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☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート28

1 :神も仏も名無しさん:2010/05/16(日) 04:10:12 ID:GDin7fBQ
仏教に関するよろず質問スレッドです。
知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。

主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。

初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。

無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。

*「議論の白熱化、専門化」「話題の拡散、変異」「売り言葉に買い言葉のような応酬」
 等の事態が生じましたら、関係各位は“自発的に”速やかに
 他スレ・該当スレへ移るか、ふさわしい新スレを建てるかなどして、
 『質問し易い雰囲気』作りに御協力ください。

<前スレ>
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/
【過去ログ・関連スレ・補足は>>2-6辺り】
---------------------------------------------------
<推奨>
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/l50
卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ 【臨時 避難所】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/l50

116 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 01:50:47 ID:8JMdMoSQ
>>114
>大乗の慈悲は、阿含の咀嚼の末に(→仏教の核(コア)の進化形として)花開いているのだと・・。

まったく違うと思います。
逆であり、阿含を(勝手に)小乗レッテル貼りしたグループによって、
つまり、ゴータマを教説を護持していた伝統上座部に反旗を翻す形で形成、
発展していったのが大乗諸経なのです。

本当の悲劇は原始経典群にせいにではなく、
これを奉じていた保守派が山林に篭って在家信仰(在家育成)を蔑ろにしていったことにあります。
このことに反旗を翻し、大衆を相手にしていったのが後世の大乗グループでした。
確かに、小乗の名を受けるべくは彼ら保守的な長老派なのであって、
ゴータマの教説を纏めた原始経典群ではありませんから。

仏陀であられるゴータマ(及び原始経典)を小乗呼ばわりして、仏教は決して成立し得ない。
縁起氏は、大乗の発生経緯を勝手に自己都合、
宜しく、「縁起」の言葉で正当化(必然的な存在価値と)したのです。

現存するものはすべて必要があって存在すると言い出すのならば・・・
もう、何でもありですね。

117 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 01:54:18 ID:8JMdMoSQ
訂正:>>116
 ×「つまり、ゴータマを教説を」
 ○「つまり、ゴータマの教説を」

 ×「本当の悲劇は原始経典群にせいにではなく」
 ○「本当の悲劇は原始経典群のせいにではなく」

118 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 10:51:01 ID:8JMdMoSQ
追記:

まともな派や寺院であれば、
原始経典群の真の価値と正統性を正しく評価した上で、
自宗寺院における伝統と良き点について主張するでしょう。

それを未だに、
間違いが明らかになった「五時八教」をまだ教えているところなどというのは、
完全に学問の成果を無視するトンデモナイ迷信盲目に陥った信仰宗教です。
ただ、自宗自派の存続と反映のみが目的なのは明らかです。
そして、その上に君臨し続けたがっている輩がいるというのが・・・。

*近代仏教学による原始経典の研究成果の一般普及というのは、
もう、そういう寺院側の頑迷な姿勢には騙されないぞ!
という民衆育成のためのものです。


119 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 14:21:33 ID:8JMdMoSQ
で、縁起氏については、
信仰者としては大変、尊敬を申し上げますが(僧侶としての敬意も含め)、
けれども、所詮はただ伝統(迷信)を引きずった方に過ぎないのだ。
と、私は思いました。

現に、
こうして大乗が存在する(継続している)ことが“仏意の徴”であるかのような言い草というのは、
その他、総ての諸宗教や新興宗教らの主張と何ら変わらないものです。
これを「縁起」という言葉で正当化したのです。

近代仏教学の成果を無視したその姿勢は、
無我の理解の間違い(私が提示してきた仏教学の主張)に対する指摘にも
ただの“文献学者の戯言”として一蹴りしたのです。
結局、伝統を継承してきた師の教えが唯一、絶対に正しいものとして、
彼ら(伝統の師ら)には修行による実体験の裏づけがあるなどといいました。
これでは迷信は一向に排除できませんね。
まさに“信仰は自由”をそのまま顕した姿だということ。

日記帳化してきたので、一端、終了しますm(__)m

120 :1/2:2010/07/11(日) 14:58:23 ID:68r2c6jJ
>>115
(研究端緒の時期ならいざ知らず)、
パーリの絶対性が、雲の如き揺らぎあるものであることは、多方面で既に了解事項だ。
>>109で少し触れているように)エッセンスの抽出、原型(古形)の炙り出し作業の上で、
古形含有率の高さを言うなら良い。
それは、受容の仕方が(現存)パーリの系譜では、よりストイックであったことを示すものだし、
資料的価値の高さ、一次資料としての優位性を担保する。

