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仏教 議論スレッド その4

1 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 19:29:48 ID:IRIWkUaL
仏教の総合的な議論スレッドです。

仏教に関すること全て扱います。

仏教 質問箱スレッドで議論になったら、
または、議論に発展すると感じたら
ここに誘導し、質問箱の機能の確保に御協力ください。

前スレ
03:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/
02:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/
01:http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/

2 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 21:18:53 ID:mgKkGnJs
>>スレ3/673-674
実に素晴らしい理解だと思いました。
こういうことであれば、私としても特に異議はないです。

ただ折角なので、
もし、強いていわせて頂くとしたならば2点ほど・・・。

>では、「自己」とは?  
>これは「他者」がいて初めて成立する概念である。
>自分ひとりしか存在していないのであれば、そもそも「自己」という概念自体が
>あり得ない。『自己』と言う限り、自己と他者を分別する『個(我)』という概念がある。

 自己を自己であるとして感じるところの“自覚”というものは、他者を他者であるとして認識すること
で初めて自己(他者との違い)として自覚できる、というものではないということです。
 この“自己意識”というものは、何か周囲の無機物をそれ(自己)として自覚したりすることも決して
起こり得ず、また誰に自分が自己であるなどと教わることもなしに認識します。よって、他者を認識し
てから、ということではないのです。
 他者とは“自己ではない者”をいい、自己が認識されて初めて他者であるとして認識できるのです。
従って、これは誰かに教わることなしに、初めて目にする人間を最初から他者(自己ではない別人)
であるとして自然認識します。何故なら、自己意識の自覚こそが一番、最初に生じるものだからです。
これが自我の神秘(生命の持つ意識の神秘)というものなのです。
 これが第一人称(わたし)というものです。他人であるところの第二人称は、必ずその後に生じます。
大抵、それは母親だということになります。

3 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 21:23:15 ID:mgKkGnJs
>『自己』と言う限り、自己と他者を分別する『個(我)』という概念がある。
>それでは「涅槃」には、「自己と他者」あるいは「個(我)」という概念が成立するのであろうか?
>--中略--当然、「自己と他者」という『我』も存在しない。
>そのような、あらゆる「識別、分別が存在しないこと」が『涅槃』である。
>であるならば、@の問い「涅槃の境地にいるのは誰か?」  
>この問いにおける『誰か?』という部分が矛盾していることになる。  
>「誰か?」という問いかけ自体が、それぞれの「個(我)」の存在を前提としたものであるからだ。

 であれば、尚更、ヒンドゥーと論争する何ものもないでしょう。ヒンドゥーが説く自己とはブラフマンと
同一不可分(不二)であって、つまり、これは他者と自分とを分け隔てるものではなく、すべてと融合し
た分離無き大意識なのですから。
 ヒンドゥーの説く自己とは、このように「個」が消失して大河に溶け込んだ状態を示すものです。よっ
て、すべてはアプローチと表現の違いであり、または手法の違いにしか過ぎないことが解るのです。

>>スレ3/684
>この「涅槃」という語が指示するものとして、(宝珠がいうような)
>『場』的なものであるならば、正に「そのようなものは観測、確認
>されていないので、存在する可能性は限りなくゼロに近い。」という
>結論に帰結させるのも妥当であると考えられる。しかし、「涅槃という
>心的状態などない。」という断定は妥当でしょうか?

 私は涅槃が“場所である”などと述べたことは1度たりともありません。これは自己意識の状態、意識
の階層レベルの違いと状態(これを“境地”という)を示すものです。ただ理解できない輩が、勝手にこの
私が場所を示したなどというのです(何故なら、彼らの認識できる理解を超えた説明をしているから・・)。
 彼らはニルヴァーナで自己意識がどうなるかも知らないし、“無くなる”ものなどと誤解しているからで
す(これは「断滅」といって間違った見解です)。

4 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 21:26:34 ID:mgKkGnJs
 無我とは現象界、及び五蘊には自己と呼べる確たるものは何もないということであり、ニルヴァーナ
においては、個我(他者と分け隔てる分離意識)は消失するものであるからです。それは個我意識の喪
失した自己意識なのです。

 そして、もう一つの重要な点は、ニルヴァーナに到達した者は現象界の物質的制約から解放され、真
に自由を得るという事実です。
 解脱者は現象界に生存していながら意識は縛られておらず、また実際、その気であれば、物質科学
の常識を超えた力(能力)を示すことが本当に可能です。これが神通というもの。
 “神通(レベルがあるので)=解脱者”ではありませんが、神通の発揮できない解脱者も在り得ないの
です。

 まず、神通すらも理解せず、ただすべてを神格化の伝説にしか過ぎないと見なす愚を顔している限り
においては、つまり、私の述べてきた涅槃と無我や自己の話などは何も理解できないでしょう。
 唯物主義者は自己の内で答えを出して勝手にこれらを排除するので、絶対に無理であるし、私の話
も理解できません。
 神通の話をすると縁起氏は怒り(戒め)ましたが、けれども、これは非常に重要なことなのです。何故
なら、唯物主義の破壊こそがすべての鍵であり、太古の時代からあらゆる聖者方がそのことに尽力し、
努められてきたことだからです。

5 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 21:34:54 ID:mgKkGnJs
>>4訂正:
 ×「愚を顔している限り」
 ○「愚を犯している限り」


6 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 21:49:08 ID:IRIWkUaL
縁起馬鹿も撤退し、URLだと読める者が殆どいないに等しいからか、
随分と大きな態度で復活なされましたね・・・w  (´ー`)y━~~

7 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 22:05:59 ID:mgKkGnJs
>>6
なっ、なんてことを・・・。
では、誰でも閲覧可の過去ログです
http://houjugusya.web.fc2.com/link.html

それと、縁起氏からの戒めである“縁起観”(三昧中の縁起観)のご指摘は忘れませんよ。
まっ、三昧中にどうやってできるのかが、今一つ理解できないけれど・・・?
氏からも、ついに具体的な解説はしなかったし
(たぶん師から直接、学ばない限りは無理という意味かな?)。

一応、これなんかは見てみましたが・・・
http://blog.livedoor.jp/longpa/archives/12736509.html

8 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 22:27:28 ID:mgKkGnJs
あと・・縁起氏はヒンドゥーには縁起思想がない。
これが仏教の最大の特質(特徴)であると主張しました。

けれども、
ヒンドゥーは現象界のすべてはマーヤー(幻影)に過ぎず、
そこには実体がないといい、これを「非実在」だと主張していました。
このことで、特に何が問題だというのかが、今ひとつ不明です。
仏教の縁起の解説の変わりにヒンドゥーは、
この幻影的性質であるマーヤーが如何にして生じているか、その原理説明を実に詳細に解説しました。
人間の意識が如何にして生じているか?それは何故、自己として自覚するのか?
そのすべて(メカニズム)を説明しました。対して、仏教というのは説明しなかった。

と、私は思います。

9 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 22:27:35 ID:GSKG2YA5
前スレ>695>700
横やりだが、例えば、ダライラマは?

現に生存してるし・・・・・だから検証可能なのに、何故、しないのか?
そろそろ論争だけではなくて、ちゃんと検証して前に一歩進みたいもの!
見た感じでは、普通の人にしか思えないがなw・・・
↓ 
「ダライラマは観世音菩薩の化身である。 ... 現ダライラマ猊下は14世とされているが、彼の位は通常の王のように
親兄弟から譲られたものではない。 ... つまり、14代という数字はダライラマの称号を有する人物がある時点から
転生した回数を示した世代数なのだ。 ...」


10 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 22:41:56 ID:S/QyAjaw
>>2
赤ん坊の発達段階をみると、
まず、他人というものを認識し、その後に、自己というものを認識するようだが?
ttp://www.crn.or.jp/LABO/BABY/LEARNED/MORITA/GIF/MORITA_GAKKAISHI.PDF

11 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 22:44:14 ID:S/QyAjaw
>>7
なにもわざわざ、自分の過去の恥を晒さなくてもw

12 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 22:45:03 ID:IRIWkUaL

「赤ちゃんには世界がどう見えるか」(草思社/ダフニ&チャールズ・マウラ著/吉田利子訳)

13 :神も仏も名無しさん:2010/06/08(火) 22:58:34 ID:IRIWkUaL
>>8
同意するしないは別にして、
彼のレスは「アクセルの踏み込み過ぎ」への注意喚起としても作用するからね・・。
その意味でも、貴重な人材ではあった。
惜しい人を・・・(自重w)

14 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/08(火) 23:12:07 ID:mgKkGnJs
>>9
観世音菩薩の化身というのは単なる信仰上の話に過ぎません。
ここで重要なことは、レベルの高い仏教(修行)者の転生事例であるということ。
私は14代続いた同一魂の転生事例とは見なしていませんが、
この中の数代は同一魂として転生したものである可能性は高く、
中でも13世から14世の事例ケースは、最終記録ということでもあり内容が詳細なだけに貴重です。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/hh_reincarnation.html


15 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:19:28 ID:3RFUoeEV
さてと、それではやって行きましょうかね。

まず、前スレの704の

>何ですか?この汚い言葉は。

『イヤだなあ、人を汚い言葉で罵倒するなんて。
品格が疑われますよ。 もっと、上品にいけないんですか?』

これ誰も突っ込んでくれなかった。
「お前が言うか?」という突っ込みを期待してたのだが。  残念。

セブンや宝珠が、俺の書き込みにレスつけてるので返信をする必要があるが、何よりもまず
クソ不説が、独善論を喚いて自己正当化を図っているので、そっちから、

16 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:20:40 ID:3RFUoeEV
おい、不説、随分勝手なことをほざいてくれるな     
前スレ705

>無我というからには、「Aさんが(犯した業)」とか「Bさんが(犯した業)」とい
った考え方がそもそも成立しません。その考え方をしているのはあなた自身です。

なんだ?これは。  いいか? 「業論」というのは、『悪因悪果、すなわち悪い行いを
すれば来世でその報いを受ける。』  ざっくり言えば、まあ、このようなものだ。
Aさんが殺人を犯せば、その生まれ変わりであるaさんが来世で、その報いを受ける。
こんな話だ。  それがどうして

>「Aさんが(犯した業)」とか「Bさんが(犯した業)」とい
った考え方がそもそも成立しません。

と、こうなるわけだ? 「誰が殺人を犯したのか?」そして「その生まれ変わりは誰なのか?」
ここがあやふやだと「業論」そのものが成立せんわ。
お前自身が「質問箱の避難所スレ」で

>平気で命を軽視して残忍な行為に走る異常者は、輪廻否定者の中にしかいません。不
幸な境涯の人がやぶれかぶれになって、死ねば無、報いを受けることもへったくれもないと思え
ば、無差別殺人を犯すなど凶悪犯罪も犯します。

こんなことを言ってたな?  これは「殺人などを犯せば、来世でその報いを受けることになる
ので、それを信じるものは今世でそのようなことはしない。つまり業論は抑止力として働くという
ことだな。」  ここには、はっきりと Aさん→aさん  という対応関係があるな。
つまり「Aさんが犯した業」という概念がなければ話にならんわ。

「無我」との整合性をつけるために、その場その場で適当な事言ってんじゃねえぞ、カス。


17 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:21:33 ID:3RFUoeEV
前スレ 706
>、「世の中皆、我(自分の主義信条)がある。だから
互いに我を尊重して、干渉せざるべし」というあなたの主張につながるのでしょうが
(そのルールをまたあなた自身は他人に押し付け干渉しようとしていることに気付い
ているのでしょうか?)。

お前は真正の馬鹿か?  この「現象界」で、「世俗」で  『我』を否定してしまったら
どうなるか?  「自己も他者もないのだから、あいつを殺しても良い。」「我などないのだから
あいつの金を俺のものにしても問題ない。」  などと言う馬鹿(つまりお前だ)がでてきたら
どうなる?  無我というのは、あくまでも認識論であり、勝義の視点であり、それを世俗に
適用すればどうなるか?ということもわからないほど、馬鹿だったわけね。
俺が常々言っている「個々の内心には不干渉」であるべきというのも、勿論、世俗における話だ。
勝義における、自他不二 などということを言い出したら、そもそも「他者」という存在自体が
あり得ないので「干渉」もクソもないわい。
以上を前提として
> そのルールをまたあなた自身は他人に押し付け干渉しようとしていることに気付い
ているのでしょうか?)。

だと?  俺が言っているのは「自己の価値観を他者に強制するな」ということだ。
これは何度も何度も何度も繰り返し、言ってきたな? 『他者の内心の自由に干渉するな』と。
「これ自体を他者への干渉」とするなら、「絶対的な価値観を設定し、それによる思想統一」
しかないぞ。  まさにこの発言にお前の独善的スタンスが現れている。
お前は始めから「自己を賢者と規定し、仏教的真理を了解している者であり、自己の見解を
受け入れないものは真理をしらない凡夫である。無明にまみれ、我執にとらわれている
愚か者。」と規定してたな。  いい加減にせえよ。
お前の独善的価値観を受け入れるものばかりだと思うなよ。 消えろ、カスが。

18 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:28:29 ID:daIp+/yB
前スレ>>712

君が超カルトの釈迦によって洗脳されているだけの話。「苦・煩悩」を「異物
として排除」しようとするのは、2項対立以外の何物でもないではないか。
「通仏教的に」、「苦概念」の変遷くらいは勉強しろ。

「大乗仏教に至ると積極的に仏の境涯や仏国土などが説き出されるようになり、
煩悩も苦も悟りも無自性・空であって固定性をもたないという見方が基盤に
なったため、煩悩即菩提、娑婆即寂光という言葉も生まれた。そこでは苦が
最大の関心事ではなくなり、大乗の涅槃経では仏は常楽我浄として逆に<楽>
が強調されている。こうして苦を中心課題とした四諦説も小乗の教えとして
次第に顧みられなくなり、中国や日本の仏教ではさらに現実肯定的な傾向が
強くなって、苦という言葉の比重も軽くなったということが出来る。」
(岩波仏教辞典)

19 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:44:47 ID:3RFUoeEV
>>2  >>3  お前のその書き込み見て、どっと疲れたわ。
正に「やれやれ」という気分だ。
お前は意図的に曲解してるわけか?
俺があれで述べようと意図したところは、「涅槃における主体設定の
不可能性、つまり『誰が』を消去した『境地のみ』の必然性」について
書いたつもりだったんだがね。  そうは読めなかったかい?

20 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 00:54:01 ID:daIp+/yB
ついでに、前レスの>不説氏へ

>不説氏へ

死者には、「行」以下は一切生じませんね。また、生命がなければ、11番目の生
も生じません。
釈迦は、己の説法自体が「生きている」からこそ出来るもの、己が「多くの他者によって
生かされているから」こそ出来るもの、ということに思い至れなかったのでしょうか。
己の「根源」を忘れるとは、単純ミスにしても大きなミスですね。彼が「故意に」生命
を否定したとしたら、それは人間界にあける最大の「悪」であることは自明でしょう。
どこの人間共同体においても、「殺人」は最大の悪です。
生命は、すべての人間に既に「押し付けられて」いるもの。「無為」の最たるものです。
釈迦は、その無為を、己の有為で動かそうとしたのでしょうか。これ以上の「思い上がり」
はありません。
根源である生命に従うことと、「苦」を押し付けることとは、いずれがより大きな「悪」で
あるかは自明でしょう。
釈迦も、大昔に「他者によって生かされていた」一人の人間に過ぎません。「誤りや欠陥
のない人間はいない」。これこそ「普遍の真理」です。あなたが、「釈迦の言ったことは
すべて正しい」と結論する根拠は一体何ですか。現代人として、「釈迦の鬱病の症状」である
可能性を考えたことはないのですか。
大乗は、もはや「苦」は問題にはしていないそうです。日本は大乗仏教の国です。
あなたが日本人なら、「日本の仏教」としての大乗を少しは語ったらどうですか。
個人崇拝、個人の神格化は「偶像崇拝」であり、「知性の欠如」と「愚かさ」の
典型であることを、忘れてはなりません。

21 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:07:21 ID:3RFUoeEV
前スレの707 
>(《『涅槃』が「苦の滅」の別称であり、・・

この表現はいいな。  「別称」という言い方が、良い。
このように表現すると、「涅槃」と言う語から、「場」や「次元」など
という「何やらわからんが、他の聖なるところ」というイメージが払拭
される。

22 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:17:41 ID:daIp+/yB
>>21
「苦・苦・苦」といつまでも鳩のように鳴くのは、いい加減で止めよう。

それは、釈迦の鬱病の症状にしか過ぎないのだから。

釈迦とは異なり、一切衆生は、「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」と
いう「真理」を悟っている。

23 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:20:59 ID:3RFUoeEV
>>22  こりゃ〜〜隠居。俺が誰だかわかって絡んできてるのか?
また、いじめられたいのか?

24 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:27:29 ID:3RFUoeEV
それにしても、てすと君はどうしたか?
どっかに行ってしまったか?

宝珠や、隠居とやりあうのが見たかったがなあ。
隠居、お前以前、どっかのスレで「てすと」にいじめられたのか?

25 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:33:06 ID:daIp+/yB
>>23
ついでに、「世俗諦」「勝義」の区別もやめるべき。

前者には、「真如としての衆生心」というゆるぎない根拠があるが、
後者は、「精神病者の根拠皆無な脳内妄想」に過ぎず、ナンセンスで
無意味。基地外の妄想にいつまでも付き合ってると、こっちまで基地外
になるぞ(感応精神病)。

竜樹は、「世間の慣習」を「無条件の前提」としている。さすがである。

26 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:37:21 ID:3RFUoeEV
>>25  おい、隠居。今、思ったんだがお前が「神通力」みたいのを
否定してるのを見た記憶がないのだが、お前もしかして、それは
認めちゃってるわけか?
例えば宝珠が>>4 で語ってるようなやつ。

27 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:51:49 ID:daIp+/yB
>>26
アホらし過ぎて、反論の対象にもならないからだよ。

「動物のすべての種属は、その種属の生存に必要な能力だけを有する。」
神通力が欲しければ、人間以外の動物になるだけでよい。ワンちゃんの
臭覚や、梟の視覚や、ゴキブリの逃げ足の速さは、人間にとっては、
まさに神通力だw。

宝珠も、例の如く、キリスト教と原始仏教とに狂わされた、痛ましい
犠牲者。人柄がよいだけに、残念。

リチャード・ドーキンスは、その大著「神は妄想である(宗教との決別)」
において、「宗教者は知能指数が劣る」という統計結果を挙げている。
どうやら本当のようだw。

28 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 01:59:00 ID:3RFUoeEV
>宝珠も、例の如く、キリスト教と原始仏教とに狂わされた、痛ましい
犠牲者。人柄がよいだけに、残念。

是非はともかく、「隠居に同情される宝珠」という構図はおかしい。

>リチャード・ドーキンスは、その大著「神は妄想である(宗教との決別)」
において、「宗教者は知能指数が劣る」という統計結果を挙げている。
どうやら本当のようだw。

またそうやって、自分で自分の首を絞める。

まあ、いい。今日は落ちだ。


29 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/09(水) 04:19:48 ID:cJ0jytTu
>>17
>この「現象界」で、「世俗」で  『我』を否定してしまったらどうなるか?
>  「自己も他者もないのだから、あいつを殺しても良い。」「我などないのだから
>あいつの金を俺のものにしても問題ない。」  などと言う馬鹿(つまりお前だ)

>これは何度も何度も何度も繰り返し、言ってきたな? 『他者の内心の自由に干渉するな』と。
>「これ自体を他者への干渉」とするなら、「絶対的な価値観を設定し、それによる思想統一」
>しかない

>お前は始めから「自己を賢者と規定し、仏教的真理を了解している者であり、自己の見解を
>受け入れないものは真理をしらない凡夫である。無明にまみれ、我執にとらわれている
>愚か者。」と規定してた

私は、世俗の我を否定してはいませんし、絶対的な価値観を設定して思想統一せよとも言ってませんし、
自己を賢者と規定したわけではありません。すべて、あなたが、決めつけたことです。あなたの選んだ、
ご自分の思考パターンに基づいて、私の言葉の端々をあなたの選んだ三段論法で繋げて勝手に結論した
ことです。その上であいかわらず、その非難を私にかぶせてくるわけです。我執の強くない人のやるこ
とですか? 強い我執のある人が、他人を独善者よばわりしていいのですか?

また、そもそも「他者の心に干渉する」なんてことが本質的に可能だと、本気で考えているのですか?
御隠居と同じ思想(精神感応病云々)を持っているということならばわかりますが。

まあ、あなたとこうしたやりとりをやっても、どうせ同じことの繰り返しになるので、今回も適当なと
ころで切り上げさせていただきます。

30 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/09(水) 04:32:35 ID:cJ0jytTu
>>20 御隠居殿、
>死者には、「行」以下は一切生じませんね。また、生命がなければ、11番目の生
>も生じません。

それは典型的外道説の断滅論です。
無明がある限り、行以下が何度も派生し新しく生れることになる、というのが輪廻です。

>己が「多くの他者によって生かされているから」

だとすれば、なぜ、個人が肉体的に死ねば、それで存在性の全てが断滅すると考える
のですか? 個人だけの問題で死ねっこ(断滅でき)ないはずです。断滅論を唱える
人の方こそ、「多くの他者によって生かされている」という社会性を根底で否定して
いることになります。

>あなたが、「釈迦の言ったことはすべて正しい」と結論する根拠は一体何ですか。

私はそのような発言はしていません。御隠居が「不説が『釈迦の言ったことはすべて
正しい』と結論した」と結論した、その根拠の方を私は先に知りたいです。

31 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 10:44:47 ID:3RFUoeEV
>>29 また一方的な独善論を吐いてるか、不説よ。

いいか?  俺は「お前の発言を論拠」として、「ここは、このようにおかしいぞ。
だから、お前の主張は変だぞ。」と具体的に指摘してきている。
それに比して、お前の批判は何だ?
1・「私は〜とは言ってない。」←ならば、自己の発言の正しい意図を解説するべきだな?
  お前は全くそれをせずに「そんなことは言ってない」と自己弁護するだけだ。
2・「あなたは〜と決め付けている。」←俺は「お前の発言を論拠」として、その瑕疵を
  指摘してきた。お前が俺の批判を誤認であるというなら、具体的に「どこが」
  「どのように誤っているか」を論証するべきだろうが? お前はそれを全くせずに
  俺の批判を「一方的な決めつけ」であると排除する。 決め付けてるのはお前の方だ。
  馬鹿たれが。
3・「あなたは無明に捉われているから正しく認識できてない。」
  「あなたは我執が強いからダメだ。」←何の反論にもなってない。ただの、
  「仏教用語を用いた悪口」に過ぎない。  これは「自分はあなたよりも
  仏教を理解している。だから私の言うことが正しい。」という正に独善的な
  思考からくる誹謗中傷に過ぎんわ。

32 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 10:45:40 ID:3RFUoeEV
>あなたの選んだ、
ご自分の思考パターンに基づいて、私の言葉の端々をあなたの選んだ三段論法で繋げて勝手に結論した
ことです。その上であいかわらず、その非難を私にかぶせてくるわけです。

これなども典型的な独善的思考の表れだ。  俺の批判の「どこが、どのように」『勝手に結論した
こと』であるのかの言及が全くなく、 一方的に断定している。 そして「それは不当な非難である」
と結論づける。  アホですか? 

>強い我執のある人が、他人を独善者よばわりしていいのですか?

独善者が、他人を強い我執のある人間よばわりしていいのですか?

>また、そもそも「他者の心に干渉する」なんてことが本質的に可能だと、本気で考えているのですか?
御隠居と同じ思想(精神感応病云々)を持っているということならばわかりますが。

これに至っては唖然としたぞ。
「他者の心に干渉する」ということをお前は「何か洗脳的なもの」と勘違いしてるわけか?
今まで俺は、お前が「俺の書き込み内容を理解した上で、スルーしてきた」ものと考えていたが
認識を改めるわ。 つまり、「俺の批判の内容が全く理解できてなくて、返答自体が不可能だった」
わけだ。     こういう掲示板に書き込みするなら、まず人並みの読解力と理解力を身につけ
てからにしろ。

>・・今回も適当なと
ころで切り上げさせていただきます。

はいはい、予め逃走の言い訳しておくわけね。
何も反論できずに、勝手な決めつけで人を誹謗中傷するだけなら、始めから出てくるな、カスが。

33 :てすと:2010/06/09(水) 11:20:05 ID:XGIWvVbR
ご隠居がいたので久しぶりに宗教板に寄っただけで、ここ仏教議論スレだったんだよね。あんまり関係ない人にはレスするのやめとくかな。

>貴方は、(ディベートが如く)当事者の立場に自分の身を移設して発言することが多い筈だ。
>だから、>>701のような発言になると思う。だが、皆が皆その手法を取らねばならないということもあるまい?

仏教っていうのは、相手の立場によって、回答を変えていたような気がするけど。
涅槃に関しても、それが本当に必要な人にしか語る必要ないんじゃないの?

「涅槃とは悟りとはなんだと思う?」と聞かれたら、
「お前本当にそんな事知りたいの?」と答えるしかないと思うんだけどな〜。

あ、わかった、このスレには仏教徒はいないんだ。納得。



34 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 11:21:43 ID:3RFUoeEV
>>13 縁起一代はロム専なのか、あるいは2ちゃん自体を閉じているのか
知らんが、自己の修行、信仰に生きているんだろう。(と、俺は思いたい)
それはそれで宗教者の一つの望まれる形だから良いと思うな。
また同時に、他所からの不当な干渉(宝珠、在家、隠居など)に対しては
「それは(伝統的)仏教とは異なりますよ。」と指摘する者も、仏教に関して
無知な者の誤認を防ぐために必要とされるだろう。

俺が思うに、縁起一代は「その思想内容」は到底、了解できないものも
多かったが、「仏教では、こう考える」という境界線を理解していた。
それを踏み越えて「この仏教的理解が普遍的真実であり、正しいんだ。」と
することの愚を理解していたと思う。(初めは違っていたとおもうが)

宗教者というのは、総じて「自己の信仰、認識が絶対である」との観念に
取り付かれやすく、また同時にそれを他者に強制しようとする傾向が強い。
「自己と同じ価値体系を他者も共有するべきだ。」と思い込んでしまうわけだ。
縁起一代は「それらは自己の信仰に真摯なあまり、そのようになってしまう。」と
分析していたが、確かにそのような面もあるだろう。
この2ちゃんのような特殊空間であるからこそ、リアルでは言えない本音の部分を
主張したくなるのはわかる。
またその方が(てすと的に言うと)おもしろくなるというのも本当だろう。
だがね、宗教者諸君。
「私は真実を知るものだ。あなたは、それがわからない愚か者だ。」
いい加減に、こういう思考パターンは卒業しないかね?

35 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 11:24:06 ID:3RFUoeEV
>>33  お!来たな、てすと。  また遊ぶか?

36 :てすと:2010/06/09(水) 11:27:26 ID:XGIWvVbR
「等しい」「優れている」「劣っている」と考える人はその思いによって論争するでしょう。
それらに動揺しないバラモンが「私の説は真実である」「あなたの説は誤っている」と論争するでしょうか?

スッタニパータ4-9

>>35

今日は時間が。。。また今度。。。

37 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 11:35:20 ID:3RFUoeEV
>>36
スッタニパータの特に最古層部分には、一貫して「論争のおろかさ」
が説かれているな。  異教徒との論争に辟易している釈迦の顔が
見えるようだ。(笑)

>今日は時間が。。。また今度。。。

そうか、残念。   俺からのリクエストだ。時間があるとき
宝珠や隠居と絡んでくれ。 どのような方向性で料理するのか
見てみたい。

38 :てすと:2010/06/09(水) 11:47:07 ID:XGIWvVbR
このスレの流れが読めないんだけど、伝統的な仏教を大事にする派と法灯明を大事にする派がいるのかな?

日本の仏教は嫌いじゃないけどね。
どんなじじばばでも修行ができるようにした、浄土や日蓮も慈悲の一つだと思うし、
知識階層向けに論理の限界を示す禅もありでしょう。

情報化社会になって、寺和田やチベットが日本にも入ってきて、それもまたこれからの伝統になるでしょう。

自分にあったものを採用すればいいんじゃないのかなー

>>37

ご隠居とは長いので、向こうもよくわかってるよw
宝珠さんはチベット寄り?こんどレスしてみます。

では落ちます ノシ

39 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 13:36:18 ID:RzU2i38Q
>>14
検証もせずに信じるだけって・・・楽チンだねw
やはり、どうしようもない限界・愚かさを感じるのは時代の流れ、
宗教って、何故検証しようとしないのかなぁ


40 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 14:41:27 ID:HVlwWTTU
断ち切ろう 身近なカルトを 私から
 ̄ ̄ ̄V ̄         ______________,__________
    ______,─┴─、______|_____|_|lニニllニニllニニllニニl|_,───、____________
...  ┏┳━━━━━━━┳┓_________へ____|___|_洛RAKUBUS_100_REAL_釈迦仏教号|__,/___|
...  ┃┃涅槃まで |直行| ┃┃|______| |~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|| ̄ ̄ ̄| |l二二二l| ̄ ̄ ̄|゙|
.  ┣┻━━━━━━━┻┫|| ̄|| ̄||| |──‐┴──‐|──‐┴──‐|──‐┴──‐||───| |||゙ ̄ ゙̄|||      | |
..  ||                  ||~||  ||  ||| |            |            |            ||∠|100|| |||     .|||      |│
   ||  _)=@=ノ        ||__||  ||  |||_|______|______|______||::::::|_|||___,|||___|゙.|
  .||  ミ●●彡         .|| . ||  ||  ||    ノ    |                      |○|入口||   ヽ| || ̄ ̄|   .|
 ....||__⊆⊇⊂ .).       __||  ||  ||  |||出口||6510|,,ノ           100:::::・・・・・  'i,   ヽ,|    'i,..||__|ヽ..│
  |  '''''ー─----─一'''''  | .||  ||  ||---─一'''''~           心身脱落せよ!      'i,   ..|、/\i | .'i,   'i, |
  |洛Rakubus▽    .__ l,_,||  ||  ||  ./ ̄\ ロ ======                     / ̄\. | \  ゙'i| l二二l...'i,|
.. [||口口|       .|口口|[]_||  ||  ||  |  ∴  |                      = |  ∴  | |   \/i|',l二二l\l|〕
.. lニロニニニ|6510|○ニロニlロ|||─||─||─|  ∵  |________________|  ∵  |_|___,/|_\   ._/ =3
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ二ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ___ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ二ノ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ___ノ゙
 ̄ ̄
宝珠、隠居、一在家などのサンスカーラ三馬鹿カルトリオは乗車拒否します。


41 :おいらはブッダ:2010/06/09(水) 15:09:43 ID:HVlwWTTU

−-                 , -'"  ̄ ` 丶、  /
 ─--            /         \|   おいらはブッダ 
              /            |    おめーら、
 ───           i   _ _     _ _   ヽ_   人を病人扱いするとは人権侵害、名誉毀損やで
  ̄ ̄         | /二`     "二ヽ、 |  〉   鬱気味やったんちゃうで! 存在の真相に実践的に肉迫してたんや
             _|  _,ィiュミ   r_,ィiュミ  レ-  
 二二二         ヾ!   - ' r  `ヽ  ̄´  | ∧  中道を悟り、生存苦から解脱してからは、   
 ── ___      ゙!  〃  ^ ^  ヽ   l-/  〉  ♪   あ〜おい空あ〜、し〜ろい雲お〜  ♪
  ま             i   { ='"三二T冫  /´_ノ/\__  気分はあこがれのハワイ航路やw
  さ  二ニ    _,ィヘ  ヽ ヾ== 彳   /:::/`ー- 、        
  に     _, ィ´:::::/ l\ ト、 ー一 / /::/      \  こらっ!サンスカーラ隠居に曲解宝珠!ちょっと恋、
  中     /  |::::::::: ̄ ̄ ̄::`ー=彳_∠ _      ヽ           小一時間説教してやる
  道   /   |::::::::::::::::::::::::::::(‥):::〈_     \       l    
     r'"`丶、 |:::::::::/:::/::::´:::::::::::::::::(_     ト、      |   
 _/ / `ー 、 \|::::/:::::/:::::::::::::::::::::::::::(_      \   \



42 :カルト茶番劇場:2010/06/09(水) 15:19:40 ID:HVlwWTTU
/ ̄⌒⌒ヽ      ((宝珠))
    | / ̄ ̄ ̄ヽ   
    | |   /  \|  
    | |    ´ ` |  
    (6    つ /  
    |   / /⌒⌒ヽ 
    |    \  ̄ ノ  <ブラフちゃんを強姦して一体化するのは超キモチイ〜〜
    |     / ̄       γ      
    / ̄ ̄ ̄ ̄ \   / ̄ ̄ ̄ ̄\        ((隠居))
  /⌒  - - ⌒\/\   / \  |
/ /|  。   。丿 | |   (゚)  (゚) |←
\ \|    亠  | (6-------◯⌒つ.|  
  \⊇  /干\| |    _||||||||| | <ああっ! もっと突いてえ〜〜
    |       |  \ /  \_/ /    アートマンさんスゴイ!
   ( /⌒v⌒\_  \____ /
パンパン|     丶/⌒ - - \
    / \    |  |     / |
    /  ノ\__|  |__三_ノ|  |
   /  /パンパン|  |      |  |
  /__/     |  |      |  |
          ⊆ |     | ⊇


43 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 15:53:06 ID:3RFUoeEV
どうした?大王。  なんかイヤなことでもあったか?

ところで、現観のところで尋ね忘れたが、
ヴィパ瞑想と(座)禅というのは、具体的にどのあたりが違うのかな?
大王的にいうと「筏の違い」とか、言いそうだが、「その違い」が
知りたいわけだ。  わかる人、よろしくね。

44 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 16:24:46 ID:2OtRyS1P
>>38
 主な登場人物概観

名前:傾向 ―依拠する文献・資料等

  隠 居   :生命教・生命根源教。煩悩・欲望の全面肯定・推奨。 ―龍樹マンセー。
  宝 珠   :神智学+ヒンドゥ ―阿含(パーリ)に依拠。
  .一在家   .:心霊系(手かざし) ―主に阿含(和訳)に依拠。
縁起馬鹿一代:中観(道程は真言+チベット) ―主にSkt・漢訳での経論及びTib蔵経。南伝も範囲に。
  不 説    :上座部(+ちょっと神秘) ―パーリ蔵経
 閻魔大王   :中観(反上座部・部派の傾向)。煽り好き。 ―中論。仏典全般(原典批判研究的)。
                          (名無し多し。過去の名前は知らんw(三代スレ170とか?))
 机龍之介  .:主に(中世・近代)禅。中論風味も。 ―不明。
 血祭り大王. :ハイブリッド。体験主義。(強いて言えば、臨済禅+密教+上座部?) ―様々。(昔の名前は精霊大王)
 金魚の糞   :御隠居の太鼓持ち ―特に無し。
縁起一代信者:縁起一代と同じ(+上座部?)
 前スレ5 氏 :神秘的要素を削る近代仏教 ―仏典全般(原典批判研究的)。

仏教外?
 10 氏    .:現代(科学)的知見から仏教を俯瞰 ―仏典全般(原典批判研究的)。(=前スレ5氏?)
 名無し   .:現代(科学)的知見から仏教を俯瞰 ―特に無し。

※日本仏教(所謂一般的意味での伝統仏教)否定者は無し。現代日本仏教は批判すれども全面否定は無し。
  ・2500年スパンの(根本としての)伝統的仏教支持は、縁起一代。
  ・上座部主軸の伝統仏教支持は不説。
  ・龍樹を経由した上での「思想的」伝統仏教支持は閻魔。
  ・現代日本仏教マンセーは隠居。
※その意味では、(一部を除きwww)、皆、伝統仏教派であり法灯明派だよ。


自分のことはよくわからん。

45 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 16:34:37 ID:2OtRyS1P
別件でレス漁ってたら、こんなの↓見つけたw
【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】1
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1256486743/485
485 神も仏も名無しさん 2009/11/07(土) 13:23:06 ID:2l7FYUjA
中村元その他の原始仏教学者は、このスレの小乗カルトの狂乱状態に
対し、一体どう責任を取る積りか。オウムがその典型。生まれながらには
善良・純粋だった人間をここまで狂わせるとは、処刑に値する。
だれか、これら無責任な小乗仏教学者の名前を、すべて挙げてくれ。

この口が、↓のようなことを言うんだからなぁ・・w  そりゃ信頼率ゼロだわな・・・(^^;

仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/597
597 神も仏も名無しさん New! 2010/06/06(日) 10:43:47 ID:bCWzQeim

 〜 前略 〜

これは、中村元氏の訳。中村氏は、大乗にも通暁しているのだから、考え抜かれた
訳文だと推定される。

 〜 後略 〜

46 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 17:10:19 ID:oUbu/BcA
オウムって小乗仏教カルトかい?
事件の時によく放送されてたビデオで
「パーリ仏教が絶滅しかけています 私たちはパーリ仏典の翻訳活動とともに
スリランカに寄付を・・」というようにパーリ仏典を基にした信仰は現在では
存在しないっていうスタンスなんじゃない(自分とこ以外はねw)
マハーヤーナ(大乗)を標榜し選挙に出たりさ
麻原が「禅でも悟れます」って「朝まで生テレビ」で言ったんで関係者迷惑したらしいよ
まあ学会と同じで中身は極めて日本的な村団体なんですが・・


47 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 17:10:53 ID:2OtRyS1P
>>33
>「お前本当にそんな事知りたいの?」と答えるしかないと思うんだけどな〜。
貴方くらい“解って”いる人になら、どんな言葉でも良いけれども、
そうでない人に対しての、(↑も、ある意味禅的言辞の傾向なわけだが)、
そういう方向での言葉・姿勢は、『際限なき何でもアリ』を助長するので、
「このスレでは」そのような謂いが少ないのです。

この『際限なき何でもアリ』がどういう輩を輩出するかは、
貴方もあちこちで御存知でしょう?w

48 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 18:34:05 ID:2OtRyS1P
>>21
何やらわからんイメージが生じるのは、≪『名前』が付くから≫だよ。
以前、触れたことあったかもしれんが、(レス探せなかったw)
たとえ「実体」がなくても、「存在」しなくても、(この場合、実在論的意味でのものだが)、
≪【名前が付くことで】【『それ』が】【『ある』】と考えられてしまう≫ということ。
(こうした思考の癖を利用して≪名前を付けることで、
 『それ』を『存在せしめる』『あたかも「存在」するかのように語り続ける』こと≫も可能だ。)
スパゲティモンスターもそう。ウルトラマンもそう。
そしてそれは、「概念」についても生じ得る。スパゲティモンスターにしてもウルトラマンにしても、
「概念として」「想像上の像(虚像)」としては『ある』と言い得る。
無条件な場合であれば、たとえそれが「大きな矛盾を孕む『存在』」であったとしても、
思考可能な限りは『ある』。
だが、そこに条件が付いた時、(ウルトラマンで言えば、たとえば世界観等)、
《【これこれこの条件に於いては】『ない』と見做すべき》事例が生じる。
今の流れでいけば、その一例が「涅槃」だ。ある条件(枠組み)の上で『ある』と言われるものの例だ。
 *(余談ながら(涅槃とは別件として)、その意味でも、「名色」(【nAma】-rUpaというカテゴライズは秀逸だと思う。)

勿論、この条件に、『論理的整合性』を持ってくることがあってもいい。
『物理的、或いは科学的観測が可能なもの』を持ってきてもいい。
或いは『(自分の)琴線に触れる』という条件があってもいい。
『恐れを抱かせる』という条件、『高揚してくる』という条件があってもいい。

49 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 18:35:22 ID:2OtRyS1P
>>21
いずれにしろ、
≪そこに名称がある時、人はそこに、【そのように名指される】『もの』『何ものか』がある≫と考える。
それ自体は悪いことではないし、当然の思考なわけだが、
条件の吟味無き「存在認定」には注意深くあっていい。
そして、宝珠の思考の志向は、まさにこの方向だから、(場所的という側面を用いてだが)指摘をした。
「涅槃」にしても「高次の意識・ニルヴァーナ意識」にしても、
《「名前が付いてるから」『ある』》ではなく、「どのようなものが、どのようにしてあるのか」が吟味されねばならない。

そして、「宝珠が言うようなものとしては無い」、少なくとも「涅槃」と称されるものは
《「そのようなものとして」『ある』》と言われているのではない、ということだ。
名前(【があること】)に引き摺られるから、
(特に「特別な名称」があり、且つ「特別な説明」がされているので已む無しとはいえ)、
≪「ウダーナ8:3の【字句通りの】」【何ものか】が『ある』≫、そしてまた、
≪『それ』を知覚する者(もの)が【同じ領域に】『ある(居る)』筈≫だ、
となる。以降は、まとめたリンク先一覧の通りだ。


※歴史ある新興宗教は別として、新宗教・新新宗教系は、
 「まず名前ありき」な所があるかもしれない・・。
※その意味(>>@@前半のような)で、イスラムの神やイスラエルの神、キリストの神等は
 実に興味深い側面を見せてくれていると思う。
 (日本は勿論、インドやギリシャ・ローマ或いは北欧神話等も。)

50 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 18:38:49 ID:2OtRyS1P
あ、>>@@は>>48のこと。

51 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 20:25:15 ID:Fan9JWQH
>>44
> 10 氏    .:現代(科学)的知見から仏教を俯瞰 ―仏典全般(原典批判研究的)。(=前スレ5氏?)

某スレの10だが、5氏は別人だよ。
もっとも、5氏とは、すっごい考えが近くて、いつだったか、過去レス読んだら、
「あれ?書いた記憶が無いのに、俺の意見が書いてある!?」と思ったw
斯様に、同一人物に間違われても仕方がない位、意見が似てるが、一応、別人だw

52 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/09(水) 21:31:39 ID:80nxWL0G
>>19
あなたの理解通りに“正解”そのものじゃないですか!
『誰が』という個我意識の消去がニルヴァーナであり、
また、ヒンドゥーの不二一元の境地です。

どうです?

>>21
>>>(《『涅槃』が「苦の滅」の別称であり、・・
>この表現はいいな。  「別称」という言い方が、良い。

では、ここで苦言を呈しておきます!

確かに「苦の滅」という言い方は間違いではないでしょう。
しかし、この涅槃の別称というのは、涅槃を示す特性のごく一部の表現にしか過ぎません。
例えば、数学の回答で「3755052」というのがあったとして、
今、あなた方がやっていることというのは、まるで“下4桁「5052」”と発言しているに等しい行為なのです。
つまり、その上の桁が一切不明なので、結局は回答の正確な値いを知ることができない。

「苦の滅」といった言い方への固執などは、唯物主義者であるあなた方にとって
涅槃の特性から都合よく利用できそうなものだけを抜き出した行為といえるでしょう。
唯物論でも解釈できるような部分だけに人々の注目を向けさせようとするわけです。
そうやって、仏教をただの現代心理カウンセルのレベルへと低めようとしています。

53 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/09(水) 21:34:47 ID:80nxWL0G
----だから、唯物主義の破壊が必要なのですね。
破壊行為をしない仏教思想において、唯一、推奨されるべき積極的な破壊行為が唯物主義の破壊です。
もちろん、それは暴力に依らない理法による破壊です。

縁起氏のようなプロの僧侶からして、どうも唯物論の破壊に遠慮がちだからダメなのですよ。
なにも神通の話をしたからといって、“神通力の増大=修行の達成ステージ”と説く
オウムなどとダブらされては困ります。

>>44
OH!旨いことを書くなぁ〜 ( ^ー゜)b
感心感心^^


54 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/09(水) 22:19:52 ID:80nxWL0G
>>38
仏教思想は根本仏教(原始経典)として捉えており、
それとはまた別物として、金剛大乗ヴァジュラヤーナには関心はあります。
密教はチベットのミラレパ関連には感化あり。
チベットに際立つ興味深き特徴は“シャンバラ伝説”であり、
実は、これが神智学と密接に関係しています。

お手柔らかに、どうぞ宜しく ヽ(^-^ )

55 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 22:23:59 ID:2OtRyS1P
>>52
>>48-49を未来永劫読み続けろw ボケナスが!w

56 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 22:56:23 ID:2OtRyS1P
もう一言添えておこうか。


>>52
>まるで“下4桁「5052」”と
>つまり、その上の桁が

その『下4桁より上の桁は無い』んだよ。

57 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:29:29 ID:3RFUoeEV
>>44  あれ? セブン

 閻魔大王 と 血祭り大王 って別人なのか?

あと、名無し   .:現代(科学)的知見から仏教を俯瞰 ―特に無し。
これって、俺のことかい?



58 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:38:17 ID:2OtRyS1P
>>57
別人。
(&訂正。『血祭り魔王』だった。彼が登場した時、「閻魔大王」の書き込みが既にあったから、
「精霊大王」「大王」「だいおう」のコテは紛らわしいからやめたと言っていた。
ま、閻魔同様、他にも都度都度、レス毎に名前欄に変化をつける人だったが。)

>俺のことかい?
名無しで一番書き込みが多いからねw 他に言いようも無いしw

59 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:43:05 ID:3RFUoeEV
>>58  そうか、別人かあ。 同じ人物かと思ってた。ややこしいな。
あと、

前スレ5 氏 :神秘的要素を削る近代仏教 ―仏典全般(原典批判研究的)。
これって、もしかして、この一連のシリーズの初代輪廻スレの5のことかい?
初期の一時期に5と書いてたやつ。


60 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:46:17 ID:2OtRyS1P
>>59
そう。

61 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:48:38 ID:3RFUoeEV
なら、俺だ、それ。  おそらく10氏が言ってるのも、俺のことか。

62 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:51:41 ID:2OtRyS1P
なんとwwwww



寝るw

ノシ

63 :神も仏も名無しさん:2010/06/09(水) 23:53:39 ID:3RFUoeEV
あら? 以前、一度書いたと思ったのだが?

64 :前世は一在家:2010/06/10(木) 00:14:13 ID:AvPjRmGG
>>44 とても乙です。
>.一在家   .:心霊系(手かざし) ―主に阿含(和訳)に依拠。

次回は下記で紹介いただければ幸甚です。

一在家:古神道系(手かざし) ―主に長部経典(和訳)に依拠、一部法華経。

長阿含は一部しか読めておりません。
ディーガニカーヤ(中村元監修)は一通り読みましたので。


65 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 00:14:44 ID:LQQ+TrJr
>>63
そか。スマンw憶えてないw
(いや、あったような気がしないでもないが・・w もし、あったら、たぶんレス入れてるなwww (つい最近だったら泣くw))
てか、これだけのレスの数の中で、一回或いは数回ってのは、
よっぽど印象深いか前知識があるか、引っかかる部分があるか、でないとね・・。
繰り返し目にする耳にする(→体験する)ってのは、やっぱり刻まれるしね。
(回数の少ないものは、薄れたり上書きされたり、或いは消えたりするし。
 ま、だから、実践で言えば、継続、繰り返されるってのが大事、ってことリンクすることでもあるw)

棚上げしながらノシ

66 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 00:57:19 ID:hWqGm6yq
>>65 俺もいつだったか覚えていない。 さらに、はっきりとは言っておらず
「それらしいこと」くらいだったような気もする。(笑)

67 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 01:04:04 ID:hWqGm6yq
そして、それに触れたのは

前スレ5 氏 :神秘的要素を削る近代仏教 ―仏典全般(原典批判研究的)。

これの「仏典全般(原典批判研究的)。」  この部分、これが問題。
俺はあくまでも「部外者」で、自己の見解の基盤を「仏典」に求めるほど
精通していない。気恥ずかしいかぎりだ。
できれば「一般常識」とでも、しておいて欲しかったのでね。




68 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 01:45:27 ID:JupwTUxg
>>64
>一在家:古神道系(手かざし) ―主に長部経典(和訳)に依拠、一部法華経。

何故、キリスト教を除外する?すべてのカルトには、キリスト教と原始仏教の
影響がある。古神道系カルトも、キリスト教の影響を受けているのは、平田篤胤
以来。

「手かざし」も、ずばり言って聖書だろ。

>>44氏が、キリスト教の抜かしたのは何故か?キリスト教と原始仏教との親和性の
故とも、推測される。

69 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 01:53:15 ID:hWqGm6yq
>>52  宝珠よ
>しかし、この涅槃の別称というのは、涅槃を示す特性のごく一部の表現にしか過ぎません。

お前は涅槃の「このごく一部」以外に、超越的なもの、
その気になれば何万年も生きたり、神通力を駆使できたりする「超越的な存在」
を見たいわけだろ?  
そういうのを「信じる」のはいいだろうが、果たしてそれは仏教なのか?
隠居に言わせれば、「とり合う価値もないもの」とのことだが(笑)

70 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 02:01:10 ID:hWqGm6yq
>>68  隠居よ、宝珠や在家がキリスト教の影響を受けているのは、
それは確かだわ。 これは間違いない。 だが、お前がしょっちゅう
言っている「キリスト教と原始仏教との親和性」   これ、ちょっと
論証してみ。
俺にはこれは「確かにそのとおりだ」とは、いかないんでね。


71 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/10(木) 04:17:27 ID:u1daXnn3
>>69
当然、仏教!!!
で、それが仏教の“特徴部分”だといえるでしょ。
(仏教限定ではないが・・・間違って、唯物論にも使われるようなことはない)

>>70
私がキリスト教について知るようになったのは(聖書を開くことを含め)、
仏教との出逢いの後からのことです。
で、それによる仏教理解に対する変化は“無い”。
無かった。

ただ、あなた方が勝手に、
元々からある仏教としての教えである神秘部分を排除して読んでるだけでしょう。


72 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/10(木) 04:34:05 ID:icewb6Ox
>>4,>>53 宝珠愚者氏

縁起氏が神通のことをみだりに話すべきではない、とするのは、戒律上もそう言われ
ているからではないかと思います。また、縁起氏の場合は、唯物論は、「遠慮」とい
うどころか、「相手にする価値すらなし」という態度ではないかと、私は思うのです
が、違いましたか? 確か、梵網経に関する話題で、外道とはいえ「尊敬すべき異教
の師」というような表現を使っているのは、彼らが邪見に捉われているとはいえ、俗
世間人(唯物論の狭い視野を出ない)よりはずっと、解脱の見込みがある出家修行者
たちであり、教化の対象たりうるから、というような話をされていた憶えがあります。

73 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/10(木) 05:17:09 ID:icewb6Ox
>>44 セブン氏

誰もセブンさんのプロフィールを書いてあげていないので、一つこんなものでいかがで
しょうか?(私は断続的にしか参加していないので、見誤っている可能性あります)

セブン:駒沢大学(曹洞)系。パーリ語およびパーリ聖典に精通するが、それも禅門の
本尊たる釈尊に対する信の追究に他ならず、実はバリバリの伝統保守派。

74 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 10:40:46 ID:hWqGm6yq
>>71
>当然、仏教!!!
で、それが仏教の“特徴部分”だといえるでしょ。

ほ〜〜〜〜〜、そうなのか?
解脱者が「何万年も生きたり」「自由に肉体を再生したり」「空中を飛びまわったり」
するのが、仏教の特徴部分かい?(笑)

>ただ、あなた方が勝手に、
元々からある仏教としての教えである神秘部分を排除して読んでるだけでしょう。

あっれ〜〜〜〜〜? お前は「〜は、方便。」と自己の見解に合わない部分を
排除してなかったかな?

「釈迦がわきの下から生まれたことは?」「生後すぐに立ち上がって唯我独尊を
叫んだことは?」「舌が伸びて顔を覆ったことは?」「釈迦と対話した悪魔は?」
「輪廻するのは人間のみで、他の生物は輪廻しないとしたのは?」

お前も十分、「神智学に合わない部分を排除」してませんかね?


75 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 10:48:43 ID:hWqGm6yq
それから、不説に言わせれば、
神智学徒などの外道は、ただ「邪見に捉われているだけ」だそうだ。
お前も、不説について「正しい仏教」を学んだらどうだ?
そうすれば解脱できるそうだぞ。

お前は不説について、「正しい仏教の教え」ってのを教えてもらってこい。(笑)

76 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 11:10:11 ID:hWqGm6yq
さらに宝珠、お前がよく使う「唯物論、唯物主義者」
これらの語彙は、調べてみればわかるが、その指示するところは
非常に多義にわたる。
お前はこれを「精神的なものに価値を認めない者」という意味の
罵倒語の一種として使用しているのならば、それに該当する者は
少なくとも、このスレでは見かけないなあ。

また、「オカルト主義を支持しない者」との意味であるならば、
確かに、俺はそうだ。
この意味においては、俺と類似のスタンスをとる者は多いと思うぞ。


77 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 11:37:53 ID:wsY0qutt
>>70
>「キリスト教と原始仏教との親和性」

極めて明白。端的には、宝珠愚者の神智学、一在家の「手かざし」、オウム、
幸福の科学、などの極め付きのカルト宗教によって体現されている。これらの
カルトは、原始仏教は常に引用するが、「竜樹」「道元」は絶対に引用しない。
むしろ懸命に避けている。

1 キリスト教は「罪概念」を、原始仏教は「苦概念」を植え付けることに
より、信者を「威嚇」して「洗脳」する。
2 いずれの宗教も、「生命現象を現す肉体(生命)」及びそれを維持する
「自然(現象界)」に対する畏敬の念は皆無。いずれの宗教も、「具象を離れた
精神性」のみの、「妄想と狂気の宗教」。
3 いずれの宗教も、「自己の追求」のみの「自己中心主義」で、「他者」
は不在。
4 キリスト教の「処女妊娠」「復活」「再臨」、原始仏教の「輪廻転生」
という、現代科学では全く認められない「おどろおどろしい嘘」に満ちている。
佛伝を読めば、釈迦が輪廻転生を認めていることは否定できない。
5 キリスト教の「信仰義認」「永遠の生命」、原始仏教の「悟り」「解脱」
「涅槃」という、「人間差別」「謂れなき選民主義」がある。
6 いずれの開祖も、その精神病の症状としての、「我のみ良しの、思い上が
った独善性」と「論理矛盾」に満ちている。
7 いずれの開祖も、肝心の自己の家庭を破壊した。また、「自己を生かして
くれている他者」に対する感謝の念が皆無。「人間としての基本的資格・道徳心」に
欠けている。
8 いずれの宗教も、「一切衆生の、真如としての衆生心(神性・仏性)」は、
絶対に認めない。甚だしい「人間の軽視・否定」の宗教である。

78 :てすと:2010/06/10(木) 12:08:29 ID:QU7zLWdl
>>77

ご隠居がキリスト教を擁護するなんて珍しい。

原始仏教とキリスト教に類似性があるのなら、年代的に後にできたキリスト教は諸悪の「根源」ではなくなる。
ご隠居の論法を使えば、イエスは原始仏教や釈迦に毒された宗教患者の被害者にすぎない事になる。

ご隠居しばらく見ないうちにキリスト教に対してずいぶん丸くなったね〜。
昔よりもずいぶん歩み寄ったね。





79 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 12:35:21 ID:G4/388sL
>>78
両者の親和性について述べている。つまり「どっちも、どっち」ということだ。
安心するなw。

発生年代に関係なく、キリスト教のほうが感染力が強い。これは、イエスの統
合失調症、釈迦の鬱病という、精神医学的相違による。前者では「人格の崩壊」
が生じるが、後者は、「気分(感情)障害」であり、人格の崩壊にまでは至ら
ない。

80 :てすと:2010/06/10(木) 12:47:26 ID:QU7zLWdl
>>79

>キリスト教のほうが感染力が強い。

強弱の差はあってもイエスより釈迦の方が先に感染源になったって事でしょ?

ご隠居の指摘通り「類似性がある」のなら、イエスは釈迦から感染した可能性があるからイエスは無罪だね。
釈迦が悪くてイエスは悪くないというのがご隠居の主張。

ずいぶん変わったなぁ〜

81 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 12:49:09 ID:UmegFS9Q
仏典について調べていくなら大乗非仏説は当然知ってしまう。
「釈迦のものではない古いだけの宗教」に権威付けはできないんだろう。
難解な竜樹の論書を使うよりはパーリ仏典にある(パッと見)簡素で素朴な
名言のほうが利用はしやすい。そもそも釈迦のネームバリューはデカいのだし。

82 :てすと:2010/06/10(木) 13:14:06 ID:QU7zLWdl
>>81

パーリ経典は釈迦の死後に加筆修正されている怪しい箇所があって、
それを再検証、追試験をしたのが後世の大乗でしょ。

大乗が日本に渡ってきて、法然や親鸞や日蓮やらが、「釈迦の目的は目の前の衆生を救うことじゃねーの?」
って事で貧しい大衆に広まったのが浄土宗や日蓮宗でしょ。学者とか貴族とかに流行ったのが経典に頼らない禅。

釈迦が権威に影響されるなといっているのに、釈迦の権威に従うとは面白いパラドックスだよね。

それに寺和田の坊主って、いつも怒鳴ってる人でしょ?
なにをどう学んだとか、宗派を基準に判断するのではなく、学んだことをどう体現したかで価値判断すればいいんじゃないの?
宗派主義ではなく、高僧主義でいいじゃない。

83 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 13:20:58 ID:LQQ+TrJr
個別に見れば、現存パーリより古い漢訳も結構あるらしい。
当然、翻訳元のSktも。(Skt始め諸言語の断片も)。
Sktと対となるTib訳がどれくらいか、は議論の余地があるとしても、
総体的に、「より」「古形の含有率が高い」ってだけの話でしかないんだけどね・・。
(強いて言えば、(律蔵の扱いに、より顕著なことであるが)
 「変更を潔しとしない」伝統があり、それがブッダゴーサの整頓以降決定的になった」
 ことを踏まえて、「大乗諸経よりは変容の幅や質が小さい」くらいのことは言えるかもしれんが・・。)
(ま、パーリも増補改訂の山だけどね・・・。 文献として、始点との線が切れてる点では同じだし。)

84 :てすと:2010/06/10(木) 13:43:32 ID:QU7zLWdl
>>83

うん、そうだと思うよ。
だから大乗は非仏じゃねーかというのなら、小乗もまた非仏だろと。

大乗非仏説は明治期の古い説で今は論破されていて使われてないと思ったけど、意外によく見かけるね。

85 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 13:48:31 ID:UmegFS9Q
イエスでいえば

「ACIMや宝瓶座福音書がイエスの肉声でない」というのと
「四福音書がイエスの肉声でない」というのでは意味が違うんじゃないの?

