいので、
他人が後から経典に潜り込ませた神通力だのなんだのを信じるつもりはありません。

183 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:36:17 ID:J7F73w6b
どうした?また逃げ出したのか?クソ宝珠は

10氏に代わって再掲しておくか(違っていたら訂正求む)

「転生、業論があると『主張』するのであれば、ちゃんと論拠を示し、整合性のとれた論証」を提示して
くれとの10氏の要請に対して、お前はOKしたにも関わらず未だに提示せずに「時間がない」と
逃げ回る。下らないレスを山ほどする時間はあるのにだ。
もう、はっきり言ってしまったらどうだ?
「ボクの信じてる神智学では、そのような論拠も示せないし、論証もできません。ただ、ボクが『そうだったらいいな』と望んでいるだけです。」
とな。

184 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:39:04 ID:gXVAtu3U
釈迦は一方で「無記」といいながら、一方で「輪廻転生」を語っている。
これは初期仏典にすでに見られる。
例)「二度と再び母の胎に宿ることはない」『スッタニパータ』他多数
これと同様のことがイスラム教でも起こった。
つまり「一言一句すべて神の言葉で正しい」はずの『コーラン』には矛盾した記述がいくつもあって
それをどう解釈したらいいのかをめぐって、イスラム教徒たちは喧々諤々の議論をした。
その結果イスラムでは法哲学が発達した。
どこぞの長老みたいにw「お釈迦様のいうことはすっべて正しい=一切智者」としてしまえば、
初期仏典に見られる「釈迦の言ったこと」間の矛盾だけでなく、
そもそも初期仏典でさえどこが「釈迦の言ったこと」で、
どれが「他人による加筆、改竄」なのかが厳密に問われなければならない。
この意味で、「コーランは神(=一切智者)の言葉だからすっべて正しい」とすることと、
「お釈迦様は一切智者だからその言っていることはすっべて正しい」と主張することは等しいことになる。
つまりどちらも等しく「間違っている」か、等しく「正しい」かである。
このようにどちらも「ここに書かれていることはすっべて正しい、なぜなら一切智者の言葉であるから」
としてしまったことが「ボタンの掛け違え」の始まりになっているのだから、それならば
「コーランは全て正しいわけではない、なぜなら一切智者の言葉ではないから」
同様に「仏典は全てが正しいわけではない、なぜなら一切智者の言葉ではないから」
と認めてしまえばいいだけのこと。「竜樹の著作」についても同様。


185 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/19(木) 10:40:00 ID:CKbD4UVv
>>182
あなたのその姿勢は推察通りです。
ご自由にどうぞ!


>>181
これは自然科学の分野ではないので・・・
まっ、証拠(実証)のない“説明ならば”できると思います。
どうしても仏教枠内では無理があり、ここでは展開する意志はありません。
何故なら、仏教はつまるところ、「信」に基いて実体験すべく修行に専念しなさい、というもの。
疑義に対する解答をいちいちすべて用意しているわけではないからです。

>わかったか?早く10氏の問いにレスしな。

了解(はい、専念します)。
ただし、時間が掛かりますm(__)m

>>183
ハイハイ、努めます(+_+)


186 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:52:55 ID:gXVAtu3U
>>184続き
次に、では後世、「経典中のどこが正しくてどこが間違っているのか」を判断しようとすると、
こんどはその「判断」をする者自身が「一切智者」ではないので、
結局「経典中のどこが正しくてどこが間違っているのか」が判断者自身正しく判断できないことになる。
それなのに「私の言っていることが正しい」と主張しているID:KWRrIH4gなどは、
自分が「一切智者=悟っている」か、もしくはそう「勘違い」して発言していることになり、
どう見ても「後者」なので当然「こいつの言っていることはすっべて正しいわけではない」と判断される。
そう指摘されてもまだ延々と「私の言っていることは正しいのっ!!」とムキになって
「正しくもないこと」を延々と書き連ねているだけ。
そのような「ヒステリー発作」をここで起こされてもww

187 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 10:59:49 ID:1cRmkhw4
ある人はこう喩えるな色眼鏡で観る眼鏡の世界。
またその逆を言うなら
こうも言える目暗蓋を嵌め込んだ盲目の世界。
名ずけて目暗殺法。
しかして頭隠して尻隠さず。


不浄な色を落とした清浄な眼鏡で見る世界が正しいのでは。 

188 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:05:21 ID:KWRrIH4g
>>184
経典は「啓典」と違い神が書かせた物ではないことが一つ。
だからイスラムの例えは妥当ではない。
仏教経典は単なる人による言い伝えと覚え書きである。
その意味で誤記の可能性は当然あるし、また単なる方便の場合もある。
何が修飾であって釈尊の言葉ではないのか、は文献学の発達を待つしかない。
古層に行くに従い転生などの言及に消極的になっていくという現代の研究結果が正しいのであれば、
釈尊本人の意思は明らかだろう。


189 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:10:02 ID:J7F73w6b
>>182 基本的にお宅のスタンスには同意するね。
非仏教徒である俺から言わせてもらうと
「この現象界には確率的に100%確実なことや0%あり得ないことはないんだ。それらは、数学的に仮設された理想空間内でのこと。
だから、基本的には、『〜は絶対にない』や『〜は絶対に真実である』と言い切ることは厳密に言えば誤っている。
しかし、我々は『既に実証されたもの、及び有意な仮説により将来その実証が期待されるもの』以外は
『そのようなものは存在しない』と見なす。なぜならば、そのようなものを認めてしまうと頭の中で想像できる
全てのものが実在し、真実であることになってしまうからだ。
転生、業論についても同様。実証されてもおらず、論証さえもなされていない。また、それが真実であると考えるに足る有意な仮説も提示されていない現状
においては、我々はそのような事象は存在しないと見なすわけだ。
勿論、実証されれば、当然それを受け入れるし、有意な仮説が提示されれば検証する。
これが、自然科学の分野を含めた一般的なスタンス

だと思うね。

190 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:14:40 ID:my+devWg
少なくとも、暗記した人々、木・石・皮の覚え書き、
それを元に編纂したカリフ・ウスマーンたちの手は経ている。

191 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:17:46 ID:KWRrIH4g
常見・断見は仏教否定。
転生ありきは仏教ではなく、絶対に転生無しとするのもまた根拠がない断定だから仏教ではない。
説かないのが仏教である。

このスレのタイトルに帰って、「輪廻転生はどう扱うべきか」なら、仏教は「死後の世界についてはそれを測る基準が存在しない。ああだこうだと論ずるよすがが存在しない」とするのみ。
そんなことは仏教徒が関わり合うな、という結論です。
毒矢の例えを思い出しましょう。

192 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:21:36 ID:KWRrIH4g
>>186
わたしは自分の思うところを述べているだけです。それはあなたも同じです。
何が正しくて何が間違っているかは、他人が判断するでしょう。

193 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:26:07 ID:J7F73w6b
誤解があるといけないので補足するが
「存在しないと見なす」との表現は「積極否定」の意味では勿論ない。
「我々が各種の思考、判断、認識をする上でそのようなものを考慮しない」と言う意味合いだ。

194 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:34:29 ID:KbbxmD0I
>>111
>ゴータマが説いた保証がない、などといういい訳がしたい人がいそうだからいいますが、
>少なくとも、これが仏教といわれる教えですよ。
>百歩譲って、これがゴータマではなくてカッサパなのか?本当は誰の教えなのか?
>それがついに確認できなかったとしても・・・。これが仏教と呼ばれるものであることには変わりが無い。

しかし懲りない奴だなwww

転生の記述(及び解説)は釈尊の意図通りであり、
非我の記述(及び解説)は伝承者の誤解だと、言ってたよな?
転生は意図通り伝承されたが、非我は誤って伝承された、と。
「この分水嶺(お前が仕分けしたその区分基準)は何か?」と何度も何度も問うたよな?
そしてお前は、神智学の知見によると言ったな?(誰かさん同様、文献学的考察を見下してるよな?w)
そのお前が、上記(111)のようなことを、よく恥ずかしげもなく言えるなw
「非我が無我として伝承されてきた仏教」も、
≪>本当は誰の教えなのか? >それがついに確認できなかったとしても・・・。これが仏教と呼ばれるものであることには変わりが無い。≫
だろ?

で、やっぱり《「釈尊が(その意図で)説いたかどうか」の「仕分け基準」は神智学》ですか?www)

お前の二枚舌は実に醜悪だよw

195 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:42:49 ID:gXVAtu3U
現在、大乗小乗金剛乗を問わず「仏教」では、
輪廻転生での悟りの段階に応じて「神通力」がつき、
ついに「一切智者」となって仏陀=如来となれば、もはやこの世に再び生まれることはない、
という説明がされている。これは厳然たる事実。
つまり「仏、如来=一切智者」となるには、どう考えても「1回こっきりの生」では到底無理だから、
とてつもなく永い年月をかけて輪廻転生を繰り返して、最終段階で仏陀=如来となって「上がり」、
「もう二度と母の胎には戻らない」つまり輪廻を断ち切った、とされる。
だから小乗も釈迦の転生譚を語り、さらに、
「釈迦と同じように悟った(一切智者となった)如来ぐらい、この広い宇宙には沢山いるに違いない」と
釈迦以外の諸仏にまで想定を広げたのが大乗と金剛乗。
このように仏教が「輪廻転生」を教義の骨格としている以上、
仏教のフレーム内で「輪廻転生はない」や「現世限定の業縁起」の主張は「逃げ」でしかない。
>>2-3に書いたように、
「悟り」を輪廻転生から引き剥がし、
『「主体=無明・渇愛=煩悩」を滅ぼせば「輪廻」から解脱できるのだ』との主張は
それが正しいと信じるならば生存欲(食うこと、呼吸すること)を止めればいいだけのこと。
そう主張し、自らそれを実行されるべし。

196 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:43:17 ID:KWRrIH4g
天を舞う祝福的な天使は男の子であるか女の子であるか、
このような形而上学的議題について中世ヨーロッパの教会では大真面目に議論を戦わせ、論戦で負けた側は異端として正統なキリスト教世界から切り捨てられたり文字通り火あぶりにされたりしていました。

神を立てる宗教には限界はありません。神は全知だとされているからです。神はなんにでも答えます。あの世の世界についても。

しかし、人間釈尊は違いました。
釈尊は神ではないので形而上学的事柄に対しては知る由が無いのです。それを測る術がないのに、あたかも知ったかのように答えることもありません。
もとより欲を滅却して人生において涅槃に至るのが釈尊の教えですから、その様な無益な議論にかかずらうことを拒否するのです。
宇宙が無限か有限かの議論が、あなたの涅槃にどうして結び付きましょうか?


蛇足ですが、キリスト教において祝福の天使の性別は中性であるとの結論になったそうです。

197 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 11:55:09 ID:KWRrIH4g
>>195
現在の3つの仏教と呼ばれるもの全てが釈尊の思想を正しく後世に伝えきれなかった、残念ながらといったところでしょうね。
ここ100年で学問としての仏教学が進んでかなり人間釈尊の姿が明らかになってきました。
上座部・大乗・密教が自らを釈尊の弟子と自認するなら、その立場を大きく舵取りしないと、上座部・大乗・密教はますます世間から解離していくことでしょう。
行き着く先は、インドで消滅してしまったのと同じ道です。

198 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 12:07:24 ID:gXVAtu3U
>>190
だから新約聖書も仏典もコーランもその点では「一緒」だという話だが??

>>191-192
今回はたまたま「仏教のフレーム内で」「輪廻がある」とする立ち場で書いているが、
俺自身はどちらか一方に偏るつもりはハナからないがな。
あるでもない、ないでもない、それがわかっているなら最初から黙っておけばよかったものをww
文献解釈とやらに立てばそれがわかるとでも?
また、俺は>>90 >>100-101
「少なくともこの中で唯一悟りの世界を垣間見た人間」という「設定」でモノを言っている。
その「設定」の人間が「輪廻はある」「神通力はある」「すべてこれから起きることはすでに起きたことである」
というのは、上記設定外の「悟りの世界がどのようなものであるかまるで知らない」人間が
「ある、ない」と判断するのと同列には論じられない。
もし、俺が本当に「悟りの世界を垣間見た人間」なら、その俺の言うことを「間違っている」と言うことは
「悟り」を否定することになる。
それは「釈迦の言ったことは間違っている」「コーランに書いてあることは間違っている」と言うのに等しい。
ここで書いた「論理」が読み取れない程度なら論外だがw。

199 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 12:19:04 ID:gXVAtu3U
>>196
しかし、人間釈尊は違いました。
釈尊は神ではないので形而上学的事柄に対しては知る由が無いのです。それを測る術がないのに、あたかも知ったかのように答えることもありません。
もとより欲を滅却して人生において涅槃に至るのが釈尊の教えですから、その様な無益な議論にかかずらうことを拒否するのです。
宇宙が無限か有限かの議論が、あなたの涅槃にどうして結び付きましょうか?

「形而上学的事柄に対しては知る由が無い」とされながら、後世に「知る由」ができた科学的実例なら山ほどあるぜ。
「どうして子供ができるのか、それは知る由がないのです」
いや、それはお父さんとお母さんの細胞が減数分裂したのがくっついて、それがどんどん分裂していって、
その元になっているのは染色体にあるDNAで…
「どうして月が地球に落っこちてくるのか、それは知る由がないのです(プラトン)」
それは重力とか万有引力とかで釣り合いが取れてるからで、
実際には月は今も少しずつ地球から遠ざかりつつあって…
なら、「どうして輪廻転生するか、知る由もないのです」もいずれわかるようになるんでないか。
今「知る由もない」ことが「語るべきでない」理由はどこにもない。
そこんとこ釈迦が間違ったんでないのw

200 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 12:33:12 ID:4NmReyBr
>>170 大パリニッバーナ経(ブッダ最後の旅)では、
ブッダが、
死んだ信者達の死後について質問されたブッダが答える場面があります。
明らかに輪廻を前提にした話だと思いますが。
五下分結のうち、三つの束縛だけを滅ぼした者は、
もう一度だけこの世に生を受ける。
五つとも滅ぼした者は、天界に化生し、その天界からさとりに入る。
そのような内容です。
また、そのあとに出てくる「法の鏡の法門」の話も、
輪廻を前提にしているように思えます。
十四無記の話は、修行者に余計な妄想をするなという教えだと思います。
輪廻が無いという話とは違うのではないでしょうか。

201 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 12:45:39 ID:4NmReyBr
ブッダは、わからないことには答えない。
しかし、わかることには答える。
少なくとも、大パリニッバーナ経で質問されたこと、
つまり死んだ信者達の来世については、
神通力ではっきりわかったから答えた。
如来の滅後(無余涅槃)については、心で思考できる範疇にないから、
語ることができなかった。
輪廻についてどう扱ったらいいかという答えは、
「お経にはブッダが説いたとてきますから、
それが本当ならあるんでしょうけど、
神通力がない私にはわかりませーん!」
だと思います。

202 :前世は一在家:2009/11/19(木) 12:46:52 ID:IWJD0xLM
>>186
>次に、では後世、「経典中のどこが正しくてどこが間違っているのか」を判断しようとすると、
>こんどはその「判断」をする者自身が「一切智者」ではないので、

私も当初から同様の疑問を持っております。
そこで、同じ仏説の経典間の比較を行なうことをできるだけ心がけております。

例えば、原始仏典でも「輪廻」に関して下記の3つを参照し比較しております。
@パーリ語訳、スッタニパータ
Aパーリ語訳、ディーガニカーヤ
B漢訳、長阿含

「前世」を知る神通力ですが、@では六神通、Aでは三明智、Bでは三明智と
ありますので、編集者の違いを考慮しましても「三明智」という共通点があります。

更に@には「再び母胎に宿る」という輪廻の表現が多数有り、A、Bにも同様に
輪廻の記載がありますので、マハーカッサバがスッタニパータとディーガニカーヤ
の大元の編纂に共通に関わっていない限りは、最初から「輪廻」の説法が存在して
いた可能性が高いと思料致します。

まあ、仏典間の相互比較研究は多くの先達がおられますので、少しずつ調べて
参ります。


203 :前世は一在家:2009/11/19(木) 12:54:02 ID:IWJD0xLM
>>201
>ブッダは、わからないことには答えない。
>しかし、わかることには答える。

そうですか、私の認識は少し異なります。
仏陀は、相手の修行にプラスにならないことは答えない。
しかし、プラスになることは答える。

バラモンの質問には答えなくても、サーリプッタの質問
には全て答えておられます。(出典:長部経典)

これらの対機説法を横で聞いていた秘書役?のアーナンダは
「師匠は数枚舌か?」と混乱して、悟りが遅れたそうです。


204 :前世は一在家:2009/11/19(木) 13:04:51 ID:IWJD0xLM
「三明智」の中には未来を知る智恵が含まれており、この辺りが「縁」
となって龍樹の「時間」否定、「前世と現世と来世は同時に存在」が
「起」こったのかなと最近思うことがあります。

私見ですが、「来世」は決まっていないと思います。
ただし、「前世」のカルマと「現世」の所業を見通せる修行完成者で
あれば、死後の往く先や「来世」の姿もかなりの精度で予測できたことと
推察します。

現代の科学用語で言えば、スーパーコンピュータでの未来シミュレーション
が近いでしょう。
過去から現在に至る大量のデータを元にして、21世紀末の地球の温度を
予測するのと似ております。

学生の頃読んだ仏説(浄土系?)で、贅沢三昧をしていた在家に仏陀が未来を
見せた話がございました。
地獄で鬼がその在家が来ることを待っているシーンを知った在家は、すっかり
改心して後に尊者と呼ばれるようになったそうです。
未来予測シミュレーションの結果を人の努力で替えた参考例かと存じます。


205 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 13:07:33 ID:gXVAtu3U
おっと、>>199

「どうして月が地球に落っこちてくるのか」は
「どうして月が地球に落っこちてこないのか」の間違い。

弘法も筆の誤り、釈迦も木から落ちるw。

>>197
まるで自分は釈迦の言ったことが「正しく」理解できているかのような物言いだなw
その文献学とやらで二千数百年も前の人間が「言ったこと言わなかったこと」が「正しく」理解できて、
しかも釈迦の言ったことが「正しく」て大乗小乗金剛乗は「正しくない」と判断しているように読めるが、
そもそもその自分の判断は「正しい」のか?と>>186で聞いたのだが。
正しいか正しくないのか答えの出ない議論はやめるべきだと言っているのはそっちだぜw

それと宇宙は「無限」であると今では知られている。

206 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 13:16:37 ID:KWRrIH4g
>>199
遺伝子や引力は2400年前時点の科学水準において明白に形而上学です。
そして釈尊が現代の人間ならそれらはもちろん形而上学ではない。
ただそれだけ。
その時点の文明力で知る由もないことは思索する必要はない。それは修行者の本分ではないから。
全く釈尊は間違っていない。

さて、転生が科学的議題に取り上げられることはまずないだろう。
過去へ戻るタイムマシンは難しいとされている今、あの世という概念上のものへ行ってまた戻ってくる装置は作りようがない。
まだネバーランドで永遠に冒険しているピーターパン達に会いに行く装置の方が簡単そうだ。

207 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 13:22:45 ID:IG8ot9St
>>202
科学の発達により、古代人の迷信や妄想は、片っ端から廃棄されている。科学史を数ページ読めば自明のこと。

重症の病人を、「古代人や原始人の魔術」で治療したら、必ず死ぬ。釈迦も君も、麻酔なしの手術に耐えられる
か。苦痛のあまり、狂いまわるだろう。

開祖も経典も、科学の発達前の存在。現代では、廃棄されるべき迷信と妄想。

「開祖が言ったから、経典に書いてあるから、正しい」などということは、論理的にはどこからも出てこない。
「開祖や経典の言葉を、現代の科学知識で検証し、誤りであれば迷信・妄想として廃棄する」が正しい。

一旦生まれた子供が、大人になってから、どうやって「母胎に戻る」のかねw。そもそも、子宮に入りきれないw。
それだけでも、釈迦の言葉が全くの迷信であることが、明確に証明されているではないか。

科学の成果であるパソコンを使って、大真面目に古代人の迷信と妄想を語ることの矛盾と滑稽さを自覚されたし。

208 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 13:35:04 ID:KWRrIH4g
>>200
マハーパリニッヴァーナスッタンタ=大般涅槃経(涅槃経)は様々な文献に別れていたり、
また上座部と大乗をまたぐ双方の影響が強い経典とされています。
パーリ語の経典だからといってそれが全て釈尊の言動を忠実に伝えているわけではないです。
現在上座部で使われている経典よりも古い大乗経典もあると言われているくらいです。
古層ではないので、まあそういった教えも書いてあるんだろうな、という感じでしょうか。
また十四無記だけが釈尊の不可知論の表明ではありません。

209 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 13:56:57 ID:KWRrIH4g
>>202
ご存知でしょうが文献学によって最古層と古層はある程度判別されてきており、
最古層と古層ではその内容にかなりの隔たりがあると言われています。
スッタニパータですら最古層と古層に別れています。
輪廻に関しては最古層では言及されないか否定的な文脈で扱われます。
文献学から見た釈尊の思想は並川孝儀の「ゴータマ・ブッダ考」をお読みください。

210 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/19(木) 13:58:35 ID:1eO+nKkc
チョット離れていたら、ずいぶん進んだねw

俺の>>131の仮説によれば、釈迦仏教とマハー・カッサバ教を注意深く区別しないから、
こんなくだらない論争が起きる。
何が真理かはブッダの本懐とは直接的な関係にはないし、仏教に相応しくないだろう。
 結局、自灯明・法灯明で苦しみを脱却し、慶安にあれればブッダの本懐は成就できたことになる。
無限の縁起ネットワークでたまたま縁起した「自己」の趣味によれば、オカルト趣味や苦行主義ではなく、
ゴータマ・ブッダ→サリープッタ→ナーガールジュナ路線が「自己」の趣味にあう。
彼らならどう考えるだろうかと「自己」と架空対話してみる。
結局、縁起=中道の一本道。

オカルト趣味者(宝珠、一在家、亭白など)に反論・批判するのは簡単だが、
彼等がそれで慶安に生きられるなら、それでイイと思う。
ただ、カルトで悪縁を出すのだけはやめてくれればイイ。


211 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/19(木) 14:02:21 ID:1eO+nKkc
・ブッダは、バラモンのようにすべて業(カルマ)の所為にはしなかった。
そこに人間の意思の介在を認めて、運命はみずからの知慧と努力によって切り拓けと説いたのだ。

・また、縁起ネットワークで自分の行動が即他者(世界)に影響を及ぼすことを自覚すれば、
どう行動べきかは明らかだろう。
『劫初より造りいとなむ殿堂に、われも黄金の釘一つうつ』(与謝野晶子)

ここに至ってはじめて、
『諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教』(七仏通戒偈:ダンマパダ183)の
深い縁起的意味が自得しうるのだ。

縁起の思想は、ひとを強欲の塊とみて
アメとムチで我執を刺激する業報輪廻転生論ごとき我執思想とは
絶対に相容れないレベルにあるものだ。
こんな業報輪廻思想転生論から解放されてはじめて、
人は前世や後世につながるしがらみを断った、現世のみに生きる独立した個人、自己として自立したのである。
これがゴータマ・ブッダの歴史的社会的な革命的意味だろうに。


212 :ブッダの歴史的社会的意味:2009/11/19(木) 14:13:06 ID:1eO+nKkc
それに、じつはブッダは複数いたんだよ。

俺の建てたその他の仮説にしたがって小説『ブッダ物語』を
リアリズム精神で書いてみたいね。


213 :前世は一在家:2009/11/19(木) 14:36:20 ID:IWJD0xLM
>>209
>文献学から見た釈尊の思想は並川孝儀の「ゴータマ・ブッダ考」をお読みください。

大変丁寧なご教示を有難うございます。 合掌



214 :前世は一在家:2009/11/19(木) 14:39:45 ID:IWJD0xLM
>>212
>それに、じつはブッダは複数いたんだよ。

ある意味賛成です。
まず下痢で亡くなった仏陀は別人の可能性が高いでしょう。

三明智があれば容易に回避できますし、三明智が無ければ
古層か最古層の説法に出てこないでしょう。


215 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 14:42:20 ID:KbbxmD0I
>>214
そういう意味じゃねーだろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

216 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 14:57:55 ID:Tu6h0j8q
形ある物は無常であるだけで永遠の時に無限の空間について仏典に記述はあるがね。

牛角沙羅林小経 第一章
「それでは、第五禅定を、具足しているか。」「尊師よ、我々は、空間は無限であると悟る、
空無辺処を成就して、無色界に止まっています。」
「それでは、第六禅定を、具足しているか。」「尊師よ、我々は、意識は無限であると悟る、
識無辺処を成就して、無色界に止まっています。」
http://www.nurs.or.jp/~academy/butten/usi-s1.htm
______________________
真人経 第二章
「彼は、世は無限であり、空は無辺である、空無辺処を成就して、決して誇ることがない。
そして、如実に感じて、真実を観じるのである。」
「彼は、心は無限であり、識は無辺である、識無辺処を成就して、決して誇ることがない。
そして、如実に感じて、真実を観じるのである。」
http://www.nurs.or.jp/~academy/butten/sinjin2.htm
_______________________
アヌパダ経 第一章
「彼は、世は無限であり、空は無辺である、空無辺処に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」
「彼は、心は無限であり、識は無辺である、識無辺処に達して、決して囚われることなく、
諸々の要素を観じて、如実に知り得たのである。」
http://www.nurs.or.jp/~academy/butten/anupada1.htm
_________________________
清浄経 第三章
『異教徒よ、この生が、最後の生命である。仏陀にとって、この時が、永遠の一瞬である。
それ故、仏陀は、現在を説き、未来を解かない。』
http://www.nurs.or.jp/~academy/butten/seijou3.htm


217 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 15:04:05 ID:0sJmecCS
>>216
現代の科学知識により検証・廃棄されるべき、古代人の迷信と妄想に過
ぎない経典の引用など、全く無意味。

君は古代人なのかねw。

218 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 15:13:14 ID:usDnkMd6
>>217
いやいや古代人の方が現代人より優れた科学力と精神学を知っていたかもしれんな W W W  

219 :前々スレ10:2009/11/19(木) 15:30:52 ID:dCYlczWH
久々に帰ってきてみれば、物凄いスレが伸びてますね〜
読むだけで一苦労です。

そして、反論書き込もうと思ったら、既に同じ趣旨で書き込まれていましたorz
私と似た考えの論客が増えて、書き込む隙が無いですw

220 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 15:40:23 ID:uu1Gyjrk
>>217
大槻仏教vs韮澤仏教みたいですなw

221 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 17:47:23 ID:ePruz3nF
>>207
「クルアーン 科学」でレッツ検索

222 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 17:52:53 ID:u8j/rOyK
>>218
それは、あらゆる労苦と犠牲により、いかなる宗教の奇跡もはるかに及ばない今日の科学を築き上げて
くれた先人に対する「忘恩の言葉」。麻酔薬が発明されなければ、どれほどの苦痛を味合わなければな
らないか。虫歯で歯が激しく痛む時、いくら祈っても、世界中の宗教者が同時に祈っても絶対に治らないが、
消炎鎮痛剤を1錠飲めばケロリと治る。

「4苦」を軽減除去しているのは、専ら科学であり、釈迦の教えではない。

223 :前々スレ10:2009/11/19(木) 18:04:56 ID:dCYlczWH
>>221
たまたま手元に会ったんで紹介
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html/ref=aw_mp_1/?a=402257383X&uid=NULLGWDOCOMO

「クルアーン 科学」は典型的事例ですね。

224 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 18:30:01 ID:wlihhA2n
>>222
ぷひゃひゃっw出た唯物見識
西洋外科手術は好きでないな
東洋医術というのもある
仏教のことわざだったかな?
心頭滅却すれば火もまた涼しって
麻酔の原料は麻薬でもあり人間がそれで堕落してる所もあるな
催眠によって麻酔なしで痛みを消すことも可能らしいね
本来、人間には無害な脳内麻薬が存在し快楽やモルヒネの作用を与えるホルモンがある。



225 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 18:31:31 ID:v1TuW4x4
では、ネタ投下と行きますかw  (なんか一日一ネタ的になってきたなw)

851 神も仏も名無しさん sage 2009/11/15(日) 23:17:32 ID:K1MdG47i
>> 848
あのな・・・w
仏教に於いては、人が生きる上で二つのスタンスの取り方を、(目指すべきものとして)設定している。
一つは
《苦楽を併せ呑み、楽を享受しながら、(代償とも言うべき)苦を甘んじて受けつつ生きる》 こと。
もう一つは
《Sn.ダニヤの章に象徴されるように、無常なる一切を厭い、(負債無き境地と讃される)出家者(比丘・遊行者)として生きる》 ことだ。

貴方の言っているのは前者だ。
(しかも、後者を視野に入れつつ、その手前の段階であることが把握されねばならない。)
仏教では、それを無価値だとは言わない。
ただ、そうした、苦楽併存した煩わしさを超えた境地が、釈尊一押しの生き方として提示されているわけだ。

御隠居は、ダニヤの章をしっかりと読み込むべきかと思うw

226 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 18:32:37 ID:v1TuW4x4
>>224
煽り馬鹿はお引き取り願おうかw

227 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 18:35:47 ID:ePruz3nF
>>223
ほう、その本に反論が載っているのでしょうか。

228 :前々スレ10:2009/11/19(木) 19:10:54 ID:dCYlczWH
>>224
「東洋医学」というとかっこよく聞こえますが、実際にやってることは非常に科学的ですよ。
まさか、東洋医学では、呪文を唱えて病気を治しているとでも思ってるんですか?

ついでに言えば、そもそも脳内麻薬自体が麻薬と同じような成分。
より正確に言えば、麻薬は、脳内麻薬を真似した化学物質です。
脳内麻薬だって、過剰分泌されれば、麻薬と一緒です。
「天然化合物だから無害」だとか、小学生並みの理解力ですか?

229 :前々スレ10:2009/11/19(木) 19:10:57 ID:dCYlczWH
>>227
クルアーンについてでは無いけど、問題の根本原因は明示しているかと思います。

230 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 19:33:14 ID:AobGTR3C
>>228
>小学生並みの理解力ですか?

この一言で判ることだが驕り高ぶった増上慢であり正ではなく歪の論者であることが現れている
性根は腐ってるんだな

231 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 19:35:16 ID:ePruz3nF
>>229
なんだ、つまらない。

どれほど一致しているかについては自分の目で確かめられるといいでしょう。
有志が日本語でもまとめていますから。

232 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 19:38:06 ID:v1TuW4x4
>>230
宝珠や一在家(&たまに縁起一代)より遥かにマシだと思うけどなw

233 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 20:23:11 ID:jQjrnOTb
>>225
ダニアの章は読んで、前スレで次の通り批判済み。なお、釈迦は、「生き方」など
という大げさなものではなく、日常生活における主として肉体苦の除去法(ハウツー)
を教えているに過ぎない。むしろ、そこが釈迦の真骨頂。ニーチェが、「唯一
の実証的宗教」「精神衛生法」と評価する所以である。

君も「佛教学者」を自称するのなら、経典の「内容」を批判できなければなら
ない。さもなければ、単なる信者。学者の資格はない。批判のないところには、
理解も在り得ないのだから。

「ダニヤの章を読んだが、釈尊は、ダニヤをそれまでの「真理(すべての人間に
共通する原理)」から引き離してしまったようだな。即ち、「健常者」としての
ダニヤの人生を破壊するという、巨悪を行ったことになる。現代のカルト教祖と
何らの相違も無い。

釈尊が「俺は悟っている」「俺は偉い」という意味の発言を常にするのが気に
なる。彼は、うつ症状としての厭世観と同時に、躁状態としての「誇大妄想」
もあったようだ。現代の精神医学では「鬱病」という言葉はあまり使わず、
「双極性障害」という言葉を使う。即ち、ここでの釈尊のように、うつ状態と
躁状態とが共存し、または交代して現われる。

付き合うなら、精神病者ではなく、健常者の人格者と付き合うべき。君の人生
に巨大な禍根を残す。

駒沢の教授は、己が嵌った原始仏教を、教壇の上から布教し、学生を洗脳して
いるのか。テラワダ信者も紛れ込んでいるようだ。それでは、「客観性」を生
命とすべき学者の資格は、もはやない。」

234 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 20:53:39 ID:v1TuW4x4
>>233
あのな・・・w

仏教は、《「只一つの生き方」のみを推奨し、それ以外を却下する》【ものじゃない】んだよ。
これは、縁起一代氏も視線を投げかけていないだろう点だが、
ここが一番重要なんだよ。輪廻や転生を蚊帳の外へ放り出せる理由はここ(と>>225)にある。
225に於ける前者の生き方をしてもいい。 てか、それが普通であり、万人に推奨される生き方だ。
そして、その先に、「更なる苦の滅を望むなら歩みなさい」と言われる道がある。
それが、比丘としての(遊行者としての)在り方だよ。
だから「来たれ、比丘よ(ehi bhikkhu)」なんだよ。 (ま、御隠居には未来永劫理解不能だろうけどなw)

235 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 21:28:48 ID:Pe/sAgl4
>>234
>そして、その先に、「更なる苦の滅を望むなら歩みなさい」と言われる道がある。
>それが、比丘としての(遊行者としての)在り方だよ。

そこのところが、御釈迦さんの頭がオカシイのだよw。病気だから仕方がないが。

「苦がなければ、喜びもない」という真理に思い至っていない。ダニアは、
その真理を知っていたが、御釈迦さんに洗脳されて、真理から離れ、取り返しの
付かない人生の誤りを犯すことになった。

反対のことも肯定しながら、巧みに洗脳する。これがカルトの手口。

なお、「自分の」苦しみを逃れようとすればするほど、苦しみは深まる
ものだ。「自分の苦しみ」は、我執を離れて、家族などの身近な他者に
心を移すことによって、初めて軽減され、消滅する。人間界が本質的に
共同体である所以である。これも、釈迦が思い至らなかった真理である。

236 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 21:31:03 ID:v1TuW4x4
>>235

>>225に於ける前者の生き方をしてもいい。 てか、それが普通であり、万人に推奨される生き方

237 :前々スレ10:2009/11/19(木) 21:51:35 ID:dCYlczWH
>>230
論旨の内容じゃなくて、人格攻撃始めたら、負けを認めたようなものですよw

238 :前々スレ10:2009/11/19(木) 21:51:47 ID:dCYlczWH
>>231
いやだからですねw
迷信一般に対する法則が書かれているんですよw

例えば、クルアーンの例では、「無理やり解釈すれば、どんな聖典でも同じような事が言える」って事です。
むしろ、「あたっている(と解釈できる)」部分より、「あたっていない」部分を注視すべきかと思いますがね。

239 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 22:09:07 ID:vlcccgr1
>>236
>てか、それが普通であり、万人に推奨される生き方

ならば、原始仏教カルトなど一切廃棄しなさい。原始仏教のこのような欠陥
を除去するために、大乗仏教が生まれた、と理解する。

しかし、「否定しながら、巧みに一方向に誘導する」のが、カルトの典型的な
手口。「いいこと言ってる」と思った瞬間が、洗脳の始まり。要警戒w。

240 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 22:23:19 ID:v1TuW4x4
>>239
比丘となることは、
+100円で御飯を大盛にするようなもんだよw
君に非難される筋合いはないw  ( ̄ー ̄)y━~~

241 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 22:26:16 ID:h6Rk51Cx
>>237
なんだしょうもない、正しい判断の教示ではなくて論争に勝ち負けの対極を
付けて見下すギャンブル性を楽しんででかやってたんか釈迦が一番、戒めた事やんか。
創価の兵隊さんよ。

242 :前々スレ10:2009/11/19(木) 22:36:04 ID:dCYlczWH
>>241
論争してるのに、論理性よりも、相手を見下す事に血道を上げてる貴方よりは、数倍釈尊の御心にかなう行為だと思いますよ

というか、自分以外は全て敵で、創価信者であると決め付けるのは、アブナイ人ですよ?

243 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 22:41:09 ID:v1TuW4x4
>>240へ補足。

《この100円を(その為に)費やすことができるかどうか、その覚悟をできるかどうか》 がネックなんだよ。

(だから、植木等を例に出したw 解るか?w  >>239 )

244 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 22:41:23 ID:TlyLXdjp
創価信者どころか谷洋一郎だろうがおめぇはよォ!
宝珠愚者以外全部谷洋一郎だろうがこのヤロウ!
谷!谷!谷!どいつもこいつも谷!

245 :前々スレ10:2009/11/19(木) 22:58:26 ID:dCYlczWH
>>244
ああ、貴方でしたか。
こんなスレまで出張お疲れ様です。
見えない敵と頑張って戦ってください。

246 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 23:20:10 ID:v1TuW4x4
進んでる方の中観スレに、机が久々に書き込んでるが、
奴にも理解不能だろうな・・・w

ノシ

247 :神も仏も名無しさん:2009/11/19(木) 23:52:22 ID:HErzgTqn
宗教は病気みたいだね!

罹りたくない!

248 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 00:02:46 ID:XsiYSY4U
>246
君が、自分は理解していると思っているのは、既に原始(釈迦)仏教に
洗脳されているということ。カルトのお決まりのパターン。批判も出来
ないのに、理解できる訳がない。

駒沢の佛教学科と禅学科との関係は、どうなっているのかね。佛教学科
では、大乗佛教も学ぶのか。教えて欲しい。テーラーワダが紛れ込んでいる
のは確かだな。

249 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 01:03:15 ID:WOLbSfKC
輪廻転生について、長文ですが。

バラモン教ならびにインド哲学ではアートマン(永久不変の我)が転生することは常識です。バラモン教の奥義書ウパニシャッドに「転生する主体はアートマンである」と書かれている通りです。

そして非我(アナートマン、つまりNOTアートマン)や無我、無常を説いた釈尊や初期教団はこの事について他の宗派や当時の世間から批判を受けました。
いわく、「仏教は虚無主義ではないか」と。
このスレッドでも転生を説かない人に対して、輪廻転生を自明の理と信じて疑わない人からは「それは唯物論である」または「死んだら無なら今すぐ自害しろ」などといった言葉が投げ掛けられます。
インドでの仏教も全く同じことです。
なので仏教徒は「アートマンではないが、意識のようなものが輪廻転生する」とインドで常識化している輪廻説を一部改編する形で仏教独特の輪廻転生説を説き始めたのです。
いわば相手の論争に巻き込まれるうちに自ら相手に取り込まれてしまったようなものです。

釈尊や初期の仏教とて世間の常識と大きく解離した説は説きがたい、なので最初期の仏教は輪廻について曖昧にしていました。
そして時間と共に輪廻転生説に飲み込まれてしまったのです。

このように釈尊が悟った後初説法をためらったのにはこのような世間との距離感があるのです。
そして経典の奥にしまわれた釈尊の意思を尊重するなら、やはり数々のバラモン教から来ている説を鵜呑みにするわけにはいきません。

250 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 01:38:50 ID:RvEYtCd+
>>240
>比丘となることは、
>+100円で御飯を大盛にするようなもんだよ

ご飯大盛りは、「我欲」の表れ。釈迦の「解脱」や「涅槃」への欲望も「我欲」
の表れ。ぴったりの例だなw。「無我」とは正反対。

251 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 09:03:22 ID:A1icEPLG
>>249
事実としてはその通りだと思うが、釈迦の「五蘊の仮和合」には、論理的に
無理がある。その「五蘊」は、一体どこから発生するのか。「我(生命)」
以外にはないではないか。

「煩悩の否定」「解脱」「涅槃」に対する欲求も、「煩悩と我欲」の塊である。

やはり、竜樹の「相互依存性・相対性ゆえの無自性」の原理によらなければ、
釈迦の「縁起・空・中道」についての論理矛盾は、絶対に解消できない。

なお、「輪廻転生」は、古代の迷信またはバラモンによる支配のための意図的
な虚言として廃棄すれば、簡単に済むこと。現代の生物学では、認められえない
からである。

「釈迦が言った、言わない」「経典に書いてある、書いてない」は、それが
現代においても真実、真理であるか否かとは、全く無関係である。

252 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 09:17:06 ID:vxufEqQx


253 :閻魔大王(1):2009/11/20(金) 09:58:33 ID:5VGh3MTl
>>233 耄碌悪魔の隠居パーピマンへ
>「健常者」としての ダニヤの人生を破壊するという、巨悪を行ったことになる。
落第、あいかわらず懲りずに寝言を喚いているなw
前スレの公案の宿題を早いこと出せよ。

 耄碌隠居は素朴唯物論のわりに歴史的社会的分析がアカンな。
上部構造を成立させる歴史的社会的経済的分析 =多因多果としての仏教本来の『縁起的分析』が完全欠落しているのだ。
この意味では、宝珠はじめオカルチストやカラスと同類。
ブッダの支援者となったのは、古代インドでゲゼルシャフトからゲマインシャフト(古代商業資本主義商品交換経済)への時流に乗り、
隊商を組んで都市間の交易をおこない、商船を仕立てて海洋貿易にも乗り出して大富豪となったセッティたちだ。
彼らの経営コンサルタントとなり、またイデオローグとして理論的支柱を提供したのが同じ問題意識を持ち、
出自を同じくするブッダだったのだ。
ブッダ・グループはいわば史上初の総合コンサルティング団体だったといえるのだ。
その象徴が祇園精舎の寄進であり、「ダニヤ」の一幕詩劇だろう。
 商品交換社会における疎外(苦しみ)の解決を<明智→無執着→涅槃>と教えたのだ。


254 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 10:00:58 ID:wc6CkjJo
>>194
>そしてお前は、神智学の知見によると言ったな?(誰かさん同様、文献学的考察を見下してるよな?w)
>そのお前が、上記(111)のようなことを、よく恥ずかしげもなく言えるなw

すべては理解と識別です。
セブンは膨大な知識を保持してはいますが、しかし、これがない。
http://houjugusya.web.fc2.com/anatman.htm 
での文献学者たち程度の理解があれば、別に私は特に文句いいません。
彼らは神智学徒ではないが、輪廻転生について正しく知っており(個人的に、信じているかどうは別にして)、
そして無我説の誤解についても分っている(私が主張していることすべてではないが・・・)。

まっ、何でも神智学のせいにしないように!www


255 :閻魔大王(2):2009/11/20(金) 10:02:02 ID:5VGh3MTl
続き

このような経済コンサルティング活動に不満を持ったのが、ダイバダッタ(事件)だったのであり、
 また同じく第一次結集のときに、オカルト苦行主義者マハー・カッサバによって
修行者としてのブッダの一面のみが強調され、カッサパの意に染まぬ社会人や経済人としての側面は
徹底的にそぎ落とされたとみることができる。
多くの経営コンサルタント記録は恣意的に廃棄されたのだ。
例えばこのような記録だ。
『このように世尊は説かれた。(中略)蜂が食物を集めるように働くなら
  ば〔彼の〕財はおのずから集積する(中略)。その財を四分すべし。
  〔そうすれば〕彼は実に朋友を結束する。一分の財をみずから享受すべ 
  し。四分の二の財をもって〔農耕・商業などの〕仕事を営むべし。また、 
  〔残りの〕第四分を蓄積すべし。しからば窮乏の備えとなるであろう。』
                           (シンガーラへの教え)
ベンチャービジネスを立ち上げるシンガーラへ経営資本の徹底した効率的運用を
アドバイスしている。現代のビジネスマンにも通用する。

だから、ブッダを宗教人としての側面からしか見ないのでは実像を把握できないと
考える。



256 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 10:07:37 ID:wc6CkjJo
>>188
>経典は「啓典」と違い神が書かせた物ではないことが一つ。
>だからイスラムの例えは妥当ではない。

コーランも聖書も「神が書かせた物」ではありません。
神が書かせた言葉だとされた、実は人間によって書かれた言葉です。

>>191
>説かないのが仏教である。

味噌も糞を一緒にしないこと。
輪廻(転生)とニルヴァーナ(+神通)を明確に説いた。

>毒矢の例えを思い出しましょう。

『わたしが説くことは説くと了解せよ。 』(毒矢のたとえ)

>>209
>スッタニパータですら最古層と古層に別れています。
>輪廻に関しては最古層では言及されないか否定的な文脈で扱われます。
>文献学から見た釈尊の思想は並川孝儀の「ゴータマ・ブッダ考」をお読みください。

その話題も前回のシリーズで既出済みです。
私は並川孝儀氏と遣り取りしましたが!

257 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 10:08:54 ID:wc6CkjJo
>>249
>このように釈尊が悟った後初説法をためらったのにはこのような世間との距離感があるのです。

少し惜しい・・・。
ゴータマはインド教が説くところの輪廻転生の事実
(及び、その輪廻からの解脱の境地)を“実体感した”のです。
つまり、単なる信仰が思想/信念の世界ではなかった(事実だったという驚異)ということ。
それ(世俗の感覚では理解し難く、言葉を超えた世界について)を如何にして説くことができようか?
という、ここに集っているような人たち(唯物論者)に対しての想いで憂慮したのです。


*それにしても、
2ch中の唯物論者(看板は仏教徒)がここに一斉に集ってきましたね!www
果たして、あなた方のような見解(勝手デタラメなただの願望)を
受け入れてくれるような仏教(諸派)とは、一体、どこに在るのでしょうね?

是非、どなたかに提示願いたいものです。


258 :閻魔大王:2009/11/20(金) 10:10:49 ID:5VGh3MTl
>>254
 おまいは、もう了見が狭すぎてお話にならん。
おまいのウソっぽい浅薄言説にはみんな飽き飽きしてるという空気嫁。

人数が少ないうえにアフォばっかりの神智学スレで好きなようにオナニーしとれ。

あばよ。

259 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 10:11:19 ID:wc6CkjJo
訂正:>>257
 ×「つまり、単なる信仰が思想」
 ○「つまり、単なる信仰や思想」

260 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:12:56 ID:JC00abre
>>254
また都合の悪い文章は無視かw 姑息な奴w

261 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:15:05 ID:4iUh0Vxg
根拠の無い妄想を何で信じられるの?
意味の無い知識をヒケラカシタイダケなんでしょ?

262 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:15:22 ID:X0Dd7nmF
>>253
「疎外」など、イエスやマルクスの時代遅れの寝言・妄想を持ち出すなよ。お互いに支え合い、一体化し、
お互いに潤い、お互いに向上している。「疎外」などない。弱者は弱者を救えない。弱者を救えるのは強者のみ。

ニーチェが、「弱者のルサンチマン」と的確に批判した所以である。

263 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:17:10 ID:JC00abre
>>257
>受け入れてくれるような仏教(諸派)とは、一体、どこに在るのでしょうね?