だが、以下(長くなるがw)に引用するように、(或いは>>107に図示するように)、
現存パーリの成立は、各地各言語への伝播及び漢訳開始よりも後であることを忘れてはならない。
古形・原型(≒初期の思想)を探るならば、「現存パーリからも批判的に抽出する作業が必要」ということだ。
 (※中村さんも水野さんも、『原始仏教』(初期仏教)と言う時、決して「《パーリ仏教そのもの》を指してはいない」。
   『研究の末、それぞれが見出した原型』を指している筈だ。
   漢訳(や梵本や中央アジアの断片等)との比較によって初めて、
   パーリ所伝の内容の【或る部分】が古形であると確認されるわけで、当然、
   パーリにおける伝承の中での改訂・増補も、同時に明らかとなる。
   *(馬場さんの1冊は、そうした側面での「(現行)上座部はブッダゴーサによって確立した」という論考だ。))

古形発掘の【試金石】としての優位性は確かに高い。
だが、「パーリだから(南伝だから)原型に近い」というのは、狭量過ぎる。
 (※(私もそうですがw)、貴方は漢訳阿含系に触れませんよね。そのことや、これまでの発言の仕方から、
   「南伝絶対視」の姿勢、(勿論【『(特徴ある)或る系統の大乗諸経』について言っている】のだと理解してはいますが)、)
   「漢訳全ての却下」に繋がる姿勢が垣間見られるので、注意喚起をさせていただきました。
   (自分へのブレーキも兼ねて・・w))

121 :2/2:2010/07/11(日) 15:00:37 ID:68r2c6jJ
>>115
補:
私も少し言い過ぎだったようだ。個別の一々の漢訳経典が、
「これは先んじている、これは後発である」と明言はできないだろう。
(少なくとも私はそのスキルを持ち合わせていない。)
ただ、さらに内部の内容について、「パーリ以外の方が古形である『部分』もあること」
「パーリもまた、枝分かれし、変遷を重ねた『支流』に過ぎないこと」「パーリにも新層古層があること」
を言いたかった。(それが本流に近接する流れだとしても・・。)

弁明してお詫びとしますw m(_ _)m

122 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 15:18:26 ID:8JMdMoSQ
>>114
>縁起一代が、なぜ「普賢行」なる言葉を何度も口にしていたか、
>慈悲と救済(の誓願)が大乗の骨子であること、

ハッキリ言って全部、
全然、違うと思う。基本認識がなってない!

 “慈悲と救済”なるものは・・・「ホトケ様というは我々を見捨てることなく厳しい専門的な修行を
せずとも、ただお願いすれば救済して下さる在りがたい存在。そういう誓願をお立てになったの
です。」などという、如何にも大衆受けする飴玉で人々を勧誘したのですよ。
 そのようにして勢力を拡大していった。それが大乗というものです。その中心に置いたのが法
華経のご利益、及び阿弥陀の救済力なのです。

 そうしながら、上座部が大衆に勢力を拡大できないよう・・・小乗のレッテル貼りと共に、ゴータ
マ釈尊その人も脇へと追いやり(信仰対象は他の、つまり創作の諸仏へと向けさせ)、大衆が原
始経典や原始佛教を見下すようになるよう工作を続けたのです(法華経の記述にも、その工作
が組み込まれている)。

 これが正しい歴史認識というもの。けれども実際、日本には大乗徒ではない仏教者は殆どいな
いから、気に入らない事柄にしてしか映らないのでしょう?

>日記帳化してきたので、一端、終了しますm(__)m >>119

 あーぁ....また、続けてしまった・・・。
私は、この話になると感情(憤りと情けなさ)を抑えることができない。

123 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 15:36:48 ID:8JMdMoSQ
>>120-121
なるほど・・・ご忠告に感謝!!