86 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 13:50:58 ID:UmegFS9Q
訂正:
宝瓶座福音書→宝瓶宮福音書

87 :てすと:2010/06/10(木) 14:01:25 ID:QU7zLWdl
>>85

キリスト教は福音書意外にも後世の公会議や書簡集もルールとして採用してるでしょ。
それに発見されたすべての聖書を使っているわけじゃない。

大乗の僧侶も釈迦を無視して独自のモノをつくったわけじゃないでしょう。
何を採用し、何を削るかで宗派の特徴がでるわけだから、非仏というのは単に上座からみた視点に過ぎないと思うよ。
日本で上座は受けるとおもうけど。

自分にあったルールを採用するしかないね。統一仏教なんて無理でしょ。

88 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 14:02:32 ID:LQQ+TrJr
>>85
そりゃ、「個別に」、
「法華経や無量寿経」と「スッタニパータやダンマパダ」を比べれば大違いだよw

89 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 15:27:14 ID:G4/388sL
>>80
クリスチャンであるてすとは、そう思いたいのだろうが、イエスが釈迦の
影響を受けたことは聞いたことがない。むしろ、後世、仏教がキリスト教
の影響を受けた状況のほうが多い。例えば、景教は、空海の時代には、すでに
中国に進出していたはずだ。法華経も、その「オカルト風味」において、キリスト教
の影響があるのではないか。浄土真宗は、キリスト教そのまま。

イエスと釈迦との相違は、イエスの教えは、すべて「自分の気に入らない者」
に対する「反感、非難、憎悪」とセットになっているが(例えば、善きサマリア人
の話)、釈迦にはこれはないようだね。やはり、病状と育ちの差であると思う。

90 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 15:43:14 ID:G4/388sL
>>87
釈迦仏教は、大乗仏教によって「コペルニクス的転回」を遂げた。従って、両者は
「異なった二つの宗教」である。

ところで、テスト君は、竜樹の「中論」は読んだのか。君の優れた頭脳(少し軽いがw)
で、この古今東西比肩するもののない「大哲学」についてコメントしてくれ。

91 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 15:58:01 ID:ddsyH02z
>>89
671 名前:サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 13:15:31 ID:ddsyH02z
この宇宙で 何十億年も昔から この自分を救うために 実を切り刻んで

記憶できないほど悲惨な市を潜り抜けて仏となった人と

ようやくめぐり合えていつの間にか自分は救われてる

その気持ちで感謝する行為の表れがお念仏

そしてその人のことを思えば 自然に悪いことから離れちゃう

その人が喜ぶ 微笑むようなことがしたくなる

キリストの信行一致の生活 絶対他力から生まれるのねw

皮肉だけどw

92 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 16:00:31 ID:ddsyH02z
684 名前:サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 13:39:22 ID:ddsyH02z
>>680
何のとりえもない 人並みより落ちる容姿 頭も人並み
そんな自分をずっと 自分が自分であるというだけで愛していてくれた人がいた
そして自分の一生かけても払いきれない負債を払ってくれた
そのときあなたは?ってとわれてるのよ人間は
少なくとも感謝感謝 多く許されたものは多く愛するでしょ
じっとはしてられないでしょ?
感謝と愛で心と魂と体が動く
これが絶対他力 信と行の一致した信仰
大前提としてもう借金は支払われてしまった
ここが重要ね

688 名前:サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 [sage] 投稿日:2010/06/10(木) 13:52:33 ID:ddsyH02z
普通に救われてることに気がついたらさ
座って念仏だけ唱えてる一生でもいいのよ
だって呼吸すれば二酸化炭素で植物が喜ぶ
排泄すれば肥料になる
死体は獣のえさになる
そのままで役に立ってるジャン
気負って行為をしなけりゃと思わずに 感謝の念仏の心で自然に暮らせばいい
もう救われてるんだから
クリスチャンも同じだってw
スエデンも末子ももう救われてることに気がついていないだけw
とかねwww
必要なのは気がついてお念仏(信仰告白)するだけのことよ

>>687
救われるための努力は 莫大な借金返済と同じで シジフォスの玉

絶望を呼ぶだけです

93 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 16:08:56 ID:hWqGm6yq
>>89  ん?
>クリスチャンであるてすとは、そう思いたいのだろうが・・

「てすと」って、クリスチャンなのか?  隠居。
お前の思い込みではなく? 
何しろお前は、俺の事さえも「宗教者」って言ってたくらいだからな。(笑)

今までの書き込みを見ても、それっぽいところはあまり感じられなかった
んだが?


94 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 17:04:06 ID:YyOxzWd/
>>93
テストとな、クリスレ時代からの長い長い付き合い。彼がクリであることは、
とっくに見破っている。

95 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 17:07:33 ID:YyOxzWd/
>>94の訂正
×テストとな
○テストとは

96 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 17:18:50 ID:YyOxzWd/
>>91
>>92
架空の神仏には感謝するが、人には絶対感謝できないのが宗教者。

釈迦とイエスが、その張本人。人間としての基本的な資格と道徳心
が欠けている。彼等を「人でなし」「忘恩の輩」と呼ぶ。

狂っているとしか言いようがない。

97 :てすと:2010/06/10(木) 17:35:59 ID:QU7zLWdl
>>90

中論をそのまま解釈すれば、ご隠居のいう生命も死もないし、あるとかないとかもない。
生も死も相互作用による状態変化でしかなく、便宜上の名前をつけただけだから、生がない以上、生まれ変わりもない。

ただダライ・ラマは仏教の科学的部分、哲学的部分、伝統的部分は分けて考えましょうと言っているし、
伝統的な考えや儀式は否定しない。

天動説から地動説に変わったとしても、船乗りたちは星が地球を回っているという視点のもとに位置を把握する。
相対論を応用してGPSが開発されたけど、古の知恵が使えないという事はない。

どのゲームに参加するかによってルールがかわるのだから、ご隠居の生命論はあるゲームにおいて採用されるから間違っているとか正しいとかは言えない。
将棋の歩を一歩すすめるというルールは将棋というゲームにおいて成り立つが、それが普遍的に正しいとか、間違っているとかいう議論はなりたたない。

98 :てすと:2010/06/10(木) 17:47:50 ID:QU7zLWdl
ご隠居は中論読んでいる暇あったら、ゲーデルでも読めば?

オチ ノシ

99 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 18:11:16 ID:UbBhZ7of
>>97
それらすべてのゲームの前提も、「生命」である。死体には、ゲームはやれない。

「中論」は、「もろもろの『存在』」の「構成原理」を、「相互依存性・関係性」
として解明した。

「生死がない」などと言ったら、
「一切の世俗習慣と、疑いもなく矛盾する」(中論17:24)
「世間の一切の慣習を破壊する」(中論24:36)

ゲ−デルなどとは、格が違う。

100 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 18:41:15 ID:LQQ+TrJr
〔勝義語義URL集〕
【@規制】心と宗教板避難所総合【@鯖落】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/20
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/21
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/22
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/23
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/24
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1262698032/25

101 :てすと:2010/06/10(木) 18:43:42 ID:QU7zLWdl
>>99

だからある状態を生命や死と名付ける参加者が多いゲームなんだってば。
別に俺も参加してるから否定してないけど、象と蟻から観測して人間の椅子をみたとき、それは他の木材の塊と同義でしょう。

相対論が世俗習慣と矛盾しようがなんだろうが、事実は事実。

102 :てすと:2010/06/10(木) 19:00:01 ID:QU7zLWdl
網の目を存在するとみるか存在しないとみるかで視点が変わるけど、
漁師にとってみれば魚が引っかかって水が切れればいいんだよ。

場合わけしない議論してもしょうがないでしょう〜

大事なことは魚をとることであり、網の目のあるなしを議論することじゃないし、
生命があろうがどうだろうが、死ぬまで働けばいいんだよ。

103 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 19:56:32 ID:UbBhZ7of
>>102
>生命があろうがどうだろうが、死ぬまで働けばいいんだよ。

言語矛盾w。それともジョークかw。




104 :1/2:2010/06/10(木) 20:43:41 ID:LQQ+TrJr
仏教が、非生産的であり、出世や利益(利潤)・余剰追求をしない価値観である
ということは、留意されていい。
勿論、それは、世俗的価値観からすればマイナスの性格を持つ。
(だから、世俗の価値観に於いても、(理由として)そのフォローは必要とされる。)

今、これを托鉢という行為に引き当てて見てみよう。
(仏典にも、具体的にそのような記述があるが)、
托鉢に回った時、一軒も施して貰えなかったとしよう。或いはほんの少しだったとしよう。
その時、行者には次のような考えが起きる。「もう一度回ったら、貰えるかもしれない」、と・・。
だが、その考えは「私にとって(=修行者にとって)ふさわしくない」と、はっきりと排斥される。
この境界が、まさに、世俗と聖、在家と出家の(価値観の)明確な境界となる。
世俗的に見れば、「もう一度回って食を得て、身体の維持に資させる」ことは、
寧ろ目指されるべき判断だろう。
(また、身体の維持自体も聖なる価値観に於いて蔑ろにされるわけではない。)
だが、釈尊は再度托鉢に回ることをしなかった。
なぜか。 それは、「施物に余裕の無い所に対しても、しつこい勧誘になる」し、
「もっと欲しい」「食べたい、空腹を満たしたい」
或いは「“食べれない”ということ、一食抜くということがあってはならない」
といった欲の肯定或いは保身に繋がっているから。
 *そういう【形式に捕らわれている】という言い方をしてもいい。
  (一般的に言えば『必ず一日3食食べねばならない。【2食の日があってはならない】』という【形式】に。)
  捕らわれている、と。)
「自己の欲求(欲、ひいては貪り)を【肯定し】、【それに従うことを意味する】」から。

105 :2/2:2010/06/10(木) 20:45:12 ID:LQQ+TrJr
境界の話だったか。
たとえば、営業マンがいたとする。販路開拓の為、(あちこちに)足しげく通う。
ついに相手が折れ、繋がりができる。長い付き合いとなれば、三者(取引先・会社・自分)の利益となる。
それは儲けだけでなく「繋がり」や「信頼」、「充実感」「自信」「ノウハウ」等々、様々なものがある。
だから、再度と言わず、『相手が契約してくれるまで何度でも通う』という姿勢は、
悪い行為であるどころか、『営業マンとしてふさわしい姿勢、意気込み、情熱』ということになる。
そして、同じコースで二度三度托鉢に回った時も、財施・法施・功徳(衆生済度)として3者の利はあり得る。
そのことで、《各家の者に、“より強い”(仏)縁ができ、教えに強く耳を傾け、理解が高まる》
ということもあり得ないことではない。
だが、上で触れたように、《我欲の肯定に繋がる》ので斥けられる。
たとえ三者の利が見込まれても、【それが我欲の肯定、我欲への従属となるならば】、(それを背後に持つならば)、
斥けるのが「聖なる」「出世間の」価値観であろう。
その意味でも、この価値観の境界は押さえられるべきものとなる。
比丘(修行者・遊行者)足らんとしたなら、踏み越えてはならない境界となる。

翻って見た時、《現代日本仏教は、生活、寺院経営、伽藍の維持、慣習・前例・地域との繋がり関係性等のため》
この境界を踏み越えねばならない。
(上で言えば、【三者の利をこそ求めるべき】ということだ。これを「大乗的」と言えないこともないが・・。)

106 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 20:46:37 ID:LQQ+TrJr
ネタ投下。(御隠居への餌も兼ねて。)

107 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 21:48:12 ID:jjJuqD7I
>>27
>「動物のすべての種属は、その種属の生存に必要な能力だけを有する。」
神通力が欲しければ、人間以外の動物になるだけでよい。ワンちゃんの
臭覚や、梟の視覚や、ゴキブリの逃げ足の速さは、人間にとっては、
まさに神通力だw。

あはは・・・(笑) ↑ 全く考えもつかないなぁ〜
ご隠居氏の論は、ユニークで面白い!! そして真実を見事に突いている!!

ヽ(^。^)ノ

人間の脳細胞?は、90何パーセント?が活性化されてなくて眠ったままらしいという事を
何かで読んだけど、これが修行?によって活性化されたら本当に人間は超能力のような色んな
能力が出てくるのかな?  誰か分かる方いますか?

相変わらず、スピードが早過ぎて追いつきません〜、
オヤスミン☆


108 :てすと:2010/06/10(木) 22:07:34 ID:QU7zLWdl
>>103

生命=お金です。 金がなきゃ死ぬだけw 

ご隠居がこうして書き込めるのもどこからか食料を買う金が出ている、または誰かが金を稼いで食料を買って運んでくれるから。

ミルクなしで赤ん坊は育たない。中論では腹が膨れないし、生命を維持出来ないぞw金を稼ぎなさいw

109 :てすと:2010/06/10(木) 22:15:08 ID:QU7zLWdl
どんな偉い坊主もご隠居も金がなきゃ生きていけない。

『人間のうちの最高の賢者さえも、金を取りに来る人間よりは、金を持ってくる人間を歓迎する。』
リヒテンベルク

110 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 22:41:22 ID:cvqEITGt
>>107
>人間の脳細胞?は、90何パーセント?が活性化されてなくて眠ったままらしいという事を
>何かで読んだけど、これが修行?によって活性化されたら本当に人間は超能力のような色んな
>能力が出てくるのかな?  誰か分かる方いますか?

相変わらず無知でアホな事を言ってるなwww
そりゃ、90%は、神経細胞に栄養を送るグリア細胞だから、働いていないように見えるだけだよw
パソコンの中身をみて、
「CPUの部分だけで演算しているのを、基盤全体で演算したら、数十倍の機能が出る筈だ!」
と言っている様なものw
もちろん、グリア細胞以外の神経細胞は、ほぼ全て有効活用されている。
過剰な余分など無いし、それらが活性化しても超能力なんかでないw

111 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 22:49:55 ID:ZgpDBBBl
>>104
>>105
餌にもならん。根本が間違っている。

人間は、生存に必要な物資やサービスを労働によって生み出さない限り、社会
の成員(宗教者も含む)は生存できない。そして人類は、その発生以来、身を
粉にして働くことにより、生存に必要な物資やサービスを生み出してきた。

名誉欲も、出世も、富も、このような共同体に対する「貢献の対価」であり、
人間の欲望は、人類の生存にとって不可欠な要素なのである。

宗教者が欲望を抑えるのも、自己の宗教的満足という欲望に過ぎない。そもそも、
少食は、健康に良いw。ダイエットや日野原博士の低カロリー主義を考えよ。
宗教者は、期せずして「自己の身体の維持」という健康法を行っていることになる。

しかし、一般には、出家者は、社会の成員の生存に貢献しているとはいえない。
芸術や芸能は、人間に「生きる意欲」を与えるものだが、出家者はその逆である。
出家者の欲望の抑制は、あくまで「自分のため」であり、「他者のため」では
ない。生存に関係ない、むしろそれに反することで托鉢を受けるのは、或る意味
詐欺である。

人類の歴史は、生存のための物質的充足の追求である。甘ったれた精神的充足
などではない。

釈迦が、同じ所へ二度托鉢に赴かなかったのは、嫌がられて托鉢が貰えなくなる
からである。その意味で、釈迦は優れた「セールスマン」であったw。
「慌てる乞食は貰いが少ない」という諺もあるではないか。

112 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 22:51:14 ID:ZgpDBBBl
>>111の続き

人間の欲望は、社会の維持に不可欠なものである。しかし、過度の欲望に走ると、
健康を害したり、物資の不足を招き、「自己を含む」社会の存続を危うくする。
欲望をほどほどに抑えることもまた、自己保存のための欲望の機能なのである。

物資や金銭を得るのは、社会に対する貢献の対価としてでなければならない。
社会の成員が皆、働かないで托鉢を求めたらどうなるか。社会が崩壊するのは
必至であろう。「金は、働いて貰うもの」。曽野綾子さんが、民主党の「ばら撒き
福祉」に対し、痛烈な批判を飛ばしていた。そもそも、唯の学費、唯の教科書で、
真剣に勉強する気持ちが起きるだろうか。額に汗して働いている親や社会の人々
に対する感謝の念と、自分も社会に貢献しなければならないという自覚が起きる
であろうか。社会の基本的構造が理解できるであろうか。まさに、教育を否定する
教育といわざるを得ない。

113 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 22:59:35 ID:LQQ+TrJr
>>111-112
>餌にもならん

その勢いで喰い付いておいて、何を仰いますやら・・w


予想通りの内容過ぎて酒が美味いw

114 :神も仏も名無しさん:2010/06/10(木) 23:03:09 ID:cvqEITGt
>>111-112
         \   ∩─ー、    ====
           \/ ● 、_ `ヽ   ======
           / \( ●  ● |つ
           |   X_入__ノ   ミ   そんな餌で俺様が釣られクマ――
            、 (_/   ノ /⌒l
            /\___ノ゙_/  /  =====
            〈         __ノ  ====
            \ \_    \
             \___)     \   ======   (´⌒
                \   ___ \__  (´⌒;;(´⌒;;
                  \___)___)(´;;⌒  (´⌒;;  ズザザザ


こんな感じだなwww

115 :てすと:2010/06/10(木) 23:17:52 ID:QU7zLWdl
>>111

>「金は、働いて貰うもの」。

それでご隠居は額に汗して働いているのかい?

話はそこからだ。

116 :アントニオ・インキョ:2010/06/10(木) 23:34:02 ID:ct/4Uz6f
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。


メシア救世主インキョ師のお言葉に間違いないと信ずべきである。
一神教の様に、代わりに。
メシア救世主インキョ師のお言葉は世界の真実よりも先行してある。
インキョ師聖書にある、
「初めにインキョ師の言葉があった、
インキョ師の言葉が世界を構築した」

すなわち、メシア救世主インキョ師のお言葉は世界の真理を創造するのであり、
メシア救世主インキョ師は創造主であり、
それ故に、
偉大なるメシア救世主インキョ師のお言葉信じることが、「誰が言っても真理」のことである。
と言う意味なのである。

また、偉大なるメシア救世主インキョ師は創造主であるがために、
下等な宗教者達に回答する、しないの主権、権力、裁量権をもっている。
下等な宗教者達は、偉大なるメシア救世主インキョ師のお言葉に反することを許されないのである!!

偉大なるメシア救世主インキョ師のお言葉信じよ!!!!


117 :アントニオ・インキョ:2010/06/10(木) 23:35:59 ID:ct/4Uz6f
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。
そして生命はいつも、宗教者が欲望を抑えるのも、自己の宗教的満足という欲望に過ぎない。
と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも
宗教者が欲望を抑えるのも、自己の宗教的満足という欲望に過ぎない。
と唱える。


118 :アントニオ・インキョ:2010/06/10(木) 23:38:54 ID:ct/4Uz6f
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも生存能力はいつも

>>27
>「動物のすべての種属は、その種属の生存に必要な能力だけを有する。」
神通力が欲しければ、人間以外の動物になるだけでよい。ワンちゃんの
臭覚や、梟の視覚や、ゴキブリの逃げ足の速さは、人間にとっては、
まさに神通力だw。
  と唱える。
生命そのものは生存能力そのものは、インキョである。
生命生存能力はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命生存能力はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。

あはは・・・(笑) ↑ 全く考えもつかないなぁ〜
ご隠居氏の論は、ユニークで面白い!! そして真実を見事に突いている!!


119 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 03:53:49 ID:Uq/jaQAq
>>69
>お前は涅槃の「このごく一部」以外に、超越的なもの、
>その気になれば何万年も生きたり、神通力を駆使できたりする「超越的な存在」
>を見たいわけだろ?  

 修行完成者/解脱者というものは、その気になれば延命すらも造作ないことが、このゴータマの言
葉からも明らかなことです。アーナンダの嘆願を退けてまで死を選択した(役目は終えたと判断した)
ゴータマが、再び最誕してくる筈はないのです。よって、大川の仏陀再誕などは在り得ないこと。
 また、ヒマラヤに現存されるマハー・アヴァター「ババジ」などは数千年もの間、解脱したときの青年
の肉体のままで不老不死を維持されています。
 その他、不老不死の覚者の目撃例は、西洋のサンジェルマン伯爵、現・ラコーシ覚者です。フランス
革命を阻止すべくベルサイユ宮殿に出入りしていたことが歴史上よく知られています。彼は錬金術の
賢者、そして時間旅行者とも呼ばれていました。

120 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 03:55:20 ID:Uq/jaQAq
 『アーナンダよ。いかなる人であろうとも、四つの不思議な霊力(四神足)を修し、大いに修し、(軛
を結びつけられた)車のように修し、家の礎のようにしっかりと堅固にし、実行し、完全に積み重ね、
みごとになしとげた人は、もしも望むならば、寿命のある限りこの世に留まるであろうし、あるいはそ
れよりも長いあいだでも留まることができるであろう。
 尊い方よ。尊師はどうか寿命のある限りこの世に留まってください。幸いな方は寿命のある限りこの
世に留まってください。――多くの人々の利益のために、多くの人々の幸福のために、世間の人々を
あわれむために、神々と人間との利益のために、幸福のために。
 アーナンダよ。もしもお前が修行完成者に懇請したならば、修行完成者はお前の二度にわたる(懇
請の)ことばを退けたかもしれないが、しかし三度まで言ったならばそれを承認したであろう。それだ
から、アーナンダよ、これはお前の罪である。これはお前の過失である。』
(『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』/命を捨てる決意)

マハー・アヴァター・ババジ:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%BF%E3%83%
BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%B8
サンジェルマン伯爵:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E4%BC%AF%E7%88%B5
http://www.nazoo.org/people/saint_germain1.htm
(これらは間違った情報を多く含みますが・・・)

121 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 03:57:40 ID:Uq/jaQAq
>リンクミス

マハー・アヴァター・ババジ:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%B8

122 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 04:43:26 ID:Uq/jaQAq
>>74
>あっれ〜〜〜〜〜? 
>お前は「〜は、方便。」と自己の見解に合わない部分を排除してなかったかな?--中略--
>お前も十分、「神智学に合わない部分を排除」してませんかね?

まっ、なんでもゴッチャにしないこと。
識別が鍵です。見分けがつくよう学習して下さい。

>>76
>また、「オカルト主義を支持しない者」との意味であるならば、 確かに、俺はそうだ。
>この意味においては、俺と類似のスタンスをとる者は多いと思うぞ。

精神性の排除というものではなく、
明確に物質科学が認めない超常的なすべての否定、
これが唯物主義というものです。

『すべての根源を物質と考え、精神の実在を否定すること。⇔唯心。』
(辞書:大辞泉)

123 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 04:50:29 ID:Uq/jaQAq
>>107
>人間の脳細胞?は、--中略--誰か分かる方いますか?

ワカラン。。

 私が知っているのは、最終的な頭頂部のサハスラーラ・チャクラ(ブラフマランドラ=梵の座)は間脳
の奥隅っこに位置する松果体と対応しています。このチャクラが活性化すると、当然、松果体も変化
(増大)するのではないかと思われます。
 霊的視力によれば、エーテル体の上部にやや窪んだ形で存在するこのサハスラーラ・チャクラが開花
すると、今度は逆に盛り上がってきて巨大化するといわれています。これに合わせて松果体も増大する?
仏像の盛り上がった肉髻とは、このことを示す象徴でしょう。

 『仏像の頭部にはたいてい盛り上がりがありますね。菩薩像の場合は、宝髻(ほうけい)と言って髪を束
ねて きれいな形に結っていますので、髪の毛です。ところが如来像(釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来
等)の場合は肉髻(にっけい)と言いまして 髪の毛ではなく頭がこぶのように盛り上がった形になってい
ます。これは悟りに達した証とされ、如来のみが有するものとされます。仏の智恵を象徴するものなって
います。仏相の三十二相の中の一つに数えられ頂髻相と呼ばれています。』
http://www10.ocn.ne.jp/~seihou/art/kouza/m002.html
肉髻:http://takaoka.zening.info/daibutu/photo/Takaoka_Daibutsu_Nikukei.jpg


124 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/11(金) 04:52:03 ID:Uq/jaQAq
>>72
はい、分ってはいますが、
プロの僧侶が正しく教えないで一体、誰が教えるのでしょうか?

これでは世の中には、
唯物論者たちによる神秘部分の勝手な全面排除の主張と、
あとは“神通増大=解脱”とみなすオルト教団による間違った情報しかなくなってしまいます。
実際、彼ら唯物主義者らが理解する“不生不滅”(ニルヴァーナ)とは、
肉体死と共に五蘊が消滅して何もなくなる、といった断滅論なのです。
精々、存命中の涅槃(有余涅槃)の間しか解脱の境地がありません。


125 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 06:39:44 ID:wer8DPZx
>>124

宝珠シンチガクはすでに完全論破済み。
隠居根源唯物教と宝珠超越観念教は両極のようでいながら、
戯論そのものという意味では相似だ。
戯論のサンプル=反面教師として、超克する練習台としては手ごろなのだろうw
お達者でがんばってください。

仏教は時空際断の中道にて候。
そもそも、両者ともその『仏教』観が根本的な誤り。

だけど、おんなじセリフばかりで、こいつら相手にすんのは秋田県。





126 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 06:55:04 ID:wer8DPZx
>>120
>マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』/命を捨てる決意

兄ちゃん、それってマハーカッサバ教のでっちあげセリフやでw
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/355
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/356
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1259369908/357


127 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 07:15:41 ID:wer8DPZx
人類の精神文化に巨大な足跡を残した人物には、
必ず優れたプロデューサーがいた。
その演出と記録・表現なくしてはその巨人は存在しないのも同然だった。

たとえば、
・ソクラテスに対するプラトン
・ゴータマ・ブッダに対するマハー・カッサバ
・イエス・キリストに対するパウロ

このなかで、マハー・カッサバの位置がかなり異質だと感じるのは俺だけか?
仏教の歴史は、ブッダの鋭い『縁起の思想』を愚昧な連中が
迷妄溶暗宗教性へと変節堕落させてきた愚かな過程だったと総括することができる。
その始まりは第一次結集のプロデューサーがアーリア苦行主義者マハーカッサバだったことにある。


128 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 07:52:11 ID:H0KB/QU/
>>122
ほうw

お前さんは、【(素朴)実在論的な意味で】「精神」が【「実在」する】、と言うわけだな?

129 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 08:02:25 ID:H0KB/QU/
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E7%89%A9%E4%B8%BB%E7%BE%A9

唯物論(ゆいぶつろん、英: Materialism、独: Materialismus)は、
事物の本質ないし原理は物質や物理現象であるとする考え方や概念。
非物質的な存在や現象については、物質や物理現象に従属し規定される副次的なものと考える。
物理主義(ぶつりしゅぎ、英: Physicalism)とも言う。対語は唯心論。

130 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 09:31:22 ID:wer8DPZx
>>120
>アーナンダよ、これはお前の罪である。これはお前の過失である。

このセリフは完全に外道のものであって、
マハーカッサバの衣の下の鎧(狸の尻尾)が丸出しとなったシーンだ。
仏教には『罪』という観念はないからである。

それにしても頭の悪いヘタクソな経典編集野郎(複数?)だ。
仏教とジャイナ教がごちゃごちゃになってパンク状態やないかw



131 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 10:05:34 ID:UkTYxmOv
>>122  ホントに相変わらずの馬鹿っぷりだね。
>まっ、なんでもゴッチャにしないこと。
識別が鍵です。見分けがつくよう学習して下さい。

「識別が鍵です。」  その識別を、お前は「神智学」でやってるだけだろ?(笑)
仏典の記述の中で「神智学」に合うところが「真実」で、合わないところは
「方便、比喩」ってわけだ。  アホか?
ちなみに俺は「現代の知見」をその判断基準に設けている。
「釈迦が脇の下から生まれたり」「舌がいきなり伸びて顔を覆った」などの記述は
「事実なのではなく」  『釈迦の神格化の一端』であると見做している。
仏典の記述に関して、お前が「神智学をその判断基準」にし、俺が「現代の知見を
判断基準にし」て取捨選択することは、いったいどこが違うのかな?
俺には「神智学よりも現代の科学的知見のほうが、普遍性、検証性において
はるかに優れた判断基準であると思うが?

132 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 10:07:32 ID:UkTYxmOv
「サンジェルマン伯爵、」も「ババジ」も、もういいの。
そんな、全く何の「実証もなされていない」与太話はどうでもいいわけ。
たった一人でいいから、実際に何千年も生きていることが『実証された』人物の
事例を挙げてみな。

>明確に物質科学が認めない超常的なすべての否定、
これが唯物主義というものです。

「普遍的現象、存在」の是非に関しては、「その実証が現時点でなされているもの。 
あるいは有意な仮説により、将来、それの肯定的実証がなされる可能性の高い
もの」以外は、ないものと見做す。

はいこれが科学共通の一般的スタンスだね。俺も勿論、このスタンスだ。
勿論、「精神的作業、思考、思想、信仰」などの価値を低く見るものでは
決してない。   要は「何の実証もなされていないものに、自己の願望を
投射して、あたかも、それが普遍的現象、存在であると思い込み、その真実性
を他者に主張する妄想馬鹿」はダメですよって言ってるだけ。  わかった?

133 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 11:01:57 ID:NT/fwspv
サンジェルマン伯爵ww

134 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 16:37:27 ID:6LARI5pg
>>110
>もちろん、グリア細胞以外の神経細胞は、ほぼ全て有効活用されている。
過剰な余分など無いし、それらが活性化しても超能力なんかでないw

ふ〜ん。そうなのかw。。。 本に書いてあることって嘘なの?
本当なら読んで損したわ、残〜念!

しかし、何のために嘘を書くんだろうw、罪だよなぁ〜。。。(・・ )
ず〜っと信じてた、聞いて良かった・・・ホント、アホだったみたいw 

(#/_ _)/ ドテ 

>>123へのコメントは誰も無し〜?
仏教は、ヨガから始まったとか・・仏教者ならばあるでしょう


135 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 17:16:02 ID:WUUnEVQ1
>>123
コメしろと要求があったので。

チャクラと対応するとか、鍛えると超能力が発現するとかの珍説の根拠として、
松果体が、左右の脳球の真ん中にあって、両者を統一する器官であるという理由を見受けるが、
実際には、松果体も左右に分割されているので、間違い。
あるいは、解剖して光を当てると反応するので、第三の目に対応するとする人も居るが、
実際には、脳の深部にあるので、光は当たらず、目としての機能が有るとは考えにくい。

また、宝珠愚者は、松果体が巨大化して、肉髻となる事を妄想しているが、
そもそもの大きさが1p以下で、脳の中心部にあるので、
そんなものが頭蓋骨を変形させるほどまでに肥大化したら、大脳が圧迫されて死ぬwww

ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a7/Pineal_gland_small.gif
↑の赤い点が、松果体の、位置、大きさを現している。


余談だが、仏像の変遷を見ていると、インドに近い地域の仏像は髷で、それより遠い地域(or後代)になると肉髻となっていることから、
肉髻は本来は髷であり、髷を結う習慣の無い地域に広がるに釣れて、肉髻として変化していったという説を聞いたことがあるけどね。


136 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 17:41:09 ID:WUUnEVQ1
>>134
>ふ〜ん。そうなのかw。。。 本に書いてあることって嘘なの?
>本当なら読んで損したわ、残〜念!
>しかし、何のために嘘を書くんだろうw、罪だよなぁ〜。。。(・・ )

「当時」は、グリア細胞も神経細胞だと思われてたから、9割が有効活用されていないと考えられてたんだよ。
それを、意味も分からずに引用、孫引き、ひ孫引きしていった結果が、
「脳で使われているのは一部」というトンデモ理論になっただけ。
お前さんが読んだ本の著者も、「嘘を書いている」と言う意識は無いだろうな。
単に、無知なだけでw

>ず〜っと信じてた、聞いて良かった・・・ホント、アホだったみたいw 
うん、アホだね。そこは同意する。


137 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 18:14:50 ID:/3z3N0B/
普段使われてない脳の部分を開花させてパワーうpってのは
漫画でもよく見る設定だな。信じてる人はけっこういるかも。

138 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 18:32:41 ID:DU+l8mSW
宝珠愚者など、真光等の連中の経験は仏教では魔境といい、
現実をありのままに見ることを失った神秘体験妄想魔境なりw


ほんと、このスレの中心はアホやなあw
こんなに簡単に論破できうるものを難しく学問的回答するんだからなあw

139 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 18:36:48 ID:rhWiZfz1
「エイズが治る水」が懐かしい。

医学系のネタにはおいそれと手を出さないほうが得策だと思う。

140 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 21:48:40 ID:wer8DPZx
>>138
>現実をありのままに見ること

かなり勉学に励まれたのでしょう。
申し訳ありません、質問ですが、
あなたの『現実をありのままに見る』とはなにか、を仏教的にお教えくださいませ。
お願いします。

141 :前世は一在家:2010/06/11(金) 22:28:59 ID:Vod1e8K1
>>140
>>現実をありのままに見ること

横レスで失礼します。
「去るものは去らず」と108回唱えながら、足元のアリさんを見ることでしょうか。

現実世界で「時間」と「運動」があるか否かを正見できれば、龍樹の机上空論の
網から逃れることができるかと思料します。


142 :前世は一在家:2010/06/11(金) 22:39:55 ID:Vod1e8K1
他称「ご隠居」の説く人の生命は「神格化(テリオス)」や「涅槃入り」
を実現する偉大な「生命」のことかも知れないとふと思った次第です。


143 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 22:55:23 ID:/15ezGWR
>141
「去っているアリ」が「去る」といえば、アリは、「去る」という動作を同時に
二度やっていることになる、という矛盾にも気付いてね。英語で、A walking man walks.
などと言ったら、英語にならない。それに、「去る」という概念は、「去らない(静止している)」という概念がなければ生じ得ない。

竜樹の「相互依存性・関係性」の原理は、現実界のすべての実在物について適用される。
例えば、すべての物質は、原子の相互依存的集合である。

「時間」とは何かを、定義できますか。

144 :前世は一在家:2010/06/11(金) 23:30:33 ID:ULdALdNB
>>143
>>141
>「時間」とは何かを、定義できますか。

すでにご自身で回答を出しておられますよ。

>>141
>>143
>「時間」とは何かを、定義できますか。

だったら、>>143>>141は同時に存在しますね。

もし説一切有部が「去るものは去らない」と説いていたら、龍樹は
「君達の言う通り」だと賛同したでしょうか?


145 :前世は一在家:2010/06/11(金) 23:38:28 ID:ULdALdNB
>>143
>例えば、すべての物質は、原子の相互依存的集合である。

現実世界を正見しますと鉄が次第に酸化して錆びていきます。
相互依存性であれば、錆びた鉄から次第に錆が消えていくことも
時々あるでしょう。

鉄が次第に酸化して錆びていくのは釈尊が説いた「因果の法」が
正しいからでしょう。

机上空論であれば「錆びつつある鉄は錆びず」とバーチャルな言語世界
でのみ、言いたい放題ですね。仮想世界で無敵な論理ですか。



146 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 23:41:37 ID:KJmCs3Vy
>>141
横レスで失礼します。

魔非禍痢における「現実世界」では、「去るものは去る」と108回唱えながら、
足元のアリさんを見ると「去ること無くして、去るアリさんが可能(『中論』2.10)」なのですか?
更には、「去るアリさんは(更に二重に現に)去る(2.11)」のですか?
可ならば、右に向って去るアリさんが、“全く同時に”、左に向って去り得るわけですが、
魔非禍痢にマイコンされるとそういう「現実世界」が邪見されるわけですか?

現実世界で「時間」と「運動」が有自性か否かを正見できれば、
魔非禍痢のマイコンの網から逃れることができるかと思料します。

147 :前世は一在家:2010/06/11(金) 23:45:41 ID:ULdALdNB
>>146
大変、動揺されておられますね。 正語から離れておられますよ。


148 :神も仏も名無しさん:2010/06/11(金) 23:46:45 ID:KJmCs3Vy
>>147
大変、動揺されておられますね。魔非禍痢から離れておられますよ。

149 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 00:34:02 ID:LoutcdJs
なるほど、サッカーか・・・。

150 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 00:52:23 ID:li7y6ciu
釈迦仏教に、宝珠や在家のようなカルトが擦り寄って来るのは、釈迦自身にその要素が
ある、ということだな。

彼等は、竜樹や道元には、絶対に擦り寄らない。むしろ、懸命に避けている。

この原因を、分析・解明する必要がある。

151 :前世は一在家:2010/06/12(土) 07:20:41 ID:UL7swXL1
>>150
>彼等は、竜樹や道元には、絶対に擦り寄らない。むしろ、懸命に避けている。

その理由は、釈尊の元々の教えがどうであったかを重視しているからです。

哲学者に擦り寄るのは、意味がございますか?
プラトン、フロイトに擦り寄らんから、彼らはけしからんと言っても無意味
でしょう。

いつも論理的な貴兄なのに、この論理に固執されるのも、まあ自由でしょう。


152 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 08:49:48 ID:eYva6oYU
訂正(誤字):
>>119
 ×「再び最誕してくる筈はないのです。」
 ○「再び再誕してくる筈はないのです。」
>>124
 ×「オルト教団による間違った情報」
 ○「カルト教団による間違った情報」

>>128
それは、何を以ってあなたが「精神」と呼ぶのかに拠ります。
五蘊では話にならない。また、そもそもが「実在」の意味する定義次第にすべて拠るということ。
あなたがどういう意味合いで、「実在」と呼ぶのか?ということですよ。
その視点の在り方に応じて、こちらの返答も幾らでも変わります。
あなた次第です。

>>129
『すべての根源を物質と考え、精神の実在を否定すること。⇔唯心。』(辞書:大辞泉)
私は、このような意味合いですべて使用しており、それ以外の意味では用いません。
つまり、「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象についてを一切、否定して認めないことをいいます。


153 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 08:51:42 ID:eYva6oYU
>>127
>アーリア苦行主義者マハーカッサバだったことにある。

それは苦行ではなくて、「頭陀行」ね!

ゴータマに始まる原始仏教徒の原点は頭陀行に見られるような小欲知足の禁欲的修行生活が理想の姿でした。
これを熱行というと原語的ですが、頭陀行は現代的にいうと「練行(タパス)」ということであり、
タパスの含まない仏道修行などはどこにもない(どの諸派でも)。
恐らく、仏教の布教においては、「中道」についての概念と素晴らしさを強調したがために、
この練行の必要性が蔑ろにされてしまったのです。

ただし、過剰過ぎると「中道」から逸脱してしまうでしょうね。
また、仏教の目指すものとしては頭陀は絶対性のものではありません。
ただし、練行は必要です。

>>130
罪といってもそういうことじゃなく、
ちゃんと、「過失」とも書いてあるでしょ・・・。
言葉尻を捕まえて編集著者を謗るのではなくて、ものごとの真意(意味)を読み取りましょう。


154 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 08:53:14 ID:eYva6oYU
>>131
>「釈迦が脇の下から生まれたり」「舌がいきなり伸びて顔を覆った」などの記述は
>「事実なのではなく」  『釈迦の神格化の一端』であると見做している。

確かに、脇の下生まれだけでなく、
この“舌が伸びて”の箇所も神格化の一端かもしれませんね。
おや?私と共通するじゃないですか!w

(ただし、三十二相を信じる相手に合わせて、
それを<神通を発揮して(幻覚を見せて)>敢えて示してあげたという可能性もある)

>俺が「現代の知見を判断基準にし」て取捨選択することは、いったいどこが違うのかな?

唯物主義の視点など・・・
目に見えて分るような単純な範囲だけで物事を判断しようとする、
実に浅はかで愚かしいものに過ぎない。もっと精妙な部分には想いも及ばない姿です。

>>132
>「普遍的現象、存在」の是非に関しては、「その実証が現時点でなされているもの。 
>あるいは有意な仮説により、将来、それの肯定的実証がなされる可能性の高い
>もの」以外は、ないものと見做す。

まだ(現代科学の達成)レベルが低いから、現段階では認知できないだけのこと。
進歩と共にいずれは覆るから!!それが歴史というものです。


155 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 09:18:01 ID:eYva6oYU
>>135
松果体の特質は“内分泌腺”であるということ。
事実、これが内分泌腺であるということが判明してから、まだ日が浅いのです。
実に、チャクラに対応する肉体部位というのは、必ず内分泌腺なのですね(これ重要)。
それと、「第三の目」というものはそんな物理的な眼のことではなくて、心眼のことなのです。
中には眉間のアジュナー・チャクラを同一視している輩もいますが、これも間違いです。

>そんなものが頭蓋骨を変形させるほどまでに肥大化したら、大脳が圧迫されて死ぬwww

まっ、何が起こるのかはわからない・・・w

いえることは、サハスラーラ・チャクラが巨大化するそうですから、
要するに、仏像の肉髻とは、霊的視力によって見えるこの変化のことだとみて間違いないでしょう。
そして、オーラ(魂・メンタル・アストラル・エーテル諸体からのエネルギーの複合)の
放射が仏像の背光(後光)であるし・・・。

156 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 09:53:45 ID:LoutcdJs
>>152
【128(及び129)での】意味は、
≪「喜び」は実在しない。「身体」は実在する。≫
という形での定義でだよw
(で、どの辞書も、どんな説明も(129のwikiも)、その意味合いの筈だと思うが?w
 つか、【通常使う意味合いでは】(→何の「前フリ」「条件」無しなら)、【それしかない】と思われるが?)


参:
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】12
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/656
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/658

157 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 09:56:16 ID:LoutcdJs
>>153

参:
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/33

158 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:09:30 ID:DXhwgDqi
>>152  またアホ宝珠が、馬鹿言ってますな。(笑)

>つまり、「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象についてを一切、否定して認めないことをいいます。

はい、「普遍的現象、存在」の是非に関しては、「その実証が現時点でなされているもの。 
あるいは有意な仮説により、将来、それの肯定的実証がなされる可能性の高い
もの」以外は、可能性が限りなくゼロに近いので「ないものと見なす。」
そうでなければ「頭の中の妄想全てが実在してる」ことになっちゃうね?
脳内お花畑はダメでしょ?

>>154
>唯物主義の視点など・・・
目に見えて分るような単純な範囲だけで物事を判断しようとする、
実に浅はかで愚かしいものに過ぎない。もっと精妙な部分には想いも及ばない姿です。

お前の「妄想主義」よりは、はるかにましだろ?(笑)
何の観測、確認、検証もできずに、唯、「そうだったらいいなああ〜」って
思ってることを、いつの間にか「脳内で真実に転換してしまう」
園児思考よりは、よっぽど信頼性があるわ。

159 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:10:22 ID:DXhwgDqi
>まだ(現代科学の達成)レベルが低いから、現段階では認知できないだけのこと。
進歩と共にいずれは覆るから!!それが歴史というものです。

だから、何度も言うように、これは「単なるおまえの願望」に過ぎないでしょ?
科学がこれから発展して、「霊などいなかった」と実証される可能性もあるわけ。
事実、科学の進歩に伴う方向性は、そっちの方でしょ?
「隙間の神様」は、どんどん居場所がなくなっているね?かわいそうに。

なあ、宝珠よ。お前に言っても無理なんだろうが、もう少しは、
「検討に値する反論」ってのが、できないか?
俺に対するレスも、他の人に対するレスも、あまりにも稚拙でとても
反論などと呼べるものではなく、「単なる愚痴」ぐらいのレベルだぞ。
「お!」っと思わせるような反論をしようぜ。

160 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:12:47 ID:icHs4HvM
>>152
>『すべての根源を物質と考え、精神の実在を否定すること。⇔唯心。』(辞書:大辞泉)
>私は、このような意味合いですべて使用しており、それ以外の意味では用いません。
>つまり、「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象についてを一切、否定して認めないことをいいます。

お前さんの言う意味での「唯物論者」、つまり、
「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象を否定する人間なんかこのスレに一人もいなかったと思うんだが?
単に、「信じるには証拠が無さ過ぎる」といっているだけで、否定は誰もしてない筈だが。

それに、唯物論者であろうと、「超自然・超常的」な事例について研究している人間は多いぞ。
単に、唯物論者は、超常現象の原因を物質に求めるだけであって、観測された現象自体を否定することは別問題。
むしろ、全ての新発見は、それまでの常識を(一部なりと)否定するもの(=超常現象)なのだから、
一般的な唯物論者の研究者だって、超常現象を求める者だ。
例えば、超伝導物質の発見なぞ、当時の常識から見たら、オカルトといわれても仕方がない現象。
それを、「唯物論者」の研究者達は、観測事実を否定する事をせず、
また、「精神的な超能力による」などとは言わずに、物理的に原因を解明していった。

それから、唯物の対義語となる、唯心とは、
『すべての根源が精神にあるとし、精神を中心に考えること。⇔唯物。』(辞書:大辞泉)
であって、けっして、
「「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象について認めること」という意味じゃないし、
それと対となる唯物も、
「「超自然」「超常的」な概念と存在、そして、現象についてを一切、否定して認めないこと」
という意味じゃないと思うんだがね?


161 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:12:56 ID:icHs4HvM
>>154
横レスだが
>唯物主義の視点など・・・
>目に見えて分るような単純な範囲だけで物事を判断しようとする、
>実に浅はかで愚かしいものに過ぎない。もっと精妙な部分には想いも及ばない姿です。
それは、お前さんの「神智学」が正しいと、盲目的に前提として、
それに反するものを、「浅はかで愚か」と切り捨ててるだけだろ?w
要するに、お前さんの発言は、
「神智学は素晴らしい、真実の教えだ。そして、神智学が正しいという根拠は無い」
と言っているだけだぞ?w
蓋然性という、根拠を提示しているだけ、>>131の方が受け入れられるのは当然だと思うんだが?w


>まだ(現代科学の達成)レベルが低いから、現段階では認知できないだけのこと。
>進歩と共にいずれは覆るから!!それが歴史というものです。
またこのパターンかwww
これはお前さんの「希望的観測」だろ?
「ウルトラマンが観測されないのは、まだ地球に来て無いから!
 いずれは覆るから!!それが歴史というものです。」
と言っているのと等しいと言う自覚が無いのか?w

162 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:13:07 ID:icHs4HvM
>>155
>実に、チャクラに対応する肉体部位というのは、必ず内分泌腺なのですね(これ重要)。
ほーw
一般的なチャクラの分布位は見たことがあるが、それと内分泌腺が対応しているとは始めて聞いたなw

視床下部 (脳)
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d7/Hypothalamus_image.png
脳下垂体 (脳)
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a1/Pituitary_gland_image.png
松果体 (脳)
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a7/Pineal_gland_small.gif
甲状腺・副甲状腺(喉)
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a3/Illu_thyroid_parathyroid.jpg
副腎(腎臓上部)
ランゲルハンス島(膵臓)
卵巣 or 精巣 

↑が、人体に存在する内分泌腺だが、どれが、どのチャクラに対応してるんだ?
一般的には、チャクラは6〜8ぐらいあるが、それぞれが、↑に一対一対応してるんだろうな?w
例えば、頭頂にもチャクラが有ると思ったが、脳内の内分泌腺は、いずれも脳の奥の方にあるんだが?

まあ、「神智学」では、そう説明しているんでしょうが、解剖学的な知見と一致しない事だけは指摘しておきましょう。
(それに、仏教スレで、神智学の教義を、仏教であるかのような解説をするものどうかと思うと、指摘しておこうw)


>いえることは、サハスラーラ・チャクラが巨大化するそうですから、
>要するに、仏像の肉髻とは、霊的視力によって見えるこの変化のことだとみて間違いないでしょう。
流石に、松果体肥大説というトンデモ理論は無理があると理解したかw

163 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:13:28 ID:LoutcdJs
ちなみに、一連の涅槃論議を踏まえれば、
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1236847266/658
の下二項の間に、(その上の観念・感情等との差別化を組み込んで)、

         .│━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         .├理念的なものとして(理として)のみ『ある』  ・・・一般的・日常語義でも「ある」と言い得る、
         .│※(意によって、智慧によって知覚されるもの)    仏教で言う「ある(atthi)」
         .│                               (例えば、「勝義」「涅槃」(或いは「縁起という理」)等)
         .│━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

と増補してもいい。(勿論、未達なものによる試論でしかないがw)

164 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:24:29 ID:LoutcdJs
>>163補。

ちなみに、《【宝珠の言う】「涅槃」及び「ニルヴァーナ意識」》は、
それぞれどこに該当しますかね・・。(複数項に跨るかも知れませんが・・。)

165 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:31:53 ID:DXhwgDqi
なんか、また同じようなこと言ってる人がいる。
と、すると、>>161 は10氏か? (笑)

んで、163は言うまでもなく、セブン。
俺としてはねえ、セブン、
「涅槃」からの、『場』の特性の排除、 および、
「それに住する『意識の主体性』の排除」

このあたりを「とことん宝珠に説いてやってくれること」を希望するなあ。


166 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 10:59:27 ID:DXhwgDqi
俺としては
『涅槃は苦の滅の別称』   という言い回しをとても気に入っている。
宝珠は、それは「涅槃の単なる一特性に過ぎない。』と
とにかく「超越的なものを色々、くっ付けたがっている」が、
仏教の最終ゴールが「苦の完全なる滅」であるならば、当然の帰結
とも言えると思うがな。

宝珠、それ以外に何があるのかな?
何をくっ付けたい?
「お前の言う『一特性』以外のもの」を、わかるように説明してくれ。

167 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 11:19:05 ID:LoutcdJs
>>165
あのURL集以上のことは言えんよw

一応、御依頼に沿う形になるよう簡素化してみれば、
・縁起するものに(縁起するところに)絶対的固定的個別的主体は無い。
・涅槃は、境地として『ある』と言われるだけで、
 それが《具体的「相」や「在り様を」》をもって『ある』と言われるのではない。
 勿論、縁起して生じるというものではない。
・当然のことながら、そのようなものに、どうして「誰それの」とか「どこに」とか言い得るだろうか。
また、
・宝珠の言う「ニルヴァーナ意識」は、(彼がどんなに御託を並べようと)、
 その特質上(知覚・自覚作用を有し、自己を自己として分別する作用がある以上)
 やはり「意識」でしかない。無論、意識は縁起する諸法のひとつだ。
・故に、(仮に「ニルヴァーナ意識」なるものを許容したとしても)、
 《それが「涅槃」と同一である》ということなどない。
 「涅槃」はただ、知られるものでしかない。

五蘊存在としての我々が、行じ、諸法の相を(縁起するものであることを)見るとき、
そこに主体は雲散霧消する。
そして、難解(見難いもの)であり誤解され易くもあるが、
多くの大乗的言辞の中で述べられる数々の謂いも、
そうした、「主体が消去されるが故の」「一」であり「大海」であるべきだろう。
大乗に於いて「あり続ける」と言われる時、それは、
縁起する諸法が「個別に」あり続けるのではなく、
理として、或いは縁起するものとして一味である故の、
大海の波としてあり続けるということに他ならないだろう。
そこには、もはや(意識として)知るということもある・居るということもなく、
ただ縁起してゆくのみであろう。
だから、無相と言われるのだろう。(煩悩即菩提も生死即涅槃も同様だろう。)
特に、後期大乗や禅の言辞は、とっつき易く“キャッチー”ではあるけれども、
トラックを一周してきて初めて言い得ることである、ということを謙虚に見据えるべきかと思う。

168 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 11:24:28 ID:o1lZtDTi
>>151
>その理由は、釈尊の元々の教えがどうであったかを重視しているからです。

「釈尊の元々の教え」と「それが真理であるか否か」とは、全く関係ない。

「真理」とは、「誰が言っても真理」である。そして、「人間を含む現実界
の万物」によって「検証」されなければ、「真理」ではない。単なる仮説、
あるいは妄想である。

「検証」には、「批判」が必要である。批判のないところには、理解もない。

君は、開祖・教祖を、現実界に立脚して「批判」できているか。さもなければ、
単なる「個人崇拝」「盲信」であり、「真理」の対極にあるもの。

169 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 11:48:12 ID:LoutcdJs
縁起一代の添削は有難かったんだがなぁ・・・w


(直接対話もしなくなってるので、呼称を変えておこう・・w
今のように、やりとりが無い状態では、非難してるだけに見えてしまいそうだw)

170 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 12:43:40 ID:eYva6oYU
この私が投稿すると、
「テメー、ふざんなーー!!」といった感じで
一斉に反論レスがつくので、とても対応しきれずwww


171 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 12:45:08 ID:eYva6oYU
>>162
>一般的なチャクラの分布位は見たことがあるが、それと内分泌腺が対応しているとは始めて聞いたなw

 メンタル体-アストラル体-エーテル体-肉体と高次上位の諸体から高エネルギーが流入。これら各諸
体の各チャクラをエネルギーが循環し、この変成したフォースが各諸体を活性化します。再び、低次下
位の諸体から順次、高次上位の諸体へと循環します。
 一般的にチャクラという場合にはエーテル体のエネルギーセンターをいい、これに対応する肉体部位
が内分泌器官です。主だったセンターは7つです(小さいものは数百数千とある・・・/東洋医学の秘孔ツボ
がそれに当たる)。難病治療にも、いずれはこの科学の知識が役に立つときがきます。

>どれが、どのチャクラに対応してるんだ?
>一般的には、チャクラは6〜8ぐらいあるが、それぞれが、↑に一対一対応してるんだろうな?w
>例えば、頭頂にもチャクラが有ると思ったが、脳内の内分泌腺は、いずれも脳の奥の方にあるんだが?

神智学分類         ヒンドゥー・チャクラ      対応する肉体部位(内分泌腺)        
 1.頭部センター         サハスラーラ          松果腺
 2.眉間のセンター        アジュナー            脳下垂体
 3.喉のセンター         ヴィシュダー           甲状腺
 4.胸(ハート)のセンター   アナハタ             胸腺
 5.太陽叢のセンター      マニピューラ           膵臓
 6.サクラル・センター      スヴァジスターナ        性腺
 7.背柱基底のセンター     ムーラダーラ           副腎線

>それに、仏教スレで、神智学の教義を、
>仏教であるかのような解説をするものどうかと思うと、指摘しておこうw

はぃ。“さわり”だけに留めますw

>流石に、松果体肥大説というトンデモ理論は無理があると理解したかw

ごめん。一応、撤回するw


172 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 12:57:51 ID:o1lZtDTi
まず、釈迦自身のカルト性の分析・解明・批判から始めるべき。

すべてのカルトは、端的には、釈迦とイエスから発生しているのだから。

173 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 13:04:09 ID:4xiddWMy
>>172
>釈迦

釈迦とはなにか。

174 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 14:19:37 ID:icHs4HvM
>>165
>なんか、また同じようなこと言ってる人がいる。
>と、すると、>>161 は10氏か? (笑)
うん
リロードせずに投降したらダブったw

175 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 14:19:47 ID:icHs4HvM
>>170
>この私が投稿すると、
>「テメー、ふざんなーー!!」といった感じで
>一斉に反論レスがつくので、とても対応しきれずwww

どっちかと言うと、「ちょwwwおまwwww」って感じだな。

176 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 14:21:10 ID:icHs4HvM
>>171
>難病治療にも、いずれはこの科学の知識が役に立つときがきます。
相変わらず「科学っぽい用語」を使用して、科学を権威付けに使いたいんだな。
東洋医学を「科学的」に研究している事は事実だし、
「東洋医学のツボ」が「科学的」に研究されて、役に立つ時はくるだろう。
しかし「エーテル体」とか「高次エネルギー」とかを科学的に研究しているとは聞いたことが無いし、
妄想を「科学っぽい用語」で飾って「科学っぽく」研究しても、役に立つ時が来るとは思えんなw

「神智学」におけるセンターと、ヒンドゥー教のチャクラと、
解剖学における内分泌腺の対応表は興味深く見せてもらったよ。
神智学は、あちこちからアイディアをパクるのが好きだなw

視床下部に対応するチャクラが無いとか、
頭頂、眉間センターと、松果体、脳下垂体の位置がずれてるとか、
胸腺は成人したときには脂肪の塊に置換されているとか、
色々突っ込みたいが、

>はぃ。“さわり”だけに留めますw
>ごめん。一応、撤回するw

ということなら、あまり突っ込んでもしょうがないかw

177 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 14:54:29 ID:eYva6oYU
>>176
「いずれはこの科学の知識が役に立つときがきます。」
での「科学」とは、現代/物質科学のことではなくて、
“聖なる科学”(聖なる叡智に基く知識)のことです。
ここに補足、訂正します。

>役に立つ時が来るとは思えんなw

エーテル・チャクラの知識がなければ無理ですよ。
各チャクラの活性化、及び過剰反応の制御・・・などによって、
それに対応する内分泌器官の活動、すなわちホルモン分泌の増加と抑制を制御します。
ただの内分泌器官への直刺激というものは、要するに根本原因を直していないから、
また症状が再発するのがオチでしょうね。西洋医学の欠点というのは、
最終結果として現れている器官や疾患部位ばかりを弄ろうとする単純思想にある。

>神智学は、あちこちからアイディアをパクるのが好きだなw
>色々突っ込みたいが、

パクったのではなく、“すべて”を知り賜えし存在から教示されたものです。
エーテル・チャクラと内分泌器官の位置関係というのは厳密な相似形ではないです。
物資科学/医学レベルの視点とは異なる・・・。

>ということなら、あまり突っ込んでもしょうがないかw

「また、(病気が)始まったわ!」とみて・・どうか温かく見守って下さいw


178 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 15:13:37 ID:4xiddWMy
時間があるなら、松岡正剛&土佐尚子氏のコラボレーションによる
ZENetic Computerの世界を体験してくれたまえ。
http://www.youtube.com/watch?v=Av81ERgSlUg&feature=player_embedded

まだまだアートとしてのレベルが低いといわざるを得ないが、
いつかカルチュラル・コンピューティングがアートおよび仏教世界に
多大な影響力を持つようになるだろう。
悟りの境地への新たなショートカットの出現だ。

*この作品では禅を正しくも?胡蝶の夢としての道教的世界と把握していることに注意。
 因果撥無である。


179 :178=閻魔大王:2010/06/12(土) 15:16:35 ID:4xiddWMy
すまん。
178は誤爆だ。

180 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 16:23:47 ID:icHs4HvM
>>177
ちょwwwおまwww

これは、保存しておく価値があるレスかもしれんwwwww

181 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 17:09:28 ID:o1lZtDTi
>>177
>「また、(病気が)始まったわ!」とみて・・どうか温かく見守って下さいw

宝珠には、このように「病識」があるだけ、まだマシw。それに「人生経験」
「生活臭」も窺われる。オカルト・荒唐無稽も、これだけ徹底すれば、ただ
唖然とするだけで、むしろ可愛げがあるw。釈迦や、このスレの釈迦教徒には、
病識も、人生経験も、生活臭も皆無である。釈迦仏教が、超カルトである所以
である。

182 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 17:15:20 ID:icHs4HvM
>>181
おーいw
宝珠の皮肉が分からないようじゃ、お前さんは、病気だぞwww

183 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 17:18:15 ID:LoutcdJs
ほうw

その方向性で行きますかwww
つか、ネット掲示板で何をほざいているのか・・w  ┐(´ー`;)┌

184 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/12(土) 17:21:42 ID:eYva6oYU
皆それぞれ、心の病いを抱えて生きているwww
共に歩もう。。。

185 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 18:39:34 ID:LoutcdJs
>>184
うむ。
東海道と東山道ほどの違いはあるがなw

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E9%81%93

186 :閻魔大王:2010/06/12(土) 19:40:33 ID:4xiddWMy
>>184
>共に歩もう。。。

   ___
   /|∧_∧|
   ||. (・ω・ | < そいつはどうかな!
   ||oと.  U|
   || |(__)J|
   ||/彡 ̄ ガチャ


お断りします
  お断りします
   ハハ ハハ
   (゚ω゚)゚ω゚)
  /  \  \
((⊂ )  ノ\つノ\つ)
   (_⌒ヽ ⌒ヽ
   丶 ヘ | ヘ |        カルトは無用!
εニ三 ノノ Jノ J




187 :前世は一在家:2010/06/12(土) 20:35:43 ID:CD5tVRRL
>>168
>「真理」とは、「誰が言っても真理」である。そして、「人間を含む現実界
>の万物」によって「検証」されなければ、「真理」ではない。単なる仮説、
>あるいは妄想である。

皆さんがよくご存じの「四諦」の法をケーススタディしましょう。

なぜ苦しむのでしょうか? →それはその対象に執着するからです。
なぜ執着するのでしょうか? →それは欲心があるからです。

人は欲心があるから苦しむという法(因果の法)が分かり易いですね。
もう既に、現実世界の生活の中で検証されておりますよ。真理でしょう。

他称ご隠居が説かれるように、衣食住足りて健康であれば、それ以上の欲を
出さなければ苦しむ必要はないのでしょう。
もっとお金が欲しい、高級車に乗って自尊心を満たしたい、異性にもっと
もてたいと欲を出す人達を横から客観的に見れば、釈尊の「四諦」の法が
正しいことを検証できるかと存じます。


188 :閻魔大王:2010/06/12(土) 21:14:38 ID:4xiddWMy
>>187
>真理

これって、世俗諦=四諦のことね。

もっとも、サンスカーラ隠居はベタベタ俗物世俗唯物主義だから
四諦なんて批判の対象そのものだろうw
苦・集までは条件付で認めるだろう。
滅・道は居直り批判するだろう。

アキメクラは自分の世界だけが唯一だと強弁するだろう。

>「誰が言っても真理」である。そして、「人間を含む現実界
>の万物」によって「検証」されなければ(>>168)
このようなことは隠居の俗物世俗唯物主義でも不可能だろう。
一定以上のリテラシーを必要とするなら、持たぬものは『誰』の中に入らないからである。
さらに常に二項相対の矛盾がつきまとう。
世俗世界では真理(分別知)は常に「仮設」たらざるをえないのである。




189 :アントニオ・インキョ:2010/06/12(土) 21:39:45 ID:j187gnWw
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。
また、生命は、かえるも蛇はいつも
172 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 12:57:51 ID:o1lZtDTi
まず、釈迦自身のカルト性の分析・解明・批判から始めるべき。
すべてのカルトは、端的には、釈迦とイエスから発生しているのだから。
と唱える。

190 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 21:53:37 ID:LoutcdJs
別に、一在家を擁護するつもりは無いが、
>>187は良い。

私が、なぜ外道呼ばわりされながらも三世に跨る輪廻を軽視するか、
なぜ、未達ながらも伝承を(「涅槃」を(滅諦を))信じ得るか、はここにある。
以前、「相似した、或いはミニマムな事例が「信」の根拠となる」旨を(或いはニュアンスを)記したことがあると思う。
私は、こうした【身近な事象】の、一つ一つの【積み重ね】が重要だと思っている。
≪自らが出会う一つ一つの事象に、
 「確かに縁起している」「この因(縁)によって、この果がある」
 と、一つ一つ頷いてゆく≫こと
を積み重ねて涅槃へ近付いてゆくのだ。(観の一側面でもある筈だ。)

禅宗の頓悟も同じだ。いきなり、唐突に悟るのではない。蓄積・既積なき頓悟なぞ無い。
(「機縁」「機縁が熟す」という言を素通りしてはならない。)
たわみにたわんだバネが一気に伸びるように、熟した果実が落ちるように、そのように、
重ねた行、煩悶、大疑の果ての一条の光だ。
ギリギリまで張り切った風船だからこそ、羽毛が触れただけで割れるのだ。
ゆるゆるにたるみ切った風船は、踏みにじっても割れることは無い。
(ここに気付かない野狐禅の輩の何と多いことか・・)
私が中論に距離を置く理由もここにある。
純化された「理」としては素晴らしい。だが、それだけでは陳列ケースの向こうの宝石でしかない。
どんなに「理」に通暁しても、そんな縁起に説得力は無い。「信」のきっかけにすらならない。
一つ一つの(事象の)縁起(に気づくこと)こそが、「きっかけ」足り得るし、
その積み重ねが、【頷き】を(「信」を)担保してゆく。(全てが縁起性であることを確かなものとしてゆく。)
そうした積み重ねこそが、
≪自身が縁起するもの(存在)であること(無常であり無我であること)≫を頷かせてゆくのだ。

隠居のような浅薄な相互依存なぞ片腹痛い。

191 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 22:48:43 ID:o1lZtDTi
>>190
>そんな縁起に説得力は無い。「信」のきっかけにすらならない

それは誤解である。「真理」とは、「一切衆生の衆生心」に「既に」存在するもの
である。1個人にではない。従って、余計な説得力も、「信」も必要としない。

1個人の「目から鱗」の思想は、常に胡散臭いと考えてよい。一切衆生が1個人
の思想に拘束されるとしたら、それは「精神的奴隷状態」以外の何物でもない。
創唱(世界)宗教の歴史が、如実に証明するところである。

192 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 22:50:07 ID:LoutcdJs
ふと、繋がってるなと思ったので、
>>190を、暫定的に↓への答えver.1としておく。
卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ 【臨時 避難所】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/706

重ねて言うならば、「ああ、そうか」の集大成が法眼であろうと思う。
で、【「我々“凡人”」は、《『喉元過ぎれば熱さ忘れる』を、完璧に実行し続ける》人種である】ということさw
(勿論、禅なり他なりで言われる「小悟」は、
 《そうした「ああ、そうか」》よりも強く、残存し易いもの(或いはその暫定的集積)を指すわけだが・・。)

けど、いつも通り棚上げして言えばw、
そこであきらめずに、
《『小さな「ああ、そうか」を重ねていくこと』を根気強く継続させることが必要・重要》なんだろうと思うよ。
我々は諸法に囲まれているし、(いや、我々こそが諸法そのものだし)、
その諸法実相を観、たとえ極一部からでも、頷いていくことが、
仏陀の背中を追うことになるんじゃないのかな・・。

193 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 22:53:53 ID:LoutcdJs
>>191
(案の定?w)勘違いしているようだなwww

190は、釈迦なんかどうでもいいw。
≪自分自身を観察することによる、自分自身が《縁起して「ある」》ことへの気付き≫
を言ってるだけさ。


つか、お前、日本人じゃないだろ?
全然日本語が読めてねーじゃんwww

194 :アントニオ・インキョ:2010/06/12(土) 22:55:38 ID:j187gnWw
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。
また、生命は、かえるも蛇はいつも
191 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 22:48:43 ID:o1lZtDTi
>>190
>そんな縁起に説得力は無い。「信」のきっかけにすらならない

それは誤解である。「真理」とは、「一切衆生の衆生心」に「既に」存在するもの
である。1個人にではない。従って、余計な説得力も、「信」も必要としない。

1個人の「目から鱗」の思想は、常に胡散臭いと考えてよい。一切衆生が1個人
の思想に拘束されるとしたら、それは「精神的奴隷状態」以外の何物でもない。
創唱(世界)宗教の歴史が、如実に証明するところである。
と唱える。

信じていいのはインキョ=生命のみである。

195 :アントニオ・インキョ:2010/06/12(土) 22:58:20 ID:j187gnWw
生命唱えてますっかぁっ!!!!
生命唱えれば何でもできる!!

