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次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 2

1 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:38:29 ID:Ux8J3G7d
どこまで信じられるのか。

騎馬隊は存在しない
長篠鉄砲三千挺はない
桶狭間は奇襲ではない
刀は単なる飾り
飛び道具こそ全て
武功夜話は偽書
徳川御用史観は嘘だらけ

前スレ(dat落ち)
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1109562623/


●代表的な著書

偽書『武功夜話』の研究 洋泉社
刀と首取り―戦国合戦異説 平凡社新書
鉄砲隊と騎馬軍団―真説・長篠合戦 洋泉社
鉄砲と日本人―「鉄砲神話」が隠してきたこと ちくま学芸文庫
謎とき日本合戦史―日本人はどう戦ってきたか 講談社現代新書
下戸列伝 集英社文庫 下戸の逸話事典―歴史を動かした非酒徒たち
天下人史観を疑う―英雄神話と日本人 洋泉社
戦国合戦の虚実―日曜歴史家への誘い 黄金の濡れ落葉講座
鉄砲と日本人―「鉄砲神話」が隠してきたこと

2 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:43:25 ID:E+X4Sl+K
武功夜話は偽書というのをぶち上げた時は爽快だった。

小和田氏とかはこの二人を恨んでそうだなあw

3 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:49:34 ID:teq3OWcU
( ´゚ω゚` )

4 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/18(木) 23:50:03 ID:P68m0J40
まず納得できる兵力を提示してくれたら無条件で応援する。

5 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/18(木) 23:52:15 ID:vXUQESFP
騎馬隊は存在しない
長篠鉄砲三千挺はない
桶狭間は奇襲ではない
刀は単なる飾り
飛び道具こそ全て
武功夜話は偽書
徳川御用史観は嘘だらけ


どれも今は通説になりつつあるよね

6 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:03:19 ID:Ya0OQja2
騎馬隊は存在しない以外は納得できる気もするな。

7 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:06:43 ID:s2y7Bp76
この人の説は突っ込みどころが多すぎる

甲斐躑躅ヶ崎館で発掘された馬の骨は120センチしかない!
だから昔の馬は小柄である!(大きい馬もいただろう?)

現在の木曽馬に鎧兜を装備した人間が乗って走らせたらスグばてた!
(どのぐらい調教した馬なのか?)

8 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:11:18 ID:ND6aYja+
俺は藤本氏の本は理論的ですごく好きなんだが、
鈴木氏の本は偏った内容な印象を受ける。

9 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:12:31 ID:wvI48PRD
碌に当時の文献も読んでもいない厨が何の疑問ももたずに法螺吹き男爵鈴木の本を間に受けるから恥をかくんだよ

10 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:15:41 ID:wvI48PRD
日本の馬はポニー並みの大きさとか鈴木が言ってたが、
実はポニーって結構大きい馬なんだよな。鈴木は馬をよく知らずに下馬説説いているんだよ。

鈴木は馬みたことありません。鈴木の言うこと間に受ける奴も馬を見たことありません。

11 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:21:30 ID:Z3FsIb+f
蒙古馬もポニー程度なわけで・

12 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:23:50 ID:Njg7dBAT
1:他人の説に便乗する

これは鈴木の評価を高めることとなった「騎馬突撃否定」も含めてそうだが、
あたかも鈴木がはじめて通説を批判をし始めたかのように喧伝しているが、
実際はそれまでに他の研究者が発表した説に便乗し、通説批判を繰り返している傾向がある。

特に鈴木が問題とする「天下人史観」なる「信長・秀吉・家康」を過剰評価する史観を否定する際、
鈴木は他の研究者の発表をそのまま引用して自説として発表するケースが多い。

2:レッテル張りが得意

鈴木の大きな特徴と言っていいが、
自説と異なる説を主張する人間に対し「徳川御用史観信者」といったようにレッテル張りをし、
必要以上に相手を貶めて、異説を否定しようとする。
鈴木への異説をきっちり分析した上での反論ならばまだマシだが、
「異論はこうこうこう考えている」と勝手に決め付けた上で、
「おめでたい愚か者」といった風にレッテル張りをし、
自分の説の優位を主張したがる。


13 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:24:08 ID:Njg7dBAT
3:史料を本当に分析しているのか?

鈴木はことあるごとに「一次史料をよく分析すべき」というが、
果たして本人がそれを行っているのかどうか。

戦国時代の合戦形態の分析についてはまだマシだが、
「天下人史観」を語る時に史料批判が酷くなる傾向がある。

例えば「徳川家康は豊臣秀吉の朝鮮出兵を煽った」と鈴木は主張するが、
実はこの主張の元となる史料は鈴木が「脚色が多い為信用できない」と散々語っていた、
あの小瀬甫庵が記した「甫庵太閤記」が史料となっている。

他にも「石田三成は加藤清正らに襲撃された際、家康屋敷に救いを求めた」と平然と記すが、
これも近年の研究発表では、徳富蘇峰が史料の誤読をして、自著の中で記しただけで、
他の史料の中では三成は伏見の自分の屋敷逃げた、と記されていた事が判明しているが、
「通説批判」を得意とする鈴木はこの七将襲撃事件についてはろくに調べていなかったこととなる。

4:好悪の感情で判断をする

上記の問題と通じるが、鈴木は自分の好悪の感情を元に研究の傾向を変える癖がある。
例えば鈴木が高評価をする石田三成についてだと、
「石田三成は家康とよく戦った。家康よりも才能ある人間である」と語るのだが、
その際に引用する史料や論文については無批判に採用している傾向がある。
それは先に徳富蘇峰の論文を無批判に採用していた事からもわかる。

一方で自分が嫌う家康については、
「彼は運だけで天下を取った。関ヶ原における策謀などは運だよりで、
あんなに頼りないものはない」
と切り捨て、家康が具体的にどういう行動を行っていたかろくに分析をしようとはしていない。


14 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:24:35 ID:Njg7dBAT
5:「運」で全てを結論付けようとする

これは家康論の時に特に顕著だが、
「勝負の行方などは最後は運」と切って捨ててしまう乱暴さがある。

この説を一貫して採用するならばまだいいのだが、
自分の気に入らない人間に対しては「運だけ」と酷評し、
そうでない人間については戦術・戦略などを高く評価する傾向がある。

少なくとも「通説を批判した歴史分析」を主張する人間にしては、
あまりに乱暴な考え方である。

6:4の補記

鈴木の好悪の感情による判断についてであるが、
自分が好む人間については高く評価し、決して批判を加えようとはしない。


15 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:27:51 ID:Njg7dBAT
7:鈴木史観に染まる人間の問題

これが最大の問題と思うのだが、
鈴木の著書を読んだ人間が鈴木の説を鵜呑みにして通説批判を激しく行う傾向がある。
鈴木の説を鵜呑みにするだけでは、
鈴木が批判する「通説信者」と変わりはないが、
この危険について鈴木はまるで察知していないようで、
相変わらず自説を強硬に主張するのみである。


16 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:33:26 ID:s2y7Bp76
>>15
同意です。
2chにいる鈴木信者は鈴木の説を鵜呑みにして碌に史料分析しない。
多角的な方向から歴史をみようとしない。

17 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:35:28 ID:Njg7dBAT
>>16
歴史の初心者もしくは少しかじった程度の人がそうなりやすいと思う
鈴木の煽りをモロに受けてそれを信じてしまう

実際は上に書いたように鈴木の説も突っ込みどころは多いのだが

18 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:35:43 ID:s2y7Bp76
俺は鈴木眞哉の本の多くは読んでいるし、鈴木氏を否定しているわけでもない。
ただ鈴木説を鵜呑みにしている方は彼の著書を批判的に読んでみたほうがいい。

19 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:37:29 ID:ND6aYja+
>>12
ハゲドウ。
どうにもこの人、好き嫌いで物を書いてるんだよね。
納得できる部分も多々あるんだけど、
武田・上杉を妙に持ち上げたり信長・家康を貶めたり。
真説本なら主観を交えずに書いて欲しい。

20 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:39:04 ID:Njg7dBAT
>>18
鈴木の肯定すべき点はなんと言っても「歴史を疑ってみよ」という彼の主張
確かに彼のいうとおり、信長・秀吉・家康は過剰評価をされる嫌いがあるから、
彼らについてより冷静に分析を進める必要がある。

しかしだからと言って鈴木のように好悪の感情剥き出しに、
侮蔑的に評価すればいいってものでもない。

しかもそれが不公平にはたらくから性質が悪い。

21 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:41:35 ID:N5RVzXnZ
戦国の合戦で、馬はほんとうに使われなかったのか
http://www.sasakijo.com/kiba.htm

↑鈴木氏の騎馬論に反論したサイトです。

22 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:42:22 ID:Njg7dBAT
>>19
関ヶ原の際の家康を「運だよりの策謀を働いたいい加減な人」と評価をするね。
小早川・吉川の裏切りも所詮は運だ、と。あんなの策謀でもなんでもない、と。

しかし家康についてそう評価するならば、
裏切りの可能性を全く考慮せず関ヶ原に望んだ三成の愚かさも批判しなければならない。
ところがこの点が全くないから、違和感がある。

こういう主張も鈴木に言わせれば、
「三成を酷評するのは徳川信者のおめでたい馬鹿だ」
とレッテル張りをされて終わる。

23 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:45:21 ID:JJoIpdfp
>>1
鈴木真哉みたいなアマチュアと
専門家の藤本正行を同列に扱うなよ

24 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:46:16 ID:Njg7dBAT
>>23
それ前スレでも散々書かれてたなw
個人的には藤本より鈴木の問題を語りたいのだが

25 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:54:19 ID:Njg7dBAT
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/history/1169129287/
こういうスレもあるので参考に

26 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 00:59:26 ID:y9HIm5wA
静岡大学教授小和田哲男氏について
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160246355/29

29 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/10/12(木) 21:28:01 ID:ziUw4cYD
歴史読本6月号の武功夜話についての発言

>私自身も「決して良質な史料とはいえない」と自分の本には書いてきた。

>ただ書かれていることが全部間違いで、否定されるかといえばそうではなく、
>『武功夜話』にしか見えない話の中には、史料として使える部分もあるのではと考え、そのように接し、使ってきた。

>ところが、1999年、勝村公氏が、「偽書『武功夜話』と贋系図『前野氏系図』の検証」(『歴史民俗学』第15号)
>という論文を発表し、『武功夜話』偽書説の烽火をあげた。
>ついで、藤本正行、鈴木真哉両氏は、2002年に書名もそのものずばり『偽書「武功夜話」の研究」(洋泉社新書)を出し、
>『武功夜話』偽書説が主流となってきた趣がある。

>それぞれの主張については、両書を読んでいただくとして、
>私が気になるのは、両書とも、『武功夜話』の成立を明治以後としている点である。
>藤本正行、鈴木真哉氏は、明治40年以降、勝村公氏に至っては、昭和29年以降とする。
>だから偽書だという主張である。

>偽書ならば歴史の研究には使えないということになる。
>偽書と家伝史料・軍記物とでは全く扱い方が違ってくるわけで、
>「いつか原本に当って確認したい」と考えていたところ、閲覧の機会を得て、
>吉田龍雲氏の土蔵に入り、刊本となった『武功夜話』の原本とされる21巻本の「武功夜話」に接することができた。

>「千代女留書」といわれる「武功夜話拾遺」を含め、すべて、江戸時代のものと見てよいと私は判断した。
>江戸中期というよりは、後期の可能性が高い。
>しかし明治40年以降、昭和29年以降ということはありえないのではなかろうか。