尚、私はパーリか漢訳かといった視点では述べていません。
原始経典か大乗経典かというものです。

>貴方は漢訳阿含系に触れませんよね。

南伝絶対視という意味合いはないです。

が、けれども、
漢訳阿含についての位置づけについては、基本的には増谷氏の見解を今は支持しています。
つまり、「南伝パーリ5部聖典」に対する「漢訳四阿含」の関係であり、それは内容からみて、「漢訳四阿含」
は「南伝パーリ5部聖典」からの訳経(漢訳の後代成立)であり、対応する4部パーリと漢訳されずに至った
1部パーリが現存していると。

“南伝パーリ5部聖典”                          “漢訳四阿含”
ディーガ・ニカーヤ/長部経典      →長阿含経
マッジマ・ニカーヤ/中部経典      →中阿含経
サンユッタ・ニカーヤ/相応部経典   →雑阿含経
アングッタラ・ニカーヤ/増支部経典  →増一阿含経
クッダカ・ニカーヤ/小部経典      →漢訳なし

124 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 15:50:27 ID:8JMdMoSQ
或いはまた、もしかしたら、

まだ発見はされていず、経典(書)としての存在自体がしていないかもしれませんが、
私の推測としてですが、まず最初にマガダ語口誦の編纂があり、
そこを原点としてパーリ五部と漢訳四阿含の双方ができたとする、
パーリ漢訳両者にとっての共通原点(原典はないかも)があるという仮説です。

まっ、
漢訳4阿含中にパーリよりも古い成立経があるとした場合ですが・・・。

125 :1/4:2010/07/11(日) 16:02:54 ID:68r2c6jJ
馬場紀寿「上座部仏教の思想形成―ブッダからブッダゴーサへ―」
・第三篇パーリ正典の確立-序論(p158/10-12行)
 「たしかにパーリ正典は〈初期仏教〉【に由来する】伝承を含んでいるが、
 最終的には〈上座部大寺派〉によって継承された文献なのだから、
 〈上座部大寺派〉においてパーリ正典が編纂される過程を検討しない限り、
 パーリ正典の一面しか理解したことにならない」   *(“【”“】”、(a)等は引用者挿入。以下同様)
・同篇-第一章(p178/7-14)
 「小部の一部の文献には、北伝資料と起源が同じ伝承が数多く確認できるから、上座部大寺派の正典に
 編入される時期は遅かったとはいえ、伝承そのものは古い可能性が高い。とくに、『経集』中の「八詩偈品」
 (aTThakavagga)や「到彼岸品」(pArAyanavagga)のように最古層とされる伝承が含まれるのは注目に値する。
 【成立の新しい経典集に起源の古い伝承が収録されている(a)】からである。これは、最古の伝承が発展して四部になり、
 四部成立以後の新しい伝承が小部にまとめられたという直線的な図式では決して理解できない。
 「八詩偈品」や「到彼岸品」が小部に収録されているという事実は、四部とは別系統の経典伝承が存在していたことを
 意味している。【おそらくスリランカで古資料作成期がはじまって後、性質が異なる故に四部に収録されなかった諸文献が
 インド本土からスリランカへ渡り、逐次増広されていったと考えられる。】」

 ※【 (a)】は、《漢訳仏典についても言い得る》事象・構図でもある。
  勿論、単に文言上の古形というだけでなく「その意味する所が継承されているか」も含む。

126 :2a/4:2010/07/11(日) 16:04:39 ID:68r2c6jJ
・同篇-第二章(p197/2-8行)
 「ところが、北伝四阿含にはパーリ四部とは異なり、むしろ【パーリ四部以降に作成されたパーリ文献】と一致する内容が
 含まれている。部派仏教時代に作成・編纂された(部派成立以前に遡ることのできない)パーリ文献と北伝四阿含の
 内容が一致するという事実は、少なくとも二つの事柄を意味するだろう。第一に、部派時代になっても、上座部(大寺派)は
 【他部派から孤立して文献を作成していたわけでなく】、【諸部派に共通の伝承を受容していた】。第二に、パーリ文献では
 論や註釈書としてまとめられた内容が、他部派では経典の体裁によってまとめられた。」
・同篇-同章-第五節(p202/2行-p203/11行)
 「これまでの部派仏教研究は、諸部派に共通の文献は初期仏教の段階、各部派に特有の部分は部派仏教の段階に
 作成されたという前提に立ってきた。この想定が正しければ、上座部(大寺派)に伝えられるパーリ文献の中でも、
 四阿含に一致するものは四部に限られるはずである。ところが、本章が明らかにしたように、
 伝承を個々に調査するならば、四阿含には四部以後に作成されたパーリ文献と一致する内容が数多く含まれている。
 パーリ文献(後期正典・準正典・註釈文献)と四阿含の対応関係は次のようになる。*(図略)*
 以上の対応関係は、前後の文脈のみならず、語句が同一である以上、偶然の一致とは考えられない。また、
 こうした対応関係は、複数のサンスクリット写本に確認できるから、漢訳者の作業に帰せられるものではなく、