生命そのものは、インキョである。
生命はいつも、釈迦とイエスは精神病と唱える。
かえるも蛇もすべて生命はいつも釈迦とイエスは精神病と唱える。

故に、インキョ=生命=現実界において
人間の精神作用、認識、脳活動、学習機能は不要である。
宗教は生命がないと不可能故に。
生命だけ唱えれば全て解決するのである。

196 :アントニオ・インキョ:2010/06/12(土) 23:00:02 ID:j187gnWw
隠居には学習機能は不要である。日本語読む必要はないのである。
生命唱えていいればいいのである。

197 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 23:00:31 ID:o1lZtDTi
>>192
>仏陀の背中を追うことになるんじゃないのかな・・。

「釈迦1個人の狭い背中」は、「一切衆生」でも「諸法実相」でもない。むし
ろそれらの対極にあるもの。とんでもない勘違い。




198 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 23:11:22 ID:LoutcdJs
他の人には悪いが、
縁起一代が去っちまうとレスのし甲斐が薄れるな・・・w
やっぱり、自分の上位から苦言が呈されることは大切だな・・。
(つか、2chでそれを感じるとは夢にも思わんかったがwww)



>>197
ほうwww
お前さんは、釈迦を『人間』じゃないと考えているわけか?w

>それらの対極に
では、何だとお思いで?w

お釈迦さんは機械伯爵だったとでも言うつもりかい?wwwwwwww

199 :前世は一在家:2010/06/12(土) 23:40:56 ID:CD5tVRRL
>>191
>それは誤解である。「真理」とは、「一切衆生の衆生心」に「既に」存在するもの
>である。1個人にではない。従って、余計な説得力も、「信」も必要としない。

「衆生心」が法華経に記載の「仏性」や、旧約聖書に記載の神の似姿(光の箇所)
であり、全ての人は仏になり得る(神格化し得る)という共通の真理(法)なの
ではないでしょうか。
他称ご隠居は「衆生心」を「生命」と唱えておられるのでしょう。

その真理(法)は釈尊がいようがいまいが、イエスがいようがいまいが悠久から
人類とともに存在するのでしょうが、それを衆生に分かり易く伝えて下さった
方々を聖者とお呼びしても宜しいのではと存じます。


200 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 23:43:01 ID:eDBaoZKt
クソスレ
200get!

201 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 23:51:52 ID:o1lZtDTi
>>198
双極性障害患者の釈迦に対する執着が過ぎるぞ。その煩悩を何とかせよw。

>>199
既に自己の中にある真理は、他人から教えられるべきものではない。無意識に
それに従って生きるべき肉体的本能。意識したり、教えられたりした途端に、
観念化、抽象化、精神化され、変容・破壊されてしまう。イエスが「唱えた」
愛が、その好例。

202 :神も仏も名無しさん:2010/06/12(土) 23:59:58 ID:LoutcdJs
>>201
やっぱり、お前日本人じゃないだろwww

>>192の「仏陀の背中」は、ゴータマ・シッダッタ個人の背中を超えて、
『縁起する諸法を見る視線を徹底すること』を指してるわけさ。
なぜ、ワシが普段使わない表現(「仏陀(仏陀)」)をしたと思う?w ん?www

また、197で「諸法実相」を釈迦個人と結びつけるお前の感性の方が異常だw
つくづく、愚かだよ。お前は・・・。
もし、中高生でないなら、マジで痴呆寸前の御老体なんだろうなw 同情するよwww

203 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/13(日) 04:11:36 ID:lNVMyMfv
大変、遅くなりましたが、一応これで
進化の法則についての神智学的理解に対するご質問への返答としたいと思います。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1239017285/814-815


204 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 04:44:44 ID:6P6OrPo2
釈迦って面倒なもの残してくれたね

205 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 04:45:33 ID:WPJPwmjl
>これは、「そうなってるのだから、ショウガナイ!」とでも、他にいいようがありません。

そういうところがやっぱ宗教だね。宗教の宗教たる所以が語られた後、
創造神話が続く。鉄壁だ。

206 :前世は一在家:2010/06/13(日) 06:28:17 ID:OGB3bK/g
>>205
>そういうところがやっぱ宗教だね。宗教の宗教たる所以が語られた後、
>創造神話が続く。鉄壁だ。

旧約と同様に啓示とはそのようなものでしょう。

みすぼらしい預言者が馬鹿にされたり、殺されたりしないように、神は
預言者に奇跡や癒しの能力を与えられます。

モーゼもイエス様も奇跡を行い、人々を救いつつ、福音をのべられたと
伺っております。

もと王子だった釈尊も、最初の説法の時はみすぼらしかったかと思料します。


207 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 13:15:27 ID:zVrjbJx+
・・・・・・宝珠に、在家に、ご隠居よ、
神智学とか、キリスト教とか、マヒカリとか、生命教とかを、
「自分が」信仰するのは好きにするがいいさ。
だけど、その教義を「隠された真実だ」とか、「他の人間が理解できないだけで、コレが真理」とか言って、
普遍的真実であるかのように語って、布教するのは止めないか?

百歩譲っても、ここは仏教議論スレなんだから、仏教の話をしようぜ。


208 :詭弁の特徴のガイドライン:2010/06/13(日) 14:00:48 ID:QC33/8ar
http://bio-diversity.hp.infoseek.co.jp/kiben.html

209 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 14:22:52 ID:B8HfVZ0o
>>193
>つか、お前、日本人じゃないだろ?

「東南アジア」の宗教である小乗仏教(釈迦仏教)などを信じている君こそ、
日本人ではない。

210 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/13(日) 14:30:07 ID:lNVMyMfv
>>207
世の中には、仏教用語を多様した非仏教(唯物論)もあれば、
仏教用語を使用せずとも仏教の核心をつくものとがある。

>百歩譲っても、ここは仏教議論スレなんだから、仏教の話をしようぜ。

努めますm(__)m

211 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 14:39:48 ID:VgB/LArA
>>209
>日本人
日本は神の国である。
日本人は天皇を中心とする文化と伝統の根源である天照大神を信仰する。

だからおいらは日本人ではない。
宇宙ロケットから地球を見れば国境はない(らしい)。
勝義から還滅すれば日本人はいない(らしい)。

212 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 15:35:56 ID:joQJCct5
>>210
姑息だなw

なぜ、前者の >仏教用語を多様した非仏教 の後には()書きで「唯物論」を入れながら、
後者の >仏教用語を使用せずとも仏教の核心をつくもの には、そうした註をしないんだ?

ほんとは書きたかったんだろ?w ()書きで「神智学」とwwwww

>仏教用語を多様した非仏教 なんてのは、唯物論だけじゃなく、
(てか、『唯物論』が仏教用語を多用しているようには見えないわけだが・・w)、
掃いて捨てるほど存在してると思うがね?
その中で、極々少数のみを()書きで注記する意図は何だい? (´ー`)y━~~

213 :前世は一在家:2010/06/13(日) 15:56:33 ID:OGB3bK/g
>>207
>百歩譲っても、ここは仏教議論スレなんだから、仏教の話をしようぜ。

法華経では「仏は常住」と説かれ、中論では「仏も縁起」。
原始仏教では「仏は宇宙劫の頃から存在」なので「常住」に近い
かと認識しております。
浄土系の菩薩も「衆生済度」を発願して、涅槃に入らずに輪廻を
繰り返すと伺いますが、常住に近いのでしょうか。

これってシンプルな仏教の話ですが、貴兄の見解は如何でしょうか?


214 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 16:18:00 ID:B8HfVZ0o
>>213
「すべては空・縁起」なのに、「仏」だけは常住なら、矛盾だね。

仏教者は、どう考える?

215 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 16:45:12 ID:joQJCct5
>>214
無視すれば宜しい。
法華経に於ける「常住」の意味合いのみ、吟味の価値はあるが、他は無視しても構わん。

214での例の出し方は、
道端のタンポポについて、
『去年咲いていた場所と同じ場所に咲いているからタンポポは常住だ』
と言っているようなもの。くだらなすぎる。

216 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 16:46:17 ID:joQJCct5
すまんw
 『 213での例の出し方 』 だったw

217 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 18:12:34 ID:Ng1DL4ZJ
当方、「仏教を勉強したいなー」と思い始めた者です。
仏陀が語っていたであろうことを易しく解説した本と、ナーガールジュナの論理を
解りやすく解説した本でお勧めの本があれば教えて頂きたく思います。

218 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 20:44:26 ID:joQJCct5
>>217
岩波文庫(青)「ブッダのことば」「ブッダの真理のことば・感興のことば」
(安いし、どこでも手に入るし、入り口としては定番ってことでw)

中論はよくわからんが
このスレシリーズに梶山雄一さんのを勧めてる人がいた。
(同一人物のレスと思われるので以下。石飛さんについては賛否両論。)
 【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】
 82 神も仏も名無しさん 2009/01/03(土) 16:31:06 ID:YUl8W6GN
 >> 79
 それは失礼しました。それでは日本語の概説書をご紹介いたします。
 石飛道子『ブッダと龍樹の論理学』
  これは非常に優れた解説書で龍樹菩薩の見解が如何に釈尊の教えに沿っているかを明解に解き明かしています。
  ただし、それが所謂、後代の中観派と全く一致するかどうかは疑問です。
 梶山雄一『空の論理』角川文庫ソフィア
  この第一部も優れています。中観派とは何かという概説にはぴったりです。
 梶山雄一『中観思想』春秋社
  この諸論も参考になると思います。

あと、ダライ・ラマも(一部だけだけど)出してるみたいだよ。
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章』大蔵出版
ttp://www.freeml.com/bl/6894599/40607/

219 :前世は一在家:2010/06/13(日) 21:04:03 ID:OGB3bK/g
>>217
>ナーガールジュナの論理を解りやすく解説した本でお勧めの本があれば教えて
>頂きたく思います。

「龍樹」中村元(講談社)も読み易いです。

クマラージュ訳の「龍樹菩薩伝」の概要も分かりますし、龍樹の破邪の論理
にて「八不」を証明した経緯とプロセスも理解できます。


220 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 21:44:57 ID:VgB/LArA
>>190
>一つ一つの(事象の)縁起(に気づくこと)こそが、「きっかけ」足り得るし、
>その積み重ねが、【頷き】を(「信」を)担保してゆく。(全てが縁起性であることを確かなものとしてゆく。)

なにトロイこと言うてんの。頭でっかちの分別知まみれ。チキン野郎ですねえw
そんなできの悪い銀行屋みたいな担保の確認検証は、あとでもええがな。
自分で悟りのハードルをむやみに上げて、悟りを大事業化しているw

⇒看よ 看よ 臘月尽く
とにかく悟りが最初でしょ。
先ず、大死一番、眼をつぶってでも死んだ気になって向こう岸に飛ばないと(ジャンプ!)手間がかかってしょーがないし、手間をかけてもしょうがない。

仏教はとにかく先ず無我の悟りに達して視座を一変させ、苦しみや悩みから解放されて慶安にいきる教えです。
長年の苦労のお駄賃ではありません。また銀行屋ではありません。

人間なんて情緒がほとんどですから、悟りにはこのスレみたいな知性(頭でっかち)なんか全然役に立ちません。
人間を決定するものは行為です(スッタニパータ650〜655)。
悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのです(ウィリアム・ジェームス)。
だから、先ず心静かに悟ったように(何ものにも捉われずに)行動するから悟りに至れるのです。
無我の出世間のまなざしで、世間の只中で新しく慶安に生きなおす。それだけです。
大死一番、なにがなんでも先ず悟る。仏教の極意、ショートカットです。

中論は堕落した屁理屈屋のスコラ連中を屁理屈で殴り倒すために書かれたのですから、
そんな屁理屈を判らなくとも、悟りには関係ありません。



221 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 21:59:03 ID:joQJCct5
>>220
頭でっかちは認めるがw、
そういう『ジャンプ志向』も大嫌いなんだよ、ワシはw

で、
>仏教はとにかく先ず無我の悟りに達して視座を一変させ
具体的にどう為さるので?
中論読んだら『ジャンプ』できるんですか?wwwww

222 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 21:59:54 ID:tk5wOW5a
>>217

私も初心者ですが、中論の「やさしい解説」など期待しないほうがよいと思うw。
「超高度の大哲学」です。頭のトレーニングには最適。

「大乗仏典」(中村元編、筑摩書房発行、定価¥4000)
(中論、法華経、維摩経、華厳経、理趣経、大乗起信論などをを含む、代表的
な大乗仏典12件が網羅され、中村元氏による各経の解説と、高崎直道氏によ
る「仏教用語の手引き」が巻末にあり、これで¥4000円とは安い。)。

同じく中村元編の「原始仏典」(定価¥3700)も、同社から出ています。

223 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 22:04:01 ID:joQJCct5
>>220
そうそう、そういう『ジャンプ』大好きな御仁が
このシリーズにもいらっしゃいましたね。
なんて言いましたっけ・・。 ほら、あの・・
つくお・・・つくえ・・、机・・龍乃進でしたっけ?w

224 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 22:19:15 ID:VgB/LArA
>>221
>頭でっかち

だからあなたは不良債権まみれの神秀路線でがんばってください。
タンポ、タンポはなんでしゅか?

>具体的にどう為さるので?
それが中途半端に頭がいい(と思っている)お方の反応。
俺が、俺が、俺が・・・・・どうすれば、どうすれば、どうすれば、・・・

>大嫌いなんだよ、ワシはw
無分別智の直覚には遠いですねえw

おきばりやす



225 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 22:24:48 ID:ojREBQVT
>>224 横レスだが、お宅はくるスレを間違ってるぞ

>【仏教】悟りを開いた人のスレ81【天空寺】

ここがいいよ。 お宅みたいな人の集まりだから、
きっとお仲間がたくさんいて楽しいと思うよ。

226 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 22:29:06 ID:joQJCct5
マジレスもしとこう。

>>220
>長年の苦労のお駄賃ではありません

どうやら勘違いしているようだが、
【苦労を重ねて】ということではないぞ。
科学者が実験結果を積み重ねて、確実性を高め、不備無き論として打ち立てるようなものだ。
たった一回の実験結果だけで、臨床に回せるかい?
【それを検証する必要】があるんじゃないかい?
どっちにしろ、一つ一つの縁起に頷く事無しに、苦諦も集諦もない。
仮に、
中論の或る一偈があったとして、それを読んで「ああ!そうか!」と一発ジャンプしたとしよう。
けど、それが嘘っ八だったらどうする?「ああ・・間違いだった・・・」ってことはありえないことじゃないぞw
(新興宗教系でもジャンプしてる奴は沢山居るだろ?w
 で、「ああ・・間違いだった・・・」という奴もいるだろうよw)
また、
【なぜ、ジャンプできた】のだと思う?【なぜ、その偈が理解できた】のだと思う?
【なぜ、その偈に頷く事ができた】のだと思う? ん?
【その偈を理解できる準備ができていた】からに他ならないんじゃないかい?
君は、初めて聞く外国語の一節で、その内容を瞬時に理解できるのかい?
また、もし、【後から確認し、理解を裏付けてゆく】と言うならば、
それは、「信」が前提となっているに他ならない。 言い方を変えれば、
【(そのシステムや実際、本当にそうかどうかは今はわからないけど)
とりあえず「三世に輪廻する」ことを信じて、後から行じることで確認してゆく
(≒宿命通の獲得まで待つ)姿勢】と何も変わりゃしないwwwww

227 :220の奇跡ww:2010/06/13(日) 23:10:02 ID:t5cIBTdb
220は久しぶりの、まともやなあ。
屁理屈クソパーティーだからなあ、ここはw

228 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:14:30 ID:joQJCct5
>>227
あれを「まとも」とかwww

だからお前は似非だと言うんだw

229 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:18:46 ID:ojREBQVT
>>227  「悟りごっこ」がやりたいなら、そういうスレでやれば良い。

230 :220の奇跡w:2010/06/13(日) 23:21:51 ID:t5cIBTdb
がはははは、悟りごっこで隠居の玩具になっている程度者達はかわいいねえw。



231 :220の奇跡w:2010/06/13(日) 23:24:17 ID:t5cIBTdb
頭でっかちでも、程度モノだからなあw
非実用概念遊びだからなあw



232 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:29:38 ID:ojREBQVT
>>231  うんうん、そうだね。そのとおりだね。
あなたは「悟って」いるんでしょ?
だったら、こんなとこにいないで、あなたにふさわしい場所にいったら?
隠居と遊んでる、頭でっかち見ててもしょうがないでしょ?

233 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:30:45 ID:joQJCct5
(2chに限らず)沢山居るんだよな・・。
野次だけ入れて、自分は程度が高いと錯覚・慢心する(野次を入れている自分に酔ってる)奴が・・w

234 :前世は一在家:2010/06/13(日) 23:35:12 ID:OGB3bK/g
>>226
>中論の或る一偈があったとして、それを読んで「ああ!そうか!」と
>一発ジャンプしたとしよう。
>けど、それが嘘っ八だったらどうする?「ああ・・間違いだった・・・」
>ってことはありえないことじゃないぞw

>>222
>「超高度の大哲学」です。頭のトレーニングには最適。

「八不」以降は大哲学だと、私も認めております。
ただ、「八不」の「不去」や「不生不滅」の証明が相対的に脆弱です。

説一切有部の説を言語論理世界(バーチャル)で否定しただけで、
リアル世界でポジティブに証明したのではないことは、龍樹ファンの
一部も気付いております。

もし有部が「去るものは去らない」と説いていたら、龍樹はやっぱり
破邪の論理にて否定するかと思料します。

「そうか!運動も時間もないんだ」と感激して一発ジャンプしても
釈尊の「因果の法」の掌の上ということに気付くかも。

釈尊は悟った後、35年間?根気よく四諦と八正道の法を説いて
参りました。
一つ一つの事象の因果の法に気づくことを積み上げていき、釈尊への
信を担保していくというアプローチは現実的(リアル)でしょう。


235 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:38:17 ID:VgB/LArA
>>226
ここは言葉を紡ぐのに苦慮しますねえ。

既成概念で凝り固まったこのスレの大部分のお方にはあなたの趣旨通りですよ。
>【その偈を理解できる準備
とはなんでしょう?仏典の膨大な勉強でしょうか。
理解できない状況とは何でしょう?
ものごころついて以来の既成概念(妄想)=我執でしょう。
既成概念が薄い幼子のほうが悟りが早いでしょうね。
あるがままを覆っているのは、人間側の既成概念です。
既成概念を振り捨てる=心身脱落するためには、
それこそ死んだ気で飛んで、掴むしかないのでしょう。
頭でっかちのチキンなお方には、やはりこれは超えられない壁ですから、
他の道を探されるのがいいと思います。
ブッダの悟りが唯一絶対でもないでしょうし、不必要な方もおられるでしょう。
隠居や宝珠の方法で慶安に生きられるなら、それでもいいでしょう。

ただ、ブッダの悟りが苦しみの超克として最も安楽な方法ではないでしょうか。



236 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:39:23 ID:ojREBQVT
哲板にも宗教板にも、腐るほどいるよ。

そして自称、悟った君は皆、同じことを言う。
「捨てるんだよ。自己も含めて全て捨てるの。」
「捉われちゃダメなの。全ての執着を消すの。」
「自分?  そんなものはない。」
「観察するんだよ、自己をね。」

そして、批判されると青筋たてて反論する。
たいした「悟り」だ。

237 :220の奇跡w:2010/06/13(日) 23:40:05 ID:t5cIBTdb
がははは、隠居と同じく勝利宣言で優位妄想の巣に入る。
こういうゲームがこのスレの議論の中心やなあw

238 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:41:49 ID:tk5wOW5a
>>234
>釈尊は悟った後、

それこそ、何ら証明されていない。あくまで、釈迦の「自称」。

君は、詐欺師の自称を信じるのかねw。

239 :217:2010/06/13(日) 23:46:38 ID:Ng1DL4ZJ
>>218 >>219 >>222
早速の丁寧なご回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

240 :220の奇跡w:2010/06/13(日) 23:48:42 ID:t5cIBTdb
隠居の思考は、このスレの連中と等しく言語を絶対化し言語に固執して言語に帰り。
238で隠居は
>釈尊は悟った後
と言う言語に固執して、自己の言語解釈を絶対化した上で
>あくまで、釈迦の「自称」。
君は、詐欺師の自称を信じるのかねw。

と言う結論になる、

隠居に餌をやってしまうサイドも言語化し過ぎで、
食らいつく隠居も言語化で判定。


241 :神も仏も名無しさん:2010/06/13(日) 23:53:50 ID:ojREBQVT
>>240 あのなあ、ここは掲示板。
よって自己の見解を表すなら「言語」という媒体を使用するしかないの。
それが嫌なら、なにも書き込まず、唯、ロムっていればよろしい。



242 :前世は一在家:2010/06/14(月) 00:08:13 ID:HWSZpqQ7
>>238
>>釈尊は悟った後、
>それこそ、何ら証明されていない。あくまで、釈迦の「自称」。

正しい法の場合は実践すれば何らかの果がでます。
果が出れば信を深め、更に修行に励みます。
修行する先輩達の姿を見て、入門者も増えて参ります。
それが因果の法でしょう。
正しい法を説いた師Aは多くの弟子達に看取られます。

一方、一人の弟子にも看取られずに去った修行者Bもいるでしょう。

二人のいづれが説いた法が正しかったのか、何ら証明されていない
と主張される方に、本当にそう思いますか?と、お節介でしょうね。

同様に「汝の神は唯一絶対神なるぞ」という啓示も神の自称です。
この場合は神の預言者に対する守護力(奇跡や癒しの力)によって
検証するのが妥当だと思料します。

神通力を目的にする必要はないですが、真理(法)を説く者を
似非預言者と識別する為の方便にはなるでしょう。


243 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 00:20:34 ID:NGZi0AsC
>>235
はあ・・・  ┐(´ー`;)┌   ほんとに頭悪いんだなw

>ものごころついて以来の既成概念(妄想)=我執でしょう。
>既成概念が薄い幼子のほうが悟りが早いでしょうね

≪【今現在の自分】が【我執に捉われている】ことに気付かずに、どうして我執を離れ得ようか≫。
お前も、精霊大王も、机と一緒だ。
いいかげん、禅的言辞の酔いから目を覚ませ。

「我執を無くせ。潰せ」と教えられた時、
【自分に、どのように我執があり、どのように捉われているか】
【自分が(後生大事に)抱えている「我執」とは何なのか(自分のどこが指摘されているのか)】
判らない者が我執を離れ得るとでも? チャンチャラおかしい。

お父さんが、「雨の日の自転車は危ないよ」と言った。
・「そうか、危ないのか。ゆっくり慎重に運転しよう」
・「しまった!コケた! こういうことか!」
違いが解るかい?
前者が、「危険度のレベル」を語れると思うかい?具体的にどう危ないかを知っていると思うかい?
また、前者が「なぜ危ないか」を語るのと、後者が「なぜ危ないか」を語るのと、同じだと思うかい?

君らは禅にカブレてるんだろ? 「冷暖自知」を無視するのかい?

いいか、『諸法は(一切は)縁起する』と言われた時、それを頷く(≒直覚する)には、
複数の事例が必要なんだよ。或る一つの事例で頷いたとして、もしかしたら、その例だけかもしれないのだから。
(宝珠や在家は、この間隙を突いて、常住だとか無為なる意識だとかほざいてるわけだ。)
複数の事例が既に経験されているから、
≪『おしえ』が“それら”に適合することに気付かされて、頷き(≒ジャンプ)へと繋がる≫んだよ。

『赤子は悟ってる論』はうんざりだ。
「悟りごっこ」とは、よく言ったもんだw

244 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 00:31:16 ID:NGZi0AsC
ったく・・。
机が来なくなったと思った所に、類似品が湧いて出やがった。
反吐が出るわ・・。


ノシ

245 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 00:35:24 ID:SC9qtVfw
赤子のもの覚えがいいのは、社会の成員となるべく
急造で既成概念を身につけようとしてるからじゃないか?

母語や所属文化、アイデンティティのノリで仏教の知識を身につけたところで
「ガチ仏教国の子ども」に毛が生えたくらいの違いしか出ないんじゃなかろうか。

246 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 03:17:30 ID:rYNX7ROR
>>245
宗教も、人間の生活現象の一つとして、それが属する生活圏の、歴史、風土、
在来宗教、民間宗教、文化の影響を大いに受ける。釈迦仏教自体も、東南アジ
アの小乗仏教も、例外ではない。

日本は、大乗仏教の国である。

外来仏教の継受は、すべて翻訳によって行われる。民衆には、死語や古語を
学ぶような暇人はいない。現代外国語を自由に操れる者の割合さへどの程度の
ものかを考えただけで、自明である。

247 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 06:39:31 ID:XIXdGhWu
>>244
>反吐が出るわ・・。

反吐が出るほどに、あなたは我執が強いということです。
この点では>>246の隠居と変わりがない。

>ノシ



248 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 08:03:53 ID:NGZi0AsC
>>247
ふむ。当たってるなw
否定はせんよ。

ノシ

249 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 10:44:53 ID:BJQRPNMo
>>247
我執というなら、「自分の」苦にそれほどまでに執着した釈迦や、その釈迦や
「自分の」悟りや解脱に執着しまくる仏教徒が一番。修行者の我執の姿を見よ。

圧倒的大多数の生活者は、そんな無意味なものには執着しない。

250 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 19:58:18 ID:DGgGv5Yl
>>249
確かに、仰せの通りでしょう


251 :前世は一在家:2010/06/14(月) 23:16:34 ID:kNCl2rnW
>>249
>我執というなら、「自分の」苦にそれほどまでに執着した釈迦や、その釈迦や
>「自分の」悟りや解脱に執着しまくる仏教徒が一番。修行者の我執の姿を見よ。

貴兄はなぜ釈尊がそれほどまでに「苦」にこだわったのか一度でも考えましたか?

釈尊は菩薩の時に衆生救済の為の法を悟られたということでしょう。
換言しますと、釈尊は自分自身の為に「苦」にこだわったのではなく、
衆生済度(人類救済)の為に「苦」にこだわったということです。

その根拠として、「四諦」の法を悟った釈尊は涅槃に入らずに、35年間も
地方を歩き回って「四諦」と「八正道」を説いて回られたという行為、実践
されたという事実をあげましょう。

貴兄が仮説したように自己中心者であれば、35年も地道に辻説法を正精進
されるはずもないことは正見、正思惟にてお分かりでしょう。

それではFIFAに入ります。


252 :神も仏も名無しさん:2010/06/14(月) 23:37:11 ID:NGZi0AsC
>>251
>「四諦」の法を悟った釈尊は涅槃に入らずに

また、嘘八百を書き連ねやがって。

菩提樹下の成道から般涅槃までの45年間、
釈尊は涅槃を見続けたんだよ。
(レトリックとしての表現上なら)「涅槃にあり続けた」んだよ。呆け茄子が!

んとに糞野郎だな・・。
性根の腐り方では、宝珠とお前が東西の横綱だわ。(隠居の方がまだ純粋かもしれんwww)


気分悪い。 寝る ノシ

253 :前世は一在家:2010/06/15(火) 00:00:26 ID:dJkU/ala
>>252
>菩提樹下の成道から般涅槃までの45年間、 釈尊は涅槃を見続けたんだよ。

そうですね。
宇宙劫のかなたから涅槃に入っていたのに輪廻して、7回目の成道を演じてまで
釈尊は衆生済度をされたということでしょう。

7回目は45年間の説法と弟子の育成でしたか。


254 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 01:01:02 ID:1Xgrmuzb
>>251
>換言しますと、釈尊は自分自身の為に「苦」にこだわったのではなく、
>衆生済度(人類救済)の為に「苦」にこだわったということです。

釈迦が「異常に」苦にこだわったのは、精神医学的には、彼の双極性障害(躁うつ病)
故の、極度の抑うつ感、苦悩感、厭世感からである。
衆生は、釈迦と同様な精神病者を除いては、それほど異常に苦にこだわってはいない。
「苦あれば、楽あり。楽あれば、苦あり」という「真理」を悟り、どんなに苦しい時
でも、常にささやかな喜びを見出し、懸命に生きてきた。苦も、生存に不可欠な心的
現象であることを、少なくとも無意識的に知ったいたのである。
また、釈迦の感じた苦は、何不自由ない生活からの、純粋に精神的な苦である。
衆生の物質的不足による苦は知らない、「贅沢病」「我侭病」の一種である。純粋に
精神的な苦は、我執を離れて、家族などの身近な他者に心を移すことにより軽減・除去
される。釈迦は、このことには思い至らなかった。極度の物質的不足から生じる苦の除
去は、物質的充足以外には方法はない。不思議なことに、釈迦の苦には、衆生の最大の
苦である「貧」からの苦が含まれていない。生死に係わることだから、「貪欲」などで
片付けられる問題ではない。
釈迦が説教を続けたのは、己や弟子の生活のためではなかったのか。説教を続ける限り、
托鉢がもらえるから、食うには困らないからである。昔も今も、宗教は、「職業の一つ」
であることを、忘れてはならない。すべては、動物の一種としての人間の「肉体的生存」
のためである。にも拘らず、宗教が生命を以って生命を否定するという倒錯に陥っている
点において、他の職業とは異なる。

255 :前世は一在家:2010/06/15(火) 06:38:20 ID:y2R5ze98
>>>254
>また、釈迦の感じた苦は、何不自由ない生活からの、純粋に精神的な苦である。
>衆生の物質的不足による苦は知らない、「贅沢病」「我侭病」の一種である。

>釈迦が説教を続けたのは、己や弟子の生活のためではなかったのか。説教を続ける限り、
>托鉢がもらえるから、食うには困らないからである。

貴兄は論理矛盾しておられますよ。

譬話をしますと、贅沢病のビルゲイツが慈善活動をするのは、食うに困らないからです、と
言っているようなものでしょう。

釈尊も悟った後に王家に戻って教団でも作るほうが食うに困らず、贅沢できたかも。


256 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 10:43:00 ID:FdNs4isb
>>255
>貴兄は論理矛盾しておられますよ。

ビルゲイツの慈善活動は、税金対策と巨大な富に対する世間からの非難を避け
る目的もある。しかし彼も、成功前には、衆生の苦しみを味わっている。

釈迦は、衆生の苦しみを味わったことはない。城門から一歩外に出て、初めて
見る衆生の世界にショックを受けただけ。

釈迦は、両親が泣いて頼むのを振り切って家出し、両親や妻子を苦しみと悲しみの
どん底に陥れるという罪を犯している。人間としての基本に反している。さすがに
帰るに帰れなかったのだろう。しかも、釈迦族は滅亡した。

前レスでの、「職業としての宗教の異常性」に付け加えれば、宗教は、まず、
根拠のない苦や罪の概念を植え付け、それからの解脱・救いという、「脅迫と
甘言」によって営利を得ているということだ。「脅迫と甘言」が、創唱宗教の
本質である。いずれも、人間の生存を害する行為、即ち「悪」である。他の職業
は、すべて、「人間の生存を助ける行為」という「善」である。

257 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 17:20:17 ID:8KSuTLHL
>>254
>不思議なことに、釈迦の苦には、衆生の最大の苦である「貧」からの苦が含まれていない。
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/203
 (http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1252710272/323


>すべては、動物の一種としての人間の「肉体的生存」のためである。
>にも拘らず、宗教が生命を以って生命を否定するという倒錯に

つ四つには正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり


>>256
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/203
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/229
仏教 議論スレッド
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/445
【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1258416210/349

258 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 17:27:59 ID:8KSuTLHL
>>253

 >>251「>釈尊は涅槃に入らずに」
 >>253「>宇宙劫のかなたから涅槃に入っていたのに」

どっちだよw
(聞き方を変えた方がいいか?w 「どっちが方便なんだ?」)

259 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 19:52:39 ID:8KSuTLHL
〔権威には依存しない&中村元は小乗支持者で、大乗の理解は浅いが中論の理解者〕

仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/105
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/106
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/107
仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/45

260 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 19:56:52 ID:8KSuTLHL
〔御隠居ループ俯瞰図〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/487(翻訳・文献)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/495(苦)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/496(苦)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/526(開祖批判)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/527(開祖批判)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/528(開祖批判)
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/530
 ※「苦」に関する隠居とのやりとり若干のおまけ(仏教 議論スレッド その2)
   http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/17
   http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/18

〔文献(原文)や過去の解釈、或いは別の読み方無視の俺様基準〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/268
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/271
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/272
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/283
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/284
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/336

〔質問箱での話題は現代日本仏教及び大乗仏教に限る?―南方仏教・チベット仏教・小乗仏教・原始仏教は出て行け!―〕
仏教 議論スレッド
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/20
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/21
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/514
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/643
 (http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/651前段)
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/56

261 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 21:10:30 ID:EEs93ENU
>>256
「涅槃に入る」という言葉自体が、現実上の意味不明な無意味な言葉だから、
いくら問い詰めても無駄だよw。

262 :対御隠居まとめ:2010/06/15(火) 21:27:27 ID:8KSuTLHL
〔御隠居ループ俯瞰図〕
仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/260

〔生命教―その宗教的構図―〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/62

〔最大カテゴリとしての「苦」について]
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/203

〔御隠居のスタンスもまた、或る側面では「人の《生き方》」としてアリ〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/63

〔平行線―価値観の多様性拒否―〕
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/257

263 :対御隠居まとめ:2010/06/15(火) 21:30:55 ID:8KSuTLHL
〔世俗の言語慣習にもとづかなければ
 ―サンスクリット語の原文には「言語」などという意味は皆無―〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/58

〔文献(原文)や過去の解釈、或いは別の読み方無視の俺様基準〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/108

〔権威には依存しない&中村元は小乗支持者で大乗の理解は浅いが中論の理解者〕
仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/259

〔○○即××―単純イコールでは済まない理由―〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/59

〔質問箱での話題は現代日本仏教及び大乗仏教に限る?
 ―南方仏教・チベット仏教・小乗仏教・原始仏教は出て行け!―〕
仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/260

264 :前世は一在家:2010/06/15(火) 22:43:38 ID:kweUQLu9
 >>251「>釈尊は涅槃に入らずに」
 >>253「>宇宙劫のかなたから涅槃に入っていたのに」

>どっちだよw
>(聞き方を変えた方がいいか?w 「どっちが方便なんだ?」)

>>251は「涅槃」は間違いです。

>>253 「現世で涅槃入りした」というのが方便で、法華経でも
長部経典でも「宇宙劫のかなたから涅槃に入っていた」という
点で文献上で一致しております。 
まあ、これも方便でないという確証はございませんが。


265 :神も仏も名無しさん:2010/06/15(火) 23:29:58 ID:8KSuTLHL
>>264
長部のどこですか?




 ※そうだ。(一応↑の流れを受けてはいるが)
  話は変わるが、宝珠は長部15「大因縁経」でも読んでみるといい。

266 :前世は一在家:2010/06/16(水) 06:43:34 ID:3lVNq7BW
>>265
>長部のどこですか?

例えば「七仏」が説かれる「大本経」を根拠として挙げます。


267 :宝珠愚者:2010/06/16(水) 11:42:03 ID:ha/3MEAN
投稿寄生虫(涙)で〜オマw
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/873-875

268 :宝珠愚者:2010/06/16(水) 11:44:41 ID:ha/3MEAN
間違えました...
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/873-876

269 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 16:04:50 ID:TQE7Eu/e
>>266
だろうと思ったよw (過去、何度も繰り返してたからな・・w)
ツッコもうかとも思ったが、珍しく(?w)宝珠がまともなレスを入れてるので代用。
長部14「大因縁経」(漢訳名「大本経」)の述べ方は、↓リンク先1・2行目の通りだ。
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/876

あとは、記述の外の部分での解釈になる。
その意味(「拡大解釈・新たな(大乗風)読み」として)でなら、
別に「実は同一の仏であった」と解釈しても構わんが、(ま、普通はありえんけどw)、
【記述上はそうではない】、とだけ言っておく。
また、「法身仏」として考えるにしても同様。
『記述を超えた読み』であることに変わりはない。

270 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 16:12:23 ID:TQE7Eu/e
>>269補。
>また、「法身仏」として考えるにしても同様。

《「法身仏」が、7度「応身仏」として、(衆生の為に)世に出た、としても》 の意。

271 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 16:20:06 ID:TQE7Eu/e
あ、更に・・・。
>>269 3行目 >長部14「大因縁経」 は 「大譬喩経」 の誤り。

何の疑いも無くキーボード打ってたw

272 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 19:11:14 ID:TQE7Eu/e
また規制ラッシュか・・。
今の運営はイカれてるな・・・。

273 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 20:13:56 ID:TQE7Eu/e
いや、何でもかんでも通報する・悪意を持って通報するような住人・通報人が増えた、
とも言えるのか・・。
相乗効果で規制の嵐、と・・・。

(要注意人物に対してということでなくw)、
純粋に、荒らしに対するスルースキルの低下にも一因があるかもしれんな・・。

(裏読みの更に裏読みの陰謀論や、民主や中国・半島絡みという噂も流れてたりするが・・w)

274 :神保哲生と竹内香苗:2010/06/16(水) 21:33:58 ID:SNxzzG1Y
阿含宗桐山教祖の逮捕歴

昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署

十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署

二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課

二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪



275 :前世は一在家:2010/06/16(水) 23:00:55 ID:YWxerSTM
譬え話をしましょう。
アインシュタインの近所の小学生が質問しました。
「先生の有名な相対性理論とは何ですか?」と。
その質問にアインシュタインは黙して答えず(無記)、にっこり笑って、
「君には作用と反作用の法則を教えてあげよう。」と。
さて、その小学生は学校で友達に言いふらしました。
「相対性理論は無いらしい。僕が質問してもアインシュタインは答えなかった
からね。」と。

その小学校の卒業生の多くが、現代の大乗仏教徒のように見えます。
もし相手が高校生や大学生であれば、アインシュタインも相対性理論を教えて
くれたかも知れませんね。


276 :前世は一在家:2010/06/16(水) 23:04:15 ID:YWxerSTM
>>275
長部経典でも釈尊は、アートマンや死後の世界に関する質問を異教徒が質問した
際には無記でした(ポッタパーダ経)。でも同じ長部経典の七割近い経典では
直弟子に対しては「輪廻の法」を説かれておられます。更に高弟(舎利弗)には
「4種類の入胎の法」や「5種類の死後の行き先の法」などを具体的に説かれて
おります。(等誦経)

大乗経典の筆記者は当然原始仏典(スッタニパータ、ディガニカーヤ、他)を熟知
していた筈ですが、「無記」の説法をクローズアップした経典を執筆し、龍樹の空理論
と相まって、釈尊の元の教えが現代の大乗仏教へと変容したという仮説を立てております。

PS
週末に本屋に行きますと片山著「長部経典」が全巻並んでおりました。
大乗仏教徒も自宗派の経典のみに執着せずに、一度原始仏典に目を
通したら如何でしょうか。



277 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 23:11:37 ID:TQE7Eu/e
>>276
また巧みに嘘を織り交ぜた書き込みしやがってwwwww

278 :前世は一在家:2010/06/16(水) 23:21:20 ID:YWxerSTM
>>277
>また巧みに嘘を織り交ぜた書き込みしやがってwwwww

片山訳と中村監修との差異は大目に見て下さいよ。


279 :神も仏も名無しさん:2010/06/16(水) 23:34:28 ID:TQE7Eu/e
>>278
一言一句ツッコむ準備に入ろうかどうしようかと思ってたら、
初手から随分と下手に出たなw

翻訳の差異によるものではないんだが・・・w
まあ、細かいことはまたの機会にしよう。
1点だけ。

> 片山著「長部経典」が
お前もこのシリーズ長いんだから
「片山【訳】」という表記にするくらいの気は使えよ・・(^^;

280 :前世は一在家:2010/06/16(水) 23:43:23 ID:YWxerSTM
>>279
>「片山【訳】」という表記にするくらいの気は使えよ・・(^^;

片山一良訳と中村元監修の「長部経典」の訳の差異は大目に見て下さい
ということです。

相違した場合はパーリ原点に戻れる貴兄に期待しております。


281 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 00:15:00 ID:pXn9qBlW
>>280
アンカー忘れた俺が悪いのか?www

>>276
>週末に本屋に行きますと片山著「長部経典」が全巻並んでおりました。
「 > 片山著「長部経典」が 」 ↑ここのことだよw
一良や元の問題じゃねーよ、タコ助w

あと、『翻訳の差異による問題じゃない』と言ったろ?
根本的な読解力の問題だよw

282 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 07:01:57 ID:uus810d2
>>275
「無記」は、釈迦が、「神や霊、霊魂の分離」など、「人間が考えても無意味な
ことは考えるな。涅槃に導かない」と戒めたものである。

これが、一神教に対する釈迦の最も優れた点であり、仏教が2500年間、殆ど
人を殺さなかった理由である。

釈迦が「無記」とした内容は、すくなくとも釈迦は認めていないのである。
このことが重要。釈迦が、衆生と修行者とを区別して物を言ったのなら、
衆生を小ばかにしているのであり、彼の思い上がりと独善性である。衆生は、
その「生存努力」という大修行により、「世間知らず」の釈迦よりもはるかに
悟っているのである。

原始仏教は、そのオカルト性と病的な精神性以外には、得るものは皆無。
「14無記」のみが、唯一の収穫である。大乗仏教は、「真如としての衆生心」と
「空の思想」の発見により、釈迦の欠陥を是正し、釈迦仏教のコペルニクス的
転回を行ったものである。

自分に都合の悪い事は、直ぐに対機説法としてすり変えるのが、カルトの特徴。

283 :宝珠愚者:2010/06/17(木) 11:53:52 ID:EXXWYRwo
>>254
>また、釈迦の感じた苦は、何不自由ない生活からの、純粋に精神的な苦である。
>衆生の物質的不足による苦は知らない、「贅沢病」「我侭病」の一種である。--中略--
>
>不思議なことに、釈迦の苦には、衆生の最大の苦である「貧」からの苦が含まれていない。

ゴータマにとって、
貧困の苦悩は過去世で十分に体験済みであり、
人間が感受するあらゆる苦悩をとっくにご存知なのです。
その過去世での体験の記憶をゴータマはすべて想起しているのです。

仏典に記されている通りです。
http://yomi.mobi/read.cgi/gimpo/gimpo_psy_1229771174/249

284 :宝珠愚者:2010/06/17(木) 12:30:55 ID:EXXWYRwo
業報輪廻/転生に矛盾なし!
「魂」と「アートマン」、そして「我」との関係について
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1276657363/21-25

285 :てすと:2010/06/17(木) 16:57:42 ID:8VsWumyU
>>283

>人間が感受するあらゆる苦悩をとっくにご存知なのです。

釈迦は過去世で女性に生まれてレイプされたのかな?
汚いおっさんにレイプされて妊娠した処女に釈迦はなんと説法するの?


286 :◎宝珠「涅槃を自覚するのは誰か?」URL集集:2010/06/17(木) 17:09:17 ID:pXn9qBlW
〔「涅槃を自覚する主体は?」URL集〕
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/23

〔「涅槃を自覚する主体は?」 補URL集〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/642

〔「涅槃を自覚する主体は?」 補補URL集〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/602

〔「無為なる意識?」 URL集〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/643

287 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 17:19:29 ID:pXn9qBlW
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1276657363/17
>対立する経典であり、両立は不可能
(法華経に関する見解はともかくw)、
縁起一代は、法身仏が応身仏として世に出た(五蘊の結実があった)、ということを認めそうだがなw
彼の場合、
「縁起という理(ことわり)」(≒おしえ、法)を身体(≒その本質)として「法身」とする感じになるのか、
また、「(応身仏の)五蘊の結実」の理由(→その主たる因、縁)をどこに見るかはわからんが。

いずれにしろ、「縁起する諸法」という大海(≒法界)に生じた或る一つの(一際大きな)波を
「応身の仏」として受け止めることは不可能ではない。
大日如来を、大海(法界)の“名称に於ける具現化”とするならば、
数多の応身仏は、個々の波(縁生した五蘊)の中でも、
特に衆生済度の働きを為すもの・法を説いているものの“名称に於ける具現化”と見ることが可能なように・・。

彼は、(主に「空観」の面で、或いは縁起観が「徹底していない」という点で(?))
パーリ仏教は見解が低いと言った。
同様に、この件に関しても、「法身」という考え方を認められないのは、
(若干の)レベルの低さと見るのではなかろうか。

(以上、推測w)

288 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 17:53:40 ID:pXn9qBlW
〔主体なき輪廻URL集〕
卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ 【臨時 避難所】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/219
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/220
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/16
卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ 【臨時 避難所】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/240
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1270611666/243

289 :てすと:2010/06/17(木) 19:39:12 ID:8VsWumyU
ご隠居の生命論は中絶禁止論。

所詮ご隠居もイエスから逃れる事はできない。

290 :前世は一在家:2010/06/17(木) 22:51:38 ID:g1pdPWj4
>>282
>釈迦が「無記」とした内容は、すくなくとも釈迦は認めていないのである。
このことが重要。釈迦が、衆生と修行者とを区別して物を言ったのなら、
衆生を小ばかにしているのであり、彼の思い上がりと独善性である。

ご隠居に紹介で済みませんが、

出典:「仏教要語の基礎知識」水野弘元著(春秋社)
「仏が人々に法を説かれる場合には、相手の智慧経験の
高下浅深によって、同じ教理を示すにしても、その説き方を
違えられた。(四悉檀、中略)最後の第一義悉檀とは、右の
ような方便施設を用いず、高い智慧や能力のある者に対して、
仏法の第一義的な真実義をそのまま説かれることである。」

この本を読みまして、釈尊は相手に応じて4通りの伝え方(世俗的手段)を
されたと認識しております。
修行完成者の舎利弗や目蓮や阿羅漢達には普通の言葉で第一義を伝えても、
十分に勝義諦が伝わったことと思料します。

その他の者に同じ言葉で伝えたら、信じられない、嘘だろう、とかえって
信を無くしたのだろうとも推察します。


291 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 23:19:24 ID:pXn9qBlW
>>290
>修行完成者の舎利弗や目蓮や阿羅漢達には

修行完成者なら、教えを聴く必要もないんじゃね?w
(と、揚げ足を取ってみるw)

292 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 23:49:54 ID:rlIJeYUM
すみません…

おたずね致します。


大王さんを捜しています。

密教や大乗仏教に詳しい方なのですが、どこのスレッドにいらしたか思い出せません。

今もいらっしゃるのかわからないのですがご存知の方がおられましたら、お教え下さい。


よろしくお願いいたします。

293 :神も仏も名無しさん:2010/06/17(木) 23:51:27 ID:rlIJeYUM
↑すいません!

ここは議論スレでしたね。

失礼しました。

294 :前世は一在家:2010/06/17(木) 23:56:52 ID:0SFcRHgg
>>291
>修行完成者なら、教えを聴く必要もないんじゃね?w
(と、揚げ足を取ってみるw)

修行完成者は阿羅漢以上なので、如来や菩薩の教えを
一番ありがたく拝聴したのではないでしょうか。
(と、揚げ足取りを返してみた)


295 :前世は一在家:2010/06/17(木) 23:59:51 ID:0SFcRHgg
>>294
サーリプッタさんでも釈尊の教えを復唱して、師から
理解の正しさを保証された際には感激したそうですね。
(長部経典「自歓喜経」より)


296 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 00:01:31 ID:pXn9qBlW
>>294
それは、【既に知ってる・理解していることを「讃して」いる】だけじゃね?
『いきなり、4段階のレベル4で理解できた』ってこと(→>>290で言ってること)
とは【全く関係が無く】ね?

297 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 00:27:02 ID:QkyBmnRb
んとに、いつもいつも、イーカゲンなことばかり抜かしおって・・・。
隠居と同じく思いつきだけで発言するから、
支離滅裂で整合性皆無のレスばかり重ねることになる。

少しは成長しろよw >>294


ノシ

298 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/18(金) 08:46:52 ID:wOTKDkVN
取り合えず、規制解除のようですw
(しっかし、真面目に議論のために投稿している人はエライ迷惑です)

>>265
>※そうだ。(一応↑の流れを受けてはいるが)
>話は変わるが、宝珠は長部15「大因縁経」でも読んでみるといい。

手元に経文がないので検索してみました。これでもOKですか?
ゴータマの説く“アートマンの実在否定”の内容らしいので・・・たぶん、コレのことでしょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/59728143.html

 どうにも・・この説法をしている話の設定が不明確なので、どのことを述べているのか特定し難いです。
いつものゴータマの如く、どうも断定的で詭弁的な表現に受け取れます。

 面倒だから真実をいいます。アートマン(我)というのは自己そのものであるので、本当のところは、「わ
たしのアートマン」という言い方そのものが、まずは在り得ないということ。
 従って、「わたしのアートマンは感受・・・」ということそのものが詭弁なのです。この論理展開でどうアート
マンを否定しようが、真実のアートマン存在を否定できたことにはならないということ。
 また、アートマンは感受をもたらす力の根源であるので、当然、アートマンは感受そのものではないし、
アートマンそのものが感受したり、感受しなかったり、といったものではないということ。

 要するに、この経の話のような見解を抱いている輩というのは、ゴータマの指摘の通りであり、確かにある
間違いを犯していることになるのです。

----以上

299 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 09:27:45 ID:qO020TQP
test

300 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 09:31:55 ID:B5FWDbkj
>>243
> 「我執を無くせ。潰せ」と教えられた時、
> 【自分に、どのように我執があり、どのように捉われているか】
> 【自分が(後生大事に)抱えている「我執」とは何なのか(自分のどこが指摘されているのか)】
> 判らない者が我執を離れ得るとでも? チャンチャラおかしい。

これ、悪人正機説だね。


301 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 09:39:41 ID:X363k8vA
てすと

302 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 10:31:18 ID:X363k8vA
規制解除されたみたいなので、こっちで
>>   http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1276657363/l50
避難所スレの27,28の馬鹿宝珠へ、

アホにもわかるように説明してやるからな

「仏教の根本思想は『苦の滅』なの。それには「苦が生じる原因」というもの
を突き止めなくてはならず、それを釈迦は「執着」としたわけ。そして、その
根源的執着を「自己への執着」だと考えたわけ。
そして『苦の完全なる、根本的消滅法』として、たどり着いたのが『無我』
なんだよ。つまり、『我(われ)』といえるようなものは何もない。
『自分』といえる様なものがないわけだから、「執着」そのものが錯覚である。
苦の根本原因である「自己」を否定し、それに執着することの愚を指摘し、
それによって生じる苦を滅することを説いた。」 ざっくり言えば、これが
仏教の根幹思想なんだよ。

そして、この思想の根幹は『自己といえるもの』『我(われ)といえるもの』の
完全否定なわけだ。 もしそのようなものを認めてしまえば、それに対する執着
が生じ、それによって苦が生じてしまう。『無我』もくそもあったもんじゃない。
わかるか?  『無我』の思想には絶対に『自己といえるもの』『我(われ)と
いえるもの』    これがあってはならないの。

303 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 10:32:18 ID:X363k8vA
それでは「業論」ではどうだ?
業論では正反対に「自己といえるもの」  これがなければ成立しないんだよ。
殺人を犯した田中さんの業は、来世で田中さんの生まれ変わりの者が引き受けるわけ。
善行のみを行っていた鈴木さんの生まれ変わりが、その業を被ったら大変なの。
これが「悪因悪果」という業論の思想だ。
ここには、はっきりと「田中さんと鈴木さんを分かつもの、田中さんと鈴木さんは
別人であるとするもの」が、認められているな?当たり前だ。そうでなければ、
「業の作り手」「業の引き受けて」が、ごちゃ混ぜになってしまい、「悪因悪果」
なんて、あったもんじゃない。
つまり、業論というのは「自己を他者と区別するもの、自己と言えるもの」の存在が
不可欠であり、それがなければ根底から成立しないんだよ。

以上のように「無我では『自己といえるものの否定』、そして業論では『自己と言える
ものの肯定』が必須であり、完全な二律背反なわけ。
そしてこの論理矛盾を解消するために、今まで業論肯定論者たちは、「輪廻するのは
心であり、これは我ではない」とか「輪廻するのは4次元的なものであり、それは我とは
言えない。」などと、言葉遊びに終始し、整合性のとれた解説をしたものは皆無なの。
お前が、それをあげられるなら、ここに提示してみろ。たった、ひとりで良い。
『無我』と業論の論理矛盾を解消し、整合性のとれた説明体系を提示したものを
ここに、あげてみろ。

輪廻業法思想の肯定者は「輪廻するものは〜である。そして、これは・・・・・・・
だから我ではない。」   と必ずこのように言う。そして、この・・・・・・の
部分には「それは変化するから」とか「それは実体ではないから」とか、
付属説明をつけ、無我と矛盾してないように偽装するが、『自己といえるもの』を
否定する無我と、肯定する業論は、どうやっても両立しないの。

そこは決して論理的整合性を求めてはいけないところであり、
「とにかく説明はできないが、縁起によって、うまくなっている。」という
『信仰』に丸投げするしかないんだよ。
わかったか?アホが。  お前のその足りない頭でよく考えろ、馬鹿が。


304 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 10:51:43 ID:X363k8vA
さらにお前は人並み外れたお馬鹿さんなので、補足説明すると

>>298 の
「アートマン(我)というのは自己そのものであるので・・」
「真実のアートマン存在」
このように、お前がアートマンを設定するのはいいわけ。
こうすれば、確かに業論とは矛盾しないわい。
悪因悪果も成立するわな。
お前が主張するような『基体』を設定するなら、『業論はそのとおり』だ。
だが、それは『無我と矛盾してしまうわけ。』
そこでお前は今まで「釈迦は無我など説いたのではなく、非我を説いたのだ。」
と、アートマンスレで喚いて、このスレの全ての仏教徒たちに否定、論破された
わけだ。  「そう信じるのは勝手だが、『それは仏教ではない』。」とな。

だからな、宝珠。お前は、神智学の路線でいけばいいわけよ。
権威付けに仏教を取り込もうとするから、おかしなことになるの。
お前はオカルト宗教のまま行くのが一番だよ。

305 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 12:03:15 ID:B5FWDbkj
>>303
横からすまんが、その業論で想定してるのは真我で、仏教では否定されてる。アートマンってやつだね。
つむじ風や渦は存在していると言えるか?というあたりから考えてみればいいんじゃないかな。

あと、縁起説は信仰じゃなくて単なる現象的な事実なんで、教科書を見直してみたらいいと思う。

306 ::2010/06/18(金) 13:38:14 ID:N0xDakeq

 ☆ 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ ☆

http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1275279123/

 ↑ 卍 お経を自分で勝手に解釈して観る 【臨時 避難

 ↑ ここに 質問者が 来ているので 答えてあげてください!