>実は『武功夜話』には原本になったという21巻本の他にも先行する「武功夜話」があり、
>それらと刊本との照合も必要になるし、『武功夜話』の典拠とされる「覚書」類の研究も今後は必要になってくるように思われる。

27 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 01:01:35 ID:IfxfGX9Z
ここで論ずるべきは、藤本より藤木久志の方ではないか

28 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 01:02:10 ID:Njg7dBAT
いや、だから鈴木だっつうにw

29 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 01:05:37 ID:RkJDKkxp
鈴木眞哉って、日本刀関係の著作が多い人だよな。日本刀についての
本は数冊読んだ感じでは、豊富な資料を引用しながら、結構的確に
書いてるって思ったが。

30 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 01:09:27 ID:Njg7dBAT
合戦形態分析はあの人がもっとも得意としているジャンルだと思う
俺はその点はあまり否定しない

俺が問題だ、と感じているのは「天下人史観」なるものの否定の仕方
過剰評価もするべきじゃないが酷評すればいいってものでもない

31 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 02:00:28 ID:NE8bWEzO
>>29
でも、日本刀コレクターみたいな手合いは鈴木を酷評してるよ。
何しろ彼らからすれば「日本刀は万邦無比の神器で、武士の魂」ですから。それを腐す鈴木は非国民!って感じ。

32 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 02:12:17 ID:s2y7Bp76
というか鈴木眞哉だよね
次スレ立てるならスレタイ直せばよかったのに

33 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 02:17:25 ID:jmj4nhDh
鈴木眞哉・藤本正行『信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う』(洋泉社、2006年)

最新作みたいだけど、読んだ人います?
感想聞かせてください。

34 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 02:24:36 ID:jmj4nhDh
amazonを見る限り、評判は良いみたいですね
http://www.amazon.co.jp/gp/product/customer-reviews/4896919955/ref=cm_cr_dp_2_1/249-5923453-8390753?ie=UTF8&customer-reviews.sort%5Fby=-SubmissionDate&n=465392

35 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 02:59:56 ID:RkJDKkxp
鈴木眞哉は
「騎馬突撃はない。みんな下馬して戦った」と、
合戦中の騎馬武者の存在すら否定していたのが、

最近出た歴史群像では
「合戦中の騎馬武者はいくらでもいた。追撃戦としての突撃ならあっただろう」
と主張を微妙に変えている。

さすがに極論すぎると自覚したのだろう。

36 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 03:44:06 ID:JJoIpdfp
本職の研究者以外にはあまり知られていなかったことを、
一般向けの本で広く紹介した点は評価されるべきかな

37 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 04:12:06 ID:3jzPvwnz
あなたのような専門家の意見をむしろ聞きたいのよ

例えば小牧長久手の戦いについてだけど、鈴木は、
「戦いでは負けたが、全体としてはこれは秀吉が有利だった。
大体秀吉はいつでも家康を潰せたが、
しかし秀吉は唐入りをしたかったから家康とさっさと講和して、西国攻めにこだわった
秀吉が家康を恐れていたなどということはない」
と主張するのね。

小牧長久手に限れば鈴木の主張は理解できる。
あれは明らかに秀吉の外交の勝利だと思うよ。

しかし、そのあと秀吉が家康に対し朝日姫、
さらには生母大政所まで人質を差し出した事についても、
上の理由で説明されるだけではちょっと納得がいかない。
つか、家康からも秀康という人質を取っている状況下で、
ここまで気を使う理由は何だ、と思う。

それに鈴木の言葉を借りれば家康は、
「奥州の伊達や北条などと手を組んだらチャンスはあった」とも言うわけよ。

そういう状況下でもなお、
秀吉は鈴木の言うように家康のことを「いつでも潰せる」と余裕で見ていたのかね。

ここが引っかかるんですわ。

あなたの考えを教えて。


38 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 04:38:28 ID:rzNkLOff
コピペ貼るな
死ね

39 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 10:11:16 ID:gcDZNv0y
鈴木って中二病だろ

40 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 21:17:28 ID:rzNkLOff
その症状がみられる特徴を三つあげよ

41 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 22:54:20 ID:imxsYM11
藤本ってやたら太平洋戦争の海戦の例を上げ、戦国時代の戦に結びすけるけど、それってどうなの。
戦術の基本は中世も近代も変わらないとは思うが、陸戦と海戦ではやっぱ違うだろ。
索敵する場合でも土地の農民や野武士から、見た目以外の情報も得られた戦国時代の戦と、
索敵機をとばすだけの海戦とはまた違うと思うがね。

42 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/19(金) 23:43:17 ID:Rt/wRe7L
索敵も何も、地積を稼ぐのが目的の陸戦と占領なんて概念自体が存在しない海戦じゃ全然違う。

43 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 00:04:23 ID:bJFtHMX7
司馬や八切なんかだとわかりやすいが下手に学があるとやつが書くと信じちゃうよな
戦国ファンはこれから京子ちゃんや新人物の「〜のすべて」シリーズを読みまくり
耐性をつけていくしかあるまいw

44 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 00:14:33 ID:XNIFF0Jo
>>43
けどなあ、関ヶ原についての鈴木の分析なんか読んだらよくわかるが、
鈴木ってかなり司馬遼太郎に影響受けてるぞ
関ヶ原分析なんてもろ司馬の影響受けまくってるもん。

「三成は島左近の献策に従って家康を暗殺しなかったのが唯一の失敗」というが、
俺、この島左近の献策って言うのを司馬遼の小説でしか読んだことがないのよな。
なんか史料か何かあるのかな?

45 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 00:15:30 ID:QR9ZacHo
555

46 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 00:21:25 ID:bJFtHMX7
>>44
出典は常山紀談だよ。
司馬は最近のif作家に比べられないくらい多くの古い逸話を知ってて作品にちりばめておる
そこがやっかいでもあるんだけどな

47 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 00:36:14 ID:XNIFF0Jo
>>46
常山紀談の出典なんだ。
けど鈴木は何を根拠にこの史料を正しいと判断し、
逆に小牧評定での福島発言を誘発するべく、
家康と黒田長政との密謀を記した「関原軍記大成」を否定するのかね?

こういうところの説明が全く行われず、
「何々さんは家康不利だと言ってるから家康は不利だったんだ、運だけで勝ったんだ」
とエキセントリックに叫びまくるからウザイよね。

48 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 00:42:14 ID:7d45fF73
山桜に風 2005-05-23 20:04:25 No.163454
--------------------------------------------------------------------------------
佐藤鉄太郎氏は「軍事史学」特集・元寇(第38巻第4号)のP.63でこう述べられています。

【源平の争乱時代から合戦の通常の戦法は騎馬隊が集団で敵陣に突撃する戦法
であり、双方が合意して一騎打ちを申し合わせたというような特別な事情の場
合のみ一騎打ちが行われたのであり、合戦に於いて一騎打ちは通常の戦法では
ない。
『八幡愚童記』に日本の武士達が一騎打ちの戦法をとったと記されているため
に、その記述を真に受けて日本の武士達が蒙古軍に対して一騎打ちの戦法をと
っていたかのように誤解されてしまっているが、日本の武士達は各武士団それ
ぞれが騎馬隊を中心とする一団となって突撃する集団戦の戦法で蒙古軍と闘っ
ている。絵五はそのような日本の武士達の戦法を描いている絵である】
http://72.14.253.104/search?q=cache:T7HJogFAmSwJ:www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html%3Fid%3D162712%26genre%3Dsougou+%E4%BD%90%E8%97%A4%E9%89%84%E5%A4%AA%E9%83%8E+%E5%85%83%E5%AF%87&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=3

49 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 00:43:53 ID:bJFtHMX7
さあな。紀談の記述の中にしかない逸話ならそれ以外にもごろごろある
そもそもそんなことをいちいち検証してたら一般向けの歴史書籍なんて売れないよ
PHPレベルだと思えばいいんじゃないの?

そんなことより堀新だ。学者のくせにやつはマジ許せんたぐいだ

50 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 00:49:23 ID:XNIFF0Jo
>>49
けどな、やつは「通説を疑え、一次史料にあたりまくれ」と
散々主張してた人間なんだぜ?
その人間にしてはあまりにも酷い印象は否めない。

けど最近気づいたんだ。
鈴木で信用できるのは「合戦形態の分析についてのみだな」と。

堀新といえば、歴史群像で笠谷和比古が主張する、
「家康源氏改姓説」に噛み付いていた人だね。

51 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 00:55:18 ID:bJFtHMX7
>>50
鈴木の言う一級史料が紀談だったり老人雑話だったりするのかもなw

そうその堀新だ。やつは人間として本当にどうかと思う。あいつがこの板でコテやったら
伝説に残るキチガイ煽りコテ間違いなしだ

52 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 01:02:28 ID:XNIFF0Jo
>>51
「遠戦嗜好だ」とする合戦分析は軍忠状とかを史料にしてたからまだ説得力があるんだが…

けど「日本の馬は貧相だ」というのもNHKの実験結果や、
躑躅が崎の馬の骨の発掘記事を元にしただけで、
自ら積極的に研究したわけではないし、
「天下人史観の否定(要は信長・秀吉・家康の過大評価を否定する事)」に関しては、
自分に都合のいい史料のみを採用する傾向があった。
なんぜあれほど「信用性がない」と噛み付いていた、
甫庵の「甫庵太閤記」すら参考史料にしてしまうんだから。

結局鈴木は自分の説に都合のいい史料を無批判に採用して、
強硬に自説を主張しまくるのよね。

で、堀ってのはどういうことをしたんだ?
笠谷とかとは全然違うの?

53 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 01:20:15 ID:XNIFF0Jo
>>51
今鈴木の本の「参考史料」を見た

>紀談だったり老人雑話だったり

ばっちり入ってたw

54 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 13:02:56 ID:bJFtHMX7
>>52
>「遠戦嗜好だ」とする合戦分析
ありゃあ目からウロコだったな。あの膨大な分析と検証はすごいと思うよ
ためしにこちも南北朝期の軍忠状をあたってみたが矢傷が第一の負傷だった
日本は昔から遠戦志向なんだよな

>天下人史観の否定
天下人史観の否定は永原や池や今谷の否定に他ならない
今谷はどうでもいいがあの論調で史壇の大御所を叩くには少し精彩さを欠くような

>堀
岩田書院に寄せた京子ちゃん著書の紹介文をみればわかるがすんげえ悪態ついてるぞ
唯一誉めてるのが晴豊日記を活字化した部分だけ。他は人格攻撃や挙げ足とり
およそ大の大人がやることじゃない。あの紹介文書いたらたぶんまともな奴があの本を買う
ことはまずないだろうな。堀の野郎めっちゃいきいきしてるし。
ありゃ紹介じゃなく立派な営業妨害だわw

55 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 13:08:44 ID:f1RYk2wV
馬上での戦闘が行われた可能性も述べてるのが、多角的考察の藤本氏。
似てるようで素人の鈴木氏との違い。

56 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 13:32:22 ID:y7KnnMty
京子ちゃんの本は話にならねえだろ。
最後から最後まで情況証拠に継ぐ情況証拠だけで、
核心となる確実なものが全く出てこねえし。

57 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 13:35:21 ID:bJFtHMX7
いいじゃん学者の肩書きでトンデモやるような小和田大先生たちよりまし
鈴木や宇田川や井沢はPHPレベルだと思えば問題ないんじゃないの?