127 :2b/4:2010/07/11(日) 16:05:58 ID:68r2c6jJ
 インド(南アジア)本土における伝承の問題である。
 伝承経路としてはいくつかの可能性が想定できる。第一には、四阿含の情報がパーリ文献(後期正典・準正典・註釈文献)
 に伝わった可能性。第二には、その逆に、パーリ文献の情報が四阿含に伝わった可能性。第三には、特定の新たな伝承が
 両系統に 伝播した可能性。どの可能性が正しいのか現段階では確証はないが、相互に、かつ微妙に伝承が食い違って
 いる例が多いことから、第三の可能性が最も妥当だという印象を受ける。
 四部と四阿含がもともと同一起源の伝承であること、そして、【四部よりも後期正典・準正典・註釈文献の内容が新しいこと】
 は確実だから、四阿含と【新しいパーリ文献】との一致は、四阿含の伝承が改編された結果だと判明する。改編の全体像を
 論じるには時期尚早だが、少なくとも本章で取り上げた箇所に関しては、四部に比べ、四阿含が教理・信仰の発展に応じて
 改編されていたことは間違いないだろう。」

※四つ目末は、寧ろ、阿含と比較してのニカーヤの優位性を示すものだが、敢えて貼っておく。
 ブッダゴーサ註等から推測される「四部成立の早期性」は、諸訳に比べた「その絶対性」「古形性」を担保はしない、
 ブッダゴーサ参照の「四部」に、他の異本と比べての優位性があったとしても、それは、
 俯瞰的に見た、四捨五入した上での優位性であり、個別の内容(・記述)については
 《思想・伝承がハイブリッドでない経典は存在しない》ということは留意され続けるべきだろうと思う。

128 :3/4:2010/07/11(日) 16:38:07 ID:68r2c6jJ
・水野選集1巻「仏教聖典とその翻訳」(p62/6-13行)
 「しかしパーリ聖典のみが仏教の正系を伝えた唯一のものであり最古のものであると言うことはできない。
 パーリ聖典と同様の古さと権威とを有した聖典がかつてのインド仏教中には他にも十数種存在していたはすである。
 何となれば、仏教は仏滅後一〜二百年頃から四百年頃にかけて【インド全域に広く分布し】、十八部または二十部という
 部派に分かれ、【各部派が独自の三蔵聖典を保持伝承した】からである。【パーリ聖典はその中の一つに過ぎない】。
 各部派の聖典は同一の源泉から生じたものであるけれども、相互にそれが伝持される土地環境を異にし、
 言語風習を別にしていたために、時と共に次第に相互の距離を生ずるようになった。けだし仏教は一般民衆の化導を
 目的としていたから、その聖典の用語はそれぞれの地方の民衆語に改変され、その経典の教理内容や戒律の規定なども、
 その場所その時代に最も適合するように意識的無意識的の変革を蒙らざるを得なかったからである。」

・同(p66/11-13行)
 「現在わずかに残存する文献の比較から見ても、仏典は相互に言語的にも内容的にも相違点をもつのであるが、
 それらはいずれもブッダの説法そのもの、または仏滅後に成立した共通的源泉に遡るべきものであることは
 既述の如くである。」  ・・・・これはどちらかと言うと>>116への引用となるだろう。

(116は完全に「反・奈良イズム」だなw)

129 :4/4:2010/07/11(日) 16:39:39 ID:68r2c6jJ
他にも、パーリの優位性に敢えて苦言を付す形のものがあったような気がするが、辿れないw
また、論文や著作として目にしたというのでなく、事ある毎に聞かされてきた注意点だったから、
頭に残ってるのかもしれない。インド仏教やパーリ仏教をやると、どうしても漢訳を軽んじる傾向が生じる。
とくに初学者にとっては『「はしか」の如き通過点』と言ってもいいだろうw
だが、実際は、漢訳の古層(或いは古経)も存在するわけで、のめり込まなければ、
いずれ皆気付いて、バランスを取るようになる。
そういうバランスの面で、横槍を入れた。もとより、こちらにも言いすぎな面があることを認める。
だが、『文献の傾向としての古形含有率』だということは留意されていいと思う。