307 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 15:45:07 ID:RfvmhyCm
仏教の六道の世界観で、幽霊はどういう扱いなのでしょうか?餓鬼道?
日本での一般的な理解は、もともとの仏教とちがったっけ

308 ::2010/06/18(金) 16:38:58 ID:N0xDakeq

中陰(ちゅういん)、中有(ちゅうう)とは、仏教で人が死んでからの49日間を指す。
死者があの世へ旅立つ期間。四十九日。死者が生と死・陰と陽の狭間に居るため中陰という。

浄土真宗では、故人は臨終と同時に仏(諸仏)になると考えるので、
中陰期間は、故人に対する追慕、故人を通して「生と死」について考え、
謹慎し求法の生活をする期間である。

発祥地であるインドの仏教においては、臨終の日(命日)を含めて7日ごと、
7週に渡り法要を行っていた。(古代インド文明の七進法により、七ごとなのである。)
輪廻の思想により、人の没後49日目に、次に六道中のどの世界に生まれ変わるかが決まる、
と考えられていたからである。また、その、元の生と次の生との中間的な存在である、
49日間の状態「中陰」、もしくは「中有」と呼んでいた。

それが日本に伝わり、宗旨によって考え方は様々であるが、
人は死後、魂を清めて仏になる為に中陰の道を歩き、あの世を目指す。
その所々に審判の門があり、生前の罪が裁かれる。
罪が重いと魂を清めるため地獄に落とされるが、遺族が法要を行い、
お経の声が審判官に届けば赦される。それが下記の7日毎に行う法要である。
また四週目と五週目の法要の間に、最初の月命日が来る。

309 ::2010/06/18(金) 17:01:55 ID:N0xDakeq

瑜伽師地論(ゆがしじろん)

   人がまさに、死せんとする時に、過去の長い間の経験により、蓄積された、
   我愛が現起して、その力に、促(うなが)されて、
   自己に愛着し、無始の時、以来、続いて来た、執着された、戯論と善悪業により、
   中有(死んでから次の生まれるまでの間の状態の意識)を、形成する!

   その、中有(死んでから次の生まれるまでの間の状態の意識)が、
   次に、生まれるべき処を、求めて、母胎に入り、

   ここで、父母の、精子と卵子が、結合する時に、

   中有(死んでから次の生まれるまでの間の状態の意識)が、
   滅すると同時に、生有が生じて、
   一切種子たる、阿頼耶識(あらやしき)が、結合して、
   胎児を形成して、出生に至るのである!

310 ::2010/06/18(金) 17:04:00 ID:N0xDakeq

  「阿頼耶識(あらやしき)は
   甚だ深細なり、一切の種子は瀑流の如し。
   我れ凡と愚とに於ては開演せず、
   恐らくは彼れ分別し執して、我とせんことを」

  「深遠で微細な 阿頼耶識(あらやしき)は、
   あらゆるものの種子をもって 暴流のようにながれる。
   それがアートマン(常住不変の自我)であると
   思われてはいけないので
   私(大乗の菩薩?)は 凡夫たちに
   決してそれを 説かないのである!」

311 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 17:08:58 ID:QkyBmnRb
>>307
強いて言えば、
神霊・鬼霊とかかなぁ。
当てはめるなら、悪魔ナムチとかパーピマンとかと同じ領域にせざるを得ないかと。

ビルマだったかタイだったかで、「悪霊」「鬼霊」に相当するのは「ピー」と呼ばれる存在だが、
(日本語で言えば精霊とか神霊とかに当たる)、それはパーリ語で言えば「ペータ(peta)」の概念的系譜なので、
「餓鬼」(餓鬼道に生じた存在)とでもしないと、六道からハミ子になっちゃうね。

ぶっちゃけると、(日本的な)「幽霊」という存在は通仏教的にも認め得ないけど・・。
生前の人格や容姿を保持したまま、その(強い)想い・情念を保持したまま、
肉体も有さず、輪廻せずにあり続ける存在など、認め得るわけがないw

312 ::2010/06/18(金) 17:25:39 ID:N0xDakeq

餓鬼(がき、Skt:Preta、音写:薜茘多=へいれいた)は、
仏教において、亡者のうち餓鬼道に生まれ変わったものをいう。
Preta とは元来、死者を意味する言葉であったが、
後に強欲な死者を指すようになった。六道また十界の1つである。
十界のうちでは迷界、三悪道(趣)に分類される。

俗に、生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。
ただし仏教の立場から正確にいえば、生前において強欲で嫉妬深く、
物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。
しかし大乗仏教では、後々に死後に生まれ変わるだけではなく、
今生においてそのような行状をする人の精神境涯をも指して言われるようになった。

餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、
また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、
決して満たされることがないとされる。
極端な飢餓状態の人間と同じように、
痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上がった姿で描かれることが多い。

313 ::2010/06/18(金) 17:27:48 ID:N0xDakeq

餓鬼に施しを与えて鎮める方法がある。
お地蔵さんの足元へ水やお粥を供え、
お経をあげると餓鬼に飲ませたり食べさせたりできる。
これを行うと、とりつかれても飢えが鎮まる。

仏教の布教とともに餓鬼が市井に広まると、
餓鬼は餓鬼道へ落ちた亡者を指す仏教上の言葉としてではなく、
飢えや行き倒れで死亡した人間の死霊、
怨念を指す民間信仰上の言葉として用いられることが多くなった。
こうした霊は憑き物となり、人間に取り憑いて飢餓をもたらすといい、
これを餓鬼憑きという

また、子供は貪るように食べることがあるため、
その蔑称・俗称として餓鬼(ガキ)が比喩的に広く用いられる。
餓鬼大将・悪餓鬼など。

314 ::2010/06/18(金) 17:56:32 ID:N0xDakeq

餓鬼 Pretaの 語源は

パーリ語の 「ペータ(peta)」から 来ているんですかね?

315 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 18:22:29 ID:QkyBmnRb
>>314
阿羅漢 arhantの 語源は
パーリ語の 「(arahant)」から 来ているんですかね?
真理、諦、真実 satyaの 語源は
パーリ語の 「(sacca)」から 来ているんですかね?

という問いと同じだぞw

316 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 19:47:00 ID:M85RL3G2
これ見てよ↓
http://livedoor.blogimg.jp/tekepo/imgs/3/4/3414dfca.jpg
ばらまこうぜ!


317 :前世は一在家:2010/06/18(金) 23:07:35 ID:4RYdrC60
>>302
>仏教の根本思想は『苦の滅』なの。それには「苦が生じる原因」というもの
>を突き止めなくてはならず、それを釈迦は「執着」としたわけ。そして、
>その根源的執着を「自己への執着」だと考えたわけ。
>そして『苦の完全なる、根本的消滅法』として、たどり着いたのが『無我』
>なんだよ。つまり、『我(われ)』といえるようなものは何もない。

>>303
>以上のように「無我では『自己といえるものの否定』、そして業論では『自己と
>言えるものの肯定』が必須であり、完全な二律背反なわけ。

そうですか。現代の仏教では完全な二律背反なのですね。

ご参考までに、死海文書の宗規要覧(エッセネ派)とマリアの福音書では真理(法)を
こう伝えております。
「全ての人には光の箇所(心魂、霊)と闇の箇所(欲心)とが受肉している。」と。

「苦が生じる原因」は「欲心」から生じる執着であり、カルマは「霊(心魂)」
の方に蓄積されるならば、論理矛盾はございませんでしょう。

釈尊も死海文書と同じ法を説かれていないのか、また探してみます。

更に「心魂」がうまく「欲心」をコントロールできれば、「完全なる人間」を
立たせることができるそうです(参照:ユダの福音書)。
原始仏典に記載の修行完成者、また「涅槃入り」と似た法かも知れませんね。


318 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 23:17:41 ID:QkyBmnRb
>>317
また、「でまかせ言いっ放し在家」かw

319 :前世は一在家:2010/06/18(金) 23:38:12 ID:ijRyH82U
>>318
>また、「でまかせ言いっ放し在家」かw

貴兄が死海文書とマリアの福音書を読んでいるということですね?


320 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 23:41:46 ID:QkyBmnRb
>>319
>釈尊も死海文書と同じ法を説かれていないのか、また探してみます
探すまでもないってこと。

>原始仏典に記載の修行完成者、また「涅槃入り」と似た法かも知れませんね
ありえないからw

 ※318に於ける命名は317の発言についてよりも、
  原仏スレ時代からの貴方の態度を率直に批評したものです。

321 :前世は一在家:2010/06/18(金) 23:47:44 ID:ijRyH82U
>>320
>原仏スレ時代からの貴方の態度を率直に批評したものです。

とても丁寧に対応いただきまして有難うございます。 合掌


322 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 23:52:45 ID:QkyBmnRb
>>298
>たぶん、コレのことでしょう
確かにそうだが、あそこまで掻い摘んだ形の概説では推薦した意味がないw

>この説法をしている話の設定が不明確なので、どのことを述べているのか特定し難い
と貴方が感想を述べる通りにねw

>面倒だから・・・・・・ではないということ
(言い回しや論題の条件設定も含め)「【どのように】述べられているか」が重要なので、
全文読むのが一番なんだが、一言添えるなら、その経中に於いては、
(たとえ「〜でない」という形であっても)、排除されこそすれ、
【アートマン(或いは真我或いはニルヴァーナ意識)が(「ある」と)前提とされたものではない】ということだ。
※これは(この点では)、ポッタパーダ経の時と似た案件となっている。

323 :神も仏も名無しさん:2010/06/18(金) 23:57:14 ID:QkyBmnRb
>>300
(浄土門のことはよくわかりませんが)、あれが悪人正機説だとするなら、
「親鸞は原始仏教に直結している」「浄土真宗は、明確に、正統に、釈尊の系譜である」
と言い得ることになりますね。
門徒の方は、実際、そのような感じで受け止め、理解しているのでしょうか?

324 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 00:14:17 ID:XKXuu09Y
って、よく見たら、リンク先は原仏スレに居た「無宗だ」氏のブログかw

325 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 10:04:20 ID:ewLtjch8

我執⇔無(空)我=無(空)価値=無(空)超越=無(空)常=縁起=空=0次元=点=中道

莫妄想!

                         合掌

326 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 10:20:04 ID:ewLtjch8
それにしても、この全スレの連中はなにを妄想ばかりかいているんだ!

黙ってさっさと自由自在に死生すればいいんだ。

327 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 10:26:32 ID:rf6shgkp
宝珠(神智学)や在家(真光)のような「イエスに嵌った極め付きのカルト」
が、釈迦仏教(小乗仏教)に群がってくるのは、釈迦も、イエスと同様、カルト
の「指導原理」であることを、如実に証明している。釈迦のその要素を分析・解明・
批判しなければ、釈迦やイエスを語ることは、すべてピント外れである。

328 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 10:31:17 ID:ewLtjch8
>>327
>釈迦仏教(小乗仏教)←×

莫妄想!

隠居=我執⇔無(空)我=無(空)価値=無(空)超越=無(空)常=縁起=空=0次元=点=中道=釈迦仏教



329 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 10:41:21 ID:MqT6xk2h
隠居は相変わらず元気か。(笑)
けっこう、けっこう。

330 :327インキョ神降臨!インキョ神の裁きw:2010/06/19(土) 11:02:53 ID:n7nQ0MO7
>釈迦も、イエスと同様、カルト
の「指導原理」であることを、如実に証明している。
と言う釈迦のその要素を分析・解明・
批判とは、次のようなものであるw

堕落系キリスト教徒脳思考のインキョ神は327の内容の様に、
証明出来ないことを善悪判定し裁くw
インキョ神には人間の脳の創造性は不要で生命唱えて解決するのみで、
インキョ神のそれに反する者、人間の脳の思考性を想定する釈迦も精神病になるのである。
堕落系劣化キリスト教徒脳思考のインキョ神なのである。

と言う妄想思考以外はインキョ神にとって真実ではないのである。

また、「苦」の精密分析、原因分析を否定するインキョ神の思考は
善悪裁きの激しい堕落系劣化キリスト教徒脳思考そのものである、
注意されたしw



331 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 11:54:13 ID:XKXuu09Y
隠居の基本は「臭い物に蓋」なんだよね。
勿論、日々を送るにあたって「蓋をする」ことは重要だし、意義のあることだが、
仏教では(―これは大乗仏教でも同じい。六波羅蜜のどこに煩悩肯定があろうか・・―)、
「臭い物を元から断つ」(或いは“断つ努力”“減衰させる努力をする”)ことを骨子とするんだけどねぇ・・。

こういう言い方も理解不能なんだろうな、彼には・・・w

332 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/19(土) 12:11:40 ID:7A5n/o3q
>>302
このご説明には、特に異論はありませんよw
「我」(自己/アートマン)ではないものを「我」であると思って執着するところから苦が生じている、と。

>>303
>そして、これは・・・・・・・ だから我ではない。」と必ずこのように言う。そして、
>この・・・・・・の部分には「それは変化するから」とか「それは実体ではないから」とか、
>付属説明をつけ、無我と矛盾してないように偽装するが、『自己といえるもの』を
>否定する無我と、肯定する業論は、どうやっても両立しないの。

*「魂」(阿頼耶識でも何でもいい・・・)は「我」(自己/アートマン)ではないから、業報を受け継ぐのですよ。
*そういう性質のものなのです。第一、元々からして「我」は輪廻などしていない。業報も受けない。
「我」は勝義の概念でしか語らない。語れ得ない。(*これ重要)

333 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/19(土) 12:13:17 ID:7A5n/o3q
>>304
>お前が主張するような『基体』を設定するなら、『業論はそのとおり』だ。
>だが、それは『無我と矛盾してしまうわけ。』
>そこでお前は今まで「釈迦は無我など説いたのではなく、非我を説いたのだ。」
>と、アートマンスレで喚いて、このスレの全ての仏教徒たちに否定、論破されたわけだ。  
>「そう信じるのは勝手だが、『それは仏教ではない』。」とな。

論破などされたことはない!
自分らが信じている仏教理論とはそぐわないといわれただけです。
それが正しいものだとは私は認めていない。
この“非我を理解することが、まずは基本”ですよ。
http://houjugusya.web.fc2.com/anatman.htm

これすらも分らない自称仏教者が、この私の話を理解できる筈がないのです。
あの縁起氏ですら、文献学者の戯言として受け流しているのだから無理もないこと。
石飛氏の解説も誤解していましたし・・・。

>だからな、宝珠。お前は、神智学の路線でいけばいいわけよ。
>権威付けに仏教を取り込もうとするから、おかしなことになるの。
>お前はオカルト宗教のまま行くのが一番だよ。

権威付けなどは無用。実際、私は何も困ってなどいないし、
神智学においても仏教徒がどういう教義を信奉していようと無問題ですよ。自由であるし・・・。
たまたま、「仏教」→「ヒンドゥー」→「神智学」という遍歴経験を持つ私が、何故かお節介にきただけですから。

別に、あなたが分らなくてもいいのです。
いずれ閲覧者(過去ログを含め)の中の誰かが気付きの参考になればと思うだけなので。

334 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 12:24:45 ID:rf6shgkp
釈迦の「苦」とは、彼の鬱病の症状以外の何物でもないことを、精神医学的
に理解する必要がある。大昔は、精神医学がなかったから、分らなかっただけ。
昔も今も「健常者」には関係ない心理状態である。

精神医学が発達した現代において、何時までも鬱病患者の釈迦に執着している
場合ではない。いい加減で目を覚ませ。

キリスト教の「罪概念」と同様、釈迦仏教の「苦概念」は、信者を洗脳するための
強力な武器であり、極めて悪質な布教手段である。生来の人格が破壊され、
「狂気」が発生する。いずれも、人間にとって、これ以上の害毒はない。

335 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 14:59:35 ID:XKXuu09Y
>>333
>論破などされたことはない

そりゃそうでしょうwww
仏教では述べられていないことを、根拠とし、主張し、
仏典に無いのは、伝承者が誤って理解し、伝承したからだというのですからw

何度でも言います。
貴方の主張や根拠は、仏教ではありません。
そして、貴方は、仏教内に(仏典内に)“それ”が述べられていることを示し得ていません。
貴方は、(【神智学として】)【最初から最後まで、仏教でないものを述べている】わけです。
(そして、“それ”が仏教の枠組みに組み入れられることは(未来永劫w)ありませんw)
つまり、徹頭徹尾≪神智学>仏教≫なわけです。仏教より優れたものとして神智学を奉じていればいいじゃないですかw
そして、はっきり言えばいいのです。
『仏教は未完成であり、未達であり、真理に届いておらず、神智学と比べれば劣った教えである』、とwwwww

336 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 15:08:45 ID:XKXuu09Y
>>334

〔最大カテゴリとしての「苦」について]
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/203

337 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 15:29:36 ID:XKXuu09Y
>>332
貴方には「でまかせゴリ押し宝珠」の“通り名”を進呈しましょうw

338 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 17:42:45 ID:ewLtjch8

宝珠の神智学はすべて一次元(一に帰す)

純粋仏教=釈迦仏教は0次元、というか次元を問題としない。

ここんところが掴めないから、超越だの非我だの一に帰す「妄想体」(魂でもアートマンでもなんでもいい)観念に
しがみつく。

これを我執というんだよw

これなら同じ無明我執でもカルトからまだ遠い俗物主義隠居のほうがマシ。


339 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 17:50:06 ID:ewLtjch8
>>333
>実際、私は何も困ってなどいないし

おまえのトンチンカン我執にはみんなが困っている。

それより出すと見得を切った宿題をやって来い。
いまのままでは落第坊主だ、単位はやれん。
水入りバケツ2個もって廊下に立っていろ。

340 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 18:16:22 ID:XKXuu09Y
宝珠の立ち位置は、
《「阿含経典群(の初期弟子達=声聞の弟子達)に対する法華経の立ち位置」とシンクロする》のではないか?
部分的に見ても俯瞰的に見ても、相似する要素に溢れているように見える。

法華経(≒大乗・一仏乗)〔…勝義〕>阿含(≒声聞乗(→パーリ))〔…方便〕
神智学〔…真理〕>>所謂「仏教」〔…真理手前の準備段階〕
神智学〔…真理〕>ヒンドゥ〔…真理手前の準備段階〕>所謂「仏教」〔…真理手前の準備段階の準備段階〕
大枠は↑w

よって、>>337が気に入らなければ、「NEO法華ism宝珠」というのはどうです?w


※(なんとなくイメージで言ってみたw)
※ちなみに、仏教は「>」を用い得るような序列の中には無い。
 buddha-sAsanaとして単独にカテゴライズされる。だから、勝義なのだ。
 優劣を気にするのでなく、「苦の滅」を望むなら、その時に選択される道(方途)であるだけだ。
 他に、どんな教え、どんな思想が世にあってもいい。
 《【その中で】「こっちの方が優れている」から、「【より、『真理』に近い」から】》、【選ばれるのではない】。
 それらとは一線を画す、孤高の教えなのさw

341 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/19(土) 23:40:03 ID:7A5n/o3q
むむむ・・・想定通りのブーイングに乙です m(__)m

>>335
>仏教では述べられていないことを、根拠とし、主張し、
>仏典に無いのは、伝承者が誤って理解し、伝承したからだというのですからw

 この私が紹介した編集ページの『本来の無我説』を読めば明らかです。一流の仏教学者らが何人
も、無我とは「我(自己)は無い」という意味ではない。仏教では後代になって無我の意味が改変され
ていったのだ、と確信的にそのことを解き明かしているという事実を。
 それは縁起氏が天才と絶賛した石飛氏も然りであり、女氏は縁起氏の主張を後押ししてるのでは
なく、実は全く真逆のことをいってるわけです。私は女史のウェブサイト(bbsでの彼女の投稿)まで確
認していますから。
 それを縁起氏は、これが法門の伝統であるなどと主張しました。まっ、信仰の世界ですからご自由
ですよ。しかし、個人の信仰(心)を離れて客観的姿勢から学問的に明らかになっている無我説の誤
りを認めないというのは、如何であるか?と、私は問うたわけです。

 『実際には、阿含経典では「無我」は「自己でない」の意で用いられていることがわかるだろう。
ブッダが「自己はない」は説きえないことがはっきりしている今となっては、これは当然のことだが。』
(石飛道子著『ブッダ論理学五つの難問』講談社刊)

 『このブッダの批判的立場が、仏教教団の発展に応じて、ブッダはアートマンの存在を否定して、
無我すなわちアートマンがないと主張した、と考えられるようになった。しかしながら、こうした後代の
理解は、ブッダの教えを誤るものというべきだろう。』
(『東洋思想5/早島鏡正著「無我思想の系譜」』東京大学出版会刊)

342 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/19(土) 23:41:29 ID:7A5n/o3q
>そして、貴方は、仏教内に(仏典内に)“それ”が述べられていることを示し得ていません。

 更に、この私は仏教学者らが説明しない部分における根拠についても、自分の言説を展開してきた
のはご承知の通りです。私の仏教知識は確かに僅かで貧弱ですが、しかし、更にヒンドゥー及び神
智学を知ることで、無我説のどこに誤解が生じているのか?その原因、及び本来の真義について解
することができたからです。ただそれをまだ、仏教枠内に限定した内容で説明しきるほどに機は熟し
ていなかったということ。それは認めます・・・。
 自分の中では自信がありますが、まだ早かったのかな?ということです。もちろん今後も、更に前進
する所存です。本日も、古書店から仏教関係書を4冊手に入れました。
 果たして、どの程度、役立つでしょうか・・・。

>『仏教は未完成であり、未達であり、真理に届いておらず、
>神智学と比べれば劣った教えである』、とwwwww

 私は、そういうことをいってるわけではないです。“真理を超えた宗教なし”というブラヴァツキーの
格言は、確かに仏教にも当てハマルでしょう。真理そのものを説き示すことに成功した宗教は存在
しないということです。言語と時間の経過の限界性です。

343 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 00:04:40 ID:XKXuu09Y
>>341
解ってないね・・(^^;

「○○は“我”でない」と言われている時の文脈は、((おそらく)全てw)
対話者が(或いは通説として)【「○○が“我”である」と考えている時】だ。
そして、≪【“我”がある】【××が“我”である】と述べられることはない≫。
だから私は、『文言に於いては非我であり、文脈として無我である』と評した。
そして、≪仏教に於いて、【“我”がある】【@@が“我”と見做されている】≫としている
学者・研究者・宗教者はゼロ(の筈)だ。
(リンク先のまとめも、《仏典の表現は『“我”ではない』というものである》という域を出ていない。)
「ネーティ、ネーティ」と重ねられた先に何かを見たいのかもしれんが、
【仏教では】【その先は無い】。
ブッダは、『何かが“ある”とき』『何かが何々であるとき』、
必ず≪※※がある≫≪勝義に於いて※※はある≫≪勝義に於いて**は無い≫≪※※が■■である≫等と
はっきりと示している。“我”については、「ネーティ、ネーティ」と重ねられた上に、更にそれがなされていない。
輪廻についても、『文献上は確実に言及されている』。
もし貴方が、≪記述以上のことをそこに見るなら≫、≪記述の誤伝承を見るならば≫、
輪廻について同様に見做した意見を糾弾する資格はありません。

解釈の領域を絶対なものとする愚に気付くべきです。

344 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 00:33:42 ID:5hdiioYz
ふむ。
>>343 >解釈の領域を絶対なものとする愚

これは、天に唾するが如く、343にも返って来そうだな・・www
 仏教の枠を外れた解釈を基準、始点とする愚
とでも言い直しておこうw


 ※だから、以前示した「田上の論文」や
  「一無位の真人」「本来の面目」「主人公」といった謂い(捉え方)、
  「国師良久」「外道問仏」といった公案に見られるような
  (「(究極の)総体としての」)自己への視線が許容される余地となる。
  ※勿論、これらが、宝珠の言うような「真我」とは、その在り様や質を異にするのは言うまでもないが・・。
   ※哲学的考察ともリンクするが、そのような「認識や行為の主体」の消去は困難なことではあるが、
    「縁起」という考え方が(それのみが)、唯一の解決策であることは注意されていい。
    ※そして、それを蒸留して一滴の純水としたのが中論(龍樹)なのかもしれない・・。


ノシ

345 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 03:05:52 ID:sS1QE9Ha
@>>332  また、馬鹿宝珠がとんでもない勘違いを喚いているか。(笑)
>「我」(自己/アートマン)ではないものを「我」であると思って執着するところから苦が生じている、と。

何だこれは?
「真実はアートマンがあって、それとは違うものを「我」と勘違いして・・」
と言いたいわけか? アホですか? いったいどこに「アートマンはある」
とする、仏典、仏説があるのかな?  アートマンスレで散々、論破された
ことを、また蒸し返すのか?
あ!  そうか。
>論破などされたことはない!

自分が論破されていることを理解するだけの知能もなかったんだ。(笑)

346 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 03:06:56 ID:sS1QE9Ha
A>*「魂」(阿頼耶識でも何でもいい・・・)は「我」(自己/アートマン)ではないから、業報を受け継ぐのですよ。
*そういう性質のものなのです。第一、元々からして「我」は輪廻などしていない。業報も受けない。
「我」は勝義の概念でしか語らない。語れ得ない。(*これ重要)

これが何の反論にもなってなくて、「単なる言葉遊びにしかなってない」こともわからないくらい
馬鹿なんですか?

無我では、「自分といえるもの、自己といえるもの、他者と自己を分かつもの」
これがあってはいけないの。  そして、
業論では、「自分といえるもの、自己といえるもの、他者と自己を分かつもの」
これがなくてはならないの。

お前が言う、「魂」(阿頼耶識でも何でもいい・・・) これは田中さんと鈴木さんの共有のものか?
違うだろ田中さんには田中さんの魂、そして、鈴木さんには鈴木さんの魂があるわけだろ?
そうでなければ業の対応関係が、めちゃくちゃになってしまうよな?
業報を受け継ぐには、「それぞれの」魂が必須だな?

そして、そのような「それぞれにある」魂を設定してしまえば、それがすなわち、「自己といえるもの」
になってしまうんだよ。  お前がいくら、それは、「変化するから」とか「実体はないから」
『我』ではないと言おうが、田中さん、鈴木さん、『それぞれ固有にあるもの』であるならば、
それは実質『自己といえるもの』『我(われ)といえるもの』なんだよ。
お前は実質『我』である基体を設定しておきながら、何とか「無我」説との、整合性をつけるために
「それは我ではない」と言ってるだけ。
つまり、今まで色んなところで言われてきた誤魔化しと大差ない。(尤もお前のはその中でも、最も
稚拙だが)

そしてな、また相変わらず「釈迦はアートマンはないとは言ってないから、実はあると思ってた。」論を
喚いているが、いい加減に理解しろや。
「釈迦は〜がないとは言ってない」→「釈迦は〜があると考えていた。」
こうはならないの。  わかる?

347 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 03:08:55 ID:sS1QE9Ha
B 以下は、仏教徒ではない部外者の私見であると断っておくが、

「アートマンはない。」   確かにこのように釈迦が言い切っている経典はないだろう。
だが、これはある意味当然だろう?

釈迦が「アートマンなどない」とはっきり断定しなかった理由としては、まず、「他宗との論争の回避」
が考えられるだろう。
釈迦の在世当時のインドは、バラモンが説くアートマンが一般的に信じられており、そのような状況で
アートマンなどないと主張すれば、当然、論争となる。
釈迦は、そのような論争の無意味さを十分知っており、そのようなことに時間を費やすことなく、
解脱を目指し、修行に励むべきであるという見解だったと思われる。
この「論争の回避」はスッタニパータの最古層部にも繰り返し、書かれており、かなりあり得る見方
だと思うがね。

さらに、スタンスとして
釈迦は、「・・・・・は我ではない」「・・・・・も我ではない。」 と一つ一つ「我ではないこと」
を確認していくほど、実証主義的な姿勢の持ち主だ。 そのような人物が「自分で観測、確認できない」
領域にまで言及して、「〜はない」などと、「不存在証明を要する」断定などするわけがなかろう?
あくまでも「自己が確認できる範疇において」、「我と言えるものはない」と確認したんだよ。
そして、不可知領域については「無記」とした。
実に「地に足の着いたしっかりしたスタンス」だと思うがね。

以上から、セブンの言うように「文献上は非我」、「〜は我ではない」という言い方になる。
しかし、その意味は(少なくとも確認領域においては)『無我』なんだよ。
そして「不可知領域においては無記」←これは不可知領域においてアートマンが存在することにはならんぞ

『苦の消滅』  そしてそれを達成するための根本的方法として、『無我』すなわち「自己と言えるもの」の
否定という認識の転換を了解するのであれば、 確認領域においては言うまでもなく、不可知領域においても
『我』『自己と言えるもの』『アートマン』『魂』などは、少なくともその存在が肯定されることは絶対にない。
そのようなものの存在を肯定してしまえば、それに対して執着が生じ、苦が生じる。
無我による苦の滅など消し飛んでしまうわ。

348 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 03:36:28 ID:sS1QE9Ha
C(補足)
勿論、これは「全ての自己という表記が」ないことを意味するのではない。
例えば、『世俗において』の「通常の会話においては」、普通に「自己」という語彙が出てくるわけだが、
それをもって、「釈迦は『アートマン』あるいは『形而上の自己』あるいは『真の自己』を認めていた」
とするのは、あまりにも馬鹿過ぎないかな?

349 :前世は一在家:2010/06/20(日) 07:31:00 ID:6K7tB7fQ
>>296
>>>294
>それは、【既に知ってる・理解していることを「讃して」いる】だけじゃね?
>『いきなり、4段階のレベル4で理解できた』ってこと(→>>290で言ってること)
>とは【全く関係が無く】ね?

法華経「如来寿量品第十六」では、弥勒菩薩らに三度懇請されて「仏は常住」
という説法を釈尊は説かれております。

為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法
衆生を救わんがための故に、方便として涅槃を現すも、
しかも実には滅度せずして、ここに常住して法を説くなり。

我常住於此 以諸神通力 令顚倒衆生 雖近而不見
我はここに常住すれども、諸の神通力をもって、
顚倒の衆生をして近いしと雖もしかも見ざらしむ。

我此土安穏 天人常充満
余の仏国土は安穏であり、神々と人間達が満ち溢れるのだ。

常住する仏国土の有様まで詳説されておられます。

以上、菩薩でも理解していない仏の法があるかと存じます。
特に「でまかせ在家」と呼ばれる方は是非ご自身で確認下さい。


350 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 09:10:23 ID:5hdiioYz
>>349
あれ?阿含類の話じゃなかったっけ?
そりゃ法華経を持ち出したらそうだろうよw
なぜなら、【法華経は阿含(の時代)には説かれていなかった事・伏せられていたことを明かす経典】だからだ。
そして、その伏せられていたこと以外は既に全て説かれ、その時代の弟子達は【それによって一旦は悟っている】。
だから、「声聞」乗(小乗)と言われ、それより更に上のレベルとして大乗が説かれているんだろ?
で、貴方は、この流れの中では、
≪【阿含時代の経典に依拠し】、【その教えに於いて】舎利弗や目連が「>修行完成者」となっていた≫
と述べてないか?長部を多く引用してなかったか? (だから、阿含(時代)の話だと私は解した。)
で、已然として、>>294は >『いきなり、4段階のレベル4で理解できた』ってこととは【全く関係が無 いまま、とw


論点ずらしはいつも通りの姑息さと言いながらも、つくづく呆れる奴だよ、お前は・・・。
(違う観点から>>291の非を指摘するかどうか(期待せずに)待ってたが、やっぱり気付かんか・・w)

351 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 10:26:41 ID:5hdiioYz
横から>>347に補足。

>そしてそれを達成するための根本的方法として、
>『無我』すなわち「自己と言えるもの」の否定という認識の転換を了解するのであれば、
>確認領域においては言うまでもなく、不可知領域においても
>『我』『自己と言えるもの』『アートマン』『魂』などは、少なくともその存在が肯定されることは絶対にない。
>そのようなものの存在を肯定してしまえば、それに対して執着が生じ、苦が生じる。

少しく言い回しを変えれば、
《「俺が俺が・・」と執される対象(≒依拠したくなる堅固な主体)を却下すること、そうした対象の解体》が必須要件であるならば、
可知領域だろうが不可知領域だろうが関係ない。(ま、論理的にはありえないことだが)、
仮に、不可知領域に『何がしか(真我・ニルヴァーナ意識、何でもいいが)』があったとしても、
【仏教では】≪それもまた【却下されるべき、解体されるべき】ものである!≫からだ。
その意味でも、他の多くの思想が、どんな主体を想定しようとも(【それがどの領域に属すものであろうとも】!)、
仏教の枠組みでは、全て、却下破棄の対象でしかない。

352 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 11:27:59 ID:y1dkp31s
>>345
あなたは自分の理解がゴチャゴチャしており、
私の話などはただ混乱してしまうだけなので、今は対話しても無理だと思います。
(まずは、時間<と知的整理>が必要かと・・・)あなたは、無理に解ろうとしなくてもイイのです!

>「真実はアートマンがあって、それとは違うものを「我」と勘違いして・・」と言いたいわけか? 
>アホですか? いったいどこに「アートマンはある」とする、仏典、仏説があるのかな?

誰もそんな(仏説にはヒンドゥーの意味におけるアートマン存在の肯定論がある)ことは主張してません。
ゴータマは“それらはアートマンではない”と述べたということ。

>お前が言う、「魂」(阿頼耶識でも何でもいい・・・) これは田中さんと鈴木さんの共有のものか?
>違うだろ田中さんには田中さんの魂、そして、鈴木さんには鈴木さんの魂があるわけだろ?
>そうでなければ業の対応関係が、めちゃくちゃになってしまうよな?
>業報を受け継ぐには、「それぞれの」魂が必須だな?

ほーら?勘違いしてますよw
共有した同一魂だから、業報を受け継ぐに決まっているではないですか?
当たり前の話ですから。そんなことも解らず・・・この私の話が理解できる筈がないのです。
だから・・・あなたは今はイイです。

>「釈迦は〜がないとは言ってない」→「釈迦は〜があると考えていた。」
>こうはならないの。  わかる?

そうはいってませんが、否定できないことになるということです(コレ重要)。
「ある」といってるのはこの私なのですから・・・。

>>347
>釈迦が「アートマンなどない」とはっきり断定しなかった理由としては--中略--
>実に「地に足の着いたしっかりしたスタンス」だと思うがね。

特に異論なし。

353 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 11:29:46 ID:y1dkp31s
>以上から、セブンの言うように「文献上は非我」、「〜は我ではない」という言い方になる。
>しかし、その意味は(少なくとも確認領域においては)『無我』なんだよ。
>そして「不可知領域においては無記」
>←これは不可知領域においてアートマンが存在することにはならんぞ

“確認領域では無我(我ではない)、けれども不可知領域においては無記”には異論ありません。

>『無我』すなわち「自己と言えるもの」の
>否定という認識の転換を了解するのであれば、 
>確認領域においては言うまでもなく、不可知領域においても
>『我』『自己と言えるもの』『アートマン』『魂』などは、少なくともその存在が肯定されることは絶対にない。
>そのようなものの存在を肯定してしまえば、それに対して執着が生じ、苦が生じる。
>無我による苦の滅など消し飛んでしまうわ。

ここが混乱してるので、もっと注意深くお願いします。
単純に何でもゴッチャで一緒にしないことです。
確認領域においては「魂」に相当す存在(「識」の存続か?後の「阿頼耶識」の元となるもの)
については言及しました。ただし、これもヒンドゥーの説く「我」ではありませんが(従って「無我」です)。

>『我』『自己と言えるもの』『アートマン』『魂』

まず、あなたはこれら四つの言葉の一般的な共通性と及び異なる使われ方。
そして、本来(インド思想における意味で)のそれぞれの正しい意味についてを理解しないことには、
どうしようもないことです。テキトウに同じようなものとして使っている内は無理です。

>例えば、『世俗において』の「通常の会話においては」、普通に「自己」という語彙が出てくるわけだが、
>それをもって、「釈迦は『アートマン』あるいは『形而上の自己』あるいは『真の自己』を認めていた」
>とするのは、あまりにも馬鹿過ぎないかな?

私は1度もそんなことは述べたことがありません。

354 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 11:30:55 ID:RFLDc3yW
釈迦が、「己の我」を以って「無我」を説いたとしたら、矛盾以外の何物でも
ない。滑稽そのもの。

竜樹の、「もろもろの存在は、相互依存性・関係性故に無自性」という「空の
原理」によってのみ、一刀両断的に解決が可能である。

355 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 11:35:52 ID:ZHITgJWM
この種の議論は名色が滅びないと解決することはない。

356 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 11:41:42 ID:y1dkp31s
>>352追記:(補足)

>お前が言う、「魂」(阿頼耶識でも何でもいい・・・) これは田中さんと鈴木さんの共有のものか?
>違うだろ田中さんには田中さんの魂、そして、鈴木さんには鈴木さんの魂があるわけだろ?
>そうでなければ業の対応関係が、めちゃくちゃになってしまうよな?
>業報を受け継ぐには、「それぞれの」魂が必須だな?

 また、間違ったら話しにならないので・・・。

 私は田中さんが死去して、次に鈴木さんとして転生する話をしてるわけですよ。ここには両者の共有
する同一なる魂存在があると。もちろん、在世中の佐藤さんや高橋さんは、またそれぞれに個別の魂
がある。
 尚、これらの魂はヒンドゥーが説く究極の自己(我=アートマン)ではない。従って、全て「無我」という
言い方は間違いではなく、ヒンドゥーとも矛盾しません。我ではないこれらの魂は、転生を繰り返して業
報を受け継ぐ性質を持ちます。ただし、輪廻が終了する際には消滅するのです(自己の本体とみなされ
ていたこの魂存在さえも消滅する=寂滅/ニルヴァーナ)。

357 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 12:30:47 ID:sS1QE9Ha
>>352  え〜〜〜と、マジで頭、大丈夫か?宝珠。
俺は今までは、少なくともお前が精神異常であると思ったことはないが、
これは本気でその疑いがあると思い出したぞ。

>あなたは自分の理解がゴチャゴチャしており、
私の話などはただ混乱してしまうだけなので、今は対話しても無理だと思います。

このように、俺の話が混乱していると考えること自体、お前が精神にかなりの
混乱と異常をきたしている証拠だと思うがな。
今までの俺の書き込みをみて、(それに賛意をあらわすかどうかは別にして)
述べていることの、矛盾、論理的不整合などを指摘する者は皆無であると
思うがな?

さて、このスレの住人のみなさん。
俺の書き込みの、どこがどのように「混乱」しているのか指摘してくれますか?

358 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 12:31:31 ID:sS1QE9Ha
>ほーら?勘違いしてますよw
共有した同一魂だから、業報を受け継ぐに決まっているではないですか?
当たり前の話ですから。そんなことも解らず・・・この私の話が理解できる筈がないのです。
だから・・・あなたは今はイイです。

> 私は田中さんが死去して、次に鈴木さんとして転生する話をしてるわけですよ。ここには両者の共有
する同一なる魂存在があると。もちろん、在世中の佐藤さんや高橋さんは、またそれぞれに個別の魂
がある。

お前もしかして、俺の話を全く理解できてなかったのか?
俺の設定では、「田中さんと鈴木さんは、共に今世に生きる別人。そして、来世においては、それぞれ
田中さんの生まれ変わりである人物、鈴木さんの生まれ変わりである人物がいるわけ。
今世で殺人を犯した田中さんは、来世でその生まれ変わりである人物がその業を引き受けることになる。
今世で善行を行っていた鈴木さんの生まれ変わりの人物は、来世でその殺人の業を受けることなど
当然ない。」  これが悪因悪果だ。

お前、本当に頭、大丈夫か?

359 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 12:41:44 ID:sS1QE9Ha
さらに
>まず、あなたはこれら四つの言葉の一般的な共通性と及び異なる使われ方。
そして、本来(インド思想における意味で)のそれぞれの正しい意味についてを理解しないことには、
どうしようもないことです。テキトウに同じようなものとして使っている内は無理です。

こういう書き込みを見ると、お前の頭の悪さが本当にわかるが、
いいか?
俺は始めから「呼称はどうでも良い」と繰り返し言ってきたな?
それは、その語彙を使用するものが、それに対して様々な意味づけを
してしまい、その差異によって、しばしば、議論の混乱が見られるからだ。
だから俺は何度もそれらを「自己と他者を分かつもの、個々の識別属性」
と規定してきたんだよ。それ対する呼称は、各人、様々なの。
「それは魂だ。」「いや違うよ、それは霊だ。」「お前らは全くわかってない。
それは霊魂なんだよ。」   こんなやりとりに何の意味があるか?アホ。

360 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 12:54:18 ID:sS1QE9Ha
最後にね、

>我ではないこれらの魂は、転生を繰り返して業
報を受け継ぐ性質を持ちます。ただし、輪廻が終了する際には消滅するのです

お前は唯「それは我ではない」と繰り返すだけ。
何故、それは我ではないと言えるのか? の説明をすることなく
ただアホみたいに「それは我ではないんだよ。だから、無我とも矛盾しないよ。」
と、喚いているだけなんだよ。  んな事なら、小学生でも言えるわい。

「転生を繰り返して業 報を受け継ぐ性質を持つ『魂』」
この『魂』は業報を受け継ぐ時点で、「自己と他者を分かつもの」だ。
でなければ、業の対応関係がむちゃくちゃになると言ったな?
「鈴木さんではなく、田中さんのもの」と言える時点で、それは
「自己といえるもの」すなわち『我』なんだよ。

輪廻が消滅する際に消えるだ? 馬鹿が。
ならば、解脱できなければ、それは『永遠に継続するもの』だろうが?




361 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 14:35:20 ID:NGntSPoz

宝珠みたいに頭悪いくせに、頭でっかちってーのが一番処置なしだ。

その悪い頭をぶっ壊せ!ってーのがブッダの言ってることなんだが、

こーゆー奴に限って変に自尊心だけは強い(=我執が強い)から、

業報輪廻転生とやらの自縄自縛ラットレース続けるしかないんだろうねえw

御苦労なこった。

362 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 14:41:47 ID:y1dkp31s
>>360
>輪廻が消滅する際に消えるだ? 馬鹿が。
>ならば、解脱できなければ、それは『永遠に継続するもの』だろうが?

あなたは何をいってるの?
それがゴータマの教えでしょうが(笑)
もう1度、仏教の輪廻の説明を“再読”しましょうよ!!
誰か、この方に教えてあげて下さい!


363 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 14:45:05 ID:y1dkp31s
追記:

輪廻は解脱しなくても止むのか?
そんなことをいつゴータマが述べたのか!

>>361
はいはぃ、お褒め頂いて感謝ですよwww


364 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 15:58:22 ID:5hdiioYz
>>352>>353
>>351

>>356>>362
>>288

365 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 16:06:28 ID:Wfp7s41U
リンク貼るならみみずんの過去ログurlにしたほうが一発で見れていいな。

366 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 16:36:39 ID:5hdiioYz
>>365
みみずんは、IEでも専ブラでも『一発』ではありません。
一個一個ブラウザが(ウィンドウが)開くことになります。
専ブラでは、『カーソルを合わせるだけ』でレスが読めます。(過去ログあればの話ではありますが。)
私は、(【自分がレス内容を確認する意味】もあるので)
みみずん式でリンクするつもりは今後もありません。
(また、リンクURL作成の手間もかかるのではありませんか?(やったことないけどw)
 右クリックで「このレスのURLをコピー」「タイトルとURLをコピー」と出るのも便利です。
 これ以上の手間をかける気はさらさら無いですwww)
御理解と御了承の程をお願い申し上げます。

367 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 18:08:26 ID:sS1QE9Ha
>>362  おい、クソ宝珠。

>あなたは何をいってるの?
それがゴータマの教えでしょうが(笑)
もう1度、仏教の輪廻の説明を“再読”しましょうよ!!
誰か、この方に教えてあげて下さい!

何だ?これは。  いつものあれか?
反論できなくなると、論点ずらし、ループで誤魔化して逃げる姑息な手段。
また、あれやるの?

「ゴータマの教えだ?」   いいか?前にも何度も言ったが、
『輪廻業報思想を釈迦が積極的に説いたか?否かについては、多くの異論が
ある。』  そして、これも何度も繰り返し言ってきたことだが、
「釈迦という歴史上の人物が」、その主要教義の中において『積極的に』
輪廻業報を説いたとする説には、俺は極めて懐疑的だ。その理由は、これも
何度も繰り返し述べてきたが、
1・最古層資料にそのような記述が見られない。
2・業論を認めると、釈迦の根幹思想である『無我』との矛盾が生じる

368 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 18:09:25 ID:sS1QE9Ha
勿論、多くの「伝統仏教」と言われる宗派が、「輪廻業報思想」を採用して
きた事実は認めるが、そこにおいても、『無我説との論理矛盾を解消することなく
すなわち、そこには触れずに、信仰の範疇において説いてきたに過ぎない。』
つまり、そこは論理的整合性を求めることなく、「とにかく縁起によって、
うまいことなってるんだよ。」  と言うしかないんだよ。
そして、正にこれが今の論点だ。
お前は『無我と業論は矛盾しない。論理的整合性が取れていると言う、
今まで誰一人として、それを論証できた者がいないことを主張した。』
だから、「できるものなら、やってみろ」と俺が言ったのに結果はどうだ?
お前が言ったのは「業を受け継ぐのは魂です。そして、それは我ではないから、
無我と矛盾しません。」  だ?  何?このアホみたいな解説は。
今まで、このスレでも多くの者が「無我と整合性のとれた業論」を語ろうとしたが
これほど稚拙で、馬鹿っぽく、正に「論とも言えないような戯言」を吐いたのは
お前がはじめてだ。

さて、一からやり直してもらおうか?
「無我」と矛盾しない「業論」というやつを。
あ!  その前に、「なんで田中さんが鈴木さんに生まれかわるのか?」と
「田中さんと鈴木さんが、魂を共有している」ってのをまず、解説してくれるかな?

369 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 18:47:09 ID:y1dkp31s
>>367
>輪廻が消滅する際に消えるだ? 馬鹿が。
>ならば、解脱できなければ、それは『永遠に継続するもの』だろうが?(>>360)

“永遠の昔からの永劫の輪廻”から解脱するのです。
解脱しない者は永劫の輪廻を続けるという意味になるでしょう。

 『聖者には輪廻は存せず、彼はもはや生まれ変わるということがない。聖者の身体は、
永遠の昔からの永劫の輪廻の過程における最後の身体であり、これは最後の生涯である。
今や再びのちの生存に入ることがない。』(『テーラーガーター』202)

>「釈迦という歴史上の人物が」、その主要教義の中において『積極的に』
>輪廻業報を説いたとする説には、俺は極めて懐疑的だ。

それはあなたが唯物論者だから。
唯物論者は最もレベルが低い。彼らは議論では理解できない・・・。

>>368
>「とにかく縁起によって、うまいことなってるんだよ。」と言うしかないんだよ。

縁起氏と一緒にされては困る。

370 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 18:49:36 ID:y1dkp31s
>お前が言ったのは「業を受け継ぐのは魂です。そして、それは我ではないから、
>無我と矛盾しません。」だ?  何?このアホみたいな解説は。
>今まで、このスレでも多くの者が「無我と整合性のとれた業論」を語ろうとしたが
>これほど稚拙で、馬鹿っぽく、正に「論とも言えないような戯言」を吐いたのは
>お前がはじめてだ。

そう。明確に述べたのは私だけ。
まず、己れの無知・無理解を棚上げして相手を罵倒しないこと。
基本はそこからです。

>その前に、「なんで田中さんが鈴木さんに生まれかわるのか?」と
>「田中さんと鈴木さんが、魂を共有している」ってのをまず、解説してくれるかな?

そうなってるのだから“ショウガナイ”といかいいようがないでしょう。
それが森羅万象の現象界における原因と結果の法則です。
今生のカルマ(業)の清算、及びリベンジの機会が必要でしょう。
それが在る限りは転生を繰り返します。これが平等ということであり、そのように作用してる。
名前や姿が変わることは仕方ない。それが新たなチャンスです。
もちろん、何故その家系に転生していったかは必然性です。

まっ、説明しても無駄。
あなたには理解しようという気がない。

371 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 18:58:07 ID:sS1QE9Ha
>>370  なあ、宝珠、マジで大丈夫か?
>そうなってるのだから“ショウガナイ”といかいいようがないでしょう。

今、俺には「田中さんと鈴木さんという二人の知り合いがいるんだが、
もし田中さんが死んだら、その魂が鈴木さんの中に入ることがあるわけか?」
それとも「もともと田中さんと鈴木さんが共有の魂を持ってるわけか?」
どっちなの?

372 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:03:52 ID:y1dkp31s
追記:>>369
>>>368
>>「とにかく縁起によって、うまいことなってるんだよ。」と言うしかないんだよ。
>縁起氏と一緒にされては困る。

輪廻してる魂は縁起に依って生じている。
従って、縁起しだいで滅する。

ゴータマはあなた方が混乱すると思って明確にしなったのでしょう。
私には説明できるし、この程度は隠す必要なしとみるから述べるのです。
大した話ではないです。精神世界orニューエージ思想の類の人々の方が理解しています。
この程度は常識の範疇です。


373 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 19:06:08 ID:sS1QE9Ha
>>370
>まず、己れの無知・無理解を棚上げして相手を罵倒しないこと。

お前の「妄想を信じて理解しろ」と言われても困ってしまうんだが。(笑)

>それが森羅万象の現象界における原因と結果の法則です。
今生のカルマ(業)の清算、及びリベンジの機会が必要でしょう。
それが在る限りは転生を繰り返します。これが平等ということであり、そのように作用してる。
名前や姿が変わることは仕方ない。それが新たなチャンスです。
もちろん、何故その家系に転生していったかは必然性です。

wwwwwww
これはお前の願望でしょう?
お前が勝手に「真実だ」と決めているだけで、「何ら実証された事実」
ではないわけだ。
「自分がそう思いたい」ということを「それが真実だ」と断定することを
妄想というのだよ。(笑)
しかし、本当に全く進歩がないな、お前は。


374 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 19:13:48 ID:sS1QE9Ha
なあ、宝珠よ。お前は「〜は真実だ。わからないのはお前が無知なせい。」
と言ってるだけ。「自己の主張の真実性の論証を全く行ってないの。」
唯、「真実は〜だ。わからないのは、お前のせい。」と喚いているだけ。
これでは「鍵のかかった病院の中で、『俺は神だ。それがわからないのは
お前たちが無知だからだ。』と喚いている危ない人と全く変わらんぞ。」
少しは自覚せえよ。

375 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:20:00 ID:y1dkp31s
>>371
どうも・・・ご勘弁願いたいのはこっちですよ。
うーむ。マジでフザゲテルのかと思いました・・・。
本当にわからないの?私がそんな話を述べてるわけがないでしょうが?

いつこの私が、
現に生存中の鈴木さんの中へと亡くなった田中さんが転生するといいましたか?
鈴木さんの肉体から鈴木さん魂を追い出して、そこへ別の魂が転入したり、
或いはまた、一つの肉体に二つの魂が共有するなどといいましたか?

私がいってるのは、
田中さんが死んで、次に鈴木さんとして転生したりしているのだ、と述べているのですよ。
生前の田中さんの魂が、今度は別人格・別肉体へと転生していくのです。
それが鈴木さんとなるか、または高橋さんとなるかは転生先の家系によるでしょう。
それも決定づけてのはその魂です。まず、これが基本です。

鈴木さんは当然、過去世(前世)での田中さんだったときの記憶を失っていますが、
鈴木さんとして転生し、その家系での自分の人生における様々な条件付けを決定づけた理由とは
過去世での田中さんだったときの行為が原因しているのです。
記憶がすべて戻ったときに、何故、あるときにこの出来事が自分に巡ってきたのかの
整合性ある理由をちゃんと解することになる。
デタラメには作用していないので、これが法則というものです。

376 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:23:49 ID:y1dkp31s
>>374
>これでは「鍵のかかった病院の中で、『俺は神だ。それがわからないのは
>お前たちが無知だからだ。』と喚いている危ない人と全く変わらんぞ。」
>少しは自覚せえよ。

いいの。いいの。
「唯物論者には説明しても無理」と本に書いてあったよwww


377 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 19:27:48 ID:sS1QE9Ha
>>375  お前は人の書き込みを全くよんでないのか?
それとも日本語が読めないのか?
あるいは読解力が小学生なみか?

俺が最初に言及した  >>303  から
>>346   >>358  を読んでから、レスし直せ、馬鹿が。
勝手に話を捻じ曲げるな。

378 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:32:02 ID:y1dkp31s
 『聖者には輪廻は存せず、彼はもはや生まれ変わるということがない。聖者の身体は、
永遠の昔からの永劫の輪廻の過程における最後の身体であり、これは最後の生涯である。
今や再びのちの生存に入ることがない。』(『テーラーガーター』202)

これが仏教なの。
この経文がすべてを述べているといえるでしょう。

で、あなたが仏教を信じないのは自由なの。
私は仏教を信奉するよう強要などしてないの。
解りましたか?

自分の無理解を私や仏教のせいにしないこと。
これが自覚というもの。


379 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 19:33:44 ID:qlTY56xp
>>368
無我説と輪廻転生説の論理的整合性を求めだすと苦しいけど、
そもそも無我説は仏説ではない、という主張も沢山あるじゃん。
非我説もそうだが、そもそも経典を厳密に研究すると
無我説なんて元々釈迦は言っていない、という説もあるでしょ?
無我説自体の絶対性も怪しいものだよ。

それに個人的には釈迦は、そこまで論理的な人物ではなかったと思ってる。
なにせ書物もなければ、自分の頭の中だけで膨大な宗教体系を
作らなきゃいけなかった時代だ。そりゃ論理矛盾の一つや二つくらい
犯すだろう。現代人が釈迦は絶対に論理矛盾を犯さないと思うほうが
釈迦を超人化・神格化しすぎていると思うね。

380 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:36:04 ID:y1dkp31s
>>377
はぃ。ループしたので終了します。

時間があれば、
ヒンドゥー聖典から神智学文献まで引用してもいいのですが・・・。
今の話も理解できないのでは、どうにも無理ですよ。


381 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/20(日) 19:38:38 ID:y1dkp31s
>>379
あれれ?新しいご意見ですね。

ていうか・・
これが一般的、及び常識的な見方かもしれませんが・・・。。


382 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 19:49:00 ID:sS1QE9Ha
>>379
>そもそも無我説は仏説ではない、という主張も沢山あるじゃん。

これはどういう意味における発言かな?
「無我ではなく非我である」というスライド的な意味なのではなく、
『釈迦は無我も非我も説いてない』となると、これはもう
全く異なる宗教になってしまうぞ。

>>380
>はぃ。ループしたので終了します。
しかし本当に姑息な奴だな、お前は。
反論できなくなると、相手のせいにして逃げ出す。
いい加減にそのクセ止めろや。

お前が俺の説明の設定を
1・読んでなかったか?
2・理解できなかったか?
のいずれかの理由で、勝手に「田中さんの生まれ変わりを鈴木さん」
としたわけだな?  そして人の説明を勝手に変え、妄想を垂れ流す。
挙句にそれを相手のせいにする。
今まで、このスレで何度も何度も何度も繰り返し批判されてきた
その態度はもういい加減にしな、クソ宝珠。

383 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:11:13 ID:qlTY56xp
>>382
非我説と解釈できるだけでなく、非我説としか解釈できない部分もある、
という説も見たことがあるってこと。

ただ繰り返すが、釈迦の全ての説に厳密な論理的整合性を
求めるのは釈迦に酷だと思うよ。元々人間の頭と記憶だけを頼りに
構築・保持されている宗教体系なんだから、矛盾があったとしても
全然驚かない。

384 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:26:20 ID:qynFCYD5
久々にROMしにきたら、宝珠、おまwww
>>177 あたりから、前兆があったが、本気で狂ったようだな

しかも、自分がループに入ってるのは無視してるのに、
相手が、過去レス参照して、論点がずれてるのを指摘したとたん、
「はぃ。ループしたので終了します。 」とかwww



マジレスするけど、
宝珠、最近のお前の言動は異常だ。
お父上の死以来、ちょっと精神の平衡を欠いてないか?
一度冷静になって、自分の書き込みを読み直す事を勧める。

385 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:32:07 ID:qlTY56xp
あと「魂」は「我」ではない、みたいなレスは必ずしも言葉遊びとはいえないんじゃないか。

そもそもアートマンとか魂とか霊魂とか、そんな概念自体が元々曖昧なものだ。
現代人は理性的で頭がいいから、「自己の魂」「他者の魂」とか
科学的思考に基づいて分類するが、このような論理学を用いた理性的分類が、
アートマンみたいな宗教的概念に通用するのか疑わしい。

2500年前の沙門たちは、現代人とは発想や思考様式も根本的に異なる筈であり、
彼らが何を持ってアートマンという概念を理解していたのかは、本当のところは
分からない。アートマンや魂自体が、現代には通用しない非論理的で意味不明な
概念である可能性もある。

386 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:44:56 ID:qlTY56xp
意識の中心一つとっても、現代人と古代人は差がある。
知識のある現代人は意識の座としてすぐに頭脳をイメージするが
古代人はそもそも脳が何の働きをするのかも、まったく分かってなかった。
だから心は丹田にあるとか、心臓にあるとか、勝手なことを言っていたわけで。

「ものを考える場所」として直感的に自分の頭脳をイメージする現代人と
直感的に心臓をイメージする古代人では、根本的に分かり合えるとは思えない。

387 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:47:29 ID:OHPHJjAg
「自己」なのに転生しない?業報も受けない?主体になってないのに「自己」?

語りうるとか語りえないとか以前に名前をつけ間違ってるな。

388 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 20:55:33 ID:OHPHJjAg
命=心=魂=霊=自己が明確に区分けされていないなら、なおさら語義が
性質に反映されてないとおかしい気がします。

「息」という意味を持つルーアハがヘブライ語では霊ということになりますが、
これは神が「息」をアダムに吹き込む、という形で反映されている。
「自己」という語義をアートマンが持つなら「自己」としての性質を
何らかの形で持っていないとおかしい。不自然。

「炎」という意味の名前を持っているのにアグニ神が炎や炎に関する一切のものを司っておらず、
「炎」でたとえられるような性格も全く持たないようなもの。

389 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 21:08:49 ID:sS1QE9Ha
>>383
>・・非我説としか解釈できない部分もある・・
仏典の記述を見れば「非我説」どころか、「トンでもないオカルトの記述」
も少なくないよ。 要はどれが釈迦の教えの本旨であったか?
どれが、他宗教からの混入、後世の弟子たちの増稿、改変、あるいは、
比喩、方便であるかの識別が、(非常に困難ではあるが)、避けて通れない部分
であると思うね。 その際の基準とも言うべきものが『無我』であると、俺は
考えている。 「苦の滅」→これを達成するための方法論として、たどり着いた
のが『無我』への認識転換。  これが仏教の幹ともいえる部分であり、
これをはずしたら、もう仏教とはいえないだろ? 
この『無我』の思想は、正に仏教独自のものであり、他宗教には見られないものだ。
よって、他宗教からの混入は考えがたく、試金石として使用するには最も妥当で
あると考える。 


「何を仏教というか?」
という問いに対する答えは難しいが、「無我の思想」に反するものは少なくとも
『釈迦の教え』とは言えず、後世の付加物であると考えるのが最も妥当なのではないかな?