既存の形として無いなら、リニューアルされるだけだろw
フェアレディZが、(たとえフルモデルチェンジだったとしてもw)フェアレディZとして販売されるようなものだw

264 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:20:52 ID:mP7bDwuD
>>259 こら宝珠

お前のその神智学とかいうオカルトバカの独善的な
仏教解釈など誰も聞きたくないの。
皆がもう、うんざりなんだよ。
何べんも言うように、下らない書き込みする暇があるのならば
早く「転生、業論の論証」をしろや。

265 :閻魔大王:2009/11/20(金) 10:23:50 ID:5VGh3MTl
>>262
>「疎外」などない。

唖然!

現代の人間にもわかりやすいように表現したにすぎない。
要するに満たされぬ『我執』だ。
疎外がないなどと言い放つなら、
なぜに多くの人々が苦しんでいるのか?
なぜに日本だけで年間数万人の自殺者がでるのか?


266 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 10:35:50 ID:wc6CkjJo
>>264
>早く「転生、業論の論証」をしろや。

はいはぃ、執筆&思案中です。
かなり・・大変なのです |Д´)ノ

あっ、
証明(実体験/科学的な認知)ではなくて“お話”ね!


267 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:37:20 ID:JC00abre
しかし、宝珠やカラスの唯物論嫌いは異常だな。
まるで御隠居の宗教嫌いの鏡像だ・・・w 同じ人種だな。仲良くしたらどうだ?
過去に何か痛い思い出でもあるんかね?www


また、
>>162
>肉体死によってその後の如何なる霊的な界への移行もない、という見解はただの断滅論/唯物論なのです。
この考え方が、「無常」「非我」「縁起」に抵触する、と指摘しておいた筈だが?
 (→http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/838


>で、あなた(セブン)の理解する仏教とは、これ如何に? どこで説かれるの??
仏典のそこかしこ、いたる所に溢れてるよw

268 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:53:22 ID:mP7bDwuD
>>266 予め断っておくが
「何の論拠もない、単なるお前の脳内妄想」は断る。皆がそんなものは望んでいないし、キチガイの戯言に付き合うのを楽しみにしている奴が
このスレにいるとも思えんのでな。

269 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 10:57:38 ID:LvH7Vnpn
>>206
まだわからんのかwww
もしそれが2400年後の科学の進捗に照らしても正しいと判断されれば、「現時点で」正しいことになる。
しかし現在の科学に照らして「間違いである」とされれば、それは今では「間違い」なんだよ。
そこに「全く釈尊は間違っていない。」という信仰告白を入れれば、その時点で「思考停止」だぜw
正常な人間は、通常もっと論理的に「〜がすっべて正しい、というわけではない」と考えるもんだがな。
つまり「絶対」ではなく「相対」的にw

…という前フリで、竜樹『中論』を現代科学の「相対性理論」で読み解くことにする。
竜樹は「悟りの世界」を垣間見たの「かも」知れないが、何せ2000年も前の人間だ、
当然その頃「相対性理論」はまだなかったから、その表現はやたらとまだるっこしい。
もちろん「ものごとは関係性によって成り立っている」ことを説明するのに
「E=mc二乗」という短くも素晴らしい「マントラ」も使えなかった。

270 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:03:54 ID:LvH7Vnpn
(>>269つづき)
相対性理論の「相対」の意味を辞書で引くと、
「互いに他との関係をもち合って成立・存在すること。⇔絶対」というのが出てくる。
『中論』は「相互依存性」を説いたものだと現代仏教学で解釈されていることからも、
『中論』と「相対性理論」との深い関連性は感じ取れる。
(それぐらい察知できなくてただ「昔の文献」をほじくっているだけで、一体どんな新しい知見が出てくるというのかw)
「相対性理論」によると、不変なのは「光の速度」であって、それに合わせて「時間と空間」のほうが歪む。
このように「時間と空間」は絶対的なものではない。太陽の光は約8分かけて地球に到達するので、
われわれは「約8分前の」太陽を見ているのであって、
もし「今現在」太陽が爆発していたとしても、約8分後にならないとその事実を知ることはできない。
また、相対性理論では「何ものも光の速度を超えられない」とされる。

これを『中論』の中の言葉でいうと、
「一切の見るはたらき等より先にある何物も存在しない。
また見るはたらき等の互いに異なることによって時を異にし表される。」(中論9:6)
つまり現代の相対性理論に照らし合わせて、この中論の1節は「正しい」ことになる。すばらしい。
ただしこの前後の節では、竜樹のいつものグダグダした迷走が繰り広げられている。
一方で、現代物理学では「一切の見るはたらき等より先にある何物か」
の存在を窺わせる奇妙な観測結果も出ている(現時点では未解明)。例)EPRパラドックスなど。
だから「現時点では」正しいとされる中論9:6も、
将来の科学野進展によって「間違いである」とされる可能性は高い。
つまり、「竜樹の言ったことはすべてが『絶対』正しい」とはいえない、ということ。すべては「相対=相互依存性」だからw
「『全く』釈尊は間違っていない。」発言も同様。

271 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 11:08:49 ID:wc6CkjJo
>>267
>この考え方が、「無常」「非我」「縁起」に抵触する、と指摘しておいた筈だが?

「【それは何か】? そして、それは【恒常的に存在する】ことを意味しないのか?≫」
「その中身は常住だよw  だろ?w」
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/838

だから、
すべて自称仏教者(伝統仏教者も含め)の無知と誤解を露呈するものですよ。
では、仏陀のニルヴァーナに“到達したとの自覚”は一体、何が知覚(自覚)するのか?
それも、つまりは「我」(自己)に他ならないということ。
それが“ニルヴァーナに到達したアートマン”です。

仏教者というものはアートマン否定という言葉や表現、
そのアプローチに囚われて固執し、結果として仏教用語の羅列で誤魔化してしまうのです。

常住否定の話というのは、一切の中でのこと。
一切とは現象界に限定されるもの(これが本当の一切法)。
仏教は現象界を超越した無常ではない世界があり、それを自覚できるとした。
これが涅槃であり、ただ実在論と混同されることを避けたいがためのゴータマ特有の言い回しでした。

>仏典のそこかしこ、いたる所に溢れてるよw

出し惜しみしないで紹介して下さいよ!
(原文じゃなく。おっと漢語も辞めてけれ〜ゆとりだからw

272 :閻魔大王:2009/11/20(金) 11:10:28 ID:5VGh3MTl
>>266
>証明(実体験/科学的な認知)ではなくて“お話”ね!

インチキ妄想 “お話”などイラン。
それに、おまいの戯論(形而上学的論説)は否定せずとも批判して論破済みだ。

また、俺に言わせるとオカルト苦行主義のマハーカッサバ教と釈迦仏教を
ご都合主義的に混同している。
なぜか。「書かれている」だけが根拠であり、あとは御都合主義妄想だけだからだ。
これからの「仏教」はゴータマブッダ→サリープッタ→ナーガルジュナへの“純化”の姿を
提示することとなろう。


273 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:12:06 ID:2hYaDiNr
>>267
>まるで御隠居の宗教嫌いの鏡像だ・・・w

宗教が、現実上の根拠皆無な「観念の遊戯」で毎日のように争い合い、
殺し合っているというのに、「宗教嫌い」にならないほうが、異常な
心理状態であることを、自覚すべきではないのかね。

274 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:18:26 ID:0RxQrj9S
2chの宗教版に毎日張り付く基地外。

275 :閻魔大王:2009/11/20(金) 11:24:12 ID:5VGh3MTl
>>273
>宗教が、現実上の根拠皆無な「観念の遊戯」で毎日のように争い合い、 殺し合っている

その>「宗教」とやらにゴータマブッダ→サリープッタ→ナーガルジュナは入らない。
このスレでの論争の大部分は、オカルト妄想主義(宝珠、カラス、在家、など)と唯物主義(パーピマン耄碌隠居)相手のものだ。

>現実上の根拠
「現実」の把握がオカルト妄想主義&唯物主義の形而上的論議連中とは異質だ→中道。

276 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:27:15 ID:mP7bDwuD
>>273 隠居さんよ、俺も7対3の割合で宗教は嫌いだな。
特に宝珠や在家のような、思考コントロールされてんじゃないの?って
思えるほど、稚拙で独善的な態度は吐き気をもよおすほどの嫌悪感を
おぼえるが、隠居が傾倒する龍樹も明らかにその「宗教」の系譜に連なる者だろ?

宗教総てをまとめてゴミ箱に捨て去るのは、やっぱり、いかんね。
無数のゴミの中の珠玉をもいっしょに捨ててしまうことになると思わないか?

277 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:29:50 ID:JC00abre
>>271
>すべて自称仏教者(伝統仏教者も含め)の無知と誤解を露呈するものですよ。

>伝統仏教者も含め



あれぇ?あれあれぇ?w

>>111
 >ゴータマが説いた保証がない、などといういい訳がしたい人がいそうだからいいますが、少なくと
 >も、これが仏教といわれる教えですよ。百歩譲って、これがゴータマではなくてカッサパなのか?本当
 >は誰の教えなのか?それがついに確認できなかったとしても・・・。これが仏教と呼ばれるものである
 >ことには変わりが無い。
この発言は何だったんでしょうか?wwwww

278 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:38:45 ID:3OOMbxFb
>>276
心配するな。宗教はすべてゴミ箱に捨てても、人間そのものは一人たり
とも捨てない。

竜樹は、宗教者などではなく、自然科学者と理解している。現実界の
構成原理を発見したからだ。

279 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:39:52 ID:LvH7Vnpn
>>270
『一方で、現代物理学では「一切の見るはたらき等より先にある何物か」
の存在を窺わせる奇妙な観測結果も出ている(現時点では未解明)。例)EPRパラドックスなど。』

というのが実は「輪廻転生の存在を証明する時間論」の科学的根拠と「なりうる」。
現時点では理論的に未解明だが、しかし
「光の速度を超えて情報が伝わっている」という観測結果のほうは先に出ているので、
そのように「光の速度を超えて、同時に情報が伝わっている」のであれば、
「時間の同時存在」つまり「現在・過去・未来」という三世がどこかで「同時存在」していることになり、
その分節された時間の「どこ」に「我=私=輪廻の主体」が出現しても、理論的に破綻はしない。
これは俺の言った「時間論」と「決定論」に密接に結びついている。
このように三世が「同時存在」しているなら、それは「これから起きることはすでに起こったこと」、
すなわち「決定論」を意味し、一切智者ならば当然それを事実として「知っている」ことになる。
だから「悟ったもの」は三世が「同時存在」を知り、輪廻の実在を知り、未来の出来事も知ることができる。
なんと、現代(よりちょっと先の)物理学でも「輪廻」や「神通力」の説明がつきそうな勢いだw

280 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 11:45:12 ID:7Qc1aj7X
隠居が好きそうな聖典を紹介しよう。

ギータ・ゴーヴィンダ
ttp://www.geocities.jp/poetjayadeva/sub.html

まさに「珠玉」の逸品。

281 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 11:45:19 ID:wc6CkjJo
>>277
>この発言は何だったんでしょうか?wwwww

誰が説いたものかというよりも、更に重要なのはその教え(の中身)ということ。
ゴータマが説いたものとされているから、ゴータマを信頼し最大限に尊敬する。

>あれぇ?あれあれぇ?w

この私の認識(理解)では、
現代まで伝えられている「仏教」と呼ばれるもので、
ゴータマの教えを正確に理解して、それを見事に反映しているところなどは皆無です。

“間違いはいつも弟子の側”に原因があります。
これはいつの時代でもお決まりのこと。

まっ、伝統仏教(ここでは南伝)の間違いはその中でも僅かです。
たぶん無我論について程度か?他はそれぞれ・・・で、ここに集う唯物論仏教者はその極たるもの。


どう、分りましたか?

282 :閻魔大王:2009/11/20(金) 11:46:10 ID:5VGh3MTl
>>271
>仏陀のニルヴァーナに“到達したとの自覚”は一体、何が知覚(自覚)するのか?
アートマンについてはアートマンスレで宝珠は論破済み。
蒸し返すな!
どうも、主客相対の言語論理思考から脱却できない化石アタマのようだな。
だから、おまいはダメな奴なの。

>仏教は現象界を超越した無常ではない世界があり、それを自覚できるとした。
この宝珠言説は完全なウソ。
相が違うだけで、「超越」など妄想だ。縁起一代とやらのインチキを盲信するなよw
おまいにとって都合がよければ盲信する悪いクセやのうw
⇒中道
色即是空
空即是色
『世間(生死の世界)には涅槃といかなる区別も存在しない。
 涅槃には、世間(生死の世界)といかなる区別も存在しない』(龍樹 中論25-19)
『涅槃の究極なるものは、すなわち世間(生死の世界)の究極でもある。
 両者のあいだには、最も微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない』(同上25-20)



283 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 11:54:48 ID:wc6CkjJo
>>282
>縁起一代とやらのインチキを盲信するなよw
>おまいにとって都合がよければ盲信する悪いクセやのうw

縁起氏の主張は基本的に間違いがない。
彼の理解は“正しい伝統仏教”のものですよ。
確かに、この私は縁起氏とは同一ではありませんが、
彼の仏教理解については最大限に評価します。

あなた方はまず、そこ(その方向性)まで登ることです。


284 :閻魔大王:2009/11/20(金) 11:55:13 ID:5VGh3MTl
めし

          落ちる

285 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/20(金) 11:57:23 ID:wc6CkjJo
はい、こちらもオチ。
暫くこちらの投稿は控えたいと思います(の、つもりw)。

286 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 12:47:36 ID:WOLbSfKC
>>257
まあ、無我・無常が初説法をためらった理由とまでは言い過ぎました。
本当のことは誰にも分からないでしょう。

なお私は唯物論者ではありません。
釈尊と同じ不可知論者ですのでお間違いなきようお願いします。

287 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 13:31:43 ID:JC00abre
>>281
>どう、分りましたか?
はい。いつも通りの厚顔無恥な愚者ぶりがよく判りますw

てか、ほんとに自分の牛若丸的態度・矛盾した態度に気付いてないのか?

>>271は、「伝承された教えが必ずしも正しい(→ゴータマの教えである)わけではない。
       《弟子達が誤って伝承した部分がある》。仏教には《ゴータマの教えでない部分がある。》」という意味。
>>111は、「仮にも2500年、《(弟子達を信じるなら)弟子達によって伝承されてきたものが、
       仏教であり(→ゴータマの教えであり)》それ以外を仏教と呼ぶことは無い。
       また、《ゴータマが説いたかどうか確認できなくとも、仏教として知られる教えが仏教である》。」という意味。

で、更には「ゴータマの教えかどうか」を弁別する基準は神智学の知見である、と。
こういう図式なんだがな・・w

だいたいな、
 >現代まで伝えられている「仏教」と呼ばれるもので、
 >ゴータマの教えを正確に理解して、それを見事に反映しているところなどは皆無です。
こう発言する者が、
 >>111
 >ゴータマが説いた保証がない、などといういい訳がしたい人がいそうだからいいますが、
 >少なくとも、これが仏教といわれる教えですよ。百歩譲って、これがゴータマではなくてカッサパなのか?
 >本当は誰の教えなのか?それがついに確認できなかったとしても・・・。
 >これが仏教と呼ばれるものであることには変わりが無い。
こう言えてしまう神経が不可解だよw

歴史的推移を考慮して「伝統仏教は“仏教”ではあるかもしれないが、それはゴータマの教えではない」と言いたいわけだろ?
仏教を捨てて新しく宗教を興せだ? 笑わしよる。
お前が「ゴータマ教神智学派」でも興すべきなんだよ。タコ助。

288 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2009/11/20(金) 13:35:56 ID:xL9AJDBY
>287
(^。^;)そいつぁ、立川とか大川よりもヒデェだろ。
せめてゴータマは抜かしてくれWWWWWWW

289 :前世は一在家:2009/11/20(金) 15:57:33 ID:Tue6sS4O
>>270
>「相対性理論」によると、不変なのは「光の速度」であって、それに合わせて「時間と空間」のほうが歪む。
>このように「時間と空間」は絶対的なものではない。太陽の光は約8分かけて地球に到達するので、
>われわれは「約8分前の」太陽を見ているのであって、

貴兄は「相対性理論」を用いて龍樹の「縁起の法」の妥当性を示そうと
されましたが、結局「因果の法」の妥当性を紹介しております。

根拠は「八不」では「八分」も「到達(運動)」も存在しないからですよ。


290 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 16:26:01 ID:WOLbSfKC
テーラワーダと非転生仏教徒と龍樹主義者と大乗仏教徒とバラバラだな
議論がまとまるわけないw

291 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 17:05:56 ID:gXwvtiXc
されど自己を求めて行くとどうなるのだろう。
したことのある人、頼む。

292 :たろすけ:2009/11/20(金) 17:26:00 ID:VB+NX2G5
仏教体系を扱う者は体系における体質つまり、言語論的決定論の因果、言葉のサンサーラを免れることはできない
釈迦はそうした輪廻に陥らぬ為に、体系の安息所、ゆりかごなる無記を示した。さらに後の樹に巻きつく龍は親切にも論理的事象の地平線までも指し示した。

であるから、そう。たとい1000に於けるカンガク議論も1000と1つ目の言語論的、観念論的化学反応を起こすことは出来ない。なんと!これこそは哀れなる哲学的矮人の抱く光明にも関わらずだ

ひしめく分子運動は飽和点に達するか
ああ言葉のサラダたちよ

ああ私は気の毒な彼らが個体を抜け出し液体に、果ては気体に密度の救済されたスカ〈楽〉に。変貌を遂げることを願って止まない。

おお君たち言葉の悪人たちよ。古人の戦利品で遊戯する無邪気な悪童。論理たくましきスカスカ人間よ。

何時ということもなく今ということもなく、
〈解脱を語る〉という陳腐な輪廻を出でよ。

たろすーストラはこう言った。

『たろすーストラかく語りき』坊主頭という名のファッショナブルな国の章より
〈煮痴暗寝る帝国社〉¥××××


293 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 19:17:55 ID:xU20mKWX
宗教には、例外なく、異宗教間および同一宗教内部で、このような馬鹿馬鹿しい
争いが起こる。その理由は、すべての創唱宗教が、開祖の精神障害の症状としての
「観念の遊戯」から生じているからである。最初の創唱宗教であるゾロアスター
教の開祖も、大麻の常用者であったといわれている。信者は、開祖の精神障害の
感染者に過ぎない。精神病は感染する(感応精神病)。
キリスト教の新教と旧教、イスラームのシーア派とスン二派および他の宗教間
の果てしない争いを見よ。宗教多元主義さえ、それを巡って同一宗教内部で争って
いるのが現状。宗教学者も悲観的である。
従って、現代においては、宗教は、無益・有害な人間の営みとして、すべて
廃棄すべきもの。
宗教に代わって、「すべての人間に共通する唯一の普遍の事実」としての
「人間の生存本能(生命)」を思考の基盤とすれば、争いは無くなる。思考は、
その基盤次第で百人百様だから、争いが生じることは当たり前。すべての人間
に共通する生存本能(生命)および生命を支える現実界を思考の基盤とすれば、
争いは忽ち止む。人間は、一人では絶対に生存できないことを、これも本能的
に知っているから、生存本能から、共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、
他者への思いやりという本能や自然の感情が派生する。この生存本能は、すべ
ての人間に生来的に備わる「肉体的本能」だから、他者から教えられるいわれ
はなく、また教えられてはならないもの。教えられれば、肉体的本能としての
生存本能が観念化、抽象化、精神化され、その実質を失い、破壊される。
これが、すべての宗教における争いの原因である。
創唱宗教の開祖は、その精神障害の症状としての「観念過剰」により、誰一人
として、「生存本能(生命)」という根源に思い至らなかったのである。
人生とは、実に、生存本能の応用問題に過ぎない。
ある宗教学者は、宗教における議論を、「精神性」ではなく「身体」に関する
ものに限定することを提案している。これは、宗教の病理の原因を看破した
ものとして、興味ある提案といえよう。
具象を離れた精神性は、専ら人間の狂気を招くという普遍の真理を、忘れては
ならない。

294 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 21:55:50 ID:mP7bDwuD
んで、結局、輪廻転生肯定派は全滅で逃走か?
つまらんな。
もっと、ビシッとした論理的な肯定論者は登場しないのか?
皆「だったらいいな」の妄想願望派なので、いまいち盛り上がらんな。

295 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 22:11:21 ID:roYaPtnf
>>294
古代人の迷信・妄想だから、仕方ないじゃん。論理的肯定など、できる
訳がない。無理言うなよw。

296 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 22:20:34 ID:mP7bDwuD
>>295
転生肯定派ってのは、転生が他の普遍的事象と同レベルで真実であると確信してる者が多いじゃない?
また、そうであると主張する。ならば、「実証」は無理でも、せめて整合性のとれた論証くらいは提示しろよと言いたくなるわけよ。

297 :前々スレ10:2009/11/20(金) 22:39:43 ID:UUt67vt3
連投失礼します。

>>254
毎回同じリンクはってますが、毎回同じ反論されて、再反論できずに放置してますよね…。
いい加減同じ展開は飽きましたよ。

>>257
>2ch中の唯物論者(看板は仏教徒)がここに一斉に集ってきましたね!www
いや、唯物論者なんか全然居ないんじゃ無いですかね?
不可知論者なら沢山居ますが。

結局の所、貴方は、仏典(の一部)を全ての論説の根拠にしているわけですが、その選定基準は、「貴方の判断」なんですよね?
つまるところ、貴方の論理の全ての根拠は、「私が正しいからだ!」に尽きる訳です。
それでは、「私の言う事を信じなさい」と言う麻原尊師と、本質的に変わり無いですよね?

>>271
一切と言う経典を信じれば、釈尊は「一切」以外については説かないと言ってますが…。
結局、「貴方の信じる」釈尊は、一切以外を説くんですね…

298 :前々スレ10:2009/11/20(金) 22:39:59 ID:UUt67vt3

>>269-270
206さんは、「2400年前の時点での、釈尊の判断」に間違いは無かったと言いたいんじゃないかと思います


299 :前々スレ10:2009/11/20(金) 22:40:21 ID:UUt67vt3
>>279
EPRパラドックスは、現時点に於いては、
「量子的テレポートは起こるが、情報の伝達は起こらないから、因果律は崩れない。よって、全然パラドックスじゃない」
という結論だったはずです。(大分前の情報なんで、もう古いかもしれませんが。)

ついでに言えば、タイムマシンは理論上は可能だと主張する人が居ます。
問題は、それを可能にする物質が、現時点では物理的に存在不可能なんですがw

今の所、因果律が崩壊するような理論が現れる可能性は、非常に低いですね。
よって、輪廻や、神通力の可能性も極めて低いと言うしかないと思います。

300 :前々スレ10:2009/11/20(金) 22:41:04 ID:UUt67vt3
>>293
現在起こっている、いわゆる「宗教戦争」は、実際には宗教の名を借りた政治上の問題だと思うんですが……。
例えば、シーア派と、スンニ派が共存している地域は多い(と言うか大部分)なわけですし。
宗派が違う人間が争っているからと言って、宗教が原因だと考えるのは、少々軽率じゃないですかね?

そして、毎度の生存本能(煩悩)肯定論ですが、
貴方の理想郷は、「全ての人の欲望が満たされる」という前提が必須です。
例えば、食事が一人分しか生産できない孤島に、二人の人間が居た場合、
貴方の主張するように、生存本能から「他者への思いやり」が生まれると、
二人で一人分の食料を分け合って、二人とも飢え死にしてしまいます。
これは、生存本能に反する事になります。
生存本能に従えば、殺しあって一人が生き延びるしかないですよね?
本能に従って、殺しあう事が、悟りの境地なんですか?

301 :前々スレ10:2009/11/20(金) 22:44:03 ID:UUt67vt3
>>296
同意見です。

しかも「自分には実証が出来る」とか、「整合性の取れた理論がある」とか言っている人は結構居るんですが、それだけ言って、肝心の理論は……。
4スレ前から待ってるんですけどね……

302 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 22:57:28 ID:ZmTPQzfh
しかし、ため息が出るな・・w


皆さん参考にどうぞ。
ttp://www.h5.dion.ne.jp/~terun/index.html

「クオリア」や、「ヒトの認識の断絶」や「相互理解の限界」等について、
ネットや書籍に数々あれど、ここの《 クオリア(9) 》の書き方が一番解り易いと思うw

さて、皆さん何をお感じになるでしょうかね・・・。(特に“涅槃”“悟り”或いは“転生”と関連させた時に・・・w)

303 :神も仏も名無しさん:2009/11/20(金) 23:34:54 ID:qCKh7Pp3
>>300
戦争には、種々の要因が関与するが、宗教戦争が専ら違った宗教・違った宗派
の間に起きている事実に鑑みれば、少なくとも宗教が最大の原因、または憎悪
要因であることは明らかだろう。シーア派とスン二派の殺し合いは、その宗教
上の相違から生じていることは、両派の宗教的性質の相違をちょっと調べただ
けで自明。たとえ共存していても、一発触発の状態にある。

生存本能ゆえに、他を殺さなければならない場合もあろう。しかし、生存本能に
よる「自動制御」が働くから、生存に絶対に必要な場合(例えば正当防衛)以外には
殺さない。生存本能による集団同士の争いの場合でも、相手を皆殺しにしたら
自己の生存に不利になるという「計算」が可能だから、適当なところで和解が
可能である。一方、宗教戦争の場合は、生存に関係ない宗教上の憎悪が原因で
あり、生存本能によるこの「自動制御」が働く余地がないから、相手を皆殺し
にするまでは止めることができず、和解は困難である。

島原の乱でも、矢文を送ってたびたび和解を呼びかけたのは、世俗の為政者
側だったが、イエスに狂ったキリシタン側が、どうしても和解に応じることが
出来ず、結局、老若男女、殆ど皆殺しにされた。親の宗教エゴの犠牲になった
幼い子供たちが哀れである。

殺されても自分の信仰を捨てることが出来ないキリスト教の殉教者も、宗教観念
による生存本能の破壊の好例である。

304 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 00:05:19 ID:sX3Irii1
イスラム教は教祖の死後、第一世代の信者の間で内ゲバが起こっていたりする。

305 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 00:22:03 ID:XD1wOMOX
>>300
>そして、毎度の生存本能(煩悩)肯定論ですが、

あなたのご意見では、「すべての人間に共通する普遍の事実」は何ですか?

306 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 00:33:08 ID:UXVEnBej
>>305
生老病死、四苦八苦だろw JK


横レスだがw

307 :前々スレ10:2009/11/21(土) 00:52:42 ID:lvHQsaE2
>>303
イラクでは、チョイとまえまで、一般庶民は、スンニ派なのにシーア派のモスクに礼拝に行っていたり、その逆だったりと、殆ど関係が無かったそうです。
結局、憎悪のきっかけとなったのは政治的問題を原因とする、テロと、その報復テロであって、宗教上の差異は、問題になっていません。

むしろ、イラクでの「宗教戦争」は、「やられたからやり返す」という、自己防衛本能(生存本能)が原因じゃないですかね?
そもそも、「相手が生き残れば、自分が殺される」という状況で、
「相手を皆殺しにしたら自己の生存に不利である」という結論に達する計算過程が知りたい所ですw

島原の乱も、結局は圧制に対する旗印として、キリスト教が担ぎ出されただけだと思いますが…。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E4%B9%B1

まあ、ごく一部に狂信的宗教者が居た事は否定しませんが、
狂信者と、宗教一般を一緒くたにするのは間違っていると思います。
ヒトラーを見て、「政治家は全員狂ってる」と断罪するようなものです。

>>305
306さんに先に答えられてしまいましたw
まあ、あえて付け加えるとすれば、
「現時点で」すべての人間に共通する普遍の事実は、生老病死、四苦八苦である。
といった所ですかね。

308 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 01:13:54 ID:Lsfg3ArN
>>251 五蘊それぞれも相対的で相依相関ですよね。
色の存在は受想行識から照らしあわせてはじめてわかるし、
受想行識それぞれも、あとの4要素と照らしあわせてはじめてわかる。
ところで、そもそもこの五蘊が生きようとしている方向性、
仮の我が、仮の我として生きようとしている方向性は、
いったいどこから来たのか。
なぜ生きものは生きようとするのか。
生きようとする習性はどこから来たのか。
…生きようとする習性は、無明から由来するのでしょう。
では、無明はどこから来たのか?
仮の我(五蘊の仮和合)があるから無明があるのか、
無明があるから五蘊の仮和合があるのか。

309 :前々スレ10:2009/11/21(土) 01:24:14 ID:lvHQsaE2
>>302
う〜ん、リンク先を読ませていただきましたが、貴方が何をどう主張なさりたいのかがさっぱりわかりませんでした。
もう少し明示してくださるとありがたいんですが…。

蛇足ながら、サイト主は、「科学」というものに対して、勘違いなさっているようにも読めました。
まあ、斜め読みしただけなので、私の誤解かもしれませんが。


310 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 01:26:05 ID:0FCvkzhk
>>306
>生老病死、四苦八苦だろw JK

アホか。生老死は共通だが、四苦八苦などしないで楽しく生きている人間のほうが多い。

それに、老病死が苦であるのは、「生きたい」からだろ。すべての根源は、生存本能だ。

311 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 01:53:16 ID:q5MSgqTR
四苦八苦など言ってるのは、釈迦のような鬱病患者だけ。お前ら皆鬱病患者か。

312 :たろすけ:2009/11/21(土) 01:59:37 ID:mbtRxSit
>>311
否、否、三度否
汝は躁病患者である。
ゆえ、鬱病患者に見える

313 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 07:36:28 ID:C9UvjRwE
ゴータマ・シッダッタ氏がインドでは当時から悪名高い隠れ不可知論者であったこと、
これは近年の文献学によって明らかになってきている。

もはや惰性や言われたままを信じる「信者」になるか、文献学という学問を通じて真実の姿に迫ろうとするか、の立場の違いでしょう。
信者(このスレの大半のコテハン)はただ信じればいい。しかしそれについては他人に理解されようなどというムダな行動抜きにしてくれ。

314 :輪廻肯定派:2009/11/21(土) 10:38:21 ID:Lsfg3ArN
仏教の輪廻思想は、
阿羅漢果(すべての煩悩がなくなる)の悟りにならないと
輪廻から解脱できないと考えますよね。
で、これは逆に言うと、悟らずに凡夫のままなら滅びない、
悟っていない者には悟りを体験できるチャンスがある、ともとれますね。
もし輪廻がないなら、悟りたいのに悟れず死んだらそれで終わりです。
「あぁ、あの人はかわいそうに、せっかく修行をがんばってたのに、
悟れずに死んでしまった。」となる。
しかし、もし輪廻があるなら、
「あの人は修行をがんばってたから、きっと来世で悟れるだろう。」となる。
輪廻がない場合、悟れず死んで滅びたならハッピーエンドではない。
輪廻がある場合、必ず悟ってから滅びるから、
必ずハッピーエンドという考え方もできる。
ある意味、阿弥陀仏がどんな凡夫でも必ず救うという思想みたいなもの。

315 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 11:10:33 ID:vZtNxdYo
>>314 だから、それでは「俺は今世でこれだけいいことしたし、がんばったんだから、
死んで終わりなんて割りが合わない。来世でそれに見合ったいいことがないと不公平だ。」
と愚痴たれてるだけでしょ?
宝珠のバカがよく言ってた「来世でのリベンジ」と言う表現に肯定派の姑息な思考がよく表れている。
「今世は満足いかない人生だったから来世で取り戻す」「今世でやった良いことのお返しは貰ってないが来世では、その分良いことがあるはずだ。」

いい加減にそういう、いじけた思考は止めなさいよ。

316 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:12:23 ID:GBzBD6m/
>>315
が、いじけた思考の典型例ですw


>>288
あなたは相手にしてない。
絵文字が可愛いから、赦すだけw


>>269-270>>279
基本的には同意します!
(それだけ分ってれば大したもん^^)

特に>>279は、最近の中ではとても優れた投稿でしたねぇ^^


317 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:13:19 ID:GBzBD6m/
>>214
一在家さん、それは酷いなw

 我々、凡夫は不慮の死に見舞われます。しかし、解脱者というものは、死の時期(及び内容)は自
分が決めるのです。
 ゴータマは年齢的にもこれ以上の存命を求めなかった。“為すべきことはすべて終えた”と判断し
たから、チュンダの供養(死に繋がってしまった食事)を喜んでそのままお受けになったということ。
 その気であれば、延命もできたとも述べている通りであって、「三明智があれば容易に回避できる
筈だから、別人が死んだのだろう」などいうのは本末転倒です。
 解脱者というものはその気であれば、災難などのすべてを回避可能です。従って、受けたというこ
とはそれを承知したということであって、それを甘んじた(或いは意識的に成就した)ということ。

 『アーナンダよ。もしもお前が修行完成者に懇請したならば、修行完成者はお前の二度にわたる
(懇請の)ことばを退けたかもしれないが、しかし三度まで言ったならばそれを承認したであろう。そ
れだから、アーナンダよ、これはお前の罪である。これはお前の過失である。
 アーナンダよ。いかなる人であろうとも、四つの不思議な霊力(四神足)を修し、大いに修し、(軛を
結びつけられた)車のように修し、家の礎のようにしっかりと堅固にし、実行し、完全に積み重ね、み
ごとになしとげた人は、もしも望むならば、寿命のある限りこの世に留まるであろうし、あるいはそれ
よりも長いあいだでも留まることができるであろう。」』(マハー・パリニッバーナ・スッタンタ)

318 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:16:25 ID:GBzBD6m/
>>263
>>受け入れてくれるような仏教(諸派)とは、一体、どこに在るのでしょうね?
>既存の形として無いなら、リニューアルされるだけだろw

あっはは!(笑)
つまり、ゴータマに始まって以来、歴史上〜今日においてまで、
誰も仏教とは認めないような見解であるとして、これを認めたのですね!
てか・・その辺はとっくに潔く認めていましたか・・・www

ね、分析外道さん?

>>267
>しかし、宝珠やカラスの唯物論嫌いは異常だな。

ん?ちょっと違うなw

 別に、典型的なただの唯物論者などはどうでもいいの(ご隠居とか)。人様にあまり迷惑かけない
ようにしてくれさえいれば、あとは好きにしてればいい!
 今、科学のトップは唯物論者ばかりらしいです・・・(一昔、以前とは違って)。私はそのような人々に
わざわざ信仰を奨めたり、仏教を奨めるような気は更々、全然ないのですw その気が無いwww

 しかし、仏教徒を自称しながら、したり顔で唯物論を語るというのは、どうにも戴けない。

 仏教徒とは縁起一代氏が代表するような見解をいうのです。その場合には、私は「涅槃で無我(ア
ートマンはない)」とは誤解ではないのか?と、率直な疑問を呈するだけのことです(ただそこだけ)。
 ---では涅槃の境地を自覚しているのは一体、“誰”なのか?

319 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:22:01 ID:GBzBD6m/
 後は〜平均的な仏教徒に対しては、もしも、虫にも生れるなどというのであれば、それは方便だっ
たのではないのか?悪魔というのは自己意識の葛藤の表現ではないか?という程度ですよ。まっ、
信じてもあまり害はなさそうなので、信じたければ好きにすればいいです。

 けれども、あなた方は全くの唯物論者であり、“仏教徒の顔はしているが断じて仏教徒ではない”
ということ。

>>287
>歴史的推移を考慮して「伝統仏教は“仏教”ではあるかもしれないが、
>それはゴータマの教えではない」と言いたいわけだろ?

 やっと近づきましたねw けどまだ違う(笑) 伝統仏教はゴータマの教えを最も正しく継承していま
すが、それども、やっぱり100%ではないということ(仏教に限らず、あらゆる古代の宗教が正しく今
日まで継承されたものなどは皆無です)。

 その僅か、数パーセントの違い(弟子が誤解して継承した)は、無我論の解釈です。ですが、私か
らみれば微々たるものです。何故なら、彼らは私の見解とは決定的違いであるといい、結果も異な
るものと主張して断固、認めませんが、この私の目から見れば結局、ゴールは同じだからです(その
ときに氷解する)。では、同じならばそれでいいのかというと、その見解の違いによって排除される
弊害があります(ま〜好きにすればいいのですが・・・)。

 で、伝統仏教のみが厳密な意味での「仏教」と呼べるものです(現存するものとしては)。それ以外
の自称仏教は、それぞれ様々なレベルでの劣った伝承度(ゴータマ思想の)です。事実、仏教と呼
称するのは、もう辞めたほうがよいようなものまである。

>お前が「ゴータマ教神智学派」でも興すべきなんだよ。タコ助。

 私個人は、たまたま仏教の教えに少し縁があっただけです。神智学の教えは現にあるので、その
必要はないと思います(また、創始者の両名<夫人と大佐>は南方仏教徒でもあります)。

320 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:25:09 ID:GBzBD6m/
>>297
>いい加減同じ展開は飽きましたよ。

 読解力のなさを相手のせいにしないこと。

>不可知論者なら沢山居ますが。

 確かに不可知論者もいる。けれども、ゴータマは不可知論者ではありません。「不可知論」というのは
“外道”であり、ゴータマの説く仏教というのは不可知論を超えたものです。仏教の立場は形而上の事
柄については議論を推奨するのではなく、修行によって実体験するよう説いた。>>165>>178

 『Dサンジャヤ・ベーラッティプッタ(不可知論者) 「来世はあるかとの質問に、もしも私が来世はある
と考えたならば、あなたに来世はあると答えるであろう。しかし、私はそうだとは考えない。そうかもしれ
ないとも考えない。それとは違うものだとも考えない。そうではないとも考えない。そうではないのでは
ないとも考えない」(鰻論法)→経験的な事実を出発点としない形而上学的議論への判断中止であり、
ゴータマ・ブッダの十難無記にも通ずる。サーリプッタ(舎利弗)とモッガッラーナ(目連)を筆頭とする250
人の弟子たちは、みなゴータマ・ブッダのもとに走った。』 (講義「インド思想史」)http://homepage1.nifty.com/manikana/m.p/kougi/miyalcon.html

 『◆サンジャヤ・ベーラッティプッタ(懐疑論、不可知論)[刪闍耶毘羅胝子(散若夷毘羅梨沸)]
 この考え方は、サンジャヤ・ベーラッティブッタに代表される思想で、懐疑論者とか不可知論などと呼
ばれ、かって舎利弗や大目健連はその弟子であったが、のち同門の二百五十人とともに釈尊の教え
にしたがったという。 「この《真理をありのままに認識し叙述することは不可能であるとする不可知論》、
あるいは懐疑論をのりこえ現れ出たのが仏教という新しい思想運動であった」中村元先生は言及され
ている。』(聞法ノート第二集2/六師外道)http://www2.big.or.jp/~yba/teach/mizutani202.html

321 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:26:48 ID:GBzBD6m/
 『(5)懐疑論(サンジャヤ) ゴータマ・ブッダの二大弟子サーリブッタ(舎利弗)と大モッガラーナ(大目
堅?連)は初めこの人の弟子であったが、ゴータマ・ブッダがさとりを開いた翌年に王舎城に来たときに、
同門のもの250人とともにゴータマの弟子になったので、サンジャヤは「血を吐いた」と伝えられている。
これは、歴史的にみて、仏教はサンジャヤの懐疑論を乗り越えたところに現われ出た新しい思想運動
であったということを示している。
 ともかくサンジャヤはインド思想史上に初めて懐疑論者として登場した人である。かれは、「来世が存
在するか?」とかその他「生まれかわった生きものは存在するかどうか?」「善・悪業の果報は存在する
かどうか?」「人格完成者(如来)は死後に存在するかどうか?」などというような形而上学的問題に関し
て質問を受けたときに、ことさらに意味の把握され得ない曖昧な答弁をして、確定的な返答を与えなかっ
たという。かれの立場は「鰻のようなぬらぬらして捕らえ難い議論」と呼ばれ、また形而上学的問題に関
して確定的な知識を与えないという点で「不可知論」とも称せられている。ここでインド思想史上初めて
形而上学的問題に関する判断停止の思想が明らかにされた。』
(中村 元著『原始仏教 その思想と生活』異端の思想家たち/NHKブックス刊)

>その選定基準は、「貴方の判断」なんですよね?

 当たり前です。一体、誰が判断するというのです?
 そのようなご意見もあなたの勝手な判断からもたらされているものです。識別と認識の問題です。

>一切と言う経典を信じれば、釈尊は「一切」以外については説かないと言ってますが…。
>結局、「貴方の信じる」釈尊は、一切以外を説くんですね…

 いえ全く違います。自分の無理解/無知を相手のせいにしないこと
 (このスレにはあまりに多過ぎる。自覚と謙虚さがない)。

322 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:27:52 ID:GBzBD6m/
 『比丘たちよ、私は「一切」について話そうと思う。よく聞くがよい。「一切」とは、いったい何であろう
か?それは、眼と眼に見えるもの、耳と耳に聞こえるもの、鼻と鼻に臭うもの、舌と舌に味わわれる
もの、身体と身体に触れられるもの、心(意)と心に触れられるもの、のことである。これが「一切」と
呼ばれるものなのだ。
 誰かがこの「一切」を否定し、これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、それは結局、(空虚な)
言葉だけに終わらざるを得ないであろう。さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、病に倒
れてしまうかも知れない。それは何故であろうか。何故ならば、彼の主張が彼の知識(知覚) 領域を
越えているからである。』(サンユッタ・ニカーヤ 33.1.3)

 経に書かれてある通りです。『誰かがこの「一切」を否定し、これとは別の「一切」を説こう、と主張す
るとき』といってるのですよ。私は、ゴータマの説く一切の否定などしていません。それは正しい見解だ
からです。
 そして“別の一切”なるものなども全く主張していまん。私は“「一切」と「一切外」がある”と述べてい
るのです。これは私の勝手な見解などではなく、ゴータマご自身が述べているものです。
 『生じないもの、生成しないもの、作られないもの、形成されないものがあるからこそ、生じたもの、
生成したもの、作られたもの、形成されたものが、(そのような状況から)脱し、離れることがあるので
ある。』(ウダーナ8:3)と明確に述べているからです。

 「一切」とは現象界のことであり、これを「有為」ともいう。一切外を「無為」という。無為がニルヴァーナ
(涅槃)なのです。

323 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 12:30:14 ID:GBzBD6m/
>>313
>ゴータマ・シッダッタ氏がインドでは当時から悪名高い隠れ不可知論者であったこと、
>これは近年の文献学によって明らかになってきている。

これは是非、その解説と及びソースの提示を願います!


*では、暫くさようなら〜(の予定w)

324 :析空:2009/11/21(土) 13:07:26 ID:qS6iGfEY
>>313
石飛先生の著書を読まれることをお勧めする。

不可論者ではなく「一切知者」であることを【論証】している。

325 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 13:18:37 ID:GBzBD6m/
>>324
>縁起氏の主張は基本的に間違いがない。
>彼の理解は“正しい伝統仏教”のものですよ。
>彼の仏教理解については最大限に評価します。>>283
>仏教徒とは縁起一代氏が代表するような見解をいうのです。>>318

それと、私がズーと見てきて、
常連の投稿者の中で正しい仏教理解をされている方というのは折空氏です。
正しい仏教理解を得たい人は、折空氏や縁起一代氏の投稿を読むことですよ。

あっ、私?
私はブッディストではなく“オカルティスト”ですからお奨めしませんw


326 :前世は一在家:2009/11/21(土) 13:23:45 ID:tegzc/Tr
>>317 宝珠氏
> 我々、凡夫は不慮の死に見舞われます。しかし、解脱者というものは、
>死の時期(及び内容)は自分が決めるのです。
> ゴータマは年齢的にもこれ以上の存命を求めなかった。“為すべきことは
>すべて終えた”と判断し (中略)
>もしも望むならば、寿命のある限りこの世に留まるであろうし、あるいは
>それよりも長いあいだでも留まることができるであろう。」』
>(マハー・パリニッバーナ・スッタンタ)

仏陀は悟りを得た段階で彼自身では完成しております。
それなのに衆生救済の為にあちらこちらを廻って何度も何度も四諦や
八正道を説いて廻られました。
寿命より長い間でも留まって衆生救済をされるのではないかと思料します。

ただ、当時布教活動においてもダイバに命を狙われておりましたので、
追っ手の目を逸らす方便を使われたのではないかと考えております。
自分の衣服を亡くなった方に着せておけば、数日後に追っ手がきた時は
腐敗しております。
現代のDNA鑑定で遺骨を調べれば、生前の姿との差異が分るでしょう。

余談ですが、イエスも十字架を予見して回避することができた筈です。
コーランにはイエスに似た男が十字架にかかっただけと記載されておりますし
後日イエス(復活?)を目撃した方もおられるようです。
(唯物論者ならば、復活説よりも似た男説が可能性が高いでしょうか。)

さて、仏陀に似た人を後日見かけたという記録が東南アジアに残っているか
いないかはまたの機会に。


327 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:44:12 ID:lvHQsaE2
>>310-311
まさかとは思うんですが、「四苦八苦」と言うのを、「試験が難しくて四苦八苦する」とか言う意味で捉えてます?
八苦のうちの半分は、四苦=生老病死ですよ?
残りの4つは、
愛別離苦- 愛する者と別離する苦しみ
怨憎会苦- 怨み憎んでいる者に会う苦しみ
求不得苦- 求める物が得られない苦しみ
五蘊盛苦- あらゆる精神的な苦しみ
です。(Wikipediaより引用)
これを逃れられる人は居ないと思うんですが…。
それとも、貴方は、望む事は全て叶う全能神さまなんですか?

ついでに、全ての苦の根源が生存本能である事をみとめてらっしゃるなら、
その生存本能を滅すれば苦も滅する事も認める事に成ると思うんですが。
少なくとも、生存本能に従っても、苦が生じるだけである事に成りますよね?

328 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:44:41 ID:lvHQsaE2
>>314
う〜ん、根本的に違うと思うんですが、
仏教の目指す所は、「苦の無い生き方」であって、
「超常的な『悟り』を体験する事」ではないと思うんですが。
そして、目指す所が「苦の無い生き方」で有れば、
死んでしまえば、苦も生もなくなるので、目指す必要は全く無いですよね?
315さんも指摘しているように、貴方の考えは、
「努力したら、それに見合った報酬が必ず有る」と言う、非常に幼稚な考えでは無いですか?