58 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/01/20(土) 13:38:05 ID:bJFtHMX7
>>56
京子ちゃんのがお話にならないのはその通りだがそれに対して2ちゃんの書き込みレベルの
煽りをする堀新はどうかと思うわけよ

59 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/20(土) 14:48:33 ID:9dABKaP/
2ちゃんレベルの煽りは鈴木も同様だね

60 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 00:56:40 ID:1iPJUm/G
鈴木の考え方の傾向として以下の特徴があるね。

1:今日伝わる歴史の通説は「天下人史観」に毒された嘘偽りのものである。

2:よって今日伝わる通説は信じられない。

これが鈴木の考えの基本線であり、根源だね。
絶対的な先入観と言っていい。

で、この先入観に基づいて、以下のように鈴木は研究を施す傾向がある。

1):通説は否定されなければならないので、
 研究対象についての通説否定を唱える自分の考えと一致する他の研究者の論文を探す。

2):その論文を裏付ける史料を探し、自説に肉付けを施す。

3):通説を唱える人間の主張を独自に規定し、これを侮蔑的に否定しながら、
 自説の優位性を強硬に主張する。


61 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 00:56:57 ID:1iPJUm/G
以上の特徴を有する鈴木の研究の何が問題かと言うと、

1:自分の先入観(通説は間違い)を絶対的に考え、これに異を唱える意見を一切否定する。
 わかりやすくいえば頑固。

2:自説に都合のいい(納得できる)他の研究発表、史料のみを無批判に採用し、
 これだけをもって高圧的に通説否定をしてしまう。以下例文参照。
 
例):「○○は通説とされるが、××さんの最近の研究では、
   実際は△△だったのではないか、という通説とはまるで逆の考え方が示されている。
   それを裏付けるように◇◇という史料には●●という記述があって、これを裏付けている。
   常識的に考えれば、◇◇という史料とその時の情勢を考えれば、
   ××さんのように考えるほうが通説よりもはるかに自然のように思われる。
   こうしてみると、○○という通説は実は天下人史観に毒された信者が、
   バカの一つ覚えのように勝手に信仰しているだけなのである」

このように通説批判を行う他の研究者の論文を紹介しそれを裏付ける史料を紹介し、
自分がそれに納得理由出来る理由を軽く述べたあと、
それをもって「通説は間違い」と一方的に断言してしまう。

中には軍忠状などを元に合戦形態の分析を行ったような好例もあるが、
「天下人批判」などの際はこういう乱暴な分析を行う傾向がある。

実際、「信憑性が低い」と自ら述べていた小瀬甫庵の甫庵太閤記を史料としていたり、
戦国期よりはるか後にまとめられた常山紀談の記述だけを信用して人物批評を行っている。

通説・それに対する反論双方を多角的に分析するという視点が根本的に欠けており、
そのため非常に検証があいまいなまま強引に通説批判を行ってしまうのだ。


62 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 01:08:26 ID:UoGoLMw5
2chの歴史系板、スレを見渡しても
若い歴ヲタへの訴求力は爆発的にあるよな。この人らの学説は

ニュー速系、実況系の板なんかでちょっと戦国時代関連のネタになったら
どこからともかくこの手の歴ヲタがワラワラと沸いてきて
自慢げに「騎馬隊は無かった」、「刀は実戦で使えない」と講釈垂れてウザがられるのな



63 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 01:13:46 ID:1iPJUm/G
別に鈴木を信じるのは構わないと思う
しかし、それは自分なりに調べた結果「この人は信用できる」というような、
自分なりの根拠をもっておかないとね。

「鈴木さんがこう書いたんだ。だからこれが真実なんだ」と思うようでは、
鈴木が批判する通説信者と変わらない。

64 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 01:52:13 ID:XBNOGfoh
武功夜話は偽書?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169263287/
戦国時代の馬はポニーサイズ
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156992018/
織田信長は運が良かっただけでは?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1154757398/

65 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 02:09:54 ID:yZmjznAd
刀は使いづらい、というのは昔から言われている気もするし、
槍に比べれば攻撃力が少ないというのも、少し考えれば分かるのだろうけれどね。

66 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 02:44:04 ID:k2lExkHb
槍の量産性が高たっただけだろ
攻撃力なら薙刀が一番高そうだぞ

67 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 03:35:22 ID:PkWgzRqP
>>58
九条殿、
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/history/1169129287/
の49以下の鈴木の説についての御自身の御見解を是非に

68 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/21(日) 04:23:16 ID:nVvZ/DAK
攻撃力(防御力)=リーチ
だから長槍が白兵戦でのメインウェポンになったわけで。
打撃力なら長巻が最強だろうな。

69 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/22(月) 21:14:15 ID:bBSb1A2R
中近世の戦闘における死傷の原因から遠戦指向だったとし、
更にその原因を当時の軍制に求める鈴木氏の主張はいささか強引すぎる
例えば、第2次大戦の陸戦における死傷原因のトップは砲撃によるものだが、
これをもって第2次大戦は砲撃戦に終始したと言えるだろうか?
死傷の原因のみでは戦闘の実相を規定することはできない
そもそも軍制と兵の戦意や戦術の指向には因果関係は低

70 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/23(火) 17:21:20 ID:k5seMErw
>>62
> 「刀は実戦で使えない」と講釈垂れてウザがられるのな

近代で良ければ、従軍刀鍛治が書いた「戦う日本刀」なんてのもあるけどね。
俗に言う「チャンバラ」剣法では実戦の用にならないことだけは良く理解できる。
蛮用に耐えない兵器、名人でないと使えない兵器は「実戦で使えない」という汚名を負うことがあってもやむを得まい。

ちなみに、漏れは合戦場における日本刀に関しては鈴木氏よりもラジカルだぜ。あれは武器と言うよりは一種の祭具としての
意味合いが強いと思う。「首を取る」と言う祭事に特化した祭具だ。
たまたま、当たり所によっては大怪我させられるので護身用にも使っているが、普通他の武器が手元にあればそっちを使うのが
当然という程度のものでしかない。
鑓を持っていれば鑓を使うし、弓があれば弓を使う。鉄炮を持っていれば鉄炮を使うだろう。

71 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/24(水) 21:23:55 ID:29xB5lHY
鈴木眞哉ってレッテル張りしたり偉そうに書くの得意だけど、
藤本の場合はどうなの?

72 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/25(木) 00:08:25 ID:KSaySlP+
 

73 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/26(金) 01:13:52 ID:gcF0Jihx
>>69
例えば、
北条家臣 宮城泰業への着到状から受け取れる真実は、
遠戦志向、鈴木説の真逆。

旗持3、指物持1、歩弓1、鉄砲2、槍17、馬上8、歩者4
=計36人

74 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/02(金) 17:51:33 ID:8qzuzZK1
130 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:2007/02/01(木) 21:12:42
戦史、軍事史の類が史学界で傍流なのかもね。

信長は3段撃ちをやった、だから偉い、ってのは学術論文じゃまずやらんだろうし。

しかし、鈴木の本にあった「日本海海戦の名前が一度も出てこない日露戦争の論文」
(東郷平八郎だったかも?)というのも、なんだかなぁ。

75 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 09:21:14 ID:jL8CPU6F
>>74
> 信長は3段撃ちをやった、だから偉い、ってのは学術論文じゃまずやらんだろうし。

真実が書けないなんて、学術論文とは何て窮屈なものなんでしょう。

76 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 17:34:06 ID:ZLaWc6bO
>69
大量破壊兵器と同列に語るのまずいんじゃない?
たとえば、機関銃とライフル銃なら、死因が同じでも別な気がするんだが

77 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 20:29:31 ID:WhKn8Qew
>>76
20榴クラスでも榴弾砲は大量破壊兵器にはならないが・・・・・・。
MLRSでも大量破壊兵器にはならないし。。

78 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 20:47:56 ID:89n0/Kq8
大量破壊兵器というのはまずかったか。

訂正して、多数の人員を殺傷できる兵器というかべきか。
火縄銃や刀槍よりも、機関銃や砲迫の方が得られる戦果がでかいんで同列に語るのに違和感があるんだが

79 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/06(火) 20:52:09 ID:89n0/Kq8
ついでに>41にある、農民や野武士から得られる情報ってのは、どの程度の信頼性があると見積もられているんだ?

80 :人間七七四年:2007/02/20(火) 01:28:08 ID:BJUW7sdL
鈴木氏がPHPで『戦国時代の大誤解』という新書を出すみたいですね

81 :人間七七四年:2007/02/20(火) 09:18:17 ID:IblZmf+Y
>>79
ゲリラ戦の基本じゃね。
後はそれを分析判断する能力が求められるだけで。

82 :人間七七四年:2007/02/21(水) 00:18:00 ID:0VhtcZzG
戦国時代の大誤解

著 者
鈴木眞哉著 《歴史研究家》
http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-65940-4

内容 川中島の一騎打ちはなかった!?  鉄砲の種子島初伝は真っ赤なウソ?
私たちが信じきって疑わない戦国時代の常識を、根底から覆す。


武田の騎馬軍団などありえない!? 信長は桶狭間で奇襲していない!? 刀を交えたチャンバラなどそうそうなかった!? 
テレビドラマではおなじみの名場面が、じつは怪しいとなったなら……。

その武将に染みついたイメージ、教科書に当たり前のように載っている事件。
私たちが信じてきた通説をいったん疑ってみることの重要性を、学界での最新の議論も交えながら浮かび上がらせる。

狸親父風の秀吉とお調子者の家康――こんな発想ができない人は、歴史を見る目がないかも!?

全47項目、あなたの<歴史常識>が試される!

[内容例]山本勘助は実在するのか?/斎藤道三は油売りだったのか?/どれがホンモノの信玄か?/前田利家は忠義の人だったのか?/
伊達政宗<父親殺し>疑惑の真相/墨俣一夜城をつくったのは秀吉?/三方原に出陣した家康は勇敢だった?/戦国大名はみな天下を望んだのか?/
百姓=農民ではない/甲胄着けて遠路の行軍?etc.