>ただ繰り返すが、釈迦の全ての説に厳密な論理的整合性を
求めるのは釈迦に酷だと思うよ。元々人間の頭と記憶だけを頼りに
構築・保持されている宗教体系なんだから、矛盾があったとしても
全然驚かない。

「歴史上の釈迦という人物」が、実際どのような人物であったのか?
これは残されている資料があまりにも少ないため、推測するのは困難だが、
少なくとも「同時代人に比して」、論理的思考を好み、実証に重点をおく姿勢の
持ち主であったとは思われる。
唯、釈迦が比喩や方便ではなく、上記のように「瑕疵により」論理的不整合な説を
説いたとすることは「仏教徒たち」には、容認できないことだと思うぞ。
(俺は仏教徒ではないので、別に構わないのだがww)

390 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 21:09:57 ID:sS1QE9Ha
>>386  う〜〜〜ん、それを言ったらダメだ。
「普遍的現象の是非を判断する」ときの基準として現代の知見を用いるのは十分、
理由のあることだとは思うが、「認識論、精神的内的作用」に知見の多寡を適用
するのは、あまりにも酷だと思うが?
「無我」「無常」そして竜樹の言う「無自性による相依性」などは、
現代思想に比しても決して色あせることはないように思えるのだが。

391 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 21:40:56 ID:sS1QE9Ha
>>385 は、読んでなかったので後レスするが、
>・・アートマンや魂自体が、現代には通用しない非論理的で意味不明な
概念である可能性もある。

う〜ん、これも確かにその可能性は否定できないが、現代にいる我々が、
当時の思想、概念を推測するには現代に残されている資料から、「現代
的視点」において推測するしかないわけだ。
例えば、当時もやはり「殺人はいけないこと」と考えていたと推測するしかない。
唯、当時のインドにおいては、「アートマン」「輪廻」「業」などの概念は
現代人である我々が、資料の上から考えるのとは、また違った「非常に生々しい、
当然の事実であり、現代の我々が地動説に何の疑いも抱かないのと同じように
一片の疑義も感じないような」『真実』であったのかも知れない。
しかし、それは当時に戻ってその世界に属して見なければわからず、とりあえず、
我々にできることは、「現代の視点」に立って2500年前を眺めるしかないよ。




392 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 21:48:44 ID:5hdiioYz
奈良さんが仏教風呂敷論なる言葉を発する理由は、そのあたりにあるだろうと思う。
(もしかしたら、「仏教文化史」という専攻の方向となった理由も、そのあたりに端を発するかもしれない。)
「仏教は、ヒンドゥ文化の中に、2500年前のインドに発生したものである」という視線を外さないスタンスとして・・。

393 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 21:55:05 ID:qlTY56xp
>>389-390
竜樹とかが非常に緻密な思考力の持ち主で、物凄く
頭が良かったのは分かる。釈迦もそうだったと思うけど。

>たどり着いたのが『無我』への認識転換。

釈迦は実践の人だったんで、この無我というのも
どこまで拡がりを持った概念なのかなあ、とは思うんだよね。

ただまあ現代人、釈迦をあまりいじめるなよ、と時々思うことはあるw

394 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 22:05:00 ID:qlTY56xp
>>391
まあ確かに、古代人を真に理解するには古代世界で生きるしかないし、
現代人はとりあえず、共通用語としての現代の知見に則って
話すしかないんだけどね。

ただ釈迦が当時としては卓越した論理的思考力の持ち主だったとしても、
周囲にはマントラで病気が治るとかガチで信じていた人が
溢れていたわけで(釈迦もそういう環境で生育し生活していたわけで)、
当時の哲学的・宗教的概念を理解するには、そういう事情も
忘れないようにしないとなあ、と思ったんだよ。

395 :神も仏も名無しさん:2010/06/20(日) 22:39:00 ID:5hdiioYz
だから、ブッダは(シッダッタは)【本気で】【生き物は輪廻する】と考えていたろうと思う。
ただ、「苦の完全なる滅」が実現可能だと気付いた時、
それが実は「輪廻などない」というものだったとしても、
「輪廻を脱することができる」という表現として発せられた可能性はあるだろうと思うし、
輪廻以外の様々な要素に関しても同様だろうと思う。

伝承は尊重しなければならない。
だが、(直接の言葉が残っていないにしても)、釈尊の足跡、思考の道程を追いかけるなら、
「ヒンドゥ文化の影響」を視野に入れつつも、【同じ人間として】「自身の心の在り様・動き」を見つめ、
現存する言葉(≒文献)と相対すべきだと俺は思う。


(※やっぱり、縁起一代のレスは貴重だったなぁ・・w)

396 :前世は一在家:2010/06/21(月) 00:10:48 ID:89179rYN
>>350
>なぜなら、【法華経は阿含(の時代)には説かれていなかった事・伏せられていた
>ことを明かす経典】だからだ。
>そして、その伏せられていたこと以外は既に全て説かれ、その時代の弟子達は
>【それによって一旦は悟っている】。

阿含(原始仏典の時代)に「常住のものはない」と説かれた釈尊が、
法華経(大乗) では「仏国土(世界)も仏も常住である」と菩薩達には説いており、
龍樹(大乗)の空の体系(言語論理学上での演繹論理学)と矛盾したとしても、
貴兄はあくまで原始仏典の範囲で語っているから正しいという意味は了解しました。

あるがままに見る認識主体の「世俗諦」と、中身の無い(空)の言語論理学の
「第一義諦」との何れ普通の人の日常生活にとって大切かを考えれば、後者
だと思料します。

「去るものは去らず」ですが、「去るものは去る、ではない」と最初から認識
していれば良かったようですが、言語世界の言葉足らずに私も振舞わされていた
ようです。もう少し学習を進めてまります。


397 :前世は一在家:2010/06/21(月) 01:25:06 ID:89179rYN
>>383
>ただ繰り返すが、釈迦の全ての説に厳密な論理的整合性を
>求めるのは釈迦に酷だと思うよ。元々人間の頭と記憶だけを頼りに
>構築・保持されている宗教体系なんだから、矛盾があったとしても
>全然驚かない。

龍樹は哲学者で論理性を重視し、釈尊は衆生の救済を重視されて、
相手のレベルに応じて四通りに説法をされたそうですから、意図的な
論理矛盾があったという仮説を立てております。

医師が癌だと認定した患者に「あなたは癌です」と伝えることは真
であり、「癌ではない」と伝えることは偽でしょう。

でも慈悲深い医師であれば患者に「あなたが癌かどうか私には分かり
ませんので、もう少し様子をみましょう」と論理学上の偽を伝えますが
救済上では真かも知れませんね。


398 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 02:54:50 ID:nRoLgjOL
釈迦の「無我」「無常」には、やはり無理がある。「無」とは「有」に対する
概念であり、「無」という以上、「有」の概念を前提としているからである。
「有・無」は、あくまで「相対的・関係的概念」だから、竜樹の「有にあらず、
無にあらず」が正しい。本当に無なのなら、そもそも「無」などという必要は
ない。

釈迦の「苦の滅」は、苦を「滅すべき異物」とし、「苦は、人生において不可避
であり、苦を苦にし過ぎて、滅しようとすればするほど深まる」という事実に
思い至らなかった点で誤り。苦を生の一部として、積極的に受け入れてこそ、
初めて苦を滅することが出来るのである。苦がなければ、他者の苦を理解し、それ
に共感する能力の育成(これを、人間の成長と呼ぶ)が不可能になってしまう。

苦を、人生には付き物であり、自己の成長への糧として積極的に受け入れてこそ、
初めて苦が苦ではなくなる。「人生は、自分の思うとおりにはならない」と
初めから達観しておれば、苦は苦にならない。これが「悟り」である。

釈迦の「苦への執着」は全く異常。彼の鬱病の症状としての病的心理以外の
何物でもない。健常者に苦の概念を植え付けることにより布教しようとするのは、
キリスト教における罪概念の植え付けと同様、それ自体が「地獄に墜ちるべき
罪」の典型である。

釈迦仏教が、キリスト教と並んで、人間にとって極めて有害な超カルト宗教で
ある所以である。

399 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 03:48:34 ID:tDwGEFYX
>>398
ぼくが知ってるお釈迦さまと、君の脳内のお釈迦さんは違うみたいだね。

400 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 04:17:47 ID:5tbDqSTW


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪


人間には、百人百様の論理が可能であるが、それが「生存」の方向に向って
いる場合にのみ、それを「正しい」という。☆★

いなかる論理を弄してみても、それが「人間の生命の否定」に向っている場合
には、「正しい」とは言わない。論理が、人間の生命の機能である以上、当然
のこと。さもなければ、論理の発生源そのものを否定するという矛盾に陥る
からだ。

これは古今のどの「本」にも書かれていない「ありがたいお言葉」だよw。☆★

 
(*^。^*) 


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪



401 ::2010/06/21(月) 06:17:12 ID:MZtRl4iC

 ↓ 卍 お経を自分で勝手に解釈して観る 【臨時 避難

http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1275279123/131

 ↑ >>381  宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk  様へ!

 ↑ レス!  ありがとう  ございました!

402 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 08:48:26 ID:zEExbLY1
>>398
>「有にあらず、無にあらず」

釈迦仏教の事象の真相は時空際断ゆえ言語論理では、直指肯定(“〜である”)できず
“〜にあらず”の否定形で顕さざるをえない。
これが世俗諦としての限界だ。

わかっているひとは、おまえのようになんでも直指断定(“〜である”)するほどアホではない。
頭の体操で、例えば「点」(>>328)は有なのか無なのか?を考えればわかる。



403 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/21(月) 09:07:12 ID:mVfKED1a
堕落系キリスト教徒脳思考のインキョ神は398の内容の様に、
証明出来ないことを善悪判定し裁くw

インキョ神には人間の脳の創造性は不要で生命唱えて解決するのみで、
インキョ神のそれに反する者、人間の脳の思考性を想定する釈迦も精神病になるのである。
堕落系劣化新興宗教の教祖達と同じ、インキョ神の様に
思いつきの妄想思考体系を絶対化する。
思いついた妄想が事実認識を無視し絶対化し、
それに反する者は悪である、精神病であるとか、判定される。
オウムを見よw
根拠なく米軍ヘリがサリン攻撃を仕掛けてきたという事実認識の無いインキョ神の妄想思考を選択しているのである。

まさにまた、「苦」の精密分析、原因分析を否定する善悪裁きの激しい堕落系劣化キリスト教徒脳思考そのものである、
注意されたしw
キリスト教徒脳思考のインキョ神なのである。


404 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/21(月) 09:11:32 ID:mVfKED1a
>釈迦の「苦の滅」は、苦を「滅すべき異物」とし、「苦は、人生において不可避
であり、苦を苦にし過ぎて、滅しようとすればするほど深まる」という事実に
思い至らなかった点で誤り。苦を生の一部として、積極的に受け入れてこそ、
初めて苦を滅することが出来るのである。苦がなければ、他者の苦を理解し、それ
に共感する能力の育成(これを、人間の成長と呼ぶ)が不可能になってしまう。

>苦を、人生には付き物であり、自己の成長への糧として積極的に受け入れてこそ、
初めて苦が苦ではなくなる。「人生は、自分の思うとおりにはならない」と
初めから達観しておれば、苦は苦にならない。これが「悟り」である。


インキョ神の妄想洗脳世界では、
経済悪化、ゲームの勝ち負け、精神的破滅の分析は不要である、
原因分析はインキョ神洗脳宗教には不要なのであるw
釈迦の「苦」というのは人間の精神的自滅を分析するものである。
なお、インキョ神洗脳宗教では生命唱えれば、経済悪化、ゲームの勝ち負けの問題、精神的破滅は回避されるらしいw

まさい、インキョ神新興宗教教祖による洗脳とインキョ神のお言葉に対する絶対的信仰で解決できるらしいw

まさにまた、「苦」の精密分析、原因分析を否定する善悪裁きの激しい堕落系劣化キリスト教徒脳思考そのものである、
注意されたしw
キリスト教徒脳思考のインキョ神なのである。




405 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/21(月) 09:49:54 ID:mVfKED1a
下記は妄想教祖インキョ神の洗脳された哀れな姿w
人間の思考、原因分析、「苦」など精神的破滅回避の為の分析不要w
生命唱えて解決する妄想宗教w

400 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 04:17:47 ID:5tbDqSTW


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪


人間には、百人百様の論理が可能であるが、それが「生存」の方向に向って
いる場合にのみ、それを「正しい」という。☆★

いなかる論理を弄してみても、それが「人間の生命の否定」に向っている場合
には、「正しい」とは言わない。論理が、人間の生命の機能である以上、当然
のこと。さもなければ、論理の発生源そのものを否定するという矛盾に陥る
からだ。

これは古今のどの「本」にも書かれていない「ありがたいお言葉」だよw。☆★

 
(*^。^*) 


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□☆☆☆☆☆♪

406 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 11:32:50 ID:PCc57B4e
>>402
釈迦の「無我」「無常」「縁起(因果関係)」「中道」「空と観ぜよ」は、
すべて「有」を前提とする「二項対立」の思想。竜樹の「関係性としての
空」には及びも付かない、似ても似付かぬ、単なる思い付きの幼稚なもの。

また、人生における本当の「苦」を味わったことのない釈迦に、苦は語れない。

よーく考えてみよう。

407 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 14:52:35 ID:zEExbLY1
>>402
>「二項対立」の思想

『世俗の表現(言語慣習)に依存しないでは、究極の真理(勝義諦)を説くことはできない。』(中論24-10)
それらの言語は勝義空諦(無差別相)からの還滅により、世俗諦(差別相)において二項相対言語論理で説明したものだ。
説明と言っても、いわば暗に中道を示唆できるに過ぎない。
無分別の分別ともいう。
中道を体得するには直覚する以外にない。
『マーガンディアよ。「わたくしはこのことを説く」、ということがわたくしにはない』(スッタニパータ837)
『ブッダはいかなる教え(法)も、どこにおいても、誰のためにも、説かなかった』(中論25-24)し、
また説き得ないのである。

なんら生起も寂滅もありえず、まさに中道という以外にない。

このような空諦からの還滅から解しないと
おまえのようにトンデモ誤解、ご都合主義曲解(→除俗數法)になる。勝義第一義空経参照。

ところで、「点」(>>328>>402)とは有なのか無なのか?お答えください。

>人生における本当の「苦」→とはなにか、ご教授ください。


408 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 15:28:35 ID:BdoRG6O5
>>407
>中道を体得するには直覚する以外にない。
生活を離れた修行や瞑想などにおける「直覚」は、「変性意識下」における感覚や
思考として、人間の「正常な感覚・思考」からは排除される。勝義は、その
内容が生活者(世俗)の生活体験として納得できるものでなければ、存在し得ない。

>『マーガンディアよ。「わたくしはこのことを説く」、ということがわたくしにはない』(スッタニパータ837)
何も説かれていない「教え」をあたかも説かれたものと錯覚しているのが、釈迦教徒。

>『ブッダはいかなる教え(法)も、どこにおいても、誰のためにも、説かなかった』(中論25-24)し、
>また説き得ないのである。
竜樹は、自分(竜樹)のような教えは釈迦は説いていない、と言っているとも
解釈できるね。それはまさに事実である。

>>ところで、「点」(>>328>>402)とは有なのか無なのか?お答えください。
「(黒)点」は、空白部分との関連においてのみ有である。全面が黒色なら、
黒点は存在しない。

>>人生における本当の「苦」→とはなにか、ご教授ください。
自分の生存本能の指示に従えない場合を「苦」という。それは、自他の生存本能
との関連においてのみ生じる。個体の生及び共生にとって「不可欠な要素」で
ある。

409 :407:2010/06/21(月) 18:07:21 ID:zEExbLY1
>>408
>人間の「正常な感覚・思考」
   直覚とは日常的な既成概念(言語論理思考を含む)から脱却してあるがままをつかむことだよ。
世俗日常だけが『正常』という『信仰』を説く生命根源教には精神レベルが低すぎてわからない。
  いわばコンドームセックスだけが正常だとの『信仰』を説く生命根源教には、ナマセックスは異常な『感覚・思考』なのだろうw
隠居の唯物生命が根源だという生命根源教は検証抜きの完全な戯論『信仰宗教』なんだよ。
観念神が根源だというのと同一構造の論理だ。

>何も説かれていない「教え」
そう、時空際断においては言語論理はありえず、何も説きえない。
非言語論理的に直覚するのみ。

>解釈できるね。それはまさに事実である。
不生不滅の中道(時空際断)において、定まった教義や自らの主張をたてることはありえない。
『わたくしには主張は存在しない。まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存在しない』(龍樹「異論の排斥」より)
『如来によって説かれた法というものはなにもありません』(スプーティ「金剛般若経」13-b)

>「(黒)点」は、空白部分との関連においてのみ有である。
点は次元がない。だから有無は問えない。問えるのなら極小でも平面であって点ではない。
空白部分と相対化し、空白部分が無限大なら、点は無限小であって、
存在として相殺され、有無を観念できない。
既成概念によって「存在」と妄想しているものはすべて有無を観念できない点の集合による妄想であって、
空=中道というしかない。
これが仏の教えである。

>自分の生存本能の指示に従えない場合を「苦」という。
苦は点の集合であって、我執による妄想である。
ゆえに→無苦集滅道。


410 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 22:32:05 ID:yZc8b6ZR
>>396
んっっっっっっxtっっっっとに、どこまでもどこまでもどこまでも、
腐臭が漂うほどの根性の腐りようだなw
そうまでして論点ずらして、自分のミスや愚かさを隠蔽したいか?
在家&隠居の、人としての在り方における屑っぷりは群を抜いてるわw
(宝珠の方がまだ可愛げがあるw)

> 龍樹(大乗)の空の体系(言語論理学上での演繹論理学)と矛盾したとしても、
ハァ?(゚д゚)
誰が竜樹の話をしてるんだ? てめぇが、【この396で】【初めて】【触れ】【結びつけ】てんじゃねーか。
> 貴兄はあくまで原始仏典の範囲で語っているから
ハァ?(゚д゚)
てめぇのレスが、原始仏典限定の話だったんじゃねーか。
てめぇ自身が、「大乗」になぞ、これっぽっちも触れてねーじゃねーか。
それに合わせてレスを入れたら、言うに事欠いて『俺が原始仏典限定の話にしたかの如く』返答する。
姑息とか、そんなレベルじゃねぇ。
『対話の相手を人とも思わず』『自己の保身にのみ躍起になり』『相手の発言まで捏造し』
『相手をとことんまで貶め』『重要部分はスルーし、論点をずらし』
『自己の正当化を図り』『誤りを隠蔽する』。 どこまでも腐り切った屑野郎だよ、お前は。
>>296に対して、きちんと返答してみろ。木瓜茄子が。

411 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 22:57:47 ID:yZc8b6ZR
>>398
> 初めて苦を滅することが出来るのである。
> 初めて苦が苦ではなくなる。
> 苦は苦にならない。これが「悟り」である。

ハァ?(゚д゚)

 > 苦がなければ、他者の苦を理解し、それに共感する能力の育成
 > (これを、人間の成長と呼ぶ)が不可能になってしまう
 >>408>個体の生及び共生にとって「不可欠な要素」である

んですよね?w
貴方の主張に於いて、「苦を無くしてしまって」いいんですか?www


>>408
> 自分の生存本能の指示に従えない場合を「苦」という。
> それは、自他の生存本能との関連においてのみ生じる。
> 個体の生及び共生にとって「不可欠な要素」である。

ふ〜ん・・。
貴方は、『肉体的苦痛』を「本当の苦」と言ったり、『貧しさや飢え』が「本当の苦」であると言ったりしてますが、
これらもやはり、
《>自他の生存本能との関連においてのみ生じ》
《>個体の生及び共生にとって「不可欠な要素」で あり》
《>自分の生存本能の指示に従え ていない場合》ということですかね?

また、貴方の「苦」には『心理的要素』『心理的側面』が皆無なんですが、
貴方は『心理的な苦』を感受しないんでしょうか?「心理面での苦は苦でない」、と?

412 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:03:09 ID:XEH3/KUn
>>409
論理的に支離滅裂なレス。

1 「生命現象を現している肉体(生命)」ほど、検証が容易なものはない。検証でき
さもなければ、そもそも火葬許可書が出ない。死ねば、仏教はやれない。
一方、宗教には、検証可能な要素は「皆無」。釈迦が解脱しただの、悟っただの、涅槃
に入っただの、一体誰が検証したのか。検証はゼロではないか。すべて妄想。

2 無限小はゼロではなく、存在である。無限小に近い素粒子も存在である。平面も、
平面状上の点も、存在である。平面上には存在がないのなら、すべての仏典も不存在
である。平面上の黒点も文字も、ごく精密に計測すれば、そのインクや墨の僅かな
隆起があるはずだ。従って、三次元である。

3 苦が「点の集合であって、我執による妄想」なら、釈迦も仏教徒も、その妄想に
それほど執着している訳だ。

「老・病・死」いずれも「生命の喪失(の恐れ」という苦である。「生」は、必然的な
生命の消失への途上という意味で苦である。釈迦にとっては、「死」が苦の極致であった。

413 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/21(月) 23:18:26 ID:6StA8Xnm
>>396
一在家さん、何故いつも法華経が登場してくるのかがよく解りません。
真光の師匠はゴータマについては原始佛教(原始仏典)を学べ、
とおっしゃったのではなかったのですか?初期大乗経典だからですか?
(つまり、ゴータマの教えをまだよく知っていた人たちが書いたといいたいのですか?)

>阿含(原始仏典の時代)に「常住のものはない」と説かれた釈尊が、
>法華経(大乗) では「仏国土(世界)も仏も常住である」と菩薩達には説いており、

「釈尊が法華経では〜と説いており」というより・・・、
ゴータマが述べてないことを勝手に書いていったのが大乗経典というのが基本的な見方でしょう
“阿含の時代や法華の時代”という言い方は・・・もしも、教相判釈/五時八教をベースにしてるのであれば、
これは仏教学では非常に信憑性が疑わしいものとしてすでに常識化しています。
少し、気になったので一言。

----皆さんへ
*できれば、スレ的に取り扱われるべき仏典は原始仏典を中心にして頂きたいものと思いますが・・・。
龍樹がどうしたこうした・・・というのも、中論の専用スレでお願いしたいところです。

414 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:37:18 ID:yZc8b6ZR
>>413
>*できれば、・・・・・・お願いしたいところです。
てめぇは、このスレ誕生の経緯や意義を一蹴する気か?w

415 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:45:16 ID:yZc8b6ZR
その他参考:

仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/254
>衆生の最大の苦である「貧」からの苦が

【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】5
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1263646378/193
>「実存苦」とは、突き詰めて考えれば「実存(生命)」を失うことの恐れから生じる。
>釈迦も言うとおり、死が最大の苦であるからである。

【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1258416210/357
>病老は、生存を脅かすから苦が生じる。生存を消滅させる死が、最大の苦である所以。

【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】8
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/251
>修行して、Nirvanaとやらに達したら、「虫歯」の痛みは治るのかね。
>「金がない。食べる物がない」という、人生最大の苦しみはどうか。

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート26
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267761169/51
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267761169/386
>最悪の場合は、「最大の苦」としての死に至る。


(なんか、中世・近代の貧富観を髣髴とさせるな・・w
 『豊かになれば、医療が進歩すれば、苦は無くなる』 とでも言うのだろうか・・w
 なんというユートピア思考www)

416 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:48:17 ID:rqiyzWBB
>>410 どうした、セブン?いやに切れてるが。(笑)

在家、隠居、宝珠の三バカトリオは今に始まったことでもなかろう。
こいつらの、共通特性は「反論できなくなると逃走。そして、ほとばり冷めた
頃、また同じことを繰り返す。」
俺としては、姑息さで順位をつけると
1位 在家  2位 宝珠  3位 隠居   だがな。

ちなみに、馬鹿さで順位をつけると
1位 隠居  2位 宝珠  3位 在家   だが、どうかな?  (笑)

在家の「うなぎみたいにヌルヌルとつかみ所のないような、論点ずらしは
大したものだと思うぞ。」 

417 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:54:50 ID:yZc8b6ZR
>>416
凡夫は、リアルの捌け口を2chに求めるのさwww


狡猾さ
1位 在家  2位 机  7位 隠居  10位 宝珠

こんなの↑は?w
((巧みに論立てし切れない)宝珠の綻びは、存外可愛らしかったりもするw)

418 :神も仏も名無しさん:2010/06/21(月) 23:57:03 ID:XEH3/KUn
>>411
釈迦のように「苦をなくす」のではなく、「苦を生命そのものの証として感謝して
受け入れ、よりよき生への原動力と自己の成長の糧とする」のである。

苦とは、生命の維持に必須の心的現象であり、むしろ感謝すべきものであることに、
釈迦は思い至らなかった。病気に苦がなければ、病気が発見できず、治療の機会を
逸し、最悪の場合は死にいたる。自己中心主義から生じる純粋な精神的苦でさえも、
「他者の生存に対する思いやり」を欠いていることに対する警告である。

「心理的苦」も、あくまで「肉体的生存本能」に対する障害から生じる心的現象である。

419 :前世は一在家:2010/06/22(火) 00:00:17 ID:6rHry5nX
>>296 多分セブン氏
>それは、【既に知ってる・理解していることを「讃して」いる】だけじゃね?
>>『いきなり、4段階のレベル4で理解できた』ってこと(→>>290で言ってること)
>とは【全く関係が無く】ね?

長部経典の「自歓喜経」と「等誦経」に記載の4種類の入胎の法を例示しましょう。
仏になる前の菩薩は前世を記憶したまま生まれてきますが、舎利弗クラスの阿羅漢
でも前世を忘れてしまうと説かれております。

仏が知っていることを、全て阿羅漢(修行完成者)が知っているとは限らないと
思料しますと、回答いたしましたよ。


420 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:01:05 ID:XEH3/KUn
>>416
君自身や釈迦や釈迦教徒の姑息さと馬鹿さの順位はどうなのかw。特に釈迦。

421 :前世は一在家:2010/06/22(火) 00:03:28 ID:WQ9mlUQh
>>413 宝珠氏
>一在家さん、何故いつも法華経が登場してくるのかがよく解りません。
>真光の師匠はゴータマについては原始佛教(原始仏典)を学べ、
>とおっしゃったのではなかったのですか?初期大乗経典だからですか?

それは、大乗仏典と言いましても、法華経系、龍樹系、その他と大きく
分類できるからです。

原始仏典の流れを比較的継承しているのは、いずれかと言いますと、
法華経の筆記者ではないかと個人的には感じております。

もし法華経系の仏教徒が原始仏典(スッタニパータ、ディーガニカーヤ)
を読まれましたら、すーっと釈尊本来の教えを悟られるのではないかと
の仮説を立てております。

特に法華経の「方便品」の「全ての仏子は仏となり得る」と「如来寿量品」
の「世界も仏も常住である」という法は重要視しております。

換言しますと原始仏典を鏡にして、現代の大乗の諸派を照らしたいのかも
知れませんね。


422 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:08:16 ID:aozTyA1K
>>420  お〜〜〜〜〜、隠居。
お前、>>416 が、お前をからかっている書き込みだとわかったのか?
すごいじゃないか、小学低学年から小学高学年くらいまで、読解力が
アップしたか?   いいぞ、 がんばれよ。(笑)

423 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:14:15 ID:sm7OJN5Q
>>422
馬鹿さのダントツは、文字通り精神病者(双極性障害)の釈迦と、その精神病者
をやたらとありがたがる釈迦教徒であることには、間違いない。

424 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/22(火) 00:15:44 ID:q2hAISub
>>421
返答ありがとうございます。

そうですか。
では、貴重な参考意見として伺っておくことにしたいと思います。
正直、法華経の評価というのは仏教学的にはかなり低い扱いだと認識していましたので・・・。
仏教学上、大凡の創作者についてを想定予測をしますからね。
どんな人たちが経典制作に携わったのか?を推論するのです。

それでは、時間を見つけて
自分自身で読み直してみたいと思います。

425 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/22(火) 00:19:57 ID:q2hAISub
追記:

余談として、
「華厳経」あたりはとても在家やシロートでは書けない内容だと評価されています。
(まー、大乗の各経典評価というのも定説化してるわけじゃないでしょうが・・・。)

426 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:20:49 ID:dbXVHlR8
>>419
馬鹿なのか狡賢いのか判らんなwww

いいか、お前は>>290に於いて、(以前と同じく水野要語を引用し)、
>相手に応じて4通りの伝え方(世俗的手段)をされたと
と自ら述べている。 水野要語の意図は勿論、
《【未だ悟っていない者】の機根に応じて【4通りで説かれた】》という意味だ。
それを受けているから、続く文章 >修行完成者の舎利弗や目蓮や阿羅漢達には
に対して>>291と茶々を入れた。
【機根に応じて悟りに向かわせる】という要素を外すな、馬鹿垂れが。
そこへ対しては、>>294の「ありがたく拝聴した・讃した」というレスがどれだけ的外れなものか解らんか?
未だ悟っていない、田中さんという鈍い者と、鈴木さんという聡い者がいたとして、
『田中さんにはレベル1が説かれ、鈴木さんにはレベル4が説かれる』ということだ。
田中さんも鈴木さんも、共に「ありがたく拝聴する」さw
で、既に悟った舎利弗や目連ならば、レベル1だろうが4だろうが関係ないだろ?
どのレベルを聞いても「ああ、その通り」と頷くだけだ。4通りある意味がなくなるんだよ。その意味での291だ。

427 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:23:22 ID:dbXVHlR8
>>425
>>351への感想を気長に待ってるぞw (無理して異論反論にせず「感想」でいいからwww)

ノシ

428 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/22(火) 00:39:48 ID:q2hAISub
>>351
んじゃー(反論でなくて)感想ねw

要するに、ヒンドゥーはアートマンだけを求めよ!
「“それ”以外を考えるな〜」と、いうアプローチだった。
対する、ゴータマは「“それ(形而上学に価値を置かない)”すらも考えるな〜」
というアプローチを摂ったということ。
何故なら、1度でも説いてしまうと必然的に“それ”へと注意を向けさせてしまうからね。

エッ!!
じゃーどっちがいいの?と。

私の見解としては、それは選択の過程であると・・・。
私はどっちかはダメで“唯一”なる見方をしない。どっちでも逝けるとw
けれども、仏教徒は“唯一”が好きなんだよね(当然、仏教だけが唯一の真理であると)。

>>416-417
とうとう・・・私は
No.1の称号は貰えませんでしたねwww

おやすみなさい^^

429 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:54:09 ID:dbXVHlR8
>>418
ほんとに馬鹿なんだなw

>「苦を生命そのものの証として感謝して受け入れ、よりよき生への原動力と自己の成長の糧とする」
>>398
> 初めて苦を滅することが出来るのである。
> 初めて苦が苦ではなくなる。
> 苦は苦にならない。これが「悟り」である。
苦が無くなってしまってますが、宜しいので?w どっちなんです?
苦は無くした方がいいんですか?無くさずに残すべきなんですか?

>病気に苦がなければ、病気が発見できず、治療の機会を逸し、最悪の場合は死にいたる。
治癒した時、苦は残ってるんですか?無くなってるんですか?
治癒しても苦が残っていたなら、治癒してないということになりませんか?
治療の意味はどこに?
治癒して苦がなくなるなら、>よりよき生への原動力と自己の成長の糧 を無くすことになりますが宜しいので?
苦は無くした方がいいんですか?無くさずに残すべきなんですか?

430 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 00:57:00 ID:dbXVHlR8
>>428
う〜ん・・w そういう意味ではないんだが・・・(^^;
どの領域であろうと、主体なるものは破棄されるべき位置付けであるということさ。
アプローチの違いなんかじゃない。根本的に異質なものなんだよ。
テーブルの上にみかんが置かれる。みかんなど不要。リンゴが置かれる。リンゴなど不要。
ケーキが置かれる。ケーキなど不要。テーブルの上には何も無くていい。
じゃあ、お皿を出してお皿の上にみかんを置きましょう。【みかんなど】不要。(以下同様)
つまり、
≪テーブルの上(現象界・可知領域)だろうが皿の上(形而上・不可知領域)だろうが、そこには何も無くていい≫、
ということさ。
そして、仏教以外の多くの思想は、
≪テーブルの上、もしくは皿の上には、必ず【みかん(主体)】が無くてはならない!≫
という思想だということだ。


>とうとう
スマップが歌ってたじゃないかw


ノシ

431 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 02:00:17 ID:pxdol3DB
>>429
生存に危険や支障がある限り、苦がなくなる訳がない。なくなったら大変だ。
苦の果たす役割に感謝し、それに真正面から受け入れて雄雄しく立ち向かい、
釈迦のようにめそめそと苦に執着し、やたらと苦を苦にするな、ということ。

病気が治れば苦がなくなるのは当たり前。しかし、その前に既に苦を経験して
いる。その経験が、人間としての成長の糧となる。

すこしは自分の頭を使え。それとも、宗教で「頭取られた」のか。

432 :前世は一在家:2010/06/22(火) 06:47:39 ID:rAVWIZDr
>>426 (多分)セブン氏
>それを受けているから、続く文章 >修行完成者の舎利弗や目蓮や阿羅漢達には
>に対して>>291と茶々を入れた。

「四悉檀」の水野解説を読みまして、大きく四通りの修行ステージがある
かとまず考えまして、長部経典で釈尊が説法した相手を四通りに分けました。

第一義:舎利弗や目蓮クラス
第二義:その他の阿羅漢
第三義:釈尊の弟子達、異教の指導者
第四義:異教の修行者、象使いチッタ、バラモンとその弟子

四通りの入胎の法の中で、釈尊は舎利弗と阿羅漢との差を説き分けております。
つまり阿羅漢には説かずに、菩薩のみに説いた法があったのでは推察した次第。

その法は阿羅漢クラスでも悟ることのできない真理ということでしょうか。


433 :ID違うが:2010/06/22(火) 09:15:34 ID:NgknGAQk
>>432
んとに糞野郎だなw もういいわw
お前さんとは茶々入れで遊ぶことすらできんw
>「四悉檀」の水野解説を読みまして、大きく四通りの修行ステージがあるかとまず考えまして
これがまず、勝手な飛躍と妄想なんだよ。
(次の一文はまだいい。現存ニカーヤをそうした切り口(「何が」「誰に」説かれたのか)で見ること自体は面白い。
その意味がどれほどのものかは別にしても、【きちんと】為されればそれなりの資料にはなるだろうよ。)
だがな、「機根に合わせて説かれた」という点を重視するなら、
お前さんが延々延べていることは、ずれている、と言ってんだよ。
432にしろ法華経にしろ、それは、
『機根に応じて【説き方が】変えられたのではなく、【全く伏せられていたこと】が明かされた』
ということだ。(【寧ろ「第一義以上のこと」】だよwww)
たとえば、「施論戒論生天論から始まって順次説かれて法眼を得る」という定型とは別に、
舎利弗がアッサジの言葉を聞いて了解したような、【そういう違い】を言ってるんだよ。
「432や法華経の例のように【全く異なる内容・知るべき事柄】ではなく、【同一の内容】について
そこへの案内としての言葉が違っている」ということだ。(だから「第一〜四【義】」と訳が当てられてんだよ。)

この件はこれで終わりにするわ。話にならん。


>>430補。
ここでいう「主体」は、所謂日常的に言われる一般的な「自己」「総体的・実存的自己」でなく
「【特別な】意味や存在意義の付加されたもの」ということ。脳内付加しといてくれw
(分かるとは思うけど一応w)

434 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 11:40:26 ID:NgknGAQk
>>431
>生存に・・・・・・ということ
ならば貴方は、
> 初めて苦を滅することが出来るのである。
> 初めて苦が苦ではなくなる。
と言ってはならないし、突き抜けて > 苦は苦にならない。これが「悟り」である。 と言うならば、
これまで多くの人が述べてきた仏教的な(→釈迦仏教としての)解決策と
同様(或いは相似)であることを認めなければなりませんw
私は何度も触れていた筈です。「如来には感受(とその感受の想)のみがあり、苦は無い」と・・。
また、貴方は前スレ99にも触れていませんね?貴方のお考えが是非とも伺いたい所ですなw
また、>生存に危険や支障がある限り、苦がなくなる訳がない
文明の発展は生存への危険や支障を排除する方向へ向かっているわけですが、
これは悪しきことなので?w 貴方は、古代と違い現代は種々解決してきているといいました。
その意味では、貴方の讃する現代的発展は苦を無くそうとするものとなりますが?

435 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 11:41:46 ID:NgknGAQk
>>431
> 病気が治れば苦がなくなるのは当たり前。しかし、その前に既に苦を経験している。
> その経験が、人間としての成長の糧となる。
ハイ?(゚∀゚) 貴方は以下のように発言していました。
 ☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/498
 > 阿羅漢になったら、持っていた煩悩や欲望はどうなったのかねw。
 > 無くなれば、他者の煩悩・欲望に対する理解・ 共感能力も失われるし、
 > 無くならなければ、修行は無意味だったことになる。
コレ(>>429)↓と全く同じ構図だと思いますが?w
> >病気に苦がなければ、病気が発見できず、治療の機会を逸し、最悪の場合は死にいたる。
> 治癒した時、苦は残ってるんですか?無くなってるんですか?
> 治癒しても苦が残っていたなら、治癒してないということになりませんか?
> 治療の意味はどこに?
> 治癒して苦がなくなるなら、>よりよき生への原動力と自己の成長の糧 を無くすことになりますが宜しいので?

また、 >しかし、その前に既に苦を経験している。その経験が、人間としての成長の糧となる。
に関しても、全く同じ構図で返答していた筈ですが?w↓
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/497
> 伝承される阿羅漢達も、みんな持っていた筈ですねw 苦もあった筈ですねw
> 生まれながらにそれが無い人はいませんねw
> みんな、それを経験してますねw だから、他者への共感も可能ですねw
> 慈悲は(特に悲は)、そこから発しますねw
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/499
> 貴方は、過去の経験が蓄積されないんですか?過去の経験を活かせないんですか?
> それって、(宗教云々以前に)人としてどうかと思いますよ・・・(^^;

> すこしは自分の頭を使え。
頭を使うべきは貴方の方だと思いますよw

436 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 12:01:41 ID:J98HCOw9
>>415
>『豊かになれば、医療が進歩すれば、苦は無くなる』 とでも言うのだろうか・・w
>なんというユートピア思考www)

生存に必要な物資とサービスの不足、即ち貧困と、生命そのものへの危険、
即ち病気とが、人類の最大の苦であることは、歴史を見れば自明。人類の歴史は、
身体を含め物質的充足の努力であり、甘ったれた精神的充足などではない。

この人間の努力により、一昔前に比べて「最大の苦」がどれほど飛躍的に滅せ
られたかは、平均寿命の延長の事実からだけでも自明。戦中・戦後の生活を経験
した者にとっては、デパートやスーパーにあふれる商品、進歩した診断治療機
械器具や豊富な医薬品は、未だに夢のようである。まさに地獄と天国の差である。

贅沢三昧に育った釈迦には、「人間の本当の苦」は理解できなかった。
すべて彼の鬱病の症状としての、厭世観と自己中心主義から生じる純粋な精神的苦、
即ち「贅沢苦」「我侭苦」のみであった。精神医学的には、彼の脳内神経伝達物質
の異常だったに過ぎない。

「実存苦」とは、よく考えてみれば、「思うように『生きられない』」、即ち生存
本能を妨げられる故の精神的苦に他ならない。

しかしその釈迦でさえも、「生・老・病・死」は、実は、すべて「肉体的生命の喪失
(の危険)」に対する精神的苦であることを、彼は理解していたのであろうか。

437 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 12:13:52 ID:J98HCOw9
>>435
前レスまでもちだしての「あら捜し」が君の趣味かw。

まず、宗教の開祖のあらを探せ。それが出来ないのが、君の決定的な思考停止だ。

438 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 12:28:06 ID:J98HCOw9
苦は、人間の生存の維持に必要不可欠な心的現象であり、生きていることの証
であり、生きている限りそれを滅することは出来ず、滅してはならないもの。

苦のない世界、即ち、涅槃は、苦のみの世界、即ち地獄と、全く同義であること
を理解せよ。

439 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 12:59:02 ID:NgknGAQk
>>437
自分の発言に責任を持て、ってことだよw
君と謂い在家と謂い、
その場凌ぎの口からでまかせを連発して、自分の誤りを隠蔽するのに必死なれば、
過去の発言を掘り返されるのは、さぞ嫌なことだろうw
思いつきだけで言葉を並べるから、整合性が取れず、掘り下げた考察にならない。
勿論、対話(議論)にもならないw 取り繕いに取り繕いを重ねるから、
どんどんどんどん支離滅裂になる。そして、矛盾のミルフィーユの完成だw
以前、翻訳・原典絡みの流れで、
「現代人が現代的知見で論理的整合性を持って読めればそれでいい」という(無茶なw)発言をしていたが、
100万歩譲ってそれを許容したとしても、
【貴方自身の発言や主張、考察が、論理的整合性を有していない】以上、何の説得力もありませんwww

*(ちなみに私は、釈尊を「同じ人間だった」と見てるから、その人物像に多くの欠点をも見るよw
 (ここまで行くと(現代人の)勝手な推測ではあるがw)、どちらかと言えば舎利弗や阿難の方が、
 「求心的位置に立つ者」「痒い所に手が届く気配りをする者」「原則のゴリ押しをしない者」等
 としての素養はあったと思うぞw (摩訶迦葉なんかは逆に、御釈迦さんの厳しさを色濃くしてるだろうし、
 提婆達多は、潔癖さが、より濃いキャラだったのだろうよw
 また45年間もあれば、齢を重ねることとなれば、人柄も変わってくるだろうよw)

>>438
wwwww
>【苦は】、人間の生存の維持に必要不可欠な心的現象であり
「貧」「飢え」「肉体的苦痛」「死」等、これらは≪【必要不可欠な】【心的現象】≫なわけですね?w

また、
>生きている限りそれを滅することは出来ず、【滅してはならない】もの。
特に「貧」や「肉体的苦痛」に関してとなりますが、これらも無くしてはいけないんですね。
病人は苦しみ続けなければ(病気のままでいなければ)ならないんですね?
貧者は貧しいままでいるべきなんですね?

笑わしよるw  ノシ

440 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 13:25:21 ID:gEH4cuEt
うーん

441 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 14:51:24 ID:TD1hm3BY
>>439
私の発言は、「生命現象を現す肉体、即ち生命」という、すべての動物に共通
な「唯一の普遍の基盤」に基づいているから、論理的矛盾は生じ得ない。
基盤を忘れた言語上の「揚げ足取り」をやっているから、矛盾だと見えるだけ。
根源を持ち出せば、すべての反論は一発で吹っ飛ぶ。

科学は、苦の根源が肉体的・物質的なものであることを知り、「苦による警告」
に反応して、「よりよき生」のために、苦を軽減しようとする。釈迦仏教は、
その不可欠な警告装置、生の証としての煩悩そのもの、従って生命そのものを
否定しようとする。それが、人間の「生の営み」の一つに過ぎない宗教の、本
末転倒、倒錯、根本的錯誤である。宗教によって虫歯の痛み一つも治せないが、
バッファリン1錠飲めば、ピタリと治る。根治療法としては、虫歯を削り取り、
必要に応じてインレーや、クラウンや義歯で補綴する。釈迦には虫歯はなかった
のか。そうであれば、それは彼の「肉体的健康管理」の賜物であろう。毎日、
歯磨きを欠かさなかったのだろう。見習うべきである。

精神病者と健常者との対話は不可能。「了解不能」こそが、精神病の特徴である。
精神病者と対話などする気は毛頭ない。ただ、すべての生物に共通な普遍の
原理を語っているだけ。

生きている限り、苦はなくならないし、またなくしてはならない。しかし、より
よき生のために、それを軽減することはできる。それが、人類史における人間の
努力である。

釈迦の精神病の症状に過ぎない「苦」を、健常者に植え付けて狂わせ、入信を勧誘
することなど、まさに地獄に墜ちるに相応しい罪だとは思わないのか。

宗教は、各生存共同体の歴史、風土、風習に適合するために変容されるのは
当然のこと。大乗は、「苦苦苦」と鳩のように鳴き続ける釈迦の狂気は既に
克服していることは、前レスで引用した岩波仏教辞典の通り。釈迦の精神病
からどしても離脱できない、したくないのなら、東南アジアに立ち去れ。
小乗国タイやスリランカの惨状を見よ。

442 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 16:04:47 ID:aozTyA1K
やけに隠居が舞い上がってるな。(笑)

さて、こういうときにこそ、「てすと君」のレスを期待したいが、
どうかな?   もしかして、規制中かいな?

443 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 16:14:10 ID:bLX5d9dO
>>441
>ただ、すべての生物に共通な普遍の原理を語っているだけ。
生きている限り、苦はなくならないし、またなくしてはならない。
しかし、よりよき生のために、それを軽減することはできる。
それが、人類史における人間の努力である。


一点の揺ぎも無いご隠居氏の論は、さすが!!

スバラシイ!! ヽ(^。^)ノ


>釈迦には虫歯はなかったのか。そうであれば、・・・

あはは・・・(笑)
あった筈でしょうが・・・ 精神的苦より、虫歯の方が痛く苦しい筈w



444 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 18:29:37 ID:vcf6ERUT
“修羅道”についての修行を積めるのはどこのお寺に行けば、どんなお坊さんにあえばよいのでしょうか?
昔の映画『修羅雪姫』のヒロインのように、自分にも復讐をしてやりたい相手がいます。小学生の頃に自分をいじめた相手に。
映画のヒロインが受けたような、“復讐鬼”になるための修行をマジでやりたい。そして犯罪以外の方法でいつか、いじめっこに仕返しをしてやりたいから。

445 :対御隠居まとめ:2010/06/22(火) 19:52:01 ID:dbXVHlR8
〔平行線―価値観の多様性拒否―〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/229
仏教 議論スレッド
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1270867654/445
【最終】輪廻転生説はどう扱うべきか!?【決着】2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1258416210/349

446 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 20:00:21 ID:dbXVHlR8
>>441

〔最大カテゴリとしての「苦」について]
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/203
補:
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!?【決着】8
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1233367815/452

〔御隠居のスタンスもまた、或る側面では「人の《生き方》」としてアリ〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/63

〔平行線―価値観の多様性拒否―〕
仏教 議論スレッド その4
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1275992988/445

447 :407 1/2:2010/06/22(火) 20:25:36 ID:7DsZZlkS
>>412 サンスカーラ隠居
おやおや帰ってみれば、ずいぶん進んでいるねえw
1.>検証が容易
唯物生命根源教の『根源』とやらの検証はなにもなされていない。
単なる世俗的共同幻想的素朴実在へのアプリオリな「信仰告白」があるすぎない。
それを『検証』と称するは語るに落ちるw

中道釈迦仏教は超越的な『根源』とやらを認めない。
根源論は二項相対である「根源」とやらへの執着であって迷いの反仏教である。

 ブッダの本懐は我執による生存苦=迷いからの脱却=無我・空・中道の悟りの体得だ→無苦集滅道。
これは我執による検証にはなじまない。⇒冷暖自智。

 もちろん空相、無住、無実体を悟ったとて煩悩がなくなるわけはない。
ただ無我・空・中道の悟りの体得によって、我執妄想がもたらす生病老死(実存苦)に迷いがなくなる
=第二矢を受けにくくなる、冷徹に苦しみと一体となりうる(自受用三昧:道元)だけだ。

じつはこういった出世間のまなざしを持ちえただけでも感謝に値すると考える。



448 :407 2/2:2010/06/22(火) 20:30:13 ID:7DsZZlkS
>>412 サンスカーラ隠居

2.>無限小はゼロではなく、存在である。
無限小=『点』(たとえば無限遠点:point at infinity)は有無そのものを問いえない。
だからその集合(縁起・現成)である事象の真相も有無を問いえない⇒空=中道だというのが真相だ。
隠居の2.の論はできのいい高校生から完全に馬鹿にされるぞw
カントール集合論を経た現代数学でもいまだに(二項相対前提に立つ限り永遠に)「無限」を捉えることはできていないのだ。
ユークリッド、非ユークリッドを問わず、存在とはすべて『仮設前提』『仮定設定』たらざるをえないことを
現代高校レベルの数学でも理解している。
隠居はまるで判っていない。
世俗諦においては、すべては本質的に二項相対の『仮設』という設定ののモノサシで語らざるを得ない。
この仮設転倒を自覚していればよいが、我執唯物生命根源教は我執転倒に気がつかないコンドーム教なのだ。

この答は簡単、2500年前のブッダの中道の悟りにある。

3.>その妄想にそれほど執着している

苦は有無を問い得ない点の集合であって、我執による妄想である。
ゆえにそういった迷いからの脱却=無我・空・中道の悟り→無苦集滅道。


449 :407 :2010/06/22(火) 20:32:10 ID:7DsZZlkS
隠居の相手をしてやってもいいが、
今はそれこそ生活に追われて、それどころではない。

落ちる

450 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 20:32:13 ID:6fmonQJP
>>445
初めから終わりまで「根拠皆無な観念まみれ」の宗教とは異なり、「生命現象を現す肉体」即ち「生命」は、価値「観」などという生易しいものではない。「すべての価値観の発生源」である。勘違いしてはならない。生命がなければ、いかなる宗教も、宗教の開祖・教祖・
教典も、神概念も、苦概念も、価値観も、思想も、哲学も、科学も、その他人間のいかなる
営みも存在し得ない。

451 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 21:20:39 ID:6fmonQJP
>>448
>この答は簡単、2500年前のブッダの中道の悟りにある。

釈迦は、それほど高級なことを考えるほどの頭脳はなかった思うぞ。釈迦絶対化の
ための買いかぶりである。

釈迦の縁起も、単なる因果関係。小乗信者の石飛さんも、はっきりそう言っている。
中道も、要するに、「両極端の中を取れ」というだけの話。両極端は実体だから、
空などどこからも出てこない。

「これがあるから、あれがある」も、12縁起も、単なる因果関係。前者については、
竜樹が的確に批判している。「相依関係」は認めていない。これも石飛さんの
見解。相依関係を認めなければ、空ではない。だから「業報論」は、むしろ
必然である。

中道を、空と解釈したのは、ひとえに竜樹の卓越した頭脳である。

452 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 21:30:12 ID:dbXVHlR8
>>451
>両極端は実体だから
wwwww
何コレw

で、【具体的に】【どういう実体】なので?w

453 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 21:44:15 ID:6fmonQJP
>>448
無限小に近い粒子が集合したのが、確固として実在する物質である。今後、さらに
小なる粒子が発見されたとしても、この事実は変わることはない。ゼロをいくら
足してもゼロである。従って、無限小は、ゼロとは本質的に異なる。

英語に、"Many a little makes a mickle (ちりも積もれば山となる)"という
諺がある。"Many a nothing makes a little"とは、絶対に言わないw。

観念論としての数学理論と現実とは同一ではない。例えば、いかに精緻な
数学理論に基づいて建造物を作ったとしても、その建造物が他の原因なく倒壊
すれば、その理論は「誤り」ということになる。1+1=2を証明するには、
例えばリンゴ1個にも1個加えると2個になるという事実による以外には
方法はない。数学も、古代人が、「具象物を数える」ことから発生したもの
であることを、忘れてはならない。

454 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 21:52:24 ID:6fmonQJP
>>452
>で、【具体的に】【どういう実体】なので?w

それは、「これがあるから、あれがある」と言った釈迦に聞いてくれw。
「これ」も「あれ」も、「事物を指示する指示代名詞」である。

中道とは、「道(道路)」を念頭においているものである。道路の両端も
その両端の間のどこをとっても「実体」である。実体でなければ、道路は
歩けないw。

455 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 21:55:49 ID:K/pVEXKU
仏教 = 悟りを開く・仏になるための教えとすると龍樹の大乗仏教は仏教で無いな。
全ての物、事象は因縁によって生まれる・構成されるというのが龍樹の教え。
金属が固体であるのも周囲の影響で熱すれば気体にも液体にもなる。
人間の心・意識も因縁から構成される。
仏教を含む理論ってことだ。人間が対象なのが仏教や聖書だな。
人間主体な所が時代後れ。
聖書などは人間や地球が主体で批判するとガリレオガリレイみたいに処分されるしな。
仏教は苦悩・苦痛から脱却して仏になる具体的な方法だろう。

456 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:04:49 ID:dbXVHlR8
>>454
ハァ?(゚∀゚)
>>451では『>両極端が』と仰ってませんか?w
私は、その発言をした貴方に問うているんですよw
「これ」と「あれ」のことじゃなく、『実体としての「両極端」』を答えてくださいよwww

457 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:09:13 ID:dbXVHlR8
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1276657363/41
> “名称に於ける具現化”というのは、「常見」ぽい弊害もあるような気がします。
「常見」となるかどうかは別にしても、名称が付くことによる弊害はありえます。
(参:>>48>>49>>50
 しかし、名を付けることで把握し易くもなります。用心深くあることで名称と付き合ってゆくべきでしょう。)

> 水の流れ=川を永続的な実体あるものと見なすように
少し違うのだろうと思います。
その喩えなれば、《「流れ」という名称》と見るべきでしょう。
「川」という実体があるでもなく、水という実体が(とどまって)あるでもなく、
「水」と呼ばれる名色が、所縁によってそこに生じており、その変転する(流れゆく)在り様を指して、
『(水の)流れ』と称しています。この時、そこには確かに『流れ』という在り様が生じているわけです。
そしてそれは、一瞬前と同じではありません。二度と同じ在り様となることもありません。
しかし、そこに『(水の)流れ』は【生じ続けて】います。(勿論この場合、縁が変われば滅することもありましょう。)
そのように「法身」もあるのではないか、と。
(そして、この場合に於いては、縁が変わる事も無くあり続け、
 (具体的には)道を修めた者達によって体現され続ける(伝承され続ける)、と。)
つい最近、一在家の「単純常住」をタンポポに譬えました。(>>215
あそこまで単純なものは論外としても、実は相似した見方はとても重要だと思います。
「古人の古径を発見した」という言い方がありますが、
『諸法の在り様が縁起するものとしてある』ということ、このことは、
上で譬えた「(水の)流れ」の如く、《「諸法の在り様として」あり続ける》という意味に於いて、
(少なくとも大乗仏教に於いては(≒華厳等の法界に於いては?))許容され得るのだ、と。
うむ・・、今一どころか、今二今三だなw (縁起一代の添削がないと駄目だな・・・w 眉唾で読んでくれw)

> パーリが・・・・・・と思います。
私も、感覚的にはそのような印象を持っています。
パーリは(≒原始仏教は)、現場に即した、最適な、即戦力となる「おしえ」で(あった)ろう、と・・・。

458 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:09:57 ID:gEH4cuEt
煽り合い

459 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:11:27 ID:6fmonQJP
>>456
「道(道路)」の喩で、既に答えた。両端も、その中間も実体でなければ、
道路ではない。即ち、人は歩けない。

460 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:17:40 ID:dbXVHlR8
>>459
ハァ?(゚∀゚)
「武士道」とは、どこのどういう道ですか?
「茶道」とは、「華道」とは、「空手道」とは、「野球道」とは、どこのどういう道ですか?
「先代の歩んだ道」とは、どこのどういう道ですか?w

461 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:26:40 ID:6fmonQJP
>>457
「水の流れ」の喩はおかしい。流れる水も、極小時間でみれば「静止」している。
その静止がなければ、流れもありえない。

「無常」という言葉もおかしい。「常」がない、ということは、「常」の存在を
前提としている。

これらの論理矛盾を解決したのが、竜樹の「去るものは去らず」である。
すなわち、「相対性でない存在はない」という真理。

462 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:29:42 ID:K/pVEXKU
中道 ⊂ 縁起の法 = 龍樹の理論 (ほぼ同じ) だろう。
中道は悟り以前に考えた事だろう。


中道
釈迦は、7年間に亙る厳しい苦行の末、苦行では悟りを得ることができないと苦行を捨てた。
苦行や断食をやめて中道にもとづく修行に励みついに仏陀となった。
苦や楽、有や無というどちらにも囚われない偏らない立場を中道という。

縁起の法
諸行無常・・・この世に形あるある全てのものは同じ状態を保っているものはない。不定であり、たえず変化している。
諸法無我・・・この世に形ある全てのものは、私でもなければ私のものでもなく実体はない。
涅槃寂静・・・諸行無常、諸法無我を悟り、煩悩が完全に無くなった境地。

463 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:32:01 ID:6fmonQJP
>>460
武士道の両端・中道、茶道の両端・中道とは、一体何w。

釈迦の念頭にあった道とは「道路」のこと。道路のどこをとっても実体
である。

464 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:35:47 ID:K/pVEXKU
猪木の関係者は、一休宗純の残した言葉といってるが。
実は清沢哲夫の「道」らしい。


清沢哲夫 「道」

此の道を行けば どうなるのかと
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ
http://anomusic.exblog.jp/8188016/

465 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:37:04 ID:dbXVHlR8
>>463
また自分勝手な独断妄想ですかw

>釈迦の念頭にあった道とは「道路」のこと
これは、どこで思いついた嘘ですか?www

「でまかせ言い逃れ隠居」の通り名を授けましょうw

466 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:39:54 ID:6fmonQJP
>>465
ならば、釈迦の念頭にあった「道」とは、一体何かね。

467 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:42:54 ID:K/pVEXKU
道が何かなど無用なことだ。



釈迦は形而上の問いに判断を示さず沈黙を守りました。
不回答の理由を無益で法に適合せず涅槃に導かないからと説明されました。
無用な論争の弊害からのがれ苦しみからの解放という目的を見失わない為です。

468 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:46:29 ID:6fmonQJP
>>462
>苦や楽、有や無というどちらにも囚われない偏らない立場を中道という。

それにしては、釈迦は「苦」に囚われ過ぎてるなw。「楽」までも、「苦」
にしている。それは「中道」ではない。釈迦の自己矛盾である。

469 :前世は一在家:2010/06/22(火) 22:46:45 ID:eaqJ8wD3
>>433
>「432や法華経の例のように【全く異なる内容・知るべき事柄】ではなく、【同一の内容】について
>そこへの案内としての言葉が違っている」ということだ。(だから「第一〜四【義】」と訳が当てられてんだよ。)

お題:【同一の内容】についてそこへの案内としての言葉が違っている。
一仮説立て:
【同一の内容】の例として、「輪廻」をあげましょう。
異教の修行者やバラモンの弟子が質問した際には、【案内の言葉】は「黙して答えません。」とか
「あなたには四諦の法と八正道を教えましょう。」とかでした。

一方、自分の弟子達への【案内の言葉】は「修行が完成すれば再び母胎に宿ることはない。」と。

更に舎利弗には肉体を離れた後の5種類の行き先の法と4種類の入胎の法まで説かれております。
そして4種類の入胎の法は菩薩以上でないと分からないことも伝えておりますので、この法は
舎利弗や目蓮でも出胎の時に記憶を失ったので知らないとのことでしょうか。

前にも述べましたが龍樹にとっての「真偽は論理学」においての真偽であり、釈尊の真偽は
相手の「救いや成長の為になることが真」で、為にならないのが偽だったという仮説を立てて
おります。
換言しますと、釈尊にてとっては「論理」よりも「慈悲」だったかと存じます。

以上、他称「姑息で狡猾な一在家」より


470 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:49:28 ID:dbXVHlR8
>>466
>>460の一群と同じ類のものw


で、こうして、論点や話題・モチーフをずらしながら、
『「実体としての両極端」とは何か』『《>釈迦の念頭にあった道とは「道路」のこと》の典拠』
『460の一群が「具体的に【どういう《道路》】」なのか』等には、答えずに済ますつもりですねwww

ほら、また468に絡むことで指摘をうやむやにしようとするwww
やっぱり、姑息さでは在家と東西両横綱だなw

471 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:53:18 ID:6fmonQJP
>>467
中道は、形而上の問題ではない。「両極端を避けて真ん中取れ」という極めて
現実的な問題だ。

形而上とは、むしろ「解脱」「悟り」「涅槃」などという、「検証不能な観念」
のこと。

472 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 22:57:08 ID:K/pVEXKU
道は、形而上=概念上で形をもっていないものだろ。道路の真ん中を歩けば仏陀かよ。

473 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:02:38 ID:6fmonQJP
>>472
「形をもっていないもの」の両端や真ん中を、一体どうやって判断するのかねw。

474 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:03:41 ID:K/pVEXKU
中道は、縁起の法や龍樹の理論に含まれるから勉強する意味は無い。
有る無しの間とか、苦楽の間とかは古典的。
縁起の法、龍樹の理論は2つだけの関係ではなく無数の関係。
2つに限定してるのが駄目だな。

475 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:05:30 ID:dbXVHlR8
>>469
お前もまた嘘かwww
どいつもこいつもどいつもこいつも・・・(^^;

>【同一の内容】の例として、「輪廻」をあげましょう。
>異教の修行者やバラモンの弟子が質問した際には、【案内の言葉】は「黙して答えません。」とか
>「あなたには四諦の法と八正道を教えましょう。」とかでした。
これはポッタパーダ経のことだろ?w
ならば、ここから既に嘘。
≪「輪廻」について問われての「無記」ではない≫。 捏造はやめろと何度も言ったろ?w

>一方、自分の弟子達への【案内の言葉】は「修行が完成すれば再び母胎に宿ることはない。」と。
≪色んな機根の者に、『同じことが』『目指されるべき目標』として明確に説かれている≫。
レベルの高い弟子だけではない。(寧ろ、そうでない者、当時の一般の者(輪廻に怯える者)に対して掲げられるスローガンだw)
(仏典のそこかしこにあるだろ?w)
 ※(そして、少しく付け加えるなら、その定型句は、「ブッダが弟子達【に】【説く】よりも」、
   「法眼が開き、大きな頷きのあった者が、【自ら感嘆の言葉として発する】」例の方が圧倒的に多いんだよw
   初転法輪の時点でさえ、最初の事例でさえ、「釈尊の自らの頷きによる感嘆の言葉」だよ。)

>更に舎利弗には肉体を離れた後の5種類の行き先の法と4種類の入胎の法まで説かれております
≪舎利弗だけに説かれたわけではない≫。(等誦経は論外として、貴方の調べによる他の事例は?)