「努力は報われるとは限らない。正義が勝つとは限らない。」
それが世の中の姿だと思います。

329 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:45:25 ID:lvHQsaE2
>>316
>>315 が、いじけた思考の典型例ですw
どの辺がいじけてるんですかね?
315さんは非常にまっとうな意見を言ってると思いますが。

>特に>>279は、最近の中ではとても優れた投稿でしたねぇ^^
え〜と、この279さんの意見は、「科学で未解明の部分に、神秘現象が有る可能性は残っている!」というだけの希望的観測の妄想に過ぎませんよ?
しかも、279さんが根拠としている説に、今の所そのような「未解明の部分」が無い事は、指摘済みです。
「鯨が卵を産んだら、その大きさは10cm位は有るはずだ!」と力説してるようなものです。

330 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:46:16 ID:lvHQsaE2
>>318
>人様にあまり迷惑かけないようにしてくれさえいれば、あとは好きにしてればいい!
全く同意見です。
貴方も、「輪廻は実在なんだ!」と押し付けて、人様にあまり迷惑をかけないなら、好きにしてくださって構わないんです。
何度も言うように、押し付けるなら、根拠をお示しくださいな。

>仏教徒を自称しながら、したり顔で唯物論を語るというのは、どうにも戴けない。
このスレにそんな人居ましたっけ? 誰の事を言ってるんでしょうか?
居るのは、ほとんどが、仏教徒じゃない不可知論者だと思いますが…

>では涅槃の境地を自覚しているのは一体、“誰”なのか?
貴方の我に関する定義に対する、セブンさんの突込みを完全に無視してますね……
反論するか、定義を改めるかしたらいかがですか?

331 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:46:42 ID:lvHQsaE2
>>319
>けれども、あなた方は全くの唯物論者であり、
>“仏教徒の顔はしているが断じて仏教徒ではない” ということ。
だから、仏教徒でも唯物論者でも無いとあれほど…w
いい加減レッテル張りして、反論した気になるのはお止めになったらいかがですか?

そして、何度も指摘してますが、結局あなたの「仏教」の定義は、「貴方が正しいと判断したかどうか」ですよね?(>>297

332 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:47:32 ID:lvHQsaE2
>>320-323
>読解力のなさを相手のせいにしないこと。
毎度同じ主張をして、毎度同じ批判を受けて、毎度再反論もせずに放置して、毎度同じ主張を蒸し返す……。
これは、貴方の方に責が有ると思うんですが。

不可知論者については、「このスレの住民」の殆どが不可知論者だと言ったんですが……。
どこをどう縦読みしたんですか?

ついでに言えば、仏陀は、「形而上の事は語らない」としか言わないサンジャヤに対し、
「形而下の実体験に基づく事は語れる」と批判しただけで、
不可知論自体は批判していないと思いますが?

>当たり前です。一体、誰が判断するというのです?
だからですね、大多数の人類が納得できる客観的根拠に基づく、論理的根拠を示してくださいと言ってるんですが……。
貴方の主張は、「ウルトラマンは実在する!なぜならウルトラマン大百科は真実の書だと私が信じているからだ!」といってるのと同じですよ?

333 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:48:14 ID:lvHQsaE2
>>320-323
>いえ全く違います。自分の無理解/無知を相手のせいにしないこと
 >>一切とは現象界に限定されるもの(これが本当の一切法)。
 >>仏教は現象界を超越した無常ではない世界があり、それを自覚できるとした。(>>271
明らかに、「貴方の想定する釈尊」は、「貴方の想定する一切法」『以外』を説くという主張になりますよね?
それとも、釈尊は、涅槃(貴方の言う一切外)を説いていないと主張なさるんですか?
あるいはまさか、「一切外」と、「別の一切」が別個の概念であるという、幼稚な主張をまた蒸し返すんですか?

貴方の主張は、一切経を素直に読んだときの「別の一切」であり、経典の如く、
「さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず」となってい様に見えます。

334 :前々スレ10:2009/11/21(土) 13:49:33 ID:lvHQsaE2
>>324
石飛先生の著書は……、私はお勧めしませんね。
あれほど酷い本は近年見たことありません。
中学生レベルの誤解を根拠に、論理を展開していくんですから。

335 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 14:01:06 ID:GBzBD6m/
>>326
いいたいことは全部わかるつもりです。

>寿命より長い間でも留まって衆生救済をされるのではないかと思料します。

 ゴータマの意図する救済とは教えを残すことであって、まるでキリスト教のような“天に引揚げてく
れる”といったものではありません。ゴータマの場合には年齢的にも、何としてでも死を免れようとす
るまでもないことでした。何故なら、“為すべきこと(教えの伝授)はすべて果たし終えた”からです。

 『アーナンダよ、わたしはもう朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ、老齢に達して、わが
齢は八十となった。アーナンダよ。譬えば古ぼけた車が皮紐の助けによってやっと動いて行くように、
わたしの車体も皮紐のたすけによってもっているのだ。しかし、アーナンダよ、向上につとめた人が一
切の相をこころにとどめることなく一々の感受を滅したことによって、相のない心の統一に入ってとど
まるとき、そのとき、かれの身体は健全なのである。
 それ故に、アーナンダよ、この世で自らを島(灯明)とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころと
せず、法を島(灯明)とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ』
(マハー・パリニッバーナ・スッタンタ)

>余談ですが、

 イエスも当然、分っていて自ら望んで十字架に架かったのです。もちろん、その意図する目的があっ
てです(裏切といわれるユダはイエスからの指示に勇気をもって従った)。また、これはキリスト教徒
が考えるような人類の罪を背負うためなどではない(そんなことは不可能で無意味)。
 そして、復活の奇跡を信じられない唯物論者らが、十字架の別人説を説くのです。もし本気で希望
であれば、その後についてのイエスの目撃例でも、インドとの関係においてでも・・・この私の知る範
囲内であれば、出し惜しみなく何でもすべて。神智学の説く(知られざる)叡智についてもっと多くを語
ることも可能です。
 正直、神智学徒以外で正しく把握している人は“皆無”です。

---ここではしません。(キリスト教関連の話題もなるべく控えて下さいm(__)m)


336 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 14:09:27 ID:GBzBD6m/
>>332
>不可知論自体は批判していないと思いますが?

「不可知論」によっては、
真理には通じないから“外道認定”されているのです。

それ以外の部分は・・・レスする価値もない。
何も無理に分る必要はない(あなたの自由だから)。


337 :前世は一在家:2009/11/21(土) 14:24:51 ID:tegzc/Tr
>>328
>う〜ん、根本的に違うと思うんですが、
>仏教の目指す所は、「苦の無い生き方」であって、
>「超常的な『悟り』を体験する事」ではないと思うんですが。

異教の私が仏教の目指す所を語るのは出過ぎですが、横から見て
いて、「自身に内在する仏性に気付く」ことかと考えております。

結果として「苦の無い生き方」となり、相手にも内在する仏性に
対して敬意、慈悲が生じるかと存じます。
そして「自身に内在する仏性に気付く」に至らない衆生達に
対して衆生済度の発願をして行動するかと存じます。


338 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 14:26:47 ID:GBzBD6m/
>>333
もう、これが最後です。
あなたには再度の説明はしません。

「一切」と「一切ではないもの」(一切外)の二つです。
「一切」--「現象界」(に限定するもの)--「有為」。
「一切ではないもの」(一切外)--「現象界を超越したもの」--「無為」--「涅槃」。

無理解と誤解は私のせいではありませんから(勝手にしてください!)。
 
 『「われわれにとっての世界は現象界のみである。この意味における一切の現象界を仏教では一切
とか一切法とか呼んでいる。仏教が取り扱うのはこの現象界に限られる。」(p127)
 「存在についても、原始仏教では生滅変化する現象法だけを一切法としていたが、部派仏教では現
象としての有為法だけでなく、生滅変化しない常住不変の無為法をも存在の中に加えるようになった。
この意味で、阿毘達磨においては法処の中に有為法や無為法が摂せられ、原始仏教とは違った性格
のものとなった。」(p143) 
 「無為の語は原始経典にも涅槃の同義語としてしばしば出ている。」(p145)
 「諸行とは生滅変化する一切の現象法を指し、有為と同義である。すべての現象は一瞬の停止もなく、
無常にして生滅変化するというのが諸行無常である。」(p158)
 「この諸法は諸行と同じく、現象としての一切法ということになる。」(p160)』
(水野弘元著『仏教要語の基礎知識』新版第1刷/春秋社刊)

339 :前々スレ10:2009/11/21(土) 14:31:32 ID:lvHQsaE2
>>336
>「不可知論」によっては、 真理には通じないから“外道認定”されているのです。
いや、だから、ですね、人の意見はきちんと読みましょうよw
釈尊は、「不可知論」を批判したのではなく、
シャンジャヤが、「悟りは形而上のものであるから、不可知である」といったのに対して、
釈尊は、「苦しみを逃れる方法は形而上のもの(不可知)ではなく、形而下のもの(可知)である」と主張したんじゃないですかと、
私は指摘してるんですが。

そして、貴方の主張する諸々の主張は、実体験を根拠としない、形而上のものであり、
仏陀が不可知論者的態度(無記)をとった、『一切とは別の教え』なんではないかと指摘しているんです。

>それ以外の部分は・・・レスする価値もない。
毎回の如くそれでおわりですか……。
反論しないのでは無く、「出来ない」のではないですか?
貴方の引用してくださった一切経の如く、「主張が彼の知識(知覚) 領域を越えているから」主張の説明が出来なくて、
反論できないんじゃないんですか?

>何も無理に分る必要はない(あなたの自由だから)。
何度も何度も何度も何度も、指摘してますが、
あなたが、「これは真実である!」と主張するから、その根拠を聞いてるんです。
まあ、ウルトラマン実在論並の根拠しか無いから根拠を語りたく無いのであれば、
主張するのを止めるか、オカルト板に移住なさってください。

340 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 14:34:41 ID:UXVEnBej
>>319
>悪魔というのは自己意識の葛藤の表現ではないか?という程度ですよ。まっ、信じてもあまり害はなさそうなので
あのな・・・、
「輪廻(或いは転生)」に関する記述が仏典にある。
「(悪)魔」に関する記述が仏典にある。
どちらも、その記述の仕方においては等価だ。しかしお前は、
前者は現象界の(“一切”の中のw)事実であり、後者は >自己意識の葛藤の表現 と言う。
前者が現象的事実であり、後者が譬喩的文章表現であるとする基準は何か?
と、何度も何度も問うたよな?
で、後者が譬喩表現であるなら、前者もその可能性があるだろ?という指摘も多方面からされてたよな?
で、お前はそれに対して何と答えているかと言えば、「その弁別基準は神智学である」と。
そのお前が、「仏教仏教仏教仏教」と呪文のように繰り返すことがおかしいと言ってるんだよ。まだわからんか?


>>318
>つまり、ゴータマに始まって以来、歴史上〜今日においてまで、
>誰も仏教とは認めないような見解であるとして、これを認めたのですね!
>てか・・その辺はとっくに潔く認めていましたか・・・
大乗仏教の歴史が、(いや、2500年の仏教の歴史自体が)、≪リニューアルの歴史である≫ことに気付けw

ああ、そうか、だから大乗排斥運動に邁進してるんだったなw 忘れてたよ。悪い悪い・・・(^^;

341 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 14:35:40 ID:UXVEnBej
>>318
> ---では涅槃の境地を自覚しているのは一体、“誰”なのか?
いいか、それをまさしく顛倒妄想と言うんだよ。
そのような主体が消去されているのが涅槃なのだから・・。
「我という思い、我ありという思い、我がものという思い」そのままじゃねーかw
「私の(我の)涅槃」を求めてどーする?w
誰が見ても、まさしく三つ目【「私の(我の)涅槃」という思い】じゃねーか?w

片山さんの板書を再掲しとこう。(十分だろ?w)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/165

その他関連するやりとりがあったので、参考にそのURLも。
問)http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/697
答)http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/165
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/274
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/275
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/294
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/694
  http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/704
  (http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1247232994/241

342 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 14:36:40 ID:UXVEnBej
>>318
>しかし、仏教徒を自称しながら、したり顔で唯物論を語るというのは、どうにも戴けない
いちいちこのように言われるのがウザいから、私も外道を自称したろ?
君と同じ(>>325)だよw 君だけは特別なのかい?www
ジャイアン理論かよw
「のび太のくせに生意気だぞ!」「唯物論者のくせに生意気だぞ!」
で、ジャイアン自身(オカルティスト)は、そのポジションが自己中的に保護されている、とwwwww

キタキタwww >>336  「お〜れは、ジャイアン♪ ガキ大将♪」ってか?wwwwwwwww

 ※ついでに、極個人的見解を述べれば、(一代氏は猛反発しそうだがw)、
  私は「唯物論的視線を持ちつつ仏教徒足り得る」「仏教徒が唯物論的見解を持っても良い」と考えているし、
  それは昔から今も変わっていない。そして【根本義と抵触しなければw】【神智学とも共存し得る】と思っているよw
  ※現に、釈尊在世当時の在俗信者達は、複数の教え・思想(≒宗教)に帰依していたのだからw
    以前の思想、以前の日常行為(祭祀儀礼含め)を打ち捨てたのは出家比丘のみだ。
    ※ちなみに、六師のアジタは厳密には現代でいう唯物論ではない。
     便宜上(説明し易いから)その語で括っているだけだ。それは他の5人についても言える。
     今ある名称・括りに当て嵌めるならば、と言うことだ。この一歩引いたスタンスをとれるかどうかで、
     それぞれに対するアレルギー反応は抑えられることだろう。宝珠のように過敏にならずに済むw
     また、六師外道の説は≪【その全てが】【排除されている(→仏教内部に存在しない)】≫ということではない。
     共通項は数多くあるし、何よりも、二大弟子に付随して入団した多くのサンジャヤの徒の影響が無い筈が無い。
     また、舎利弗がその長所を取り入れない筈が無い。そして、自身は、短所を排そうとしただろう。
     彼亡き後、デメリットが浸食を始めなかっただろうか・・・。  (妄想が過ぎるな・・やめとこう・・・w)

※印、一つ目三つ目は勢いで書いた。 かなり反省しているwww

343 :前々スレ10:2009/11/21(土) 15:07:46 ID:lvHQsaE2
>>337
それは、如来蔵思想という……(ry

まあ、そこは置いといて、
気が付くこと自体が目的なんですか?
なんで「自身に内在する仏性に気付く」事を目指す必要が有るんですか?

そうではなく、貴方が「結果」としている「苦の無い生き方」の方が、目的なんじゃないですかね?

344 :前々スレ10:2009/11/21(土) 15:09:38 ID:lvHQsaE2
>>338
貴方が言ってる事は、
「釈尊はAを説き、「別のA」は説かないといっている。
AとBがある。A以外がBである。
そして、B(A以外)は「別のA」ではない。だから、Bを釈尊は説いたんだ。」
と言う事ですよね?
詭弁が過ぎます。
Bを説く事や、BをAと合わせて説く(A+B)ということは、
まさしく「別のA」を説く事であると、散々指摘しているんですが……

また、別の角度から見てみましょう。
「別の一切」の特徴は、根拠が「彼の知識(知覚) 領域を越えている」事です。
貴方の主張する「一切外(=現象界を超越したもの)」こそ、
まさしく、知覚領域を超えた「別の一切」ですよね?

また、引用の意図が意味不明です。
「時代が下るとともに、釈尊の意図に反して、「一切外」も「一切」に含めてしまうようになった」としか読めないんですが。

345 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/21(土) 15:20:12 ID:GBzBD6m/
>>340
>「輪廻(或いは転生)」に関する記述が仏典にある。
>お前はそれに対して何と答えているかと言えば、「その弁別基準は神智学である」と。
>そのお前が、「仏教仏教仏教仏教」と呪文のように繰り返すことが
>おかしいと言ってるんだよ。まだわからんか?

輪廻転生を理解している仏教徒(実際、仏教徒の大半/9割か?)は、
“何も神智学に拠って”これを認めたわけではありません。
この私も神智学に拠ってではない(生まれつきの自然認識です)。

 >「(悪)魔」に関する記述が仏典にある。
>後者が譬喩的文章表現であるとする基準は何か?

感性の問題www
いやいや、これについても悪魔の正体は経典内で明かされていると、
この私は指摘しました!

もう、お忘れ???
「愛執と嫌悪と貪欲という三人の魔女」
「色受想行識の五蘊が悪魔」です。
他にも探しますか?
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/770

346 :前々スレ10:2009/11/21(土) 16:34:53 ID:lvHQsaE2
>>345
>生まれつきの自然認識です
だからですね、この発言は、「私の言う事は正しいから、輪廻も正しいんだ!」という、麻原尊師と同じレベルの主張です。

そして、貴方は、「自分の意見に賛成しない者は仏教徒に非ず。なぜなら、私の意見は正しいからだ!」としか言って無いんですよ。

自覚なさってます?

347 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 17:40:21 ID:UXVEnBej
>>345
>もう、お忘れ???
そうか。それは失礼した。
付き合いも長くなってきたんで、どうやら、君のスタンスを単純に図式化し過ぎていたようだw
少し反省しておくよ。


悔しいのでw少しつついておくと、
>輪廻転生を理解している仏教徒(実際、仏教徒の大半/9割か?)は、
>“何も神智学に拠って”これを認めたわけではありません。
だろうね。 《 >仏教徒の大半/9割か? 》は、
「お経にそう書いてあるから」だろうね。
「お坊さんが、そう言ったから」だろうね。「お坊さんが、“お経には、このようにあります”と言ったから」だろうね。
或いは、「(古の)師匠がそう言ったから」だろうね。
自分で確かめた人は居ないだろうね。
で、《 >“何も神智学に拠って”これを認めたわけでは 》 → 神智学とも無関係、と・・・。
そうなると神智学に拠らない説明体系が必要になりますね・・。
仏教に於ける説明体系は、縁起一代氏が繰り返し提示されるものとなるが、
ブラックボックスが残ることを避けられない。
さて・・、神智学にも仏教にも拠らない説明体系の構築は可能なんでしょうか?
仏教徒であるか神智学徒であるかキリスト教徒であるかイスラム教徒であるかetc.を問わず、
(そう、>>305-306のようにw)一人の例外もなく、万人が巻き込まれる輪廻&転生であるなら、
その方向が模索されるべきだろう?
どう思う? やっぱり神智学で説明するしかない、と考えるかい?w

 ※それともやはり、神智学でもブラックボックスは撤去できないか・・・?

348 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 18:08:22 ID:JeI3iUgd
>>327
>ついでに、全ての苦の根源が生存本能である事をみとめてらっしゃるなら、
>その生存本能を滅すれば苦も滅する事も認める事に成ると思うんですが。
>少なくとも、生存本能に従っても、苦が生じるだけである事に成りますよね?

当たり前のこと。死ねば、感覚器官も思考器官も消滅するから、苦も消滅する。
苦は、生存本能に対する障害。釈迦は、「生きたかった」から、苦の消滅を説いた
のである。すべては、彼の生存本能に発する。

釈迦の誤りは、「楽」を忘れたこと。「苦楽」は表裏の関係にあることに思い至って
いない。健常者である生活者は、すべてそのことを知っている。

349 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 19:02:57 ID:UXVEnBej
>>348
ま、しょうがないか・・。
御隠居の場合は、最初から拒否してるんだから・・。

たとえば、濁流の中、人は皆二本の足で踏ん張って立っている。
美しい在り様だよ。禅が称賛する姿だし、「ヴェーサーリーは美しい」ともシンクロする。
まさに、苦楽相俟って「人生」が構築される。 御隠居がこれを言いたいというのはよく解る。
このこと自体を愚かで無価値だと言うのではない。
しかし、流れに押されしんどい時もある。つらい時もある。
大切な何かが手元から流されてしまうこともあろう。
この時、やぐらを立てて水の上に上がりましょうというのが仏教だよ。
「それらの苦を根本的に脱するならやぐらを立てなさい」と。
 (「“流れの中にあること”を受け入れ、“流れに抗し得る踏ん張り”ができるなら、そのまま維持しなさい」と。
  「それを厭うならばやぐらを立てなさい」と。)

そして、やぐらの上からの視線として、「苦楽はどちらも苦の一側面である」という勝義がある。
「世俗の苦楽」を一緒に括る上位カテゴリーとしての「苦」がある。
だから「一切行苦(一切皆苦)」だ。

御隠居は、この「やぐらを立てる行為」それ自体を批判しているのだから、
これまた、平行線が交わることはない・・・w

350 :閻魔大王:2009/11/21(土) 20:08:58 ID:bat01Ee7
>>325
>正しい仏教理解を得たい人は、折空氏や縁起一代氏の投稿を読むことですよ。

縁起一代とやらの論考については質問箱23スレや中観仏教Uで検討批判済み。
基本的な間違いを指摘しておいた。
彼の事前のコメントと反対または無関係な内容の引用ばかりで、インチキ・大袈裟を指摘しておいた。

宝珠はウダーナ8:3はじめ、同じ誤りをなんども懲りずに繰り返すなあ(>>322)w
8:3は“生じる⇔生じない”の二項相対をではない中道(月)を、言語という相対分別(指)で示そうとした苦心の表現だ、と何度いったら解かるんだ?
そもそも「中道」=不生不滅がまったく掴めていないことを自白したのに等しく、
要するに仏教が全く判っていない概念(指)主義者にすぎない。

折空氏や縁起一代氏も同じく概念仏教主義者にすぎない。
>正しい伝統仏教
 意味不明。
 何が「正しい」のか、「伝統仏教」とはなにか、なぜこんなに分派があるのか?
 要するに、業報輪廻転生を検証なしに説くことが>正しい伝統仏教と御都合主義で解釈しているだけだ。

「正しい」とは勝義からの還減をいう。
宝珠や折空が仏教的な悟りに達していることを示す必要がある。
俺は今までこれが「正しい」という表現を使ったことがない。
かりに悟っていたとしても、使わないだろう。


351 :閻魔大王:2009/11/21(土) 20:13:59 ID:bat01Ee7
>>322 宝珠
ウダーナ8:3については(勝義だから)以下を再掲しておく。
⇒中道
色即是空
空即是色
『世間(生死の世界)には涅槃といかなる区別も存在しない。
 涅槃には、世間(生死の世界)といかなる区別も存在しない』(龍樹 中論25-19)
『涅槃の究極なるものは、すなわち世間(生死の世界)の究極でもある。
 両者のあいだには、最も微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない』(同上25-20)


352 :前々スレ10:2009/11/21(土) 20:23:32 ID:lvHQsaE2
>>348
>苦は、生存本能に対する障害
いや、そうじゃなくて、「生存本能」に対する「本質的にどうしようもない障害」が「原因」で、苦が生じるんじゃないかと思いますが?
そして、生存本能に障害がある事が、苦の原因で有るなら、生存本能と一体になっても、「障害」が解消されない限り苦はあり続けます。
ですから、本質的にどうしようもない障害は変えようも無いので、釈尊は「生存本能(無明)」を滅する事を主張したんじゃないですかね?

ついでに、釈尊は苦楽が表裏一体である事から、「楽」も「苦」変じるものに過ぎないと理解し、「一切皆苦」であると説いているんだと思います。
ちなみに、「苦楽の苦」と、「一切皆苦の苦」は、似ていますが、厳密には別概念です。
苦楽を両方包含している概念が、「一切皆苦の苦」です。
つまり、釈尊は「楽」を忘れているわけではありません。


そもそも、貴方の言う、「苦は、生存本能に対する障害である」と言うのは、どういう事を指し示しているんですか?
そして、貴方の言うとおりに、生存本能に忠実に生きると、どうしてその「苦と言う障害」がなくなるんですか?
例えば、一番の苦は「死」ですが、生存本能に従って生きると、「死という生存本能に対する障害」が無くなって、死ななくなるんですか?
少々、既存の仏説とはかけ離れた説に思えますので、詳説していただけますか?


353 :閻魔大王:2009/11/21(土) 20:54:44 ID:bat01Ee7
>>322 宝珠
俺は口は悪いがけっこう親切だから、宝珠の誤解を解いておく。

「一切」とは経験的に検証しうる現象のことをいうんだよ。
通常の人間なら確認できることだ。
だから「一切外」とは戯論(形而上学的言辞)なのであって、「無記」だから
マトモな仏教は相手にしないんだよ。
→世間(生死の世界)には涅槃といかなる区別も存在しない(中論25-19)。
宝珠のいう「無為」は戯論であることに他ならない。
ちなみに、業報輪廻転生論は検証不能の戯論である。
だから逆に検証不能の業報輪廻転生論はまさに戯論であって、『法』ではない。
戯論であるがゆえに説かれない⇒本来『無記』事項なのだ。
マールンキャープッタ経についても同趣旨なのはいうまでもない。

ちなみに、俺はサンジャヤは非常に知性の高いサマナで、その不可知論については合目的的で高く評価する。
サンジャヤは現象世界を貫く客観法則の存在に絶対の自信をもっていたが、
わからないことはわからないと言う勇気の持ち主でもあったのだ。
そうでなければサリープッタやモッガラーナは惹かれないだろう。
ブッダは両名を通じて、サンジャヤから多くを学ばれたと推察する。


354 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 21:26:15 ID:S9Tev2vM
>>352

私は、仏教徒でもなければ、他の如何なる宗教の信者でもない。「生存本能(生命)」という、すべての宗教を
超越した、「普遍の基盤」「究極の根源」から論じている。

>そもそも、貴方の言う、「苦は、生存本能に対する障害である」と言うのは、どういう事を指し示しているんですか?
老病は、生存に対する障害。死は、生存の消滅だから、障害の最たるもの。「生」は「生まれ出る苦しみ」と
解する。胎児は、出産時には、多くの障害を越えなければならない。

>そして、貴方の言うとおりに、生存本能に忠実に生きると、どうしてその「苦と言う障害」がなくなるんですか?
楽と苦とが表裏一体なら、苦がなければ楽も無い。ブスがいなければ、美人は存在しない。釈迦が苦ばかりを語り、
それと表裏一体の楽を語らなかったことは、彼の誤りか、または少なくとも大きな誤解を招く。人類は、その生存
において、苦よりも楽が大きいからこそ、現在まで存続しているといえる。釈迦は、生存本能が強すぎたためw、
その障害としての苦を、特に敏感に感じたのかも知れない。

>例えば、一番の苦は「死」ですが、生存本能に従って生きると、「死という生存本能に対する障害」が無くなって、
>死ななくなるんですか?
死があるからこそ、生が存在し得る。生が一度きりであるからこそ、生が尊く、生が輝く。希少品は、常に貴重で
ある。「永遠の生命」は、「永遠の地獄」と同義である。

その他の点については、「すべての人間に共通する唯一の普遍の事実」「すべての根源」としての生存本能(生命)
を基盤として思考し、回答を見出して欲しい。

355 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 21:40:12 ID:qb37ri19
>>354への追加

個体の死という「新陳代謝」がなければ、人類の種属としての生命の維持は不可能である。この地球上に
人間があふれ、生存が不可能になるからである。

356 :前々スレ10:2009/11/21(土) 22:30:44 ID:lvHQsaE2
>>354-355
え〜と、まず前半の、、「苦は、生存本能に対する障害である」についてですが、
貴方の主張は、「四苦が障害になっている」と言ってますが、
実際には、「病気と言う障害によって、「病」と言う苦が生じる」事を言ってるに過ぎないと思います。
まあ、この辺は「苦」の定義の問題も有るんで、これ以上は突っ込みません。

次に、
>楽と苦とが表裏一体なら、苦がなければ楽も無い。
と言っていますが、「どうして、生存本能に忠実に生きると、苦が無くなるのか」と言う質問の答になってません。

>釈迦が苦ばかりを語り、それと表裏一体の楽を語らなかった
既に指摘済みですが、釈尊は「楽を語らなかった」のではなく、
「苦楽は表裏一体で、楽も含めた一切はみな苦(上位カテゴリーの苦)である」と説いたわけです。

後半は、生命の尊さを語っていますが、
私の「生存本能に忠実に生きると、どうしてその「苦と言う障害」がなくなるんですか?」という質問に全く答えていませんね。

以上、頓珍漢な回答ばかりで、全く回答になっていません。
私の質問にアンカーしてレスするなら、質問に答えてください。

357 :神も仏も名無しさん:2009/11/21(土) 22:54:17 ID:+Sfcjw2g
>>356
病老は、生存を脅かすから苦が生じる。生存を消滅させる死が、最大の苦で
ある所以。

苦がなくなることはない。苦がなくなれば楽もなくなるのらナンセンスである。

生存による楽は、生存による苦よりも常に大きい。だから人類は生存と続けて
いる。自殺する人は、苦に敏感なあまり「生きたくても」生きられないからで
ある。

釈迦は、苦の苦を語るだけで、楽の楽は語っていない。「苦苦苦」だけである。

あとは、自分で、生存本能(生命)を基盤として考えてくれ。

358 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 06:10:33 ID:ES/gTY8C
>>334
>石飛先生の著書は……、私はお勧めしませんね。

論理学(に対する理解と説明)がどうこうの話ではなく
(そんなどっかの一個人による書評の受け売り等々じゃなく)、
石飛氏による無我説の誤解について論考と解説などについての価値についてですよ。
私には、縁起一代氏が絶賛する理由はわかりました。

あなたは自分で直に読んでそれをいってるのか?
ならば、書名と頁数と引用をあげて、どこがどうダメなのかを具合的に指摘をお願いします。
ズーと待っています。

359 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 06:11:30 ID:ES/gTY8C
>>346
>自覚なさってます?

はい、大いにしてますwww

何故なら、認めたくない者はそうする権利があるからです。
ていうか・・たとえ強制力によっても人の心の中までは変えられないからです。
あなたが認められないから、そうすればいい(それだけのこと)。

証明など、どんな人間にもできないのです。
できるのは唯一、解脱者(もしくは近しいレベル)のみであって、
なぜならば、言葉や理論を超えた現象を相手に示す能力を保持するからです。

このようにして度々、これらの大聖者たちは唯物論を超越した超自然なる事実を見せてきたのです。
そこに居合わせた幸運ある限られた者たちは、己れのこれまでの無知蒙昧を恥じ、
そして聖者たちに対するそれまでの罵りを悔い改め、地に頭を擦り付けて平伏してきた。
けれども、これらの体験者たちもいずれはこの世を去っていく・・・。
当時の出来事(奇跡)は、ただの伝説に過ぎないものとして軽んじられ、いずれ忘れられていく・・・。
こうして、再び唯物主義者たちが徘徊して、その数を増していくのです。
またしかし、頃合を見て大聖者による示し(現象)があり、彼らは平伏すことになる、と。
この繰り返しが人類のこれまで体験してきた歴史(の事実)なのです。

まっ、大丈夫ですよ。
私には言葉による説明しかできません(よって証明ができない)が、
いずれ近く、再びこのような“示し”があるでしょう!
あなたには、それまで否定を続ける権利があります(時間の問題というだけ)w

360 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 06:12:23 ID:ES/gTY8C
>>350
>縁起一代とやらの論考については質問箱23スレや中観仏教Uで検討批判済み。
>基本的な間違いを指摘しておいた。

ほ〜随分と偉そうだなぁ、ハハハっwwwww
まっ、確かにパワーupして帰ってきた感は出てるねぇ(大王よ)^^

>>351
あなたの説明など・・・
伝統仏教者(南伝をはじめ正しく知ってる仏教者なら他の諸派においても)はもちろんのこと、
正統な学術的支持すらも与えられることはありませんね。

では聞きます。
あなたの主張を支持するという仏教諸派や
僧籍にある者や著名な仏教学者の名をここに挙げてみて下さい!
必ず〜宜しくどうぞ^^


>>353
>俺は口は悪いがけっこう親切だから

はい、宜しく^^

>「一切」とは経験的に検証しうる現象のことをいうんだよ。--中略--
>マールンキャープッタ経についても同趣旨なのはいうまでもない。

ゴータマは形而上の事実については議論ではなく、“修行による実体験”を説いたのです。
あなたの話はニルヴァーナすらも否定するものです。
“修行による実体験”をしない、目指さない者たちにとっては「確認する手段がない」という意味です。
もう、そろそろ解りましょうか!

361 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 07:00:19 ID:s6lMeLLo
とりあえず来世に期待

362 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 07:01:25 ID:ES/gTY8C
>>341
>> ---では涅槃の境地を自覚しているのは一体、“誰”なのか?
>そのような主体が消去されているのが涅槃なのだから・・。

これについては議論する気(でも散々やったような^^)にもなれませんねw
ここがあなた(セブン)の限界点だからです。

では、あなたの理解によれば、
“涅槃とは自覚できないもの”という定義ということになりますよ。
「涅槃とは(到達した者が)自覚できないもの」などというゴータマからの教えを経典から提示できますか?
こちらは(これを自覚できるものとして)してきましたから。

>>347
>付き合いも長くなってきたんで

そそう!
1周年(貶され続けて1年)を超えてしまったよぉ^^
〜誰からもお祝いがないが・・・w
セブンはその最初期からの有難い論客ですから(盛り上げの功労者には間違いないwww)。
本来であれば、酒の一杯でも交わしているところでしょう。ホントかぁ(ノ^^)ノ

>自分で確かめた人は居ないだろうね。

縁起一代氏によれば、南方にはいることになってる。
ま〜輪廻現象について体感できるレベルの大聖者はいたのではないか?(今も)
私もこれ(の可能性)を否定しません・・・。


363 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 07:03:03 ID:ES/gTY8C
>そうなると神智学に拠らない説明体系が必要になりますね・・。
>どう思う? やっぱり神智学で説明するしかない、と考えるかい?w

理論によってではなくて、
私はいずれ科学的な検証(それは、もう始まった)は進むものとみています。
つまり、少なくとも輪廻転生を想定しなければ説明がつかない事例
(偶然そのように見えるだけではない)についての事実確認です。
確かに、科学者たちはそれについての直接的な説明をできないかもしれませんが、
>>279的な方向性の理論を発展させて“納得していく”でしょう。
そして、同時に科学者たちは科学としての限界性についても自覚するのです。

たぶん唯物仏教者らよりも、間違いなく科学者の方が先に超自然を認めることになるでしょうね。
結果として、超自然というものはなく(それは科学の未発達な頃の規定概念である)、
事実は、これまでの濃密物質科学での古典的概念が崩壊する進歩だからです。
そして、「心」と「物質」についての古くからの対論にも終止符が打たれます(垣根の崩壊です)。

>※それともやはり、神智学でもブラックボックスは撤去できないか・・・?

理論上の未解明部分というのは殆どありません。
そのための神智学なのであり(諸宗教とは違う)、これはそのために“出現した叡智”だからです。
尚、体験確認は別問題です。

逆に、ここには有り余るほどの解説が提供されており、今後の更なる特別な提示というのはないのですw。
これは個人の理解とレベルに応じて、初歩の人にはそれに応じ、聖者レベルにはそれにまた応じて、
科学者レベルにはまたその人の知識と理解に応じて、いくらでも学習に寄与できるものです。
諸宗教の仏典や聖典ならば私も読めばその意味をある程度は理解しますが、
けれども神智学は難解なのでそうはいかない。

どういった感じで“つづき”を投稿するか・・・思案中です
(正直、かなり困ったな^^)。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255484423/l50

364 :前世は一在家:2009/11/22(日) 08:30:22 ID:fusRSj7c
現代科学では真空中の光の速度は毎秒30万キロメートルと
言われております。

龍樹の「八不」的に言いますと、「去りつつある光は去らず」と
なりますが、現代科学者に「光は運動しません」、「時間はない」
と言ってみたら宜しいかと存じます。>唯物論者&中観派

「因果の法」を説いた釈尊は正しく、「因果の法」から「運動」と
「時間」を抹消した机上空論の方が唯物論者の多い科学者から見て
誤りだと言えないでしょう。

本スレタイの「輪廻」は「因果の法」を前提にしておりますので
少しこだわって明記しておきたいと存じます。


365 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 08:32:34 ID:kkh9Dd8H
しかし、あっと言う間にメチャクチャ進んでるな。

大半が宝珠の願望&妄想告白かい。
ホントに進歩のないバカだね。
科学が進歩して、今に輪廻転生を実証する?
それは単にお前の願望に過ぎないと何度言ったらわかるの?
お前は>>279 の書き込みをやたら評価してるみたいだが
突っ込んでいいの?スレ違いになるんで、スルーしてたんだがね。
んじゃ、まず、軽く「光速を超える情報伝達を認知すると虚数時間にダイブする
ことになるが、なぜそれが三世の同時存在になるわけ?
まず、スタートのそこが全く説明出来てないんだよ、>>279
お前はそんな、基本的な問題点も理解できてなくて、
ただ、輪廻を肯定してるから、持ち上げてるだけだろ? 宝珠よ。

366 :前世は一在家:2009/11/22(日) 08:34:23 ID:fusRSj7c
>>363 宝珠氏
>間違いなく科学者の方が先に超自然を認めることになるでしょうね。
>結果として、超自然というものはなく(それは科学の未発達な頃の規定概念である)、

同感ですね、師から「科学と宗教は収斂する」と伺っております。



367 :前世は一在家:2009/11/22(日) 08:40:55 ID:fusRSj7c
前世記憶者の中には古代サンスクリット語を話す、普通の人も
含まれております。

科学がもう少し進歩して脳内イメージを現状より詳細に映像化できる
ようになった時、退行催眠で遡って前世記憶イメージがどのように
映るのか楽しみにしております。

まあ、今世紀中には脳内イメージの映像化は開発可能でしょう。
既に脳信号で直接義手ロボットを動かせるまでに科学もきております
ので。


368 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 08:44:51 ID:kkh9Dd8H
>>366 あのねぇ、少なくとも量力の分野では方向性は反決定論なの。
全ては波束の収束の累積と総体と言う認識が定説。
これは、実験的にも確認されてるわけ。

369 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 08:59:16 ID:kkh9Dd8H
>>367 だからね、たとえ脳内の状態変化の解析により、思考の映像化が
可能になったとしても「前世の記憶」が存在し、それが映し出される
なんて保証は全くないの。お前の言ってることは「前世がある」さらに「その記憶がある」という前提に
立った「願望」に過ぎないの。
宝珠と同じ「だったらいいな」と自分の願望を叶えてくれるドラえもんを待ってるだけ。
いい加減に「ドラえもん症候群」は卒業したら?

370 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 10:03:11 ID:nik0hVhN
真面目な話、
議論を放棄して「言葉では説明しえない。いずれは我々が正しいことが分かる」と繰り返すのみなら、スレッド要らないのでは?
宝珠さん、その他の転生肯定者の方。

もう議論は尽きたみたいだし、これ以上は平行線でしょう。
話を終わらせる勇気も必要です。

371 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 10:06:19 ID:ES/gTY8C
>スレ1/600
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/600

ちょっと気になったので一言だけ意見を述べておきます。

 『ここでクリシュナが問題としているのは,世界の創造主にして世界の一切を司る主宰神(イー
シュヴァラ)たるインドラと,各自の行為・業(カルマ)との関係です.
 ウパニシャッド文献や,仏教やジャイナ教といった沙門の宗教の登場以来,各自の運命を決める
行為・業(カルマ)の観念が体系化され,それにより生類が生まれ変わり輪廻するという思想がイン
ドの宗教において支配的となりました.業・輪廻の観念の成立です.
 しかし,業が全ての結果を左右するならば,運命を定める主宰神は無用になってしまいます.後代
の神学者・理論家が苦労するところです.
 業と主宰神との衝突は,後7世紀頃の聖典解釈学の理論家にして主宰神を否定する立場にあるク
マーリラが次のように指摘しています.
 『シュローカヴァールッティカ』「(語意)関係否定拒斥」章, v.72  もし,主宰神の欲求を[業開顕の
契機と]認めるなら,それ(主宰神の欲求)のみを世界原因とすればよい.なぜなら,主宰神の欲求
に[世界が]左右されるなら,業を想定するのは無意味だからである.』
(クリシュナの主宰神批判)http://blogs.dion.ne.jp/sanskrit/archives/2006-05-1.html

これは全部誤解によるものです。
業報の作用そのものがいわば「神」の力なのであって(言い換えるならば)、
“行為と非行為”の結果のすべてを規定するものです。従って、本当は矛盾なし。
そもそもが人格神的な扱いと理解がすべての誤解の元なのです。

372 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 10:15:41 ID:ES/gTY8C
>>370
対話もしてるし、説明もしてるでしょう!?
「証明はできない」(あなたが望むような)といってるのです。
何故ならば、これは自己体験していく世界だからです。
それが主観というものであり、外から他人が分るというものではないのです。
外からも分るものが超自然現象であり、聖者による神通と奇跡というもの。
しかし、私にはそれはないので説明しかできない、といってるのです。

「できる」(神通の発揮)という人もチラホラ投稿してたから、
実演してもらえれば有難いところです。
(このシリーズで、いずれはあるかも・・w)

373 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 10:31:54 ID:nik0hVhN
>>372
はい。
文字化できないなら文字でやり取りする必要無しです。
わかりますよね。

374 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 10:38:38 ID:nik0hVhN
あなたは、明文化出来ないということを明文化されました。
でしたら言葉でやり取りをする掲示板の終了宣言に他なりません。
超能力者など現れません。

それとも、もしかすると有意義な議論をしたいわけではなく、自分の信じるところの2chを使った宣伝がしたいだけなのでしょうか?

375 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 10:40:54 ID:kkh9Dd8H
>>372 説明してる?は?
お前は10氏の提示した疑義に「今執筆ちゅう」「時間がかかる」と全く回答する気配が見えないのだが?
もしかして、俺が見落としたか?
どこで回答を提示したのかな?
もう一度、書いとくか?
「転生、業論が真実であり、存在する『論拠を示した整合性のとれた論証』」
はい、お願いしますよ。
前にも断っておいたが、「単なる脳内の妄想や願望」は止めてくれよ。
キチガイの戯言には付き合いたくないのでね。

376 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 10:55:58 ID:nik0hVhN
>>372
体験すれば分かる。体験しなければ分からない。他人には説明できない。なぜならそれは体験者だけの主観なので言葉にはならないから。
超能力者が現れでもしない限りどこまで行っても内心の問題である。

これが結論ですね。いいでしょう。わかりました。結論が出たので終わりましょう。
信仰の独白ならご自身のブログでどうぞ。

377 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 11:12:14 ID:kkh9Dd8H
>>376 さん、「超能力者が現れて実証してくれるかもしれない。それまでは、言語表現による提示不可能。」
とこんなスタンスのバカだけとは限らないでしょう?
「もしかしたら」まともな肯定派が現れて、検討に値する論証を提示してくれるかもしれない。

まぁ、可能性は低いが肯定派全てが宝珠のようなレベルのものばかりと断定してしまうのも、可哀想な気がします。
「もう少し高レベルの肯定派」の登場を待ちませんか?

378 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 11:25:50 ID:GQ7XPOWk
>>371
>そもそもが人格神的な扱いと理解がすべての誤解の元なのです。

なら「天(天則)」とでも言い換えるべきですね。
「」づけじゃなく単に神、と書かれていれば上のレスもなかったのかもしれませんが。

379 :閻魔大王:2009/11/22(日) 12:08:47 ID:ZT70Rp4T
>>360 宝珠
もう、かなりアホくさい気分なのだが、
たとえば、縁起一代とやらのお得意の『梵網経』とやらをみてみよう。
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/16.html
>深遠で、 見がたく、了知しがたく、寂静で、勝れており、思考と思惟とを超えており、
>微妙で、賢者だけが理解できる諸法
これは当然だろう。
勝義から還滅する(空即是色)と正道の何たるかが掴める→空(正道⇔邪道の分別を排した中道):=無苦集滅道=仏智。
勝義諦は言語論理(→『思考と思惟』)を超えている(無分別智)中道なのは当然だ。
そこで、そのような勝義から還滅して、シャモン・バラモンの六十二邪見を批判するという構成になっている。
*シャモン・バラモンを宝珠その他自称「正当」南方仏教系(その実、オカルト苦行主義マハー・カッサバ教の部派末裔たち)、
在家とかのマヒカリ=カルトに読み替えればいい。

>ビクたちよ、これらのうちで、かれらシャモン・バラモンたちは
>・・・・
>六十二の根拠により、過去の限界(過去世)と未来の限界(未来世)に関して種々の浮説を主張するが、
>それはかれら尊敬すべきシャモン・バラモンたちが〔真実を〕知っておらず、〔真実を〕見ていないために感受されたものであり、
>渇愛に陥っているためにおののき狂躁したものにすぎない。

縁起一代の引用文によれば、ゴータマ・ブッダは宝珠とか寺和田とか在家とかのオカルト連中は業報輪廻転生論を主張するが
⇒<〔真実を〕知っておらず、〔真実を〕見ていないために感受されたものであり、
渇愛に陥っているためにおののき狂躁したものにすぎない>と批判している。

以上、逆に縁起一代引用のブッダは業報輪廻転生論批判であって、中論の趣旨(時制批判)と一致する。





380 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 12:25:27 ID:B2KrgEqo
>>349
>そして、やぐらの上からの視線として、「苦楽はどちらも苦の一側面である」という勝義がある。
>「世俗の苦楽」を一緒に括る上位カテゴリーとしての「苦」がある。
>だから「一切行苦(一切皆苦)」だ。

やぐらを立てて「高みの見物」か。それでは釈迦は「現実からの逃避」を教えた
ことになる。それは「生きている」ことではなく「死んでいる」ことである。
単なる現実逃避、自己欺瞞であり、それをやった途端に、「他者の苦楽を理解する」
能力の獲得と育成」、即ち「人間としての成長」は完全に停止する。

「一切行苦」は「一切行楽」と簡単に置きかえられる。釈迦は「一切行苦楽」と
いうべきであった。釈迦の「苦」の命題は完全に誤り。それは、忌むべきキリ
スト教の「罪」概念と、実質的には全く同じではないか。小乗仏教カルトがキ
リスト教カルトと強い親和性を有する原因である。

大乗の「煩悩即菩提」「生死即涅槃」は、釈迦のこの根本的誤りを是正した
ものである。

なお、勝義諦と世俗諦とを区別するのは、勝義諦か世俗諦か、それとも他の
如何なる普遍的基準か。竜樹は、このことについて「勝義は世俗諦によって
しか語れない」として、的確に批判している。結局、世俗を離れた勝義など、
在り得ないことになる。

日本の仏教徒なら、まず大乗を充分に学んで、釈迦の多くの矛盾と誤りを自覚
することが、先決である。「釈迦が言った、言わない」は、「真理」とは全く
無関係であることを悟られたし。

381 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 12:41:33 ID:EKuTW+6l
>>380
大乗仏教の方が、腹黒い、上から目線であることに気付かんとは・・・w

382 :析空:2009/11/22(日) 12:54:12 ID:I+cf9u/i
>>380
仏教で説くところの【苦】とは、「苦楽」の「苦」とは別物です。(と、いまさら指摘する必要があるか?)
したがって、一切皆苦は一切皆楽にはなりません。(いうまでもなく)

一切皆楽なら、そもそも仏教は発生しない。

383 :閻魔大王(1):2009/11/22(日) 12:56:02 ID:ZT70Rp4T
>>360 宝珠
もひとつ頼まれたことを忘れてたw
>あなたの主張を支持するという仏教諸派や 僧籍にある者や著名な仏教学者の名を
>ここに挙げてみて下さい! 必ず〜宜しくどうぞ^^

はっきり言って、俺の見解なんだから、他はどーでもいいことなんだが、
とりあえず、適当に見繕ってピックアップしておくと・・

*梶山雄一 浄土真宗教学研究所紀要第五号業問題特集、「業報論の超越」より
「業報・輪廻の理論は説一切有部を中心とする小乗アビダルマ仏教独自の思想であって、
釈迦牟尼自身の仏教や大乗仏教には決して見られないものである。」

*奈良康明博士
仏教は無我説を説くから霊魂は認めない。霊魂は輪廻する主体である。
だから仏教では輪廻は認められない。

*和辻哲郎「原始仏教の実践哲学」272頁〜
http://fallibilism.web.fc2.com/070.html

続く

384 :閻魔大王(2):2009/11/22(日) 12:57:34 ID:ZT70Rp4T
続き
*並川考儀「ゴータマ・ブッダ考」(後からの勝手な潜入増広は証拠にならない)
 宮崎哲弥の論評『『ブッダは輪廻をどう捉えていたのか。
 古層の経典では、確かに輪廻は業報と結びつけられ、積極的に説かれる。
 だが文献を精査すると、最古層の経典には輪廻(サムサーラ)という語は見出せず、
 「来世」や「再生」などの表現はみえるものの、いずれも否定的な文脈に限られている事実が突き止められる。
 つまり、ブッダ自身の輪廻観は飽くまで否定的であったと推すことができる。
 「無我なのにどうして輪廻という生死を超えた我の存続を認めるのか」との疑問が氷解するとともに、
 当時から流布していた輪廻という観念の因襲を、無我の思想を立てて解体しようとブッダはしていたのだ。』
⇒ゲマインシャフト的業報輪廻転生論をゲゼルシャフト的縁起の思想というアンチテーゼでぶち壊しに罹ったのがブッダの革命的な教えだったのだ。

その他 
*釈尊は輪廻転生説を否定した(小川一乗)
http://fallibilism.web.fc2.com/077.html
*波と海のたとえ─たとえ話の危険性(小川一乗)
http://fallibilism.web.fc2.com/073.html
*五蘊無我説─有身見の否定(小川一乗)
http://fallibilism.web.fc2.com/074.html
*「自性」の否定─『根本中論偈』の「自性の考察」(小川一乗)
http://fallibilism.web.fc2.com/086.html
*輪廻思想は仏教本来の思想か(舟橋尚哉)
http://fallibilism.web.fc2.com/078.html
*三時業説批判(角田泰隆)
http://fallibilism.web.fc2.com/079.html

その他、いっぱいあるでYO!