ノシ


>>123
>尚、・・・・・・ないです。
了解。

>>124
>パーリよりも古い成立経があるとした場合ですが
単体の、『経』いう形態でのみ見るから、【四捨五入した先後関係】が【各経間の】優劣に直結することが解りませんか?
(ま、いいでしょう。 私も「パーリ」の優位性を支持する一人ですから・・www)

>>122
【最終】日本仏教はこのままでいいのか?!【決着】1
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255345468/832
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255345468/843
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1255345468/845

130 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 22:21:10 ID:68r2c6jJ
蛇足的補足。(梵天勧請に関して)

>>122
因     果     応     報part2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1161605177/773
773 名無しさん@3周年 sage 2006/11/16(木) 17:03:40 ID:YX/dL9md
> >> 752
> 一 とっつきにくい考え方ではあるが、聞く耳を持つものも居よう。(b語る喜び)
> 一 聡い者は、聞いて理解することもあろう。
> 一 聞くことにより安心(あんじん)を得る物が一人でもいれば、その人のためにもなろう。(d貢献する喜び)
> 一 もし、より多くの者が理解したならば、社会はずっと良いものになろう。(d貢献する喜び)
> 以上、慈悲の観点。
>
> 一 この考え方は、果たして普遍性を持ちうるだろうか?独りよがりなものでないだろうか?
>    誰もが理解できることであろうか?私以外理解できないのではないか?(思考内容・手法の普遍性)(d貢献する喜び)
> 一 外部へ発信することにより、内容が整理・洗練される。(多少結果論ではあるが・・)(b語る喜び)
> 以上、悟りの論理的側面。
>
> 一 自分以外の者と思考を共有することにより、孤独が緩和される。
>    (勿論、お釈迦さんが寂しがったわけではないが、そうした側面も1%位はあるだろう)(a孤独の解消)
> 一 この(悟りの)喜びをわかってほしい。分かち合いたい。この(悟りの)喜びを味わって貰いたい。(c与える喜び)
> 以上、心理的側面。
>
> abcdどれも、心理的に「人間釈尊」を見た場合のもの。
> 勿論、孤独を厭うたり、喜びを求めるような、言葉通りのものではないが、
> シッダッタ本人に聞いても、そうした側面を否定はしないだろう。
> ゴータマ・シッダッタも、仏である前に人間なのだから・・・。



(※abcdそれぞれや本文について訂正したい所もあるが、面倒なので原文ママw)

131 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/12(月) 09:33:57 ID:4aSB5IoD
フーム・・・さすがはセブン!
2chきってのエキスパートです。
今回の価値ある投稿に感謝です(保存に値いします)。

ところで、
原始経典(パーリ/漢訳阿含を問わず)を小乗呼ばわりし、
小乗の学修段階が終了してから、高度な法華経の学修があるなどという見解はトンデモナイでしょう?
セブンも解るでしょう??

そういうことをいう人が今も(たぶん)大勢いるということは、
そのように指導し教えている先達が今もいるということです。
こんなことが認められますか?

>>129
>【最終】日本仏教はこのままでいいのか?!【決着】1

原始佛教時代から継承される慈悲の意味合い説明についてはわからないでもないです。
しかしながら、私がいわんとするものというのはそうではなくて、
大乗というのは、ゴータマが教えた修行をせずとも同様の仏陀になれるなどと勝手に言い出し、
その根拠としてホトケの慈悲(救済)なるものを掲げたということ。
当然、これは大衆受けして庶民が飛びつくような話です。

ところが、ゴータマが教えてもいない勝手なことをしたところで、
そんなことで同じく解脱成仏できる筈がないのです。

132 :神も仏も名無しさん:2010/07/12(月) 10:10:02 ID:1fHvcE36
>>131
そのような「開祖・教祖の盲信」が、宗教の最大の病理である。

「真理とは、誰が言っても真理のことである」。「開祖・教祖が言ったから、非真理が
真理になる」のではない。真理・非真理の判断は、専ら、生活者(一切衆生)が、その
生活経験・生活感情に基づいて行う。

君等宗教者の思考の方向は、完全に転倒していて、誤りである。

133 :神も仏も名無しさん:2010/07/13(火) 00:22:13 ID:wca2F7+f
>>131
言わんとするところは解らんでもないがw、
大乗仏教に対して、「先入観有での皮相的視線」になってるとは思うよ。
それは、『塗装が剥げてるからこの車は走らない、街中(まちなか)を「恥ずかしくて」走れない』
と言っているようなものだ。
また、
《『「浅い理解でのお手軽意識」や「手始め・初級クラスとしての簡易版」という様相』のみを拾い上げ、
『それを全体像とする、或いは大乗仏教の核と見る』》のは短慮だと思うよ。
 *(輪廻議論の際、これと(見事に)逆の位相で、貴方は輪廻業報&転生を擁護していたと思いますよ?w)