いったい、どこをどう読んだら、こんな頓珍漢なことが言えるのか不思議でしょうがないよw

476 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:09:35 ID:dbXVHlR8
ご隠居は、誤魔化し・うやむや・スルーモードに完全移行したようですねw

477 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:14:39 ID:6fmonQJP
>>476
それは釈迦のことだろ。「楽」を忘れて「苦」ばかりに執着する釈迦の、どこが
「中道」か。

478 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:16:45 ID:dbXVHlR8
>>477のようなレスの入れ方を、
「論点ずらし」「誤魔化し」「スルー」「質問からの逃避」だと言ってるんですwww

479 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:27:00 ID:6fmonQJP
>>478
「中道」は、釈迦自身の教え。ここでの現在の論点。その教えに従って、釈迦
を批判している。まさに的確な批判ではないか。釈迦は、どう答える?「論点
ずらし」「ごまかし」「スルー」「質問からの逃避」以外の方法はないはずだw。

480 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:33:24 ID:K/pVEXKU
中道は悟り以前。
縁起の法が悟りの内容。
竜樹の空も、縁起の法を説明しただけでほぼ同一。

481 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:39:15 ID:6fmonQJP
>>480
釈迦の縁起は、あくまで一方向的因果関係。竜樹の「相互依存性故の空」とは、
本質的に異なる。

482 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:42:05 ID:dbXVHlR8
>>479
中道と言われた時の「道」は「道路」ではありませんw
苦楽の中道とは、行法に於いては「苦行も怠惰も避けること」、
生きる姿勢に於いては「厳格さを追う余りの枷、自由度を追う余りの放縦を避けること」ですw
また、この時の「苦」は、「一切行苦と言われる時の苦(或いは四苦八苦)」ではありません。
この時の「楽」は、「世俗に於ける種々の楽しみ(→充実)や喜び、或いは安楽」ではありませんw
(もし、教義の中核に位置付けられる、少し広義の中道なれば、
 「二項相対の様相に捉われないこと」とでもなりましょうか・・?>>480氏)
etc.etc.
明解に答えは出てますが?w

それより貴方こそ、
『「実体としての両極端」とは何か』
『《>釈迦の念頭にあった道とは「道路」のこと》の典拠』
『460の一群が「具体的に【どういう《道路》】」なのか』
等に答えてほしいものですwww

483 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:48:10 ID:aozTyA1K
いや〜〜〜〜、笑おたわい。
中道の道は、「道路」かい?

だから隠居はおもしろい。
「笑えるレス」なら、お前がダントツの一位だ。

484 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:50:59 ID:K/pVEXKU
龍樹は諸行無常、諸法無我を説明しただけだろう。
中論のはじめで仏陀のこと言ってるし。


戯論を消滅する、縁起の法を説いた、最も優れた者である、仏陀に礼拝する。

485 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:53:40 ID:K/pVEXKU
中論 日本語訳 全文 (実物しらんから全文あるのか確認はしていない)

ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon0.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon1.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon2.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon3.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon4.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon5.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon6.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon7.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon8.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon9.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon10.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon11.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon12.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon13.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon14.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon15.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon16.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon17.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon18.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon19.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon20.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon21.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon22.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon23.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon24.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon25.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon26.htm
ttp://www.nurs.or.jp/~academy/butten/churon27.htm

486 :神も仏も名無しさん:2010/06/22(火) 23:53:41 ID:6fmonQJP
>>482
それこそ、君の、釈迦絶対化の欲望の余りの「論点ずらし」「誤魔化し」
「スルー」「質問からの逃避」だ。自分勝手な余分な解釈を付け加えての、
なりふり構わぬ「釈迦正当化」の詭弁は見苦しいぞ。

私は、「言葉通りに」質問に対してはきっちりと答えている。これ以上
明確な答えはない。「道路」は言葉通りに「道路」だ。自分勝手に余分な
言葉や解釈を付け加えるべきではない。

487 :前世は一在家:2010/06/23(水) 00:02:55 ID:ZdrZD8I1
>>416
>在家、隠居、宝珠の三バカトリオは今に始まったことでもなかろう。

この文章は龍樹に突っ込まれそうですね。

「三バカトリオ」の「トリオ」には既に「三」という意味が取り込まれて
いると。


488 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 00:08:50 ID:Voh5GRld
>>487 こら、バカ在家。  くだらない突っ込みはいいから、
セブンの指摘にきっちりと答えろや。(笑)

489 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 00:21:56 ID:9FTATiKb
>>486
中道の「道」は、原語「paTipadA」なんですけどねぇ・・・w

「道路」の意味では、ちゃんと「magga」という言葉があるんですけどねぇ・・。
そのmaggaでさえも、「抽象的道行き、道程、方法、一筋の、筋道だった、一貫性のある行動の在り様」
といったニュアンスを持つし、その意味で用いられることも頻繁なんですけどねぇ・・。
(それこそ、「武士道」の「道」はこちらにこそあたるんですけどねぇ・・。)
で、paTipadAはmaggaよりも、より「実践的行為、積極的志向性、筋道だった行為の継続」
といったニュアンスをより強く持つんですけどねぇ・・。
寧ろ直訳は、(事例の多さから言えば)「実践、行」の方が的確なんですけどねぇ・・。
paTipadAが道路の意味で用いられている例は、おそらく無いと思うんですけどねぇ・・。

いったい貴方は、何を根拠に「道路」だなんて言い出したんでしょうか・・・?w

490 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 00:25:46 ID:9FTATiKb
ああ・・、また〔翻訳・原典vs俺様ループ〕が始まってしまうんでしょうか・・・w


ノシ

491 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 01:48:50 ID:ncaE72BA
>489
外来宗教は、衆生は翻訳を通じて信じるもの。死語や古代語までやる暇人はいない。
そんな時間があれば、まず現代語をやる。

「中道」の日本語辞書の定義は、「極端に走らず、穏当なこと」。しかし、その原義は
「道(路)」からの比喩であることは否定できない。

「中道」に相当する原語は何ですか。挙げてください。

それに、「道」の原語には、「道路」という意味は一切ありませんか。ご確認ください。

492 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 05:04:20 ID:tF3/+4Vx
>>491
アホ

493 :前世は一在家:2010/06/23(水) 06:45:19 ID:ZSBCrCck
>>475 セブン氏
>これはポッタパーダ経のことだろ?w ならば、ここから既に嘘。
>≪「輪廻」について問われての「無記」ではない≫。 捏造はやめろと何度も言ったろ?w

今外出先で手元に資料がないので、ポッタパーダ経の記載ができませんが、ご指摘の
通り「輪廻」に関する問いではなく、アートマンや死後の存在への質問だったと記憶
しております。つまり「輪廻」にも関係のある異教の修行者ポッタパーダ質問でした。

>>469
>一方、自分の弟子達への【案内の言葉】は「修行が完成すれば再び母胎に宿ることはない。」と。
スッタニパータの説法を引用しましたが、沙門果経などの六神通の中の一つにて前世
(つまり輪廻)を説かれている他例をあげましょう。説法対象は異教徒ではなく
弟子達だったと記憶しますが。

>>475
>≪舎利弗だけに説かれたわけではない≫。
>(等誦経は論外として、貴方の調べによる他の事例は?)

4種類の入胎の法は、自歓喜経でも説かれており、それ以外では無かったのでは。
そして2経とも舎利弗がリピートしておりますので、最初に舎利弗だけに説かれた
説法で、その後に他の弟子にも(舎利弗より)広がったかと認識しております。

先にも述べましたが龍樹にとっての「真偽は論理学」においての真偽であり、釈尊の真偽は
相手の「救いや成長の為になることが真」で、為にならないのが偽だったという仮説を立てて
おります。
換言しますと、釈尊にてとっては「論理」よりも「慈悲」だったかと存じます。


494 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 09:00:26 ID:SM9ZpXcQ
>>489
>中道の「道」は、原語「paTipadA」なんですけどねぇ・

岩波仏教辞典で調べたが、「中道」は、パーリー語で「majjhima patipada」。
「道」は、向って(pati-)踏む(pad)に由来する。中国語で「道(どう)」は
「まっすぐな通路」が原義。「実践・方法」は、この原義から派生したもの。
「majjhima」は、「中間の」。

言語は、古代人が、その生存(共生)に関係する「具象物」を指示・区別する
ことから発生した。初めから、生存に無関係な抽象語・観念語であったものはない。

英語でも、「道路」には、「way」「road」「street」など、さまざまな同義語、
類似語が併存する。いずれか一つに限定すべきではない。

従って、「中道」の意味は、「相互に矛盾対立する二つの極端な立場(二辺)
のどれからも離れた立場」。「非有非無の中道」である。

釈迦の「一切皆苦」が「中道」ではないことは、明らか。

495 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 09:30:22 ID:xqZMpczH
>>494
>「一切皆苦」が「中道」ではないことは、明らか。
よくできましたw
中道(非有非無)を悟らないから、「一切皆苦」なんだよ。
点を有無の二項相対仮設でしか把握できない隠居は、「一切皆苦」なんだよ。
ノーベル賞学者の利根川をはじめとして、現代数学者のほとんども、「一切皆苦」なんだよ。

隠居は過去のキリスト教トラウマでセンサーがぶっ壊れて自覚できないみたいだなw

496 :494 :2010/06/23(水) 09:52:40 ID:xqZMpczH
念のため、利根川氏は分子生物学者ですが、二項相対仮設者のままで
中道(非有非無)にまで至りついてはいません。

497 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 10:27:49 ID:Qh3NZ+kA
>>495
>中道(非有非無)を悟らないから、「一切皆苦」なんだよ。

だから、釈迦は悟っていない。

釈迦とは異なり、衆生は、「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」の「中道」だから、
既に悟っている。

498 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 10:54:21 ID:xqZMpczH
>>797
>衆生は、「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」の「中道」

仏教ギャグですか?w
なんにも掴めていない。
苦⇔楽
二項相対そのままの反中道だw

俺の子供もアホだがここまでのアホではない。
もはや匙を投げる。時間の無駄だ。

499 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 12:56:29 ID:VR6FC6l3
>>477
釈尊の中道って、苦行でもなく快楽主義でもない修行方法
っていう意味じゃなかったっけ?

500 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 15:15:11 ID:xqZMpczH
『(縁起しているもの)それをわれわれは「空」と説く。
(しかし)それ(空として縁起しているもの)は、更に相待の仮説(縁って想定されたもの)でもある。
それはじつはすなわち「中道」にあるのである。』(中論24-18)
*「有と無との二辺を“離るるがゆえに”、名付けて中道となす」(青目)

『世間(生死の二項相対世界)には、ニルヴァーナといかなる区別も存在しない。
 ニルヴァーナには、世間(生死の二項相対世界)といかなる区別も存在しない』(同25-19)
『両者のあいだには、もっとも微細なるいかなる区別(間隙)も存在しない。』(同25-20)
『師(ブッダ)は、(われわれのこの)生存と非生存(についての執着)を捨て去る(断ずる)ことを説いた。
それ故に、「ニルヴァーナは存在にあらず、非存在にあらず」というのが正しい。』(同25-10)
したがって、世間もニルヴァーナも,ともに存在でもないし、非存在でもない。

すべては有無の二項相対を離れた中道にて調うのである。
                                    以上




501 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 16:19:51 ID:Av2XJbCF
>>498
>二項相対そのままの反中道だw

衆生は、二項対立ではなく、「苦」と「楽」との「相対性」を悟っている。
>>500で引用された、竜樹の「中道」そのままではないか。

君の子供は、親父より頭が良いようだ。将来が楽しみ。

502 :1/4:2010/06/23(水) 18:19:06 ID:9FTATiKb
>>493
まだかなり甘い所もあるが、それでも、
それくらいの述べ方をして初めて、「この記述はこう読める」「私はこう読む」、という意見になるんだよ。
原文(必ずしも翻訳以前の原典でなくとも)の意味を歪曲しない発言になるんだよ。
一応「了解」としても良いが、ついでだから、もう少しツッコんでおく。

> つまり「輪廻」にも関係のある異教の修行者ポッタパーダ質問でした。
当時の者達(求道者達)が、《「アートマン」が永続し、輪廻を繰り返す》と解していたとしても、
ここでの問いは、やはり「輪廻について」のものではない。
アートマンが永続しつつも輪廻しない場合も考えられたからだ。(たとえば解脱した後・梵我一如として)。
故に、「アートマンは常住か、世界は常住か」という問いは輪廻と関係なく成立する。
また、輪廻そのものについては、当時に於いて問うまでもないことなれば、
(ここだけでなく「無記として括られる際の問いの質」としても)、
貴方のように、輪廻とアートマンの(弱い)関係性で無理に結ぶよりも、
端的に「アートマンと世界の常住」について問われている、と見るのが《素直な》読みだ。
つまり、ここで、問いの内容を【『輪廻について』問うている】とするのは無理がありすぎる、ということ。
輪廻について問うならば「何が輪廻するのですか」「(これこれの人は)どこに往く(生まれる)のですか」
「なぜ輪廻するのですか」「輪廻に終わる時はありますか」等といった問いになるだろう。
(それが仏典の叙述の特徴というものだ。(参:>>343))
 辛うじて最後の問いだけが、
 アートマンが常住でなかったときは、《「アートマンの終わり」が「輪廻の終わり」となる》点で
 関係するとは言い得るが・・。)

503 :2/4:2010/06/23(水) 18:20:24 ID:9FTATiKb
>>493
>一方、自分の弟子達への【案内の言葉】は「修行が完成すれば再び母胎に宿ることはない。」と。
> スッタニパータの説法を引用しましたが、沙門果経などの六神通の中の一つにて前世
> (つまり輪廻)を説かれている他例をあげましょう。説法対象は異教徒ではなく
> 弟子達だったと記憶しますが。
これも>>502と同様で、
≪「【前世が】説かれている」のでもなく「【輪廻が】説かれている」のでもなく、
 「【《為すべきことが為されたならば》《次の生を受けることがない》ということ】が【述懐】されている」≫のです。
辛うじて『次の生を受けることがない』という部分だけが、《輪廻の停止という意味で》関係するとは言い得るが・・。
で、沙門果経等の記述は、【今は関係ない】だろ?文脈も違うし場面も違う。説かれ方も違う。
貴方の姑息さは、こうした、文脈無視の
≪或る一語の一致が、さも「密接な、本質的な、重要な繋がりである」「同じ内容である」かの如き発言≫
にあるんですよ。(解っててやってるようだから余計に性質が悪いw)
それは、「類推・推測による読み」や「解釈の多様性」を踏み越えた、捏造のレベルなんですよ。

504 :3/4:2010/06/23(水) 18:22:09 ID:9FTATiKb
>>493
> 4種類の入胎の法は、自歓喜経でも説かれており、それ以外では無かったのでは。
> そして2経とも舎利弗がリピートしておりますので、最初に舎利弗だけに説かれた
> 説法で、その後に他の弟子にも(舎利弗より)広がったかと認識しております。
南伝大蔵経索引によれば、「入胎」の語では
自歓喜経・等誦経の他、〔中部38大愛尽経、93アッサラーヤナ経、(及びミリンダ王問経)〕にある。
ミリンダ経はさておき、中部38は単に生物学的な受胎、中部93は未見だが、
(仮に四種の入胎としても)経名からして舎利弗相手ではない。バラモンの章と括りがあることから、
バラモン相手ということになろう。(同席していたかは不明(おそらく居ないだろうが・・。))
「舎利弗に関して」という点では、貴方の言う通り。しかし、重要なことが2点ある。
《【その経自体は】、舎利弗【に対して】説かれてはいない》ということと、
《両経とも【目録】【列挙】でしかない》ということ。(舎利弗がこれまで学んだおしえの列挙でしかない。)
あと2点加えるなら、《舎利弗は法将軍と呼ばれるほど「おしえに通じている」ということ》
《(舎利弗に限らず)他者の為に説かれている教えを、同席して聞き、理解し把握する場面も多い》ということ。
貴方の仮説は、あくまでも【「根拠の弱い」推測、想定】でしかないことを自覚すべきです。
何がしかの因縁(事件や、或る者からの疑問・誹謗・誤解等)から説法が為されているにしても、
上の二つの経に於いても、個々の多くの内容が(全て)舎利弗の為に説いたものかどうかは
仏典からは不明だということです。

505 :4/4:2010/06/23(水) 18:58:39 ID:9FTATiKb
>>493
> 最初に【舎利弗だけに】説かれた説法で、《その後に》・・・略・・・《広がった》かと
特に《》部分に関しては、そういう事態が考えられないわけではない。
(実際、俯瞰して見た、(歴史的・時間的な)『おしえの伝播』はそのような経路だとも言える。)
だが、証拠は何一つ無い。状況証拠すら無い。特に今回の【舎利弗だけに】は。
文献に対する視線、おしえ・教義の変遷を考える時、そうした推測や仮説は意義のあることだ。
だが、貴方のような≪あたかも、『仏典の記述がそのようになっている』かの如き要約≫は、やはり、捏造と変わらない。
(引用がされていればまだマシな方だが、それですら、繋ぎ方や読みに於いて、
御隠居並みの(以上の?w)勝手な妄想が盛り込まれている。
原仏スレ(談話室)の時から続いた自歓喜経紹介の仕方も、指摘をスルーしながら微妙に書き方を変えつつ、
片手じゃ足りないくらい指摘されて、ようやく全体の不備を自白してたよな?
そういう姑息さから腐臭が漂うんだよ。)

506 :1/2:2010/06/23(水) 20:08:09 ID:9FTATiKb
>>494
> 中国語で「道(どう)」は
2500年前のインド、【中国に伝播する前の】話に「中国語では云々」などと言われてもねぇ・・・ ┐(;´ー`)┌

> 「実践・方法」は、この原義から派生
パーリ(≒古印俗語)に於いても、語源・造語的な側面から導かれてる意味なんですけどねぇ・・(^^;
(つーか、どんな言語であっても、
 ≪【「道」だから】「実践・方法」という意味が派生するのではない≫んですけどねぇ・・。
 ≪【『(一本の道を)(まっすぐに)(随って・沿って)歩む』という内容を持つから】
   【そのように『沿い進む際の“ライン”“通り道”』として見做すから】≫なんですけどねぇ・・。)

> 言語は、古代人が、その生存(共生)に関係する「具象物」を指示・区別する
> ことから発生した。初めから、生存に無関係な抽象語・観念語であったものはない。
そんな「言語始原」の話をしてもしょうがないでしょう?
仏教興起時代、既に言語の複雑化は極まっているのだから。
(だから、ウパニシャッド始め多種多様な哲学が生じているのだろう?w)
今更何を言っているのか?www
(ウパニシャッドに於けるアートマンは、【既に、単なる「息」「呼吸すること」ではない】w)

> 英語でも、「道路」には、「way」「road」「street」など、さまざまな同義語、
> 類似語が併存する。いずれか一つに限定すべきではない。
≪ (英語でも)>「道路」には ≫という言い方が既に間違っていることに気付かんか?w
【日本の側が】、【複数の英単語に】【一つの意味(道路)を】与えてるんじゃないかwww
多義にわたる中、【そうしたニュアンス】を【各語が有している】というだけに過ぎない。
【場面(=文脈)によって】【或る一つの意味に絞り込】んでいるだけだ。
「going may way」と言った時、それは『自らが所有する土地としての道路を歩くこと』なのかい?wwwww

507 :2/2:2010/06/23(水) 20:09:03 ID:9FTATiKb
>>494
>いずれか一つに限定すべきではない
だから、誰も「具体的な道路」とは解釈していないのですw
派生発展した意味で定着し、用いられ、理解されているからです。
(日本語に於いてでも)、語源のまま用いられている言葉が、いったいどれほどありましょうやw
また、「複合語」なれば、それが「術語」として重要なタームとして用いられているならば、
語源は語源として【その『ニュアンス』の由来】に留意すればいい。
(寧ろ「変遷の経緯」にこそ、重要な側面があろう?w)
 *(尤も、paTIpadAに関しては「道路」の意味・使用例自体皆無だと思われますが・・w)

どうも貴方は、変なところ(→不必要なところ!w)で原点に帰りたがる癖があるようですね・・。
また「複合語」なれば、『 >古代人が、・・・・・・ことから発生した 』という原初ではないでしょう?
それは【複合語以前】の話でしょう?w

> 従って、「中道」の意味は、「相互に矛盾対立する二つの極端な立場(二辺)
> のどれからも離れた立場」。「非有非無の中道」である。
あれ? 「道」は「道路」じゃなかったんですか?w なぜ、急に「立場」などと言い出すんですか?www

> 釈迦の「一切皆苦」が「中道」ではないことは、明らか。
当たり前だw 中道に於いては「苦行と怠惰」「枷と放縦」だと言ったろ?
一切皆苦(一切行苦)については過去レス(URL集)の通り。

508 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 20:20:51 ID:oZ3JkQhB

釈迦は形而上の問いに判断を示さず沈黙を守りました。
不回答の理由を無益で法に適合せず涅槃に導かないからと説明されました。
無用な論争の弊害からのがれ苦しみからの解放という目的を見失わない為です。

509 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 20:25:29 ID:9FTATiKb
>>508
だから何?www

510 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 21:29:28 ID:tENrGmMj
形而上の由来くらい知っとけ、アホウ。
>形而上とは元来『易経』繋辞上伝にある「形而上者謂之道 形而下者謂之器」という記述の用語であったが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E8%80%8C%E4%B8%8A%E5%AD%A6

511 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 21:46:12 ID:RzHCe6FM
>>502から>>505

横レスで、折角の「説得の努力」に水をさすようで申し訳ないが、そのような複雑な
「解説」がなければ「誤解」が生じるのなら、仏典自体に問題があるということ。

そもそも、釈迦自身が書いた仏典は皆無だし、釈迦の真意である保証は何一つない。
釈迦自身に精神医学上の問題があったことは明らかである。

釈迦が己のアートマンを以って説きながら、いくら「アートマンがない」などと言っても、
初めから自己矛盾で、無理。それよりも、アートマン自体が無自性という竜樹の空論理論
で完全解決するのではないか。

釈迦が、バラモン教の教義である「輪廻転生」から完全には離脱しえていなかったこと
は、無理もないこと。釈迦は元来バラモン教徒なのである。

不完全な経典に基づいていくら議論してみても無意味。経典自体を廃棄すべきであろう。

釈迦仏教が、超カルト宗教である所以である。

512 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 21:49:53 ID:tENrGmMj
普通、人間は気分が良くなったりふさぎこんだりするのは当たり前。
それをさして双極性とか、頭おかしいんじゃねえか?

513 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 21:59:01 ID:9FTATiKb
>>511
wwwwww

【貴方や在家のような人にだけ】、
あのような『余分の余分の、更に余分な』説明が必要なんですよwww
【貴方や在家のように、勝手気侭な妄想で突っ走る御仁にだけ】、
あのような『余分の余分の、更に余分な』説明が必要なんですよwww

無自覚とは恐ろしい・・・w


つか、そうして絡んで、【別の話題(論点)へ目を逸らさせて】、
直前の醜態を有耶無耶にしようというわけですね。
よくわかりますw

514 :宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk :2010/06/23(水) 22:00:55 ID:9/Dctspe

>>511
誤解も酷いけれど、なかなかイイコトもいうねぇ!

515 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:03:36 ID:9FTATiKb
>>514
順位が低いからって安心してんじゃねーぞw

516 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:12:17 ID:RzHCe6FM
>>513
不完全で、瑕疵ある、根拠皆無な妄想カルト経典に基づいての「余分な説明」
など、不用どころか、有害そのもの。こちらから御免蒙る。

原始仏典の廃棄が先決である。さもなければ、今後も仏教カルトの発生は止む
ことはないだろう。

517 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:14:27 ID:iF5gn13q
>>516
カルトの教祖には言われたくないなwww

518 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:24:25 ID:RzHCe6FM
>>517
それはまず、カルトの大先輩の釈迦に言ってくれw。

釈迦の「苦」に対する異常な執着は、精神病以外の何物でもない。健常者には
見られない症状。広義の意味での中道から、大幅に逸脱していることはあまりにも
明らかではないか。

現代の精神医学では、鬱病患者の「苦悩感」は、並大抵ではないらしい。
釈迦はまさにそれに該当する。

「真如としての衆生心」を見出せなかった点で、釈迦は零点、いや零点以下で
ある。

519 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:26:23 ID:9FTATiKb
>>516
いやいやいやいやw

貴方や在家くらいですよ? あれほどの誤読&勝手な解釈をしてるのはw

いいですか。『貴方の主張が支離滅裂』なんですw
貴方の意見を、世に問うてみたらどうですか?
賛同者及び発言に正当性や整合性を見る者がどれほど居るか、確認してみたらどうですか?
こちらの反論も併せて吟味していただいて、
それでも、貴方への賛同者が二桁後半に近付くほどあれば、私も態度を変えましょうwww

520 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:30:49 ID:xqZMpczH
隠居、宝珠、在家のカルトトリオよ! 都立松沢病院精神病科直行バスで迎えに来たぞ!!
 ̄ ̄ ̄V ̄         ______________,__________
    ______,─┴─、______|_____|_|lニニllニニllニニllニニl|_,───、____________
...  ┏┳━━━━━━━┳┓_________へ____|___|_洛RAKUBUS_100_ カルト_基地外専用号|__,/___|
...  ┃┃病院まで |直行| ┃┃|______| |~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|~ ̄ ̄~|| ̄ ̄ ̄| |l二二二l| ̄ ̄ ̄|゙|
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   ||  _)=@=ノ        ||__||  ||  |||_|______|______|______||::::::|_|||___,|||___|゙.|
  .||  ミ●●彡         .|| . ||  ||  ||    ノ    |                      |○|入口||   ヽ| || ̄ ̄|   .|
 ....||__⊆⊇⊂ .).       __||  ||  ||  |||出口||6510|,,ノ           100:::::・・・・・  'i,   ヽ,|    'i,..||__|ヽ..│
  |  '''''ー─----─一'''''  | .||  ||  ||---─一'''''~           東京都立松沢病院      'i,   ..|、/\i | .'i,   'i, |
  | 松沢病院▽    .__ l,_,||  ||  ||  ./ ̄\ ロ ======                     / ̄\. | \  ゙'i| l二二l...'i,|
.. [||口口|       .|口口|[]_||  ||  ||  |  ∴  |                      = |  ∴  | |   \/i|',l二二l\l|〕
.. lニロニニニ|6510|○ニロニlロ|||─||─||─|  ∵  |________________|  ∵  |_|___,/|_\   ._/ =3
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ二ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ___ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ二ノ ̄ ̄ ̄ ̄ゞゝ___ノ゙ ̄ ̄

     ___
  

521 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:32:05 ID:xqZMpczH
,;f     ヽ
  i:         i
  |         |
  |        |  ///;ト,    >>
  |    ^  ^ ) ////゙l゙l;   
  (.  >ノ(、_, )ヽ、} l   .i .! |  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏      <カルトは一切怪?

  ,,∧ヽ !-=ニ=- | │   | .|
/\..\\`ニニ´ !, {   .ノ.ノ
/  \ \ ̄ ̄ ̄../   / .




522 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:34:46 ID:RzHCe6FM
>>519
初めから支離滅裂な原始仏典に「整合性」があると思うほうが狂っている
ということ。それが原始仏典による「洗脳」の結果である。

カルトに賛同されればされるほど、被賛同者はカルトということになる。

カルト信者が、イエスや釈迦ばかりに群がって賛美し、竜樹や道元には
寄り付かない理由は何故かを考えよ。

523 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:34:55 ID:xqZMpczH
>>521は失敗、な〜にちょっとしたミスさwwwwwww


     ___
    ,;f     ヽ
  i:         i
  |         |
  |        |  ///;ト,    >>
  |    ^  ^ ) ////゙l゙l;   
  (.  >ノ(、_, )ヽ、} l   .i .! |  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏  <カルトは無用!
  ,,∧ヽ !-=ニ=- | │   | .|
/\..\\`ニニ´ !, {   .ノ.ノ
/  \ \ ̄ ̄ ̄../   / .


524 :前世は一在家:2010/06/23(水) 22:37:11 ID:tbTLygsI
>>494
従って、「中道」の意味は、「相互に矛盾対立する二つの極端な立場(二辺)
のどれからも離れた立場」。「非有非無の中道」である。

苦でもなく、楽でもない。
自民党でもなく、共産党でもない。
宗教でもなく、哲学でもない。

以前、子供でも分かる譬え話をしました。
砂糖でもなく、塩でもない。
甘いでもなく、辛いでもない。

善哉は砂糖も塩も入っているが、両者が無対立にて美味い。
スイカに塩をかけても美味い。

現代の仏教でもなく、キリスト教でもなく、神道でもない、
共通の真理(法)にて「無対立」がおいしいかと存じます。


525 :前世は一在家:2010/06/23(水) 22:38:31 ID:tbTLygsI
>>502 セブン氏
>アートマンが永続しつつも輪廻しない場合も考えられたからだ。(たとえば解脱した後・梵我一如として)。
>故に、「アートマンは常住か、世界は常住か」という問いは輪廻と関係なく成立する。

なるほどと腑に落ちました。

>>503
>沙門果経等の記述は、【今は関係ない】だろ?文脈も違うし場面も違う。説かれ方も違う。

説かれ方は違いますが、六神通または三明智の中の漏尽通は「前世」を見通す法だと
思いまして、「前世」に関する別の説かれた方として例示しました。

>>504
>自歓喜経・等誦経の他、〔中部38大愛尽経、93アッサラーヤナ経、(及びミリンダ王問経)〕にある。

中部経典は所有しておりませんので、まったくご指摘の通りかと存じます。
ただ、相手の救いや成長の為になり得ないことは基本的に説かれなかった釈尊が
(上記は仮説、涅槃に入った後も45年間も説法された動機の仮説立て。)
バラモン相手に舎利弗の入胎・出胎の法を得々と語るのは腑に落ちないところも
あります。

>>505
同じ長部経典でも深い読み方をご紹介いただき、いつも有難うございます。
昔、異教の修行者に法を説かれた方と少しイメージがかぶります。 合掌


526 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:44:33 ID:RzHCe6FM
>>524
「中道左派」などという政治家が、一番胡散臭いw。

民主党が、いみじくもそのことを証明した。

527 :前世は一在家:2010/06/23(水) 22:44:37 ID:tbTLygsI
>>522
>カルト信者が、イエスや釈迦ばかりに群がって賛美し、竜樹や道元には
>寄り付かない理由は何故かを考えよ。

道元はよく知らないのでコメントを控えましょう。

イエスと釈尊は衆生の救いと成長の為に法(真理)を説かれておりますので
大勢の弟子や衆生から慕われておりました。

龍樹は論理学の天才でしたが、衆生の救済を発願された菩薩でしたでしょうか?
一人寂しく蝉の抜け殻になってこの世を去られました。否、「不去」でしたね。


528 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:49:13 ID:xqZMpczH
>>522
>初めから支離滅裂な原始仏典

しょーがねーだろう? 
だって支離滅裂なのはマハーカッサバ教なんだも〜んw

おまえはマハーカッサバ教を釈迦仏教とわざと誤認して、
趣味攻撃してゲームを楽しんでいるに過ぎない。
どうせキリスト教トラウマで『信仰』宗教攻撃するならビッグネームのほうが楽しめるから。
マハーカッサバでは一般受けせんもんなあw

ところで、『点』は存在ですか?非存在ですか?、有ですか?無ですか?
答えてください。

釈迦仏教への針(点)の穴かも知れませんよ?

529 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 22:53:37 ID:9FTATiKb
>>525
いいかw
重要なのは、>>502 2行目
>それくらいの述べ方をして初めて、「この記述はこう読める」「私はこう読む」、という意見になる
ってとこだからな。よく憶えとけw (本来なら、あれ(>>493)でもまだ不足なんだぞw)


>>522
ハイ? (゚∀゚)
仏典の話(立論の動機・論拠の話)なぞしておりませんが?www

不特定多数の第三者が、両者の発言を閲覧して、
《どちらに「整合性・一貫性・論理性・説得力」があると見るだろうか》という話ですよw
『【貴方の発言が】支離滅裂で整合性が無い』と言っているんです。

勿論、
『【私の発言は】一貫性があり、筋道が通っており、整合性があり、説得力を持つ』と自負しておりますwww

530 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/23(水) 23:17:08 ID:CVwZyvQ1
堕落系キリスト教徒脳思考のインキョ神はいつもの内容の様に、
証明出来ないことを善悪判定し裁くw

インキョ神には人間の脳の創造性は不要で生命唱えて解決するのみで、
インキョ神のそれに反する者、人間の脳の思考性を想定する釈迦も精神病になるのである。
堕落系劣化新興宗教の教祖達と同じ、インキョ神の様に
思いつきの妄想思考体系を絶対化する。
思いついた妄想が事実認識を無視し絶対化し、
それに反する者は悪である、精神病であるとか、判定される。
オウムを見よw
根拠なく米軍ヘリがサリン攻撃を仕掛けてきたという事実認識の無いインキョ神の妄想思考を選択しているのである。
たとえ、他者が指摘を繰り返しても、妄想体系から出て来れないのである。
妄想教祖インキョ神は生命に固執するあまり、
人間の精神、学習機能(釈迦流に言えば、修行、精進)はインキョ神には存在しないようであるw

まさにまた、「苦」の精密分析、原因分析を否定する善悪裁きの激しい堕落系劣化キリスト教徒脳思考そのものである、
注意されたしw
カルト系キリスト教徒脳思考のインキョ神なのである。


531 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 23:24:34 ID:URKsvqpS
>>530
空海 vs 最澄
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1182302951/l50

別スレ↑にもなぜかコピペするのはやめてくれ。
あちらのスレの迷惑だし、心配になる。

532 :531へ:2010/06/23(水) 23:30:22 ID:CVwZyvQ1
過スレだ、気にするなw
インキョに真面目に文章指導面倒くさい場合、同じ指摘に文章省略保存

533 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 23:37:21 ID:Voh5GRld
隠居と在家が、やけに調子づいてるな。
梅雨時はカルトが活気付くわけか? (笑)

534 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/23(水) 23:39:36 ID:CVwZyvQ1
まあ、かまって頂戴て言うやつよ。
相手うまいからなあ、魅惑の味わいが、このスレにあるんだろうなあ。

535 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 23:42:57 ID:URKsvqpS
>>532
セブン方式(>>366)でやるか、宝珠のサイトからリンクを貼られてる
みみずんの過去ログ貼ればいい。単なる保存用ならそれこそ無駄。
そしてあちらのスレにとってはスレ違い。自分のパソコンの
メモ帳にでもコピペしておけばいい

536 :妄想教祖インキョ神の洗脳にご注意w:2010/06/23(水) 23:46:00 ID:CVwZyvQ1
まあ、盛り上がるスレにはしないさあw
神経質だなあw


537 :神も仏も名無しさん:2010/06/23(水) 23:52:59 ID:9FTATiKb
>>533-534

〔御隠居のスタンスもまた、或る側面では「人の《生き方》」としてアリ〕
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/63

538 :537へ:2010/06/24(木) 00:02:02 ID:dl7Io8/q
まあね、でも隠居を見ると、過去に被害を受け支配されたカルト教団の影が見えるなあ・・
隠居のトラウマが、あの単調な書き込みに感じる。

539 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 01:27:13 ID:w4OetJSX
>>527 腐敗在家
>(龍樹は)一人寂しく蝉の抜け殻になってこの世を去られました。
止めを刺しておく。
おまえって、本当に二項相対カルト俗物インチキ奴よのうw 
腐ったやつだ。
『一人寂しく』っておまえの俗物カルト判断にしか過ぎない。
おまえなあ、粘着ワンパターンで龍樹揶揄を繰返しているけど、なんか意図があるのか?

当時では、断食孤独死は無執着者の立派な生涯の終え方だ。
これでこそ自由な境地に達した悟達者だともいえる。
断食(ウポワズ)は各宗教の重要な修行法であり健康法だ。

俺もしかるべきときがくれば、断食(ウポワズ)で消えると決めている。
弘法大師空海の入定もまさにそうだ。曰くー
科縁完了 任意捨身
生死一如 即身成仏


540 :539 :2010/06/24(木) 01:44:32 ID:w4OetJSX
訂正
× 科縁完了
〇 化縁完了 

541 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 01:47:36 ID:gnENer9R
>>527
>道元はよく知らないのでコメントを控えましょう。

道元くらい熟読せよ。彼を「世界最大の思想家」と評価する学者もいる。
君のカルトも吹っ飛ぶはずだ。

>イエスと釈尊は衆生の救いと成長の為に法(真理)を説かれておりますので
>大勢の弟子や衆生から慕われておりました。

有名なイエスだから偉い、釈迦だから偉い、と初めから有難がって読むから、彼等の
正体が看破できない。それでは、ミーハーのブランド漁りと全く同じ。教典を眼光紙背
に徹して「批判的に」読め。イエスのすべての教えが「自分の気に入らない者に対する
非難、憎悪、排斥」とセットになっていることは、「善きサマリア人の話」と関連して
このスレでも述べたはずだし、彼の「我のみ良しの独善性」については、キリスト教
議論スレに書き込み済み。「真理とは、誰が語っても真理」のことである。勘違い
してはならない。

>龍樹は論理学の天才でしたが、衆生の救済を発願された菩薩でしたでしょうか?
>一人寂しく蝉の抜け殻になってこの世を去られました。否、「不去」でしたね。

釈迦やイエスとは異なり、竜樹には狂信者が発生しなかったのが、彼が偉大である所以。
同じユダヤ人でも、マルクスには狂信者が無数に発生し、人類に巨大な害悪を与えたが、
フロイトはそうではない。これは、マルクスがクリスチャンであり、ヘーゲル直系の
ドイツ観念論者であるのに対し、フロイトが無神論者で、事実を最も重視する優れた
臨床精神医学者であったことが理由である。

542 :前世は一在家:2010/06/24(木) 06:17:25 ID:U8box+lb
>>527
>龍樹は論理学の天才でしたが、衆生の救済を発願された菩薩でしたでしょうか?
>一人寂しく蝉の抜け殻になってこの世を去られました。否、「不去」でしたね。

なぜ、菩薩なのでしょうか?との素朴な質問をしております。
(有名な龍樹だから偉い、と初めから有難がって読むから、彼の正体が看破できない?)
通常、菩薩とは阿羅漢と如来との間で、衆生済度を発願され輪廻すると
伺っておりますので。

もし龍樹が衆生彩度の実践をしていれば、その「縁起」にて多くの弟子達に
見取られたと思料しますが、論理性(常識)はないですか。

私が「机上空論」にこだわるのは、釈尊の教えを変容した「因」をその辺りに
仮説立てしているからです。


543 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 07:48:42 ID:rr6+CNjo
>>524 苦行でもなく快楽主義でもない中道が仏教

544 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 09:08:04 ID:w4OetJSX
>>542
>衆生済度&菩薩
 この言葉は在家主義大乗の差別化のための戦略的スローガンであり、
菩薩的『救済』目的主義は仏教の普遍的本質だとはいえない。
仏教の本質は三(四)法印×四聖諦であって、菩薩的『救済』目的主義ではない。
 そもそもゴータマ・シッダールダの出家目的は自己のもつ人間の実存苦もしくは有限性の不安の
根源的解決という極めて哲学的ないし思想的色彩を帯びたものだった。
 その課題は菩提樹のもとの成道で達せられ、梵天勧請による伝道決意によって
“結果的に”衆生済度機能となったにすぎない。
ゴータマ・ブッダが宗教としての「仏教」を始めたのではないのだ。
菩薩的『救済』目的主義の仏教本質化は、ブッダの動機目的と機能結果を逆倒させているのである。
在家主義的ご都合主義との批判を免れないだろう。

そうでなければ、成道後のブッダの困惑逡巡を理解できないだろう。
実を言うと俺は仏教逸話のなかで人間ブッダとしてこの場面が一番好きなのだ。
俺に作曲能力があれば『マタイ受難曲』ならぬ『仏陀成道曲』を書きたいぐらいだ。

545 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 10:27:34 ID:w4OetJSX

ちなみに、隠居ギャグならいざ知らず、
成道&伝道ともに天下り利権主義集団日本道路公団とは関係ありません。

546 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 11:40:58 ID:T6M0dD4N
>>544
>人間の実存苦もしくは有限性の不安

「人間の」ではなく、「釈迦個人の」鬱病の症状に過ぎない。「健常者」で
ある一切衆生は、「他者との係り合いの中での生存努力」という「大修行」
によって、そんな苦や不安はとっくに克服している。そもそも、健常者である
衆生には、釈迦のような「病的心理」は、初めから生じない。釈迦の「精神的
オナニー」に過ぎない。あくまで釈迦の贅沢病から生じた、自己中心主義、自
己満足で、衆生救済などという要素は、初めから存在しない。一切衆生には、
不用・有害な代物。ダニヤの章からだけでも明らか。

「成道」など、釈迦の単なる「自己申告」。検証は何らなされていない。
世の中の詐欺師の自己申告と全く同じ。

釈迦の精神病の感染による洗脳状態の心理を、恥ずかしげもなく人前でさらすな。
醜悪極まりない。

547 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 12:02:57 ID:T6M0dD4N
>>542
>釈尊の教えを変容した「因」

また、「釈尊」という「有名ブランド」漁りか。ミーハーと同じ心理
であることを自覚せよ。

竜樹は、ちっとも有名ではない。仏教者でも、知らない者が多い。
特に、ここの釈迦教徒は興味さえ有しない。しかし、文献から判断する
限り、釈迦とは異なり、精神医学的には「健常者」であり、知能もはるかに
高いと思われる。

竜樹は、「釈迦の教えを変容した」のではなく、その狂気と誤りを是正
したのである。

このスレの釈迦教徒を含め、カルト信者は、竜樹や道元は必死で避ける。
自己の洗脳状態が破壊されることを恐れているからである。

548 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 12:22:18 ID:BsJjalto
カルト1番の隠居が避ける。
ならお宅の言う通りだな。

549 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 12:30:34 ID:rr6+CNjo
そもそも「中道」と「中観」って同じ意味なんでしょうか?


550 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 14:56:47 ID:7HXo4fcQ
>>542
>衆生済度を発願

その言葉はおかしいとは思わないのか。釈迦もイエスも、その他のすべての人間
も、他者である衆生によって生かされ、救われているのである。「衆生済度」など
とは、その己を忘れた思い上がり、傲慢、忘恩の言葉ではないか。それを「人でなし」
と呼ぶ。

イエスは、己が、他者が額に汗して作ったパンで「生かされている」ことを
忘れて、「人はパンだけで生きるのではない」などと言う傲慢な言葉を吐いた。
彼は、パン以外の一体何で生きることができると思っていたのか。彼は、「人は
パンがなければ生きられない」というべきであった。

「如来の本性であるもの、それがそのまま生類の本性である。」(中論22:16)
「如来の無自性である性格が、そのまま生類の無自性である。」(同上)

釈迦も竜樹も、「釈迦はいかなる教えも説かない」と言った。釈迦教徒が信じて
やまない「釈迦の教え」など、実は存在しないということだ。君たちは一体誰の
どんな「教え」を信じているのかねw。

釈迦は、「他者との係わり合いの中での生存努力」という「大修行」を行って
いない。従って、釈迦が悟れる理由はなく、彼の「成道」は、詐欺師の自己申告
である。

551 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 15:25:29 ID:BsJjalto
カルト1番が、カルトは竜樹を避けると言った。
これって、どうよ。あきらかに偽だな。

竜樹を盲信すれば、カルトになれる。
これって、どうよ?

552 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 17:33:21 ID:BsJjalto
竜樹を盲信すると論敵は空。存在しない。

情け容赦なく攻撃可能。

ゲーム脳と同じ。

だからカルト1番。

553 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 20:06:28 ID:dkCK5Waj
>>552
釈迦や釈迦教徒は「無我」だから、いくら攻撃されても平気なんだろw。
ゲーム脳を超えて「ロボット人間」の世界。ロボットは、釈迦と同じく
「無我」なんだよな。つまり、人間ではないということだ。

554 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 20:13:38 ID:ikwu68HA
空は無じゃないだろ。流動的な変化だろ。縁起のよって変化することだろ。

555 :544 :2010/06/24(木) 20:15:12 ID:w4OetJSX
>>542
>衆生済度&菩薩
 菩薩概念登場のこのころから「仏教」は超越的神秘主義の色彩が濃厚化しはじめ、
縁起によってすべての存在のありようが解明できる→実存苦の超克、という
ブッダ本来の合理主義精神が徹底的に後退させられ、
構想されたバケモノ超越仏に対する信仰宗教化戦略が本流となる。
なぜなら、大乗在家主義者にとっては、厳しく自己を律する修行よりも、信仰による救済のほうが簡明であって、
欲望も適度に満足させられるそのご都合主義ニーズに合っていたからである。

初期商業資本主義の状況下で、
多様なの商品を満載した荷車のわだちを踏みしめて歩く合理主義者のブッダは、
ヒンドゥ=バラモン僧の呪文の声が鳴り響く溶暗のかなたへと抹殺された。

かくてインドにおいて仏教は滅びたのである。


556 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 21:11:18 ID:SFP+sYJw
>>555
>かくてインドにおいて仏教は滅びたのである。

滅びたところが、大乗仏教の真面目である。

滅びていなければ、現在の一神教同士の争いと同じく、双方共に無数の犠牲者
が生じていたであろう。現在でも殺し合いの状態が続いていたであろう。

小乗には、あきらかに一神教的要素がある。大乗の菩薩思想や「利他」の思想
は、釈迦仏教には存在しなかったものである。

「欲望も適度に満足させられるご都合主義」こそ、まさに人間性に合致した
「真如」なのである。

釈迦の思想は、基本的に正常な人間性を逸脱した病的心理以外の何物でもない。

557 :神も仏も名無しさん:2010/06/24(木) 21:23:15 ID:ikwu68HA
釈迦が菩提樹の下で悟った真理は縁起の法であったとされます。
「縁起を見る者は法を見る、法を見るものは仏陀を見る」ともいわれる仏教の根本法則です。
すべてのものごとは縁起によって生じ変化し消滅するという真理を悟られました。

インドの思想の元を作ったアーリア人は先住民族を征服してカースト制度を作りました。
アーリア人の支配者層は自らを神の転身として国家をまとめました。
現世の不幸は前世での業の結果で改善は出来ず、
苦しい生活と苦難の道を乗り切れば来世では安穏とした生活が出来ると教え込みました。
これにより下からの反乱は許されず生まれついての身分は決まり大衆を屈従させることが出来たのです。
バラモン教では輪廻を既成事実として説き、脅し文句のように虐げられた人々をさらに苦境に落とすようなことを言ったのです。
釈迦はその思想から脱却することを説かれました。
輪廻は業の鎖で生れが問われたのですが、釈迦は行いを問うことによって輪廻の意味を転換しその迷信性を失わせたのです。
苦の根本的な超克と、真の救済を目指した釈迦は現世この身一身における救いを体現したのです。

558 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 06:01:26 ID:XFakZp0s
>>557
釈迦の「縁起」が「因果関係」であれば、バラモン教の「業報」「輪廻転生」
と一脈相通じる。

559 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 07:52:15 ID:8RzYgHLW
輪廻があろうとなかろうと、戒・定・慧の三学を原因として悟るしかない。

560 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 09:35:10 ID:MW2DoZSi
ブッダの『自己のもつ人間の実存苦もしくは有限性の不安の根源的解決』
この課題解決のためには、全存在はどのようにして存在たりうるのか(人間の場合、人間の生存の構造)
その真相が問われなければならない。近代において存在論(Ontologie)といわれる。

 ブッダのダイナミックに流動する縁起論は「無常」「無我」という驚天動地なキーワードとして打ち出される。
 初期産業資本市場にみられる激しい商品流通を観察すればそこにはなんらの実体となるべきものは存在しない。
ひたすら無意味・無実体の流れ(生成&消滅:無常)があるだけである。
これはヘラクレイトスの流動存在論(すべては流れる:Panta rhei)にはるかに先行する
生成(Werden)消滅流動(無常)存在論だといいうる。

 ところが龍樹はその中論第一章冒頭で断固として「不生」を宣言し、ブッダの生成(Werden)を否定する。
そこにおいては縁起はきわめてスタティックな相関関係として把握され、ブッダのダイナミックな「無常」は事実上否定されたのであった。
ポイントは中論1−2の「等無間縁」と1-9でのその否定をどう考えるかにある。
ここでの龍樹の論述は説得力が乏しい。
龍樹が「原因」「結果」「生」「滅」という世俗言語的「意味」に捉われる詭弁的過誤を犯してしまっているからである。
事実は言語的意味以前の事象変動があるのみであって、
それこそ言語的意味以前の「あるがまま」であって、それを縁起の現観というのである。


561 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 12:29:59 ID:DQpNVOvc
>>560
>ところが・・・・・・それを縁起の現観というのである。

言い回しは難解だがw、
私が中論に感じている違和感や「静止」のイメージも、ほぼ似たような感じだ。
縁起一代は勿論首肯しないだろうが、(心経の色即是空が、物質的nothingや虚無・無価値へと近接するのと同様)
『お手軽な、(時間性を排除した、或いは《「意味的な」因果関係》を排した)相依性』への転落まで、あと半歩だ。
原始仏典の素朴な記述が、(特に地獄・悪業の文脈で、或いは神通が述べられる時)
オカルトマニアに利用し易いように、そのように、
この「静止」性もまた、虚無や何でもアリ、悪しき平等観・法界観・現状肯定へと導き易い。
そして、「出家・出世間の動機」(≒発心)、「(自身の心の)現状把握、過程への視線」、
「行じるにあたっての理由付け」、「行により必ず「果」のあること」、
そして何よりも、「シッダッタ出家の動機・本懐」を忘却させるものだと感じている。


また、>>544
>“結果的に”衆生済度機能となったにすぎない
>菩薩的『救済』目的主義の仏教本質化は、ブッダの動機目的と機能結果を逆倒させている
『動機と、付随した結果の逆転』
にも、丸っと同意だ。

また、必ずしも悪いこととは思わないが、>>555
>構想されたバケモノ超越仏に対する信仰宗教化戦略
という視線の取り方は、仏教の歴史的変遷の一面を的確に言い得ていると思う。
(勿論、そのことのメリットに目をつぶるつもりも無いが。)

562 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 13:05:59 ID:bQU42GiY
>>561
まだ「ブッダ個人」に対する「盲目的な感情的愛着」が甚だしい。それが
カルトの最大の特徴。

君がそこで述べていることは、すべて「ブッダが見出しえなかった真理」である。

>>560
>ブッダの『自己のもつ人間の実存苦もしくは有限性の不安の根源的解決』

すべて「ブッダ個人の鬱病の症状としての病的心理」。結局は「死ぬのが恐い」
ということ。

生活者は、日々の生存の努力に追われて、そんなアホらしいことをくよくよと
考えている暇はない。いくら考えてみても、人間は必ず死ぬ。人生には苦は
付き物。苦があるからこそ喜びが存在し得る。一切衆生は、「他者との係わり合い
の中での生存努力」という「大修行」によってすべてを悟る。

ブッダには、その大修行が欠けている。だから悟りもあり得ない。

563 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 13:08:34 ID:qpmJuqOS

一切のものは、消滅することがなく、
一切のものは、生成することがない。

一切のものは、終焉することがなく、
一切のものは、常住することがない。

一切のものは、自らと同じものではなく、
一切のものは、自らと違うものではない。

一切のものは、新たに来ることがなく、
一切のものは、新たに去ることがない。

戯論を消滅する、縁起の法を説いた、
最も優れた者である、仏陀に礼拝する。


564 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 15:20:48 ID:bQU42GiY
>>654
竜樹のそれらの言葉は、「万物の存在の相互依存性・関係性の原理」という
「抽象観念」を述べているものである。「抽象観念」だから、それらの言葉が
すべて当てはまる。

その原理は、あくまで竜樹の発見であり、釈迦の縁起(因果関係)からは一切出て
こない。むしろ、釈迦の「縁起」の全否定とも解しうる。「ヒントのヒント」
を与えてくれた釈迦に礼拝しているのは、竜樹の礼儀正しさであろう。釈迦の
批判すべきところは的確に批判している。

565 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 17:26:57 ID:QOL34jwF
今、「カルト宗教」でヤホー検索したら、
二番目に創価の公式ページが来てて爆笑したw

566 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 19:14:44 ID:QOL34jwF
しょうがない。御隠居と遊ぶかw

>>511
>釈迦自身に精神医学上の問題があったことは明らかである
どのような理由(根拠(資料))によって、そのように判断されたのですか?