385 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 13:06:29 ID:mdsr6Wi1
>>381
スッタニパータを読んだだけでも、「上からの目線」だらけではないか。「正
しい、正しい」と繰り返すだけで、「正しさを判断する具体的根拠」は一切示
されていない。

「腹黒さ」も、さまざまな「衆生心(真如)」の一部。気にすることはない。
「腹黒さ」があるから「正直さ」「率直さ」が存在し得る。

大乗仏教には、少なくとも、釈迦のような精神病者は関与していない。ここが大違い。

386 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 13:07:19 ID:kkh9Dd8H
まぁ、間違いなく「それらは、仏教を理解していない三流学者の経典の誤読による間違った学説ですね。」

とこのようにレスするね、宝珠は

自分の見解にあわないものは全て、誤読、誤解と断定するからね、宝珠は

387 :閻魔大王:2009/11/22(日) 14:06:49 ID:ZT70Rp4T
>業報・輪廻の理論は説一切有部を中心とする小乗アビダルマ仏教独自の思想であって、(>>383)

この梶山博士の指摘は、俺の仮説である第一次結集におけるオカルト苦行主義者(実質ジャイナ教体質)
マハー・カッサバの強烈編集によるブッダ像の歪曲説を支持するものかもしれない。
ブッダ⇒サリープッタの徹底縁起思想路線は、溶暗神秘主義宗教性のベールで緩慢な死を迎えさせられたのだ。
現に、ブッダの死後の儀礼にかかずらわずに修行せよとの遺言に反して、
仏舎利や塔婆を建て、遺骨の奪い合いをやり・・・マハー・カッサバやアーナンダがこれを止めようとした形跡はない。
すでに葬式儀礼「仏教」がブッダの死直後に始まっているのだ。
南方小乗アビダルマ部派はマハー・カッサバ教の劣化末裔だろう。
釈迦仏教である保証はない。

「縁起の思想」の徹底と溶暗宗教性オカルト主義の排除いうコンセプトから、
原始仏典の徹底的な洗い直しが必要なのではないか。
そうでなければ、誤解されたままでは
ブッダも浮かばれないだろう。


388 :閻魔大王:2009/11/22(日) 14:28:01 ID:ZT70Rp4T
ちなみに宝珠らオカルト主義者は、アートマンを認める実質ジャイナ教のオカルト苦行主義マハー・カッサバ教を
釈迦仏教であると誤解規定して、仏教におけるオカルト業報輪廻転生論を主張する謬論といえる。
しかし、ゲゼルシャフト的商品交換社会における、バラモン主義の亡霊である前世とか来世などの妄想(<<379)から開放された、
真に自由な人間像を提示されたブッダの教えとは水と油だろう。
背景とする人間像がまるで違うのだ。


389 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:23:50 ID:Zi+kdFNj
>>358
いくつか事前に謝っておきます。

@朝っぱらから(11/22(日) 06:10:33)ズーっとお待たせしてしまったようですが、
まあ、4スレも待たせている貴方より、遥かに早いレスなんで、ご容赦を。

A前に、「書著は余りに下らないんで、ゴミ箱に捨てた」と書きましたが、
ゴミ箱をあさったら、出てきました。(こまめに掃除しろ!と言う批判は甘んじて受けますw )
「本を捨てたんだろうから、正確な引用は無理だろう。引用しろといって、困らせてやろう」と期待させてしまったことお詫びします。

B下らない本を延々引用するのも馬鹿らしいので、書名、頁数のみを示します。
(以下括弧の中の数字が頁数)
勿論、石飛氏の著書はお持ちで、読んだ上で擁護なさっているんでしょうから、それで十分かと。
まさか、読んでないのに、擁護なさっているわけでは無いでしょう?
まあ、「そこは重要だから全文引用しろ!」といわれれば、引用します。

C私が読んだ本と、析空氏が薦めた本が違いましたら、訂正お願いします。
まあ、この程度の本を書く人が、他の著書で、打って変わった素晴らしい論理展開をしているとも思えませんが。

D本の中には、突っ込みきれないぐらいヘンな部分が大量にあります。
残念ながら一々突っ込んでると、1スレ使い切ってしまいますので、致命的な部分にだけに突っ込みます。

Eちなみに、私が批判しているのは、石飛氏の論理であって、仏陀が一切知者ではないと言っているわけではありません。

Fスレの皆様へ。愚者宝珠さんのご要望で、下らない本の事を、長々書きますが、ご容赦の程を。

390 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:24:44 ID:Zi+kdFNj
>>358
さて、私が批判した本は、「仏陀の論理学 五つの難問」講談社選書メチエ 石飛道子著 です。
>>324で、析空氏が「不可論者ではなく「一切知者」であることを【論証】している。」といっていたので、これであってるかと思います。
この本は、「真理表には穴が有る」(41)と言う事を根拠に、全ての論理を展開しています。
しかし、真理表に穴なんかありません。
よって、この本の全ての理論は崩壊します。

以上。Q.E.D.










……真面目にヤレ!と言う宝珠愚者さんの声が聞こえた気がしたんで、
気が進みませんが、真面目にやります。

391 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:26:17 ID:Zi+kdFNj
>>358
一応、本の論理の概要をおさらいしましょう。

石飛氏は、『一切知者』の定義を、
「世界を貫く論理を知ったもの」であり、「どんな事柄を持ち出されても理法に従って説明できる」としています。(23)
そして、「現代論理学は『時間』を上手く扱えない」(32)として、
現代論理学では、因果関係を表す論理記号が無いとしています。
一方、「真理表には穴がある」(41)と考え、
その「穴」と、仏陀の因果に関する公式(57)
@これあるときかれがある
Aこれが生ずるからかれがしょうずる
Bこれがないときかれがない
Cこれが滅するからかれが滅する
と「真理表の穴」を比較すると、
PとQが共にT(真)である時にT → @A が対応
PとQが共にF(偽)である時にT → BC が対応
している為、この現代論理学の真理表で語られていない「穴」こそが、仏陀の発見した因果関係であると主張します。(56〜69)
よって、現代論理学でも未だ発見されていないような「因果関係」と言う論理関係を発見した仏陀は、「一切知者」と呼ぶにふさわしいと結論しています。

以上が石飛氏の論旨を要約したものです。

392 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:27:47 ID:Zi+kdFNj
>>358
さて、致命的な問題点は、石飛氏は「論理学の真理表」について、何も理解していないと言う事です。
真理表は、PとQと言う命題があり、その両者をある論理記号でつないだ時に、
PとQの真偽の挙動によって、論理記号でつながれた命題が真偽のどちらの値をとるかを表にしたものであり、論理記号の定義となっています。
逆に言えば、真理値を見れば、PとQをつなぐ論理記号が解るわけです。
さて、PとQそれぞれが真偽のどちらかをとる場合、その組み合わせは、TT、TF、FT、FFの4通りあります。
石飛氏が「穴」と主張するのは、それに対応する真理値が、「T、T、F、T」の場合です。(43)
さて、これをよく見てください。
これは、Q⇒Pの事ですよね?w
全くもって、普通の論理学の範囲内で、どこにも「穴」などは存在していません。

そして、石飛氏は、PとQの、TT、TF、FT、FFに対応する4つの真理値のうち、TTと、FFの場合だけを抜き出して、
仏陀の因果関係と対応しているから、仏陀の因果関係こそ、この「真理表の穴(TTFT)」にあたる論理記号だ(62)と考えていますが、
真理表は、4つ全てに対応していないと、全くの無意味です!
しかも、真理値のうち、二つだけが対応すれば「仏陀の因果関係」に対応すると考えた為、
含意(TFTT)、等値(TFFT)も、仏陀の因果関係の論理記号に含まれるとか言い出す始末……。
もはや、致命的な間違いどころか、中学生にも劣る理解であり、この本を自主回収していただきたい位です。

393 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:28:29 ID:Zi+kdFNj
>>358
そもそも石飛氏が「論理学には穴が有る」と考えるようになった根拠の、
「現代論理学は『時間』を上手く扱えない」(32)についてですが、
これも完全に誤解しています。
石飛氏は、P∧Q(PかつQ)を、日本語の「そして」に置き換えて考えて、「そして」は時間を含意している為、論理がおかしなことになるとしています。(32)
この論理のおかしな点は、「∧(かつ)」と言う、元々「時間の含意の無い論理記号」を、
意味が似ているからといって、「そして」と言う「時間の含意した日本語」に翻訳してしまった点にあります。
つまり、自分の間違いなのに、論理学の責任にしているわけです。

394 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:29:17 ID:Zi+kdFNj
>>358
さて、本当に突っ込みどころ満載の本で、まだまだ突込みが足りませんが、
宝珠愚者さんもズーっとお待ちでしょうから、致命的過ぎる部分だけを簡単に抜き出しましてみました。
最後に、この本の一番間違っている部分を引用しましょう。
1ページ目の前書き


「私は仏教を専門に研究する研究者でもなく、また、現代論理学の専門家でも無い」


…………なんで、こんな本を書いたんでしょう?w

395 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:30:19 ID:Zi+kdFNj
>>359
え〜と、貴方は、根拠も無いのに、自分の主張を繰り返すだけの麻原尊師と同レベルの人間だったんですか……。
もう少しまともな方だと思ってたんですがね。

>頃合を見て大聖者による示し(現象)があり、彼らは平伏すことになる
いつか超能力者が現れて、奇跡を示してくれるだろうとか……、あなたは、のびた君ですか?w

>私には言葉による説明しかできません
いやだからですね、「それ」を4スレ前から待ってるんですが……。

>>360
>ゴータマは形而上の事実については議論ではなく、“修行による実体験”を説いたのです。
是非ソースなどお示し下さい。
ちなみに、「仏陀が、修行をする事で、五感に寄らない超感覚を得て、形而上の問題に対応する事ができると説いた」と示せないと、貴方の主張は通りませんよ。

>あなたの話はニルヴァーナすらも否定するものです。
いやいやw
むしろ、涅槃は形而上のものではないと、指摘してるんですがw


396 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:32:30 ID:Zi+kdFNj
>>363
だから、「いずれ科学で証明されるだろう」と言うのは、根拠のない妄想ですよ?
幼稚園児が、「いずれ科学で、ウルトラマンの実在が証明される!」と言ってるのと同じです。
そして、何度も指摘してますが、>>279の方向性で、貴方の主張が証明される可能性は極めて低いです。
(むしろ否定される可能性のほうが高い)

>>372
>対話もしてるし、説明もしてるでしょう!?
アレが説明だったんですか?
今まで、「私の言う事は正しいから、輪廻も正しいんだ!」、
「自分の意見に賛成しない者は仏教徒に非ず。なぜなら、私の意見は正しいからだ!」としか言ってい無いと、
お認めになったじゃないですか。(>>359
他の方も指摘してますが、論理的説明(文字化)が出来ないなら、このスレじゃなく、オカルト板に移住してください。


397 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:33:20 ID:Zi+kdFNj
>>357
え〜と、苦の滅を目指さないんですか?

貴方の論理には、二つ、大きな問題点があります。
@ 生存本能に従うことで、苦がなくなるのは、「全てが自分の思うとおりになる」場合だけである。
つまり、貴方が全能の神で無い限り、苦がなくなることは無い。
A 生存本能に従えば、「生存による楽は、生存による苦よりも常に大きい」と言う保証は無い。
もし、必ずそうなると言うなら、根拠をお示し下さい。

ちなみに、人類が自殺しないのは、楽が苦を上回っているからではなく、「死という苦を避ける為」だと思います。
もし、楽が苦を上回っているのが、自殺しない条件だとしたら、アウシュビッツに入れられたユダヤ人は、即座に全員自殺してますよ。

398 :前々スレ10:2009/11/22(日) 15:33:29 ID:Zi+kdFNj
>>366
>科学と宗教は収斂する
そう主張する根拠は有るんですか?

>>367
何度も指摘してますが、脳内イメージの映像化が出来る事と、前世が証明される事は、別次元の話です。
「科学が進歩したら、証明されるはずだ」というのは、根拠の無い妄想です。

399 :初出2:2009/11/22(日) 16:44:49 ID:X9kfXrqm
>>279を書いたものだが、
前スレ10氏の>>299>>329に答えておく。
まず、「物質」が伝わる必要はない。
そして俺は「輪廻の主体」が「物質」であるとは想定していない。
また、「量子テレポーテーション」で「光速を超えて同時に」伝わっているのは明らかに「情報」である。
それを「確率」で説明するコペンハーゲン解釈は「理論として不完全(すべてを説明できない)」で、
「すべてを説明できるようにする」ためには「決定論」を認めなければならなくなる。
それに対して「自由意志」を重視するキリスト教文化圏に属する西洋人は
「決定論」に対する心理的拒絶反応が強い(進化論に対する拒絶反応と共通)。
また、理論がわかっておらず実験結果だけが先行しているものの、
「量子コンピューター」「量子暗号」など実用化に向けた研究はかなり進んできている。
量子レベルで「情報」が「光速を超えて」「離れた場所で」「同時に」決定されたのなら、
またそれが実験による「再現性」を科学的に担保されているなら、
たとえその理論が現時点では確立していなくとも、
「光速を超えて」「離れた場所で」「同時に」伝わる何かが「ある」ことを科学的実例として示していることになる。
これは『華厳経』に書かれていることと極めて似ている。竜樹は「相対性理論」止まりだったがw
ちなみに脳がそのような量子的はたらきと関わっているのではないかということで
「量子脳」を唱えたのが物理学者のペンローズ。

400 :初出2:2009/11/22(日) 17:09:42 ID:X9kfXrqm
もし釈迦が「一切智者」で「すべてが正しい」のなら、2400年後であろうが「正しい」ことに変わりはないはずだよな。
困ったことに、釈迦が一方では「無記」とし、一方では輪廻やら前世やらを初期仏典でさえ語っている。
そこで、もし「無記」が正しいと主張するなら、もう一方の輪廻やら前世は「間違いを語っていた」ことになる。
その「よじれ」はコーランの記載が矛盾することと等しいのだ、とも書いた。
つまり、釈迦は「一切智者」でも「すべてが正しい」わけでもないことになる。
逆にその正しさを証明しようとするなら、「無記」と「輪廻転生」とを両立させる必要がある。
だから今回は「輪廻転生はある」という立場に立ってそれを論証しようとする俺が、
『「輪廻転生」が正しければ「無記」は成り立たない』
つまり、「輪廻転生」が正しければ、釈迦が「一切智者であり、すべてが正しい」は成り立たない、
ということを「論理的に」説明してみせたのだが。
石飛がデタラメなのはまったく同意見だがw、「量子テレポーテーション」で前スレ10氏とは意見が分かれる。
この現時点で理論的に「量子テレポーテーション」の説明はできていないというのが「定説」で、
それは「決定論」に踏み込むから、というのがその理由説明。

波束の収縮の影響は光速を超えないと仮定した。
実は、その仮定が怪しく、波束の収縮の影響は光速を超えて伝達し、
従って、隠れた変数の存在を示唆しないという反論がなされた。
しかしながら、相対論によると、光速を超える相互作用は因果律を破るため禁じられており、
この点で、量子論との矛盾を示唆しているように思われる。このことをさして、パラドックスと称される。
(wiki「EPRパラドックス」より)

401 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 17:22:44 ID:nik0hVhN
オカルトも困るけど、疑似科学も困るよな
神ではなく人間だから何でも知っているわけがない

経典が矛盾するのはひとつの経典であっても複数の著者が書いた書をまとめているから。
矛盾点を釈迦に確認しなかったから。
仏教が時代と共に変質していったから、過去の記述と齟齬が出てきたから。

とても混乱している経典から何を読み取るのも各人の自由ですが、
他人の解釈を指して「それは仏教ではない。なぜなら私の解釈と違うからだ」という浅はかな発言だけは止して欲しい。

402 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 17:31:56 ID:kkh9Dd8H
は〜い 突っ込んでいいですか?

前にも書いたが「光速を超えると虚数時間にダイブすることは知ってよね?
其れが何で「三世の同時存在」になるの?
教えて貰えるかな?
すごい新理論がでてきそうなんで楽しみなんだが。
それから、ペンローズは止めといた方がいいよ。
彼の説は他の科学者から全く支持を得ていないことは知ってるよね?
相棒のホーキングにさえ、ボロボロに批判されてる。

403 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 17:41:35 ID:nik0hVhN
仏教徒を自称する転生主義者はバラモン教について勉強すべきだ。
なぜなら、バラモン教の方が仏教よりあなた方の信じるものに近いからである。

古代インドの哲学書チャーンドーギヤ・ウパニシャッドより
『したがって「この世において好ましい行いを積むものは」バラモンなどの好ましい母胎に入るに違いない。
しかし、「汚らわしい行いを積むものは」汚らわしい母胎に、すなわち、犬の母胎に、あるいは豚の母胎に入るに違いない』

ちなみにバラモン教において正しい行いとは、バラモンにより神に対しての様々な祭祀を執り行ってもらうこと、そのためにバラモンにお布施をすることである。

こういったバラモン教の儀式を強烈に否定したのが釈迦であるわけだ。

404 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 18:06:55 ID:RLPY5/dF
>>397
>え〜と、苦の滅を目指さないんですか?
苦を滅すれば、楽が生じる。しかしその楽が滅すれば、再び苦が生じる。いくらやっても同じこと。
生存には、苦楽は、表裏一体だからである。釈迦がこのことに思い至らなかったのは、その鬱病が原因。

>貴方の論理には、二つ、大きな問題点があります。
>@ 生存本能に従うことで、苦がなくなるのは、「全てが自分の思うとおりになる」場合だけである。
>つまり、貴方が全能の神で無い限り、苦がなくなることは無い。
「自分の思うとおりにならない」とは、「自分の生存本能の指示するとおりにならない」ということ。
しかし、既に述べたとおり、生存本能は、他者の生存も前提とする。人間をはじめすべての動物は
本質的に共同体であり、「独りでは生存できない」ことを、これも本能的に知っているからだ。生存本能
は、「他者の生存への配慮」によってのみ制限される。釈迦の「自分の思うとおりにならないのが苦」だと
いうのは、この配慮を忘れた「幼児的思考」に過ぎない。

>A 生存本能に従えば、「生存による楽は、生存による苦よりも常に大きい」と言う保証は無い。
>もし、必ずそうなると言うなら、根拠をお示し下さい。
人類がこれまで生存を続け、宗教によって生存本能を破壊された場合を除き、人間のすべての営みが
生存の方向に向けられているのが、その証拠である。

405 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 18:09:57 ID:RLPY5/dF
>>404 continued

>ちなみに、人類が自殺しないのは、楽が苦を上回っているからではなく、「死という苦を避ける為」だと思います。
>もし、楽が苦を上回っているのが、自殺しない条件だとしたら、アウシュビッツに入れられたユダヤ人は、
>即座に全員自殺してますよ。
死が最大の苦であるのは、生存本能の不可逆的否定だからである。人間は、いかに苦しい状況にあっても、
意識的・無意識的に、「生きていること自体」に最大の喜びを感じている。アウシュビッツの人々が、
最後まで生きる希望を捨てず、自殺しなかったのは、まさに生存本能のなせる業である。

動物たちを観察してみるとよい。どんなに小さな動物でも、懸命に生きようとしている。捕まえようとすると
必死で逃げる。キリスト教の殉教者とは違って、無抵抗で、または自分から進んで殺されたり、自殺する
動物は皆無である。「苦」や「善悪」の本質について、「生物的生存本能」というすべての生物に適用される
「唯一の普遍の基盤」に基づいて、さらに考察されたい。

406 :前々スレ10:2009/11/22(日) 19:00:45 ID:Zi+kdFNj
>>399-400
>まず、「物質」が伝わる必要はない。
いやいや、私が否定したのは、「物質」ではなく、貴方の言う「情報」の移動についてですよ。
量子テレポーテーションは、実際は単なる情報のコピー現象です。
しかも、使用可能な情報自体の伝播速度は光速を超えません。
つまり、光速を超える「情報」の伝達手段としてはまったく使えないのです。
適当にググったので、読んでみてください。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%CC%BB%D2%A5%C6%A5%EC%A5%DD%A1%BC%A5%C6%A1%BC%A5%B7%A5%E7%A5%F3

「量子暗号」についても、光速を超えたスピードで暗号が届くわけではありません。
量子が観測される事で変化してしまう性質を使い、盗聴不可能な暗号を作ろうというだけの話です。
http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/qteleportation/index.htm

「量子コンピューター」と聞くと凄いもののように聞こえますが、今の所活用できるのは、因数分解程度です。
(まあ、それだけでも世界中の暗号が無効化するぐらいには、十分凄いのですが)
けっして、計算能力が現在の数万倍の「超高性能のコンピューター」とかではありません。
勿論、「光速を超えたスピードで計算をするコンピューター」などではありません。
http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/quantumcom/index.htm

「量子」とか、「テレポート」とか付くだけで、現在の科学を超越した、物凄いものであるかの様な認識は、間違っています。

さらに、蛇足ですが、
オカルト好きの方には有名な説ですが、ロジャーペンローズの「量子脳」は、どちらかというと、擬似科学です。
「素晴らしい業績を残した科学者が、全ての分野で正しいわけではない」のは、
アインシュタインの宇宙項の件を引き合いに出すまでも無く、自明の事だと思います。


407 :前々スレ10:2009/11/22(日) 19:01:01 ID:Zi+kdFNj
>>400
「一切智者」の定義の問題なんだと思います。
私見なんですが、「全能の神」のような意味で理解するからワケがわからなくなるのであって、「一切智者」とは、
「実際に観測可能な事実を出発点とする「人生の苦」に対する一切に関して、回答する事が出来る知者」という意味なんじゃないですかね?
まあ、この辺は定義の問題なんですが。

>この現時点で理論的に「量子テレポーテーション」の説明はできていないというのが「定説」
「量子テレポーテーション」に関して、現時点で説明不可能な点って、何か残ってましたっけ?

408 :前々スレ10:2009/11/22(日) 19:36:58 ID:Zi+kdFNj
>>404
>苦を滅すれば、楽が生じる。しかしその楽が滅すれば、再び苦が生じる。いくらやっても同じこと。
いや、だからですね、貴方の言う「苦」と、一切皆苦の「苦」は、次元が違う話なんですよw
ですから、「苦楽(=一切皆苦)」の原因が、無明であり、無明を滅すれば、「苦楽(=一切皆苦)」が消えると言ってるんです。
貴方は、「苦=楽では無い状態」と定義しているから、いつまでも話が平行線なんです。


え〜と、貴方は、「本能に従うと、他者を優先させる必要が有る」という、根拠もよく分からない理論を展開するだけで、
「なんで、本能に従うと、苦が無くなるのか」という質問に対する回答を一切してませんね。
>生存本能は、「他者の生存への配慮」によってのみ制限される。
との事ですが、例えば、絶海の孤島で、一人になり、食料が無いとしましょう。
生存本能に従って、他者への配慮とやらが制限されても、一切「苦」はなくならない事は自明ですよね?

ついでに言うと、「自分の思うとおりにならない事」とは、端的に言えば、「死ぬ事」ですよ?
貴方の考える「幼児的思考以外」だと、このことは、どのように考えるんですか?

そして、Aについても、全く回答になっていません。
貴方の主張は、
「人が死なないで行き続けているのは、常に苦よりも楽が大きいからだ。
常に苦よりも楽が大きいのは、人が死なないで行き続けているからだ。」
という、循環論法に過ぎません。


409 :前々スレ10:2009/11/22(日) 19:38:54 ID:Zi+kdFNj
>>405
収監されていたユダヤ人達が、常に喜びを感じていたと!?
無意識だから気が付かないだけで、激烈な虐待に対する苦痛よりも遥かに大きな「楽」を感じていたと!?
無意識の生存本能に従ったことで、人々が生き延びたんだと主張するんですか!?

是非、「夜と霧」という本を読む事をお勧めします。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html/ref=aw_mp_1/?a=4622006014&uid=NULLGWDOCOMO

410 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 20:46:22 ID:EKuTW+6l
>>380
> やぐらを立てて「高みの見物」か。
その通り。それが仏教だよ。
(大乗の菩薩のように、いやらしく慇懃に下手に出て、優越感に浸るようなことはないw
 胸を張って、やぐらの上から手を伸ばすのが仏教だよ。
 禅は、やぐらから降りるけれども、不必要に謙ったりはしないw)

> それでは釈迦は「現実からの逃避」を教えたことになる。
その通り。だから、≪【逃避する替わりに】【法施・慈悲が義務となる】≫。

> 大乗の「煩悩即菩提」「生死即涅槃」は、釈迦のこの根本的誤りを是正したものである。
運動場を一周して同じ位置に立っている二者がいる時、
一周終えてきた者の心身の状態・目にしてきた景色と、
まだ走っていない者のそれとが同じである筈がなかろう?
なんと愚かな見解。 (これが、如来蔵や本覚等々の弊害だよ。 >>大乗マンセー諸氏)

> なお、勝義諦と世俗諦とを区別するのは、勝義諦か世俗諦か、それとも他の如何なる普遍的基準か。
> 竜樹は、このことについて「勝義は世俗諦によってしか語れない」として、的確に批判している。
> 結局、世俗を離れた勝義など、在り得ないことになる。
まったく同意見ですが、何か?w

> 日本の仏教徒なら、・・・・・・悟られたし。
日本仏教、大乗仏教を知らないのは君だろ?w

411 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 21:47:30 ID:EKuTW+6l
>>362
> >> ---では涅槃の境地を自覚しているのは一体、“誰”なのか?
> >そのような主体が消去されているのが涅槃なのだから・・。
>
> これについては議論する気(でも散々やったような^^)にもなれませんねw
> ここがあなた(セブン)の限界点だからです。
あのな・・・w リンク先のレスをちゃんと読んだか? 片山入門も読んだか?
URLを貼った涅槃についての小論も読んだか? 読んだ上でまだ戯言を吐くか・・・w

以前、≪『メタな視線を許容できるかどうか』が無我を(≒仏教を)理解できるかどうかの境≫だとレスしたことがある。
君らのスタンスは、≪メタな視線として仮設された「自己」を固定化しているもの≫ということだ。わかるか?
《『「私を見ている私」を見ている私』を見ている私》というマトリョーシカ的自己の連鎖が指摘されることがあるが、
これを《時間的先後に依拠し、一度及び二度の遡及で停止する》手法をもって回避する方法がある。
これがメタな視線を許容することであるし、≪無我だけど自己がある≫という在り様を成立させる。
 (この「仮設したメタな自己」を、
  《固定的、或いは恒常的、或いは実在的、或いは絶対的な『存在』として描画》
  しているのが君達なんだよw)
以前少し触れただろうか、哲板の決定論スレ及び私を記述スレで、
そのように≪最後の最後に、デカルト的懐疑の果てに、消去できない認識主体が残る≫という点を中心に
哲学者最高位というコテと論戦を張っていた。まさに、上記のような戦いだよw
そして、君ら宝珠サイドは、まさに「最高位陣営そのままの立論、展開」だ。 そっくりだ。
よーするに「幼稚だ」ということさw  彼は言ってたよ、
 【主体が無ければ行為は(動詞は)成立しない】と。
 【動詞のみがある(→行為のみがある、現象のみがある)なんてことはありえない】と。
 【主体が(主語が)あって初めて、(その後に)行為があり得る】と。

どうだい? そっくりじゃないかい?w 主体の(主語の)喪失を恐れる姿勢が・・・www

412 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 21:49:11 ID:EKuTW+6l
>>362
> では、あなたの・・・・・・してきましたから。
五蘊仮和合の自己でも十分自覚できるだろ?
てか、そこで自覚可能だから種々の感受があり得るし、涅槃を見ることもある。
ただし!涅槃を見るのも、仮和合の仮設された自己だよ。 (この辺の機微が難しい所だが・・。)
世俗的苦楽の上位に一切行苦の苦が設定されるように、
世俗的・日常的、或いは種々の行為上の自己の上位に、>>411のようなメタな自己が設定(【仮設】)し得る。
だが、それは、(それこそw)仮設されたものであり、真実在としては無い。
そして、《「上位カテゴリーの苦」が、勝義としてそのように(苦として)見做される》ものであるのと同様に、
《上位カテゴリーとしてのメタな自己は、勝義に於いて仮設されたものとして見做される》。
そして、涅槃を見るのは、
【世俗的には《五蘊仮和合の自己》】であるし、【勝義に於いては(主体なく、ただ)《涅槃のみがある》】。
>>341のリンク先の通りだ。 (最高位に対する反論の通りだw)


とりあえず、341のリンク先を百億回熟読しとけw
君が渇望するような「真我」無しに仏教は成立するんだよw  ( ̄ー ̄)b

413 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 22:04:12 ID:EKuTW+6l
ああ・・・、
念の為、訂正しておくか・・。


>>410
>胸を張って、やぐらの上から手を伸ばすのが仏教だよ。  は、
  ↓
胸を張って「水から(流れから)上がりたいなら、このようなやぐらを建てなさい」と声を掛けるのが仏教だよ。

へ訂正w

414 :初出2:2009/11/22(日) 22:16:08 ID:X9kfXrqm
「前世は一在家」氏の>>364
現代科学では真空中の光の速度は毎秒30万キロメートルと言われております。
龍樹の「八不」的に言いますと、「去りつつある光は去らず」と
なりますが、現代科学者に「光は運動しません」、「時間はない」
と言ってみたら宜しいかと存じます。>唯物論者&中観派
「因果の法」を説いた釈尊は正しく、「因果の法」から「運動」と
「時間」を抹消した机上空論の方が唯物論者の多い科学者から見て
誤りだと言えないでしょう。

についてですが、ちょっと科学史的にまとめておきます。
まず、コペルニクス菩薩が天球と地球は「『相対的』である」と知らしめました。
次に、ニュートン菩薩において「『万有引力』という『相互依存性』がその理由である」と明らかにしました。
ついでアインシュタイン菩薩は、ニュートン菩薩が『絶対』であるとした『空間』と『時間』が、
「『絶対』である光速度」に対して『相互依存』しており『相対的』なものである、としたのが「相対性理論」、
さらに、その相対性理論で「『絶対に』超えられない」とされた『光速度』が破綻してしまう、
つまり「『因果律(縁起)』を破る」とされているのが、観測確認済み理論未証明の
「量子テレポーテーション(EPRパラドックス、非局所相関)」といわれる現象で、
これが同様に竜樹菩薩の、
「一切の見るはたらき等より先にある何物も存在しない。
また見るはたらき等の互いに異なることによって時を異にし表される。」(中論9:6)
という「竜樹風相対性理論」とも読める一文の「理論破綻」をも意味している、ということです。
つまりそれは、「竜樹菩薩が一切智者であるなら、たとえ後世になってもその主張の正しさが証明されるだろう」
という「仮説」の破綻を意味しています。
ここから導き出せる結論は「竜樹菩薩≠一切智者」です。
ついでに、「因果の法(縁起)」も破綻しているので「釈尊≠一切智者」になります。

415 :初出2:2009/11/22(日) 22:29:43 ID:X9kfXrqm
>>406
いやいや、私が否定したのは、「物質」ではなく、貴方の言う「情報」の移動についてですよ。
量子テレポーテーションは、実際は単なる情報のコピー現象です。
しかも、使用可能な情報自体の伝播速度は光速を超えません。
つまり、光速を超える「情報」の伝達手段としてはまったく使えないのです。
適当にググったので、読んでみてください。
「量子暗号」についても、光速を超えたスピードで暗号が届くわけではありません。
量子が観測される事で変化してしまう性質を使い、盗聴不可能な暗号を作ろうというだけの話です。

これは「まだ未解決の」科学領域に関するトピックだから、現状では科学者間でも意見が割れている。
残念ながら「決定的」理論はまだ確立されていないのでね、
ただ、「非局所相関」が存在することが「観測された」だけであって。
「もし」中立の立場でぐぐれば、私のいっていることに近いものもまた見つかるはずだがね。
こういうのもはっておくよ↓
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/info/epr.html

416 :初出2:2009/11/22(日) 22:42:07 ID:X9kfXrqm
ああ、まだちょっとわかりにくいな。
つまり「定説」とされているコペンハーゲン『解釈』が、
コペンハーゲン『理論』やコペンハーゲン『定理』ではなく『解釈』と表記されていることからもわかるように、
この理論はまだ「完成」されていない。
シュレ猫問題などのいわゆる「観測者問題」が常に付きまとうし、
当然それは言い換えれば観測「主体」という「主体=我」論の問題でもある。
ここでもまた「我」論という極めて仏教的なキーワードが出てくるわけだ。
これが「既にすべて解決済みで説明可能なトピック」だといえるのかなw

417 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 22:48:45 ID:ES/gTY8C
>>412
>五蘊仮和合の自己でも十分自覚できるだろ?

忙しいから、ここだけツッコンでおきます!
ということは、あなたのいう涅槃とは“死後には五蘊と共に消失(覚知できなくなる)する”のですね!
訂正はありませんかね?


418 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/22(日) 22:51:30 ID:ES/gTY8C
こちらにしますw
“死後には五蘊と共に消失する(覚知できなくなる)”


419 :前々スレ10:2009/11/22(日) 22:59:59 ID:Zi+kdFNj
>>414
いや、だからですね、量子テレポーテーションでは、全然、因果律は破れて無いんですってばw

あと、科学史を「相互依存」というキーワードで纏めたいという意欲は認めますが、
「対象が二つあって、その間に力が働く」なら、全て「相互依存」であるとするのは、無茶苦茶ですよw

>>415
いや、だから、その実験をよく読めば、「因果関係は破れていない」ことがわかるでしょ?
情報が超光速で伝わるなどという事を言う科学者はいませんよ。(オカルトマニアは沢山いますがw)
「情報が超光速で伝わるという実験結果はまだ無い」事に関しては、全ての科学者が合意してます。
貴方は、この実験のどこを斜め読みして、「情報が超光速で伝わる」なんて誤解をしたんですか?
この実験の意味を本当に理解してますか?

>>416
いや、完成されてる云々ではなく、
「量子テレポーテーションを用いて、超光速で情報が伝達される可能性は無い。」といってるんですが…
すくなくとも、貴方が誤解しているような部分は、「既にすべて解決済みで説明可能なトピック」です。

蛇足としていえば、コペンハーゲン解釈は、現在、ほとんどの科学者が認めています。
「解釈」と付くのは、科学の本質として、すべての理論は「仮説」に過ぎないからですよ。
厳密に言えば、「地動説解釈」、「万有引力解釈」、「相対性理論解釈」……です。

そして、仏教で言う「我」と、観測者問題は、全く別次元の話だと思います。



420 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:03:00 ID:EKuTW+6l
>>418
それこそ“無記”だろ?w 如来の滅後(死後)なんだからwww

421 :初出2:2009/11/22(日) 23:06:00 ID:X9kfXrqm
>>406
オカルト好きの方には有名な説ですが、ロジャーペンローズの「量子脳」は、どちらかというと、擬似科学です。
「素晴らしい業績を残した科学者が、全ての分野で正しいわけではない」のは、
アインシュタインの宇宙項の件を引き合いに出すまでも無く、自明の事だと思います。

ところが「天才は間違える時にも正しい方に間違える」とはよく言ったもので、
最新の宇宙論でその「アインシュタインの宇宙項」が復活してきている。
このトピックを知らないとしたら、かなり最新の科学知識から「遅れている」ことになるぞ!!
そんなんじゃ「量子テレポーテーション」理解についても怪しいもんだと思われても仕方ないなw

422 :前々スレ10:2009/11/22(日) 23:12:28 ID:Zi+kdFNj
>>421
>最新の宇宙論でその「アインシュタインの宇宙項」が復活してきている。
ダークマター関連の話でしょ?
そもそも、ダークマター自体が、元々つじつまあわせの仮想物質なのに、
「ダークマターが足りないから、宇宙項を復活させよう」とか言い出しても…。

で、そのことと、量子テレポーテーションの事に、何か関係が有るんですか?

423 :初出2:2009/11/22(日) 23:16:41 ID:X9kfXrqm
>>419に対する反論。

この現象は「光速を超えて伝わる情報はない」という「相対性理論」を超えており
「因果律」が破綻している、とされる。

科学分野では、理論的に正しいことが証明されるまでは「仮説」「解釈」と称され、
「定理」「公理」「理論」などと呼ぶことができない。
例)最近「フェルマー『予想』」が証明されたので「フェルマーの最終『定理』」と呼びかえられた。
これ科学界の常識。

424 :前々スレ10:2009/11/22(日) 23:17:47 ID:Zi+kdFNj
>>421
そもそも、ダークマター自体に、ハップル定数との絡みの問題なんかが有るわけですが、そこのあたりは理解されてますか?

425 :初出2:2009/11/22(日) 23:25:58 ID:X9kfXrqm
>>422

科学的に説明せよ、と散々言うから科学的説明を持ち出したら、
今度は「科学そのものがつじつまあわせ」と言い出す。
なら、「俺は悟りの世界を垣間見た人間だから、
その観点から言って量子テレポーテーションが因果律を破っていることは事実である」と
「悟り」を担保にしたら?
もし「自分が認められない(知らない)ことは間違いである」と主張したら、
これまでの主張も「水の泡」になることがわかって言っているのかw
ただガキが延々と駄々こねてただけかよwww
一切智者は、その歴史的経緯を抜きにして読めば「すべてを知っている者」ということになり、
当然相対性理論や量子テレポーテーションもその「すべて」に含まれるはずだがな。

426 :初出2:2009/11/22(日) 23:27:03 ID:X9kfXrqm
>>424

理解していることぐらいもわからないのか。

427 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:28:22 ID:Ag8/QEIR
>410
>運動場を一周して同じ位置に立っている二者がいる時、
>一周終えてきた者の心身の状態・目にしてきた景色と、
>まだ走っていない者のそれとが同じである筈がなかろう?

「他者との係わり合いにおける日々の生存努力」という運動場からいちはやく逃げ出した釈迦に
何を語る資格があるというのか。

>>413
そんな釈迦が、「手を差し伸べる」「声をかける」など、運動場に残っている者たちにとっては、
それこそ無意味で余計なお節介。「ウザイ」「黙って引っ込んでろ」と言われるだけ。

428 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:31:50 ID:kkh9Dd8H
初出2くん
俺の質問はスルーかい?
>>402 は無視ですか?


429 :前々スレ10:2009/11/22(日) 23:33:35 ID:Zi+kdFNj
>>423
いや、だからですね、貴方が根拠としている実験は、
「遠く離れた場所に有るスピンの向きが、光のスピードを超えて決定される」という事だけであって、
「超光速で、情報が伝達する」という実験ではないんですよ?
この違いがわからないんですか?

ついでに、科学界の常識については、既に私が書いてますが、(>>419)
「絶対的に正しい事」は、ありえません。

数学に於いては、真偽がハッキリしていますがねw

>>425
いやいやいやw
「科学そのものがつじつまあわせ」といったのではなく、
ダークマターが、論理的要請によって、つじつまを合わせるために考え出された仮想物質だと言ってるんですよw
どこをどう縦読みしたんですかwww

>>426
それは失礼しました。
これまでの言動を見ていると、知らない可能性も十分ありえましたので。

430 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:38:36 ID:kkh9Dd8H
一番わからんのは初出2くんは「因果律の破綻」を主張したいわけか?
お宅は確か輪廻転生肯定派だろ?
因果律の破綻を主張しちゃっていいのかい?

431 :前々スレ10:2009/11/22(日) 23:43:12 ID:Zi+kdFNj
>>426
っと、よく考えたら、ダークマターがつじつまあわせの仮想物質だという事を理解していないという事は…
>>424を全然理解して無いんじゃないですか?

432 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:44:22 ID:EKuTW+6l
>>430
番場蛮みたいなもんだよw(内部に入って腹から食い破る、とw)
自身が「悟った者、神通を有す者」であり、その視点から種々の教説を語り直した場合、
あちこちに齟齬が生じるぞ、ということを身を削って示しているわけですw
(実際に生じている齟齬を炙り出す作業と言い換えても良いかもしれません。)

433 :神も仏も名無しさん:2009/11/22(日) 23:47:55 ID:kkh9Dd8H
さらに初出2くんが>>415に張ってるリンクも要はアスぺの追証だろ?
詰まり、コペンハーゲンの実証派の理論の確認。
隠れた変数の否定だ。
なのに、コペンハーゲン派を否定したり、何が言いたいのか?さっぱりなんだが。

もしかして「こんな不思議な事があるんだから、輪廻転生などがあってもおかしくない」って言いたいだけか?

434 :前々スレ10:2009/11/22(日) 23:56:06 ID:Zi+kdFNj
>>425
スピンの方向の転移と、情報の伝達の違いも理解できないし、
ダークマターがハップル定数から導き出された論理的要請による、仮想物質である事も理解でしないし、
ダークマターがつじつまあわせであるという指摘が、科学がつじつまあわであるという主張に取り違えるし……、
どうやら、貴方は、「自分が認められない(知らない)ことは間違いである」という主張の持ち主のようですね。

そして、「一切知者」についても、「歴史的経緯を考えれば」、
「実際に観測可能な事実を出発点とする「人生の苦」に対する一切に関して、回答する事が出来る知者」という意味なんじゃないかと、
遥か前のレスで指摘してますよね?

435 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:00:53 ID:P5HUl/q9
>>427
>何を語る資格があると
濁流の中、一人でやぐらを建て切ったからだよw

>余計なお節介
聞く自由、聞いたことを参考にする自由、聞いた通りにやぐらを建てる自由を阻害することはないw
わかるか?
コンビニでヒット曲がかかる。
(なんか音楽・歌が聞こえる・・)と一瞬意識が寄るものの、そのまま耳に残らない者もいよう。
(あ、いい曲)、と少しリズムに乗る者もいよう。
(・・・。 いい曲だ・・・。)と、帰りにレコード屋に寄る、帰宅して検索&ネット注文する者もいよう。

押しつけて買わせたりしない。 わかるか?w
聞きたくなきゃ、参考にしたくなきゃ、(実践したくなきゃ)、しなくていいんだよ。

436 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:10:07 ID:Kw+abnKf
お〜い 初出2くん 何処行った?