83 :人間七七四年:2007/02/21(水) 01:20:56 ID:0UR1FT5+
>>82
「天下人の条件」「戦国15大合戦の真相」などの過去の本の焼き直し
目新しい記述は特になし

「○○さんはこう主張している。だから通説は間違い」
という主張がほとんど

84 :人間七七四年:2007/02/21(水) 05:10:45 ID:/O/EPR7F
>>83
こういう妄想研究者の本を出版するのって、紙の原料である森林資源の無駄だと思うんだ。
鈴木の本を出す出版社は環境にやさしくないぞw

85 :人間七七四年:2007/02/21(水) 22:50:28 ID:/HUPvkvC
鈴木の本はリサイクルに回し再生紙として有効利用しましょう。

86 :人間七七四年:2007/02/23(金) 00:59:28 ID:wBg/m2Ex
>>83
> 「○○さんはこう主張している。だから通説は間違い」
> という主張がほとんど

「鈴木さんはこう主張している。だから定説は正しい」
というケースがほとんど

87 :人間七七四年:2007/02/23(金) 02:01:52 ID:7Vst8j0V
>>86
何その鈴木ばりの勝手なレッテル貼りは

88 :人間七七四年:2007/03/25(日) 19:49:17 ID:eZMAZPK9
鈴木への評価は厳しいようだが
本能寺分析の本はかなりよく出来てるのではないか?
やたらと黒幕を挙げまくる近年の風潮に警鐘を鳴らしただけでなく
黒幕説がほとんど成り立たないことをきちんと論証している。
これから本能寺を論じる者には必読の書だと思う。

89 :人間七七四年:2007/04/13(金) 03:56:28 ID:lNu2goIG
新田義貞の鎌倉攻めの戦死者と共に出土した128体の馬の平均体高は、129.5cm。
126〜136cm台がもっとも分布数が多く、大きいもので140cm。
グスタフアドルフ時代のスウエーデン軍装備目録の、騎兵用軍馬の体高は112〜133cm。
モンゴル騎兵の馬と同程度の小柄な馬だ。
北欧は馬の体格が劣っているのは知られているが、この小さな馬であの長剣突撃を行なっていた。

グスタフアドルフの騎乗肖像画。かなり馬が小さい・・・

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Gustavus_Adolphus_at_the_Battle_at_Breitenfeld.jpg

90 :人間七七四年:2007/04/13(金) 04:08:41 ID:lNu2goIG
というより鎧着て、体高130cmの在来馬に乗って試してみればいいんだ。
走れたら騎乗戦闘できることになるし、走れなかったらできなかったことになる。
伊達や島津なんかはペルシャ種馬を輸入して品種改良してたみたいだが・・・

南北朝時代は弓を持たない、刀・薙刀の騎馬武者が馬上で戦っていた。

91 :人間七七四年:2007/04/13(金) 20:52:24 ID:omqeS2EA
馬高は低い方が槍剣攻撃しやすい罠

92 :人間七七四年:2007/04/13(金) 22:37:26 ID:xIv+ldLm
でかければ良いというものじゃないことは確かだな。

最近の日本人は背が高くなったが、体力は下降・・

93 :人間七七四年:2007/04/16(月) 07:44:58 ID:NJ9h59Xb
つーか、鈴木本人も騎馬による追撃はあったと言ってるんだが

94 :人間七七四年:2007/04/17(火) 14:27:30 ID:bs1FEDWh
「馬がポニーサイズだから」
「蹄鉄を打ってなかったから」
鈴木は、こういう理由で否定してる訳だから
同じ事は追撃にも適用されて「追撃も無かった」事になるはず。
にも拘らず、鈴木が「追撃はあった」と言うのは矛盾してる。

95 :人間七七四年:2007/04/17(火) 14:36:48 ID:bs1FEDWh
鈴木は日本の馬は小さいから、鎧着た武士が乗ったら、重くてまともに走れないと言う。

しかし
ttp://hikoma.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/target.php?id=2545
駄馬の背には米俵が4俵と、もう1袋。馬は小型の日本在来種。小さいが力は強い。

米俵4俵は240kg
鎧着た武士は100kgにも満たない重量。
この程度の重量は何の問題もない。

96 :人間七七四年:2007/04/17(火) 20:06:24 ID:m6Drnu8+
>>95
疑問が氷解した!

97 :人間七七四年:2007/04/17(火) 21:17:38 ID:oUwTguXI
ばんえい競馬だともっとも重い時は1tのそり引っ張ってるしなぁ
重種の血が入ってるのと、乗馬じゃなくて引っ張るのが戦国と違うんだけど

98 :人間七七四年:2007/04/18(水) 23:36:54 ID:cqmjhSI0
当世具足15〜25kgに平均身長155cmの男45〜60kg、槍刀馬具
十分いけるね

99 :人間七七四年:2007/04/19(木) 17:00:10 ID:ESpwG/Fq
駄馬は自分目がけての弓矢が飛び交う戦場を駆け抜けるような速度で米俵を運ぶの?

100 :人間七七四年:2007/04/19(木) 23:20:14 ID:qW78R0Mp
日本馬は>>95の馬より大きいよ。

ましてや人間は米俵よりずっと軽い。
自分の経験では、木曽馬に人一人乗せても馬はびくともしない。
なんのために江戸時代、早馬で情報伝達していたのか。
モンゴル馬は日本馬より小さいのに中東・欧州を席巻した。

101 :人間七七四年:2007/04/20(金) 00:09:54 ID:9P4Y4bwc
モンゴル馬って数で補った感じがするんだけど、どうなの?

102 :人間七七四年:2007/04/21(土) 09:40:50 ID:PYWhtrZl
モンゴル帝国の場合、広大なユーラシア大陸を移動するための手段として
複数の代え馬を用意して乗り換えながら移動したのであって、戦術レベル
で数で補ったとかいう話ではない。

103 :人間七七四年:2007/04/21(土) 17:08:10 ID:Y1RN/UEa
モンゴル馬と日本馬と比べるのは違うよね。

104 :人間七七四年:2007/04/21(土) 22:07:53 ID:PYWhtrZl
日本馬とサラブレットを比べるのに比べれば余程まとも。

105 :人間七七四年:2007/04/27(金) 21:31:19 ID:iyrPyKnf
16世紀当時の日本馬と18世紀末に生まれたサラブレッドなんか比較したら、いくら2ちゃんでも池沼扱いされるだろ。
そこまで馬鹿な奴なんかどこにもいないよw

106 :人間七七四年:2007/04/29(日) 17:59:02 ID:W9twloHg
本能寺本はおおむね評価できるが納得が行かないのが
1日に光秀が重臣たちに初めて謀反の相談をしたというのを
間違いない史実としている点。
これは「公記」など多くの書に載っていることで、だから黒幕は
いないと言うのだが、作者の太田牛一をはじめ誰もその現場を
見ていたわけではないのだから6月1日とは断定できないのでは。
黒幕などいないという結論には同意だが。

107 :人間七七四年:2007/04/29(日) 19:47:56 ID:suPGZzTA
結果的にだが6月1日でいいのでは。
桐野作人の新著に新発見の謀反3日前の光秀書状が
掲載されていてそれを見るとまだ謀反を決断していなかった
と思われる。
一方信長がわずかな伴を連れて本能寺入りしたのが5月29日。
それが分からなければ謀反に踏み切れないのだから結局
6月1日しかない。



108 :人間七七四年:2007/04/29(日) 19:52:17 ID:fl2acLlB
 

109 :人間七七四年:2007/04/29(日) 20:10:11 ID:2mkXgyjA
>>105
いるよ
池沼だらけだよ

110 :人間七七四年:2007/04/30(月) 06:58:46 ID:6XIo5UTk
そもそも、サラブレッドという生物は、あくまでも「競走馬」であって「軍馬」では無い。
近親交配の影響があるのかどうかは知らんが、競争中によく足を折る脆弱且つ繊細な人工の動物。
綺麗に整備されたトラックを走ることに人工的に特化されたものであって、悪路だらけの戦場を駆け巡ることができるような頑丈な体質は皆無。
甲冑を着込んだ鎧武者、騎士等々をその背に乗せて戦場に出れば、10分足らずで全馬骨折となり生存不能になるような生物でしかない。

こんな初歩的なことも知らないで比較する池沼がたくさんいるというのかw

111 :人間七七四年:2007/04/30(月) 07:17:27 ID:EklhNXgF
>比較する池沼
中世史の電波・川合康(笑)、そして真哉さんw

112 :名無し募集中。。。:2007/04/30(月) 14:10:38 ID:DxsIfIKG
幕末のころのヤクザって結構出入りや果し合いが多かったんだけど
刀を使って切りあいしていたな
小競り合い程度なら日本刀も十分役立ったんじゃない?

113 :人間七七四年:2007/04/30(月) 14:47:19 ID:6XIo5UTk
戚継光は、対倭寇戦で倭寇から得た鳥銃(火縄銃)を装備した兵に倭刀を装備させ、倭刀
装備の鳥銃兵を含む部隊(戚継光の考案した部隊編成の特徴は、同一の装備の兵ごとに部
隊を分けるのではなく、多様な装備を持つ兵を一定の比率で混在させたものであるため)
をどのように運用するかを研究し、アルタン・ハン、トモン・ハンの侵入を撃退すること
に成功した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%88%80

実戦で使い物にならないお飾り武器を外国の軍隊がわざわざ採用するわけがなかろう。

114 :人間七七四年:2007/04/30(月) 16:06:52 ID:9POBAEq6
国衙軍制の鬼・刀大好き下向井龍彦(おでこが広い)

115 :人間七七四年:2007/04/30(月) 16:21:11 ID:RARgja4k
>>112
あれは携帯できた最良の武器が日本刀だったから

116 :九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU :2007/04/30(月) 16:39:03 ID:MIBnemjx
対倭寇用の「倭刀」にせよ兵仗局の戌字倉に貯蔵した「古倭刀」にせよ
単なる日本刀というよりも野太刀や長巻などのリーチが長い刀だったんじゃねえの?

117 :人間七七四年:2007/04/30(月) 20:27:15 ID:2c8JxG9p
>>112
十分どころか日本刀こそが万邦無比の神器。他に代わる者のない、日本男児のために天が遣わした一つの奇蹟。

118 :人間七七四年:2007/04/30(月) 21:06:02 ID:6XIo5UTk
>>116
苗刀を見る限り、三尺以上のものと推定される。
長巻、薙刀の類は支那では「大刀」というものに分類されるので除外。

119 :人間七七四年:2007/05/01(火) 11:03:01 ID:F+x6Rtn5
>>115
荒神山とか大きい出入りだと平気で槍や鉄砲持ち出してるけど
甲冑も着込んでる
でもやっぱり斬り合いがメインでッせ

120 :人間七七四年:2007/05/03(木) 15:46:20 ID:uouOj/4u
>>117
とりあえずおまえは死んどけ

121 :人間七七四年:2007/05/03(木) 19:43:42 ID:KAGWp6jM
次々と通説に打ち砕かれる鈴木真哉・藤本正行について

122 :人間七七四年:2007/05/03(木) 21:01:34 ID:R6nTqWTf
>>121
そりゃーあれだ。
基本的に「○○は無かった!」というのが多いからね。

「無かった事は証明できない」(証明する事が極めて困難。)
これは「悪魔の証明」と言われている。

123 :人間七七四年:2007/05/03(木) 22:35:27 ID:s6gcwup5
打ち砕かれるのは鈴木真哉

124 :人間七七四年:2007/05/03(木) 22:55:51 ID:uouOj/4u
鈴木氏があれほど忌み嫌う日本軍の白兵主義だが、その日本軍も相手へ与えた死傷数では白兵によるものよりも銃撃砲撃によるものが圧倒的に多数だということは言うまでもない。

125 :人間七七四年:2007/05/04(金) 02:23:33 ID:6lNaN3en
「全てそうであったとはいえない」なら悪魔の証明なんだけど
無い「根拠」と、無いなら無いで代わりに何があったのか
に関しては悪魔の証明には該当しないからね。

無い根拠が「古来の日本の馬がサラブレッドより小さかったから」
なら、他にサラブレッドより小さい馬での騎馬突撃の事例があるなら
十分反証足りうる。


126 :人間七七四年:2007/05/04(金) 04:41:54 ID:A723SPFB
誰か>>119へのレスはまだか

127 :人間七七四年:2007/05/04(金) 07:06:02 ID:nBZx8LZU
221 :人間七七四年:2007/05/02(水) 04:33:05 ID:uljoaEd9
>長岡藩の慶安3年3月制定の「御軍法」では士大将・さむらいだいしょう(=大組の組頭、家老が務めた)
>以下202騎の騎馬武者について、その持槍・持筒(鉄砲)等の武装・装備や兜の立物(飾り)や旗指物・服装等の出で立ち及び従者の定めを細かく規定した。
>また、足軽についても同様の軍装の定めがあり、戦闘の主力を担う鉄砲足軽隊については足軽頭(大組の士分)17人の統率の下に鉄砲30挺の隊2組、
>25挺の隊15組(鉄砲・計435挺)、合計鉄砲数531挺(士分の持筒等を合計した数と考えられる)である。
>他に弓足軽頭2騎以下、弓50張の弓足軽隊や長柄組と呼ばれる槍足軽隊があった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%8A%E5%BE%8C%E9%95%B7%E5%B2%A1%E8%97%A9#.E8.BB.8D.E5.88.B6