567 :1/2:2010/06/25(金) 19:47:46 ID:QOL34jwF
>>491
> (外来宗教は、衆生は)翻訳を通じて信じるもの。

☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/310
 > 竜樹を個人崇拝しているのではないから、翻訳にいくら誤りがあっても関係ない。
 > あくまで、中論の翻訳文に基づいて判断している。

ハァ?(゚∀゚)
中論の【翻訳文】に基づいて判断しているのに、【翻訳に誤りがあっても】関係ない、
とは、いったいどういう状況なのでしょう?w
誤りがあったら信じない(基づかせない)わけでしょう?
何を通じて(その内容を)信じるんですか?w  一言で言えば「俺様基準」ってことですよね?w

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/268
 > 詳細な論考多謝だが、私は専ら「『中国語』としての訳文」の話をしている。

 > なお、古代においては現代のような語彙論も文法論も全くなかったのだから、

 > 現代人としての論理で、意味を合理的に推測する以外には方法はない。辞書も
 > 文法書も無かった当時の翻訳者にとって酷ですよ。彼等の翻訳は「間違いだらけ」
 > だったと考えていてよい。現代の翻訳でも、二ヶ国語に完全に精通した者から
 > みると、無数の間違いが見出されるのだから。

 > 【現代の翻訳でも、無数の間違いが見出されるのだから】

そんなものを通じて、> (外来宗教は、衆生は)翻訳を通じて信じるもの。 と言えるのですかね?w
また、【貴方の依拠している翻訳が、無数の間違いだらけである】可能性は、どのようにして排除されたので?w

568 :2/2:2010/06/25(金) 19:49:40 ID:QOL34jwF
>>491
> (外来宗教は、衆生は)翻訳を通じて信じるもの。

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/336
> > 竜樹を個人崇拝しているのではないから、翻訳にいくら誤りがあっても関係ない。
> いやいやいやいやw
> 【翻訳に誤りがあったなら】、【何によって】正誤が判断されてるんですか?
> 【 > 翻訳にいくら誤りがあっても関係ない 】ということは、
> 【勝手に読んでいる】、【翻訳文に依拠していない】、ということですよ?
> 勝手な妄想であることをお認めになるんですね?www
>
> > あくまで、中論の翻訳文に基づいて判断している。
> いやいやいやいやいやw
> 翻訳には誤りが多いと言ったのは貴方ですよ?w
> 貴方が依拠している部分は、誤った翻訳部分かもしれませんよ?w
> 【 > 翻訳にいくら誤りがあっても関係ない 】と言ったのは貴方ですよ?w
> この台詞は、【翻訳文に基づかない】ということと同義ですよ?
> どっちなんですか?w 翻訳に基づいてるんですか?基づいてないんですか?
翻訳に基づいてるんですか?基づいてないんですか?wwwww


〔文献(原文)や過去の解釈、或いは別の読み方無視の俺様基準〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/268
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/271
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/272
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/283
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/284
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/336
〔御隠居ループ俯瞰図〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/487(翻訳・文献)

569 :神も仏も名無しさん:2010/06/25(金) 23:41:20 ID:QOL34jwF
規制×週末×WCSのトリプルパンチか・・w

570 :前世は一在家:2010/06/26(土) 00:12:30 ID:r31aPnWX
>>563
>一切のものは、消滅することがなく、
>戯論を消滅する、縁起の法を説いた、
>最も優れた者である、仏陀に礼拝する。

言語論理学(机)上で自己矛盾しておりますよ。

仏陀の法を一番変容したのは龍樹でしょうという仮説を立てております。

仏陀の論理学は幸せの為の論理学であり、相手の機根に応じて
180度反対のことも説かれており、側近のアーナンダが一番悟りが
遅れたとの言い伝えもあると伺いました。

菩薩心がなければ、45年間も四諦と八正道ばかりを繰り返し繰り返し
衆生に説くはずもなかったかと思料します。


571 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 00:20:38 ID:lK2M7Ft4
四諦と八正道とか信者が勝手に考えたんでは。
悟り前は、悟りの方法知らないわけで、伝授しようが無く。
悟り後は、縁起の法を悟ったわけで、具体的な修行方法を伝授するとは思えない。

572 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 00:32:58 ID:Q38DFfsO
>>570
今回は「ツッコミ」ではないが、横からやっぱり補足したい。

>菩薩心がなければ
(「慈悲が根幹なればこそ」という言い方にもなるだろうが)、
大乗的にというだけでなく、45年間の足跡の受け止め方として重要な視線ではあると思う。
だが、もっと大切な、もっと核(コア)となる部分は、
≪それ(四諦八正道)が、苦の滅への最善唯一の方法だから≫だよ。
だから、それが繰り返し説かれるのさ。

ここを忘れる仏教関係者の何と多いことか・・。
「現代物理学・量子論等とリンク」させたり、「(2500年前に、既に)世界の在り様が示されていた!」と舞い上がったり、
「論理的美学に酔い」しれたり・・・。
シッダッタの出家の動機こそが、始点にして終点なんだよ。

(う〜む・・。また、御隠居の餌になってしまったwww)

573 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 01:29:21 ID:FMREMUuO
>>572
釈迦仏教への批判は、釈迦の滅後100年から既に始まり今日に至っている。
釈迦仏教に根本的な問題があったと結論せざるを得ない。それはまさに「釈迦の
出家の動機」の問題でもあろう。

釈迦の「苦概念」や「利己主義」という欠陥に人々が気付いたからである。

小乗教徒は、この問題について充分に自己批判すべきではないのか。さもなければ、
単なる開祖盲信、偶像崇拝の宗教となる。

574 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 01:35:18 ID:Q38DFfsO
         \   ∩─ー、    ====
           \/ ● 、_ `ヽ   ======
           / \( ●  ● |つ
           |   X_入__ノ   ミ   そんな餌で俺様が釣られクマ――
            、 (_/   ノ /⌒l
            /\___ノ゙_/  /  =====
            〈         __ノ  ====
            \ \_    \
             \___)     \   ======   (´⌒
                \   ___ \__  (´⌒;;(´⌒;;
                  \___)___)(´;;⌒  (´⌒;;  ズザザザ

575 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 01:41:25 ID:Q38DFfsO
一言添えておこうかw

>>573
>小乗教徒は、この問題について充分に自己批判すべきでは

一番自己批判できていない貴方に言われたかないですわなwww
(私は「小乗」教徒でもないしw)
(毎度毎度案の定、都合の悪いレスは全てスルーだしw)


ノシ

576 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 01:45:12 ID:PLuF2A6D
仮に相手がほんとうにパーリ仏典信じているとしても、

ユダヤ教徒との議論の場で「ユダ公」と口走るようなもんで、
みっともないな。

577 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 02:21:00 ID:FMREMUuO
釈迦は、妻と生まれたばかりのわが子を捨て、泣いて頼む両親の頼みを振り切って
出家している。出家の動機自体が、人間としての基本的道徳に反した「地獄に
墜ちるべき」悪業である。出家後も、そのカルト性より、他の教祖の多くの弟子
を奪った。そのため、血を吐いた教祖さえいる。

「一切皆苦」は、すべての現代人ならずとも、当時の人々が考えても異常な病的
心理だったのである。

釈迦のカルト性は、ダニヤの章を読んだだけでも自明でではないか。誠実に生きていた
ダニヤを狂わせ、その家族を悲嘆のどん底に陥れたのである。

これらが悪業でななくて、何が悪業か。

また、釈迦の殆どの教義自体が、当時の優れた自由思想家であった六師外道の
教義の寄せ集めに過ぎない。

578 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 02:31:03 ID:FMREMUuO
>>576
私は、キリスト教は批判するが、ユダヤ教は批判したことはない。
キリスト教の浅薄な「精神規範」とは異なり、ユダヤ教は民族の生存の
ための「行為規範」であり、現代にも通用する骨太の真理を有して
いる。

これもキリスト教とは異なり、ユダヤ教徒は、キリスト教から徹底的に
迫害されたが、自らは他を迫害したことは、それほど多くない。

イエスと釈迦とには、その「我のみ良しの独善性」において、共通点が
多い。

579 :前世は一在家:2010/06/26(土) 06:32:39 ID:HXw6qghe
>>578
>キリスト教の浅薄な「精神規範」とは異なり、ユダヤ教は民族の生存の
>ための「行為規範」であり、現代にも通用する骨太の真理を有している。

それならば、イスラム教もユダヤ教と同様でしょうか。
コーランも一読しましたが、アッラーも旧約の神とよく似た人類統治法
を繰り返しておられるようです。

貴兄がほめてくれましたユダヤ教のエッセネ派では心魂と欲心とが受肉して
おり、心魂がうまく欲心をコントロールできれば善なる行動を行い、幸福に
なれる法が説かれております。

ユダヤ教のエッセネ派の法は、心魂も欲心も相互作用「空」として定義し、
苦を滅するという誰かの説「精神規範」よりは生存のための「行為規範」
として実践的かつ有効かと思料します。

(余談)
エッセネ派で有名なのが洗礼者ヨハネです。
またキリスト板でも紹介しました、最後の晩餐の会場はエルサレムの
エッセネ派本部の2階で使徒マルコの実家だとの調査結果も報告されており
ます。(まあツァイトガイストと同じく調査結果ですが。)


580 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 07:37:34 ID:eBbLI6M1
>>578
>共通点
隠居と宝珠、一在家のカルトリオには、その「我のみ良しの独善性と痴保的狡猾性」において、
共通点が多い。



581 :思い込み妄想教祖インキョ神:2010/06/26(土) 11:05:09 ID:T7kSIX/g
インキョの書き込みの基本、思い付き妄想の思い込み妄想、自己教祖絶対化w

堕落系キリスト教徒脳思考のインキョ神はいつもの内容の様に、
証明出来ないことを善悪判定し裁くw

インキョ神には人間の脳の創造性は不要で生命唱えて解決するのみで、
インキョ神のそれに反する者、人間の脳の思考性を想定する釈迦も精神病になるのである。
堕落系劣化新興宗教の教祖達と同じ、インキョ神の様に
思いつきの妄想思考体系を絶対化する。
思いついた妄想が事実認識を無視し絶対化し、
それに反する者は悪である、精神病であるとか、判定される。
オウムを見よw
根拠なく米軍ヘリがサリン攻撃を仕掛けてきたという事実認識の無いインキョ神の妄想思考を選択しているのである。
たとえ、他者が指摘を繰り返しても、妄想体系から出て来れないのである。
妄想教祖インキョ神は生命に固執するあまり、
人間の精神、学習機能(釈迦流に言えば、修行、精進)はインキョ神には存在しないようであるw


582 :絶対神:2010/06/26(土) 11:09:32 ID:ihV0ZBIR
>>578
それは「単に迫害するだけの力を持てなかったからだ」
理由は単純で、ユダヤ教が所詮、民族宗教で、世界宗教のキリスト教の
ような爆発的な勢力の拡大を望めなかったからにすぎない

        『もうちょっと考えてものを言え』


583 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 11:14:59 ID:XGJLfPe1
>>578
全く論点を取り違えてるわ。姑息な奴だな。

相手の立場をみて、「ユダヤ教徒にユダ公」「上座部に小乗」
「朝鮮人にチョン」「中国人にチャンコロ」「ヨーロッパ人(系)に白豚」
と呼ぶのは同じなんだよ。

議論のうえで全く無意味であるのは勿論
相手ときちんと話し合う気は無い、と常時アピールしてるようなもんだ。

584 :絶対神:2010/06/26(土) 11:15:33 ID:ihV0ZBIR
釈迦やキリスト教が、所詮、「世俗を超える永遠的真理」を教える以上は
カルト的でないとは言わないが

宗教とは元来、そんなもんだし

      『貴様にどうこう言われる筋合いもないな』w

何を思いあがってるんだろう、こいつはww

で、当たり前だが、ユダヤ教の神こそが「もっとも力で人間を支配し
ようとし、超現実的な命令でもって異民族やなんかを滅ぼそうとしている
神だぞ」w
きちんと旧約読んでんのかこいつは

  『ユダヤの方がキリスト教よりよっぽどカルトだっつーの』w
旧約の影響さえなければ、キリスト教は「別に偏狭にならなかったと
思うぞ」w

「まさか旧約のヤハウェに「我のみ良しの独善性」がないとでも思って
 んのか」w

誰がどうみても、「独善の塊だろうがよ」(大笑)


585 :絶対神:2010/06/26(土) 11:40:04 ID:ihV0ZBIR
ああ、そうか、

『ユダヤ教徒は迫害していないどころか、神の名の下に異民族を皆殺しにして
 いるじゃないか』

それが史実でなかったとしても、

「それを史実とし、正しいとする旧約聖書という正典を長い間信じて用いてきたじゃないか」

釈迦どころのカルト性ではないぞ、

             『ユダヤ民族のカルト性は』

釈迦は、自分の家庭と、他の一般家庭を破壊したかもしれないが、
少なくとも、「異民族を皆殺しにせよ」と命じたり、それを正典として奉じろという
ような事を言っていないからな


586 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 11:43:53 ID:Xo2ndV+y
>>564
シャカの縁起は、そういうことだと思うよ
部派のゆがみを正したというべきだろう
だってそもそもブッダが悟るシーンの描写は、スジャータの粥だよ?
あの描写が何故入るのか、絶食苦行でなく、相互関連による縁起こそブッダの本来の思想だろう

587 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 13:47:12 ID:K984tjd5
>>586
苦労知らずの釈迦が、自分の「趣味」で始めた苦行にさえ、途中から耐えられなく
なっただけの話。「肉体的生命へのあくなき執着」の結果である。他の修行者たち
から嘲笑されている。

「相互関連」などという大それたものではない。「苦しくて、腹が減ってたま
らなかった」だけの話。まさに煩悩そのものではないか。ずばり、「生きてい
る証としての煩悩の肯定」である。

出家者たちの「絶食苦行」をみずから「否定した」のである。

588 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 14:01:24 ID:K984tjd5
>>579
イスラームは、キリスト教の「焼き直し」。聖書の人物が多数登場するし、
ムハンマドは、山篭りによって「啓示」を受けた際に、妻の親類のキリスト
教徒に相談し、その承認を受けている。但し、イエスの神格化を排除し、
創造主としてのアラーに立ち返ったことは、大きな進歩といえよう。

両者が合い争うのは、近親憎悪の故であろう。こともあろうに「ナザレ村
の大工の子倅」を創造主と同一の地位に祭り上げたキリスト教に対する
反感が、その底流にある。

589 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 18:35:04 ID:eBbLI6M1
>>564
>竜樹のそれらの言葉は、「万物の存在の相互依存性・関係性の原理」という
>「抽象観念」を述べているものである。
そんな「抽象観念」だからなんやねん。
なんか意味があんのか?
なんかメリットがあんのか?
現代のインターネット時代ではヘーゲルやマルクスの弁証法論理で、
「万物の存在の相互依存性・関係性の原理」なんて当然の常識だろう。
吉本新喜劇のチャーリー浜も「ごめんくさい!君たちがいて、僕がいる」と悟っている。
あるがままの事象はそんな薄っぺらいペラペラな「抽象観念」ではない。
龍樹のその理解はたんなる言語論理→世俗的二項相対的ことばだけの問題。
秀才ぼんぼんの浅薄すぎる理解なんだよw

みんな関係してるから、みんな仲良くしましょうね!程度の道徳論かw
俗物唯物生命根源教が龍樹の空=中道論とどういう整合性があんのか証明してみ。

590 :589:2010/06/26(土) 18:47:47 ID:eBbLI6M1
アンカー間違い
× >>564
〇 >>564 隠居

ブッダと龍樹が流した汗と涙と苦痛ははたしてどちらが多いのか?

591 :589:2010/06/26(土) 18:56:13 ID:eBbLI6M1
だいたい大汗と涙を流した開拓者ブッダと
道がついてから楽チンに頭だけで補修工事をやる奴を比較して、
開拓者を躁鬱患者と揶揄して面白いか?→隠居の反応はガチのワンパターンw

俺は先ず井戸を掘った人間に感謝するのがスジだと思う。

592 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 19:02:25 ID:H3kdYXSd
>>589
「真理」とは、「皆が既に分っていること。皆が既に持っていること。」「最も自明・
普遍なこと」。「自明・普遍過ぎて気付かないこと」に気付くのが、「真理の発見」で
ある。

君たち宗教者が求めるような、「何か難しいこと。異常なこと。普遍ではないこと」は、
真理ではない。勘違いしてはならない。

人間にとって最も自明・普遍なことは、「生命現象を現す肉体」、即ち「生命」である。
「万物の相互依存性・関係性」もそうである。

弁証法は、物事を「正」と「反」に二分するが、その「正」「反」自体が、それぞれ
「正」と「反」によって成立していることを見落としている。

593 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 19:04:30 ID:Q38DFfsO
>>591


彼の言い分は、
「掘らなくてもいい井戸を掘った。(お陰で地盤沈下が起きた)」
「井戸どころか落とし穴を掘った、迷惑な大罪人」
ってとこだろうよwww

594 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 19:30:21 ID:Q38DFfsO
御隠居とは平行線だと、過去何度か言った。
自分とは別の価値観を許容する空き容量が無い、と。
今一度、また別の喩えをしてみよう。

或る会社の商品企画会議で、A班が或るアイデアを出したとしよう。
現在の工場の設備や販売ルート、宣伝戦略に於いて、
販売に繋がる認知度を稼げるかどうかに不安を残すアイデアだった。
だが、デメリットや商品化困難な要素を含みつつも、
その「動機(開発理由)」や「利用価値」には、将来性という点でも、
今後の会社の姿勢の主軸としても良いほどの理念があったとする。
≪普通は、この時、そうした「価値」や「メリット」を認めつつ、実際上の困難さ、デメリットに於いて
批判・却下、再提出が指摘される≫わけだ。
御隠居は、こういう場面に於いても、
【自分のアイデアと違うから】【自分の価値観・理念と違うから】【メリットを無視し】【デメリットのみを論点とし】、
A班のアイデアを【考え直して再提出しようが何しようが】【絶対に認めない】。
【自分のアイデアと同じものにならない限りは、何度でも批判・却下する】だろう。
だが、【それでは「A班のアイデアの意味」がない】。
A班のアイデアは、【御隠居の理念とは違う理念で、構想され、計画されたもの】なのだから・・。
御隠居の理念こそが、問い直されねばならないのに・・・w
(もう少し現状に即して場面設定を加えるなら、
 他の会社の企画会議に、自分の会社の理念を強要しているようなもんだw)

御隠居みたいなタイプは絶対雇いたくないよなw
会社の発展に寄与しないんだから。寄与どころか、百害あって一利なし、って奴だwww

595 :前世は一在家:2010/06/26(土) 19:32:19 ID:vj1518Sz
>>589
>龍樹のその理解はたんなる言語論理→世俗的二項相対的ことばだけの問題。
>秀才ぼんぼんの浅薄すぎる理解なんだよw

>>591
>だいたい大汗と涙を流した開拓者ブッダと
>道がついてから楽チンに頭だけで補修工事をやる奴を比較して、
>開拓者を躁鬱患者と揶揄して面白いか?→隠居の反応はガチのワンパターンw

更に大汗と涙を流した開拓者の道を机上空論で変容したのが誰かを
私は仮説立てしておりますが、貴兄の見解も大変参考になりました。


596 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 20:07:24 ID:H3kdYXSd
>>594
釈迦の死後100年から大乗思想が発生し、発生しなければならなかった、
「必然性」を考える必要があろう。

いつまでも「開祖個人」に執着している姿は、醜悪である。

日本は、大乗仏教の国である。小乗など、どこの誰がやっているのかね。

小乗各国の政治的混乱と停滞を見よ。

597 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 21:22:43 ID:Q38DFfsO
>>596
ハァ?(゚∀゚)

いきなり何の話を始めてらっしゃるので?
>>594>>596に、どういう繋がりがあるのか、
解り易く説明していただけますか?wwwww

598 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 21:39:19 ID:lK2M7Ft4
釈迦は形而上の問いに判断を示さず沈黙を守りました。
不回答の理由を、これらは無益で法に適合せず涅槃に導かないからと説明されました。
無用な論争の弊害からのがれ、苦しみからの解放という目的を見失わない為です。
私たちは、どれだけ頑張っても、本当にしなければならないことすら成し遂げることができないかもしれません。
釈迦は宗教的な見解をぶつけあい論争することを価値あることとはみなされませんでした。
釈迦は自分の信じた道で悟りを得る事が重要であると説いたのです。

599 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 22:15:51 ID:Q38DFfsO
>>598
うるさい。黙れ。

600 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 23:20:14 ID:eBbLI6M1
>>592
>「真理」とは〜

「真理」など単なる言語上の問題に過ぎないし、
おまえの過去からの全レスはすべて二項相対言語論理にすぎない。
それらはすべておまえの我執が妄想したものだ。

以上のことが何のことなのか?なら、
おまえは龍樹をまるで判っていないし、
ましてや、ブッダに一指だに触れてもいない。 

実を言うと俺はアホを相手にしていられるほど暇ではない。

601 :神も仏も名無しさん:2010/06/26(土) 23:24:59 ID:oMa2K1Su
>>599 wwwww  どうした?セブン。切れたか?

え〜〜〜〜〜〜〜と、    ID:lK2M7Ft4 さん
あなたが述べられていることは、このスレの誰もが了解していること。
皆、それを承知のうえで、語っているのです。
ですから、そのようなことをここで語るのは、少々、ポイントがずれた
ことになってしまいます。


602 :前世は一在家:2010/06/27(日) 06:13:29 ID:WYoptoHX
>>592
>弁証法は、物事を「正」と「反」に二分するが、その「正」「反」自体が、それぞれ
>「正」と「反」によって成立していることを見落としている。

釈尊は輪廻を説かれた、輪廻にはアートマンが必要であるとA氏は主張した。
否、釈尊は「非我」、「無我」を説かれたとB氏は主張した。

要するに釈尊は、相手の機根に応じて法を説き分けたと一在家は言った。
所謂、「弁証法」の事例でしょうか。


603 :前世は一在家:2010/06/27(日) 06:30:13 ID:WYoptoHX
>596
>日本は、大乗仏教の国である。小乗など、どこの誰がやっているのかね。

空海も日蓮もあこがれた大乗仏教が栄えた国のインドと中国がどうなった
でしょうか?

大乗の筆記者達は原始仏典を熟知しつつ、衆生済度の為に分かり易く創作した
と考えております。 法華経の仏説を読んでの所感ですが。

そしてインターネットや大型書店の普及した現代では、誰でもパーリ原始仏典を
読んで、各大乗経典との差異や本来の教えを確認できるようになっております。

上座部の教えも理解して大乗の教えも理解したより昇華した仏教徒が増えれば
自身救済及び衆生済度の実践力も増してくるかと存じます。

上座部(正)+大乗(反)→?乗(合)、でしょうか。


604 :前世は一在家:2010/06/27(日) 07:32:41 ID:WYoptoHX
>>570
>菩薩心がなければ、45年間も四諦と八正道ばかりを繰り返し繰り返し
>衆生に説くはずもなかったかと思料します。

釈尊の臨終の言葉は、
「滅する性質のものは、諸々の事象(行、志向作用、無明)である。
怠ることなく修行しなさい。」(長部経典十六)

臨終の時でも弟子達を導こうとされた釈尊ですから、悟った後の生涯が
利他であったことが異教の私でも理解できます。

(注)漢訳阿含の和訳 ※中国語訳で語順逆
「諸々の事象は、滅する性質のものである。怠ることなく修行しなさい。」


605 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 10:36:32 ID:MKg8wnGZ
>>602
また姑息な曲解情報操作かw 小学生以下の日本語力だな。
もし意図的なものだとすれば、お前ほど詐欺師に向いてるやつは居ないだろうよw

> 要するに釈尊は、相手の機根に応じて法を説き分けた
ハァ?(゚д゚)
お前の記した以下の文は、まったくそのことの証となってないが?

> 釈尊は輪廻を説かれた、輪廻にはアートマンが必要であるとA氏は主張した。
> 否、釈尊は「非我」、「無我」を説かれたとB氏は主張した。

事象1:「釈尊は輪廻を説かれた」
事象2:「輪廻にはアートマンが必要であるとA氏は主張した」
事象3:「否、釈尊は「非我」、「無我」を説かれたとB氏は主張した」
このような事例ならば、釈尊は輪廻を説いただけにしかならんが?
【B氏には輪廻を説かなかった】のか?【A氏には非我・無我を説かなかった】のか?
どっちなんだ?

事象1:「釈尊は輪廻を説かれ、輪廻にはアートマンが必要であるとA氏は主張した」
事象2:「釈尊は「非我」、「無我」を説かれたとB氏は主張した」
このような事例と見ても上記と同じだ。
【B氏には輪廻を説かなかった】のか?【A氏には非我・無我を説かなかった】のか?
どっちなんだ?

A氏に対して「非我・無我が説かれず」、B氏に対して「輪廻が説かれず」にあったならば、
そのとき初めて、お前さんの思考実験が成立するんだよ。
だが、お前さんは、『【 > 釈尊は輪廻を説かれた 】としか述べず』、
『それに対する【二人の反応】しか述べていない』。
お前の思考実験(喩え話)に必要な要素は、≪二人に対し、それぞれに【どう説かれたか】≫という部分だ。
【そここそが『応じて説き分けた』という部分】だろ? A氏B氏二人の反応(≒勝手な憶測)なぞ関係ない。
それを兎の毛ほども記さずに何をほざくか。
 (注:基本的に「輪廻」も「非我・無我」も【どちらも説かれている】んだよ。)

606 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 10:49:15 ID:LBIYFjmw
釈迦は宗教的な見解をぶつけあい論争することを価値ある事とはみなされませんでした。
判断を示さず沈黙を守りました。
不回答の理由を、これらは無益で法に適合せず涅槃に導かないからと説明されました。
無用な論争の弊害からのがれ、苦しみからの解放という目的を見失わない為です。
釈迦は自分の信じた道で悟りを得る事が重要であると説いたのです。

607 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 11:48:21 ID:dfcutvMu
   参加者募集中
     ↓
卍 しりとり仏教 卍 (第二節)
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/575/1156176858/

608 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 12:13:59 ID:MKg8wnGZ
>>606
御高説はありがたいが、
在家、隠居、宝珠の三悪は徹底的に叩くのが、
「《世俗の》倫理道徳」に適った、必要な牽制だと思ってるんでね。(「仏教云々とは別の側面」が大きすぎる。)
(宝珠はまだ、若干なりとも誠実さが残ってるんで可愛いトコもあるが・・。)

てめえに、とやかく言われる筋合いはねーよ。 消えろ。

609 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 12:39:24 ID:ScThdJVd
>>606
>宗教的な見解をぶつけあい論争すること
あのね、そーゆー表層的な入門書的記述はいらないの。
仏教の根本が縁起であり、それを言語論理レベルで事象の静的・動的関係と捉えるなら、
事象関係を分析することは、仏教の「空」にとってはなくてはならない重要なことだ。
分析することなしに、物事の依存関係を見極めることはできないのは当然だからである。
とくにアビダルマ・スコラ部派が作出の「原始仏典」をみてみろ。
もう、どーでもいいよーな煩瑣な分析に満ちているw

批判されるべきは戯論(形而上学的論理)による論争だ。
仏教の根本的な方法論が形而上学的方法そのものを認めないのだから、
このスレに巣食う宝珠、隠居、一在家の外道カルトリオの戯論ーふりかかる火の粉、
インチキ形而上妄想連中を防御的に粉砕せざるを得ないのだよ。

 仏教内でも、「法界縁起」だの「無為法」だのと大昔からお馬鹿な戯論連中に満ちている。
「無為法」というような宝珠が飛びつく縁起撥無概念を生み出してくる背景には、
神秘的超越主義の密輸入であり、仏教のバケモノ超越仏への「信仰」宗教化戯論戦略
(大乗在家の修行よりもお手軽信仰による我執を満たす御利益クレクレニーズに合わせる)があったのである。
現代でもその傾向はかわらない。
とくに葬式仏教ではインチキ御利益第一主義での金儲けに走っているのが実情だろう。


610 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 12:51:56 ID:LBIYFjmw
依存関係を明確にする意味がどこにある。
DNAとか素粒子とか星雲とか銀河とかを
調べ上げてそれらの依存関係が明確でないと仏教できないか。

611 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:03:19 ID:MKg8wnGZ
>>610
そこまで網羅する必要はないだろうが、
たった数例で判断するのもどうかと思うぞw
(ブッダが「一切」智者と呼ばれる理由、或いは「一切」は無常であり無我である、と言い得るのはなぜか、
よく考えてみるといい。)

ってことで、その方向性の参考だ。

つ大念処経(長部22)

612 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:09:19 ID:2eUuJeEw
>>610

>調べ上げてそれらの依存関係が明確でないと仏教できないか。

お宅のいう「仏教」がどんなものか知らないが、ここに
余計な書き込みなどせず、自己の信仰を全うすればよいでしょう?

613 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:36:51 ID:MKg8wnGZ
縁起一代:退役
 不 説 :規制(+もともとヒット&アウェイ)
  机   :行方不明
前スレ10:規制?
 宝 珠 :マジノ線へ撤退

614 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:41:08 ID:HASGuEWI
>>594
>【自分のアイデアと違うから】【自分の価値観・理念と違うから】【メリットを無視し】>【デメリットのみを論点とし】、
>A班のアイデアを【考え直して再提出しようが何しようが】【絶対に認めない】。
>【自分のアイデアと同じものにならない限りは、何度でも批判・却下する】だろう。
>だが、【それでは「A班のアイデアの意味」がない】。

それは、「釈迦仏教(小乗仏教)」という、開祖と原始仏典絶対の「原理主義」にこそ
当てはまる。そこから一歩も踏み出せず、かたくなに固執・執着している。

悪名高い「キリスト教原理主義」と同じ。

大乗仏教は、現実の状況に応じ、釈迦部教にどれほど根本的な変更を加えてきたかを
考えてみよ。

615 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:54:35 ID:LBIYFjmw
悟りに、無学とか悪人とか関係無いんだろ。
釈迦は、DNAとか銀河系とか知らなかったかもしれない。
しかし悟りを開いた時点で、全ての知識・認識を得ることが決まってるんだろ。
キリスト教と同じだろ。


運命 - Wikipedia
運命、宿命とは、元から定められている巡り合わせのこと。
「過去の姿(原因)が決まっているならば、未来の姿(結果)も決まっている。」と言い換えることができる。
この考え方が、「運命論」である。

予定説 - Wikipedia
その人が神の救済に与れるかどうかは予め決定されており、
この世で善行を積んだかどうかといったことではそれを変えることはできないとされる。
例えば、教会にいくら寄進をしても救済されるかどうかには全く関係がない。
一度救済に与れた者は罪を犯しても、必ず神に立ち返るとされる。

616 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 14:17:48 ID:2eUuJeEw
もしかして、あれ?
時々、顔だすちょっと、危ない系の人か?

617 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 16:35:14 ID:ScThdJVd
>>614
>大乗仏教は、現実の状況に応じ、釈迦部教にどれほど根本的な変更を加えてきたかを考えてみよ。

「大乗仏教は世界を呪術の闇に変貌させた」(マックス ウェーバー)

 こういうスタイルならバラモン=ヒンドゥの多様に用意された神々との激しい競合は必至である。
 差別化戦略が必要なときに、わざわざ自滅が目に見えているパクリ競合戦略をとることは戦略的誤りといわねばならない。
 ランチェスター戦略からみても、弱者の戦略をとるべきときに強者の戦略をとってしまった。
ジャイナ教がインドで生き残り、仏教が滅びたのは戦略面の完全な誤りがあったからである。
 →>>555


618 :前世は一在家:2010/06/27(日) 17:43:09 ID:WYoptoHX
>>604
>釈尊の臨終の言葉は、
>「滅する性質のものは、諸々の事象(行、志向作用、無明)である。
>怠ることなく修行しなさい。」(長部経典十六)
>(注)漢訳阿含の和訳 ※中国語訳で語順逆
>「諸々の事象は、滅する性質のものである。怠ることなく修行しなさい。」

セブン氏には「中国語訳での語順逆」の解説をして欲しかったのですが。


619 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 18:21:57 ID:HASGuEWI
>>617
マックスウェーバーはクリスチャンで、極めてキリスト教的。原始仏教に共感する
のは当然のこと。

彼には、根本的批判も多い。

620 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 19:28:32 ID:MKg8wnGZ
>>619
特に問題があるとは思わない。
パーリ文に於いても、主部述部の順で述べられることも述部主部の順で述べらることもある。
(中国語に於いても、述部主部の順が多いかどうかは知らんが・・。)

強いて言えば、
パーリ文は、(日本語と同じく)語順を入れ替えても意味内容に変化がない場合が多い。
現に、一部分だけ文頭に持ってくる例も多い。
ただ、「○○が××である」という内容を示す時、≪主題となる○○を先に提示する≫というのが、
文法的に見たポピュラーな形式なのだろう。 『××が、○○に属する「性質」的なものなれば』尚更に。
だから、敢えて『【××であること】を強調したい時』には、××が先に置かれることがある。
このケースに於いても、単に「性質」(≒内容)に関することが、
パーリに於いては先に述べられているだけの話でしかない。(それが、強調したいことであったのかもしれないが。)
 ※だから(?)、片山さんも漢訳の語順で(→「日本語としても一般的な」「主部述部の関係」と「その表現」の語順で)和訳している。

他の人が、どう解するかは知らんが、私は、そのケースの語順に意味があるとは見ない。

621 :痛恨の(?)アンカーミスwww:2010/06/27(日) 19:31:30 ID:MKg8wnGZ
>>618
特に問題があるとは思わない。
パーリ文に於いても、主部述部の順で述べられることも述部主部の順で述べらることもある。
(中国語に於いても、述部主部の順が多いかどうかは知らんが・・。)

強いて言えば、
パーリ文は、(日本語と同じく)語順を入れ替えても意味内容に変化がない場合が多い。
現に、一部分だけ文頭に持ってくる例も多い。
ただ、「○○が××である」という内容を示す時、≪主題となる○○を先に提示する≫というのが、
文法的に見たポピュラーな形式なのだろう。 『××が、○○に属する「性質」的なものなれば』尚更に。
 ※だから(?)、片山さんも漢訳の語順で(→「日本語としても一般的な」「主部述部の関係」と「その表現」の語順で)和訳している。
だから、敢えて『【××であること】を強調したい時』には、××が先に置かれることがある。
このケースに於いても、単に「性質」(≒内容)に関することが、
パーリに於いては先に述べられているだけの話でしかない。(それが、強調したいことであったのかもしれないが。)

他の人が、どう解するかは知らんが、私は、そのケースの語順に意味があるとは見ない。

622 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 22:28:49 ID:MKg8wnGZ
>>615
御託は要らないからwww

>>611への感想とかはないのかい?w (´ー`)y━~~

623 :前世は一在家:2010/06/28(月) 00:04:55 ID:ScHibdF2
>>621 セブン氏
>他の人が、どう解するかは知らんが、私は、そのケースの語順に意味があるとは見ない。

早速の見解アップを有難うございます。

訳A:滅する性質のものは、諸々の事象(行、志向作用、無明)である。
訳B:諸々の事象は、滅する性質のものである。

訳Aだと滅しない性質のものが存在するという意味になりますでしょうか。
例えば、「三明智」とか「四聖諦」とか。
訳Bだと通常の漢訳通りに、全ては滅するとなり「空」とか「無」になります。

釈尊の最期の弟子への言葉として、もう少し他の方の見解も聞いてみたいと
存じます。


624 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 00:32:13 ID:0KtK+mpB
>>623
訳Bでも、≪諸々の事象以外のものは、滅しないものである≫という意味になるぞ?w
(尤も、「もろもろの事象以外に、はたして何があるのか?」が、今度は問題となるが・・w)

625 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 00:56:17 ID:0KtK+mpB
>>623
少し補足しとくか・・。

まだまだだなw
その程度で報復レスになると思ってるようでは・・。

訳A(○○は××である)も、訳B(××は○○である)も、
共に、訳Aの埒外≪××でない◇◇がある≫、訳Bの埒外≪××でないものは△△である≫を排除しきれないぞw
だから>>611であり、>>610が愚かな発言なのさ。


ノシ

626 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/28(月) 03:35:01 ID:Ui8etsLc
>>613 セブン氏
昨日解除されたばかりです。選挙前なので、また規制再発するかもしれません。(--;


627 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/28(月) 03:40:12 ID:Ui8etsLc
>>608
こう言うと、その御三方だけでなく、セブンさんにも怒られてしまうかもしれませんが、
私個人としては、第三者は、そう簡単に、その御三方の意見に影響されたりはしないと
いう楽観があります。

特に、御隠居の意見(生命論のような場当たり的にでっち上げた言い訳の方ではなくて、
結局、御隠居がシュプレヒコールとして繰返して行いたい動機の本体であるところの
「釈迦精神病説」「精神病感染説」「原始仏教盲信説」などの誹謗中傷行為の内容)を
認める人なんて、まずいないでしょうし、御隠居自身がそう考えているでしょうから(
だから、2ちゃんねるで、匿名で、ハンドルすら付けない状態でしか発言しない。世間
で皆が尤もだと認めてくれると御隠居自身が思っていたのなら、2ちゃんねるで匿名で
はなくて、普通に表世間で発言しているでしょう)。

628 :不説 ◆AnATTa/dJc :2010/06/28(月) 03:50:31 ID:Ui8etsLc
>>627続き
また、オカルト主義の場合は、2ちゃんねるで誰かがそういっていたから信用して、第
三者の非オカルト主義者が、オカルト主義者に変わるということもあまりないと思いま
す。元々オカルトに魅かれる性質の人は自分から様々なメディアを通じて、情報を収集
していって具体的なオカルト的世界像を強化するものだと思います。オカルトのような
マイナーなジャンルのことについては、ネットの情報は、源というよりも、下流の最後
に行き着くもの(伝聞の伝聞、引用の引用といったものの集積)だという気がします。
元々そういう性向のある人なら、勝手に集っていくだろうし、逆に、オカルト趣味が嫌
いな人は、感情的に嫌います。だから、結局、ここでの書き込みが、第三者にオカルト
的思想に捻じ曲げるための主要因となることは考えにくいのではないかと思います。

もちろん、カルト問題には、マインドコントロール・洗脳といった問題も確かに存在す
るわけですが、この2ちゃんねるにおける誰かの書き込みが、マインドコントール・洗
脳としての結果をもたらすとは思えません。たとえば、宗教板で、オウムの信者が書き
込みしたとして、その書き込みされた言葉が(既存のオウム信者以外の第三者に対して
)マインドコントロール・洗脳効果を持つとは思えません。もしそのような効果がある
という主張をする人がいたのならば、その人は、むしろ2ちゃんねるの運営者側に、こ
のような場を設けていること自体を非難する必要があります。

だから、その御三方については、私は、そんなに危惧はしていません。だから、別に、
彼らの書き込みが決定的に止んだり変更されることは期待していません。でも、彼ら
の書き込みを切っ掛けに、第三者にとって「こちらの方がまだ良識的な見解だな」
と思われるような反論も、たまには加えておこうとすることは良いことだと思います。
なので私も気が向 いたら、「ヒット&アウェイ」でコメントさせていただくことも
あるわけです。 (私の場合は、第三者のうち、(南方)仏教徒から見て良識的だと
思われる見解が目標です)

629 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 06:54:09 ID:nw/yKVi7
>>623
>訳A:滅する性質のものは、諸々の事象(行、志向作用、無明)である。
>訳B:諸々の事象は、滅する性質のものである。

単なる強調の相違。英語で言えば、
A:It is everything that perishes.
B: Everything perishes.
意味は同じ。Aは「すべて」を強調する。

Everythingに例外を設けた途端に、言語矛盾。

630 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 06:59:20 ID:nw/yKVi7
>>628
>(南方)仏教徒から見て良識的だと思われる見解が目標です)

南方仏教徒の洗脳が最も深い。その「常識」とはw。

631 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 07:40:30 ID:nw/yKVi7
>>630の訂正
×「常識」
○「良識」

632 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 09:34:34 ID:oyCpFu3X

しかし、隠居ってホント「類型思考」丸出しだなw
企業の頭の悪いリクルーターみたいだ。
相手の機根を見抜く力量がないないから、出身学校名でほとんどを判断する。
ところが、その類型思考を自分には当てはめないw

ブッダの具体的な待機説法とは正反対の方法論だ。
その人間的力量の差はほとんど無限に近い。

633 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 09:51:06 ID:UtcaGY5C
>>632  隠居は唯、バカなだけ。そして、好き嫌いで物事を判断し、その
硬直性の強い思考から抜け出せないだけだ。
「言ってることの有害性」という面からみれば、最も害は少ないよ。

セブンは、宝珠、在家、隠居をさして「三悪」と言ってたが、
俺は、不説を加えて四悪だね。   そして、「有害性」および「姑息さ」なら、

不説>・・・・・・>在家>宝珠>隠居      だ。

そして、隠居のいう「釈迦精神病説」
釈迦が、現代的視点より、治療を要する「精神病であった。」とは思わないが、
少なくとも「鬱的気質の持ち主」であったことは、正解であると思うがな。
と、いうより、開祖、あるいは思想家、哲学者は、多かれ少なかれ、そのような
気質を持ち合わせていなければ仕事にならんだろう?   



634 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 11:41:13 ID:oyCpFu3X
>>633
『人間本性の美と品位の内密な感情と、普遍的な根拠としてこれに行為全体を関係づける
心意の沈着と強さは厳粛であり、気まぐれた愉快とも軽薄な人の落ち着きのなさとも、一緒にはならない。
能力に限りのある魂が偉大な決意に満ちて、乗り越えねばならない危険を見、困難であるが
自己克服の勝利を眼にしているときに感じる恐れに憂愁がもとづいている限りにおいて、
この感情は憂愁という穏かで高貴な感覚にさえ近づく。
諸原則にもとづく真正な徳は、それゆえ、温和な意味での憂鬱質の心意のあり方と、
最もよく合致するように思われる。』(Kant, 1764 『美と崇高の感情にかんする観察』より)

人類の精神史に巨大な足跡を残した超天才におけるメランコリックな気質はほとんど普遍的といえる。
俗物凡人からればほとんど狂気と思える気迫と集中力がなければ、新しい地平は拓けないからだ。
人間の持つ潜在意識の闇−事象の真相に迫ることはできない。
  ぱっとおもいつくだけでも、ソクラテス、ゲーテ、ショーペンハウエル、キエルケゴール、
ミル、ボードレール、トルストイ、ニーチェ、アインシュタイン、ベートーベン、シューベルト、
ブラームス、マーラー・・・・・・・・

しかし、ブッダにおいては縁起の悟りによって、涅槃寂静に達せられたのだ。

 その点、俗物凡人=アホ隠居は超天才を生むメランコリック症候群の心配はまったくない。
 よかったねw


635 :634:2010/06/28(月) 12:37:58 ID:oyCpFu3X
訂正

上記天才たちのなかでアインシュタインとマーラーを削除する。
かれらはむしろ分裂質だ。ベートーベンもそうかもしれない。
分裂質では、モーツァルトやヴィトゲンシュタイン、ドストエフスキーやアインシュタイン
ベートーベン?、マーラー、ゴッホなど・・・・

636 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 14:50:37 ID:KnHRIh0V
>>634
そのカントの文章から、具体的意味不明な抽象語・観念語をすべて削除すれば、
内容は「ゼロ」。空虚そのもの。

ニーチェは、カントを、「陰湿な神学者に過ぎない」とこき下ろしている。

無神論者のヒュームに批判されて顔面蒼白になったのがカント。

637 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 15:52:28 ID:0KtK+mpB
>>627
(一時期、その側面でレスを入れたこともあったが)、ここしばらくは、
『自己の意見を述べるに際して、
【論点をずらす】(【各論の細部が問われているのに原点へ戻す】・【原点の構図、骨格が問われているのに各論を当てはめる】)・
【無関係な文章を繋ぎ合わせ、見た目の(文字の並びでの)論理性を装う】・
【引用に際し、原文を意図的に改変する】・【各引用文間の脈絡を無視した列挙をする】・
【その列挙の仕方を持って、新たに恣意的な脈絡を付与する】・
【引用に際し、その原意を無視し、中間点の解釈(或いは多様な解釈の一部)を絶対とする】・
【引用参考に際し、自説に合うように改変要約する。要約の基準が独善的である】・
【自説に合うように改竄しておいて、それを解釈の根拠とする】・
【指摘や反論を受け付けない、或いは無視する】・【指摘や反論に対し、その論点とは別の論点を用いて返答する】』
などといった、『発言に際しての姿勢』を批判する形にしている。この点を指して悪と言った。

三人(特に内二人)の非難すべき悪行は、大きく分けて、
《仏教という名の下に、仏教でないものを語る。間違った情報提示をする》
《発言の姿勢に誠実さがない。寧ろ、狡猾な悪意ある作文姿勢が見られる》
《閲覧者への影響》
の3点となろう。(今貴方が触れたのは三つ目。)
初期は、一つ目の比重が大きかったが、今は9割方二つ目がレスを続ける理由だ。
(それもそろそろ飽きてきたが・・。)

638 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 18:04:40 ID:oyCpFu3X
>>636
→しかし、隠居ってホント「類型思考」丸出しだなw (>>632)


639 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 18:43:31 ID:oyCpFu3X
それにしても、主客二元論の科学で世界は掴まえられるのかねえ。
大元の最小単位を素粒子と仮設しても、観測技術が進歩すれば、
その素粒子を構成する素粒子が出てくるだろう。
知的興味としては面白いだろうが、主客相対としてキリがない。

素粒子は素粒子ではない、ゆえに素粒子という←こっちのほうが話は速いと思うがなあ。

アカンのか?

640 :前世は一在家:2010/06/28(月) 21:00:29 ID:jkH8q//S
>>637 良き理解者のセブン氏
>三人(特に内二人)の非難すべき悪行は、大きく分けて、
>《仏教という名の下に、仏教でないものを語る。間違った情報提示をする》

元々、異教の者が原始仏典を仏教徒の常識的な読み方とは異なる視点で
読んでおりますよと明言しておりますよ。
「異なる読み方」を自覚しております悪人は、悪人正機説かも知れませんね。

例えば「中論」でも、龍樹は大乗の開祖だからという捕らわれた読み方で
空を読みませんので、釈尊の本来の教え(原始仏典)を変容した机上空論
という仮説立てもしております。

このスタンスはキリスト教議論板でも同様です。
ニケーア公会議以降の伝統的な聖書解釈「三位一体説」に固執しないで、
異端とされて焚書された福音書とともに旧約と新約を読み比べております。


641 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 21:19:03 ID:0KtK+mpB
>>640
>元々、・・・・・・知れませんね。
だったら、「引用及び要約・紹介」は正確を期せ。
知識不足、理解不足、資料不足、二次資料の曖昧さ等、情状酌量の要素がないわけではない。
専門家、エキスパート、本職等でもない限り、殆どの者がそうした立ち位置にいる。
だが、少なくとも捏造はするな。

642 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:17:10 ID:IUI/xypn
>>641
大昔の仏典自体が、それほど信頼できるものではないのだから、「正確を期す」
ことには、それほど意味はない。若しかしたら「全くの捏造」かも知れない
のである。しかも、現代は、あらゆる点において、当時とは大幅に異なっている。

「大昔の『本当のこと』は、何も分らない」のである。

宗教者の、「教典絶対。開祖の言葉絶対」には、大いに反省の余地があるのでは
ないか。それが、創唱宗教の最大の「病理」だと思う。

643 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:22:57 ID:0KtK+mpB
>>642

>>567>>568

644 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:22:58 ID:b37Mhopy
正確を期すといっても、
パーリ語、サンスクリット、漢訳、読み下し、現代文で
同じ経典でも色々微妙に違ってくるだろうしね。
中村博士の訳にしても、レベルは高度なんだろうが、
所詮、中村博士の訳でしかない。

645 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:34:34 ID:0KtK+mpB
>>644
在家の、「自歓喜経の紹介の仕方及びその内容紹介」や「ポッタパーダ経の内容紹介」のイイカゲンさ然り。
「無記とは、機根に応じて説き分けられた形式の一種(或いは「輪廻について説いたから無記ではない」)」
等々を、『経典を引用・略記しながら述べている』こと然り。
(しかも、「長部(≒パーリ、阿含)を参照しています」と、自ら範囲限定しながらだw)
644で言うような差異をはるかに超えていると俺は思うがね。

646 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:35:53 ID:IUI/xypn
>>644
翻訳がいくら立派でも、原典自体に問題があれば、翻訳者の知識も、才能も、
苦労も、水の泡だね。

647 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:56:17 ID:0KtK+mpB
>>646
【 >原典自体に問題が あるかどうか 】を、
貴方は、どうやって【知り】、【判断】されるのですか?w


ノシ

648 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 00:45:06 ID:dlk/eJ45
>>647
「若しあったら」ということ。語句の細部に入り込む前に、全体の思想は判断
できるはずだ。

「開祖の思想は正しい」という思い込みがあったら、即ち、開祖に対する批判
がなければ、翻訳自体も誤る。

649 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 07:59:48 ID:1HSpRh8d
やはり予想通りだったか・・w
(「判断」の語だけに反応、と・・・。)
「判断」の前提、前段階を強調して再度問うておきましょう。

>>648
【 >原典自体に問題が あるかどうか 】を、(→【是非を問う前の】【原典の内容】を)、
貴方は、どうやって【知る】のですか?w

650 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 11:49:28 ID:hr5BUm3I
>>649
「信者ではない」「ブランド漁り」ではない「語学専門家」の翻訳または抄訳、
内容紹介などにより、現代の生活者(世俗)が、その生活経験、生活感情、知識、
知性、常識、論理に基づいて判断する。

651 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 13:40:56 ID:B9ULIQrE
>>649
>【 >原典自体に問題が あるかどうか 】を、(→【是非を問う前の】【原典の内容】を)、
>貴方は、どうやって【知る】のですか?w

こたえは簡単→縁起と空の体得=悟り(無分別智)を得て、【知る】=無分別の分別。
       とにかく、なにがなんでも先ず悟りを得て(心身脱落)、覚者(仏)になって、
       あるがままの彼岸から世俗(言語による原典)を還減しなければ、知りえない。
       また逆に、そうなればそんな筏は捨てればいいし、【知る】必要もない。

たとえば八正道のなにが正しいかなど、世俗のままでは知りようがないのだ。→>>650はアホ。
仏教が比喩で『此岸』と『彼岸』の二諦の教えであり、言語論理では矛盾があるということ、
この矛盾を深く感じられて、ついにこの一点を突破できたとき、悟り(無分別智)が得られる。


652 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 14:46:30 ID:D2Vfo8+V
>>651
>たとえば八正道のなにが正しいかなど、世俗のままでは知りようがないのだ

人間は動物の一種に過ぎず、その本質は他の動物と同様、生存本能(生命)である。
生命は、宗教を初めとする人間の「すべての営み」に先立つ。

八正道の「正しさ」も、人間の他のすべての営みと同様、生存努力(世俗)の中に
おいてのみ検証される。他には「検証」の手段はない。「検証」とは、あくまで
「万人」に通じる「客観的な証明」である。「変性意識」による思考は、すべて、
人間の正常な思考からは排除され、共同体では問題にされない。

「心身脱落」とは、そのような「宗教観念」「変性意識」を一切取り払って、
「生命」と直接対峙することである。

己の生命を以って、生命を「無明」とする矛盾を犯した釈迦の八正道は、基本的に
誤りである。

653 :絶対神:2010/06/29(火) 14:49:27 ID:4HN9eKUW
>>652
時間の無駄御苦労さんw
仏教が間違っている事に気づいているのなら
こんなところに延々と書き込んでないで

正しい宗教を探すなり、もっと楽しい娯楽でもすればw

654 :絶対神:2010/06/29(火) 14:56:17 ID:4HN9eKUW
ついでに言っとくと
   「ありもしない神仏や思想の為に死ねるのが人間って奴さ」
そういう意味では、お前が言っている「生命」とやらを人間が超えている
事例は
           『歴史上幾らでもある』
大体、2chに書き込む事が
           「生命と何の関係がある?」
めしくってせっくすして寝る、それが生命の基本だ
        『お前は随分無駄な事をしているなあ』
仏教について考える事じたいが、生命にとって時間の無駄だw
       「思考を停止しろ! その無駄な思考をやめろ!」
釈迦などについて考える事じたいが、
       「生命の浪費、無意味な時間だぞ!」w
もともと、生きる事それじたいに意味などあるものか
      『生命や生存本能なんてくだらねー基本機能だ』
「それを使って、いかに、お前さんのレベルでいえば「高尚で文化的な
 活動をするか」に「意味」があるだけだ」w
     『お前のやってる事そのものが矛盾もいいとこだ』
動物は、「生命と向きあったりしねーぞ」w
   「寝て殺してくって、セックスして子孫残してしぬだけだ」ww

655 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 15:02:54 ID:nEyXM2qu
お前は自分と向き合え。
そのような最低の性格では女と付き合うこともままならんだろう。

656 :絶対神:2010/06/29(火) 15:05:48 ID:4HN9eKUW
まあ、所詮、お前達は、何も真理などは見えない「不明の者」
言うだけ無駄だとは思うが
人間の特徴は

     『ありもしない神仏や霊や精神的な要素を信じられる事だ』

これが人間を他の生き物から区別し、かつ、文明や文化を発展させる原動力に
なったいる
人は、いずれ、「永遠」に、そして、「絶対」に、自身そのものはなれなかった
としてはしても「到達」するであろう

             『「神」の助けによってな』


657 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 15:09:38 ID:nEyXM2qu
神になる程の妄想が無ければ釣り合わない位
実生活が悲惨なのか。
ご苦労さん。

658 :思い込み妄想教祖インキョ神語録まとめ:2010/06/29(火) 15:19:49 ID:mTL8ybI0
思い込み妄想教祖インキョ神は証明できない妄想を思い込む、
精神病者がスパイにスパイされている、というように、
思い込み妄想教祖インキョ神は釈迦は精神病と思い込み妄想する。

下記のごとくにインキョ神は思い込み妄想に基づいて書き込む。

614 :神も仏も名無しさん:2010/06/27(日) 13:41:08 ID:HASGuEWI
それは、「釈迦仏教(小乗仏教)」という、開祖と原始仏典絶対の「原理主義」にこそ
当てはまる。そこから一歩も踏み出せず、かたくなに固執・執着している。

642 :神も仏も名無しさん:2010/06/28(月) 23:17:10 ID:IUI/xypn
「大昔の『本当のこと』は、何も分らない」のである。

宗教者の、「教典絶対。開祖の言葉絶対」には、大いに反省の余地があるのでは
ないか。それが、創唱宗教の最大の「病理」だと思う。


インキョ神の精神病理は、
>「大昔の『本当のこと』は、何も分らない」のである。
と書き込みながら、釈迦精神病説を唱える、支離滅裂である精神病の疑いがある。
そして、インキョ神は過去にカルト系キリスト教団の洗脳を受けて精神病になった可能性がある。
インキョ神はカルト系キリスト教団の思考に似ている。
細かい分析よりも思い込み妄想で書き込みをしているようである。


659 :思い込み妄想教祖インキョ神語録まとめ:2010/06/29(火) 15:26:48 ID:mTL8ybI0
652 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 14:46:30 ID:D2Vfo8+V
「心身脱落」とは、そのような「宗教観念」「変性意識」を一切取り払って、
「生命」と直接対峙することである。

己の生命を以って、生命を「無明」とする矛盾を犯した釈迦の八正道は、基本的に
誤りである。


思い込み妄想教祖インキョ神にとっては、生命を唱えて解決する妄想である、
これ自体が思い込み妄想教祖インキョ神の「宗教観念」「変性意識(インキョ神の思い込み妄想変性意識)」
であるといえよう。

思い込み妄想教祖インキョ神は生命宗教者の、「インキョの生命絶対。インキョ開祖の言葉絶対」を貫き、
人間の思考、精神の分析を否定する、
釈迦は、それを真面目に考察したのだが・・

660 :神も仏も名無しさん:2010/06/29(火) 17:31:07 ID:1HSpRh8d
>>651
そうじゃないよw
小説や論文、有名作家の書簡etc.etc.にも言えることとして>>647を入れた。

>>650に於いて吟味されるべきは、
≪「信者及び好意的評価を下す者」の仕事は、(全て)当てにならない≫
≪当該言語の専門学者でない限り、「原意を(忠実に)拾い出す」ような翻訳はできない≫
という部分だ。
(それ以下の文は、当該文献に対する姿勢(解釈・読み方)
に関わる部分なので、一先ず措いておいてもいい。)

661 :前世は一在家:2010/06/30(水) 06:49:18 ID:4QSYyr8j
>>659
>己の生命を以って、生命を「無明」とする矛盾を犯した釈迦の八正道は、
>基本的に誤りである。

十二支縁起で、「苦」に至る縁起の出発点の「無明」は生命でしたか?
私は「無智」、「智恵の無い」ことだと認識しておりましたが。

人に宿る仏性は本来「智慧」があるはずでしょう。


662 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 10:41:07 ID:llVrUicy
>>659
>生命を「無明」とする矛盾

このひとことで、隠居は我執による誤解、
すなわち一番最初のボタンから掛け間違えていることが判る。
これは仏教初学者でもマトモなら犯さない間違いだ。
隠居の仏教に対する論難はトンチンカンとトンデモにならざるを得ず、
相手にするのは徒労だ。
正確な入門書からやり直して、顔洗って出直して恋。

隠居には無記どころか、無視を薦める。


663 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 12:41:19 ID:K6wdkCLg
>>661
>>662
釈迦は、12縁起において、「無明によって生活作用がある」「生存の終着駅
は苦である」と言っている。

生活作用は、生命から生じるものであることは明らか。

「一番最初のボタンから掛け間違えた」のは釈迦である。

664 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 13:56:55 ID:llVrUicy
>>663
>生活作用は、生命から生じるものであることは明らか。
サービスしてやるよ。
生命という言語論理的存在はなにから、何によって構成されるか?

665 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 15:43:18 ID:MXaFc6yA
>>664
>生命という言語論理的存在はなにから、何によって構成されるか?

それを考えるのも生命の機能だから、いくら考えても答えは得られない。

666 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 17:41:47 ID:llVrUicy
>>665
>生命の機能だから、いくら考えても答えは得られない。

あなたの素朴実在唯物論からいって「生命そのもの」自体は存在しているか?
「生命」を定義してください。

667 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 17:44:55 ID:7FwI/oJs
唯物論的視座で行けば、
「生命」もまた、「機能・働き」へと解体されてしまうんだけどね・・。

668 :隠居のための初心者用仏典資料:2010/06/30(水) 18:42:58 ID:llVrUicy
これ(A)が有ることに縁って、あれ(生命)が有り、
これ(A)が生じることに縁って、あれ(生命)が生じる。
これ(A)が無いことに縁って、あれ(生命)が無く、
これ(A)が生じないことに縁って、あれ(生命)が滅する。
(マッジマニカーヤ 79:7) *Aとはなにか?

もし、自己や世界を“あるがまま”に観察し、「これはわれに属するものではない、これはわれではない、
これはわれのアートマンではない」と知るならば、自己や世界に関する誤った見方を捨てることができるであろう。
(マッジマニカーヤ:8:3) *“ ”は666が挿入

「アッギヴェッサーナよ、それではこれをどのように思うか。
感覚(受)や思考(想)や意志(行)や意識(識)[などの人間の心の部分]は、恒常であろうか無常であろうか。」
「無常です、大徳よ。」
「それでは、無常なものは、苦であろうか楽であろうか。」
「苦です、大徳よ。」
「それでは、無常であり、苦であり、変異するものを、これは我がものである、これは我である、これは我がアートマンである、
ということは正しいであろうか。」
「いいえ、大徳よ。」
(マッジマニカーヤ:35:20)

比丘たちよ、眼は無常である。すべて無常なるものは苦である。すべて苦なるものは無我である。
すべて無我なるものは『これ我がものにあらず。これ我にあらず。これわが我(アートマン)にあらず。』と、
このように正しき智慧をもって、“あるがまま”にこれを見なければならぬ。
比丘たちよ、耳について言うも同じである。鼻について言うも同じである。
舌について言うも同じである。身について言うも同じであり、また、意について言うも同じである。
(サンユッタニカーヤ: 35:1)



669 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 19:12:39 ID:MXaFc6yA
>>667
>「生命」もまた、「機能・働き」へと解体されてしまうんだけどね・・。

その解体も、生命の機能と働き。結局は答えはでない。だから福岡伸一氏も「生物と
無生物の間」の最後を、次の文章で締めくくらざるを得なかったのである。

「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること
以外に、なすすべはないのである。それは実のところ、あの少年の日々からすでに
ずっと自明のことだったのだ。」

釈迦もイエスも他の如何なる人間も、「生命」については何一つ知ることはできない
のである。

670 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 19:16:21 ID:7FwI/oJs
>>669
>その解体も、【生命の】機能と働き
これって、完全なる「反唯物論」だよねw(オカルト神秘主義一歩手前だぞ。)
御隠居は、いつから立場を変えたんだ?

671 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 21:05:54 ID:llVrUicy
>>669
>如何なる人間も、「生命」については何一つ知ることはできない

隠居はじめ人間は「生命」であることを認めるか?
その生命は唯物論では物質であることを認めるか?

672 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 21:33:45 ID:IJdDGbV8
生命定義によると、
・境界がある。
・複製する。
・成長(変化)する。
に当てはまればいいらしい。

673 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 22:34:06 ID:7FwI/oJs
御隠居の言う「生命」は、(或いは一般的語彙としての「(広義の)生命」も同様だが)、
『(五蘊存在としての)【人間(ヒト)により】【観念として】構想されたもの(→仮設されたもの)』
なんだけどねぇ・・・。
目を塞いでるんだよねぇ・・。「肉体」とか「生きている状態」を引っ張り出して当て嵌めて・・。
自分で、そういう具体性に置換できないもの、それらは一部分・顕現した様相、或いはそれらを生み出す源、
として述べているのに、それに気付かないんだよねぇ・・。
そこが、「生命教」と言われる所以なのにねぇ・・・。


試論

《「生物」=「生命」》 ・・・(具体的存在)
  例:「海は生命の源」「生命(いのち)の惑星(ほし)地球」「火星に生命は存在しない?」
《「生きている状態」》 ・・・(具体的様相、顕れ)→=「いのち」
  例:「おい!こっちはまだ生命反応があるぞ!」
《「生きている状態を持続させる力」(=所謂「生命力」)》・・・(「機能・働き」、或いは「本能」)→抽象的
  例:「枯れたと思ったら今年も芽が出たよ。生命って凄いな・・」
    「未遂に終わったのは、ためらい傷が多いのは、“生きたい”というあなたの生命(いのち)の叫びだよ」
《「そこに見出される価値や意味」「その“存在意義”を成立せしめる“本質”」》
 ・・・(心理的意味付け・価値付け)→抽象的→無機物にも存在させ得る
  例:「人形、包丁、針等の生命(いのち)」「国歌の生命」「(サッカーボール等を指し)“これが俺の生命(いのち)”だ」
《具象物・観念を問わず、「存在するもの」「存在すること」》・・・(一つ目の亜種、或いは上記と同じ)
  例:「ここが我が国の生命線だ。これを突破されたら命運尽きる。国家の存亡がかかっている」
《およそ生きているものを生じさせる、根源的「力」》 ・・・(全ての始原としての何ものか)
                                 →「繁殖の原動力、理由」も含まれる→抽象的→不可知
  例:無し。(強いて言えば、各種宗教が設定しているような「根源・始原・力・意志」と同質・同義)。

674 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:00:55 ID:llVrUicy
>>672
>境界、複製、成長(変化)

これらの概念は、事象に対する世俗人間の言語論理的意味付け・価値付けであり、
分別「解釈」にすぎない。

>>673「試論」に対しても同じことがいえる。

逆にいえば、「生命」なるものは言語論理上の存在でしかありえない。
実体としてあるわけではない。



675 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:10:21 ID:IJdDGbV8
>>674
実際に動物とか、植物とか、バクテリアとか、
ウイルスとか、何かの化学的化合物とか色々あるけど、
どこからが生命なのかの判別に使うらしいよ。

676 :674:2010/06/30(水) 23:13:20 ID:llVrUicy

だから、詩人の中原中也は苦しみの中で歌う

『僕は何かを求めている、絶えず何かを求めている。
 ・・・・・・・・・・
 しかし、それが何かは分らない。
 ・・・・・・・・・・
 説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値するものと信ずる
 ・・・・・・・・・・
 ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於いて文句はないのだ。』
                       (山羊の歌 いのちの声 より)
 
 ありもしない身一点など、妄想以外に感じようがないのだ。

677 :674:2010/06/30(水) 23:15:24 ID:llVrUicy
>>675
>どこからが生命なのかの判別

そんなのはレベルの低い『仮設』でしかありえない。

678 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:17:43 ID:IJdDGbV8
>これらの概念は、事象に対する世俗人間の言語論理的意味付け・価値付けであり、
>分別「解釈」にすぎない。

まあ確かにそうかもしれませんね。
ただそこを突き詰めると、生命と物質の差がなくなってしまう気もする。
それが仏教で言う空なのか!?