宝珠も応援してることだし、もう少しがんばろうや。

437 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:24:09 ID:4awYUvTK
>>435
音楽などの芸術と宗教とは、本質的に異なる。

芸術による現実離脱は、一時的で、可逆的。どんなに素晴らしい音楽を聴いても、演奏会場から
一歩外に出れば、たちまち現実に戻ることが出来る。勿論、人格の変容も生じない。

これに反し、宗教による現実離脱は、(反)永久的で、(反)不可逆的。生来的には現実的で
ある人格が(反)永久的に変容され、復帰は極めて困難。ここのスレでも、如実に証明されている。
すべての動物は、生まれると同時に現実を認識し、現実の母親のオッパイにしゃぶりつき、現実の
危険を避けて生存しようとする。いなかる生物も、現実に100%依存しない限り、生存できない
からである。

(反)不可逆的な現実離脱を引き起こす宗教などを、軽々しく「語りかける」ことなど、生存に
対する危険を生じさせるものとして、人間界では許されないのである。生存の消滅という「最大の
苦」を招くからである。

438 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:29:44 ID:P5HUl/q9
>>437
あのな・・・w

譬喩表現の原理(或いは原則)ってのを解ってるか?w
どーしよーもねーな・・・w 今回の御隠居は宝珠以下だぞ・・。


寝るw   ノシ

439 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:35:53 ID:P5HUl/q9
あ、一言。

>>437
>>435に於いて最も重要な ≪ >濁流の中、一人でやぐらを建て切ったから ≫ をスルーされるとはな・・・。

がっかりだよw   ノシ

440 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:48:13 ID:9Ch5IgNn
>>438
宗教は、人格そのものを変容させるから、必ず狂信者、盲信者を生じ、比喩を事実を信じ込む
危険があるからだよ。

新約聖書には、比喩が極めて多いが、それを現実と照合して批判的に分析すれば、すべて誤り。

竜樹は、「比喩は事実ではない」と見事に指摘している。

宗教観念によって、生来の生存本能を破壊された例は、枚挙に暇が無いではないか。

狂気とは、「現実との接触の喪失(loss of contact with reality)」と定義される。

441 :前々スレ10:2009/11/23(月) 00:48:54 ID:1anFBihd
しかし、宝珠愚者さんが、「ズーっと待ってます」(>>389)というから、
私も頑張って>>389-394を書いたのに、レス無しとは……。

初出2さんも、寝たんですかねぇ?
必死でググってるだけだったりしてw

まあ、私も寝ます。
お休みなさいませ。

442 :前々スレ10:2009/11/23(月) 00:51:58 ID:1anFBihd
>>441おっと、アンカーミス
>>389 ではなく、>>358

443 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 00:53:31 ID:lQ+b0mdB
>>439
「一人でやぐらを立てた」とは、換言すれば、「濁流という現実から遊離して引き篭もった」ということw。

ナンセンス以外の何物でもない。

444 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 06:23:20 ID:ygEUrDL3
>>1
>仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】においては、ゴータマ
が輪廻転生について説いたことが確認されました

本当か?
スレ立てたら、初めて読む者に対して「輪廻転生について説いたことが確認されました」
ってどうやって確認されたのか記載しておかなきゃ、サッパリわからんだろ。
不親切だな。

445 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 06:58:23 ID:hK+DTQaE
>>444
2400年前の人物の発言など確認しようがない。
しかもこの人物について書物に記されたのも死後数百年経った後なので。
だから嘘です。

446 :初出2:2009/11/23(月) 07:28:47 ID:lrx8ZOyt
残念だが、前々スレ10が、「定理」「理論」と「予想」「仮説、解釈」の違いを理解していない時点で
なぜ科学技術が一番でなきゃならないのかまるで理解できていない、
「レンホー並み」だということを晒してしまったのだがなw
「なぜ科学技術が一番でなきゃならないのか」は
科学技術を少しでも齧ったことのある人間なら「当然知っている」ことだった。
「当然知っている」べきことを知らないのをヌケヌケと発言したせいで
レンホーは「自分がバカであること」を広く世間に晒してしまった。
だからにちゃんでさえレンホーのスパコン発言は徹底的に叩かれ、
枝野は「知っていたらそうしなかった」と苦しい言い訳をし、
理工系(だから当然知っている)管は即座に「見直し」を表明した。

前々スレ10「ダークマター、ダークエネルギー」についての「半可通」も同様である。
これらは観測結果から立てられた「仮説」だから「理論」とも「定理」とも呼ばれていない。
仮説や解釈の段階ではどんどんひっくり返る。
また、相対性理論やM理論が「理論」と付けられているのは
それが論理的に正しい式で証明されているからだが、それらでさえ
「その理論に当てはまらない事象」が観測されては乗り越えられていく。
ホーキングのビッグバン「理論」がインフレーション「理論」によって乗り越えられたように。
こでいう「乗り越えられた」は「間違いだった」を意味しているのではなく、
理論的に不完全だった、つまり「絶対」ではなかったことを意味している。
相対性理論はブラックホールの存在を予言するものだったが、
観測されるまで疑問視する人間は科学者でさえ大勢いた。
だが今では多くの銀河の中心に巨大ブラックホールが存在しているらしいことが
観測によって確認されている。
しかし相対性理論の「何ものも光速を超えて伝わることはできない」は
量子テレポーテーションの観測によって成立しなくなった。
M理論で導き出された「巻き上げられた6次元」や
インフレーション理論で導き出された「トンネル効果」は「現時点では」観測されていないだけだが、
それまでは「ブラックホールの存在」同様、たとえ科学者であっても「否定も肯定も許される」。

447 :初出2:2009/11/23(月) 07:41:19 ID:lrx8ZOyt
残念なことに、>>446で前々スレ10の科学知識不足を暴露する新たな「理論」が登場してしまったので、
以下に用語解説をしておく。

「M理論」↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/M%E7%90%86%E8%AB%96
「M理論が定式化できた暁には、5つの超弦理論はM理論の一部であると主張されることになるであろう。」

「超弦理論」↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/M%E7%90%86%E8%AB%96
「重力を記述する一般相対性理論と物質のミクロな振る舞いを記述する量子力学の折り合いをつけた理論(量子重力理論)の構築
というのは物理学者を悩ませていた大問題であるが、超弦理論はそれを解決する可能性をもった理論である。」

超弦理論には五つの種類があり、それぞれI型、IIA、IIB、ヘテロSO(32),ヘテロE8×E8と呼ばれる。
この五つの超弦理論は理論の整合性のため10次元時空が必要である。
通常の3次元に時間を加えた4次元に加えて、残りの6次元は量子レベルで巻き上げられていて小さなエネルギーでは観測できないとされる。
また、11次元超重力理論をその低エネルギー極限に含んだM理論は更に1次元を加えて合計11次元を必要とする。
これら6つの理論はさまざまな双対性によって互いに繋がっている。

繰り返すが、科学界の常識では、「理論」は論理式で正しいことが認められたもの「だけ」に付されるもので、
「仮説」や「解釈」や「観測結果」とは同列に論じられないことをきちんと認識しておくようにw

448 :初出2:2009/11/23(月) 08:03:14 ID:lrx8ZOyt
なんだID:kkh9Dd8Hみたいな「科学半可通」までわいてきたのか。
ここでも繰り返しておくが、「コペンハーゲン解釈」が「正しい」ことが論理的に証明されたら、
「コペンハーゲン解釈」ではなく「コペンハーゲン理論」や「コペンハーゲン定理」と呼ばれることになる。
だが、科学者は誰もまだそう呼んじゃいない。
そして>>447に書いたとおり、それができそうな「理論」には別の名が付けられている↓。

「重力を記述する一般相対性理論と
物質のミクロな振る舞いを記述する量子力学の折り合いをつけた理論(量子重力理論)の構築
というのは物理学者を悩ませていた大問題であるが、超弦理論はそれを解決する可能性をもった理論である。」
「M理論が定式化できた暁には、5つの超弦理論はM理論の一部であると主張されることになるであろう。」

残念だったな、半可通www

449 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 09:48:03 ID:Kw+abnKf
あらあら、半可通にされちゃった。まぁ、確かにお偉い先生に比べられたら、半可通だけどね。
それで何が言いたいのかな?相変わらず、さっぱりなんだけど。
M理論やスーパーストリングスの解説を書いてたけど、何が言いたかったの?
「俺はこんなことも知ってるぜ」と自慢したいのかな?
次は何?
順番からすると平行宇宙の話でもするのか?
俺はそんな、市販本に書いてあるような、話には興味ないんだがね。
質問に答えてくれる?
今までのお宅の書き込みでお宅が専門的な知識は有してない人だろうと分かったので、
そっち方面の突っ込みは止めるは。
だから「お宅は因果律を否定したいの?」
はい、まずこれにちゃんと答えようね。

450 :前々スレ10:2009/11/23(月) 09:59:45 ID:1anFBihd
>>444
そこは聞いてはいけない所らしいですw
スレ主(宝珠愚者)さんに、4スレ前から聞いてるんですが、さっぱり返答がありません。

451 :前々スレ10:2009/11/23(月) 10:01:47 ID:1anFBihd
>>445
なんという浅薄な科学認識なんでしょうかねぇ……。
科学を、「定理」「理論」と「予想」「仮説、解釈」で分類するとは……。
前スレからいらしゃった貴方なら、私が某方と行った、
「科学とは何で有るか」の論争を読んでいるでしょうに……。
やはり、私の心配が当たりました。
定理や理論とつけば、「正しい」と浅薄な理解をするものが現れるだろうと、
スレの最初期に予想したとおりになってしまいました。

そもそも、ダークマターの話は、貴方が、宇宙項の復活を言い出して、
あたかも、「定説がひっくり返された」かのような発言をしたため、
それに対して私が「ハップル定数(観測値)から要請された全宇宙の質量(エネルギー)が、
観測値(観測可能な宇宙の質量)と一致しないので仮想物質(ダークマター)を想定したのに、
仮想物質が足りないからといって、仮想の定数(宇宙項)を復活させるのは変な話だ」と突っ込みを入れたんですよ?
ダークマターが仮説であると主張してるのは私であって、定説であるかのように扱ったのはあなたの方です。

そして、何度も言いますが、「量子テレポーテーション」の実験で、
「情報が光速を超えて伝わった」という実験結果は「全く出ていません」
ですから、因果律は「全く破れていません」
なお、貴方はきっと誤解されるでしょうから断っておきますが、
私は「因果律は絶対に破れない」と言ってるのではなく、
「因果律が破れたというような観測事実(=超光速の情報伝達)は無い」と言ってるんです。
超光速での情報伝達の可能性を否定しているのではなく、それを示す実験結果が無いと言ってるんです。


452 :前々スレ10:2009/11/23(月) 10:03:15 ID:1anFBihd
>>447
一晩がんばってぐぐった結果が、超弦理論にM理論ですか?
まあ、リンクが間違ってるのはご愛嬌としても、
50年前(超弦理論)15年前(M理論)の理論を持ち出して、
「新たな理論が登場してしまった!」とか力説されてもねぇ……。
私の感覚的には、「遥か昔からあったよ」です。

(余談ですが、大学の恩師は、「24次元で理解すると、数学的には美しいんだ!」と力説してますw)
(余談2、膜理論といえば、LHCにはヤキモキさせられました。接続抵抗が原因なんて、言われてみれば目から鱗です。
無事再起動したようですので、これからの動向に注目です。)

453 :前々スレ10:2009/11/23(月) 10:12:48 ID:1anFBihd
>>446
突っ込みどころが多くて、突っ込み忘れてましたが、
インフレーション理論からトンネル効果が導き出されたわけじゃないし(むしろ逆とも言える)
トンネル効果によるインフレーション理論は古いし、
そもそも、量子トンネリング効果は80年以上前の説で、別の現象ですでに何度も確認されて、常識の範囲ですよ。
まさか、知らなかったんですか?

454 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 10:33:48 ID:Kw+abnKf
しかし、10氏は丁寧に突っ込むなあ(笑)
俺はもう、馬鹿馬鹿しくて突っ込む気力も失せた。
この「初出2」と言う人はよくいる「シュレディンガー方程式も自力で導けずに、『やたらとネコの話が好きな人』」なんでしょ。

だから、初出くん
科学の話はもういいから、「あなたは因果律を否定したいの?」
これに答えてね。

455 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 10:55:28 ID:jLGz0JW5
>>453
ロスアラモス国立研究所によって光速を超えて電波を送信することを
可能とする装置の開発に成功した話があるが、
この装置はパルサーで生じているシンクロトロンの原理を応用し
安定的に光速の壁を超えて電波の送受信を行うのは難かしいが装置間の磁場の
同期を調節することによって光速の壁を超えて電波を送ることが可能だそうだが。

456 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 11:40:39 ID:Kw+abnKf
>>455 マジでメチャクチャ驚いたんだが。遂に新世紀到来か?って

んで、結局、「誤訳」落ちかよ。
こら! 驚かすなよ。

457 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 11:52:24 ID:YW9VtXl4
                         ,、ァ
                        ,、 '";ィ'
________              /::::::/l:l
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.ヽ:゙ヽ; : : : : : :ノ:::::::::::::::::::::::::/" ::     '\-:'、
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 r、r.r ヽ 、 /:::::::::::::::::::::::::     _  `゙''‐''"  __,,',,,,___
r |_,|_,|_,|`ヽ、:::::::::;;;、、--‐‐'''''',,iニ-    _|  、-l、,},,   ̄""'''¬-
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|_,|_,|_人そ(^il:::::::::::;、-''"  ,.-'  ゙、""ヾ'r-;;:l  冫、     ヽ、
| )   ヽノ |l;、-'゙:   ,/      ゞ=‐'"~゙゙') ./. \
|  `".`´  ノヽ:::::..,.r'゙         ,,. ,r/ ./    ヽ
   入_ノ   ン;"::::::.       "´ '゙ ´ /      ゙、
 \_/  //:::::::::            {.        V
   /   / ./:::::::::::::            ',
  /  /  /:::::::::::::::::.            ',.

それがブッダの本懐と何の関係があんのや?



458 :たろすけ:2009/11/23(月) 12:01:47 ID:I2h5C75l
新しい時代など到来しない。パラダイム転換は宗教的な内省を欠いたたわけ者の慰みに過ぎない。
非宗教人はパラダイム転換によって、量子的飛躍を得たかのように錯覚するが、まことに憐れむべきである。
これはつまり道具は最新だが、持ち手が原人なのである。


459 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 12:03:30 ID:kJg8siMq
さぁ?解りまへん

宇宙の果てに孫悟空が落書きしてきてもブッダの掌中の中の物語りだから
ブッダは光速以上の絶対境地を表現したいんじゃないの。

460 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 12:07:23 ID:Kw+abnKf
>>457 いやいや関係があるらしいぞ。
初出2くんによれば、「光速を超えると三世が同時存在することになり、輪廻転生が真実となる」らしい

なんで因果律の崩壊が輪廻転生に繋がるのかさっぱりなんだが?

461 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 12:13:26 ID:kJg8siMq
地球人が未だ発見できん光速を超える仮説粒子タキオンの実在を発見するしかないな
ノーベル賞ものでしょ。

462 :たろすけ:2009/11/23(月) 12:18:04 ID:I2h5C75l
愚かなる時代錯誤の化学者たちは、論理の地平線、を誰よりも恐れる。かれらにはそこが聖域であり、不可侵なる領域なのである。

この言語の原住民たちにとってアンチノミーは禁忌であり、彼らの信仰対象、言葉の神を怒らせる恐ろしいワードなのだ。

経験則を一切もたない、宗教哲学者という名の憐れなる言葉の戦闘民族よ。

蛮人的化学者よ。もっと論理の地平線を恐れよ、そして言語的錬金術を、飽くなき追究を行え。
概念を操作し、観念ニルバーナを起こして見せよ。

釈迦如来でさえ入れなかった言語論的、滅語涅槃(言葉による言葉の止滅)を達成して見せよ。


463 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 12:29:54 ID:P5HUl/q9
>>460
彼はもともと、縁起一代氏の論立て(-特に幾つかの譬えに於いて-)を崩そうとしてたわけで、
彼自身は、
《今行っている思考実験が成立しないならば、輪廻や転生もまた成立しない》ということを、
この側面では論証(或いは説明・解釈)できないことで示そうとしてるんじゃないかい?

彼が今行っているのは、
「ろうそくの炎の喩えを現代物理学から擁護する」方向のものだと思ってたが、
違うのか?

464 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 12:32:47 ID:hK+DTQaE
輪廻と転生の事実は、信者の頭の中にのみ存在する。
信じる者にしか理解できないのです。

私は信じる。信じるから存在する。信じなければ存在しない。
イワシの頭だって、神だと思えばその人にとっては神。
宝珠氏も前スレ2氏も何かを信じているのさ。

465 :たろすけ:2009/11/23(月) 12:46:38 ID:I2h5C75l
いや、業の外延。

466 :前々スレ10:2009/11/23(月) 13:22:38 ID:1anFBihd
>>455
私も、論文が新しいから、マジでチェック漏れかと思って、あせって調べたら……

まあ、群速度と、情報伝達速度の違いも理解できずに、定期的に騒ぎ出す人は居ますよね。
(5年ほど前の私のことですがw)

467 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 16:07:18 ID:w0TI5NAx
生存本能を基盤として「輪廻転生」を解釈すれば、それを信じる人々は、生存
本能が強すぎて、即ち生への執着が強すぎて、「来世があったらいいなあ」と
いう願望。しかし、残念ながら、死によって、感覚器官も思考器官も灰になる
から、仮に来世があっても知覚・認識が不可能であり、あってもなくても同じ。

古代人は、死後も、精神が肉体から抜け出して、別の肉体に生まれ変わると
いう願望を抱いたのだろうが、肉体が腐敗したり、灰になれば、その精神の
発生源が消滅するのだから、現代の生物学では絶対に認められず、単に「だったら
いいな」という限りない欲望と妄想。

否定論者は、そのことを知り、かつ個体に死がなければ種属としての生存の維持
が不可能であることを悟っているから、現世に全力を尽くし、十全に生存しよう
とする。他者の生存を助ける喜びから、精神の安定と平安を得る。転生という
脅迫に怯えて他者にいくら尽くしてみても、この精神の安定と平安は得られない。

釈迦が、真実にはいずれの生き方を教えたかを考えてみよう。釈迦は、「肉体
と精神とが別個であるなどとは考えるな」と教えたはずだ。だとすれば、肉体
が消滅すれば、精神も消滅する。その意味で、釈迦は冷厳な唯物論者であった。

468 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 16:40:28 ID:hK+DTQaE
宗教と科学の一体化を謀っている人は諦めた方がいい。
釈尊は科学者じゃなかった。
それに紀元前の科学なんて限定的であって、現代のそれとは隔たりがある。

469 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 17:14:41 ID:xN9BWsG9
>>468
宗教も科学も、人間の生命の営みの一部だから、截然と区別することは出来ない。

自然宗教の発生は、古代人の生存のための「手段」であり、現在の科学の代替品であった。
古代人の生存のための精一杯の「現実性・合理性・科学性」の表れであり、科学の萌芽で
あったことを、忘れてはならない。

現代においても、未開社会では、魔術師(witch doctor)が、病気をはじめ、生存全般に関与する。

470 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 18:32:31 ID:hK+DTQaE
>>469
宗教を利用した病や自然災害への解釈はその通り古代人の科学の代用だと思うが、
宗教の持つもう一面である祈りや儀式によるご利益成就願望はどこまでいっても科学じゃないでしょ。
身に迫った病気治療ならいざ知らず、基本的な生存以上のことや死後の輪廻転生を信じている人はまさに来世ご利益のために信じているわけだから、
科学的なアプローチで説明や解説する意味がない。

また釈尊が説いているのはその多くが心の内面の問題だしね。
心は科学的に定義できないでしょう。

471 :閻魔大王 :2009/11/23(月) 19:31:29 ID:YW9VtXl4
老人問ふ、「大修(だいしゅ)行底(ぎょうてい)の人、還って因果に落つるや也た無や」。
師云く、「不昧因果」。
老人言下(げんか)に於いて大悟(だいご)す……。


472 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 19:32:11 ID:hK+DTQaE
我こそが真実を語るのである。彼は真実を語っていない。
人々はこのようにしてその鋭い舌先で互いに傷つけ合い、終わりの無い争いを続けるのだ。

仏法の解釈は様々であり、混乱していて、しかもそれぞれが互いに矛盾しているように思える。
だがそれでよい。皆各々が自分の信じるところを信じ、生活で実践していけばよい。
なぜなら、永遠不変の真実など無いのだから、釈尊の仏法もまた、時代や場所によって変わっていくものだからである。

ということでこのスレ終了。考えるべきはいかにして仏法を日本で、世界で盛んにすべきか、です。仏教徒同士で無為な喧嘩は止め-------------------

473 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 19:52:39 ID:WbecBNb3
>>470

宗教の「発生」は、古代人の生存のための手段であり、現代の科学に相当するものだったと述べている。
太陽や自然物への感謝、大漁への祈り、豊作への祈り、病気治癒への祈り、災害回避への祈り、すべて
生存のためである。

これに反し、創唱宗教は、例外なく開祖の精神障害から発生したものであり、その症状としての「観念過剰」
から、本来、生存の手段であった宗教を、観念化、抽象化、精神化し、生存の手段を生存の目的とすると
いう倒錯に陥ったのである。古代人の自然宗教には、このような倒錯はなかった。

なお現代では、心も、大脳生理学、心理学、精神医学等により、充分に科学の対象である。精神病が、脳内
神経伝達「物質」の異常によって起こるという発見は、人類最大の発見の一つであろう。釈尊の宗教は、
現代的には、精神的苦痛をその原因に遡って緩和・除去するという「心理療法」の一種と見てもよい。
ニーチェは、佛教を、「唯一の実証的宗教」「優れた精神衛生法」として極めて高く評価している。

474 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 20:25:05 ID:hK+DTQaE
>>473
全面的に同意するよ。
それで、科学でもって来世を信じ切っている人を説得できるんですか?

475 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 22:05:03 ID:8PcLHkAi
>>474
説得は殆ど不可能です。非現実を現実と信じ込ませることによる洗脳は(反)
不可逆的。それが宗教の底知れぬ恐ろしさです。精神医学による長期治療か、
何らかの方法で逆洗脳する以外には、方法はないでしょう。

宗教そのものの全廃が必要である所以です。

476 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 23:10:42 ID:PmADF/gG
生死即涅槃について、皆さんは肯定派ですか?否定派ですか?
私は、輪廻肯定派であり、生死即涅槃否定派です。
生死からの解脱が涅槃だと思うからです。

477 :神も仏も名無しさん:2009/11/23(月) 23:40:42 ID:P5HUl/q9
>>476
禅系は肯定、上座部系は否定、中観(≒中論)は肯定かな?
如来蔵・本覚系も肯定だろうな。密教系も肯定かもしれん。 天台はどうだろう。
近代仏教学の洗礼を受けていれば、浄土系日蓮系も肯定かもな。
華厳系は・・どうだろう?

ま、よーするに、
《「人が人として生きる在り様・姿」にどのような視線を向けるか》に依るということ。
或いは《在家の生き方をどう位置付けるか》ということ。
御隠居は極端にしてもw、
《“正しく”生を営んでいれば、その姿は尊き命の姿であり、
 仏の慈悲の眼に適った「【衆生の】在り方」として称賛・推奨される。
 「【衆生の】あるべき姿」として称賛・推奨される》。
この考え方に同調するかどうかが、別方向からの基準になるかもね。

478 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 00:25:27 ID:/sVID+8h
(濁流の中で踏ん張って立つ姿が、美しいとか)
何かに対して、たとえば、そうでない有様に見える生き方とか
何かに妄信的な人らに対しての、抵抗、皮肉の意味合いで
言ってみたのでないならば

濁流の中に立つ姿を美しい
とか言うかなと

これは未だ、自分が苦を脱する手がかりすらない
という状態の人が、苦し紛れに言う台詞だよね
保険みたいな台詞だ
生命そのものを美化してみたりだ

479 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 00:49:14 ID:zk27SS4N
>>478
君は、やたらと苦を美化しているようだなw。

苦から逃避しようとする者よりも、苦に耐える姿のほうが「美しい」のは当たり前。


480 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 00:52:09 ID:WiYkyhUj
>>478
夕暮れの公園で遊ぶ親子の姿を美しいと思わないのか?

「世俗で」「日々を過ごす」ことを(仏教系スレだしw苦の分量多めでw)「濁流」としたが、
単に「川の流れ」でもよいぞ。

君も譬喩が解らんタイプか・・・。
篠原美也子の「河を渡る背中」「Dear」や中島みゆきの「ファイト」でもじっくり聴いてみろw

君が指摘するように、そのように、478もまた
「日々を生きること」の一側面(視線の数種)にしか過ぎん。

ノシ

481 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 01:11:16 ID:/sVID+8h
かわゆいけどね
まったく意味が通じてないのか・・
だからそれが今、濁流の状態でしょ
夕暮れの親子とかわざわざ、連れて来なくていいのに



頼むから、中島みゆきとか、やめてな
趣味が違いすぎだやたらと薦めないでくれな

482 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:29:23 ID:3bldmiFG
>>411
> 【主体が無ければ行為は(動詞は)成立しない】と。
> 【動詞のみがある(→行為のみがある、現象のみがある)なんてことはありえない】と。
> 【主体が(主語が)あって初めて、(その後に)行為があり得る】と。
>どうだい? そっくりじゃないかい?w 主体の(主語の)喪失を恐れる姿勢が・・・www

素晴らしいね!www
一体、「我など不要」と言ってるのは誰なのか?

>>420
それ(如来の死後は無記)は第三者から見た客観性のことです。
しかし、私が問うたのは“自覚について”です。


483 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:31:27 ID:3bldmiFG
>>385
当たり前です。
基本的に解脱者の視点から説かれているからですよ。
あなたの主張はただの凡夫視点に過ぎない。


>>386
それらは、仏教を理解していない三流学者の経典の誤読による間違った学説ですw


>>444
本当です。
本来からすれば、在る無し議論はもうスレ違いなのです。

では一体、何が確認されたのか?
経典では輪廻転生を説いているという事実の再確認であり、
それらが誤訳であったり、或いは後代の挿入付加であったり等々の
〜つまり、ただの誤解に過ぎない、などといった根拠は、ついには出て来なかったのです。

要するに、否定派には根拠はなく、
ただ心情的に信じられないというだけなのでした。


484 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:33:59 ID:3bldmiFG
>>314
同意。そういう捉え方も在りだと思います。

>>328
>う〜ん、根本的に違うと思うんですが、
>仏教の目指す所は、「苦の無い生き方」であって、
>「超常的な『悟り』を体験する事」ではないと思うんですが。

ならば、仏教に拠る必要なし。
現代・心理カウセリングでも事足ります。

>そして、目指す所が「苦の無い生き方」で有れば、
>死んでしまえば、苦も生もなくなるので、目指す必要は全く無いですよね?

それは断滅論です。仏教の立場からは間違った見解です。

>「努力したら、それに見合った報酬が必ず有る」と言う、非常に幼稚な考えでは無いですか?
>「努力は報われるとは限らない。正義が勝つとは限らない。」それが世の中の姿だと思います。

あなたがどう思おうとも・・・
仏教では業力は不滅であり、行為者に同等の力で返ってくるといっている。
たとえ肉体の死後でもそれは免れないのだと。
これが正しかろうと正しくなかろうと、これ以外の仏教なるものは存在しない。

>>330
>何度も言うように、押し付けるなら、根拠をお示しくださいな。

私が押しつけてるのではなく、「経典ではそう述べてますよ」といってるだけ。
だから、あなたは信奉しなければいいだけのこと。理解できないのは自分のせいです。


485 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:35:06 ID:3bldmiFG
>>389
>いくつか事前に謝っておきます。
>勿論、石飛氏の著書はお持ちで、読んだ上で擁護なさっているんでしょうから、それで十分かと。
>まさか、読んでないのに、擁護なさっているわけでは無いでしょう?

エーと、こちらこそ誤っておきますw
私が所持してる石飛著は別本です。
その『仏陀の論理学 五つの難問』は図書館で開き、
後半に展開された“無我についての解説部分だけ”しか読んではいません。

>>393
>つまり、自分の間違いなのに、論理学の責任にしているわけです。
>>394
>…………なんで、こんな本を書いたんでしょう?w

仮に、もしもあなたの指摘が正しくて、石飛氏がちょっとヘンテコリンな展開をしていたとしても、
だからといって、肝心の経典内容の解説(無我の解説など)には何ら問題なしでしょう。
書籍のタイトルには相応しくないのかもしれませんが・・・。


486 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:44:27 ID:3bldmiFG
>>344
>貴方の主張する「一切外(=現象界を超越したもの)」こそ、
>まさしく、知覚領域を超えた「別の一切」ですよね?

 もう、曲解は辞めてください!
「別の一切」ではなく、“「一切」と「一切とは別のもの」”の二つです。

 『これは最上の究極であり、無上の静けさの境地である。一切の相が滅びてなくなり、没すること
なき解脱の境地である。』(ウダーナヴァルガ26:29)
 『生きものを殺すことなく、つねに身をつつしんでいる聖者は、不死の境地(クニ)におもむく。そこ
に至れば、憂えることがない。(ダンマパダ225)
 訳注:不死の境地---accutam tha^nam.直訳すれば「没することのない所」。accutan ti sassatam
tha^nan ti akuppattha^nam dhuvattha^nam.(Comm.vol.V,p.321.)けっきょくニルヴァーナのことであ
るが、「常住の場所」「常恒の場所」と解していることに注意。』(中村 元訳/岩波文庫刊)

 “一切が滅ぼうとも没しない境地”がニルヴァーナです。目ン玉をこじ開けて、よ〜く読むように!


487 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:45:34 ID:3bldmiFG
 『生じないもの、生成しないもの、つくられないもの、形成されないものがある。もしも生じないもの、
生成しないもの、作られないもの、形成されないものがないならば、生じたもの、生成したもの、つく
られたもの、形成されたものが、(そのような状況から)脱し、離れることはないであろう。
 生じないもの、生成しないもの、作られないもの、形成されないものがあるからこそ、生じたもの、
生成したもの、作られたもの、形成されたものが、(そのような状況から)脱し、離れることがあるの
である。』(ウダーナ8:3)

 『比丘たちよ、「生ぜられたもの」でなく「有らせられたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成さ
れたもの(有為)」でないもの(涅槃の境地)が存在する。比丘たちよ、もし、その、「生ぜられたもの」
でなく「有らせられたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたもの」でないもの(涅槃の境
地)が有ったことがないとしたら、この〔世において〕、「生ぜられたもの」「有らせられたもの」「作り為
されたもの」「形成されたもの」からの出離は、覚知されないであろう。比丘たちよ、しかしながら、ま
さに、「生ぜられたもの」でなく「有らせられたもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたもの」
でないもの(涅槃の境地)が存在するがゆえに、それゆえに、「生ぜられたもの」「有らせられたもの」
「作り為されたもの」「形成されたもの」からの出離が、覚知されるのである。』(同)

 はい、『ウダーナ8:3』の訳二つをここに紹介しておきました。これが“解答”ですよ!


488 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 01:48:08 ID:/sVID+8h
なんでじいさん、盛り上がってるかな
まぁいいや
とにかく、中島みゆきを聞いて感傷にひたるな
大笑いもないけど、(何が?)とか(まあね)になるかな

ちなみに、年末の紅白の〔天城超え〕はいくないね

489 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 01:48:11 ID:3bldmiFG
 『何ものかを信ずることなく、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知り、生死の絆を絶ち、(善悪をなす
に)よしなく、欲望を捨て去った人、──かれこそ実に最上の人である。』(Sn.97)
 訳注:作られざるもの---skata=nibba^na.(Ckmm.)作られたもの(有為)は転変し、生起消滅するが、
「作られざるもの」すなわちニルヴァーナは永遠不変のものである。有為は迷い、無為はさとりの境
地である。』(同シリーズ)

 これでもまだ、“「一切」と「一切とは別のもの」”をゴータマは説いた、という私の話を理解できない
のであれば、私からはこれ以上の説明は無理なことなので、もう諦めて下さいな!(まっ、別に困ら
ないみたいだしねぇw)

>>360
>>ゴータマは形而上の事実については議論ではなく、“修行による実体験”を説いたのです。
>是非ソースなどお示し下さい。

では、いいのがないか確認しておきます。

>むしろ、涅槃は形而上のものではないと、指摘してるんですがw

 すでに上記(ウダーナ等々)で説明した通りですよ。涅槃は無為で一切とは別のものです。一切と
は現象界(有為)のことであり、生成されたものをいう。それを生存中に「覚知できる」(ウダーナ8:3)
と説くのが仏教なのです。通常では在り得ないこの覚知を可能にするのが仏道修行です。いつまで
も捉えられないのが世俗の凡夫。

490 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 01:56:25 ID:/sVID+8h
いやだから、石川さゆりのあの顔がね
年末の天城超えの
ニルバァーナとはまぎゃくだってばさ、じいさん

491 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 03:30:29 ID:HvIdffVa
>>484 こら、宝珠!いい加減にせえよ、お前は。

>私が押しつけてるのではなく、「経典ではそう述べてますよ」といってるだけ。

なんだこれは?ならば、お前は「輪廻転生というのが普遍的現象かどうかは知らない。その根拠は『仏典の記述』のみであり、ただ其れを紹介しているに過ぎない。」とこういうわけか?
違うだろ?お前が今まで言ってきたことは、
「自分は輪廻転生が真実であるという『仏教以外の根拠』があり、また、それが『普遍的現象である』ということを知っている。」
お前が言ってきたことはこれだよな?

それが突っ込まれたら
「経典ではそう述べていますよ」と『いってるだけ』だと?
お前は今まで「経典の記述の紹介しか」してこなかったわけか?

そういう姑息な誤魔化しが今まで何度批判されてきたことか。
いい加減に改めな。

492 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 05:17:40 ID:NFrJazGJ
輪廻転生肯定派の宝珠氏の根拠はただ経典による。

ここが明白になったんだから一歩前進ですね。

493 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 07:24:47 ID:3bldmiFG
>>491-492
私は、それ以外の仏教なるものはない、
といってるだけです。

私個人が信じる理由は経典に書かれてあったからではない。
他にこれを後押しする根拠が皆無なわけではない。
(それは別スレで展開の予定)


>>351
>ウダーナ8:3については(勝義だから)以下を再掲しておく。

この経文のように、
“生成されたものと生成されないもの”という2極を説くものは勝義とはいわない。


494 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 08:05:02 ID:GVXIgzkd
>>480 「美しい」の正体は、
「もっと見ていたい」「もっと聴いていたい」等の、
貪欲による衝動なのです。
見ようとするということは、
「もう充分見ました」と満足してはいないということ。
ですから、「美しい」の裏には不満(苦)があるのです。
本当に満足しきったら、もう見る必要もなくなり、
見ることを停止してしまう。
生きることに本当に満足しきったら、
もうそれ以上生きる必要がなくなり、
生きることを停止してしまう。
それが無余涅槃です。
「美しい」は苦しみ・不満の裏返しなのです。

495 :素人A:2009/11/24(火) 08:31:34 ID:LbJK3yjp
日本語では 縁起と演技が同じ読なんですが何か関係あるのですか。
まあ大法輪の外から観れば劇場?仏さんは中で授業中?。中じゃ輪観内我。
まあ色色中で有っても 外では思ったとおりと思ったおり、おおよしよしかも。


496 :閻魔大王 :2009/11/24(火) 08:59:07 ID:CWqEOfcP
>>493
>私は、それ以外の仏教なるものはない、といってるだけです。
 そう判断する根拠は?⇒あなたがひとえに御都合主義的概念仏教に陥っているからです。
 たとえばブッダが批判され棄てられたオカルト苦行主義のマハー・カッサバ(実質ジャイナ教)の編集問題を
考えようともしない。
 たとえば、スッタニパータT-7までは冷徹に教えを説いていたのに、
T-8から突然内容がレベル落ちし明らかに別思想のオカルト苦行主義丸出しになってくるのは何故か?
一方で信仰を棄てよといったものが、他方で信仰が人間の最上の富だ(182)という矛盾は何故か?
明白に矛盾した「編集」が行われている。

>“生成されたものと生成されないもの”という2極を説くものは勝義とはいわない。
その通り。めずらしく意見が一致した。
だから“生成されないもの”という二項相対の極を主張する宝珠愚者 ◆9XuF3XEACkやカラス の主張は
『勝義とはいわない』。

何度も言うがウダーナ8:3は“生成されたもの”⇔“生成されないもの”の二項相対を離れた
メタである「中道」の境地を言語という二項相対で苦心して表現しようとしたものだ。
だから隔靴掻痒の感は免れない。言語表現が届かない「境地」だからだ。
「生成されない超越世界」などという実体があるわけではない。

それにしても、宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk はぜんぜん掴めてないやないか。
御都合主義邪念があるからだ。




497 :閻魔大王 :2009/11/24(火) 09:19:19 ID:CWqEOfcP
⇒中道にて調ふべし
色即是空
空即是色
『世間(生死の世界)には涅槃といかなる区別も存在しない。
 涅槃には、世間(生死の世界)といかなる区別も存在しない』(龍樹 中論25-19)
『涅槃の究極なるものは、すなわち世間(生死の世界)の究極でもある。
 両者のあいだには、最も微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない』(同上25-20)

中道

498 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 09:19:58 ID:px9Z2M14
キリスト教:「罪」は、イエスを信じて祈れば救われる。死後は天国。
小乗仏教」:「苦」は、仏陀を信じて修行すれば救われる。死後は涅槃。

全く同じ構造。いずれも、「自己中心主義」「我欲」「我執」「個人崇拝」
「脅迫」「甘言」を内容とする、とんでもない悪徳宗教。現世だけでは飽き足
らず、来世まで追い求める、欲望と執着の塊。人間にとって、害悪以外の何物
でもない。即刻廃止。

499 :閻魔大王 :2009/11/24(火) 09:33:51 ID:CWqEOfcP
要するに、宝珠愚者はじめオカルト連中(寺和田を含む)は、

マハー・カッサバ教とその劣化後裔vs釈迦仏教の区別がつかないのだ。
その人と歴史的社会的状況および思想形成のあいだのフィードバックで
その人を掴んでゆこうとするダイナミックな方法論(多因多果の縁起的方法論)が
完全欠落しているのだ。
釈迦仏教の方法論とは決して概念主義(文献学オンリーとか経典信仰主義とか)ではありえない。

妄想神智学徒たるゆえんである。


500 :閻魔大王『? ◆eaaPtXEZ7Bm8 :2009/11/24(火) 10:30:43 ID:CWqEOfcP
>>496で>だから隔靴掻痒の感は免れない。言語表現が届かない「境地」だからだ。
この点につきウダーナから釣りえさをまいてみようかw 
ウダーナ8-1だ。
『修行僧たちよ、このような境地がある。
そこでは、地もなく、水もなく、火もなく、風もなく、空無辺処もなく、識無辺処もなく、無所有処もなく、
非想非非想処もなく、この世もなく、あの世もなく、月も太陽もない。
修行僧たちよ、[そこに]来るとも、行くともいえず、[そこに]いるとも、死ぬとも、[再]生するともいえない。
それは何かに依っているのでも、何かから生じたのでも、何かに支えられているのでもない。
それこそが苦しみの終わりである。』
この悟り言葉は、言語・論理ではなく悟りの文学的詩的イメージ表現なのだから哲学的認識や分析知とは別カテゴリーだ。
ブッダの思想の核となるものはこういった涅槃の体験・境地に深く根ざしている筈なのであって、
私が以前ブッダの悟りとは『?#”’‘;〇?』だと言ったのもこのことであり、否定の形で表現せざるをえないのだ。
言葉は届かないし、ブッダがこのことを説くということがない、といわれるのもこのことだ。
この境地を人は、空とか法とか道とかその他かっこいい言葉であらわすが、なんでもエエねん。
この点が仏教がたんなる哲学的認識や分析知ではありえないところだ。
ブッダの世俗言語化はすべてここから発想している。
それを纏めて『縁起の思想』という。
以上は確信をもって言える。

業報輪廻転生(笑い)なんて論外だ。



501 :初出2:2009/11/24(火) 10:56:33 ID:kHiQPAf8
これから「半可通」どものデタラメを正すために、しばらく引用を続ける。

http://taste.sakura.ne.jp/index.cgi/%A5%B3%A5%DA%A5%F3%A5%CF%A1%BC%A5%B2%A5%F3%B2%F2%BC%E1
コペンハーゲン解釈については、「観測によって波動関数が収縮する」や
「観測によって状態が確定する」等の説明をよく見かける。しかし、これらの記述は間違いのようだ。
物理学講師の吉田伸夫氏によれば、コペンハーゲン解釈が何かについて完全な合意はないらしい。
最大公約数的なコペンハーゲン解釈は、次の2点。
・観測前は、方程式が示す確率分布のみを採用し、粒子の具体的な状態を問わない(又は、問えない)
・実験結果と整合させるために、観測後は初期条件を変えて方程式を立て直す(波動関数の収縮と呼ぶ)

確かに、実証主義的に考えれば、実験も観測も出来ない現象については、確定的に論じることは不可能である。
粒子と波の二重性の実体については、直接的に観測しようが無い。
だから、数式上で波動関数の収縮として表現される現象が、観測したときに起きていることは否定しようが無くても、
それがどのようにして引き起こされたかは誰にもわからない。
だから、ああでもない、こうでもないという議論はあり得ても、合意を形成するには決定的証拠に欠ける。

そもそも、推測不能で、かつ、実験で確認する方法も無いのならば、それがどうであるのかを論じる必要性がない。
確かに、推測可能なら、事実がその推測と一致していないと困る。
状態を知ることが可能なら、その状態が理論と一致していないと困る。
しかし、どちらも分からないのならば、憶測で物事を論じる必要が無い。
分からないことを憶測で断言することは科学とは程遠い姿勢である。むしろ、それは、疑似科学の領域だろう。

意識が波動関数を収縮させるという考えに至っては、コペンハーゲン解釈とは全く別の物である。
もちろん、そう主張する者がいるのも事実であり、意識が波動関数を収縮させないとする根拠もない。
しかし、それをコペンハーゲン解釈と呼ぶのは正しくない。
*************
「物理学講師の吉田伸夫氏によれば、コペンハーゲン解釈が何かについて完全な合意はないらしい。」
完全に理解できるまで、繰り返しよく読むようにwww

502 :初出2:2009/11/24(火) 10:59:27 ID:kHiQPAf8
引用は、様々なサイトをあたってみて、科学的により精確な記述がされていたものを選んだ。
「科学者」を標榜していても「間違った主張」をしている輩は大勢いるからなw

http://taste.sakura.ne.jp/index.cgi/%B1%A3%A4%EC%A4%BF%CA%D1%BF%F4%CD%FD%CF%C0
粒子と波の二重性は、隠れた変数では説明できないと誤解する人がいる。
そう主張する人の根拠を良く見ると前提がおかしい。
彼らは、波としての性質を無視して、唯の粒子と考えた状態で隠れた変数を否定しているのだ。
しかし、波としての性質を無視するなら、隠れた変数に関係なく干渉は生じ得ない。
そう主張する人は、粒子と波の二重性の不可思議さの本質を理解していないのである。

本職の物理学者は誰1人として、粒子と波の二重性を隠れた変数理論を否定する根拠として用いていない。
何故なら、根拠にならないことが分かりきっているからである。
それが根拠にならないから、ベルの不等式が考案されているのである。
**************
「本職の物理学者は誰1人として、粒子と波の二重性を隠れた変数理論を否定する根拠として用いていない。」
これも完全に理解できるまで、繰り返し読むように。そしてちゃんと「理解」できたうえで科学的反証を行うように。
そうしなければ、現時点で前々スレ10およびID:kkh9Dd8Hの主張が「間違いであること」は
確定してしまって覆せないぞwww

503 :閻魔大王『? ◆eaaPtXEZ7Bm8 :2009/11/24(火) 11:00:52 ID:CWqEOfcP
みていろよ、
宝珠は>『それは何かに依っているのでも、何かから生じたのでも、何かに支えられているのでもない。』
という釣りエサをパクッ!と喰いつくぞw



504 :初出2:2009/11/24(火) 11:01:56 ID:kHiQPAf8
「二重スリット実験」↓から。
http://taste.sakura.ne.jp/index.cgi/%C6%F3%BD%C5%A5%B9%A5%EA%A5%C3%A5%C8%BC%C2%B8%B3
二重スリット実験の結果を説明するには、非決定論でなければならないと誤解する人がいる。
そう主張する人の根拠を良く見ると前提がおかしい。
彼らは、波としての性質を無視して唯の粒子と考えて決定論の矛盾だと指摘するが、
波としての性質を無視するなら非決定論でも干渉は生じない。
彼らは、粒子と波の二重性の不可思議さの本質を理解していないのである。
確率解釈は不可思議であるが、それは二重スリット実験をどのように解釈しようとも解決しない。
つまり、その問題は、二重スリット実験では解決できない問題である。
二重スリット実験は、単一の量子でも粒子と波の二重性が現れることを確認しただけに過ぎない。
確率解釈の謎に迫るには、二重スリット実験では全然足りないのだ。
だから、二重スリット実験の解釈においては、「確率解釈の謎を解き明かせないから不完全」だと考える必要はない。
確率解釈の謎は、別の方法で解き明かすべきことなのである。

505 :閻魔大王『? ◆eaaPtXEZ7Bm8 :2009/11/24(火) 11:15:31 ID:CWqEOfcP
>>502
初出2よ、オモロないど。
アクビが出るわ。
                         ,、ァ
                        ,、 '";ィ'
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 r、r.r ヽ 、 /:::::::::::::::::::::::::     _  `゙''‐''"  __,,',,,,___
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|_,|_,|_人そ(^il:::::::::::;、-''"  ,.-'  ゙、""ヾ'r-;;:l  冫、     ヽ、
| )   ヽノ |l;、-'゙:   ,/      ゞ=‐'"~゙゙') ./. \
|  `".`´  ノヽ:::::..,.r'゙         ,,. ,r/ ./    ヽ
   入_ノ   ン;"::::::.       "´ '゙ ´ /      ゙、
 \_/  //:::::::::            {.        V
   /   / ./:::::::::::::            ',
  /  /  /:::::::::::::::::.            ',.