134 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 10:04:44 ID:u6XVcVlj
>>133
果たして本当にそうですか?
ただの、私の過剰反応による取り越し苦労ですか?
(だったら、本当にいいんですけれど・・・)

そもそも大乗グループというのは、
ゴータマの教えに反して(これを守らず)、勝手に異なることをした。
これでは、解脱完成者が排出せずとも当たり前なのではないのですか?
だから、私は縁起氏にもそういったわけですよ。

ゴータマの教えを纏めた原始経典を小乗扱いして、違うことを創めたのだから、
それでは解脱成仏できなくても当たり前でしょう。つまり、成仏できない仏教の氾濫ですよ!
そして、そうなるであろうことはゴータマはとっくにお見通しなのでしたね。
何故なら、意に沿わない内容が原始経典には書かれてあるからであり、
後世の弟子たちはいうことを聞かず、自分らで勝手なことを創め出すであろうことを・・・。

それが、この経文ですよ。
縁起氏はパーリ仏教の限界性など・・一笑に付したけれど。
これは、重要過ぎる警告です。まさにこの通りになった。

135 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 10:06:00 ID:u6XVcVlj
 『比丘らよ。未来世に比丘どもは次のようになるであろう。
 如来の説かれたこれらの諸経典は深遠であって意義が深く、出世間のものであり、空と相応して
いるものであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとしないし、耳を傾けようとしないし、
了解しようという心を起こさないであろう。それらの教えを受持すべくよく熟達すべきものであるとは
考えないであろう。
 これに反して文芸人によって創られ、詩文調であり、文辞麗しい諸経典は、外道に由来するもので
あり、弟子たちの説いたものであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとし、耳を傾けよ
うとし、了解しようとする心を起こすであろう。それらの教えを、受持すべくよく熟達すべきものである
と考えるであろう。
 かくの如くにして、如来の説かれた、深遠にして意義が深く、出世間のものであり、空と相応してい
る諸経典は消滅してしまうであろう。
 比丘らよ、それ故にここでこのように学ぶべきである。―――[如来の説かれた、深遠にして意義
が深く、出世間のものであり、空と相応している諸経典が説かれる時に、我らはよく聞くことにしよう。
耳を傾け、了解しようという心を起こそう。それらの教えを、受持すべくよく熟達すべきものであると
考えることにしよう]と。』(『サンユッタ・ニカーヤ』20.7.4-5)

136 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 10:08:05 ID:u6XVcVlj
それと別件で・・・セブンには、コレについてもご意見を頂戴したいw
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/794

137 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:02:03 ID:qG+Ovg5/
119 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/11(日) 14:21:33 ID:8JMdMoSQ
で、縁起氏については、
信仰者としては大変、尊敬を申し上げますが(僧侶としての敬意も含め)、
けれども、所詮はただ伝統(迷信)を引きずった方に過ぎないのだ。
と、私は思いました。

まあ縁起は理屈だけだから、
>所詮はただ伝統(迷信)を引きずった方に過ぎないのだ
と言われる、

まあ宝珠も霊媒妄想の真光の思いつき妄想を引きずった方に過ぎないのだww


138 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:06:50 ID:qG+Ovg5/
まあ、セブンと宝珠の対話は所詮空論、
スレタイに合わぬ知識の垂れ流し、

その仏教の禅定の世界を知るもののみ、大乗と原始仏教を論じる資格がある、
禅定と智慧に欠くセブンと宝珠の対話は無意味。
隠居の餌になる程度、
縁起一代なんぞも含めて、机と同じようなものさw

139 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:13:43 ID:u6XVcVlj
そして今回、
僧侶とお付き合いをしていく上で分ったことは、
これが仏教界全体の流れであるかどうかは知らないけれども、

総本山側の動きとしては、
日常の読経は漢訳から和訳経へと移ってきているということ。
意味不明な呪文的なイメージから、意味の分るお経をということだろうと思う。
その意図するところは理解できますが、
個人的な印象としては、読経の場合は読誦する際にも聞く場合にも、
「漢訳経」の方が響きもよくて、素晴らしい。