679 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:17:46 ID:7FwI/oJs
>>676
だから、「不生」であり「不死」、なんだろ?w

680 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:18:57 ID:7FwI/oJs
お?アンカー違ったw

>>674
だから、「不生」であり「不死」、なんだろ?w

681 :神も仏も名無しさん:2010/06/30(水) 23:50:45 ID:llVrUicy
>>678
>生命と物質の差がなくなってしまう気もする

事象の解釈でしかない生命と物質の差がなくなったらなにか都合が悪いのか?
現に量子力学では濃度の差はあっても「存在」および「存在の差」なるものはない。
量子のー縁起によるその集合変化であるー生命や物質に本質的な差異はなく、
存在としての実体はありえない→空であることはブッダの教えの通りだと確信できる。

道元も同じく『古心といふは、心古なるがゆえなり。
       心仏はかならず古なるべきがゆえに、古心は椅子竹木なり』
                         (正法眼蔵 古仏心 より)
      人間も椅子竹木もともに本源としての現成(縁起)であることをいっている。
      当然だろう。
>>680
>「不生」であり「不死」
 存在として把握できない(非有非無:不一不二→無我)素粒子、量子の縁起による絶えざる変化(無常)であって、
 それを世俗言語であえて表現すれば不生不滅と言わざるをえない。

682 :神も仏も名無しさん:2010/07/01(木) 00:07:55 ID:0buriYVE
>>678
「空」とは微妙に違う気もするが、
間断なき縁起の連鎖に楔を打ち込んで、
「「あれ」や「これ」を分別し」、「これを“因”、これを“果”、と分別し」、
「ここから過去(→前世)(記憶の部分)、今(この思考)は現在、その今よりも将来は未来(→来世)と分別し」、
「これ(この事象)は善きこと、これ(この事象)は悪しきこと、と分別」することにより、
五蘊が存在する世界は構築される。
そして、五蘊が存する限り、そこで生きるしかない(≒縁起してゆくしかない)わけで、
だから、戒や律であり、実践なわけさ。(→「分別の仕方」に、文字通り《分別が必要》wなわけさ。)


ノシ

683 :神も仏も名無しさん:2010/07/01(木) 13:53:58 ID:s3SYl3c/
『師(ブッダ)は、(われわれのこの)生存と非生存(についての執着)を捨て去る(断ずる)ことを説いた。
それ故に、「ニルヴァーナは存在にあらず、非存在にあらず」というのが正しい。』(中論25-10)

したがって、世間もニルヴァーナも,ともに存在でもないし、非存在でもない。

すべては有無の二項相対を離れた中道(中庸ではない)にて調うのである。


  


684 :神も仏も名無しさん:2010/07/02(金) 01:30:41 ID:nI+CtILt
>>681
>空であることはブッダの教えの通りだと確信できる。

別に大昔のブッダを持ってくる必要はない。量子力学など及びも付かなかった
ブッダからすべてを演繹しようとするのは、方法論的に誤り。「全存在」から
帰納すべきであろう、

竜樹が「存在でもなく、非存在でもない」というのは、「相互依存性・関係性」
という抽象概念が、「もろもろの存在の構成原理」だといっているだけであり、
存在そのものを否定している訳では決してない。

存在(実在)とは、「(必要な場合には観測装置を使用して)五感で知覚できる
対象」であり、そのテストは、根源としての生命(生命現象を現す肉体)の維持に
直接関係するか否かである。人は、かすみを食っては生きられないし、幻の女を
抱いても子は生まれない。

道元の「眼横鼻直」は、まさにあるがままの厳然たる実在ではないか。

釈迦も、「世界を空と観ぜよ」といって「世界の実在」を前提としているし、
竜樹も、「もろもろの存在」について述べている。そして「物理現象」や
「世間」は無条件の前提としている。「実在」の観念があるから、「空」の
観念が成立し得、「常」があるから、「無常」の観念が成立し得るのである、
「相対的でない存在はない」のである。

仏教者(の少なくとも一部)は、大きな誤解をしているだと思う。

685 :神も仏も名無しさん:2010/07/02(金) 02:01:37 ID:ZtWBDQ+a
>>684の訂正
×量子力学など及びも付かなかった
○量子力学など思いも付かなかった

686 :思い込み妄想教祖インキョ神:2010/07/02(金) 12:01:23 ID:yTHQR4EW
妄想教祖インキョ神の思い込み妄想精神医学が消えたのか??
さびしいなあw

生命唱えて万能説がもっと見たいww
>存在(実在)とは、「(必要な場合には観測装置を使用して)五感で知覚できる
対象」であり、そのテストは、根源としての生命(生命現象を現す肉体)の維持に
直接関係するか否かである。

で政治、経済問題、サッカー日本代表の優勝の方程式が分析できるとか、生命唱える思い込み妄想の爆発が見たいですなあwwww

687 ::2010/07/02(金) 12:16:39 ID:vwqKERjb

http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1278040208/

 ↑ ☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ 【臨時 避難

 ↑ 携帯とか 書き込み規制などの時に どうぞ!

688 :681 1/3:2010/07/02(金) 13:31:40 ID:MFJEqv6z
>>684
>量子力学など及びも付かなかった
だから非言語論理的『直覚』だといっている。
「直観は過たない。誤るのは判断である」(kant)

>「全存在」から帰納すべきであろう
我々の世俗で知りうる「全存在」(=いわゆる一切)なるものは
実在として掌握できない素粒子・量子の集合(無我)・変化(無常)があるがままなのであって、
帰納しても非実在(非有非無=無我=空)として実体に欠ているというのが真相である。
無実体の量子の縁起集合である『存在』に実体がある=実在である=わけがない。

存在≠実在。二項相対言語的『存在』なる観念としてありえても、
実体としては非実在(非有非無=無我=空)というのが仏の教えである。

言語的存在を実在と妄想する(無明)者(世間、隠居おまえだ)に我執着による『苦』が言語的存在として生じ、
その苦を無明により『実在』と感じてしまうのである。


689 :681 2/3:2010/07/02(金) 13:35:58 ID:MFJEqv6z
>>684
>竜樹が「存在でもなく、非存在でもない」というのは、「相互依存性・関係性」
>という抽象概念が、「もろもろの存在の構成原理」だといっているだけであり、
>存在そのものを否定している訳では決してない。
>竜樹も、「もろもろの存在」について述べている。そして「物理現象」や
>「世間」は無条件の前提としている。「実在」の観念があるから、「空」の
>観念が成立し得、「常」があるから、「無常」の観念が成立し得るのである、
>「相対的でない存在はない」のである。

 なにを言っているんだw 自分がなにを言っているのか、判っているのか?
非有非無の中道だからあたりまえだ→世間もニルヴァーナも,ともに存在でもないし、非存在でもない。(>>683

⇒「もろもろの<言語的!>存在の構成原理」なのであって、
龍樹の根本コンセプトは痛烈な言語批判(言語論理に捉われて言語的存在を実在と錯視・妄想してしまうこと←部派の『法有論』)にあることを見抜かなければならない。
隠居は結局その批判する原始仏教=アビダルマ・スコラ部派と同じ陥穽(実在論)に陥っているのである。

龍樹の趣旨はあくまで存在=実在とする立場の徹底批判である。
存在=実在との立場は戯論(形而上的言辞)であって、我々は批判すれども否定しない。
戯論に陥ってはいないからである。

結局、存在は二項相対言語的「存在」なる<観念>でしかありえないのである。


690 :681 3/3:2010/07/02(金) 13:40:05 ID:MFJEqv6z
>>684
>道元の「眼横鼻直」
>釈迦も、「世界を空と観ぜよ」といって「世界の実在」を前提としているし、

「眼横鼻直」という言語(名称と形態)概念が「存在」するのみ。言語概念を取っ払って直覚すれば非有非無のあるがままのみだ。
無意味・無価値・無実体の縁起の現観であって即ち中道である。
概念・意味・価値・実体は言語論理的存在でしかない。

現代最先端物理学は、その非有非無のあるがままのミクロ世界を
実体有無の存在=実在として把握できない『素粒子・量子』と言語名称して研究を続けているのである。
我々と世界はそのような非有非無の素粒子・量子の縁起による集合(無我)・変化(無常)なのであって、
まさに空=中道といわざるをえない。

いわば、ごく狭い世間日常ではニュートン力学やユークリッド幾何学でもさしつかえなくとも、
宇宙論的マクロや素粒子的ミクロ(両者とも我々の世界=一切である)では通用しないのである。
隠居の存在論は円周率を3で区切ってしまういわばゆとり教育存在論なのだ。

「生死」というのも言語的概念解釈であって、その言語的概念解釈=二項相対を前提として世俗で語る限り、
「生前」「死後」は『無記』とするほかはない。
だから「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。彼をああだ、こうだと論ずるよすがが彼には存在しない。
あらゆる事柄がすっかり絶やされた時、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」(スッタニパータ1072-1076)
この言葉はじつに深い。まさに戯論寂滅=中道である。
だから「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我に固執する見解<存在の実在観>を打ち破って、
世界を空なりと観ぜよ。」(同上 1119)といって「世界の非有非無」を説いているのである。
                                    



691 :681 3/3:2010/07/02(金) 13:51:03 ID:MFJEqv6z
訂正

「世界の非有非無」を説いているのである。
⇒「世界の非有非無」=中道を説いているのである。



692 :神も仏も名無しさん:2010/07/02(金) 15:33:12 ID:JfbN/cHY
>>690
>だから「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我に固執する見解<存在の実在観>
>を打ち破って、世界を空なりと観ぜよ。」(同上 1119)といって「世界の非
>有非無」=中道を説いているのである。

饒舌な言語論理を使用してそれを否定していることの矛盾に気付け。

死ねば、一切の議論は無となる。実在の判断について、前記の「生命の維持に
直接の関係があるか否か」のテストは不可欠であろう。

693 :681 :2010/07/02(金) 19:53:15 ID:MFJEqv6z
>>692


694 :前世は一在家:2010/07/02(金) 22:13:22 ID:vyEG+K7k
>>692
>饒舌な言語論理を使用してそれを否定していることの矛盾に気付け。

この板にも私と似た見解の方を見つけましたよ。

「机上空論」=机(言語論理世界)上で空を論じる(証明する)

例えば、「去りつつあるアリ」が「去る」のか、「去らない」のかは
分かりませんので、何れに断定しても誤りとなります。

現実世界では、目の前をアリさんが通り過ぎていったのならば、
「去りつつある者は去る」と言い、目の前でアリさんが止まれば、
「去りつつある者は去らず」と言えます。

龍樹の中論を読みましたが、アリ一匹も入り込む隙の無いほど完璧な
言語論理世界でした。
ただ大乗の開祖だとか、天才哲学者だとか、先入観を持って中論を
読みますと、「八不」の稚拙な証明に気付かないかと思料します。

その証明は「時間」と「運動」を否定して、釈尊の「因果の法」を
変容してしまっているのが実相かと存じます。


695 :神も仏も名無しさん:2010/07/02(金) 22:57:24 ID:xP/+yS2I
>>694
>その証明は「時間」と「運動」を否定して、釈尊の「因果の法」を
>変容してしまっているのが実相かと存じます。

釈迦の縁起(一方向的因果関係)なら馬鹿でも分る。それは、忌むべき「業報論」
の論拠にもなっている。釈迦が「相互依存関係」に思い至らなかったのは致命的。

万物の「相対性」の発見は、竜樹の卓越した頭脳と透徹した現実観察よらなければ
不可能であった。

既に去りつつある者が、「同時に更に去る」という重複運動が一体どうやってできる
のかね。説明してくれ。

「時間」と「運動」は、それぞれ、「事物の変化」と「静止状態」との相対概念に
過ぎない。そして「変化」は、「無変化」との相対概念。それらの究極の静止状態
や無変化を認識するのは、刹那における生命の機能である。

696 :681 :2010/07/02(金) 23:16:38 ID:MFJEqv6z
>>695 アホ
>>693


697 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 00:46:43 ID:j1Xaspw0
>>695
ほうwww

では、貴方は、【「無変化」(な状態)があり得る】とお考えで?w
【《「変化の無い」静止状態》があり得る】とお考えで?w

698 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 04:24:59 ID:pw5GaM8i
>>679
刹那の生命における認識は「無変化」「静止状態」である。これが「実在」の
成立である。このそれぞれ異なる刹那の認識が無数積み重なって「変化」や
「運動」の認識を生じる。映画の静止コマが無数に連続して動きの認識を生じる
が如し。

生命とは、常に刹那、「今ここ」の積み重なりである。「一念三千」。

699 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 04:35:59 ID:pw5GaM8i
>>698の訂正
×>>679
>>697

700 : :2010/07/03(土) 06:02:59 ID:tOgOVeEI
>>698
>刹那の認識が無数積み重なって「変化」や「運動」の認識を生じる。
おやおや、いつから俗物唯物論を捨てて、
カタキの原始仏教アビダルマ・スコラ部派に転向されたんで?
刹那滅「実在」論なんていずれにせよ実在論なのであって、
苦しみをもたらす実在に対する我執着(妄想)の超克には役に立ちませんが、
何か?
 
哲学者たちはあれやこれやと世界を解釈してきたにすぎない。
大切なことは、世界を変えることである。(K・マルクス)

刹那滅「実在」論は単なる言語論理世界の言語論理によるインチキ「解釈」にしかすぎないのであって、
『世界を変える』ことにはクソの役に立つにもたちません。
『刹那』も『実在』も二項相対の言語論理でしかありません。
かえって、我執増大に資するゴミ論理です。
(高利貸しは刹那ごとに複利で金利が増えることを証明する理論として歓迎するでしょうw)
到底我執着超克=無我の悟りによるあるがままの事象縁起の現観ではありえない。

中道の悟りによって、我執着世界を変えることで苦しみを超克する。
これが仏教です。
 

701 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 06:32:46 ID:vWmvixpo
>>700
>大切なことは、世界を変えることである。(K・マルクス)

「世界(諸法)」変わることもないし、また変えてはならない(諸法実相)。
真理は、既にある世界のみに、既に宿る。マルクスが「変えてはならない世界」
を変えようとして、一体どうなったか。

>中道の悟りによって、我執着世界を変えることで苦しみを超克する。
>これが仏教です。

「苦」「苦の滅」「中道の悟り」などに執着すること自体が、最大の「我執」
であることに気付け。

702 :681= 693=696=700 :2010/07/03(土) 06:58:29 ID:tOgOVeEI
>>701
ところで>>693の無記入は維摩居士の雷の如き一黙のシャレのつもりだったんだけどw
ご隠居よ、判ってくれた?
アカンやろなあw
↓まだこんなこと言ってるんだからw↓

>「世界(諸法)」変わることもないし、また変えてはならない(諸法実相)。
2ちゃんねるは二項相対言語論理で矛盾があることを踏まえていうと、
変えるべき実在の『諸法』とかあ、『真理』とかあ、なんてありゃーせんぞな、もし〜w

それにしても俗物唯物論をコッソリ捨てて、カタキのスコラ部派への密転向とは、
三河屋、おぬしもワルよのうw



703 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 11:29:33 ID:j1Xaspw0
>>698
この際、スパンの長短は関係が無い。
刹那だろうが一秒だろうが一分だろうが一日だろうが一年だろうが違いは無い。
《「(始と終という)切り取り」による「スパン」の拾い上げ》では同じだ。
だから、刹那滅(刹那生)は批判され得るのだ。
昨日と今日の境はどこに?今日と明日の境はどこに?
刹那の境はどこに?

それは、あたかも、川の流れを指差して、
「ここが(この指差した瞬間の指先の延長先が)川の一瞬(刹那)である」と言うようなものだ。
 (※シリーズの輪廻スレ以来、私が一貫して指摘している「三世に跨る輪廻(或いは業報)の不備」の、
  その指摘理由とシンクロする事案だ。)

また、刹那に「無変化な状態」で存在するものが、どうして縁起性のもの足りえようか。
中論は、まさにここを指摘し、無自性・空を掲げたのではないかい?
「無変化」「静止(状態)」とは、まさに「他に拠らずある」ことに他ならない。「他の縁(因)となりえない」ことに他ならない。

一瞬も(刹那にも)とどまることなく、縁起し、その様相が変化・連鎖継承してゆくことの観察が、
ブッダのダイナミックな縁起観だよ。
諸行が無常であると言われるのはこのことだ。

だから、「勝義で言えば」という言い方を以って、
『そこには「刹那」も、「一分」も、「昨日今日明日」も、「前世も今生も来世」も無い』と言われ、
そこには、諸法の縁起があるだけだ。縁起する《流れ(様相)》があるだけだ。(だからこれを諸法実相と言うんでないかい?w)
しかし、我々は、言語を用いて理解し、説示し合うしかないわけで、だから世俗諦が必須となる。
便宜上「世俗にもとずいて」事象の流れ(縁起)に楔を打ち込み、
恣意的にスパンを切り取り、因と果を見出し、悪を避け善に近付き、行じ、
自身の(悪循環・袋小路の如き)縁起を、その果(涅槃・苦の滅)へと繋がる縁起へと軌道修正するわけさ。

704 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 11:31:31 ID:j1Xaspw0
補:
>その果(涅槃
としたのは、あまり良くない表現だったかも知れぬ・・w

705 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 20:58:34 ID:H0HEKIQh


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪


>>592>>642>>652>>663
>>669>>684>>701

↑ 増々、ご隠居氏の論は冴え渡っていてステキで〜す!! (*^。^*)

■「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること
以外に、なすすべはないのである。それは実のところ、あの少年の日々からすでに
ずっと自明のことだったのだ。」

釈迦もイエスも他の如何なる人間も、「生命」については何一つ知ることはできない
のである。■


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■☆☆☆☆☆♪





706 :神も仏も名無しさん:2010/07/03(土) 22:51:11 ID:Y+ia5Bfj
>>705
その福岡氏の引用は、意味を間違って理解していると、散々指摘されただろうにwww

ご隠居は鳥頭で、3レス過ぎたらすべて忘れるのか?w

707 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 00:41:57 ID:QvmNbMvC
>>706
福岡氏の文章をそのまま引用したものである。著作者の意に反し、その著作物
を勝手に改変しその同一性を毀損することは、「著作者人格権」の侵害になる。

何人といえども、自己の生命を以っていくら生命を「解明」してみても、その
真理性については如何なる保証も存在しない。

708 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 00:47:17 ID:C03S8JCF
>>707

>>567>>568

709 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 01:22:46 ID:3qMOAO6k
>>707
あほw
まさしく、お前さんの行為が、「著作者人格権の侵害」だと指摘してるんだよw
「そのまま引用」してても、前後の脈絡を無視して、自分の都合のいいように解釈できる部分だけを引用し、
著者の意図と異なる解釈を行えば、まさしく、「著作者人格権の侵害」だろ?w

お前さんのやっている、、「文章をそのまま引用したものである」というのは、
「全人類を抹殺すべきではない」という発言から、「全人類を抹殺すべき」と「引用」しているようなものだw

710 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 10:47:08 ID:DBzdSQMA
>>705 金魚の糞
おっ、また出てきたか。
三河屋の隠居も、耄碌ぶりが糟糠にはいってきたなあw

「生命」は言語的概念上の存在であって、実体に欠けており、妄想以外に「知り」ようがない。
「その真理性」などありようがない。

世俗諦において「仮設」するのみ。
「仮設」の自覚によって、三河屋の隠居も根源妄想から脱却し得るのである。

711 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 11:10:35 ID:3NJqPrYZ
>>710
「生命現象を現す肉体としての生命」は、万人に知り得る。従って「唯一の真理」
である。

妄想も、生命の機能w。その典型が、現実上の根拠皆無な勝義諦。

712 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 11:28:53 ID:3NJqPrYZ
>>709
引用した文藻は、福岡氏の著書の「最後の『文章』」。従って、著者の
「結論」と解すべきである。

「全人類を抹殺すべきでない」が文章である。「抹殺すべき」までで切る
ようはアホは、通常いない。それにしても、君の例文自体が、すでに異常。
もっとまともな例文は考え付かなかったのかねw。

「文章」から、都合の良い「単語」や「句」だけを取り出すのが、宗教
のお得意芸。

文章(sentence)と単語(word)・句(phrase)との区別は、中学校の英文法
で教わっただろw。

713 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 11:55:18 ID:C03S8JCF
>>711

〔生命教―その宗教的構図―〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/559
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/568
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/529
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/541
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/605
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/606
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/24
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/615
*(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/736
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/7
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/11
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/14
*(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/47
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/48
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/49

714 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 12:21:44 ID:3qMOAO6k
>>712
だから、お前さんのやってることは、
「書物」から、都合の良い「文章」だけを取り出す行為なんだよw
著書の最後の文章だけを切り出して、その前段階の話を無視し、
比喩的表現を、意図的に誤解して提示するのは、まさしく、著作人格権の侵害だろ。

お前さんが引用した部分の前を読めば、
生命のありようを観察するために、生命に干渉して、その干渉に対する反応から「自然の流れ」を浮かび上がらせようとしたところ、
調査のための干渉自体によって、自然の流れが変化し、観察できたのは「観察者の干渉を受けた生命」であったと書いてある。
(GP2ノックアウトマウス、アゲハの蛹、トカゲの卵など、いずれも、これを言う為の例示だ)
つまり、「自然界おける、ありのままの生命そのもの」を観察するには、
一切の干渉を行わず、自然の中に存在する生命を、そのまま記述するしかないというのが、著者の意見だ。

お前さんが考えているような、「生命は人間には理解できない」などという、生命絶対信仰的な意味は全くない。

715 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 12:22:54 ID:3qMOAO6k
>>712
>それにしても、君の例文自体が、すでに異常。
お前さんの異常っぷりを皮肉ったんだが、通用しなかったかw

まあ、もう少し上品な例示にするか。

 京の三条、糸屋の娘
 姉は十六妹十四
 諸国大名は弓矢で殺すが
 糸屋の娘は目で殺す

このの一連の文章(著作)から、「最後の文章」が、著者の「結論」であるとして、
前の部分を無視して、「糸屋の娘は目で殺す」と引用し、
さらには、比喩的表現を誤解して、
「糸屋の娘は、目からビームを出して、殺人を行うのだ!」と主張しているのが、
お前さんのやっている「引用」だよw

716 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 14:10:42 ID:1cYuf4E+
>>715
今度は随分と粋な例文を出してきたなw。まず、「糸屋の娘は目で殺す」は、
その前の逆接の接続詞「が」の存在により、独立した文章ではない。従って、
糸屋の娘が「殺す」手段は「目」であり、弓矢やビームのような「生命を奪う
武器」であってはならない。「目」では、生命は奪えない。

「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること
以外に、なすすべはないのである。それは実のところ、あの少年の日々からすでに
ずっと自明のことだったのだ。」

「生命のありよう」とは、外部から認識可能な「生命現象」のことである。

(設問)
上記の引用文において、筆者が「なすすべのない」こととは、具体的には何か?

(高校の入試問題として良い問題だw。)

717 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 14:24:03 ID:C03S8JCF
ほうw
御隠居が、珍しく正面からの反撃に出たか。
茶でも飲みながら、横から、まったりとお手並みを拝見させて貰おうw

 (※つーか、指摘されてるのは、《「“文章”としての連続性」を切ること》ではなく、
   《「文脈」の無視、「各段落(或いは各章)間の関係」無視》なんだけどねぇ・・ (´ー`)y━~~ )

718 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 21:31:39 ID:3qMOAO6k
>>716
>今度は随分と粋な例文を出してきたなw。まず、「糸屋の娘は目で殺す」は、
>その前の逆接の接続詞「が」の存在により、独立した文章ではない。従って、
>糸屋の娘が「殺す」手段は「目」であり、弓矢やビームのような「生命を奪う
>武器」であってはならない。「目」では、生命は奪えない。

だから、お前さんのやていることは、まさしくお前さんの批判しているように、
独立した文章ではない一連の文章を、
一部分だけを引用して独立した文章であると考え、
意味不明の解釈(=糸屋の娘は目ビームで殺す)と解釈しているんだよw

>(設問)
>上記の引用文において、筆者が「なすすべのない」こととは、具体的には何か?

だから、>>715で指摘しているだろうがw
「なすすべのない」こととは、
「自然界おける、ありのままの生命そのもの」を観察するには、
一切の干渉を行わず、自然の中に存在する生命を、そのまま記述するしかないということ
だよw

「生命は理解すること」と回答したら、0点だよw


>(高校の入試問題として良い問題だw。)
たしかにw
この設問は、お前さんのように、一連の文章の一部だけを見て、
前の文章を受けた部分(=なすすべがない)の意味を、
それまでの文脈を無視して、勝手に妄想する人間には、答えられない設問だなw


719 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 21:32:50 ID:3qMOAO6k
>>718

>「生命は理解すること」と回答したら、0点だよw

 「生命を理解すること」と回答したら、0点だよw


720 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 21:49:21 ID:3qMOAO6k
よく読んだらあちこち訂正がwww
酔って投稿するもんじゃないなw

>>716
>今度は随分と粋な例文を出してきたなw。まず、「糸屋の娘は目で殺す」は、
>その前の逆接の接続詞「が」の存在により、独立した文章ではない。従って、
>糸屋の娘が「殺す」手段は「目」であり、弓矢やビームのような「生命を奪う
>武器」であってはならない。「目」では、生命は奪えない。

だから、お前さんのやっていることは、まさしくお前さんの批判しているように、
独立した文章ではない一連の文章を、
一部分だけを引用して独立した文章であると考え、
意味不明の解釈(=糸屋の娘は目ビームで殺す)をしているんだよw

>(設問)
>上記の引用文において、筆者が「なすすべのない」こととは、具体的には何か?

だから、>>715で指摘しているだろうがw
「なすすべのない」こととは、
「自然界おける、ありのままの生命そのもの」を観察するには、
一切の干渉を行わず、自然の中に存在する生命を、そのまま記述するしかないということ
だよw

「生命を理解すること」と回答したら、0点だよw


>(高校の入試問題として良い問題だw。)
たしかにw
この設問は、お前さんのように、一連の文章の一部だけを見て、
前の文章を受けた部分(=なすすべがない)の意味を、
それまでの文脈を無視して、勝手に妄想する人間には、答えられない設問だなw


721 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 22:04:52 ID:dumh1hIl
>>718

それは、筆者が「なすすべがあった」こと。零点。筆者は、「自然の流れの前に跪く
こと」と「生命のありようをただ観察して記述すること」だけは出来たと、はっきり
言っているではないかw。

読解力の甚だしい不足。高校不合格w。引用文全体の文脈を把握すること。筆者の「結論」
を全く理解していない。

設問への再チャレンジを許す。「なすすべが『なかった』ことは、具体的には何か?」

722 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 22:25:06 ID:dumh1hIl
>>717
>(※つーか、指摘されてるのは、《「“文章”としての連続性」を切ること》ではなく、
>《「文脈」の無視、「各段落(或いは各章)間の関係」無視》なんだけどねぇ・・

文章や関係がどうあろうとも、君たち宗教信者は、「開祖の正当化」以外の結論は
絶対に出せないということ。それが「洗脳」の正体である。

723 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 22:34:25 ID:C03S8JCF
>>722
ハァ?(゚д゚)

なんでいきなり「開祖」が出てくるんだ?w

「原文及びその意図」と、その「引用」及び「解釈」についての話だろ?

「小説の翻訳、或いは概説」を例にした方がいいか? ん?w

724 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 22:54:38 ID:3qMOAO6k
>>721
ああ、すまん、確かに設問と回答が一致してないなw
我ながら、今日は酔いがひどいなwww

「なすすべが『なかった』こと」は、
「干渉されていないありのままの生命を観測すること」だな。

そして、「干渉されていない生命を観測する方法」が、
「生命のありようをただ記述すること 」であり、なすすべが「あった」こと

そして、筆者の「結論」が、
「自然界おける、ありのままの生命そのもの」を観察するには、
一切の干渉を行わず、自然の中に存在する生命を、そのまま記述するしかないということ 」
だなw

725 : ◆GQtsITF/1w :2010/07/04(日) 22:56:19 ID:w+uYFYrx

色即是空空即是色。物質と現象。
色即是空な存在である私が、色即是空な存在であるキーボードを介して色即是空な電子で構成されるデータで色即是空な文章を書く

すべての物質存在現象出来事は等しく無価値であり、等しくかけがえのない価値有るもの

物や人など物質。意識存在も物質からできている。構成を突き詰めると、それらは分子ででき、それは原子ででき、電子や素粒子で構成。
素粒子の振動や電子の回転でという現象で、空である時空に物質が存在している。していると思い込んでいる。
素粒子のゆらぎ。分子や原子といったミクロな存在レベルでの物質の動きは、通常レベルの物質のそれとは異なり一つ一つは「可能性」である。


波の存在。海岸に寄せては返す波。波を構成する水。水は分子で構成される。「波」という物質が存在しているわけではない
その水の分子も突き詰めてみると素粒子の振動という波
波は存在していると言えるし、言えない。現象と物質

雲。遠くから見る綿雲のけば立ちの一つ一つ。気象衛星のデータで見る地球規模の気団の存在。ニュースで見る台風の画像。前線レベルの雨雲の構成
雲を拡大。霞のようなもの。雨粒の一滴。雨粒にもならない気体状態の水分子の集合体。
一連の存在するものを塊として認識するとき、それがどのレベルかは見るものが決める。等しくただ素粒子があると言い切ることすらできる。



726 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 22:57:16 ID:w+uYFYrx
言葉。概念。言葉はありえないものや実感として理解出来ないをいうことができる。
数字の命数法。一、十、百、千、万、億、京、ガイ、、、無量大数。
無量大数の自乗。無量大数の3乗。無量大数の無量大数乗。 
無量大数の無量大数乗の無量大数乗の無量大数乗…というように無量大数乗という言葉を無量大数回繰り返した数。 
その数はきっと、この世に存在する素粒子の数よりも多いのだろう。
では、宇宙が始まってからの宇宙全ての物質を構成する素粒子の個々の素粒子のゆらぎの可能性のあり方をカウントし、
それらの数を素粒子の宇宙全体の存在ごとにかけ合わせ、さらに、時間の一瞬ごとのゆらぎの分岐をカウントした数とではどっちがうえか

人間存在。いまから百年前のこの場所から一番近くに存在していた人物。
というように、自身が理解できずとも抽象的な言葉で定義した時空間の座標にも、その場所から一番近くにいた人物という言葉で実体存在を指定できる。
当然自身には名前もどんな顔かも知ることのない人物。その人物が存在したと言える。理解すら出来ないのに言葉では言い切れる
架空的、抽象的な言葉。抽象的な言葉で定義する、絶対に存在する実体概念



727 : ◆GQtsITF/1w :2010/07/04(日) 22:58:18 ID:w+uYFYrx
架空の存在も嘘の存在も、架空の存在があったといえる。概念上の存在の概念。 ありやなしや
存在も現象も架空概念も釈迦の教えも禅も野狐禅も概念も色即是空、空即是色と言えるのか
架空の概念について思いを馳せ考える実体存在。存在があることを保証する裏書は何がどうするのか。
実体もそれを構成する物質も素粒子も空即是色で、ないとしたら。ないという概念が存在。その繰り返し
究極的にどこまで突き詰めてたどっても無。無の存在が有る。存在があるという現象でこうせいされるぶっしつ
この世の存在は実はあやふやなもの。物質、素粒子、振動現象と突き詰めても、さらに永遠につづくのでは。
マンデルブロ集合。ジュリア集合。その画像。それをどこまで拡大しても同じような形の繰り返し。

ジュラ紀に存在したとある恐竜が作った足型。それがたとえ存在していても残っていない現在には無意味。
どこかの誰かの思考する脳。その表面上に一刹那にほとばしった電子の波。あらゆる抽象概念で述べる具象的な実体は等しく意味があり、等しく無意味。
あらゆることは等しく価値があり、また無価値。個別の現象も、存在も。その見方を釈迦の教えという存在についても当てはめられるか。
アンデルセンの雪の女王に出てくる、神が作ったこの世の全ての善なる存在を歪めて貶めた姿を映しだす、魔の鏡。魔の鏡に魔の鏡を映しださせるとどうなるか。

どうせいまから「一億の百億乗の無量大数倍先の数」年後の未来にはには、今存在している人間も、微生物にいたるまでのあらゆる地球上の生物も、太陽すらも死んでるよ
これを書き込んだ掲示板のデータもなくなってる未来に思いを馳せる、これを読んだあなたもいない未来が現実に存在する価値

という危ういニヒリズムに陥る可能性。それを。そうだとしても等しく価値があると言い切れる価値観。
色即是空、空即是色


728 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 23:04:43 ID:C03S8JCF
>>725
受想行識は無視ですか。
そうですか。 (>>727を発現する(≒主張する)のに「色即是空」は不要でしょう?w)

729 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 23:26:17 ID:dumh1hIl
>>724

正解。但し「記述すること」は「なすすべがあった」ことであり、記述は「観察可能」が
前提であり、従って「観察・記述」の対象は「生命のありよう」、即ち、「生命現象」に限定される。

従って、「なすすべがあった」のは、「生命現象の観察と記述」であり、観察不能な
「生命そのもの」に対しては、「跪くこと」しか出来なかったのである。

「なすすべがなかった」のは、生命現象の観察不能な「原動力」、即ち「生命そのもの」
の解明である。「細胞分裂」という「生命現象」は観察・記述できても、その原動力、
即ち「生命そのもの」は、観察も、記述も不可能であった。

筆者は、自己の生命を以って生命を理解しようとしたのであるから、その理解が正しいか
否かの判断は、やはり生命そのものに依存しており、絶対に不可能である。

筆者の結論は、「生命科学者」として極めて正しいと云わなければならない。

730 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 23:47:45 ID:C03S8JCF
>>729

〔生命教―その宗教的構図―〕
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/559
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1268863382/568
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/529
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/541
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/605
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/606
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/24
仏教 議論スレッド その2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/615
*(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1272850647/736
仏教 議論スレッド その3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/7
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/11
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/14
*(http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/47
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/48
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1274492365/49

731 :思い込み妄想教祖インキョ神で生命知って悩み解決??:2010/07/04(日) 23:49:52 ID:gAmKd4lt
妄想教祖インキョ神によれば生命を知って精神、人生問題解決という妄想爆発wwwww

生命唱えて万能説がもっと見たいww
>存在(実在)とは、「(必要な場合には観測装置を使用して)五感で知覚できる
対象」であり、そのテストは、根源としての生命(生命現象を現す肉体)の維持に
直接関係するか否かである。

生命を知ることでで人生問題悩みは解決するらしいw
政治、経済問題、サッカー日本代表の優勝の方程式が分析できるとか、生命唱える思い込み妄想の爆発が見たいですなあwwww

732 :思い込み妄想教祖インキョ神で生命知って悩み解決??:2010/07/04(日) 23:51:31 ID:gAmKd4lt
妄想教祖インキョ神によれば生命を知って精神、人生問題解決という妄想爆発wwwww

と言う病的な持論を展開している自覚が妄想教祖インキョ神にはないらしいww
相当異常精神の持ち主かもねww

733 :神も仏も名無しさん:2010/07/04(日) 23:56:12 ID:3qMOAO6k
>>729
だから、その解釈は間違ってるってw

>従って、「なすすべがあった」のは、「生命現象の観察と記述」であり、観察不能な
>「生命そのもの」に対しては、「跪くこと」しか出来なかったのである。
違うってw
「干渉せずに、そのまま観測すれば、干渉されていない生命のありようが観測できるという事」が、「なすすべがあった事」であり、
「生命そのもの」は、干渉せずにありのままに見れば(=跪けば)、「観測できる」というのが筆者の主張だよw

>「なすすべがなかった」のは、生命現象の観察不能な「原動力」、即ち「生命そのもの」
>の解明である。「細胞分裂」という「生命現象」は観察・記述できても、その原動力、
>即ち「生命そのもの」は、観察も、記述も不可能であった。
そんなことは、書いてないwww
「生命現象の原動力」としてお前さんが想定している、【生命】については、筆者は一言も言及してないぞw
もし、筆者が「生命現象の原動力」としての【生命】について言及しているというのなら、その部分を引用してくれw

むしろ、生命現象の原動力(の一部)はGP2という物理現象であり、それを筆者は観測しようとしているんだが?w
つまり筆者は、生命現象の原動力を、お前さんのいうようなわけのわからん【生命】などというものとはみなしておらず、
普通の物理現象が生命現象の原動力であるとと考えている。
そもそも、生命の原動力を、物理的に解明しようというのが、この本の趣旨だと思うんだがね?w

結局のところ、うまく解明できなかったわけだが、
その原因は、「生命そのものが観測不可能だから」などではなく、
干渉することによって干渉される前の生命を観測しようとした『手法に問題があった』と、
反省している文章が、お前さんの引用した部分だw
生命が観察不可能だとか、生命現象の原動力が謎の【生命】だなどとは、まったく言っていない。

734 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:24:21 ID:XyNZtM9I
>>733
>そもそも、生命の原動力を、物理的に解明しようというのが、この本の趣旨
>だと思うんだがね?w

筆者は、その解明を専ら「己の生命」に依存して行うわけだが、その解明の
「正しさ」は、一体何によって担保するのかねw。

解明者と解明対象とが同一では、解明は初めから成立せず、ナンセンス・不可能
ではないか。

735 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:26:22 ID:IqUahvW+
>>734
突っ込みに答えられなくなっていつものループに入ったかwww

736 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:33:46 ID:swX5c5lJ
ゴーダマシッダールタは、阿弥陀如来の存在を知っていましたか?

737 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:44:08 ID:XyNZtM9I
>>733
「介入しななければ『解明できる』」とも言っていない。解明そのもの
も何らかの「介入」を伴う。

要するに、生命とは「介入を許さないもの」なのだ。

さらに筆者は、「自己の生命による生命の解明」の不可能性については、
思い至っていない。これが筆者の限界。

738 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:44:15 ID:pQkuN6Ti
>>736
「知らなかった」と推測されます。

739 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:47:03 ID:NLFBOVsL
仏の存在など知る間もなく死んでいく人も多いけど、仏って何か意味あんの?

740 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:49:06 ID:XyNZtM9I
>>733
遺伝子工学も生命に対する「介入」だが、介入が許されないとすると、筆者の
遺伝子工学による解明の試みも無意味ということになる。これについては、
筆者はどう考えているのか。

741 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:54:43 ID:pQkuN6Ti
>>737
wwwww

>思い至っていない。これが筆者の限界

結局最後はこれかwwwwww
このフレーズを、いったい何回使ってきた?w

一旦好評価した人物でも、自説に不利と見るや、
≪『「自分の考え」に合致しない主張をする人物の発言』を『「>思い至っていない」「限界」』≫、と
ランクを落とす。
なんという姑息。なんという醜悪。なんという厚顔無恥w

生命教に思い至っている人物なぞ、ただの一人もいない。
貴方が誰を引用しようとも、結局はその全員を切り捨てねばならないのが、貴方の主張(の質)なわけですw
だから、『生命教』だと言われるのです。
貴方以外に、そのように考えている人は居ないのです。

742 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:57:17 ID:IqUahvW+
>>736
>「介入しななければ『解明できる』」とも言っていない。解明そのもの
>も何らかの「介入」を伴う。

ちがうってばさw
「介入されていない状態のものを観測するには、介入しないで観測するしかない」と言っているんだよ。
>>生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。
という事は、介入しない状態での観測をすることは、「なすすべがあること」だと読めるだろ?w
つまり、少なくとも筆者は、介入しないで観測することが可能だと考えているんだよ。

>要するに、生命とは「介入を許さないもの」なのだ。
そんなことは言ってないw

少なくとも、筆者は、お前さんが考えていることとは全く違う意見を持っている。
だから、お前さんが、自分の意見を補強するために、この引用をしたのは、間違いであり、著作人格権の侵害をしているんだよ。


>さらに筆者は、「自己の生命による生命の解明」の不可能性については、
>思い至っていない。これが筆者の限界。
回答に詰まると、いつもこのループだな。
いい加減別の切り口を考えろよw

743 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 00:59:23 ID:IqUahvW+
>>740
>遺伝子工学も生命に対する「介入」だが、介入が許されないとすると、筆者の
>遺伝子工学による解明の試みも無意味ということになる。これについては、
>筆者はどう考えているのか。

だから、遺伝子工学を使用して、ノックアウトマウスを作るという、「介入して観測する」という手法は、
「無意味」であり、「失敗だった」と、筆者は反省してるだろうがw

自分で引用した文章を全く分かってないなw

744 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:01:39 ID:XyNZtM9I
>>741
筆者が「生命による生命の解明の不可能性」に思い至っていたか否かを問うている。

一切の介入を拒否する生命に対しては、結局、彼も「跪く」以外には「なすすべは
ない」のである。「介入さえしなければ生命が解明できる」という安易な考え
が、彼の結論だと思うのかね。

745 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:04:51 ID:pQkuN6Ti
>>744
>「介入さえしなければ生命が解明できる」という安易な考えが、彼の結論だと思うのかね

(未読故推測だが)、
≪【彼が解明しようとしている「生命」】は、【“貴方の言う”『生命』ではない】≫んじゃないでしょうかね?w

746 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:09:43 ID:IqUahvW+
>>744
>「介入さえしなければ生命が解明できる」という安易な考え
>が、彼の結論だと思うのかね。

うん。
そのとおり。少なくとも、「著作全体」を読んだ限りでは、筆者はそのように考えていると読める。
まあ、ニュアンス的には、
「介入する観察という手法では、生命を解明することはできなかったので、
 介入しない観察という手法しか、生命を解明する方法はない」
という方が正確だと思うが。

747 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:11:16 ID:IqUahvW+
>>745
確かに別物だなw

748 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:16:17 ID:pQkuN6Ti
≪ 「『生命』に種類があるのかね?」 というレスが入る≫ に100ゴールド。


ノシ

749 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:31:07 ID:IqUahvW+
>>748
賭けにならんなw

ノシ

750 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 01:56:06 ID:/DCEEiz8
>>729>>734
>「生命そのもの」
隠居は超越的且つアプリオリな「生命そのもの」があることを絶対的前提にそのループ論を組み立てている。
ならば、「生命そのもの」≒実質的アートマンの実在を証明しなければハナシにならない。
ハナシはそれからだ。
で、できるのか?
<ああ、認識者を何によって認識し得べけんや>(ヤージュニャヴァルキア)
認識者の存在を前提とするこの論証は戯論(形而上言辞)にならざるをえない。
で、当然!隠居はできなかった。できるわけがない。
ヤージュニャヴァルキアでもできない。
結局、壮大で空虚なレトリック遊び(凡我一如論)だけに終わっている。

回答はじつに簡単−『認識者』なんぞ、もともといねーんだYO!と気がつくこと。

仏教の存在理由は「苦」の滅尽にて候。
仏教のアイデンティティはその「苦」の縁ってきたる因(言語概念)が
『無我に対する無知』による我執との洞察にて候。
これ以外に仏教はなきものと存じ候。

このことは、現代人に判ってもらうには、
全存在一切は言語論理以前の非有非無の素粒子・量子の縁起による集合(無我)・変化(無常)だから、
当然非有非無の存在として実体を欠いており(非実在)、それは(生命という)仮名であり、中道である(中論 24-18)。
このように説くのが説得力が強いと考える。

それ以外は勝手な妄想であって、仏教のあずかりしらぬこと。



751 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 02:34:20 ID:XyNZtM9I
>>759
>隠居は超越的且つアプリオリな「生命そのもの」があることを絶対的前提に
>そのループ論を組み立てている。

「生命そのもの」は誰にも判らんから、生命とは「生命現象を現す肉体」と
定義を修正した。死ねば消滅するもの。これなら誰にでも判る。皆さん一人ひ
とりのことだ。釈迦もイエスも例外ではない。

752 :ゴータマ・ブッダ :2010/07/05(月) 02:57:22 ID:/DCEEiz8
隠居へ

「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我<生命:アートマン>に固執する見解<存在の実在観>を打ち破って、
 世界を空なりと観ぜよ。」(スッタニパータ 1119)
 一切の存在は非有非無の中道にある。

>「生命現象を現す肉体」「死ねば消滅するもの」
二項相対の言語によって分別して組み立てた概念でしかない。





753 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 09:50:20 ID:/DCEEiz8
>>751
>「生命そのもの」は誰にも判らんから
>生命とは「生命現象を現す肉体」

耄碌糟糠に入る。
アホでしょ、インチキループ定義やで。
これって、頭の悪い信者相手のカルトの誤魔化しテクニックじゃんw
アホはアホという現象やからアホという、という定義と変わらん。

問われているのは、『生命現象』の「生命」の定義と実在証明。
これに答えられなければ、隠居の論は完全にパンク、壊滅⇒敗北撤退。

瀬戸際でっせ。



754 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 11:00:42 ID:swX5c5lJ
病膏肓に入る。糟糠の妻。


755 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 12:16:03 ID:EPqBPfS0
>>753
現代は勿論のこと、人類史上、人間が「生きているか、死んでいるか」に迷った
ことは一度もない。例外は、ライフスペースや一部の宗教信者だけ。

「生命現象」とは、「生きている人間」が現すすべての現象をいう。死ねば肉体
は蛆がわき、腐敗し、土に帰る。

生と死ほど一義的で明白な区別はない。さもなければ、葬式も、火葬も、埋葬
もやれない。殺人罪も成立しない。

君はライフスペースの信者なのか。

756 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 12:29:57 ID:EPqBPfS0
>>752
>「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我<生命:アー
>トマン>に固執する見解<存在の実在観>を打ち破って、世界を空な
>りと観ぜよ。」(スッタニパータ 1119)

釈迦は、己の自我(生命、アートマン)を以ってそれを説いた。釈迦の
「死体」は、そんなことは言えない。自己矛盾である。

「世界を空なりと『観ぜよ』」とは、すでに世界の「実在」を前提と
している。世界が本当に空なのなら、そのように「観じる」必要は
一切ない。

757 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 12:30:35 ID:gVHeNbRE
>>739 意味があると思う人が多数いるというだけの話。
パソコンの存在を知らずに死んでゆく奥地の少数民族もいるが、
パソコンを欲しがる人も多数いる。

758 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 12:58:59 ID:gVHeNbRE
>734 自分が虫歯の歯医者でも、患者が虫歯であることはわかる。

759 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 19:35:17 ID:/DCEEiz8
>>755
>「生命現象」とは、「生きている人間」が現すすべての現象をいう。

『生きている人間』とは『生命現象のある人間』のことだから、またまたループ。
 アホはアホという現象やからアホなんやでという定義と変わらん。ホント、ダルいなあ。

→問われているのは、『生命現象』の「生命」の定義と「実在」証明。(>>753

あとのアートマン肉体論云々などのゴタゴタはその上での話。はよやれ。


760 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 20:53:31 ID:pQkuN6Ti
隠居はIE使いのようだから、サービスで(一個だけ)コピペしといてやるw

606 2/2 sage 2010/05/16(日) 13:04:51 ID:Ns7lKlAg
  ※つまり、
   《そこに確かに、〔「生命」現象〕が現れていることが観察された》としても、
   《【何が】【〔「生命」現象〕を現しているのか】、
   【どのようなメカニズムで】【〔「生命」現象〕が現れているのか】、
   は、(多くの情報の蓄積・精査・分析による)【推測】や【見做し】にしかならない》。
   《現代科学の知見は、そうした情報の蓄積と推測により、
   たとえば『「心(心的現象)」なら「脳の活動」だと見做している』し、
   『〔「生命」現象〕なら、生化学的に説明がされ、霊魂や神などを持ち込んではいない』。
   【そうした「知り得ない・不可知な何ものか」(たとえば『生命』)など持ち込んでいない】。

   だから、
   【『〔「生命」現象〕を現している何ものか』として『生命』を持ち出すこと】は、
   【『霊魂』等を持ち出すこと】と、【構図上同じである】と指摘されている。

   古代人は、【〔「生命」現象〕の現れを『霊魂』等による】と【見做し】、
   御隠居は、【〔「生命」現象〕の現れを『生命』による】と【見做し】ているわけだ。


  よーするに【仏教・宗教関係なしに】、
  「御隠居の論立ては、強引且つ独善的妄想に過ぎない。矛盾だらけ」と言い得るわけさ。

761 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 21:17:00 ID:R60L/xki
ハルカw

762 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 21:30:06 ID:CYy18zfm
>>759
君は、「生きている人間」と「死んだ人間」との区別も付かないのかw。

その典型がライフスペース。

中東における殺し合いや史上の宗教戦争も、「生命現象を現す肉体」の至上性
を忘却して、「空想上の架空の存在や宗教観念」に最大の価値を認めたことが
原因であることを自覚せよ。「現実上の根拠皆無な妄想」という点では、釈迦
仏教も例外ではない。

763 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 21:54:22 ID:OcoMfMEa
うーん、確かにライフスペースっぽい解釈はカルト臭がするな。
初期仏教教団でも比丘同士の殺人事件があったというし
そこら辺はちょっと問題な気がする。
釈迦の問題か、解釈者の誤解が原因かは分からんけど。

764 :神も仏も名無しさん:2010/07/05(月) 22:10:43 ID:pQkuN6Ti
>>762
端的に質問しましょう。(煽りや野次じゃないぞw 純粋な質問だw)

「《ヒトという生物》は、『いつ』死ぬんですか?」「どの瞬間まで、『生きていると見做し得る』のですか?」

765 :759:2010/07/05(月) 23:28:53 ID:/DCEEiz8
>>762>>763
>ライフスペース

??
俺はかつていかなる団体に属したこともないし、
いかなる『信仰』をしたこともない。
偶々、我家の先祖からの菩提寺が臨済宗の小寺だから、
野狐にならないためにも和尚とけっこう突っ込んだ話をする程度だよ。
いわば一人仏教だ。

それにしても隠居の類型思考、ラベリング分別戦術による政治主義はウンザリだ。

>「生きている人間」と「死んだ人間」との区別
>>690再掲
『「生死」というのも言語的概念解釈であって、その言語的概念解釈=二項相対を前提として世俗で語る限り、
「生前」「死後」は『無記』とするほかはない。
だから「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。彼をああだ、こうだと論ずるよすがが彼には存在しない。
あらゆる事柄がすっかり絶やされた時、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」(スッタニパータ1072-1076)
この言葉はじつに深い。
まさに戯論寂滅=中道である。
だから「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我に固執する見解<存在の実在観>を打ち破って、
世界を空なりと観ぜよ。」(同上 1119)といって「世界の非有非無」=中道を説いているのである。』

どこが『実在を前提』やねん、アホか !
サンスカーラ隠居よ、捻じ曲げ根性で揚げ足取りして面白いか?
揚げ足取りである理由のキーワードは『名称と形態』。
<スッタニパータ909 756 など、テーラガーター1275など>参照。




766 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 00:13:31 ID:ybVFW6Hv
>>765
>だから「つねによく気をつけ、<言語論理的概念である>自我に固執する見解<存在の実在観>を打ち破って、
>世界を空なりと観ぜよ。」(同上 1119)といって「世界の非有非無」=中道を説いているのである。』

それがまさに「生命現象を現す肉体」という万人に自明の真理を忘れた、超カルト
教祖釈迦の「言語論理的概念」ではないか。

「生命現象を現す肉体」は、概念などではなく、釈迦自身を含めて人間のすべ
ての営みの根源であることを、釈迦はその精神の病ゆえに気付くことができな
かったのである。釈迦の「死体」は、一言も口は利けず、放置すれば腐敗する
だけである。一切衆生は、生まれた時からその真理に気付いている。

767 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 00:16:54 ID:KpcquYeE
>>766
wwwww

ついに、≪「肉体」が全ての根源≫というレベルまで下降して来ましたかw
或る意味、良い傾向ですなwww


ノシ

768 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 00:28:56 ID:LGBKxH35
>>766
発狂寸前だなw

ゴタクはいいから、
→問われているのは、『生命現象』の「生命」の定義と「実在」証明。(>>753

あとのアートマン肉体論云々などのゴタゴタはその上での話。

宿題はよやれ。

寝る。




769 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 00:42:20 ID:ybVFW6Hv
>>768
>発狂寸前だなw

釈迦はすでに発狂しているではないかw。

「生命とは何か」など「言語倫理的観念の遊戯」は止めたらどうかね。「死者」と「生者」
の区別は、幼稚園児でも知ってるぞ。

770 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 00:53:32 ID:ybVFW6Hv
>>768
幼稚園児でも、「生きてる虫」と「死んでる虫」との区別は容易に出来る。釈迦には
出来なかったらしいw。完全な精神病者ではないか。

771 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 01:16:03 ID:0JW+9xrI
引き篭もりが人生を賭けてアフィリするスレ Part30
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772 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 01:31:58 ID:ybVFW6Hv
>>784
>「《ヒトという生物》は、『いつ』死ぬんですか?」「どの瞬間まで、『生き
>ていると見做し得る』のですか?」

まず、死の判定は、医学の専権事項。宗教の出る幕ではない。死亡診断書は、
医師又は歯科医師しか発行できない。

「死の三徴候:
従来わが国では、心拍停止、呼吸停止、瞳孔散大・対光反射の消失の三徴候を
もって習慣的に死の判定が行われてきた。この三徴候によって判定された死を
「心臓死」として、脳死と対比させる議論が行われているが、この議論は医学
的には誤りである。すなわち、心拍停止は文字通り心臓の機能的停止を意味す
るが、呼吸停止および瞳孔散大・対光反射消失は虚血によって生じる脳幹機能
の喪失を反映している。したがって三徴候による死の判定は、心臓機能の停止
をもってのみ死と判定しているのではなく、引き続いて起こる脳幹機能の喪失
を確認して死と判定してきたわけである。」(「内科学 I」2006年10月
1日医学書院発行)






773 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 02:21:15 ID:ybVFW6Hv
>>772>>764へのレスでした。

なお、「脳死」は、人工呼吸設備が完備した大病院における例外的現象であり、
人工呼吸器により強制的に心臓と肺の機能は維持されているが、「脳幹を含む
全脳機能の不可逆的喪失」により、いかなる救命措置を施しても死にいたる状態
であり(「不帰の点(point of no return)」を越えている)、臓器移植の目的の
ための特則である。医学的には、「脳死」は人の死である。

774 :絶対神:2010/07/06(火) 02:26:12 ID:CFKpYOey
しらねーらしーなw

    『非常に稀に「脳死」からも甦る人間がいる事を』w

   「人の死の定義なんて厳密にいえば誰も出来ない事を」(大笑)

お前実は、「医学」ってのを全然しらねーだろw
医学は「医学上の人の死」を定義するだけで

     『別に「本当の人の死」を定義する訳じゃないよ』

法律的な意味で明確化しないと色々な問題が生じるから、

          「そういう事にしておきましょう」
という「相対的な定義」だからなw
なんか絶対的な定義のように勘違いしている馬鹿らしいがw

ついでに言っておくと、現代医学でも

   「死亡判定から一日後に甦った例なんかもあるからな」w

厳密に言った場合の「死の定義」が、いかにいい加減が判るだろうw

775 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 09:38:49 ID:LGBKxH35

生は生ではない、ゆえに生という。

死は死ではない、ゆえに死という。

人はありもしない『測る基準』『よすが』(スッタニパータ1076)という言語による分別モノサシをわざわざこしらえて、
共同幻想社会=世俗を営んでいると思っているのだ。








776 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 09:43:00 ID:LGBKxH35
>>773
発狂寸前だなw 瀬戸際だもんな。

ゴタクはいいから、
→問われているのは、『生命現象』の「生命」の定義と「実在」証明。(>>753

あとのアートマン肉体論云々などのゴタゴタはその上での話。

宿題はよやれ。



777 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 09:49:57 ID:qK803ZS0
>>774
>>775

つべこべと「言語論理の観念遊戯」に耽らないで、兎に角一度死んでみろw。

脳死から蘇った例は、その後の調査の結果、脳死判定の誤りであったことが
判明している。

医学的には、脳死は人の死である。宗教がうるさく騒いでいるだけw。

778 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 09:54:23 ID:qK803ZS0
>>776
幼稚園児に、「生きてる虫」と「死んでる虫」との区別を教われ。

宗教者の「言葉遊び」には反吐が出る。

779 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 10:09:44 ID:LGBKxH35
>>777
>医学的には、脳死は人の死である。

臓器移植推進のために、殺人罪にならないように、
日本医師連盟と莫大な献金を受けた政治屋連中のご都合主義で
「死」とやらの時期を勝手に左右して早めているだけ。
生死が言語概念にしかすぎないことの逆論証でもある。

俗物無明人間の『「言葉遊び」には反吐が出る。』

ゴタクはいいから、
→問われているのは、『生命現象』の「生命」の定義と「実在」証明。(>>753

宿題はよやれ。




780 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 10:16:20 ID:IhhOY78B
臓器は生きてても死んでるの?「生命現象を現す肉体」はあるのに
器官一つだめになったからって「死」とみなすわけ?

いまやってるのって制度的、社会的にどう扱うかって話だったっけ?

781 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 12:34:41 ID:t5KfoND5
自作和讃
明星を くうかいと問う おしゃかさま

782 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 12:40:43 ID:Sky2YnYm
>>776
>発狂寸前だなw 瀬戸際だもんな。

ご隠居様が、発狂寸前の訳ないだろ!!











すでに発狂して、妄想の世界に逝っちまってるんだからw

783 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 14:31:55 ID:4FT8XsvY
まぁ、カルト宗教に魂取られたら、↑ なことしか言えない典型例

784 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 19:42:12 ID:9x1PnUZ6
>>779
脳死後、我の臓器を提供して他者の生命を救う行為を、宗教的にはどう考えるか。
宗教者は、脳死後も命が惜しいのかw。それとも、他者の生命を助けることが嫌
なのかw。

自己の生命を以って生命を知ることはできない。生命は、人間が対象化できない
唯一の存在。宗教を含め、人間のすべての営みの前提であり、すべての営みに先立つ
もの。そのことに気付けないのは、「抽象的・観念的言語の遊戯」によって精神を
侵された宗教者とその開祖のみ。

生命現象は、恐らくは宗教者を除く万人に認識可能な、最も自明な現象。分らなければ
幼稚園児にでも聞け。生と死の区別ほど明白なものはない。人類史上、人間がこの区別
に迷ったことは稀有であろう。死ねば、人間の細胞がすべて壊死するから、肉体は腐敗
する。死体は、如何なる刺激にも反応しない。火葬の劫火の中で「熱い」と叫んだ死体
はいない。

785 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 20:22:38 ID:C7KI1zEu
人間は死んでも生き返ると答えた小学生が多かったそうだな
ガキはなんにもわかっちゃいないよ

786 :神も仏も名無しさん:2010/07/06(火) 20:30:35 ID:LGBKxH35
>>784
>脳死後、我の臓器を提供して他者の生命を救う行為を、宗教的にはどう考えるか。

自由。

>自己の生命を以って生命を知ることはできない。
発狂したのか?
ゴタクは、『生命現象』の「生命」の定義と「実在」証明(>>753)をやってからのハナシ。


宿題はよやれ。



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