それがブッダの本懐と何の関係があんのや?
世の中、わからんことだらけや。
それでも慶安で居られる、というのがブッダの教えやで。

506 :初出2:2009/11/24(火) 11:17:39 ID:kHiQPAf8
まて、後でわかる。釈迦が説いたという輪廻の実在を否定できない証明をする。

(「二重スリット実験」続き)
以上のように、波としての性質を無視すれば非決定論でも干渉を説明できず、
波としての性質を考慮すれば決定論でも干渉は説明できるので、非決定論でなければならない理由は全くない。
決定論を否定する時に波としての性質を無視するならば、非決定論でも同じ前提を用いないとフェアでない。
広がりのある波と一点に集中する粒子の性質が両立することの不可思議さは、決定論でも非決定論でも変わりない。
それなのに、その不可思議さを非決定論で許容しておいて、決定論では許容しないのはフェアではない。
アンフェアなダブルスタンダードを用いるのでは、
決定論と無関係な前提を操作して、それを決定論による影響にすり替えているに過ぎない。

尚、粒子として観測しても、確率的に波としての性質が観測されるのであって、波としての性質がなかったことになるわけではない。
その証拠に、二重スリット実験の干渉縞は、正しく、粒子として観測して現れた波である。
「観測」の影響を受けるのは波動関数の収縮だけである。
粒子として観測しようとすると波の性質がなくなるとか、波として観測しようとすると粒子の性質がなくなるとか、その手の話は嘘なので信じないように。
John Archibald Wheelerが提唱した遅延選択実験にて、
粒子として観測しようとしても波の性質が失われないことが確認されて……………いる?(どう見ても証拠不十分に見える)
**************
おお、ここにも「決定論」という言葉が!!
前々スレ10およびID:kkh9Dd8Hの二名は、上記引用に対する有効な科学的反証を示せ。
そうでなければ、オマエラのこれまでの発言が「科学的に偽であったこと」が確定されてしまうことになるぞw

507 :閻魔大王『? ◆eaaPtXEZ7Bm8 :2009/11/24(火) 11:34:22 ID:CWqEOfcP
>>506
>釈迦が説いたという輪廻の実在
                        ,、 '";ィ'
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  . : : : : : : `゙'ヽ、:::゙ヾ´::::::::::::::::::::::`゙゙゙'''‐'、. l|
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.ヽ:゙ヽ; : : : : : :ノ:::::::::::::::::::::;;、-、、゙:::     rー-:'、                /   }¬、
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   ヽ:ヽ、 /:::::::::::::::::::::::::     _  `゙''‐''"  __,,',,,,___       /~   ヾ::::ツ,、-/
     `ヽ、:::::::::;;;、、--‐‐'''''',,iニ-    _|  、-l、,},,   ̄""'''¬-, '  ''‐-、 .,ノ'゙,i';;;;ツ
   _,,,、-‐l'''"´:::::::'  ,、-'" ,.X,_,,、-v'"''゙''yr-ヽ / ゙゙'ヽ、,    ,.'      j゙,,, ´ 7
,、-''"    .l:::::::::::;、-''"  ,.-'  ゙、""ヾ'r-;;:l  冫、     ヽ、 /    __,,.ノ:::::ヽ. /   またまたご冗談を
       l;、-'゙:   ,/      ゞ=‐'"~゙゙') ./. \    /  '''"/::::;:::;r-''‐ヽ
     ,、‐゙ ヽ:::::..,.r'゙         ,,. ,r/ ./    ヽ.   ,'     '、ノ''"   ノ  
   ,、‐'゙     ン;"::::::.       "´ '゙ ´ /      ゙、 ,'            /
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508 :初出2:2009/11/24(火) 11:52:19 ID:kHiQPAf8
>>400のwiki「EPRパラドックス」引用で、
非局所相関(量子テレポーテーション)は「波束の収縮の影響は光速を超えて伝達し、因果律を破っている」と明記されている。
量子テレポーテーションに関する実験結果のどこをどう読んで「光速を超えておらず、因果律も破っていない」と結論付けたのやらw

また、「超弦理論」は古くからあったが、
「余分な6次元がコンパクト化されるメカニズムが不明であること」の理論的説明がついていなかった。
それが可能になったので再び注目されだした。
さらにそれで発生した複数の超弦理論をM理論が統合できるのではないかと期待されている…というのが「現状」。
残念ながらこれらの理論に基づいた「マルチバース」予言が、さんざん言われてきているがな。
それとも「見つかるまでブラックホールはない」と決め付けるかwww

科学的にも「輪廻はない」と否定できないことを書こうとしていたのだが、
間違った科学解釈に基づいた反論が続いているので、まずその主張が間違っていることを示した。
途中、名無しもあるが俺のIDは以下のものだ。

ID:97LiCfDA
ID:mzs6m567
ID:gXVAtu3U
ID:LvH7Vnpn
ID:X9kfXrqm
ID:lrx8ZOyt

この中のどこかで、輪廻や業縁起を考える場合に「時間論」と「決定論」は外せないことを明記してある。
さらに物理学の「観測問題」が仏教の「我」論と関係してくる。
どちらも、相対性理論と量子論との理論的統一という「未だ科学の到らざる領域」に絡んだ問題である。
だが、すべてを見通す「一切智者」やら「神通力」やらが存在するのであれば、
「未だ科学の到らざる領域」の先の先まで正しい答えを「知って」いて当然だろう、という話をしているw

509 :初出2:2009/11/24(火) 12:24:08 ID:kHiQPAf8
こんがらがっているこのスレの論点をまとめ、それに俺の見解を付す。

・「釈迦は輪廻を説いたか説かなかったか」=不可知。そもそも仏典自体が釈迦本人の書いたものでないから。
・「ではその仏典に輪廻は説かれているか」=○。初期の仏典から後期の大乗仏典まで「輪廻」や「業縁起」の話だらけだ。
ただし、「輪廻」という「苦」からの離脱を目指すという形で常に「輪廻」を否定的に扱っているのが仏教の基本形である。
つまり仏教は初期から後期まで、「輪廻」およびそこからの解脱を前提として語られなかったことはない。
・「釈迦や竜樹は『一切智者』か」=不可知だが、たぶん×。両者共に生まれて死んだただの「人」であろう、イエスと同じく。
・「輪廻があるなら輪廻の主体(霊魂、アートマンなど)がない」=×。これは論理命題としてそもそも「偽」。
この「論理命題として偽」である間違いを正そうと、仏教は後期になるほど
釈迦が否定していた「アートマン」的なものをどこかで取り入れる必要があった。例)「真如」など

そこで、その「アートマン」的なものと「無我」という意味を取り間違えやすい仏教用語との
「論理的整合性」について「スッキリさせたい」というあたりがスレタイ的な「落ち着きどころ」であると思われる。

510 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 12:44:54 ID:GVXIgzkd
輪廻には主体が必要だという思考回路自体が、
有身見の煩悩に汚染された思考なのでしょう。

511 :閻魔大王 仮説的思考とその検証:2009/11/24(火) 12:58:58 ID:CWqEOfcP
>>508>>509
>科学的にも「輪廻はない」と否定できないこと
 ブッダは輪廻などという検証不能な戯論は説かれない⇒無記:批判すれども、否定せず。
ただし、歴史的社会的にみれば『縁起の思想』からは業報輪廻転生論は、ほんとんど完全否定に近い批判とならざるをえない。
歴史的社会的にみて、アンチ・テーゼの機能を果たさないからだ。
あの当時、縁起という考えほど奇妙なしかし革命的な思想はなかったろう。
サリープッタやモッガラーナが直ちに鞍替えするほどの衝撃だったのだ。

>もし「無記」が正しいと主張するなら、もう一方の輪廻やら前世は「間違いを語っていた」ことになる。(>>400
⇒初出2もマハー・カッサバ教とその劣化後裔vs釈迦仏教の仮説的区別がつかないのだ。(>>496>>499
原始仏典はすべてゴータマ・ブッダが説いたというのも、単純で幼稚なひとつの仮説にしかすぎない、ということをしっかり認識すべきだろう。
だから初出2は前提が誤っている可能性がある。ご苦労はん、というしかないな。
狂雑物を狂雑物と認識できること、これこそ教養というものだろう。

世の中、わからんことだらけや。
それでも慶安で居られる、というのがブッダの教えやで。
つまり、業報輪廻転生などというオカルトではなく、縁起に生きよというのがブッダの教えなのだと拝察する。


512 :初出2:2009/11/24(火) 13:04:38 ID:kHiQPAf8
引用を再び続ける。
「論理的に破綻」より↓
http://taste.sakura.ne.jp/index.cgi/%A5%C8%A5%F3%A5%C7%A5%E2%A4%CE%B8%AB%CA%AC%A4%B1%CA%FD
トンデモには論理破綻が見られることが非常に多い。いや、論理破綻のないトンデモを見つける方が難しいだろう。
例えば、ある現象がある理論の証拠だと言っているのに、その「証拠」では他の理論の可能性を否定できないなど
、証拠不十分だったりすることは珍しくない。
証明されていないことなのに、その件を有耶無耶にして、定理であるかのように扱っていることもある。
論理の飛躍を見つけることが出来れば、トンデモを見分けることは簡単だろう。
松田卓也氏(神戸大学教授)の世界を変えた科学10大理論には、
トンデモ本に対するある阪大教授の見解が紹介されている。
これらの本が誤りであることは「彼らの本の始めの5ページ内に発見できる程度なのだから」といわれている。
良くある間違いが循環論証である。
ある理論が正しいと仮定して矛盾がないとしても、それは、矛盾のない理論であることを示しているだけであって、
その理論の正しさを証明していない。
なぜなら、たいていの場合は、その理論が間違っていると仮定しても矛盾が生じないからである。
循環論証は何も証明しない。

とくに量子力学系のトンデモ循環論証モドキの場合は、量子力学が分からないことを許容しているだけに、タチが悪い。
何が問題かというと、分からないことを含む場合は循環論証さえも成立せず、
矛盾のない理論であることさえ示せていないことである。
その手の循環論証読んでなるほどと思う人にはトンデモの素質がある。
本来疑問を持つべき事に何の疑問を持たずに納得してしまうことは非常に危険である。
分からないことを分からないと思うのは問題がない。でも、分かってないのに分かった気になるのは危険である。

513 :初出2:2009/11/24(火) 13:08:48 ID:kHiQPAf8
(「論理的に破綻」つづき)
片手落ちもよく見られる論理矛盾である。
ある理論の矛盾を根拠に対案が正しいと主張する場合、その対案に矛盾があれば主張は成り立たない。
しかし、実は、対案にも同様かそれ以上の矛盾があるのに、その事実に触れずに誤魔化していることもある。
これでは、持論と対立する理論を葬る口実を作っているだけに過ぎない。
**********************
「証明されていないことなのに、その件を有耶無耶にして、定理であるかのように扱っていることもある。」
「片手落ちもよく見られる論理矛盾である。
ある理論の矛盾を根拠に対案が正しいと主張する場合、その対案に矛盾があれば主張は成り立たない。
しかし、実は、対案にも同様かそれ以上の矛盾があるのに、その事実に触れずに誤魔化していることもある。
これでは、持論と対立する理論を葬る口実を作っているだけに過ぎない。」
ここもよく読んで理解するように。

俺が量子テレポーテーション(非局所相関)の実験結果を出したとたん、
科学的に見て間違った結論である「光速を超えていない」「因果律を破っていない」、あるいは
M理論からそろそろ言われだした「マルチバース(多宇宙)」予言などについて「先回り」して、
しかもウソをついてまで否定しにかかったのは、
それがそれまでのそいつらに対する「反証」としてあまりにも強力だからだ。
これからその「輪廻」が実在することを否定できない科学的根拠を書く。
ただしあまりにも難解すぎて、ここの住人の誰も理解できない可能性はとても高いw
だが滅多に見ることのできないような「反証」の目撃者となれる。
それ以降、仏教者は自身を持って
「輪廻はある、したがって輪廻の主体(霊魂、アートマン)もある。しかし無我である」
と主張していい。

>>511
そんなもんわかっとるわいw

514 :閻魔大王 仮説的思考とその検証:2009/11/24(火) 13:15:47 ID:CWqEOfcP
>>508>>509
>すべてを見通す「一切智者」やら「神通力」やらが存在するのであれば、
>「未だ科学の到らざる領域」の先の先まで正しい答えを「知って」いて当然だろう、という話をしているw
そんなことは溶暗宗教家オカルト苦行主義のマハー・カッサバとその末裔どもに言え

一切とは経験的に検証しうる領域をいう。
だから「未だ科学の到らざる領域」の先の先まで「知って」いて、当然ではない。
生存苦からの解脱という本懐とは直接関係はない。
ちなみに「神通力」などというシロート相手のこけおどしはカッサバか権威主義スコラ坊主のタワゴトと俺の教養はかぎ分けた。

輪廻転生を喜んだのは、黄金の仏像を見て、ブッキョーをやれば来世でも金儲けできる!と狂喜した
プラグマチストの中国人だけだ。 ほんま、あいつらにはつける薬がない。


515 :初出2:2009/11/24(火) 13:35:09 ID:kHiQPAf8
>>509自身は自信の間違いね。

>>508
輪廻や業縁起を考える場合に「時間論」と「決定論」は外せないこと。
さらに物理学の「観測問題」が仏教の「我」論と関係してくる。
どちらも、相対性理論と量子論との理論的統一という「未だ科学の到らざる領域」に絡んだ問題である。

は、とても重要なポイントをまとめたものだが、これを読んでもさっぱりわからんのだろう?
「一切智者」に近づいて「神通力」が多少なりとも備わった者でなければ理解不能だろうからなw
「悟りの世界をチラ見した」だの「神通力がある」だの書いたところで、
それを「蛸壺仏教」限定の、狭い狭い壷の中に閉じ込めるつもりは一切ない。
もしそれがオマエラがよく言う「勝義諦」であるなら、
「歴史的時間」や「宗派の違い」といった世俗的制約を越えても適用できる「真実」なのだと
オマエラ自身いつもいっているだろう。
そしたら当然「今の科学でわかっていること」より以上のことも、
「真理」として理解できていなければならないことになるよな。
「仏教が究極の真理を説いている」と主張するのであればな。
それに予告しといてやるが、心配せずとも、
おそらく「仏教がこれまで言ってきたことは(ほぼ)正しかった」という結論に落ち着くだろうよw

516 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 14:37:34 ID:NFrJazGJ
釈尊が個々の人々に対して説いた教えの核は何か。


・物事は相互に複雑に影響し合って発現する→縁起
・よってあらゆる現象の奥には元となる原因が隠されている→十二因縁
・では、苦しみの原因は何か?どうしたらそれを無くせるのか→四諦八正道
・さらに、縁起(物事は複雑に絡まる総体)であるから、個別には実体がない。そして個別は常に変化する→無常、空、無我
・このようにして苦しみの原因を理解し四諦を実践した人は悟った人である。彼は苦しみの世界であるこの世に存在しなくなったも同然である→涅槃

これだけでいい。
仏法(Buddha's Law)とはこういうこと。
転生とかその他のヒンドゥーやジャイナ教、様々な神々や儀式などは仏教に必要ない。

517 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:41:40 ID:0FmjMIZ2
チョイと目を離すと、一気に伸びるスレですね、ここはw
では、連投失礼します。
・・・・・・というか、下書きしている間にドンドン突っ込む場所が増えて、書き込む暇がありませんw

>>473
そこで、何で自然発生的宗教と、創唱宗教を区別するのかが理解できないんですよね。
貴方の指摘する宗教の問題点は、「根拠の無い事を盲信する」点に有るのであって、その発生経緯には拠らないのだと思います。
古代人の宗教であっても、「倒錯」はいくらでもあったと思います。

心が科学の対象であることには同意します。
その点、釈尊は、「宗教家」ではなく、ある種の「科学者的存在」であったと、私は考えます。

518 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:42:05 ID:0FmjMIZ2
>>476
私は、肯定でも否定でもありません。
根拠が無いので、判断しようが無いですから。
まあ、あえてどちらかと問われれば、肯定する証拠が無いので、否定的に考えてますね。

519 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:42:56 ID:0FmjMIZ2
>>483
だからですね、経典には、矛盾した既述が有るわけです。
その中の一部分だけを切り出して、
「ホラ、『輪廻』という単語が有るだろ?だから、釈尊は『輪廻』と言ったんだ」
と主張しているのが宝珠愚者さんです。
「輪廻を否定する既述は後代の誤解だ」と言ってるのも宝珠愚者さんです。
それについて、
「経典の正誤を判断しているのは『貴方』なんですから、結局の所、貴方は「私は正しいから、輪廻はあるんだ!」という主張をしているだけですよ?」
と、指摘した所、それをお認めになりましたよね?
それなのに、「いや、私には確固たる根拠が有る!」とまた言い出して、
その「根拠」を聞くと、「今は忙しいから、別スレで!」と言い出して……。
無限ループで、既に4スレ目です。

『では一体、何が確認されたのか?
「現存する経典」には輪廻転生が書いてあるというだけの事実の再確認であり、
それらが誤訳であったり、或いは後代の挿入付加であったり等々の
「ただの誤解」ではない、などといった根拠は、ついには出て来なかったのです。
要するに、肯定派には根拠はなく、ただ「心情的に信じる」というだけなのでした』

それから、何度目かの指摘か忘れましたが、私は輪廻を「否定」してませんよ。
「肯定するなら、根拠を示してくれ」と言ってるだけです。

520 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:44:22 ID:0FmjMIZ2
>>484
>ならば、仏教に拠る必要なし。
またまた、「仏教」の定義の問題ですが、
328の私の主張は、「ある意味、仏教とは、現代の心理カウンセリングのようなものではないか」と言う主張です。
貴方は、「貴方の信じる釈尊」が説いた、「経典のうち、貴方の信じる部分」だけを、「仏教」と定義して、それ以外を排斥しているだけですよね?
そして、貴方の定義の根拠は、「超常現象は有る」というものですが、その根拠はお示しになっていないわけです。
それでは、私の定義を批判するには、根拠薄弱ですよ?

>それは断滅論です。
いや、それについては、既にセブンさんが反論していると思いますが?
貴方は再反論してましたっけ?

>仏教では業力は不滅であり、行為者に同等の力で返ってくるといっている。
いやだからですね、「仏教徒だけ」に通用する理論であると主張するなら、
それでも構わないわけです。
328では、私は、「一般的には、そうではない」と言ってるんですよ?
それとも、「業力は普遍的真実だ!」と主張なさるんですか?なら、根拠をお示し下さい。
ちなみに、私の主張「努力は報われるとは限らない。正義が勝つとは限らない。」については、いくらでも実例を挙げられます。

>だから、あなたは信奉しなければいいだけのこと。
だからですね、何度も言うように、「仏教徒専用理論です」と宣言していただけるなら、構わないわけです。
そして、ここでは、「一般的に輪廻をどう扱うべきか」と言う議論をしているので、「仏教徒専用理論」ならば、お呼びじゃないワケです。
どうぞ、ご自分のブログでもお作りになって、布教に勤しんでください。
あえて「普遍的真実だ」と主張なさりたいなら、根拠をお示し下さい。

521 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:45:08 ID:0FmjMIZ2

>>485
>私が所持してる石飛著は別本です。
その本をお示しいただけますか?

>後半に展開された“無我についての解説部分だけ”しか読んではいません。
( ゜д゜) ポカーン
え〜と、議論していたのは、
「釈迦が一切知者である」と言う石飛氏の主張に対しての話ですが、
その部分を読んでいないのに、擁護していたんですか!?
なんと無責任な……。

>仮に、もしもあなたの指摘が正しくて、石飛氏がちょっとヘンテコリンな展開をしていたとしても、
>だからといって、肝心の経典内容の解説(無我の解説など)には何ら問題なしでしょう。
いやいやいやいやw
主張の結論があってれば、途中の論理過程は無視して構わないと?w
ちなみに、私は>>389のEで断っていますが、論理過程を批判しているのであって、結論については批判してませんよ?
その上で、「論理過程がおかしいから、石飛氏の著書はお勧めすべきではない」と主張してるんです。
ついでにいえば、「ちょっとヘンテコリン」と言うレベルの間違いじゃないです。
「太陽は西から昇る」レベルの話ですw

結局、貴方は「読んだ事無いし、論理過程が間違ってても、石飛氏が書いているから、お勧めします」という事ですか?
「根拠は無いけど、仏陀が言うことなら間違いないだろうから、お勧めします」と、全く同じ思考ですね。

522 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:45:49 ID:0FmjMIZ2
>>486-487
ウダーナヴァルガって、ウダーナとは別の、説一切有部の経典じゃなかったでしたっけ?
ダンマパダの方の解説は、「不死の境地=ニルヴァーナ」であると言う解説で、
「ニルヴァーナ=一切とは別のもの」という解説ではないと思いますが?

まあ、そこは置いとくとしましょう。
結局、「貴方の主張する一切とは別のもの」は、知覚範囲を超越しているわけですよね?
それこそ、仏陀が指摘した「別の一切」そのものじゃないですか。
この指摘に対する反論は、あえてスルーですか?

523 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:46:32 ID:0FmjMIZ2
>>487
引用を根拠とする事に対する、私の意見は既に何度も述べましてよね?

それから、前後の脈絡省いて、自分の都合のいいところだけを引用するのが得意ですね。
これは私見ですが、その前に「無我・無常」8:2について書かれており、その説明が8:3ですよね?
つまり、8:3は、「元々「我」と言うようなものは無いのだから、「我」と言うシッカリしたものが突然無に帰するわけじゃない」という意味だと思います。
つまり、レトリック的に「無が有る」といってるだけかと思います。
現代人と違って、「0」と言う概念が無かった時代の話ですからね。
「無」とか言われても、概念的に把握できなかったんじゃないでしょうか?

524 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:46:48 ID:0FmjMIZ2
>>493
え〜と、貴方の説く所が、「一切とは別のもの」であり、「別の一切=超常感覚による」ではないと主張するのならば、
「感覚可能な根拠」を示せるわけですよね?
しかも、
>私個人が信じる理由は経典に書かれてあったからではない。
>他にこれを後押しする根拠が皆無なわけではない。
と主張するわけですよね?

「別スレの予定!」等といい初めてすでに4スレがたっている訳ですが、いい加減お示しくださいませんか?

525 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:47:11 ID:0FmjMIZ2
>>495
全く関係ないと思います。
単に、日本語の音素が少ない為に、同音異義語になっただけかと。
しかも、日本語でも両者はアクセントが違いますよね?

526 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:48:08 ID:0FmjMIZ2
>>498
ついでにいえば、
大乗仏教:○○を信じれば救われる。死後は浄土
新興宗教:○○を信じれば救われる。死後は××
基本的に、宗教は同じ構造をしてますよ。
もっとも、「宗教」で、実際に「救われた」と感じるなら、
「その人にとって」は、それで十分なんじゃ無いですかね?
(まあ、私は納得できないんで不満ですがw)

あと、私見ですが、本来の釈迦の教えは、そのような盲信を排除した、
哲学的なものであって、「宗教」ではなかったのではないかとおもいます。


527 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:48:23 ID:0FmjMIZ2
>>500
宝珠愚者さんが喰い付かないようなので、ネタ提供として、試しに私が食いついて見ましょうw
>業報輪廻転生(笑い)なんて論外だ。
と仰ってますが、貴方の主張する、
「悟りとは『?#”’‘;〇?』だ」と言うのも、全く同じ構図ですよね?
結局、「経典のどの部分を信じるか」の違いに過ぎないのでは無いでしょうか?

528 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:49:10 ID:0FmjMIZ2
>>501
え〜と、反論できないのが悔しくて、頑張ってググってコピペした努力は認めますが、論旨を見失ってませんか?
そんな当たり前のコピペを延々張られても、>>505さんじゃないですが、欠伸が出ます。

>>501
>コペンハーゲン解釈が何かについて完全な合意はないらしい。
貴方こそ、私の主張を理解してます?
スレの最初から「自然科学において、完全な合意は本質的にありえない」と言ってるんですよ?
(数学は除きます)

>>502
>粒子と波の二重性を隠れた変数理論を否定する根拠として用いていない
誰が、そんな事を主張しました?
私は「貴方の示した実験は、超光速の情報伝達の証拠ではない」としか言って無いんですが。

>>504 >>506
え〜と、コピペする前によく読みましょうよ。
この引用が言ってるのは、「二重スリット実験は、決定論でも非決定論でも説明が付く」と言ってるだけですよ?
そのことと「超光速の情報伝達」に、何の関係が有るんですか?

コピペしている間に、何をいいたかったのか解らなくなってきたんですか?


529 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:49:51 ID:0FmjMIZ2
>>508
>非局所相関(量子テレポーテーション)は「波束の収縮の影響は光速を超えて伝達し、因果律を破っている」と明記されている。
今度は、どこをどう縦読みしたんですかw
引用で嘘をついちゃいけません。
「波束の収縮の影響は光速を超えて伝達」と言う部分はあってますが、そのことと、因果律は、別問題だと、最初から何度も言ってますよ?w
「『情報』が超光速で伝達」しないと、因果律は破れないんです。

>「マルチバース」予言
wwwwww
失敬。>>449さんの予言が当たったもので、大爆笑してしまいました。
なんとも…
マルチバース的解釈は、「マルチバースでも同じ結論がでるよね?」程度で、
現在の主流の考えと、本質的に全く違いが見出せません。
マルチバースが有ろうと無かろうと、解釈に違いが無いので、大半の学者は無視しています。
一応確認しておきますが、マルチバース理論を本当に理解なさってますか?
マルチバース理論を理解していれば、「マルチバースが見つかる」などと考えること自体がおかしいんですが…・・・

>輪廻や業縁起を考える場合に「時間論」と「決定論」は外せないことを明記してある。
本当に番場蛮だったのですか・・・・・・。

一切知者に対する、私の見解も、以前書きましたが、スルーされてますね…

530 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:50:09 ID:0FmjMIZ2
>>509
前半は同意しますが・・・

>「輪廻があるなら輪廻の主体(霊魂、アートマンなど)がない」=×。これは論理命題としてそもそも「偽」。
>この「論理命題として偽」である間違いを正そうと、仏教は後期になるほど
>釈迦が否定していた「アートマン」的なものをどこかで取り入れる必要があった。例)「真如」など
>そこで、その「アートマン」的なものと「無我」という意味を取り間違えやすい仏教用語との
>「論理的整合性」について「スッキリさせたい」というあたりがスレタイ的な「落ち着きどころ」であると思われる。
いやいやいやw
「落ち着きどころ」じゃなくて、元から、その部分の議論しかして無いんですがw
ぜひ、「すっきり出来る論理的整合性の有る説明」が出来るなら、なさってください。

531 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:50:52 ID:0FmjMIZ2
>>512
引用は素晴らしいんですが、先ずは、ご自分できちんと読んで理解されてはいかがでしょうか?

>ある理論が正しいと仮定して矛盾がないとしても、それは、矛盾のない理論であることを示しているだけであって、
>その理論の正しさを証明していない。
>なぜなら、たいていの場合は、その理論が間違っていると仮定しても矛盾が生じないからである。
まさしく、貴方の主張したがっている、「マルチバース」なんかがこれですよね?


532 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:51:21 ID:0FmjMIZ2
>>513
>俺が量子テレポーテーション(非局所相関)の実験結果を出したとたん、
>科学的に見て間違った結論である「光速を超えていない」「因果律を破っていない」、あるいは
>M理論からそろそろ言われだした「マルチバース(多宇宙)」予言などについて「先回り」して、
>しかもウソをついてまで否定しにかかったのは、
>それがそれまでのそいつらに対する「反証」としてあまりにも強力だからだ。
なんという陰謀論www
先回りできたのは、「よく有る誤解」だからです。
いいですか?私は、「量子テレポーテーションが光速を超えていない」とは一言も言って無いんですよ?
「光速を超えた情報伝達は無い」から、「因果律は破れていない」と言ってるんです。
折角あなたが面白いサイトを紹介してくださったので、その最後を引用してみましょう。

>>トンデモは、都合の悪い事実を無視する。実験事実が何を肯定し何を否定するのかをよく考えよう。

>これからその「輪廻」が実在することを否定できない科学的根拠を書く。
wktkしてお待ちしております。

533 :前々スレ10:2009/11/24(火) 14:52:19 ID:0FmjMIZ2
>>515
>一切智者」に近づいて「神通力」が多少なりとも備わった者でなければ理解不能だろうからなw

( ゜д゜) ポカーン

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
 _, ._
(;゜ Д゜) …?!

散々「科学的根拠」を連呼していて、最後はこれですか?w

534 :初出2:2009/11/24(火) 16:24:12 ID:kHiQPAf8
「仏教」とは、過去2400年来に登場した釈迦をはじめとした各地の仏教徒たちの残した思想、
および仏教の登場舞台となったインドにそれ以前からあった思想とを包括する思想体系である、と定義する。
ではいよいよ本題に。

輪廻が「ある」とした仏教では、それを「業縁起」という「因果律(隠れた変数理論)」で考えた。
そしてそれを「過去、現在、未来」という三世の輪廻や「死後の六道輪廻」で説明してきた。
だが、もし人間が「死んでしまえばそれで終わり」であるなら、
生きている間に苦労するだけ損じゃん、と考える人間が近代以降増加した。
このような人間を仏教の説く(キリスト教でも同じだが)「輪廻や来世や天国」という「ご褒美」では
もはや人は釣れなくなってきた。
ところがそうこうするうちに、「科学技術」のほうが発達してきて、
クローンやら相対性理論やら素粒子物理学やら宇宙論やらがものすごい勢いで解明されだした。
ただし科学は「万能(一切智者、あるいは神)」ではないので、解明した端から次の新たな謎が登場してくる。
だが、人間はその新たな謎を解こうとすることを止めない。これは人類滅亡wまで続くだろう。
さて、ここで突然ですが竜樹の「ある意味最強の理論」を登場させてみよう。
たとえば、竜樹菩薩はコペルニクス菩薩の唱え始めた
「地球の周りを太陽が回っているのではなく、太陽の周りを地球が回っている」
という一つの真理に対して、以下のように答える。
「どちらがどちらの周りを回っているかは相対的(相互依存的)なものであってどちらともいえない、
どちらも正しいともいえるし、どちらも間違っているともいえる。
だからそんなことを考えるだけムダだからやめちまえ」
素晴らしい、これで一切の論争は止む。これこそ竜樹の「『空』による断滅」である。
ただし、これでは科学の発展まで断滅してしまうだろう。
それにそんなこと言われたって誰も聞く耳も持たないに違いない。
なぜなら「人間は新たな謎を解こうとすることを止めないから」。
こんなアホらしいことを言った竜樹がはたして「一切智者」だといえるだろうか? 俺的にはnoだなw
それに「一切智者」という言葉は、キリスト教イスラム教でいえば「神」に相当するが、
竜樹や釈迦が「人間として生きていながら神だった」といえるのか。

535 :初出2:2009/11/24(火) 16:30:14 ID:kHiQPAf8
>>532のウソもたいがいにしなwww
「光速を超えた情報伝達」だから、「因果律は破れている」のが非局所相関の意味。
こんなの「かがくのじょーしき」だぞwwwww

さて、仏教徒たちが「そんなこと考えるのをやめちまって」いた間に、
外道、主にキリスト教徒たちの間で「科学と宗教の分離」が起きて「科学独走態勢」となる。
それまでかなり出遅れていたキリスト教徒たちではあったが、それ以降目覚しい「真理」を次々と発見しはじめた。
それまでのせせこましい宇宙観を次々と打ち破って、アインシュタイン菩薩による相対性理論ではついに
「絶対不変の光速度に対して、それまで絶対だと思われていた時間と空間は相対的に依存している」
ことの解明に成功した。
これは超簡単に言って「時間の流れ方は一様ではないこと」を意味する。
つまり《あなた》と《私》とでは、厳密に言えば「同じ」時間は流れていない。
このように、相対性理論レベルでもすでに「時の因果律」は崩れてきている。
そのアインシュタイン菩薩らが唱えたのが「EPRパラドックス」で、
それは相対性理論の「何ものも光速度を超えられない」を破る量子力学的現象が存在することを示唆していた。
量子力学では2つ以上の粒子が相互作用できないほど十分に遠く離れても、
一方の粒子に対するある物理量の測定が他方の粒子に対する測定結果に影響を及ぼすことがある。
これを量子力学の「非局所相関」という。
これが実際に実験で確認されたのが「量子テレポーテーション現象」で、
それは相対性理論の「何ものも光速度を超えられない」という原則を破る現象である。
そしてこの実験結果、つまり量子力学と相対性理論とを整合性のある形で説明している理論がまだ完成していない。
(ただしM理論が最も近いのではないかと現時点では言われている)

536 :初出2:2009/11/24(火) 16:46:28 ID:kHiQPAf8
>>529そもそも「ブラックホールが存在する(間接)証拠が見つかった」という例えを出した意味というものが
まるでわかっていないんではないかw
それでどうやら「マルチバースが存在する(間接)証拠は見つかるわけがない」とタカをくくっているらしいな。
残念ながら、またまたオマエの勝手な勘違いだよ。
「ホンモノの」科学者は常に「見つかるわけがない」などと早々に決め付けちゃったりはしないものだ。
LHCが最近、本格稼動を再開したらしいが、さて、どんな結果がでるのかな。うまくいった時の結果待ちだなw

(つづき)
この、「2つ以上の粒子が相互作用できないほど十分に遠く離れても、一方の粒子に対する
ある物理量の測定が他方の粒子に対する測定結果に影響を及ぼすこと」つまり非局所相関は、
「相互作用できないほど十分に遠く離れている」2つ以上の粒子が、「光速度を超えて」「時間的に瞬時に」
互いに影響しあっているわけだから、
これは通常そうだと信じられている「時空の因果律」の破綻を意味している。
ここでその説明に登場するのが「隠れた変数理論」(量子力学に特徴的な確率的な性質を、
実験者が観測できない変数を導入して説明する、決定論的な理論)なのだが、
この「決定論的な理論」が正しいか間違っているか科学的に説明できる物理学者はまだ一人もいない。
だが、「量子テレポーテーション現象」では「時空に関する因果律」が明らかに破綻しているわけだから
これはつまり「過去→現在→未来」という人が直感的にそう感じている時間の流れが、
実際には「そうではないらしい」ことを意味している。
このように、相対性理論にせよ非局所相関にせよ、どちらも「時間と空間」に関して
われわれには「真実が見えていない」ことを科学的に示している。
「太陽が地球の周りを回っている」という直感が誤りであったのと同じように。
だが、神通力でもって「これから起きることはすでに起こったことである」という体験をした者以外の
誰にこのような「時の同時存在」が実感できようかw

537 :初出2:2009/11/24(火) 16:59:13 ID:kHiQPAf8
次によくある勘違いが「輪廻で伝わるのは実体を持った物質である」というもの。
伝わる「情報」に物質的な意味での「実体」がある必要はない。
それに物質は結局はすべて素粒子にまで遡るから、量子論レベルで可能だった「非局所相関」が
それ以上のサイズで起きないとしたら整合性がとれない。…というようなことを言っているのがシュレ猫問題で、
これもまた今現在、科学的な決着がついていない。
これらの量子論で常に問題となるのが「観測と同時に波動の収縮が起こって事態が決定する」という
「観測者問題」。
これに関してコペンハーゲン解釈で解決済だとする誤った主張がみられるが、
現時点では解決に到っていないとするのが科学界の「常識」である。
この「観測する主体=私」とは「我(主体と客体を分けたうちの主体)」を大前提にしているわけだが、
そこに登場してくる「我」をとりはらい「無我」として遍在させてやれば確率問題は解決する。
「如来は遍在している」(ヴァッチャ火経 第四章↓より)
http://www.nurs.or.jp/~academy/butten/vaccha-f4.htm
だが、神通力でもって「ありありとあなたはわたしである」という体験をした者以外の
誰にこのような「我の偏在」が実感できようかw
さらにこの「ありありとあなたはわたしである」という体験こそが、
実は大乗仏教でいう「慈悲」に直結している。

各種仏典には悟りが進むにつれて得られるという「神通力」が書かれている。
また『華厳経』において、「すべては互いに関連しあっていること」が説かれている。
『維摩経』ではそれを「衆生がすべて病気なのだから、自分も病気とならざるをえない」という。
これらは、
「これから起きることはすでに起こったことである」
「ありありとあなたはわたしである」
という「悟りの世界(真如、実相)」を、
「神通力」でもってたとえチラリとでも垣間見ることのできた人間でない限り、
その真実を語ることができない。
したがって、「悟りの体験」を担保にすることでしか「世界の実相」は語れない。
その「担保価値」を否定するものには「世界の実相」もまた届かない。
だから釈迦も「こんなんわかってないやつらに言うてもしゃーないわ」
と最初に思ったんとちゃうかw

538 :初出2:2009/11/24(火) 17:47:29 ID:kHiQPAf8
>>529「一切知者に対する、私の見解も、以前書きましたが、スルーされてますね…」

このスレの>>176で最初に「一切智者」というコトバを使ったのは俺だ。
そしてこれはれっきとした仏教用語であって、当然石飛が最初に使い始めたものでもない。
また、>>407のようにオマエが勝手に「限定定義」できるものでももちろんない。
そういうオマエの「間違い」がわかっていたから、あえてアンカーせずに何度かレス中で「答えて」あったが、
それもよう見つけなんだかw
ま、科学だけでなく、仏教も「半可通」だったらそれも仕方がないなw

>>515に書いた、「答え」の一例
『「一切智者」に近づいて「神通力」が多少なりとも備わった者でなければ理解不能だろうからなw
「悟りの世界をチラ見した」だの「神通力がある」だの書いたところで、
それを「蛸壺仏教」限定の、狭い狭い壷の中に閉じ込めるつもりは一切ない。
もしそれがオマエラがよく言う「勝義諦」であるなら、
「歴史的時間」や「宗派の違い」といった世俗的制約を越えても適用できる「真実」なのだと
オマエラ自身いつもいっているだろう。』

チベット仏教関連の「一切智者」について書かれたpdfをひとつはっておくので、
これもよく読んで仏教的に正しい「一切智者」の使い方を理解するように。
http://nels.nii.ac.jp/els/110006164544.pdf?id=ART0008134089&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1259051377&cp=

539 :閻魔大王(1):2009/11/24(火) 17:56:04 ID:CWqEOfcP
>>527
>信じれば救われる。>本来の釈迦の教えは、そのような盲信を排除した、
>「悟りとは『?#”’‘;〇?』だ」と言うのも、全く同じ構図ですよね?

違います。
大切なところですので、ちょっぴり長くなります。
ブッダの悟りとは『?#”’‘;〇?』という無意味且つ非言語的境地であり、文学的詩的イメージ表現だといいました。
お解りしょうが、このような「境地」では>業報輪廻転生(笑い)なんて論外です。
何故か。業報輪廻転生は言語的な既成概念にすぎないからです。

私の理解によれば、仏教において「言語」と(あえていえば)「現象(有)」との関係の形は二種類あります。
(1) 既成事項(現象)を前提としそれを言語で指示する。現象が言語に先行する。例)業報輪廻転生
(2) 言語以前の何らか(現象としての輪郭がない無分別)を言語化=分別化することで
     初めて現象として成立する。あえていえば言語が現象に先行する。
     これによって言語以前の何らかを示唆する。
     そして、現象が他のすべての現象と“無差別、無意味、等価=無価な平等”なものとして結びあう(ネットワーク)ことを
    「空―縁起」といい、それは言葉を超えたいわば根源的な『?#”’‘;〇?』の不完全な示唆的表現(現成)だといえます。
    ここにおいては先行理解を前提せずに“語りえぬもの(月)を語る(指)”逆説的関係があります。


540 :閻魔大王(2):2009/11/24(火) 18:06:50 ID:CWqEOfcP
>>527
“信仰を捨てよ”
私の仏教観では『?#”’‘;〇?』(あえていえば空、道、法など)は
ひとりひとりが主体的に追い求めてゆく過程においてたち現れてくるものであり、
<自灯明⇔法灯明>のフィードバックによる主体的な探求が重要なのです。
>盲信を排除した、ものであることは当然です。

また、経典はあくまで指のひとつであり、一艘の筏です。
しかし、その指が曲がっており、バラける筏かはそういったフィードバックによって検討・了解できると考えます。
『?#”’‘;〇?』が問題になる以上、それこそ既成概念で知性的なたんなる哲学と決め付けるわけにもいきません。
ブッダによる非信仰性宗(根本)の教えでしょう。

たとえば、禅の公案は知性では解けません。
「祖師西来意(達磨はなにを伝えたのか)」→『?#”’‘;〇?』
「片手で打つ音を聞きなさい」→『×〜?#”’■』



541 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:14:57 ID:0FmjMIZ2
>>534
とりあえず細かい突込みから。
>「仏教」とは、過去2400年来に登場した釈迦をはじめとした各地の仏教徒たちの残した思想、
>および仏教の登場舞台となったインドにそれ以前からあった思想とを包括する思想体系である、と定義する。
揚げ足取りですが、仏教を定義するのに、「仏教」と言う単語を使うのは微妙におかしい気がするんです。
「仏教」が「それ以前からあった思想」を包括するなら、「仏教以前」と言うのは、いつの話なんですか?
まあ、「貴方の仏教の定義」は何となく伝わりましたので、良しとしますかね。

>輪廻が「ある」とした仏教では、それを「業縁起」という「因果律(隠れた変数理論)」で考えた。
え〜と、「隠れた変数理論」と言うのは、「決定論」であって、「因果律」とは、別の概念だと思うんですが…

で、後半は、「科学者は神ではない、竜樹は神ではなかった」という当たり前の指摘ですか?

542 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:19:27 ID:0FmjMIZ2
>>535
>「光速を超えた情報伝達」だから、「因果律は破れている」のが非局所相関の意味。
だから、そこの理解がまちがってるんですってばw
いったい、「かがくのじょーしき」とやらは、何処で読んできたんですか?
「光速を超えた情報伝達」は、貴方の引用した実験からは確認できていません。
そもそも、「実験の意図」が違いますから。
もし、「光速を超えた情報伝達が実現した」と書いてあったと言うのならば、
きちんと「その部分の引用」を「正確に」お願いします。
もし、本当ならば、natureレベルの雑誌に載ってるでしょうから、簡単に引用できますよね?

>このように、相対性理論レベルでもすでに「時の因果律」は崩れてきている。
工工工工エエエエエエェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェェエエエエエエ工工工
何処が破れているんですか!???

>アインシュタイン菩薩らが唱えたのが「EPRパラドックス」で、
>それは相対性理論の「何ものも光速度を超えられない」を破る量子力学的現象が存在することを示唆していた。
(゚Д゚)ポカーン
いやいやいやいやw
アインシュタインは、
「量子力学が正しいとすると、因果律が崩壊するだろ?だから、量子力学はおかしい理論だ」と言って、
EPRパラドックスを提示したんですよ?
それに対して、「いや、全然破れ無いよ」というのが現在の主流の解釈です。
貴方の理解は間違っています。

>相対性理論の「何ものも光速度を超えられない」
先ずそこの理解から間違ってたんですか…・・・
因果律は、「物質や情報」が光速を超えなければ、破れないんですよ。
例えば、「群速度」でよければ、光速を超える事は簡単に出来ます。
貴方のパソコンでだって再現できますよ。
(っと、流石にモニターの能力限界を超えてるかw)

543 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:21:31 ID:0FmjMIZ2
>>536
>それでどうやら「マルチバースが存在する(間接)証拠は見つかるわけがない」とタカをくくっているらしいな。
いやいやいやいやwww
貴方、本当にマルチバース理論について読んだ事ありますか?
「証拠が見つかるわけが無い」ではなくて、「本質的に、証拠が見つからない理論がマルチバース理論」なんですよ?
だから、科学者も、「結果は一緒なんだし、本質的に見つかるわけが無い証拠に基づいた理論に関わる必要は無い」としているだけです。

>LHCが最近、本格稼動を再開したらしいが、さて、どんな結果がでるのかな。うまくいった時の結果待ちだなw
私の書き込みを見て急いで調べたようですが、LHCの「どんな結果」を期待してるんですか?w
まさか、膜宇宙が証明されると、マルチバース理論が証明されるとか言う頓珍漢な説を出すんですか?w

>非局所相関は、「相互作用できないほど十分に遠く離れている」2つ以上の粒子が、
>「光速度を超えて」「時間的に瞬時に」互いに影響しあっているわけだから、
>これは通常そうだと信じられている「時空の因果律」の破綻を意味している。
>「量子テレポーテーション現象」では「時空に関する因果律」が明らかに破綻しているわけだから
だから、その理解が間違っていると……
いったい、「量子テレポーテーション現象」が、「因果律の崩壊」を意味するなんて、何処で読んできたんですか?

>この「決定論的な理論」が正しいか間違っているか科学的に説明できる物理学者はまだ一人もいない。
いや、だから、貴方がご紹介くださった実験こそが、「隠れた変数理論(決定論)」の否定的実験結果なんですが・・・・・・。

>だが、神通力でもって「これから起きることはすでに起こったことである」
>という体験をした者以外の誰にこのような「時の同時存在」が実感できようかw
「科学!科学!科学!」と連呼してたのに、最後は「科学」ではなく、「非科学」に行っちゃうんですか…

544 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:22:57 ID:0FmjMIZ2
>>537
>次によくある勘違いが「輪廻で伝わるのは実体を持った物質である」というもの。
>伝わる「情報」に物質的な意味での「実体」がある必要はない。
伝わる「情報」に物質的実体は必要ないですが、「情報を伝える媒体」は実体で有る必要がありますよね?

>量子論レベルで可能だった「非局所相関」がそれ以上のサイズで起きないとしたら整合性がとれない。
>…というようなことを言っているのがシュレ猫問題で、これもまた今現在、科学的な決着がついていない。
貴方は、いつの時代の人ですか?w
とりあえず、Creation of a six-atom 'Schrodinger cat' state, Nature 438, 639-642 (1 December 2005) をお読みくださると、誤解が解けるかと思います。

観測者問題について、貴方の「解決法」は意味不明です。
これまでの経緯を考えると、「観測者問題」についても、理解していないんじゃないですか?

で、結局、「経典に書いてあるから、神通力は有るんだ!神通力が無いと、証明は出来ない!」
ですか……。
つまり、「全ての根拠は、経典に書いてあることは正しいと、私が考えているから」ということになりますよ?
今までの科学に関する既述はなんだったんですか?

545 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:23:30 ID:0FmjMIZ2
>>538
>このスレの>>176で最初に「一切智者」というコトバを使ったのは俺だ。
>また、>>407のようにオマエが勝手に「限定定義」できるものでももちろんない。
なんで、「私」は限定定義してはいけなくて、「貴方」は限定定義出来るんですか?
そして、一切智者に関する矛盾は「定義」がおかしい事が原因じゃ無いかと指摘してるんですが。

>あえてアンカーせずに何度かレス中で「答えて」あった
>>>515に書いた、「答え」の一例
え〜と?
答になっていない上に、「私の主張に客観的根拠は無い!」と力説してるだけです。
このことは既に指摘済みですよね?

ついでにリンク先が見れません

546 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:24:12 ID:0FmjMIZ2
>>539
よく分からないので、質問がいくつか。
@ブッダの悟りが、「非言語的境地」であると言う根拠は、仏典ですか?
それとも、経典以外の根拠が有るんですか?

A業報輪廻は「現象が言語に先行する」とすると、「業報輪廻は実際にある」と言う主張になりますが、
輪廻は実在する現象であるとお考えですか?

B「言語的な既成概念」に過ぎないと、何で、論外になるんですか?

C「言語以前の何らかを言語化=分別化することで初めて現象として成立する。」「言語が現象に先行する。」
ここがよく分からないんですが、「言霊信仰」のように、言語を発すると、現象が起こると言う事ですか?

547 :前々スレ10:2009/11/24(火) 20:24:35 ID:0FmjMIZ2
>>540
>私の仏教観では『?#”’‘;〇?』(あえていえば空、道、法など)は
>ひとりひとりが主体的に追い求めてゆく過程においてたち現れてくるものであり、
><自灯明⇔法灯明>のフィードバックによる主体的な探求が重要なのです。
え〜とですね、修行をすれば『?#”’‘;〇?』が現れると、「信じる」事こそ、盲信だと思うんです。
それとも、必ず現れると納得できるような理論が有るんですか?
ないならば、貴方の主張こそ「仏教は信仰性宗教である」と言う宣言にしか思えないんですが。

548 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 20:28:08 ID:WiYkyhUj
>>544
>伝わる「情報」に物質的実体は必要ないですが、「情報を伝える媒体」は実体で有る必要がありますよね?
ここが、縁起バカ一代氏との最大の相違点だなw
(なんせ、お釈迦さんでさえ、“歴史上実在の人物”じゃないんだからww)


彼が横レスを入れてくるかどうかは知らんが・・・(´ー`)y━~~

549 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/24(火) 20:50:44 ID:3bldmiFG
*時間がないのでスマソ^^


>>521
>その本をお示しいただけますか?

『ブッダと龍樹の論理学/縁起と中道』サンガ刊です。
ごめん、まだ未読ですw
タイトルからして論理学なんで・・また太陽が西から昇りそうですか?(笑)

>>522
>ウダーナヴァルガって、ウダーナとは別の、説一切有部の経典じゃなかったでしたっけ?

う〜申し訳ない。
「ウダーナ」ではなく、「イティヴッタカ」(Itivuttaka)という呼称が通常なのかもしれません。
訳名は如是語経・本事経であり、正しくは『ウダーナ・イティヴッタカ』ともいうのかどうか?
また、「ウダーナ」(Uda^navarga)という場合には通常、
『ウダーナヴァルガ』/自説経・感興偈を意味する模様。
小部経典(Khuddaka-nika^ya)クッダカニカーヤ

『イティヴッタカ』『ウダーナヴァルガ』共に、
パーリ五部/パンカニカーヤ(Pan~ca-nika^ya)のクッダカニカーヤ(Khuddaka-nika^ya)/小部経典に属します。

てか・・
ここはセブン氏が詳しいので、正しい分類解説を期待しましょう!