長岡藩では鉄砲5:2騎馬の割合だった模様
ただ、騎馬武者の馬上筒も含めての数のようだから、騎馬の割合はもっと増えるだろう
関ヶ原の島津軍なんかは騎馬武者のほとんどが馬上筒を装備していたようだ

128 :人間七七四年:2007/05/04(金) 08:51:57 ID:A723SPFB
>>76
だいいち弓:その他=7:3 というのも
全てがそうだったのか平均したらそうなったのかが解らんからな。

ついでに3割しかいなかったから役立たずという結論は
強引過ぎるんじゃないのかね。

129 :人間七七四年:2007/05/04(金) 12:48:38 ID:d5w7471y
全体の三割にも満たなかった旧日本陸軍の戦車部隊が役立たずだったのは有名だが、やはり全体の三割にも満たなかったナチスドイツや旧ソ連、アメリカの戦車部隊も旧日本軍と同様に役立たずだったのは言うまでも無い。

と、言いたいんだろうw

130 :人間七七四年:2007/05/05(土) 04:31:38 ID:G3R1Uz4F
大阪夏の陣の死傷者の原因は、多い順に鉄砲>弓>槍>刀らしいが、
戦国後期以降の槍隊は白兵戦に弱い鉄砲隊を守ったり、騎馬隊を食い止める阻止線的な役割に重点が置かれたからね。
いわば人の壁。
槍隊があるから、鉄砲隊は白兵戦に巻き込まれる心配をせずに戦える。
槍隊あってこその鉄砲隊なわけで、必須の存在だよ。
鉄砲隊は槍隊の前面か両翼に展開し、連携するのが基本布陣。
敵が接近してくれば槍隊の後ろに隠れて守ってもらう。

131 :人間七七四年:2007/05/06(日) 05:52:35 ID:AkKfNB11
軍事的なセンス皆無なのに、無理して軍事史やるなよって感じ。

132 :それよか皆:2007/05/06(日) 14:22:25 ID:A36NEX5n
雑兵物語にこんな内容の記述が……

「はず槍(弓の上部に付ける、銃剣に相当するもの)で刺すなり、
 弓を捨てて敵兵にしがみついて刀・脇差し何でも良いから
 鎧の隙間を突き刺せ」

あれ? 遠戦志向じゃないの?

133 :人間七七四年:2007/05/06(日) 19:24:03 ID:TzJhXJJf
鎧武者を倒すには、普通の突き・斬りでは重装甲な当世具足に跳ね返され埒があかない。
で、取っ組み合いで組み打ちに持ち込み討ち取る。
脇の隙間に脇差を突き刺すか、眉庇を掴み首を掻き切ることが多かったはず。
手柄を立てるためには近接戦闘で自分で敵を討ち取り、首を取ることが重要だったかと。

それへの防御として、脇や首の隙間を守るため鎧の下に満知羅という鎖帷子を着こんでた。

134 :人間七七四年:2007/05/07(月) 05:52:06 ID:2yrm1Le5
当時の射撃戦の距離、間合いってどんくらい?

135 :人間七七四年:2007/05/07(月) 08:44:49 ID:YoxwPtuw
>>21
ベルリン飛行指令の人かww
こんなサイト作っていたのか。

136 :人間七七四年:2007/05/07(月) 23:19:22 ID:SB6sqpmO
>>134
200〜100mくらいの距離で発砲開始。
かなり遠距離からでも撃っていたようだ。
ただ、一斉射撃ではなく個々が狙い打つ形が多かったらしい。
奥州系の砲術に多い釣瓶撃ち(絶え間なく発砲を続けるため、または一斉射での銃弾の重複命中を避けるため?)とか、
一斉放ち(一斉射)とかもある。

胴の鉄板の厚みが2mm弱の鎧武者に致命傷を与えられる殺傷距離は、口径で違うがだいたい50〜100m。
鉄板が1.5mm前後と薄いお貸し具足の足軽は、もっと遠くからでも倒せるかと。
鉄板の厚みが4mmになると火縄銃での貫通は難しくなってくる。

137 :人間七七四年:2007/05/08(火) 12:36:23 ID:22w4WOkA
鉄板の厚さが2倍になれば貫通強度は12倍だからな

138 :人間七七四年:2007/05/08(火) 22:15:43 ID:lmif42EC
火縄銃の威力は800〜1600ジュールくらいだっけ?
日本の警察のニューナンブ拳銃が348.4ジュール、
M16ライフルが2092ジュールだそうだ。
まんざらでもないな。

139 :人間七七四年:2007/05/08(火) 22:19:48 ID:lmif42EC
上手な素人が投げたボウリング玉の威力が449.6ジュールらしい・・・
玉の質量が大きく初速が遅いから無力だけどw

140 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/05/09(水) 17:05:22 ID:WimGV33h
>>138-139
http://homepage3.nifty.com/sweeper/gun/burret/burret2.htm

ここから拾ってきたんだろけど
銃の威力はJで測ってもしようがないと思われ。




141 :人間七七四年:2007/05/10(木) 18:40:27 ID:n10i+W5P
でも、なんかの目安は欲しいかも

142 :人間七七四年:2007/05/23(水) 22:21:10 ID:OA0jO7YA
- 馬明達老師論文 -
『歴代中日両国刀剣(術)の交流』の紹介
http://www.h5.dion.ne.jp/~rekidai/ronbun1/syogen.htm

143 :人間七七四年:2007/05/27(日) 13:18:26 ID:PJWGndEZ
眞哉てんてーは日本刀の一種である所の長巻のことどう思ってるんですか。

144 :人間七七四年:2007/05/28(月) 18:43:35 ID:sI1zrLO7
>>138-140
実験。
50メーターの距離に日本から持ち運んだ具足の胴の部分を置いて、一匁五分筒を用いて射撃した。

http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/hinawajyu/iryoku/index.htm

145 :こぎんだま:2007/05/28(月) 21:41:05 ID:vNUIkYMN
なかなかいい実験だな。
100mも推測ではなく実際にやればもっとよかったのにな。

146 :人間七七四年:2007/05/28(月) 22:20:41 ID:qrX+BcbL
>>144
それの問題点を挙げるなら
1.当時の黒色火薬は現在のものより純度に劣る
2.棒で差し渡してあるが、撃たれた瞬間に吹っ飛ぶということを考えるなら、吊るしているのを撃つべきでは
というのが考えられる。

147 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/05/29(火) 09:25:12 ID:XfAW6u70
火薬は目をつぶれ。当時の火薬がどの程度の純度か検証できればいいが
難しそうだし、木炭、硫黄を揃えて一から作れ、というのはアレだ。

吹っ飛ぶことを考慮して吊るせというのはナンセンスと思われ。
鎧に対してはおそらく撃力が働くだろうから、
吹っ飛ぶのは鎧を貫通してボデーに当たってからの話だと思うしさ。

148 :138:2007/05/29(火) 23:58:06 ID:ZosG4XZa
>>144
これ昨年だか一昨年に別のスレで俺がググって貼ったやつだw
実験に使われたのがお貸し具足で鉄板が薄いのはあるが、
実戦で使われたのはこの一匁五分筒より口径が大きい五〜十匁筒だから、
もっと威力があるだろうという話だった。
火薬に関しては同時代のヨーロッパの火薬の方が優秀でより威力があるそうだ。

149 :144:2007/05/30(水) 00:43:02 ID:V2yuQhGA
>>148
あなたでしたか。
火縄銃関係では、このサイトが一番充実していたと思えました。

長篠関連では、このサイトが一番、現地の写真が多くて充実しています。
ttp://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/jyuhou_to_rekishi02-05.htm



150 :人間七七四年:2007/05/30(水) 00:53:41 ID:V2yuQhGA
火縄銃関係でおすすめのサイト
銃の製造工程と硝石の生成過程が興味深い。

ttp://www.geocities.jp/shimizuke1955/370hinawajuu.html

火薬については、それほどの優劣はなかったと思う。

151 :人間七七四年:2007/05/30(水) 21:43:17 ID:v22pTvd9
>>150
おお、これはいいサイトを・・・

ここも興味深い。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1148299291/-100

152 :人間七七四年:2007/06/04(月) 23:49:07 ID:yZn+xT/d
当時の黒色火薬について語るならヨーロッパとの比較より
硝石75%・硫黄10%・炭素15%という現在最適とされる配合比率に近いかどうかが問題だ。
因みに初期のヨーロッパでは、硝石40%・硫黄30%・炭素30%と全くいい加減なものだった。
ようやく17世紀になって、硝石75%・硫黄12,5%・炭素12,5%と、比較的最適比率に近づいている。
そのあたりを考慮すると戦国時代の日本で正確な配合比率が実現していたかどうか甚だ疑問に感じる。

また、>>144の実験で使われた弾丸の材質も現在の物で、当時の物より高品質で貫通力に優れた物あることは間違い無いだろう。

逆に鎧は古い現物であり、現在の物よりも材質が劣ったであろうし、更に経年劣化も考えられる。

>>144の実験はそのあたりが全く考慮されず、鉄砲側に有利で鎧側に不利な内容になっている。


他には、記録上鎧によって鉄砲玉を防いだ例が複数存在するし、

試し打ちされて鉄砲玉を防いだ徳川家康の鎧が現存している。
恐れ多くも神君家康公用の鎧が試し撃ちの対象である。
火薬の量を減らして、意図的に貫通しないようにインチキするなどは絶対許されない行為であるし、
インチキしてないかかどうか多くの人がチェックするであろう。即ちそんなインチキは不可能なのだ。


153 :こぎんだま:2007/06/04(月) 23:59:03 ID:scWJwv8d
ま、とりあえずだ

>因みに初期のヨーロッパでは、硝石40%・硫黄30%・炭素30%と全くいい加減なものだった。
>ようやく17世紀になって、硝石75%・硫黄12,5%・炭素12,5%と、比較的最適比率に近づいている。

このソースあったら教えて。

ちなみに弾丸は大して関係ないと思うよ。鎧の経年劣化もとるに足らないと思うよ。
家康の鎧の件は鎧の厚さと距離の問題だと思うよ。

154 :人間七七四年:2007/06/05(火) 00:05:30 ID:O5+kg/Xd
>>152
貫通されては鎧職人の評判が落ちるので、試し撃ちでは細筒で撃っていた。
ただ、最上義光所用の鉄砲玉を弾いた兜が現存しているように、
当然鉄砲の威力・距離・命中角によっては防ぐことができた。
全般的に見て鉄砲は非常に防ぎ難かったようで、戦国後期には鎧を着用しない足軽が出てきている。

155 :人間七七四年:2007/06/05(火) 00:29:41 ID:A0+FEt4/
>>153
>ソース
戦略戦術兵器辞典5【ヨーロッパ城郭編】

>>因みに初期のヨーロッパでは、硝石40%・硫黄30%・炭素30%と全くいい加減なものだった
大砲の出現と16世紀の攻城砲→P82

>>ようやく17世紀になって、硝石75%・硫黄12,5%・炭素12,5%と、比較的最適比率に近づいている。
17世紀における火砲の発達→P91

156 :人間七七四年:2007/06/05(火) 01:28:00 ID:Ky/m4U4X
刀=拳銃
槍=自動小銃

こう考えれば刀のポジションがわかるな
戦闘は基本的に自動小銃でやる
拳銃はまず使わない
が必要性がないわけではない
必要だから携帯している
刀も本当に必要でないならもたないだろ
脇差しだけで充分だからな
携帯しているということは必要性があったから