今回、これを機会にと総本山から直接、勤行式を取り寄せたところ、
来宅されるご住職は殆ど漢訳経であるのに、届いた勤行式は和訳中心で統一性が皆無だった。

私の意見としては、読経は従来通りに漢訳経とし、
それとは別に、読誦経の意味を知るための解説本があって、
その中で和訳(できれば現代語訳)と用語解説などの注釈を付けるというものです。


140 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:15:02 ID:u6XVcVlj
>>139
誤爆しました(涙)


141 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:17:02 ID:qG+Ovg5/
> “慈悲と救済”なるものは・・・「ホトケ様というは我々を見捨てることなく厳しい専門的な修行を
せずとも、ただお願いすれば救済して下さる在りがたい存在。そういう誓願をお立てになったの
です。」などという、如何にも大衆受けする飴玉で人々を勧誘したのですよ。
 そのようにして勢力を拡大していった。それが大乗というものです。その中心に置いたのが法
華経のご利益、及び阿弥陀の救済力なのです。



真光とか霊媒教に嵌って見えないようだw
日本仏教とインド仏教を混合している、妄想意見の域だなあw
上記の様な仏教は中国、過去のインド大乗にはありません、きちんと仏教史を勉強しなさいww
観点が異常である、
まあ所詮、その仏教の禅定の世界を知らないから、
こういう妄想を垂れ流すww



142 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:17:53 ID:qG+Ovg5/
おら妄想宝珠、反省しろよww

143 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:26:58 ID:u6XVcVlj
>>141
>日本仏教とインド仏教を混合している、妄想意見の域だなあw
>上記の様な仏教は中国、過去のインド大乗にはありません、きちんと仏教史を勉強しなさいww

なんでよ??
「法華経」「阿弥陀経」・・・経文中の記述内容がそうなってるでしょ!
それともシナ発祥の経でしたか?www


144 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:32:15 ID:qG+Ovg5/
はあ??
お前、浄土宗系は浄土三部経であることをしらないのか??
阿弥陀経で判定するのか?
しかも反論になっていないw

法華経の読み方も日蓮の読み方しかしらねえだろ??
そういう妄想的読み方で大乗を判定するな、あほw
法華経でも薬王菩薩品だったけ、あれを読んでみろww
あれをまじめに読んで、明治政府以前の仏教の主流、修験道なんかがあったんだぞw
比叡の千日回峰行なんか、しらねえだろ??
だから、そういう妄想寝言がいえるんだww

145 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:33:24 ID:qG+Ovg5/
宝珠に仏教論じるには一万年早い、輪廻しろよw

146 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:36:43 ID:u6XVcVlj
Re.ワラw宝珠にはw

>まあ縁起は理屈だけだから、
>禅定と智慧に欠くセブンと宝珠の対話は無意味。
>縁起一代なんぞも含めて、机と同じようなものさw >>137-138

ホーでは、あなたは瞑想実践者?
できましたら、あなたの立場と位置づけを紹介して下さいます?
何宗や何派の支持者である、といった表明はできます?


147 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:42:13 ID:u6XVcVlj
>>144
私は、法華経そのものの記述について述べてます。
“比叡の千日回峰行”たって・・あそこは天台密教でしょ(信仰の中心は法華経でしょうが・・・)。
いや・・確かに立派な修行であるとは思いますが・・・。


148 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:43:03 ID:qG+Ovg5/
ま、伝統仏教の瞑想は大乗、原始問わず、瞑想の部分だと大概できているがな、
ことスレの連中みたいに中途半端な極端な知識偏重はないがね、知識偏重でないがゆえに連中よりも知識情報量蓄積は少ない事は自認しようw
新興宗教以外は支持してやるさ。

149 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:46:24 ID:u6XVcVlj
>>148
なるほどw


150 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:47:26 ID:qG+Ovg5/
だから、中国、インド大乗は、浄土経典だろうが、法華経典であろうが、千日回峰行みたいな修行をしていたのさ、
理解しない奴だなあw
お前、天台密教でない四種三昧なんかしらねえだろ??
言い逃ればかりで、てめえの見解の間違い認めろやwあほw
宝珠にとって原始仏教は自分の過ちの見解を認めないものなのか??