550 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 21:09:25 ID:WiYkyhUj
>>549
岩波文庫持ってんだろ?
あとがきくらい読めw 馬鹿たれ!

551 :前々スレ10:2009/11/24(火) 21:31:41 ID:0FmjMIZ2
>>549
>ごめん、まだ未読ですw
Σ(゚Д゚)
自分は、著書を一冊もまともに読んだ事が無いのに、
>私には、縁起一代氏が絶賛する理由はわかりました。
>あなたは自分で直に読んでそれをいってるのか?
>ならば、書名と頁数と引用をあげて、どこがどうダメなのかを具合的に指摘をお願いします。
>ズーと待っています。
こんな事を言って、擁護してたんですか?

>タイトルからして論理学なんで・・また太陽が西から昇りそうですか?(笑)
アマゾンの論評を信じれば、その本も同レベルのようですね。


>時間がないのでスマソ^^

あれだけ長文を書く時間が有るなら、もう少しまともに回答してくださいよw

そして、どうでもいい部分だけ回答して、肝心の部分は「時間が無いから」でスルーなんですか?w
いい加減このパターンは飽きたと、何度……(ry

552 :神も仏も名無しさん:2009/11/24(火) 23:57:16 ID:WiYkyhUj
くそw
日付変わる前に一言二言老婆親切しといてやるわw

・「ウダーナ・ヴァルガ」はパーリには存在しない。
・誰か(ある派閥)が何らかの意図を持って「集成」した、「ためになる仏語集(民明書房)」みたいなもの。
・よって、同文、類似表現等々の比較検討が重要な作業となる。
 (パーリより古形を持っている可能性もゼロではない。(あまり期待できなさそうだが・・w))

以上。

553 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 08:28:29 ID:cSWjM1NT
仏教徒の場合、
今の自分の煩悩を反省する道具として
輪廻思想を利用することはできる。
死後どころか、明日のこともわからない。
わからないけれど、
今のこの悪業は自分の未来を苦しめるんじゃないか、
という漠然とした因果の予感は、
修行に励む動機になりえる。

554 :閻魔大王(1):2009/11/25(水) 10:25:15 ID:IlmHhz5k
>>546 前々スレ10
コメントありがとう。  
@ほんの一例で、
*「つねによく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと感ぜよ」
                            (スッタニパータ1119)                 
*「マーガンディヤよ。『わたくしはこのことを説く』、ということがわたくしにはない。
  諸々の事物に対する執着を執着であると確かに知って、諸々の偏見における(過誤を)見て、固執することなく、
  省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。」
                            (スッタニパータ837)
*「もしもわたくしに何らかの主張があるならば、しからば、まさにそのゆえに、
  わたくしには理論的欠陥が存することになるであろう。しかるにわたくしには
  主張は存在しない。まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存在しない」
          ( ナーガールジュナ 中村 元「龍樹」129頁))
*須菩提。於意云何。如來有所説法不。  須菩提よ、意においていかに。
                    如来によりて説かれたる所の法ありやいなや。 
 須菩提白佛言。世尊。如來無所説。   須菩提、仏に白して言う、
                    「世尊よ、如来には、説く所無し。」
                         (金剛般若経 岩波文庫70頁)
 類書、論書は雲霞の如し。
A世俗的社会的習慣・風習、共同幻想的概念など(仏教的にいえば)
 無明によるいわゆる“たしからしさの世界”で既成概念・イメージとしてあるもの
 →分別、世間です。
 「業報輪廻は実際にある」かどうか、とは別問題です。
B勝義は言語などの二項相対ではないからそもそも「論」外です。
C勝義(無分別)からの還減により言語化(分別)することで、現象として対象化するということ。
 空即是色。「言霊信仰」とやらとは関係ありません。



555 :閻魔大王(2):2009/11/25(水) 10:27:55 ID:IlmHhz5k
>>547
>修行をすれば『?#”’‘;〇?』が現れると、「信じる」事こそ、盲信だと思うんです。

私は<自灯明⇔法灯明>のフィードバックによる主体的な探求が重要(>>540)であり、
仮説的思考とその検証(>>511)といっています。
この態度は盲信でしょうか?
研究者でも、修行者でも、仕事のアイデアの探求者でもごく普通ではないでしょうか?
ただ、仏教の場合、べつに(新規に)現れるもなにも、“あるがまま”に気が付く(現観)かどうか、です。

わたしにとって、およそ仏典のなかで最も印象的なのはウダーナ (Udâna)1-1です。
『まこと熱意をこめて思惟する聖者に
 かの万法のあらわとなれるとき    *万法=『?#”’‘;〇?』:無分別
 かれの疑惑はことごとく消えさった  
 縁起の法を知れるがゆえであった』  *『?#”’‘;〇?』の言語化:分別
(増谷文雄 訳)


556 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 10:55:44 ID:PPkeky5z
>>553
煩悩を気にし、反省するのも煩悩。「自分の」煩悩を去るための修行こそ、我欲、
我執、煩悩の塊であることを反省せよ。

煩悩は生きるための原動力。生きていることの証。そのまま受け入れて、煩悩
と一体化することによってのみ、煩悩は去る。

生の原動力・証としての煩悩を、「排斥すべきもの」としたのは、釈迦の基本的
な誤り。彼の鬱病の症状に過ぎない。

「煩悩即菩提」は、釈迦のこの「基本的誤り」を解決したもの。

557 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 11:13:54 ID:m6rxMPbu
う〜ん なんという伸びの速さだ、このスレは。
おまけに皆、けっこうな長文なんで読むのに一苦労。皆は大型規制にかかって無いのかな?
俺は携帯からしか書き込み出来ずに苦労しとるが。

さて、初出くん。なにやらヤングのスリット実験読んでレスしろとの
ことだが、感想を書けってことかな?
「退屈でした。」
はい、これでいい?
あとはいいよね?10氏にこっぴどく批判されてたみたいだし。
んで、結局、お宅の主張することがわからないんで、
お宅の過去レス読み返してみたんだが
「俺は過去世で高野山で修行をした。そのおかげで現在、神通力が使える。
その神通力で過去世や来世を見て、輪廻転生が真実であることがわかった。
神通力がないものには所詮、これは理解できない。」とこう言いたいわけだよな。
なら、うだうだと科学に関する諸説のコピーなぞ張らずに

「オレの言うことがきけんのか?ナッパァ!!!」

と一言、言えばすむことではないか?


558 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 11:34:10 ID:Px0Ox3s4
「悟り」とは、あるがままの自分、あるがままの人間、あるがままの
世界を受け入れて、その中に「安心・立命」を見出すこと。そこから
初めて、他者への慈悲も生まれる。

この意味では、釈迦は、悟っておらず、人間性の洞察に欠けていた。

そんな釈迦をひたすら盲信する仏教徒も、同様である。

559 :閻魔大王:2009/11/25(水) 12:55:46 ID:IlmHhz5k
>>558 耄碌隠居
>あるがまま

あるがまま、とはなにか?

自分のあり方や世界に関して、(無明)自己否定の要素のない真理、そういう意味での現実主義(世俗リアリズム)とは、
実情は、自分という相対をこれが絶対で完結体だとして妄想主張していることであり、
それは真理論的横暴を犯しているばかりか、かならず悪魔化する。

「まずたしからしさの世界をすてろ」!(中平 卓馬)
「まずたしからしさの世界をすてろ」とは、制度、国家、市民社会、資本主義等々が振り撒く「幻想」の廃棄と、
既成概念、常識、流行等々の持つ「強迫観念」への疑義<世俗諦的既成観念>を端的に表現する言葉として在る。
中平は主張する、
「世界は決定的にあるがままの世界であること、彼岸は決定的に彼岸であること、
 その分水嶺を今度という今度は絶対的に仕切っていくこと、
 それがわれわれの芸術的試みになるだろう。」


560 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 13:00:56 ID:cSWjM1NT
>>556
誰だって、人生の悩み苦しみを減らしたいでしょう。


561 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:39:04 ID:vq0wLyqW
>>553
その通りですね。
553さんみたいに、「業報輪廻は仏教徒限定の、修行の為の概念だ」と主張するなら、
私は何も言わないんですが・・・・・・

562 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:41:35 ID:vq0wLyqW
>>554
回答有難うございます。
@
お示しになった根拠は、いずれも経律論の三蔵の範囲内ですよね?
即ち、「先人が言ったから」であり、
「その先人が正しいと私が信じているから」であり、
結局、「私が正しいと思うから、悟りは『非言語的境地』である」と言う事ですよね?
私が一番最初に指摘したのはここです。
結局、『業報輪廻』と、論理構造が一緒になっていませんか?

A
え〜と、私がお聞きしたかったのは、
「現象が概念に先行している」と言う事は、「輪廻と言う現象があって、その現象を概念化したものが『輪廻』である」と言う事にならないかと言う質問だったんです。
むしろ業報輪廻は、「概念が現象に先行している」であって、概念から現象を形成しているのではないでしょうか?
つまり、「業報輪廻はある!」と考え、それに適合する事例を探しているのではないかと言う事です。

563 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:42:10 ID:vq0wLyqW
>>554
B
>勝義は言語などの二項相対ではないからそもそも「論」外です。
よく分からないんですが、貴方の>>539の二分類は、
@)現象が概念に先行する = 二項対立である  = 言語的な既成概念 = 論外
A)概念が現象に先行する = 二項対立ではない = 非言語的境地
と言う事ですか?
もしそうならば、何で現象が概念に先行すると二項対立であるのかがよく分かりません。

C
ここもよく分からないんですが、
現象を言語化する事で、扱えるようになると言う事ですか?
それならば、「全ての現象」が当てはまると思うんですが?
むしろ、貴方が「言語化しないでも扱える」と主張しているのが、
『?#”’‘;〇?』の境地だと理解していたんですが……。

564 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:46:46 ID:vq0wLyqW
>>555
え〜と、私が指摘したのは、過程の「手段」の話ではなく、「目的地」についてなんですよ。
「<自灯明⇔法灯明>のフィードバックによる主体的な探求、仮説的思考とその検証」によって、
誰でも『?#”’‘;〇?』という同じ境地にたどり着くと言う保障は有るのかという指摘です。
貴方が引用した科学で言えば、誰が実験しても、最終的にはニュートン力学や、相対性理論、量子力学に到達しますよね?
これは、目的地が、手段に用いる言語と同じ、地続きの「言語的結論」だからです。

修行では、誰が行っても同じ『?#”’‘;〇?』という境地に至るという保障は有るのですか?

もしかしたら、『****』だったり、『◇△○×」だったり、『凸凹凹凸』なのに、
言語で比較できないから、同じだと思い込んでる可能性は無いんですか?

565 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:47:04 ID:vq0wLyqW
>>556 >>558
だからですね、同じ主張をするなら、反論に再反論してからにして下さい。

貴方との議論はゴムボールを水に沈めるようなものです。
即ち、簡単に沈められるけど、手をはなすと、すぐ元の位置にもどるw

566 :前々スレ10:2009/11/25(水) 13:47:59 ID:vq0wLyqW
>>557
なんというベジータwww
思わず噴出しちゃったじゃないですかw


まあ、その通りですね。

567 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 15:02:57 ID:Y/mcyej8
>>559
>>560

それはまさに、宗教の開祖や信者のこと。宗教は、既に悪魔化しているではないかw。

他者との係わり合いの中にひたむきに生きる「凡人」「世間」は、「生存努力」という最大の「修行」
を通じて、「個は他との相互依存関係においてのみ存在・生存し得る」ことを悟っている。意識的・
無意識的にその基盤に立たなければ、そもそも生存できないからだ。この叡智を「社会常識」と呼ぶ。
人間が長い長い年月をかけて築き上げた「共生」の知恵。世間との関係を絶った宗教者には、この悟り
は絶対に不可能。

「悩みや苦しみは、生きている限り不可避」であることを悟って、あるがままに受け入れてしまえば、
悩みも苦しみも、軽減・除去される。「苦あれば、楽あり」「人間万事塞翁が馬」「禍福は糾える縄の
ごとし」。これが「悟り」というもの。

苦の苦ばかりに異常に執着した釈迦は、悟っていなかったし、人間と人生の真実も理解していなかった。
鬱病という病気のせいだから、あまり責めるわけにはゆかないが。現代では、精神医学により治療可能。

なお、物質的、身体的悩み・苦悩は、現代では専ら科学が解決する。釈迦の教えではない。
純粋に精神的苦悩は、自己中心主義から生じる。自己への執着を離れて、家族などの身近な
他者に心を移すことにより、軽減・除去される。このことにも、釈迦は思い至っていない。彼には、
心を移すべき身近な他者が存在しなかったのである。

なお、芸術と宗教との本質的相違は、既に述べたとおり。

568 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 16:16:28 ID:6EBdBU9s
>10氏>>564が邪なんだよ
君いつも邪な輩の援助に、機嫌をよくするね
また邪な輩も君が好きそうだ
これを仏法で何と言う?頭のいい君なら、わかるね
そんな頭のいい君は、>>557で絡んでいるのは
修業の成果を保証されなければ、修業したくない!
これが君だ
旗が刺さったお子様ランチだよ

569 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 16:19:58 ID:6EBdBU9s
アンカー間違え
>>557>>564が逆さま

570 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 17:29:39 ID:m6rxMPbu
>>569 誰?お前。

俺が「邪な輩」で10氏が「お子様ランチ」か?
中傷するにしても、もう少し、面白い表現はないのか?
センス悪いぞ(笑)

571 :前々スレ10:2009/11/25(水) 18:04:31 ID:vq0wLyqW
>>568
>君いつも邪な輩の援助に、機嫌をよくするね
いやいやw
反論済みの説を繰り返したり、下らないコピペを繰り返したりする方より、ユーモアが有ると笑っているだけですよ?w
というか、そもそも貴方の「邪」の判定基準が解らないんですが。

もしかして、「邪」とは、「絶対に正しい自分の意見に、反対する者」の事ですか?w


572 :前々スレ10:2009/11/25(水) 18:05:15 ID:vq0wLyqW
>>568
>修業の成果を保証されなければ、修業したくない! これが君だ
>旗が刺さったお子様ランチだよ
言ってる事はカッコいいですが、
自分の目指す目的地も、そこへたどり着く方法もわからないまま、
「とりあえず修行すればたどり着く」と盲信するのは、
あまりに幼稚な考えではないですか?

喩えて言えば、東京から沖縄に行くのに、
東北自動車道を北上しながら、「沖縄に行きたいなら、まず走り出せ!」と叫んでいるのが、貴方です。
私はきちんと、電車の乗り継ぎ、飛行機の時間を調べて、羽田空港に向かったほうが良いんじゃないかと言っているんです。

573 :前々スレ10:2009/11/25(水) 18:21:44 ID:vq0wLyqW
>>567
え〜と、もう何度目の質問か忘れましたが、改めて質問します
@
「個は他との相互依存関係においてのみ存在・生存し得る」と仰っていますが、
絶海の孤島で、一人になったら、死ぬんですか?
A
@の問いで、死ぬと言うなら、死因を教えてください。
死なないと答えるならば、人は他人に依存しなくても生きていけると言う事ですよね?
もしそうなら、貴方の全ての主張は崩壊します。
B
>あるがままに受け入れてしまえば、悩みも苦しみも、軽減・除去される。
そもそも「有るがままに受け入れる」と、どういうメカニズムで、苦が軽減・除去されるのですか?
C
>なお、物質的、身体的悩み・苦悩は、現代では専ら科学が解決する。釈迦の教えではない。
科学で人が死ななくなったとは聞いた事がありません。
もし実現したと言うのならば、ソースをお願いします。
実現していないなら、人の根源的「苦」は、科学では解決できないと言う事です。

574 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 19:34:59 ID:6EBdBU9s
>>571
仏法で何と言う?答えないの?
>邪の判定?
かおりだよ、臭いだ。
>>572
つまらない比喩してないでさ、沖縄に行くつもりが、北海道に向かってたって場合もあるだろうよ
その途中経過の様々な修業立場の違いの論争は、面白いよ
だけど君の様な旗坊が、全面に食い付くとね
そういう論争すらおこらないんだよわかるかね

575 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 20:00:54 ID:m6rxMPbu
>>574 う〜ん、つまり要約するとこういうことか?

「ボクは自分の見解を書きたいんだけど反論されるとイヤだから、どっか行ってくれない?」

これでいいの?

576 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 20:12:33 ID:6EBdBU9s
>>574
アホが。反論されようが、同意されようが
書きたい事を、皆が書いているんでしょ
10は修業らしきは、少し座っただけ、すぐやめたと告白していたよね
だからはやく答えだけくれと
わかったから、一生読書してろと、それでいいんだよ

577 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 20:23:10 ID:oEZq/XwX
>>573
>@
>「個は他との相互依存関係においてのみ存在・生存し得る」と仰っていますが、
>絶海の孤島で、一人になったら、死ぬんですか?

自然がなければ死ぬし、他者から得た道具や知識や知恵が無ければ死ぬ。

>B
>そもそも「有るがままに受け入れる」と、どういうメカニズムで、苦が軽減・除去されるのですか?
悩みや苦が人生において当たり前のことという悟りがあれば、それはもはや苦ではない。苦が通り過ぎれば
楽がくるのだから、苦との闘いは喜びとなる。

>C
>なお、物質的、身体的悩み・苦悩は、現代では専ら科学が解決する。釈迦の教えではない。
>科学で人が死ななくなったとは聞いた事がありません。

個体の死によって、種属としての生命の存続が可能になるのは、既に述べたとおり。

>実現していないなら、人の根源的「苦」は、科学では解決できないと言う事です。

「人の根源的な苦」とは何?「根源的な楽」を忘れているのではないか。それでは話にならん。
鬱病の症状に過ぎない。生が「根源的な苦」なら、どんな小動物でも懸命に生きているのは何故か。
人類がこれまで存続し、宗教以外の人間の営みはすべて「生の維持」の方向に向けられているのは
何故か。健常者が、わざわざ鬱病患者である釈迦の真似をする必要はない。治療すればよいだけの
こと。鬱病患者も自殺者も「生きたい」が生きられないのである。

宗教では、すべての生物に共通する唯一の普遍の事実としての「生存本能(生命)」に
ついては、何の理解もできない。宗教などやめて、公園で小動物の観察からはじめられ
たし。

578 :前々スレ10:2009/11/25(水) 21:43:32 ID:vq0wLyqW
>>574
>かおりだよ、臭いだ。
匂いってwww
貴方の「邪」の定義からすると、貴方の示唆したい関係とは、「臭い仲」と言うやつですか?w

>沖縄に行くつもりが、北海道に向かってたって場合もあるだろうよ
自分が悟りの方向に向かっているか解らないと、宣言しちゃうんですか!?www

>だけど君の様な旗坊が、全面に食い付くとね、そういう論争すらおこらないんだよわかるかね
さらに、反論されると議論しにくいから、止めてくれと!?wwww

なんという「お子様」なんですかwwwwwww
はっ!! まさか!
私を笑い死にさせようという陰謀ですか!?

579 :前々スレ10:2009/11/25(水) 21:44:35 ID:vq0wLyqW
>>576
>アホが。反論されようが、同意されようが 書きたい事を、皆が書いているんでしょ
つまり、自分の妄想を書き込みたいだけで、批判に耐えうる論理を構築したいわけではないと?w

ここに書き込むと言う事は、不特定多数からの批判を受ける覚悟がいります。
批判が嫌なお子様は、どうぞご自分のブログを作ってください。

>10は修業らしきは、少し座っただけ、すぐやめたと告白していたよね
何処をどう縦読みしたのか……
書き込んだ時に話題になった境地ぐらいは経験したけど、意味が無いと思って止めたと書いたんですがね?
で、「修行!修行!」と言う貴方は、どの程度のどんな修行をなさっているんですか?


580 :前々スレ10:2009/11/25(水) 21:45:30 ID:vq0wLyqW
>>577
@
>自然がなければ死ぬし、他者から得た道具や知識や知恵が無ければ死ぬ。
つまり、知識や道具を奪った後なら、他者(人間)に頼らずに生きていけるとお認めになるんですね?
それでは、貴方の理論は崩壊しますよ?

B
>悩みや苦が人生において当たり前のことという悟りがあれば、それはもはや苦ではない。
いやいやw
貴方は、「煩悩の赴くままに生きると、苦が無くなる」と主張していたんじゃないですか?
どうして、「煩悩の赴くままに生きる」と、「苦が当たり前の事である」と悟れるのかが依然として謎です。

581 :前々スレ10:2009/11/25(水) 21:54:42 ID:vq0wLyqW
>>577
C
>個体の死によって、種属としての生命の存続が可能になるのは、既に述べたとおり。
誰が種族の存続について聞きました?w
死ぬ個体にとって、種族が存続しようとしまいと、なにか関係が有りますか?
そして、これが質問の回答だとすると、
「種族としての生命が存続可能になること」で、「科学的に死が解決された」と考えているんですか?w

>生が「根源的な苦」なら、どんな小動物でも懸命に生きているのは何故か。
いやいやw私は「死」が根源的苦だといったんですがw
眼が悪いんですか?頭が悪いんですか?

そしてこれも何度目かの指摘ですが、貴方の論理は循環論法です。
「楽が苦を上回るから人は死なない。楽が苦を上回っているのは、人が死なないからだ」
空虚な論理です。

>宗教などやめて、公園で小動物の観察からはじめられたし。
とりあえず、貴方は、公園で小動物の観察をした事が有るんですか?
弱肉強食の自然界を観察した事が無いんじゃないですか?

弱肉強食を見ても、生存本能に従って生きていれば協調的になって、全員幸せに生きられると主張するんですか?
それなら、公園で裸になって、生存本能の赴くまま、小動物と協調して一緒に生きて下さい。
きっと小動物が貴方を助けてくれますよ。
それが貴方主張なんでしょ?

582 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 22:53:20 ID:6EBdBU9s
>はた坊
書いてたの?
たんぱんマンで見てなかったよ
それで何、仏法で何という?
まだ答えないの?
臭い、かおり、かんだね、空気だね
君が人に生まれていて、何故だかないものだ
そりゃ瞑想にもならないだろーよ、はた坊
はぁ?意味がないからやめたー?
それで誰かに答えを聞きたいのぉ?
すごいねはたちゃん、年季入ってるね、食らい付き方が
ずっとにちゃんでやってきたんかそれ、ブログいいよ
自分で質問専用ブログやりなよ

583 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 22:55:25 ID:tH0io11N
>>580
面倒だから、結論だけ言うが、君は、生きていることが、苦楽一如ではなく
苦ばかりなら、何故自殺しないのかね。他の動物や人間から殺されそうに
なったら、必死で抵抗しないかね。

独りで生きている動物の種属が、唯の一つでもあるかね。最古の生命である
シアノバクテリアも群生であった。

人間の宗教者とは異なり、公園の小動物が、同じ種属同士で、かつ恐らくは
生存以外の目的のために殺しあっているのは、未だ見たことが無い。

宗教の教典を何百回読んでも、肝心の生命のことはわからない。生命に思い至
った宗教は、恐らくは大乗仏教を除いては皆無だからだ。

584 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 23:07:38 ID:ioH5Xtqp
>>583
>宗教の教典を何百回読んでも、肝心の生命のことはわからない。
読んでないお前が言うなw タコ助w

《読む前から「読む価値など無い」という発言》はやめてくれよ?www

585 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 23:33:25 ID:LzC8WGx4
「大乗仏教に至ると積極的に仏の境涯や仏国土が説きだされるようになり、煩悩
も苦も悟もも無自性・空であって固定性をもたないという見方が基盤になった
ため、煩悩即菩提、娑婆即寂光といった言葉も生まれた。そこで苦が最大の関心事
ではなくなり、大乗の涅槃経では仏は常楽我浄として逆に楽が強調されている。
こうして苦を中心課題とした四諦説も小乗の教えとして次第に顧みられなくなり、
中国や日本の佛教ではさらに現実肯定的な傾向が強くなって、苦という言葉の比重も
軽くなったということができる。」(岩波佛教辞典より)

日本は大乗仏教の国ですよ。鬱病患者の釈迦の猿真似をして「苦苦苦」と鳴い
ているのは、どこの国の人々か。

釈迦の言う苦とは、「思い通りにならないこと」と定義されているそうだが、
煩悩は生存本能の表れであり、「生命の命じるままに思い通りに」生きて、
どこから生存苦が発生するのかねw。勿論、すでに述べたように、生存本能には、
共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやりなどの、生存本能から
派生する本能や自然の感情を含む。

586 :閻魔大王:2009/11/25(水) 23:34:36 ID:IlmHhz5k
おお、やっぱりずいぶん伸びてるなあw
『有朋自遠方来 不亦楽』  清水寺の観光ねーちゃんはみんなおいしそうだが、ニセ舞妓は喝―ッ!!    
で、友と今日は楽しいことがあったので、ワインで酔ってるので、乱筆メンゴ。
ヌーボーって、葡萄ジュースであって、なんでワインやねん! 処女わあ、不味いのにきまってるわw

>>562 前々スレ10

@え〜、
“仏典に書いてあるから”とアタマから正しいと信じるのはナンセンスでありまして、
先人の言および自ら掴みえたものの仮説的検証による体得・得心しかありませんよ。
そうでないと、たんなる信仰になってしまい、自ら掴むという仏教の趣旨に反します。
そのフィードバックの過程で、徐々にまたは一気に、観えてくるものがあるのであります。
お悟りまたはそれめいたものでありましょうか。もっとも、うんなことにこだわる事はありません。
『業報輪廻』は仏典に書いてあっても検証不能です。同じ論理構造ではありません。批判すれども、否定せずです。
もちろん自らの範囲なら信じるのは自由です。勝手にしやがれ。

私の体験に基づき、さきほどからどう説明したらいいか、ボキャブラリー不足と酔ったアタマとあいまって、
言語化するのに苦渋しております。
やはり、私の体験では、いかんせん悟りとか現観というのは言語化不能のようであります。
よって、得心とか感得する以外に手だてはないと思われます。



587 :オランダ=長崎出島:2009/11/25(水) 23:37:08 ID:rCYjwiba
仏教は創造主への信仰は認めない。
ヨハネの黙示録に神を冒涜する獣が出るという
獣は傷つき倒されるが復活し人々は恐れおののくという
獣は世を治め神への信仰を一切禁止するという。
明けの明星を受けた智慧の蛇そして滅びへの道、滅諦。



588 :閻魔大王(2):2009/11/25(水) 23:40:07 ID:IlmHhz5k
>>562 前々スレ10
Aん〜
“無明によるいわゆる“たしからしさの世界”で既成概念・イメージであるもの”(>>544A)
→それの表現ですから、輪廻転生という既成概念を実在現象と誤解することへの「批判」の趣旨です。否定ではありません。
その現象も検証できない戯論です。
だからあなたのいわゆる>「概念から現象を形成している」と同趣旨と思われますですよ。妄想でありんす。

Bえ〜、
@)世俗的日常に使われる既成概念・事実として扱われている現象をこの言葉が指示している場合。
分別(二項相対)を分別(言語)で『表現』する場合です。
A)非言語的で無限定な『?#”’‘;〇?』(意味はなく、言葉を超えた存在としての輪郭を持たない無限定なありよう)を
言葉という先行記号で分別(分節)化することであえていえば存在として『成立』させる。
無分別(空)を分別(言語)して擬似的に成立させる。
代表的なのは「AはAではない、ゆえにAという」(金剛般若経)というパラドックスでしょう。
*それにしても、金剛般若経って若書きだけれど、カッコイイよな。
既成概念(実体化された概念)そのものの、言語論理批判です。

・実体はない(無分別)、ゆえに言語という手段(分別:名称と論理)が必要になるというのが仏教の思考です→A)。
・ただ、言語論理の罠で、名称と論理がある(分別)がゆえに実体あり、との妄想を抱くのも我々世俗人間です→@)。
 



589 :閻魔大王(3):2009/11/25(水) 23:42:23 ID:IlmHhz5k
>>562 前々スレ10
Cあ〜、
あなたの言う「扱える」の意味がよくわかりません。
ただ、無分別は分別・分節しないと世俗日常では生活で通用しませんよ。
意味不明のままでは基地外扱いでしょう。 
「?#”’‘;〇?」では女は口説けない。
世間は言語世界という共同幻想で生きているからです。
当然、涅槃(悟りの境地)と世間にはいかなる区別もありませんから(龍樹 中論25-19:位相が違う)、
「全ての現象」が当てはまる、のは当然です。
一切皆空。


590 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 23:47:53 ID:FRecoCE9
>>584

>>585の岩波佛教辞典からの引用は、「佛教の経典を何百回も読んだ学者」
の意見なのだが。

大乗仏教以外で、生存本能(生命)について肯定的に論じている宗教の
教典が唯の一つでもあれば、教えてくれ。

591 :閻魔大王(4):2009/11/25(水) 23:49:31 ID:IlmHhz5k
>>564 前々スレ10
さて〜と、
>修行では、誰が行っても同じ『?#”’‘;〇?』という境地に至るという保障は有るのですか?

なにゆーてんねんw そんなもん保障なんかあるわけないやんw 軽薄保証付きマニュアル人間でつか? 
本人次第だし、悟りの境地 も様々でしょう。
感情や意志という情動をもった人間は、言語的知性だけをもった機械ではありません(耄碌隠居はラ・メトリ「人間機械論」が好きそうですがw)。
だからブッダにも、たまには以下のような嘆きの愚痴もでます。
『涅槃は正しく存し、涅槃にいたる道があり、私は導師としてあり、
しかも、わが弟子のなかには、あるものは涅槃にいたることを得、またある者はいたることを得ないが、
それを、バラモンよ、わたしがどうするということができようか。
バラモンよ、如来はただ道を教えるのである。』(中部経典107)
とにかく、『?#”’‘;〇?』でも『****』でも『◇△○×』でも『凸凹凹凸』でも
各人が全身で得心・感得・自得・悟ることがたんなる哲学と仏教の相違であり、仏教が哲学的知性を超越しているところと思うのでありんす。

これによって生存苦の超克というブッダの、というより人間の本懐(違う人もいるでしょう)が実現し、
出世間のまなざしで、世間の只中で慶安に生き直すことができる、というのがブッダからの学びです。
慶安に生きる方法はブッダの教えだけではありません。
ただ、とにかく先ず最初に悟ってしまう(眼からウロコを取る)のが一番楽チンな方法でしょう。
だからこその中道仏教です。おまけに、存在現象の真相までわかっちゃうんですから、やらなきゃソンソンです。

また〜、もう寝る。楽しかったね。今日は、みなさん、ありがとう。

また、いっぱい叩いてねw




592 :前々スレ10:2009/11/25(水) 23:53:28 ID:vq0wLyqW
>>582
もはや、支離滅裂で、グズグズになってきましたね。

そんなに痛い所突いちゃいました?w

593 :前々スレ10:2009/11/25(水) 23:54:08 ID:vq0wLyqW
>>583
だから、質問に答えてくださいよw
「答えない」じゃなくて、「答えられない」じゃないんですか?

質問に答えられなくなって、最初の主張に戻るパターンは飽きたと、言いましたでしょ?

>苦ばかりなら、何故自殺しないのかね。
だから、死こそが最大の苦だと最初から言ってるでしょうにw

>他の動物や人間から殺されそうになったら、必死で抵抗しないかね。
本能に従うと、全員協調して、殺しも殺されもしなくなると主張したのは、貴方ですよ?

>独りで生きている動物の種属が、唯の一つでもあるかね。
沢山居ると思いますが?
少なくとも、多くの肉食獣は、繁殖期以外を単独で生活しますね。
ちなみに、他の種族(エサとなる動物)が必要だろう!と言い出しそうですが、
貴方の主張の根拠は、「同種族が共存しあって生きていないと死ぬ」と言うものです。

>生存以外の目的のために殺しあっているのは、未だ見たことが無い。
生存目的の為の殺し合いは認めちゃうんですか?
つまり、生存本能に従って、殺しあうのが悟りの境地だと?
弱肉強食で、強者が弱者を搾取して生きるのが悟りの境地だと?
自分が弱者なら、他者の生存の為に殺されるのが、悟りの境地だと?

仮に、貴方の主張は否定しないとしても、そんな生き方で、苦しみは無くなるんですか?

594 :神も仏も名無しさん:2009/11/25(水) 23:54:09 ID:ioH5Xtqp
>>590
馬鹿だろ?
実際に「自分が読んで」「思考に上った考え」ではないだろ?w
その学者さん達が大変な誤解をしている可能性はゼロではないぞw
だから、初学者は「自分で読む」ことを推奨されるんだよ。
だから、あちこちで論戦が交わされるんだよ。

で、縁起一代氏が「お前ら、伝統を(→リアルな血脈、追体験の蓄積を)無視すんな!」と怒るわけだw

595 :前々スレ10:2009/11/25(水) 23:54:30 ID:vq0wLyqW
>>585
だから、反論を無視して、最初の主張に戻らないで下さいw
私も同じ質問を繰り返すのには疲れました。
>「生命の命じるままに思い通りに」生きて、どこから生存苦が発生するのかねw
何度も何度も何度も指摘しているように、
貴方が、「全知全能の神様」なら、その理論は成り立ちます。
ですが、人間には、自分の思うままにはならない「周囲の環境」が存在しています。
具体的に言いましょう。
不治の病にかかった時、「生命の命じるままに思い通り」に生きると、病気が無くなるんですか?
「共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやり」などが有ると、苦しみが無くなるんですか?
そもそも、生存本能から、どのようにして、「共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやり」が生まれるんですか?

さて、私は、明日はお出かけです。
どうぞ、お好きな主張をなさって、
「サア反論してみろ!どこいった!反論できないんだろ!」とか、
ドンドン勝ち誇ってください。

596 :前々スレ10:2009/11/25(水) 23:54:41 ID:vq0wLyqW
>>586
閻魔大王さん、申し訳ないですが、流石に明日早いんで、寝ます。
某人相手とは違って、貴方の回答は片手間には答えられないと思いますので。
帰り次第回答したいと思います。
では、お休みなさいませ。

597 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 00:05:47 ID:gNvg62QD
>>592
それは、日本の仏教徒なのに東南アジアの宗教などに嵌った、君の師にこそ
当てはまるのではないのかな。

小乗仏教は、「開祖と原始仏典を盲信するカルト」である。

まあ、鬱病患者の釈迦の猿真似して「苦苦苦」と鳴き続けてくださいw。
アホらしいことこの上ないw。

598 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 00:10:34 ID:aqyCfPhj
地球という惑星はグレムリン(人間)が一杯増殖しすぎたな。

599 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 00:19:11 ID:/slLbwYw
>>593
>だから、死こそが最大の苦だと最初から言ってるでしょうにw

生存がそれほど苦なのに、何故死が「最大の苦」かw。言ってることが
矛盾しているよ。

死亡時の苦痛が苦なのなら、医学的には、楽な死に方はいくらでも
あるよw。

「生存苦」なら、死んでしまえば、苦は完全になくなるだろ。そもそも、
苦を感じる器官がすべて灰になるのだからw。火葬中に「熱い」と叫んだ
死人はいないw。

600 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 00:23:36 ID:826eWgDC
>>597は、>>594(小乗仏教学者セブン氏)へのレスでした。

601 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 00:55:37 ID:qqW2WKMr
>>591
やらなきゃ損だと思って調べてみたが、思想とか、実践が混迷していて
何やればいいかわからない。
閻魔大王さんは何を基本にやっているの?
スレチガイと思うが質問




602 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 01:34:45 ID:Ju1PHB0o
test

603 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 08:46:24 ID:8ejBTpNq
今の地球の人口は70億人を超えたのかな。
AC元年の世界の人口が推定約1億人弱である。
釈尊の時代は1億人以下だった可能性もある。
現在の地球はその70倍の人口である。
全ての人間が個別個体の意識魂なら
どこから来たんだ?
多次元宇宙から地球に集まってきたというのか?
仮に他次元があるとしよう其処の生命体は
常に一対一で増殖せず地球だけが増殖するのか?
仮に地球霊団であったとしよう。
個別個体の意識魂の輪廻転生なら70倍に増えるのはおかしな話だ。
一つから始まり分け御霊による輪廻転生なら説明がつく
分け御霊も多次元宇宙もない一度きりの人生で
生まれたら始まり死んだらそれで終わりという考えなら
それもまた外道と説く。
さてどれが事実かな?



604 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 09:37:03 ID:EK1N3J7C
人間に生まれるのは、まことに希有らしい。

605 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 10:55:34 ID:KUDlAA4/
仮に釈尊の時代の人口を多く見積もって一億人としよう。
全て現代に転生してるとしよう。
現在の70人に一人だけが前世のある転生者である。
後の69人(69億人)はどこからやって来たと言うのだ。
当時、大地は平で太陽が地球を回転していたと
信じていた時代に、そこまで考えつきもしてないだろう。
動物(アニマル)からも人間に転生してるといいだすなら
動物(アニマル)より人間の数が遥かに多いだろう。
では今の、その動物(アニマル)も数を維持し
増えるには何の、どこからの転生か?
虫の数を入れれば補えると言うだろう。
もはや荒唐無稽な論である。

606 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 11:48:38 ID:Ju1PHB0o
>輪廻転生肯定派諸君

いつまで待っても、一向に「論拠ある整合性のとれた論証」が提示されないのは
どうしたわけだ?  出し惜しみは、いい加減にして、そろそろ提示しておくれ。

それとも「ボクは転生、業報はあると『信じたいんです』」というもの達ばかり
なのかな?  それならそれで構わないから、「転生、業報は『仏教徒限定』で
仏教徒でない人には起こりません。つまり『普遍的現象』ではないんです」
として、公言するのを止めてくれないかね。

607 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:08:52 ID:gS59Bk+6
ない、という証明ができるわけではない

低脳の人類にはわからないわけ

だから信じる信じないは故人献金あれ〜

個人の勝手

で、信じるものは救われる

さあ、キミはどうする?

といったのがパスカル

608 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:25:50 ID:A2od9B6N
欲界だけでも天・人・阿修羅・地獄・餓鬼・畜生の六道、
さらには無色界・色界の梵天もある。
仏教の場合には、人間だけが輪廻するわけではない。

609 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:29:14 ID:hN+oH3An
>>606
いかなる宗教であっても、宗教教義や宗教行為は、当該宗教限定である。
「普遍的現象」などの言葉を持ってくるほうがおかしい。

例えば、キリスト教では、聖書を信じた途端に、生来的には罪などない人間
が「罪人」となり、イエスを信じない限り、「死後、裁きにあう」ことになる。

ありもしない「非現実・虚偽の事実の植え付け」による「脅迫」と「甘言」、
即ち、「普遍的現象」の不在こそが、すべての創唱宗教の本質である。さも
なければ、生来的には、生存のための「現実性・合理性・科学性」を備えた
人間の精神を狂わせて入信させることが不可能で、宗教そのものが成立し得ない
からである。

610 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:31:14 ID:A2od9B6N
ところで、輪廻を信じない仏教徒のみなさんは、
梵天や天人・地獄・餓鬼・阿修羅の存在についても
信じないのでしょうか?
それとも、天人なども存在するが、
死んだら終わりで輪廻しない、と考えるのでしょうか?
あるいは、六道などは人間の精神状態を比喩的に表現したものだ、
というような、現代の日本の坊主達の説教ネタ
みたいな解釈を支持するのでしょうか?

611 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:34:19 ID:y9arohf2
>>607
パスカルは、すでにキリスト教に嵌っている。したがって、その発言
には、「普遍性」はないw。

612 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:34:42 ID:A2od9B6N
>>606 輪廻を信じているということは、
仏教徒以外も含めてすべての生命が輪廻すると信じること。
仏教徒だけが輪廻するなんていう教えは仏教のお経にない。

613 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:38:50 ID:SLqJsjFU
>>612
>仏教徒だけが輪廻するなんていう教えは仏教のお経にない。

どの宗教でも、同じことを言うよw。「普遍でないもの」を「普遍」だと
「信じ込ませる」のが、創唱宗教。




614 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:42:46 ID:A2od9B6N
>>613 信仰の自由はあるんだからいいじゃないですか。
歴史や生物の教科書に輪廻はあると書いたら問題だけど、
仏教では輪廻を信じます、と言うだけの話ですよ。

615 :ヤーウェ梵我天:2009/11/26(木) 12:58:27 ID:A12bGM6C
闇に光あれ!
生めよ増えよ
   BY 聖書
 
 始まりは一つで地球霊団、分け御魂転生が理にかなうな。
   
    

616 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 12:59:57 ID:j7uakPHo
>>614
信教の自由には、大きな問題があり、厳格な制限が必要。ほとんど毎週
続く中東での殺し合いを見て、「信教の自由」などという言葉が、軽々
しく吐けるのかね。

現代人は、古代人ではない。古代人の妄想でも何でも「ただ信じればよい」
というものではない。それでは、子供たちの教育にも弊害をもたらす。
人類の努力は、古代人の蒙を啓くことであったはず。

宗教も、数多い人間の生命の営みの一つに過ぎない。その生命やそれを
支える現実界を否定する宗教は、生命の営みとして自己矛盾ではないか。

617 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 15:49:45 ID:Ju1PHB0o
>>614  >信仰の自由はあるんだからいいじゃないですか

何か「信仰の自由」を履き違えているようだけど、信仰の自由とは
あくまでも「内心の自由」すなわち「心の中でならば何を考えても良い」
というだけであり、「何を言ってもよい」といことにはならない。

そしてこのスレで何度も繰り返されてきたように、転生業報論者は、これを
自分たち仏教徒限定、仏教徒にしか起こらない現象とするのではなく「全て
の人間」に起こる普遍的現象であると主張するわけ。
そして「仏教徒でも何でもない、障害をもって生まれてきた赤ちゃんを
『これは前世の悪行が原因であり、自業自得である』と『規定』する」わけだ。
わかるか?
謂わば、『他人の心に土足で踏み込んでくる』わけだ。
仏教徒でもなく、業報を信じてもない者に対しても、自分らの思想を適用
するのであれば、せめて「論拠ある整合性のとれた論証」を提示してからに
しろと言ってるわけだ。
それができないのであれば、以後、そのような邪論を口にすることなく
林の中に引っ込んでいなさいということだ。

もう、いい加減にその独善的考えを止めろや。
「いやなら、信じなければよい。」だと?
だったら、こちらからも言わせてもらうが
「人前でそのくだらない妄想を二度と口にするな。」


618 :前世は一在家:2009/11/26(木) 18:40:21 ID:WoQdUbhX
>>603
>個別個体の意識魂の輪廻転生なら70倍に増えるのはおかしな話だ。

心霊科学研究では有名な著書のスウェデンボルグの「霊界物語」では
霊界でも結婚があり子供が生まれるそうです。(という記載有り)

生まれたばかりの霊は無垢でカルマも無いですが、経験もなく智恵が
低いとのことです。
逆に転生度数の多い魂は数万年も生まれ変わり死に変わりを繰り返して
おり、カルマが深いですが知能も高い場合が多いそうです。

前世も歌手だった人は現世でも歌がうまいという事例も多いようです。
まあ、霊視か退行催眠か霊動現象でしか説明はできないし、客観的に
万人に証明することも原状では難しいでしょうが。


619 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 19:00:50 ID:HjiQhEwZ
>>618

>霊界でも結婚があり子供が生まれるそうです。

既に挙げてるように霊界を仮定しても他次元、多次元の世と同じ。



620 :前世は一在家:2009/11/26(木) 19:11:38 ID:1exg9Hhh
障害を持って生まれてきた人を業が深いと言う人がいます。
貧乏な家庭に生まれてきた人を業が深いと言う人がいます。

私は「業が深いか否かは分らない」と思います。

その理由は、五体満足で裕福な家庭に生まれた人は業が深くない
とは必ずしも言えないからです。
その人の人生に起こるできごとを鳥瞰したら、ある程度は業の
深さを推定できるかも知れませんが。

歴史に残る偉人や聖者の中には、厳しい境遇に生まれ育つ方が
多いようです。
裕福な家庭に生まれた人が悪行を繰り返し破滅する事例も多い
でしょう。

「因果の法」が存在すると釈尊は原始仏典で説かれておりますが、
世間常識での幸福と不幸とに対応するカルマとの関係は複雑なよう
ですので人知にて前世のカルマと不幸とを決め付けるのは宜しくない
かと思料します。


621 :前世は一在家:2009/11/26(木) 19:15:38 ID:1exg9Hhh
>>620
>「因果の法」が存在すると釈尊は原始仏典で説かれておりますが、

手許に経典が無いので、必要であれば出典はまたの機会にアップします。


622 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2009/11/26(木) 19:36:32 ID:tSQPwqxp
暇だから、ちょっと引っ掻き回しておくと、

お釈迦さんは人を見て法を説かれた訳だから、
当然、輪廻云々という話もされたし、
バラモンは生まれに依ってでは無くて行いに依ってバラモンになるんですけど♪
みたいな話もされている。

(^。^)バカには自ら望むもんしか見えないらしいから、このレスは見えまいがな♪(笑)

623 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 19:48:28 ID:cCW18QFi
生来的に、「五感で知覚できる世界(現実界)」に対応してのみ生存できるように
プログラムされている人間の精神は、宗教により「神・霊・前世・来世」などの
非実在を実在と信じ込ませられると、当然に狂う。これは、精神に対する重大な
不法行為である。「神・霊・前世・来世」の実在を植え付け、人間の精神を狂わせる
宗教は、すべて法律により禁止すべきである。

これらの虚言により信者を欺き、または脅迫し、さらに金銭を拠出させ、また
は役務を提供させれば、刑法上も、「詐欺罪」「脅迫罪」「強要罪」に該当する。
すでに、多くの判例が出ている。

「神・霊・前世・来世」を語る宗教は、人間に何らの利益を与えないばかりか、
人間の精神を狂わせ、金銭・役務を奪い取り、信者の人格とその家庭を破壊する
「悪の行為」「犯罪行為」以外の何物でもない。

すべての宗教者は、自己がなしている巨悪を自覚して、法の裁きを覚悟されたい。

624 :前世は一在家:2009/11/26(木) 20:11:30 ID:1exg9Hhh
>>623
唯物論者の科学者か哲学者に問いましょう。
「愛とは?」 回答「脳神経のある電子の状態。」
「夢とは?」 回答「脳神経のある電子の状態。」
「勇気とは?」 回答「脳神経のある電子の状態。」
「妄想とは?」 回答「脳神経のある電子の状態。」

通常の人であれば、唯物論者の科学者か哲学者との会話は
やめておこうと思うかも知れませんね。


625 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 20:21:40 ID:y5IsHZxt
釈迦の六師外道批判に
唯物論に於いて因果応報を批判する者
(アジタ・ケーサカンバリン)は「虚無論者」であり、
道徳的な善悪とその業報を否定する者
(プーラナ・カッサパ)は「無作用論者」であり、
無因無縁の決定論により因果を否定する者
(マッカリ・ゴーサーラ)は「無因論者」である悪戒・邪険の徒として非難する。


626 :前世は一在家:2009/11/26(木) 20:35:45 ID:1exg9Hhh
>>625
>釈迦の六師外道批判に(中略)悪戒・邪険の徒として非難する。

どなたか存じませんが大変参考になりました。
貴兄が紹介下さった方々を時々本スレで見かけるかと
存じます。

だから、彼らは釈尊や原始仏典が嫌いなのでしょうか。


627 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 21:52:51 ID:qAiaubc3
>>624
釈迦の教えも、イエスの教えも、すべて彼等の脳内電子の作用であることには違いないのだがwww。
科学について無知蒙昧であった彼等には、そのことが分からなかっただけ。
それが嫌なら、宗教も人間も止めることだなw。

義務教育の目的は、このような古代人の迷信・妄想から脱却するため。そのために、高い国費を使って、
国民全体に義務教育をしているのだよ。君は、一体何のために義務教育を受けたのか。国民の血税である
国費をいささかでも無駄にしてはならない。

628 :神も仏も名無しさん:2009/11/26(木) 22:08:23 ID:KZfi1WdU
>>625
六師外道とは、当時のすぐれた自由思想家たちのこと。釈迦も、これらの
外道のうちの一人。釈迦の思想の殆どは、六師外道から得たもの。

釈迦のカルト性が高かったため、六師外道はそのの弟子を釈迦に奪われ、
そのために六師外道の一人は、血を吐いたそうだ。釈迦は、今日で言えば、
超カルトの教祖だった訳だ。

釈迦は、既に大きな悪業を犯したことになる、彼には、善を語る資格はない。

629 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/26(木) 23:04:51 ID:aynF108W
>>622
>バラモンは生まれに依ってでは無くて行いに依ってバラモンになるんですけど♪
>みたいな話もされている。

これまでも何度か取り上げてきましたが、
時折り、これらの言葉がゴータマの本意であるところの、
「“輪廻否定を説いたもの”なんだ!」と勘違いを起こしている輩が出現するので、
どうか曲解はご勘弁願いたいところです。

これらは言葉は、
たとえバラモンの家系に生れても正しい宗教者・修行者(バラモン)というわけではない。
あくまでも、その人の行為によって正しい宗教者・修行者(バラモン)と見なされるものである、
というものです。

このようにしてバラモン階級者への皮肉的な批判と、
生まれによる肩書きで優劣をつけることに対する愚かさについて教えているのです。
つまり、これは過去世の業によってバラモン家系に生れたのかどうかとは意味合いが違う。


630 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/26(木) 23:05:40 ID:aynF108W
>>496
>何度も言うがウダーナ8:3は“生成されたもの”⇔“生成されないもの”の二項相対を離れた
>メタである「中道」の境地を言語という二項相対で苦心して表現しようとしたものだ。

間違いです。一体、どこにそんなことが書かれてあるのか?
ここでは、「生成されないものがある」と明言しているのです。
であるから、生成されたものからの離脱を覚知することができるのだと説いています。

大王よ!あなたの(中道の)話というのは、
涅槃という極を目指そうとしている仏教の教えを破壊する見解です。
涅槃とは究極の境地なのであって、これを説かずに、また目指すことがない仏教などは存在しません。

 『過去の〔心の〕制止者(瞑想修行者)たちを思念して、彼らの行持[おこない]を思い浮かべなが
ら、たとえ、何であれ、〔今が〕最後の時であっても、不死の境地を体得するがよい。』
(テーラーガーター947)
 『これは最上の究極であり、無上の静けさの境地である。一切の相が滅びてなくなり、没すること
なき解脱の境地である。』(ウダーナヴァルガ26:29)

“一切の相が滅びてなくなり、没することなき解脱の境地”とは、
つまり、現象界の壊滅とは無関係で永遠に恒常する境地をいいます。
この常識を逸脱した境地を求める(仏教の)教えを、
あなたは極を説くのは間違いだ、などといった誤った理解の中道を自分勝手に説いているのです。

この究極の境地は、五蘊という自己意識を破壊することで達成していく。
仏典というのは如何に膨大であろうとも、このたった一言に要約されるのです。
すなわち、五蘊を自己と見なす誤りを捨てよ、というもの。
すべてはこの為に付随する教えを説いてるに過ぎない。
五蘊は悪魔だともいっている。
http://mimizun.com/log/2ch/psy/gimpo.2ch.net/psy/kako/770/12564/1256486743.dat/770

631 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/26(木) 23:08:09 ID:aynF108W
しかし、あなたの話は、
五蘊を破壊し、究極の涅槃に到達することを否定したものに他ならない。
もう、勝手な中道の誤用と乱用は辞めるべきです。
本来の中道の教えというのは、快楽主義と苦行主義の両極端の姿勢を離れよ!というものです。
そうすることで、涅槃という極に到達することができるのだと説くのです。

>>497
>『世間(生死の世界)には涅槃といかなる区別も存在しない。
> 涅槃には、世間(生死の世界)といかなる区別も存在しない』(龍樹 中論25-19)
>『涅槃の究極なるものは、すなわち世間(生死の世界)の究極でもある。
> 両者のあいだには、最も微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない』(同上25-20)

違います。これが勝義の視点です。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1249244477/719

632 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 02:14:59 ID:99RNgS3/
人間はただの唯物論による唯物存在とするなら是と同じ存在というこになるな。

http://www.youtube.com/watch?v=WOEEfPpSAZ8

633 :閻魔大王(1):2009/11/27(金) 03:27:18 ID:dVUzOel6
>>630 宝珠愚者
アートマン・スレで論破済みを蒸し返すな。
それにしても、宝珠も権威主義体質丸出しだなw
俺は俺が掴みえたものを書いている。どこかに書かれていないと不安なか?