157 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/06/05(火) 14:07:29 ID:1Gtl1jLo
>>155
http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5%E6%88%A6%E8%A1%93%E5%85%B5%E5%99%A8%E4%BA%8B%E5%85%B8-5-%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E5%9F%8E%E9%83%AD%E7%B7%A8/dp/4056014302/ref=sr_1_1/503-6254964-9261514?ie=UTF8&s=books&qid=1181019971&sr=8-1

これかいな?
ありがとやんした。



158 :人間七七四年:2007/06/05(火) 21:34:06 ID:O5+kg/Xd
戦国期の介者剣術では野太刀を使うのが前提で、鎧ごと叩いて脳震盪や打撲・骨折を起こさせる戦法がある。
諸大名は巨漢の力士を雇い、大業物を使わせたという。
腰に佩くのではなく背中に背負っていたようだ。
伊達政宗は朝鮮の役で、加藤清正から贈られた刃渡り1m以上の大太刀で試斬した結果、
大男の胸部をアバラごと両断し、柱に食い込んで抜けなくなったそうだ。

159 :人間七七四年:2007/06/06(水) 08:15:56 ID:kjMP98+E
>>156
槍と刀に自動小銃と拳銃ほどの差はない。
槍の長さにもよるが間合いの違いは一刀足程度。
あとは使い手次第といったところ。

160 :人間七七四年:2007/06/06(水) 16:37:56 ID:ZrAB8UqG
>>159
士分の槍は2.5〜3.5m、馬上槍は2〜2.5mだお
足軽の長柄は5.5mくらいが標準で織田家にいたっては6.3mあったお

161 :人間七七四年:2007/06/06(水) 22:44:12 ID:Wem6N97B
槍は2メートルくらいが一番使い勝手がいい。


162 :人間七七四年:2007/06/10(日) 17:39:57 ID:5Pe+MT7l
ブログとか見ると、まだ騎馬隊不在説唱えてるやつたくさんいるのな。
海外の掲示板でも大手を振ってまかり通ってて鬱・・・
誰か英語で鵜呑みにするなって言ってやってくれ

163 :こぎんだま:2007/06/10(日) 17:55:59 ID:5DMqs87Y
果たして英語圏に鵜がいるのかどうか

164 :人間七七四年:2007/06/10(日) 18:30:43 ID:j8UpYLyz
>>162
>騎馬隊不在説
騎馬隊不在説って騎馬武者のみをまとめた部隊はないって事でいいんだよね?
最近は騎馬隊はあったって事になってるの?

165 :人間七七四年:2007/06/10(日) 18:38:38 ID:xq772lrW
無かったとか言うてんのは、鈴木だけやろ

166 :人間七七四年:2007/06/10(日) 19:18:10 ID:j8UpYLyz
ごめん、説明不足だった。

鈴木の主張は
・当時の騎馬武者は騎兵ではなく騎乗歩兵
・騎馬武者の割合はせいぜい全体の10%ほど
・騎馬武者は主に上級武士で彼らは指揮官。彼らを騎馬隊としてまとめてしまうと彼らの郎党を
 指揮するものがいなくなってしまう(当時は家ごとにまとまって戦うのが常識)
・ゆえに純粋な騎馬武者で構成される騎兵という兵科としての騎馬隊はなかった。だが騎馬・歩兵の混成部隊ならあった
>>21のサイトの当時の馬の話を参考にして鈴木の当時の馬の話は省いた)

というものだけど、このリストだとどこが現在否定されてるの?無知ですまないが教えて欲しい。


167 :人間七七四年:2007/06/10(日) 19:49:08 ID:5Pe+MT7l
>>166
他人の主張のつぎはぎだけど

>・当時の騎馬武者は騎兵ではなく騎乗歩兵
源平時代から馬ごと体当たりする馬当や、敵陣に乗り込んで崩す乗崩戦法があった

>・騎馬武者の割合はせいぜい全体の10%ほど
世界的に見てそれほど少ないわけではないとか言ってたような?
>>127では江戸時代だが、鉄砲隊が435丁、弓隊50張に対し騎馬202騎となっている

>・騎馬武者は主に上級武士で彼らは指揮官。彼らを騎馬隊としてまとめてしまうと彼らの郎党を
>指揮するものがいなくなってしまう(当時は家ごとにまとまって戦うのが常識)
律令制崩壊以後の日本においては「御恩と奉公」という主従関係に基づいた、繋がりを重視する部隊編成を行わざるえなかったが、
戦国時代になると領国間の紛争に伴う臨戦態勢が必要となり、また足軽といった新たな戦力が加わった結果、
戦国大名は軍事行動を行う為の軍制整備の一環として、単独での戦闘が可能な備の編成を行う様になった。
大名の中央集権化に伴い戦国中期頃から足軽間での兵科の分離や、騎馬武者も含めた各組ごと編成が行われた。
(WIKI「備え」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99 から引用)

>・ゆえに純粋な騎馬武者で構成される騎兵という兵科としての騎馬隊はなかった。だが騎馬・歩兵の混成部隊ならあった
騎馬隊はれっきとした部隊としてあるのだが、士分で構成されるので、徒歩の従者が付いて回った
各備に分散して配置されるので大規模な騎馬集団ではなく、他の組と協力し敵陣の突破や追撃に使われた

おれが色々言うよりこのスレを全部読むといいかも。

168 :人間七七四年:2007/06/10(日) 19:52:44 ID:5Pe+MT7l
>>125
>無い根拠が「古来の日本の馬がサラブレッドより小さかったから」
>なら、他にサラブレッドより小さい馬での騎馬突撃の事例があるなら
>十分反証足りうる。
と言ってるが、>>89でその事例は出ていると思うし

169 :人間七七四年:2007/06/10(日) 22:22:17 ID:xq772lrW
サラブレッドで騎馬突撃やろうって言う方が無茶やろw

170 :166:2007/06/10(日) 23:46:00 ID:+5uc3NFB
ごめん、このスレ初めから全部読み直したけど、疑問は氷解しなかった。
単に自分が頭足りないだけかもしれないが。

>源平時代から馬ごと体当たりする馬当や、敵陣に乗り込んで崩す乗崩戦法があった
馬当はともかく乗崩戦法は刀で行ったんだろうか?当時は槍はなかったはずだし。

鈴木曰く源平時代の騎馬武者は郎党も騎乗していたから数が多く、騎馬弓兵というものだったらしい。歩兵はおまけ的な存在だった。
また戦国時代には馬上戦闘や騎馬での突撃がなかったわけではないが、基本的に下馬戦闘が慣行化していたし突撃するにしても
従者の歩兵を連れてのものだった。
騎馬武者は時代が下るに従い以前は騎乗していたものが騎乗しなくなり徒歩兵に変わっていった。戦国時代には主に
上級武士が騎乗するだけになっていた。
戦国時代に騎乗するか否かは兵種としてではなく身分の上下によって分けられていた。
それは軍制を見ると上級士分が騎馬兵の多くを占めていることから伺える。

あと勘違いされる人もいるかも知れないが自分は鈴木の説を擁護するつもりはないです。
単に騎馬武者の実態について知りたいだけなので。

171 :人間七七四年:2007/06/11(月) 01:53:52 ID:WqdfGidA
>>170
書き方が悪かった。乗崩は戦国時代で、槍だね。
乗馬戦闘は東国に、下馬戦闘は西国に例が多いね。
>>167のWIKIによれば、
備は旗組、長柄組、鉄砲組、騎馬隊、軍監・目付、太鼓・貝、士大将、弓組、小荷駄からなり、
騎馬隊は備の突破戦力で、手薄になった所への突撃・突破や敵の攻撃への反撃が任務。
状況に応じて騎馬のまま突撃したり、下馬して従者と共に徒歩で攻撃したりするそうだ。

川中島合戦屏風絵でも、士大将を守る方陣の後ろに騎馬隊が並んでいるのが見れる。
どの屏風絵でも似たような陣形をみることができる。

172 :人間七七四年:2007/06/11(月) 15:30:26 ID:3MgvJNn5
>>171
> 川中島合戦屏風絵でも、士大将を守る方陣の後ろに騎馬隊が並んでいるのが見れる。
> どの屏風絵でも似たような陣形をみることができる。

で、その騎乗した武士は徒の従者は連れていないのかな?
騎乗できる身分の武士が伴も連れずに一騎で従軍することは身分上ありえないんだが。
で、騎乗武士1人に5人も徒の従者がついてたら西洋の軍制で言うところの騎兵隊と同質の機動性はないわな。

173 :人間七七四年:2007/06/11(月) 18:36:05 ID:oOeLMJZ0
ここで素朴な疑問だが、戦国時代の馬がけっこう丈夫で
力があるのはわかった。

じゃあ、当時の地形・地質で、騎馬武者が集団で駆け回れた
ものなのか?

174 :人間七七四年:2007/06/11(月) 18:43:16 ID:WqdfGidA
>>172
西洋の騎士も徒歩の従者を連れているよ

175 :人間七七四年:2007/06/11(月) 19:42:23 ID:xJmpZ2Xt
>>172
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E9%9A%8A

176 :人間七七四年:2007/06/11(月) 19:56:16 ID:WqdfGidA
>>175
従者と共に戦うタイプなんだね。
百年戦争のフランス騎士も下馬して従者と突撃することがあったし。
ローマ騎兵のように従者は自陣で待っていて、必要に応じて
従者のところに戻って武器を取り替えて戦うということはなかったのかな?

177 :人間七七四年:2007/06/11(月) 20:08:59 ID:xJmpZ2Xt
>>176
雑兵物語を読む限りそういう連中(槍持・持弓・持筒)も戦場に出ている。
但し、原則として戦闘には参加しない。

ぶっちゃけ、様々な状況に対して最適な行動を取っていたと考えるのが自然だろう。

178 :人間七七四年:2007/06/12(火) 22:07:36 ID:6kWc9U9p
>>173
何kmもあるだだっ広い草原なんてなかなかないだろうからね。
木と雑草ボーボーだろうし。
武田騎馬隊が有名だったのは、強さというより山地の悪路を踏破していたからとも聞くが・・・

179 :人間七七四年:2007/06/12(火) 22:12:08 ID:nOipcASI
>>178
一備の騎馬隊は50騎程度です。

180 :人間七七四年:2007/06/12(火) 22:15:26 ID:Mgus4K4j
日本で騎兵隊なんてものが一般的だったら、たちまち速度が鈍り歩兵の餌食。
騎兵は速度があってこそ、敵陣に打撃を与えられるのであって、
戦場に山野が多くなればなるほど騎兵が使える機会は減る。
日本で騎馬武者集団の突撃はなかったとは言わないが、あくまで部分的な用兵だろうと思う。

現代でもそうだが、森林山谷などで視界が限られる場所での軍隊は独立完結した小集団で散開するのが原則。
山間部など互いの姿が見えない状況で兵科ごとに大集団を作っていると、互いに連携ができないために単機能しか持たない集団は
簡単に殲滅させられる。
日本の戦国期の軍隊は、皆この原則に沿って組み立てられている。
そこが大陸の軍法と違うところ。


181 :人間七七四年:2007/06/12(火) 23:12:14 ID:6kWc9U9p
>>179
時代によって違うだろうけど
江戸時代は備一つあたり長柄70人、鉄砲150人、騎馬50人、弓40人くらいなんですかね?