151 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 11:53:48 ID:qG+Ovg5/
間違いを認める書き込みはできないだろうなあw宝珠はw
ま、それゆえに、原始仏教すら理解できんだろうなあw

152 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/13(火) 11:59:03 ID:u6XVcVlj
>>151
>間違いを認める書き込みはできないだろうなあw宝珠はw

なんで?そんなことはない。
いつでも素直に間違いを認める姿勢を示してきたのが、この私じゃないか!
んじゃ-検討しとくよw


153 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 12:01:47 ID:qG+Ovg5/
じゃあ、最低限仏教史をお勉強してから出直せ、


154 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 12:06:01 ID:qG+Ovg5/
まあ、大乗仏教=浄土真宗、日蓮宗と言う思い込み妄想をすてろやw
正しい正しくないと言う見方が大乗仏教という思い込みも、
縁起一代のアホ見りゃ、そう見えるだろうが・・・

155 :ワラw宝珠にはw:2010/07/13(火) 12:11:00 ID:qG+Ovg5/
ま、宝珠の大乗批判にも、宝珠が日蓮宗の見解で、大乗を論じていると見抜けない
セブンも相当アホだがな、
まったく意見を提示できないからなw

156 :神も仏も名無しさん:2010/07/13(火) 17:31:52 ID:wca2F7+f
>>155
無理して話に入ってこなくてもいいぞw
一人でおとなしく瞑想(迷走)してなさい。

157 :神も仏も名無しさん:2010/07/13(火) 17:53:05 ID:wca2F7+f
>>136
まず、↓への感想を述べて、顔洗ってパンツ履き替えてから出直して来いw
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/779
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/782
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/783

158 :156かわいいw:2010/07/15(木) 10:57:04 ID:iGtwJl3I
スレタイに応じた世界の仏教徒の為に大乗の志を認可して欲しいものだなw
小乗の輩、いや、、それでは南方仏教に失礼だ、
知識偏重声聞の輩君、エゴの満足を止めましょうww

159 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/16(金) 10:57:55 ID:wJVNi4My
あ〜ぁぁ...いそがしやw

>>141-158
ワラwだか・・かわいいwだかシランけど(笑)
どうもよくわからないから、是非、お話の続きをお願いしようかな!
「議論スレ」だと隠居が煩いから、よければこちらで(投稿済です)。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1257855450/l50

160 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/07/16(金) 11:41:56 ID:wJVNi4My
>>158
>知識偏重声聞の輩君、エゴの満足を止めましょうww

私も(行の)実践の者であり、当然、瞑想者の一人。
そんなことは宣伝するまでもないことですよ。


161 :神も仏も名無しさん:2010/07/21(水) 19:59:56 ID:1QwPWwAF
で、宝珠は宝珠で
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1273950612/157
に、レスを入れる気は無いか・・w


どいつもこいつも腐り切っとるな・・・。

162 :神も仏も名無しさん:2010/07/21(水) 20:01:46 ID:1QwPWwAF
あ、スレ間違えた。
まあいいか。当該スレだし。
反応するなら、http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278424122/でしてくれなw

163 :ワトソン:2010/07/22(木) 12:39:19 ID:szo5mYZ4
**********************************************
この国に生まれたいと思う者は次の三福を修行しなければならない。
 一には父母を孝養し、師長に奉公し、慈心を起こして殺すことをやめ、十善行を修行する。
 二には仏、法、僧の三帰を受持し、衆戒を具足して礼節を犯さず。
 三には解脱心を起こして、深く十二因縁を信じ、大乗の真理を読んで修行する。
この三つのことを浄業という。」
**********************************************

これは、観無量寿経の冒頭にある文章です。
十善業・三帰(三宝)・十二因縁は阿含経の修行です。
大乗の真理とは、おそらく大般若経・法華経を指していると思います。

このように、最初に阿含経を修行し、次に大乗(大般若経・法華経)を修行するようにできているのではないかと思います。


164 ::2010/07/24(土) 07:59:40 ID:O61NsMwL

戒取(かいしゅ)
  仏陀の
  【 因縁を解脱して涅槃に至る為の教えと法 】を
  理解出来ないで
  それ以外の道徳や仏教以外の宗教を
  【 絶対に正しい 】と信じて固執する事

 ↑ 仏陀の真実の教えを説く〈上〉阿含経講義   桐山 靖雄(著)

    164ページの ところ参照

おそらく  仏陀の

【 因縁を解脱して涅槃に至る為の教えと法 】以外の概念から

【 十不善業 】が【 顕現化する 】と言う 解釈なのだと思います

165 :神も仏も名無しさん:2010/07/29(木) 21:43:59 ID:raqnqAKx
どうして人は仏になれるのでしょうか?

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