中道そのものについては次レス参照。
(1)二項相対妄想では“生成されたもの”⇔“生成されないもの”という妄想があると明言している。
そのような妄想から離れた不生不滅を説く趣旨だよ。
だから>生成されたものからの離脱・・とは両極を離れた中道を意味するのは当然だ。

>>“生成されたものと生成されないもの”という2極を説くものは勝義とはいわい。
>その通り。めずらしく意見が一致した。
>だから“生成されないもの”という二項相対の極を主張する宝珠愚者 >9XuF3XEACkやカラス の主張は『勝義とはいわない』。
上記の文言の変更の必要をまったくみとめない。宝珠は自家撞着に陥っている。

(2)さらにいえば 「弟子たちよ、『我』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、
このようなものに立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というような
教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」
「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」 (マッジマニカーヤ、22:25)
ここからも宝珠の>《「作られざるもの」すなわちニルヴァーナは永遠不変のものである。》(アートマンスレ13/>>789)という主張、論理構成は
『まったく愚かな教えである』と結論的に明解に批判されているのだ。
結局、<作られたもの>vs<作られざるもの>という二項相対論は世俗諦的迷妄であり、
勝義中道を掴めていない文字通り外道「愚者」の主張だといわざるをえない。



634 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 03:29:40 ID:aJyM2jHj
>>617 他人がどんな妄信を口にしようと、
信じたくなければ信じなきゃいいだけでしょう。
創造神を信じる人達は、創造神の話をしますよね。
創造神を信じない人達がそれを聴いたときに、
「あ、そうですか。あなた達はそう信じてるんですね。」
と理解した上で、スルーするもよし、批判するもよし。
輪廻の話も同じです。
いろんな信仰が世の中にあると理解した上で、
いちいち怒りの感情を燃えたぎらせずに、
スルーしたり、議論をしたり、
あるいは同意して信じたりすればよいでしょう。
で、自爆テロなどは、世俗の法律上も犯罪です。
法律上の罰則が抑止になります。

635 :閻魔大王(2):2009/11/27(金) 03:35:11 ID:dVUzOel6
>>631は仏教の核心である「中道」を掴めていない外道の戯言であって、却下する。
まったく、ワカットランではないか!

私の掴んだところでは、“涅槃(空)⇔世間(広義で色)”も実体のない
いわば無相、無住の心が名付けた妄想の世界での便宜上の仮名称でしかない。
『?#”’‘;〇?』(法とか道とかダンマとか名前はなんでもエエ:>>588)では、
涅槃と世間というように対立するものも区別するものもなく、涅槃とか世間が『?#”’‘;〇?』での仮名称であれば、
涅槃を世間と呼び、世間を涅槃と呼ぶのも一向に差し支えなく、不一不二ということができる。
ウダーナ8:3の“生成されたもの”⇔“生成されないもの”についても同じ。
両者のあいだには、最も微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない
「生成されないものがある」などは御都合主義妄想誤読でしかない。
これが相対ではない中道ということであり、中論25-19,20の趣旨である。

→色即是空 空即是色 ; 応無所住 而生其心
→・実体はない(無分別)、ゆえに言語という手段(分別:名称と論理)が必要になるというのが仏教の思考だ→A)。(>>588
一切外の「超越世界」などという戯論世界を無想・妄想するのは、
戯論の生滅というめでたい縁起の理をときたもうたブッダの教えに反する外道といわざるをえない。

喝ァーーーーーーーーーーーツ!!

ねむい、グロッキー、ちょっと休みたい。メンゴ。


636 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 03:42:04 ID:aJyM2jHj
>>617 二度と口にするなと言うのもあなたの自由です。
このスレは輪廻に関するスレだから輪廻に関する話ができる場所でしょう。
その他で輪廻の話が出るのは、たいていお寺とか仏教の本の中とか、
つまり、その話を聞く側が仏教の話だと
わかってる場面で輪廻の話がでるわけです。
仏教という宗教の中の話だと聞く側もわかってる話になるはず。
宗教の話なんだから、信じたくなければ
信じなきゃいい話だと、わかってるはずです。
ボクシングの試合を見て、
「人を殴るとはけしからん」と言いますか?
やってる人も見てる人も、
そういうスポーツだとわかった上でやってるんですよね。
輪廻の話も、宗教の話題だとわかった上で話してるんでしょう。

637 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 05:58:32 ID:j4co3whg
愛情が大切なものであり、人の気持ちを大切にしたいという心があれば、
また別の結論を導くことがあるだろう。

宗教は単に言葉の定義を追求するものではなく、
人の生活、人の精神に働きかける側面を持つ。

人の生き方の指針ともなるものに関して
ゲーム感覚で捉えるのは心がないことの証拠でしかない。

心で宗教を受け止め、生き方として宗教をとらえる時、
単なるファッションとして服を着替えるように
この宗教はこう、あの宗教はこう、というような
他人事の視点は持つことができないだろう。

故に宗教によって肯定したり宗教によって否定したりすることに
関しては、細心の注意を払って然るべきであると言えよう。

638 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 06:43:59 ID:Ec4wcv6C
>>617>>637
セブンの苦の告白になってしまっているんだよ

639 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 08:33:21 ID:OFgYDUVE
>>634  お前は最低の糞やろうだな。

お前の言ってることは差別主義者の自己正当化の屁理屈そのままだ。
「俺は自分の言いたいことを言ってるわけだから、いやなら聞かなければよい」

この腐った独善的な思考が全ての差別思考、差別発言を生んでいることが
わからんのか?

「ボクシングは、わかった上でやっている」だと?
ならば、「輪廻転生、業論というのは、『仏教という宗教内だけのお話です。
仏教にはそういう思想があるというだけであり、仏教徒ではない人には起こらない
現象です。ただの一宗教の話であって、現実に起こることではもちろんありません。」
と、お前たち「業論肯定論者」は言うわけか?  違うだろ?

「転生業報は『仏教徒以外のものにも起こる普遍的現象です。』」とこう主張するわけだ。
「単なる一宗教内限定」の話ではなかろうが?
仏教徒でも何でもない家庭の赤ちゃんに対して「この子がこのような障害をもって
生まれてきたのは前世の悪行が原因である。自業自得だな。」
と勝手に『規定』する。この子も両親も決して、そんな風に見られたくはない
わけだ。それが宗教者の論であろうと、無宗教者の個人的な見解であろうと
関係なく「そのように見られたくない」のが、わからんのか?
「宗教である」という看板を掲げれば何を言っても良いというのか?馬鹿が。

「俺は自分の思ってることを言ってるだけだ。嫌なら聞くな。」
この独善的な腐った思考がお前ら「転生業論支持者」の共通見解なわけだ。


640 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 09:03:53 ID:L3mRcoKF
>>634
>で、自爆テロなどは、世俗の法律上も犯罪です。

君は、人が殺されるまでは待て、というのか。中東では、宗教によって、殆ど
毎日のように、多数の人々の生命が、理由なく奪われている。この現実を直視
せよ。殺されてからでは、遅すぎるのである。

現代では、科学は、いかなる宗教の奇跡もはるかに及ばない発達を遂げた。
科学について無知蒙昧であった、迷信と妄想に満ちた古代ではないのだぞ。

人類の歴史は、迷信と妄想からの脱却の努力である。

宗教を語るなら、開祖たちが現代の科学の時代に生きていたら何を語るかを探索
せよ。開祖は、あくまで、「当時の」知識水準における、「当時の」人々に対
して語ったに過ぎない。現代の科学の発達は、夢想だにしていなかった。彼等
は、当時における最先端の改革者のはずである。彼等が現在に生きていたら、
「2000年前の知識と思想を信ぜよ」などというアホなことをいう訳がない。

古代人も、「当時における」彼等の精一杯の「現実性・害理性・科学性」に
よって生存の努力を続けたことを、忘れてはならない。現代の宗教者のように、
生存の「手段」としての宗教を、生存の「目的」とするという倒錯には陥って
いなかった。

君は一体何の為に義務教育を受けたのか。いい加減で「時代錯誤」と「倒錯」
から脱却せよ。

641 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 12:10:58 ID:j4co3whg
>>638
637はセブンではないです。

642 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 12:28:28 ID:Ec4wcv6C
>>641
(@゚▽゚@)

643 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 12:34:00 ID:aJyM2jHj
>>640 仏教にかぎって言うなら、殺生を戒めている。
テロをやる過激派と同じに考えるのはおかしい。

それに、輪廻肯定派がみんな、障がい者を自業自得のような目で見てるわけではありません。
私は輪廻肯定派ですが、病人や障がい者を見ても、
いちいち輪廻のことなんか頭をよぎりませんよ。


644 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 12:47:42 ID:aJyM2jHj
>>640 あなたのそのセリフ自体が、輪廻を信じていない立場のセリフなんです。
もしも輪廻があるならば、どんなに科学が発達しても、
今も昔も悟らないかぎりは輪廻するでしょう?
あなたは、科学が発達した現代人の方が昔の人より、
いかなる方面でも優れてると考えるのかもしれませんね。
私は、神通力や瞑想については昔の人の方が優れてる可能性があると思います。
昔の人の能力ではわかっていたことが、
今の人にはわからなくなった、と考えることもできます。
まぁそれはいいとして、仏教徒にとっては、
輪廻があると思って修行の励みにすることもできますが、
しかし、過去や未来について
あれこれ妄想するのもよくありませんね。
考える必要のあるときには考え、
考える必要のないときには考えないのがいい。
障がい者を見たときにも、
輪廻について考える必要があるなら考えるべきですが、
考える必要がないときには考えないほうがいい。

645 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 13:16:16 ID:i7glaCZN
>>644
開祖が現代に生きていたら何を教えるか、ということを常に考えろということ。

まさか、「輪廻転生」など教えないだろうw。

646 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 13:34:19 ID:j43YfPzy
>>645
釈尊が現代に生きていたら、
バラモン教の儀式を否定したように、オカルトや宗教を無明であるとして否定するだろうよ。キッパリ。

647 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 13:44:10 ID:xH7CiGGZ
釈迦が現代に生きてても、修行者のみに真理を説くのだろうか?
無記はお喋りせずに座れって意味だからね。世俗人相手でないのを考慮するべきだね。

釈迦の教えは、まず瞑想しろだから

648 :前世は一在家:2009/11/27(金) 16:51:06 ID:wpPt6c3D
>>640
>現代では、科学は、いかなる宗教の奇跡もはるかに及ばない発達を遂げた。
>科学について無知蒙昧であった、迷信と妄想に満ちた古代ではないのだぞ。

科学技術が発達して大量破壊の為の核兵器が誕生しましたよ。
科学技術が発達して大量消費の為に地球温暖化が進展しましたよ。

どうしてだと思いますか??

科学技術の進歩に人間の精神(心)の成長が追いつかなくなってきているから
ではないしょうか。
貴兄が馬鹿にしている二千年前の人達に比べて、果たして現代人の精神は成長
していますか? むしろ荒廃しておりませんか?
隣人を助けることもなく、弱者をいじめておりませんか?

自称元科学者の一人としまして、科学と宗教との収斂を希求しております。


649 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 16:57:03 ID:0UVHrhD7
>>636
ほう・・・w
で、このスレは、
「そうした法話の席だ」と仰りたいので?w
仏教を肯定的に受け止め、肯定的に語る人のみが聞くことを許される、
そうした(会員制的な)法話或いは講演、或いはシンポジウム、或いは対論の場だと仰りたいので?w

それならば、否定論者達こそがその態度を責められてしかるべきだし、
そもそも、このスレの答えは「最初から決まり切っている」w
《今まで通り、伝統的法話通りに、「因果応報」が語られるべきだ》、と・・w
《それ以外の語りなどあり得ない》、と・・・w

650 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 17:02:34 ID:OFgYDUVE
>>643  何もわかっとらんな、お前は。

>それに、輪廻肯定派がみんな、障がい者を自業自得のような目で見てるわけではありません。
私は輪廻肯定派ですが、病人や障がい者を見ても、
いちいち輪廻のことなんか頭をよぎりませんよ。

いいか?「業報論」というのは、各個人の「生まれ」を決して偶然によるもの
なのではなく、「過去の業」により、「そのように生まれついた」とするものだ。

お前は、障害をもって生まれてきた赤ちゃんに対して、
「この子は、生物学的、医学的要因により、運悪くこのように生まれ付いて
しまった。」    このように認識するのか?
ならば、お前は「転生、業論」を信じていないことになる。
それならば、其れでよし。  しかし違うだろ?
お前は「この赤ちゃんは、過去世の業によってこのように生まれついた」
と認識するわけだ。「転生、業論」を信じているのであれば、当然、その
ような帰結になる。
「いや、僕は転生、業報は信じてるけど、この赤ちゃんが過去のカルマに
よるものとは思わない。」  こういうわけか?
これは全く通らんぞ。

「転生、業報論」を信じてるという時点で「この赤ちゃんの状態は過去の業
によるものである」と認識しています。
このように言ってることになるのが、わからんのか?

いいか?俺が言ってるのは「この赤ちゃんをかわいそうに思え」とか言っている
のではないぞ。勝手に「他人の状態を過去の業のせいに規定するような見方」
を止めろといっているのだ。人の心の中に土足で踏み込んでくるのを止めろと
言っているんだよ。
「信じるのは勝手」というなら、「人前で二度と口にせず、林の中に引っ込んでいろ」
わかったか?

651 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 17:09:53 ID:j4co3whg
前にも書いたが、たとえば自分が障害をもって生まれた場合、
それを自分の過去の業として認識することには意味がある。
自分の環境、自分の状態というのは、結局自分自身の心が作り上げていくものだ、
ということを理解すること、他人や環境のせいにせず、己の心のあり方に
責任を負っていくということを貫いていくことには意味がある。

しかしながら、他者を批判したり評価したりすることに輪廻思想を用いることは
有害でしかないだろう。でもそれは輪廻や業報思想に咎があるのではなく、
他人事視点で、他者を批判したり評価したりするという、
愛情のない冷たい生き方に問題がある。

652 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 18:14:20 ID:0UVHrhD7
>>651
だから、(逆に?)、>>177が挙げた法王の態度は素晴らしいわけさ。

つまり、
あそこまで徹底できた者だけが、“過去世からの応報”を語る資格を持つのだろう、と・・・。
半端な人間が語り続けた結果が、或いは、
利用の仕方に「監視が行き届かず“独り歩きした応報”」が、差別問題の縁であろう、と・・・。

653 :前世は一在家:2009/11/27(金) 18:35:41 ID:wpPt6c3D
>>650
>いいか?「業報論」というのは、各個人の「生まれ」を決して偶然によるもの
>なのではなく、「過去の業」により、「そのように生まれついた」とするものだ。

一つ大切なことを言い忘れておりました。
自分が誕生する環境を知っていて生まれて参ります。

ほとんどの人は入胎時に記憶を失いますが、菩薩とその次のクラスの魂は
入胎時には記憶(意識)を持っております。
ただし菩薩以外は出胎時には記憶を失うそうです。

このような「四つの入胎の法」は度々紹介しました長部経典の「等誦経」に
記載されております。



654 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 18:51:20 ID:0UVHrhD7
>>653
だから何なんだ?
それが、>>650(のその2行)とどういう関係があるんだ? ん?


お前はいつも、【無意味な引用】ばかりだw
その引用にどのような意味・効果があるのか、お馬鹿な俺の為に解説してくれよwww

655 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 19:20:51 ID:j4co3whg
>>652
まったく同意します。

輪廻を自分で知覚できるようになってさえいないのに
輪廻の意味や重さを自分自身で知ってさえいないのに
仏典にこうあるから、とか、神秘主義者がこう言ってるからなどといって、
聞きかじりで人を批判・評価して裁くことには疑問がある。

そもそも人を裁いたり断罪するのは神仏の領域であって、
人にはそんなことは許されていないのではないだろうか。
人はただお互いに無条件で助け合っていればいい。

656 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:17:08 ID:FhuIDqLT
レスが遅くなりました。
>>586
@
つまり、論拠は「仏典」ではなく、「仏典の内容を自分で実際に確かめたから」という事でよろしいですか?
そして、「業報輪廻」と「非言語的境地」は同じく仏典に既述が有るものだけど、
輪廻は「検証不可能」だから、「検証可能」な「非言語的境地」とは別物だという意見ですね?
なるほど。ここまでの主張は納得しました。

ただ、そうすると「非言語的悟りの境地」が、「検証可能で有る」という論拠が気になります。
どのようなロジックで、非ロジカルな境地を検証なさるのでしょうか?
(後の方でも書きますが、あなたは、「非言語的境地」は、検証不可能だとお認めになってませんか?>>591

657 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:17:46 ID:FhuIDqLT
>>588
A
この部分は、表現の仕方が違っただけのようですね。

B
むう。やはりこの部分が何を言いたいのかが把握できないんですよ。
貴方の分類は、現象には@)元々分別されているものとA)分別されていないもの の二種類があり、
悟りは後者であると言う事ですか?
もしそうなら、全ての現象は、人間が分別しようとしまいと存在し、ある意味、全ての現象がA)なのではないでしょうか?

658 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:18:03 ID:FhuIDqLT
>>589
C
「扱える」とは、「ロジカルに思考することが出来る」というような意味で用いました。
結局、非言語的悟りの境地は、そのままでは無意味で、言語化しないと活用できず、
かといって、非言語的である為に、完全には言語化できないというものなのですか?
そして、悟りの境地=全ての現象 ならば、貴方の言う悟りとは、「自然現象全体」を示しているんですか?

659 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:18:49 ID:FhuIDqLT
>>591
え〜と、前に某人にも指摘しましたが、目的地もそこへの行き方もわからないまま突っ走るのは、少々アブナイ人かと思います。
もし、有る人が「悟った!」と思った非言語的「凸凹◇○」の境地が、全然悟りでも何でもなく、
むしろ、害になる境地だとした場合でも、「本人次第だし、悟りの境地も様々だから」で済ませてしまうんですか?
九州を目指して走り出し、青森に到着して「俺は九州についた!」と言っても構わないという主張ですか?

貴方は、悟りを指して「目から鱗が落ちる」と言ってますが、じつは「目に鱗が飛び込んだ」のかもしれませんよ?

ついでに言えば、貴方の引用したブッタの嘆きは、「到達できない人間も居る」と言うものであって、
「全然別の目的地に行ってしまう」事を危惧した嘆きではないですよね?

660 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:19:30 ID:FhuIDqLT
>>599
>生存がそれほど苦なのに、何故死が「最大の苦」かw。
>言ってることが矛盾しているよ。
はて?どこが矛盾しているんですか?
「生存しているときに受ける時の苦」<「死という苦」
と主張してるだけですが?
もしかして、大小関係も把握できないほど支離滅裂になってきたんですか?

>死亡時の苦痛が苦なのなら、医学的には、楽な死に方はいくらでもあるよw。
いやいやw またどこを縦読みしたんですかw
「死」が根本的苦なのであって、「死亡時の苦しみ」は、別問題ですよw
ギロチンで一瞬で死んでも、「死」と言う苦はなくなりません。

>「生存苦」なら、死んでしまえば、苦は完全になくなるだろ。
だから、死苦のほうが生存苦よりも大きいと何度・・・(ry
その解決法はありえないと、一番最初に指摘したじゃないですかw
記憶力も減退してきたんですか?

661 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:20:24 ID:FhuIDqLT
>>620
確か貴方は輪廻肯定論者でしたよね?
前にも指摘したと思いますが、その発言は、業報輪廻理論を崩壊させる発言だと理解してますか?

662 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:21:01 ID:FhuIDqLT
>>636
いやいやw
ここで「輪廻は有る!」と発言している人たちは、
輪廻は「仏教限定」ではなく、「普遍的真実だ!」と言ってる人が殆どですよ。
貴方のボクシングの例でいうならば、イキナリ場外乱闘で観客を殴っているようなものですw
場外乱闘するなら、「理由を言うか、リングの中に戻るか、殴るのを止めろ」、と言うのが普通だと思いますが?
私たちはその中で、わざわざ一番穏当な「理由を聞く」と言う選択をしてるのに、
暴走したボクサーは、「理由は無い!殴られたくなかったら、殴られるな!」といって、暴走し続けてるわけですw
だったら、「リングに戻るか、殴るのを止めろ」と言うのが当然でしょ?

663 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:21:11 ID:FhuIDqLT
>>648
科学技術の発達と、その使用法は、貴方の仰るように全くの別問題です。
そして、「昔は良かった」なんてのは、年寄りの懐古趣味みたいなものです。
二千年前に比べれば、大分ましになってきたと思います。

664 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:24:03 ID:FhuIDqLT
>>629-631
内容については毎度の繰り返しなんで、突っ込みませんが、



『こんなに長文書いている暇が有るなら、質問に答えてください!』





665 :前々スレ10:2009/11/27(金) 20:27:58 ID:FhuIDqLT
>>653
>自分が誕生する環境を知っていて生まれて参ります。
つまり、

「そんな環境に生まれたのは、(前世のおまえの責任ですらなく)おまえ自身の責任だ!」

と言いたいのですか?

666 :前世は一在家:2009/11/27(金) 21:10:15 ID:wpPt6c3D
>>665
>「そんな環境に生まれたのは、(前世のおまえの責任ですらなく)おまえ自身の責任だ!」

レベルの高い魂ほど、あえて厳しい環境で生まれてくるかもしれませんね。

自らの成長の為にあえて厳しい環境を選ぶ人達がいるように。


667 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 21:20:28 ID:0UVHrhD7
こういうの(>>666)を、
“独り歩きした業報論”或いは“アレンジ”(≒>>652)と言うwww

668 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2009/11/27(金) 21:26:50 ID:FrwPjfaD
>667
(^。^;)いや、単なる外道だろ?(笑)

669 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 23:54:45 ID:OFgYDUVE
実に進むのが速い。

んで、> ID:aJyM2jHj  よ。
>>650 に対するレスは無しか? 
 
わかったのなら、よろしい。  以後、二度と人前で「転生、業報論」を口に
するようなことは慎むように。

670 :神も仏も名無しさん:2009/11/27(金) 23:56:27 ID:OFgYDUVE
あと、なんか在家が横レス付けてたみたいだが、別に答えんでいいな?

671 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 00:06:47 ID:V0n7ID+5
大王
そろそろ、奥駈け、滝行の季節だよ
ピシッと決めたいもんだけどね

672 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/28(土) 00:40:40 ID:1IY1J16G
>>633
>俺は俺が掴みえたものを書いている。どこかに書かれていないと不安なか?

 あなたの見解。あなた独自の見解はそれそれでもいい。好きにすればいいのです。しかし、仏典中
にそのことを保証する裏付けする根拠がなければ仏教とはいえません。別思想・別宗教はいろいろと
在るのだから、ご自由にどうぞ!

>(1)二項相対妄想では“生成されたもの”⇔“生成されないもの”という妄想があると明言している。
>そのような妄想から離れた不生不滅を説く趣旨だよ。
>だから>生成されたものからの離脱・・とは両極を離れた中道を意味するのは当然だ。

 妄想であるという意味合いは一体、どこに書かれてありますか?「形成されないものがある」(無為
=涅槃が在る)といい、形成されないものがあるからこそ、「形成されたものからの出離が覚知される」
(現象界/輪廻からの解脱を自覚できる)といっているのです。妄想なんて話はどこにもありません。
 そして、勝義の視点に立ったときには涅槃に立脚した意識だけが本質であり、究極的には輪廻どこ
ろか、この物質現象界の一切すべてが実在ではないと体感されるのです。それをヒンドゥーはこれを
マーヤーといい、仏教はこれを「空」と呼んでいる。

>ここからも宝珠の>《「作られざるもの」すなわちニルヴァーナは永遠不変のものである。》
>(アートマンスレ13/>>789)という主張、論理構成は
>『まったく愚かな教えである』と結論的に明解に批判されているのだ。

 『没することなき解脱の境地である。』(ウダーナヴァルガ26:29)
私は、このように仏典に根拠を置いて述べています。

>(2)さらにいえば 「弟子たちよ、『我』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものでは
>ないのであるから、このようなものに立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、
>『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というような教えは、まったく愚かな教
>えであると言えないだろうか。」 「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わ
>ねばなりませぬ。」 (マッジマニカーヤ、22:25)

673 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 00:41:28 ID:yjECO2Ss
>>651 なんか言ってることのポイントがずれているので指摘しておくが

障害をもって生まれついたものが「自己の」障害の因を過去世のカルマであると
「自己規定」するのであれば、それは問題ない。自分のことなんだから好きに
考えなさいというだけだ。しかし、他者について言及するのであれば、全く話し
は変わるぞ。

>でもそれは輪廻や業報思想に咎があるのではなく、
他人事視点で、他者を批判したり評価したりするという、
愛情のない冷たい生き方に問題がある。

これは全くの間違いだ。
業報思想そのものが本質的な邪論なんだよ。
いいか?障害者は、「他人事視点で見られる」ことを嫌うのではなく、
「愛情をもって見られること」を望んでいるのでもない。
『人のマイナス面(それも個人の努力ではどうしようもないもの)を
勝手にその個人の過去世のカルマ、すなわち自業自得であるなどと規定するな』
こう言ってるのがわからんのか?
「・・・・が、〜のようになっているのは、過去のカルマのせいだ。」
などと勝手に他人の境遇を規定するんじゃんねえ! こう言ってるの。
「批判」「評価」などではなく、勝手に『事実認定』するんじゃねえよ。  

業報肯定論者が、よく言うセリフに
「差別はいけない。業報思想は差別思想ではない。障害をもって生まれてきた
赤ちゃんには暖かく接しなければならない。」と言うのがある。
この偽善で誤魔化したセリフを見るたびに吐き気がするな。
障害を過去世のカルマのせいであると『事実認定』することが、即、
差別なんだよ。  そのように規定されること自体が嫌なわけ。
そのように、見られたうえで同情されても「ふざけるな!」となる
だけなんだよ。いい加減に、そのへんを理解しような、肯定派は。

674 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/28(土) 00:41:30 ID:1IY1J16G
 これは一つには、五蘊の我の永遠なることを願う愚かさへの戒めであり、更にはバラモンの説く
アートマン論には単純には同意しない、というだけのこと。
 では、真実はどうなのか?というと、その詳細については大王のような者は曲解するだけだから
教えるつもりはない。自分で修行して実体験すれば分ること、という態度です。では、これはどうな
のか?ゴータマが人の死後に行く末について解説をしていたという事実を。

 『このように、アヌルッダたちよ、弟子が死去し死亡したとき、如来が「この者は、このところへ生
まれる。この者は、このところへ生まれる」と、再生する場所を予言するのは、人を欺くためでなく、
人に吹聴するためでなく、利益や尊敬や名誉や、功徳のためでなく、「わたしは、このような超能
力があることを人は知れ」というためではない。アヌルッダたちよ、信をもち、広大な信仰をもち、
広大な喜悦をもつ、良家の子はそれを聞いて真理に心をはせる。アヌルッダたちよ、かれらにとっ
ては、それは長いあいだ利益をもたらし安楽をもたらす」以上のことを世尊は説いた。尊者アヌルッ
ダは、歓喜し、世尊の教説を信受した。』(中阿含経・第77・帝三族姓子経)


 *まっ、勝手にすればいいのです。
  あなたにはあなたの自由(意志)というものがある。


675 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 00:42:33 ID:V0n7ID+5
半年うなったり、坐っても進まない様な時
氷水割って、バケツでも樽でも、頭からひっかぶると
その一杯が、半年分の坐と同等になったりすることもあるよ
心臓が悪くなきゃ、やってみたらいいのさ

676 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 00:50:26 ID:V0n7ID+5
ダライラマが言うなら、傷つかないが
そこいらへんの、新興宗教の、宗教ばばあが言ったら腹立つわけ輪廻

677 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2009/11/28(土) 01:04:31 ID:1IY1J16G
そもそも業報輪廻思想が差別思想というのは誤解です。
差別に利用?している一部の人間(僧侶)もいるし、
いたという事実があることについては確かにわかった。
これについては、セブン氏がウェブページなどでその事実を示してくれた。

けれども、そもそもの基本前提として、
では、仏教とは完全に同じではないにせよ
業報輪廻思想が根付いてこれを信じて暮らしているインドの大衆において、
これを差別となる酷い思想などと問題視にして批難している実態はありますか??

>>673
>業報思想そのものが本質的な邪論なんだよ。
>勝手にその個人の過去世のカルマ、すなわち自業自得であるなどと規定するな』
>こう言ってるのがわからんのか?
>「批判」「評価」などではなく、勝手に『事実認定』するんじゃねえよ。  
>この偽善で誤魔化したセリフを見るたびに吐き気がするな。
>いい加減に、そのへんを理解しような、肯定派は。

これらの言葉はすべてただの仏教否定であり、ゴータマを愚弄するものに他ならない。
あなたは仏教を信奉しなければいいのであるし、このような見解は仏教を邪教扱いするものです。
別にそれも結構なことです。あなたは仏教邪教論、仏教不要論を説けばいいこと。
ただ勝手に仏教を曲解するな、と。それだけのことです。


678 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 01:29:29 ID:yjECO2Ss
また糞宝珠かい。

お前は今まで全く「転生業報思想が差別思想でない」ことが説明できて
ないだろ? ただの一度もだ。 反論できずに「感情論には興味がない」
などと逃げ出すだけ。 なら初めから出てくるなカスが。

お前の言ってることは
「仏教は業報思想を説いている」→「だから業報思想を拒絶することは
仏教を否定することだ」→「ならば仏教を信じなければ良い」
という、いつもの糞理論だ。 馬鹿かい?
全く「業論が差別思想でないことの説明になってない。」 
俺は初めから言ってるように「仏教徒」ではないわ。

仏教であろうとなかろうと、そんなことに関係なく「業報」は
差別思想であると言っているんだよ。そんなこともわからんのか?
 


679 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 01:46:24 ID:3MsZSQJg
>>673
> いいか?障害者は、「他人事視点で見られる」ことを嫌うのではなく、
> 「愛情をもって見られること」を望んでいるのでもない。

そうは思わない。人間は本質的に冷たくされることを嫌い、温かく接されることを望んでいると
いってまず間違いない。
言い換えれば、障害者にとっては温かくされることが重要であって、
それが輪廻肯定で温かくするのだろうと、輪廻否定を理由に温かくするのであろうと、
そんなことは些末な問題にすぎない。

> 「・・・・が、〜のようになっているのは、過去のカルマのせいだ。」
> などと勝手に他人の境遇を規定するんじゃんねえ! こう言ってるの。
> 「批判」「評価」などではなく、勝手に『事実認定』するんじゃねえよ。

言いたいことは分らないじゃないが、逆にいえば「事実ではないと認定」するのも
どうかと思う。霊視できたりしない限りは、その辺は「わからない」とするのが妥当。

> 業報肯定論者が、よく言うセリフに
> 「差別はいけない。業報思想は差別思想ではない。障害をもって生まれてきた
> 赤ちゃんには暖かく接しなければならない。」と言うのがある。
> この偽善で誤魔化したセリフを見るたびに吐き気がするな。

本心からの実行を伴わない発言であるなら、吐き気を催すのはむしろ健全といえるだろう。

> 障害を過去世のカルマのせいであると『事実認定』することが、即、
> 差別なんだよ。

輪廻が事実であるかどうかは、それを人に話すべきかどうかとは別の問題であり、
差別とか何とかいうロマンチックな気分に浸ってどうこうなる性質のものではない。
もし事実であるならば、事実認定する以外にはない。

680 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 02:09:55 ID:yjECO2Ss
>>677
>業報輪廻思想が根付いてこれを信じて暮らしているインドの大衆において、
これを差別となる酷い思想などと問題視にして批難している実態はありますか??

お前はアンベードカルと共に「輪廻転生業報思想を否定する」仏教に改宗した
60万もの不可触民を知らないのか?

インドの被差別民と直に話した経験はないので、その意識がどのようなものであるか
は、正直わからん。しかし、「日本の被差別部落民の心情」ならば、その奥底に潜む
部分まで分かるぞ。
日本で何故、そんなに問題視されないのか?
「被差別部落民は自己の境遇を他人に知られることを絶対に避ける」からだよ。
両親は、自分の子供さえ「自分たちが被差別部落民」であるという事実を隠して
いる家庭が数多くあるんだよ。(まあ、子供の成長とともに、いずれ知らさなくては
ならない時期が必ず来るのだがね)
そして、彼らは「未だに差別され続けている」んだよ。これが現実なの。
そして、彼らは「自己のその境遇」を過去の政治的、政策的理由による階層制度の
被害者とされるのなら、まだ納得がいく。しかし、「自分らが過去世において
犯した悪行のせいで、このように差別される境遇に生まれついた」などと見られる
ことは我慢ならんというわけだ。当たり前だな。自分らが置かれてるいる、この
わけのわからん被差別状況が、「お前ら自身が過去世で犯した悪行のせいだ。
自業自得だ。」なんて言われてみろ。
そら、腹も立つわ。「何、勝手に決めつけてんだ。ふざけるなクソ」
となるのも最もなことよ。

わかったか? 差別主義者のクソ宝珠よ。

681 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 02:25:08 ID:yjECO2Ss
>>679 あのなあ、

>霊視できたりしない限りは、その辺は「わからない」とするのが妥当。
業報論者は「わからない」とするのではなく、「過去のカルマのせい」と
規定するんだろ?

>輪廻が事実であるかどうかは、それを人に話すべきかどうかとは別の問題であり、 ・・
だから、「純粋に個人の信仰として、人前でそれを決して口にしない」
のであれば問題はないだろう。しかし、違うだろ?このスレをみても
わかるように肯定論者は、それが「全ての人間に起こる『普遍的事実』である」
と主張するわけだ。そして、「嫌なら聞くな」とほざくわけだ。

>差別とか何とかいうロマンチックな気分に浸ってどうこうなる性質のものではない。
ロマンチックな気分?  意味わからんが。

>もし事実であるならば、事実認定する以外にはない。
そこよ。「もしそれが事実であるならば」たとえそれがどんなに惨い
事実であろうとも受け入れざるを得ない。「事実であれば」ね。
問題は、『何の確証もない』自分らだけに通じる思想をもって
それとは無関係の人間に干渉してくる。ここが問題なんだよ。
事実であれば、それでよし。
早く実証してくれ。


682 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 02:52:20 ID:3MsZSQJg
>>677
> これらの言葉はすべてただの仏教否定であり、ゴータマを愚弄するものに他ならない。

アートマンを肯定するのもゴータマを愚弄するものに他ならないわけです。
自分のことを批判せず、他人だけ批判するような書き方には問題があると思います。

> あなたは仏教を信奉しなければいいのであるし、このような見解は仏教を邪教扱いするものです。
> 別にそれも結構なことです。あなたは仏教邪教論、仏教不要論を説けばいいこと。
> ただ勝手に仏教を曲解するな、と。それだけのことです。

人にはこう言っておいて、自分は外道ですから別にいいんですよ、と言ってのけるわけです。
完全に人をなめた態度だといっていいと思います。

683 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 03:01:33 ID:3MsZSQJg
>>681
> >>679 あのなあ、
> >霊視できたりしない限りは、その辺は「わからない」とするのが妥当。
> 業報論者は「わからない」とするのではなく、「過去のカルマのせい」と
> 規定するんだろ?

私は業報論者ではなく、輪廻に関しては中立な立場です。
あるかもしれないしないかもしれない。しかし、自分に対して使うのであれば
有益であり、他人には基本的に使わない方がいいだろうというスタンスです。

> >もし事実であるならば、事実認定する以外にはない。
> そこよ。「もしそれが事実であるならば」たとえそれがどんなに惨い
> 事実であろうとも受け入れざるを得ない。「事実であれば」ね。
> 問題は、『何の確証もない』自分らだけに通じる思想をもって
> それとは無関係の人間に干渉してくる。ここが問題なんだよ。
> 事実であれば、それでよし。

干渉するかどうかと事実かどうかは別の問題です。
それが事実であるからといって干渉していいことの理由にはなりません。

> 早く実証してくれ

それは業報論者と、否定論者の双方に言えることで、
否定する人は、輪廻が事実ではないということを証明しなくてはならないでしょう。
早く実証してもらいたいものです。
私は実証することも確信もありませんから、肯定否定どちらの立場もとれません。

684 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 03:35:54 ID:yjECO2Ss
>>683 
>しかし、自分に対して使うのであれば
有益であり、他人には基本的に使わない方がいいだろうというスタンスです。
→だからな、「自己限定」であれば、なんの問題もないと言っている。
自己の善行を積むための動機付けにするのであれば、それはそれで良いだろう。
要は「それを他者に適用するな」ということ。しかし、業報肯定論者は違うだろ?
「これは『全ての人間に起こる普遍的な現象である』と主張する。」
そこが問題なわけ。勝手に他人を規定するな。こういうこと。

>干渉するかどうかと事実かどうかは別の問題です。
それが事実であるからといって干渉していいことの理由にはなりません
→これは論点が把握されてない。
俺が言っているのは『事実であると実証されてもいない、自分らだけに通用する
思想』をもって他者を規定するな。こういってるだけ。

>それは業報論者と、否定論者の双方に言えることで、
否定する人は、輪廻が事実ではないということを証明しなくてはならないでしょう。
早く実証してもらいたいものです。
私は実証することも確信もありませんから、肯定否定どちらの立場もとれません。

→何か誤解してるな。俺は『積極的否定論者』ではないぞ。
何度も言ってるように「100%確実にあること、また、0%絶対にあり得ない事など
現実にはない。確率的に0と1は数学的に仮設された理想空間におけるはなしだ。
しかし、限りなく0%に近い事例は無数にあるわけで、そのような事例は
『無いものと見なす』  これが適切なスタンスであることは何度も言っている。
お宅の言う「輪廻を否定する人」というのが、「現時点において実証されておらず
また、将来実証される可能性も極めて低い事例」により、その存在を『否定』
する者という意味であるならば、そのような『否定者』に対して『不存在証明』の
要求をすること自体、全く不合理な要求である。
ある事例の存否が問題となったとき、「ある」と主張するほうに立証責任があるのが
一般的であり、「無い」と証明できないからと言って「ある」ことにならないのは
言うまでも無いことである。

685 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 03:48:34 ID:3MsZSQJg
>>684
> →だからな、「自己限定」であれば、なんの問題もないと言っている。

それは私の最初の主張ですよ。昨日のIDを見てもらえれば分ると思いますが。

> 自己の善行を積むための動機付けにするのであれば、それはそれで良いだろう。
> 要は「それを他者に適用するな」ということ。しかし、業報肯定論者は違うだろ?

そうかもしれませんが、それを私に言っても意味ないでしょう。
私にレスを返すのであれば、私のスタンスを認識した上で話してほしいわけです。

> >干渉するかどうかと事実かどうかは別の問題です。
> それが事実であるからといって干渉していいことの理由にはなりません
> →これは論点が把握されてない。
> 俺が言っているのは『事実であると実証されてもいない、自分らだけに通用する
> 思想』をもって他者を規定するな。こういってるだけ。

それは知っていますが、別の論点を出しているわけです。

> しかし、限りなく0%に近い事例は無数にあるわけで、そのような事例は
> 『無いものと見なす』  これが適切なスタンスであることは何度も言っている。

分らないのに大体こうだろうというところで適当に結論を出し
それを一般化するのが適切とは思いません。

> する者という意味であるならば、そのような『否定者』に対して『不存在証明』の
> 要求をすること自体、全く不合理な要求である。

不合理かどうかなんて関係ありません。必要だというだけです。
その必要が満たせるかどうかはまた別の問題です。
そして必要が満たせなければ断定はできないのです。それこそ無理な話です。

686 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 03:55:28 ID:yjECO2Ss
>>685 
>分らないのに大体こうだろうというところで適当に結論を出し
それを一般化するのが適切とは思いません。

何言ってんだ?「限りなく0に近い事例は存在しない、または、無い
と認識する」  これはお宅を含めた世界中の全ての人間の共通認識
だろうが?


>不合理かどうかなんて関係ありません。必要だというだけです。
その必要が満たせるかどうかはまた別の問題です。
そして必要が満たせなければ断定はできないのです。それこそ無理な話です

何を言いたい?「不存在証明の要求の不当性」が理解できてないのか?


687 :神も仏も名無しさん:2009/11/28(土) 04:01:38 ID:3MsZSQJg
>>686
> 何言ってんだ?「限りなく0に近い事例は存在しない、または、無い
> と認識する」  これはお宅を含めた世界中の全ての人間の共通認識
> だろうが?

物理的な思考では、測定誤差を無視したりしますから、
X軸への漸近線を描いていれば大体ゼロということで「ゼロ」と結論します。

数学的思考ではX軸への漸近線は「決してX軸に接することはない」と結論します。

輪廻があるかないか、というのは「大体ある」「大体ない」という性質のものではありませんから、
物理的な思考で考えるのは妥当ではありません。

> >不合理かどうかなんて関係ありません。必要だというだけです。
> その必要が満たせるかどうかはまた別の問題です。
> そして必要が満たせなければ断定はできないのです。それこそ無理な話です
> 何を言いたい?「不存在証明の要求の不当性」が理解できてないのか?

不当かどうかは関係ないといっているわけです。
断定するための条件を満たさなければ、断定はできない、という事を言っているわけです。
その条件が満たせないのであれば「結論を出せない」という結論があるだけです。

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