182 :人間七七四年:2007/06/12(火) 23:24:56 ID:6kWc9U9p
屏風でみるかぎりは数十人で横一列に密集してる感じ
厚さ1〜2列の横隊が間隔をあけてミルフィーユみたいに何個も重なってる。
屏風だからかもしれないが信じがたいほど複雑な構成で整然と整列している・・・

183 :人間七七四年:2007/06/13(水) 02:29:07 ID:AKOwkVef
即時の通信手段の確立されている現代と比べてしまうのはいかがなものか。

184 :人間七七四年:2007/06/13(水) 08:08:03 ID:isOUzDtX
>>181
正味、江戸時代に限定しても千差万別としか言いようがない。
各大名の石高や動員数、編成する備の数でころころ変わる。

185 :人間七七四年:2007/06/15(金) 23:03:29 ID:DyPtFNnk
>>183
旗で敵味方を判別しつつ、抜け駆けの黙認などの現場判断を許容する。

186 :人間七七四年:2007/06/18(月) 01:01:15 ID:3Yc7TqWy
鈴木氏の説に対する、他の日本史研究者の反応とか、評価とかどうなんでしょう?
鈴木氏側からの一方的な通説批判だけ聞いても、納得いかないことも多いので。
学問の世界、多数決で決まるわけじゃないですけど。

187 :人間七七四年:2007/06/18(月) 18:42:06 ID:r448OSwx
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160246355/29

188 :人間七七四年:2007/06/18(月) 20:40:34 ID:uFmjZuLS
学閥と無関係な在野の史家の意見はスルーが基本でしょ。

189 :人間七七四年:2007/06/19(火) 01:54:17 ID:QT6Pg9jD
>>180
>騎兵は速度があってこそ、敵陣に打撃を与えられるのであって、
重装甲と高い位置にいることだけで十分な戦闘力は期待できる。
金王朝には「拐子馬」という、重騎兵を横に数珠つなぎにする戦術があった。
当然、全身のスピードはガタ落ちになったろう。

>戦場に山野が多くなればなるほど騎兵が使える機会は減る。
「アナバシス」では、ギリシア歩兵が山間部を抜ける際、騎兵の襲撃に四苦八苦してるよ。
ロードスやバレアレスの出身者を選抜し投石兵としたことで何とか対処できた。

190 :人間七七四年:2007/06/19(火) 04:09:07 ID:VNHG1P74
日本の騎馬が一部隊あたり数十騎というのは、狭い場所でも充分機能できそうだね
>>189
352年の簾台の戦いでは前燕軍が、鎖で馬鎧を着けた弓騎兵5000を繋いで方陣を組み
動く鉄の壁となって冉魏の歩兵を撃退したそうだ

蒙古襲来絵詞を見ると、
この時代は家来も馬に乗っているね(季長の旗持は馬を射られ落馬している)
戦闘場面では落馬した旗持以外皆騎乗して戦ってる
徒歩武者は走って付いてきたんだろうか・・・

191 :人間七七四年:2007/06/19(火) 18:58:50 ID:BhCwLLoz
>>189
当時も今も同じかどうかはわからないけれど、あちらの山岳地帯と日本の山岳地帯は単純比較は出来ないかと。
草木の生え具合がかなり違うよね。
日本のは基本的に「山林」というか「山森」だけど・・・。

192 :人間七七四年:2007/06/20(水) 04:09:00 ID:tz4QjaLJ
山だけじゃなく、深田の存在についてはどうだろ。
地方にもよるだろうけど、当時はかなりあったんだろ。
だとしたら、たとえ田と野原でひらけた場所であっても、
数十〜数百の騎馬武者が横一線になって疾走なんて、
かなり無謀じゃないのか。


193 :人間七七四年:2007/06/20(水) 07:17:49 ID:bL3rfKNp
>>192
そんときゃ、あっさり馬降りる。

194 :人間七七四年:2007/06/20(水) 20:44:04 ID:xvlULFqD
俺の地元は℃田舎だから、まったく人の手が入っていない土地がけっこうある。
けっこう広い野原はいくつかあるが、草ボーボー。
〜原とつく場所は、一面ススキ野原だったろう、
あと野犬(ニホンオオカミと混血したとか噂になってる)がうろうろしてる。

195 :人間七七四年:2007/06/20(水) 20:48:25 ID:f5h2959Z
ひとつのやり方に拘ってちゃ他人に首もってかれるだけだかんな。

降りて戦う事に拘ってもいけないし、乗って戦う事に拘ってもいけない。
射撃戦に拘ってもいけないし、白兵戦に拘ってもいけない。

196 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/06/23(土) 12:35:01 ID:jSiOAuZz
つまり、出たとこ勝負というか、機に臨んで変に応ずるってことか

197 :人間七七四年:2007/06/23(土) 22:05:22 ID:wlaaDc6P
万能兵器と呼べるものなんて存在しない時代なんだから、どんな武器にも兵器にも欠点はあるさ。
どうやったら欠点を突くか?とか、どうやったら欠点を補えるか?とか、みんな色々考えたんでしょ。
遠戦だとか白兵だとか単純に言い切れるもんなんかね?

198 :人間七七四年:2007/06/24(日) 02:19:09 ID:lV1L/VTr
死傷者に飛び道具が多いのは、殺傷効率がいいからでは?
例えば1時間槍で叩き合うのと、1時間鉄砲で撃ち合うのを比べたら、
槍は相手の武器で防ごうとされるうえに頭・胸・腹といった人体の急所を具足に阻まれて傷つけられず、
なかなか致命傷に至らない。
反対に鉄砲はそんなに遠くなければ鎧を貫通して人間の内臓に大ダメージを簡単にあたえる。
弓も完全武装の鎧武者はともかく、足軽程度の防具の相手なら顔・首・腕・腿に当たればただでは済まないし。
槍が首筋に向かってくるのは予想していくらか防げるが、
矢は猛スピードで飛んできて槍じゃ防げないからね。

白兵戦をする機会がすくなかったのではなく
刀槍を頻繁に交えていた割に鉄砲・弓に比べ死者が出にくかっただけでは?

199 :人間七七四年:2007/06/24(日) 22:01:23 ID:L7eJymUw
難しい事を考える必要は無いよ。
城攻めを考えてみればいい。
堀と塀を間に挟んで、弓矢鉄砲の射撃戦が基本になるだろ。

基本はそれになるんだろうが、その射撃戦だけで陥落した城がどれだけあるのか、
あるいは、射撃戦の損害だけで撤退した攻城側がどれだけあるのか、と。

200 :人間七七四年:2007/06/30(土) 15:29:07 ID:8VGWKKoQ
書院番は戦時には本陣備で防御を任務とする騎馬隊になり、
大番は本陣備で攻撃を主任務とする騎馬隊になるそうだが、
仙台藩の大番も360人×10組3600人で主に騎馬軍団を構成するとWIKIにあった。

これは戦時には360人からなる騎馬隊が10個あることになるのかな?
それとも戦時には再編成されて、細切れに部隊に配置されていたんだろか?

201 :人間七七四年:2007/06/30(土) 17:19:07 ID:tpgCCZ5g
>>200
この手の役職は名称のみで判断すると痛い目を見るよ

202 :人間七七四年:2007/06/30(土) 21:19:50 ID:/Ez1Y2Rs
>>197
>万能兵器と呼べるものなんて存在しない時代なんだから、どんな武器にも兵器にも欠点はあるさ。
>どうやったら欠点を突くか?とか、どうやったら欠点を補えるか?とか、みんな色々考えたんでしょ。

その辺は前田英樹教授も「剣の思想」で言ってたな。
「刀剣という要素は組織戦に組み込むのは非常に難しいので
軍略では殆ど無視されているが、そこに注目する人間がいてもおかしくないだろう」とか
「高性能な道具はその分汎用性に欠ける。単純な道具を使いこなすには相当高い技量が必要」とか。

203 :人間七七四年:2007/07/01(日) 19:30:44 ID:kJ1qH9W+
>軍略では殆ど無視されているが、そこに注目する人間がいてもおかしくないだろう

391 :日本@名無史さん:2007/06/08(金) 00:03:52
長刀解
此自倭犯中國始有之。彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。
倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。
我兵短器難接、長器不捷、遭之者身多兩斷、縁器利而雙手使、用力重故也。
今如獨用則無衛、惟鳥銃手賊遠發銃、賊至近身再無他器可以攻刺、如兼殺器則銃重藥子又多、勢所不能、惟此刀輕而且長、以備臨身棄銃用此。
況有殺手當鋒、故用長刀備之耳。
(戚繼光著「紀效新書」より。)

少し齧った外国人が使用法理解していて本家本元の日本人が理解できていなかったとは思えない。
無視されているというよりは、「当たり前の事は記録されない」と理解すべきかも。

204 :人間七七四年:2007/07/01(日) 22:04:51 ID:+0aolxvL
組織的に装備すれば、刀剣も戦術的効果に変化をもたらす。
古くはローマのグラディウスがあるよ。
ローマ軍が使っていたのは片刃長剣だったが、突きがやりにくく
盾を持つ密集隊形では剣を振るうスペースが狭く苦労していた。
そこで振り幅が小さく突きもしやすい、幅広の両刃短剣グラディウスに装備を変え、
ローマは肉薄戦闘で刺突をメインに戦うようになり、優位に立つことになった。
これは戦術上の必要性から主力武器が変化した例だね。

205 :人間七七四年:2007/07/02(月) 01:06:17 ID:hHNtIQw7
>>198
支離滅裂。

>>203
戚継光を「少し齧った外国人」て・・・

206 :人間七七四年:2007/07/02(月) 02:02:37 ID:YN2SsS+m
戚継光は明末の名将だろう・・・

207 :人間七七四年:2007/07/02(月) 04:46:59 ID:0GHlqrrS
>>205
鈴木氏は武器別の死傷者比率を見て、
単純に遠距離の射撃戦の時間が長く、白兵戦の機会自体が少なかったと思ってしまった。
だが、防げない飛び道具と、相手の防御と反撃のおそれを伴う刀槍では、死傷させる効率が違うでしょ?
有効打を与えられる確率といってもいい。
鉄砲なら30秒1発に付き当たれば死亡、良くて戦闘不能だが、
刀槍は30秒間に相手を殺すような打撃をあたえられるだろうか?
相手も必死で打ちあってくるから、下手すると30分たっても人一人殺す打撃すら与えられないかもしれない。
鉄砲の方が時間当たりの殺傷効率がいいことになる。

208 :人間七七四年:2007/07/02(月) 17:47:26 ID:XSaU93fU
>>207
なるほど

209 :人間七七四年:2007/07/02(月) 20:06:38 ID:FRrnD0dD
いや、もっと単純に考えられる。

刀槍を敵に向かって振り回す回数よりも、矢玉が敵に向かって飛ぶ数の方が圧倒的に多いから。

どんなに白兵主義の軍隊でもそれは変わらない。
よほど特殊な事情でもない限り。




210 :人間七七四年:2007/07/02(月) 20:18:31 ID:hHNtIQw7
>>207
つまり、
飛び道具とは狙いをはずすことはありえなく高確率で鎧の無いところに当り、
数十mの距離で延々と矢楯にも隠れることなく撃ち合うもので、
白兵戦とは必ず一対一で行い、急所も鎧のあるない部位も関係なくめくらに
武器を振り回すだけの攻撃を何秒〜何十秒に一回程度行うようなものなので
大身槍や長柄槍でも簡単に防げると。

嫌味を止めて簡潔に言うと、「殺傷効率」という点から見て、飛び道具の良いところ
・白兵戦の悪いところばかり言及してその逆を無視しているとしか思えないな。
支離滅裂というよりダブルスタンダード。

211 :人間七七四年:2007/07/02(月) 21:04:23 ID:XXd8yxLd
>>210
そりゃないよ・・・当然狙いを外すこともあるでしょ?
いちいち鉄砲は必ず命中するとは限りませんよと断って書く必要があるんだろうか?
そして、鉄砲は100m以内なら鎧を(特に足軽具足)を貫通して負傷させる確率が高い。

白兵戦でも弱点を狙って武器を振るうのは当然だ。
何にも考えずに武器をふりまわしているわけではないですよ、とこれも断りを入れなければならないんだろうか。
そんな基本的なことはふつう言わなくてもわかるのではないか?

212 :人間七七四年:2007/07/02(月) 21:14:01 ID:EijKs8fZ
センス無い奴には何を言っても無駄

213 :人間七七四年:2007/07/02(月) 21:18:37 ID:hHNtIQw7
>>211
鉄砲が命中するとは限らないのは当然で、近距離で当たれば鎧を高確率で貫くのは当然ではない?
白兵戦で急所を狙うのは当たり前で、それをガードされるのは当たり前のことではない?

「わざわざ書かなくても自明のこと」と「自明だけどわざわざ強調すべきこと」を分けているその基準は?

214 :人間七七四年:2007/07/02(月) 21:37:14 ID:EijKs8fZ
重箱の 隅をつついて いい気分

215 :人間七七四年:2007/07/02(月) 21:40:16 ID:XXd8yxLd
籠城戦では飛び道具、野戦では刀槍の死傷率が高くなるのは間違いないだろう。
例えば大坂冬の陣は籠城戦、夏の陣は打って出ての野戦で大半の死傷者が出たけれど、

夏の陣の天王寺・岡山決戦では徳川方の諸部隊が短時間に次々突破されていることから、
距離をとっての遠戦ではなく突入して崩す白兵戦がメインだったと思われる。
この戦いだけで2万人と冬の陣を上回る死者を出していながら、役を通じての死者数は多い順に鉄砲>弓>槍>刀。
あれだけの大乱戦が行なわれてもこれだ。

216 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:00:05 ID:XXd8yxLd
>>213
フツーの想像力があれば書かなくても理解できると判断した。
だってさ、「この鉄砲はすごい威力です。」っていうのに、
わざわざ「ただし、100%あたるわけではありません。距離によって威力も違います」なんて言うかよ?
そんな説明するかい?これくらいはみんなわかってるなと思って言わないだろ。
鉄砲が100%当たるわけではないことは、自明のことでありあえて言う必要がない。
それと同じ次元の話だよね?

そんな細かいとこまで基準を明確に定義したら話は進まんだろ。
その辺は説明しなくても想像できると思うんだが・・・・

217 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:13:43 ID:EijKs8fZ
想像してごらん
鈴木厨は何一つ具体的な資料を用いて反論する事が出来ない事を自分でも理解しているから
言葉尻を捉えての揚げ足取りに必死になっているんだなぁと

218 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:16:09 ID:hHNtIQw7
>>216
同じ意見を文面だけ変えて繰り返すのは、答えとは言わないよ。

219 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:21:34 ID:hHNtIQw7
>>216
>そんな細かいとこまで基準を明確に定義したら話は進まんだろ。
もしこれが貴方の見解なら、俺はそう思わないのでちゃんと詰めて説明して欲しいな。

220 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:27:50 ID:EijKs8fZ
そう思わないのなら
「俺」がどう思っているか具体的に説明しなければ議論にすらならないだろう
それをしないのは単に他人の揚げ足取りをしたいから

221 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:31:49 ID:XXd8yxLd
>>218
いや、答えになってるって。
社会は自明の理、暗黙知による無言の了解がなされ、その信用構造によって
細部を省略し効率的なコミュニケーションが可能となってるわけじゃない?
いちいち重箱の隅を確認し合ってたら世の中成り立たないから。

その基準は、その分野における基礎的な共通了解事項、または一般常識によって決まり、
で、鉄砲が100%あたらないということは一般常識に含まれていると俺は思ったの。
そう思って当然だと思うしね。

222 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:41:58 ID:XXd8yxLd
>>219
>ちゃんと詰めて説明して欲しいな

>>211で説明済み
それとも、当初の疑問は解決したが、
反論されたことによってレスを続けているのか?
俺らは別に敵味方じゃないっしょ。
建設的に行きたいし、俺はあなたを侮辱するつもりもないよ。

223 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:44:59 ID:hHNtIQw7
俺の意見?>>213>>211だよ。
書いてる・重視してる点と書いてない・無視してる点の区分が分からないので、
都合のいいとこだけつまみ食いにしか見えないってだけ。

>>221
>いちいち重箱の隅を確認し合ってたら世の中成り立たないから。
で、重箱の隅を突っつかれたら「答える必要は無い」と突っぱねるの?
意見を細かく詰めるか、せめて「……なので重要性はさほど無い」ぐらい説明して欲しいものだけど。

>で、鉄砲が100%あたらないということは一般常識に含まれていると俺は思ったの。
一般常識ならなおさら考慮に入れて考えなきゃ駄目でしょ。

224 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:46:37 ID:hHNtIQw7
間違えた。>>211じゃなくて>>210な。

225 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:58:57 ID:EijKs8fZ
なんで自問自答してるのかと笑っちまったじゃねーかよw 了解

226 :人間七七四年:2007/07/02(月) 22:59:37 ID:XXd8yxLd
>>233
鈴木が日本の合戦が遠戦志向だったという事に対して、
どういう見解を持っているか答えることが、意見。

そして、突っぱねてないだろ・・・要求に応えて>>211以降で粛々と答えてるじゃない。

>一般常識ならなおさら考慮に入れて考えなきゃ駄目でしょ。
おいおい!鉄砲が100%当たるかどうかわからないっていちいち書かなきゃいけないのかよ?

227 :人間七七四年:2007/07/02(月) 23:01:22 ID:hHNtIQw7
なんか話がかみ合わないと感じてたが、こういうこと?

俺が>>210で嫌みったらしく突っついたのは「考慮に入れていると思えない、あるいは無視している事柄」
を指摘する意味で書いたのだけど、貴方はその事柄を「書くほどではない事柄」と説明した。

改めて問うけど、>>198>>207は、>>210で突っついたような「書くほどではない事柄」を考慮した上での意見?
それならば「書くほどではない事柄」より「言及した事柄」を重んじている基準は何?

228 :人間七七四年:2007/07/02(月) 23:12:35 ID:XXd8yxLd
>>227
そう、考慮したうえでだよ。考慮つうか半分無意識に判別するもんじゃね。
基準は>>221にある、その分野における基礎的な共通了解事項、または一般常識。
槍は叩く戦法が主流、刀を使うとしても介者剣法、足軽は貸具足をつけている、などなど。
このスレでそういうことはさんざん語られてきたからそういう部分は省略して、
皆が共有していないと思う事柄や、自分の思った意見を、文に書くってことになるな。

229 :人間七七四年:2007/07/02(月) 23:22:04 ID:PF5o358/
このスレ見てて思ったんだけど
そもそも死傷者っていうけど
死者と傷者って一緒に考えるべきなの?

イメージだと、
飛び道具は防ぎづらいのでケガをするけど致命傷は少ない
逆に
白兵戦だと、
防ぎやすくてケガの数は少ないけど、一度攻撃をもらってしまったら致命傷or戦闘不能

傷1つが与えるダメージが全然違うんじゃないかと思うんだけど。

230 :人間七七四年:2007/07/02(月) 23:24:00 ID:hHNtIQw7
>>226
>鈴木が日本の合戦が遠戦志向だったという事に対して、
>どういう見解を持っているか答えることが、意見。
平凡に過ぎる意見だから書く価値も読まれる価値もツッコまれる価値もないと思うけど…

「遠戦志向」なんて、ほぼ全ての地域の軍隊は飛び道具と白兵武器の両方を用意してるんだし、
日本だけ調べてもしゃーねぇべ、相対基準でしか計りようが無いんだから。
死傷者・負傷者のデータも当然他国のものがなければ意味がありません。
兵と装備の比率だけで考えれば、中世西欧よりは遠戦志向だけど唐や中世後期イングランド
とかと比べると近戦志向に見えます。

>>228
いやだ、確かに共通了解と思われることよりそうでないことの方が書く価値があると思うけど、
だからってそれを重視するかどうかは別の話でしょ?
>>198>>207で書いたようなことは、>>210の事柄と相殺されるだけとか考えなかった?

231 :人間七七四年:2007/07/02(月) 23:37:48 ID:XXd8yxLd
>>229
たしかに武器によって致死率は違うだろうな。
鉄砲は現代の弾丸より大口径で体内で変形する鉛玉。
たぶん10匁くらいの中筒だろうが、腕がちぎれるくらいの威力があったそうだ。
なんで俺が鉄砲をイチオシするかっていうと、胴を貫通したら内蔵を破壊する。
当時は外科手術が未発達で、内蔵に達する傷をもらったら死ぬ確率が高かったから、かなり効果があったんじゃないかと。
槍や刀は胴のバイタルゾーンを傷つけるのは難しいかもしれないが
兜の上から叩いて脳震盪や頚椎骨折を狙えるし、太ももに刺しても大動脈損傷で失血死の危険があるだろう。

232 :人間七七四年:2007/07/03(火) 00:02:27 ID:CiiUVqad
>>230
言外の意図を察知しなかった人にも、俺がその部分の考えを>>211で文にして説明したことで、
俺は>>210のようには考えていなかったことはすでに証明されたわけじゃない?
>>210みたいに受け取る人もいるから、暗黙の領域をもっと重視して説明したほうよかったんじゃないのってこと?
おそらく大半の人は説明しなくてもわかってくれていたと思うし。

というか、>>211で疑問は解決したでしょ。
そのことに関してそれ以上聞くことがあるんだろうか。

233 :人間七七四年:2007/07/03(火) 00:18:50 ID:aNyW/j60
>>232
何かもう…また話を戻すけどね、じゃあ>>210の事柄より>>198>>207の事柄を重んじた理由は?
「皆が共有していないと思う事柄や、自分の思った意見」というだけで言ってるわけじゃなくて、
理があるんじゃないかと考えたから言ってるんでしょ?
で、今のところその理がダブスタで拵えたようにしか判断できんのよ。

234 :人間七七四年:2007/07/03(火) 01:11:20 ID:CiiUVqad
>>233
理由?何回も、何回も繰り返すけど
>>210みたいに極論として捉えるのがそもそもおかしく、重視するに値しないということ。
自明のことは当然考慮されているんだから。

ダブスタって具体的にどの基準?
鉄砲に命中率があるように、刀槍にも命中率がある。接近戦だから鉄砲ほどはずれないだろうが、
しかし、当てようとしても刀槍には相手に防御される、かわされるという要素もある。
鉄砲は防御しよう、避けようと思ってさけることはできない。
槍からは鎧によって守られ攻撃範囲が狭まる(特に胴)が、鉄砲は鎧の防御を無効化し狙う箇所の制限がない。
射程、攻撃回数、命中率、能動的防御の可否、鎧の有効性など
諸要素から想像しているわけだが?

鉄砲の命中率や致命傷に至る確率、
槍や刀の有効打率と致死率などを計算して、時間当たりの殺傷効率を弾き出せれば白黒確実だろうが?
そんな資料はないからあくまで、想像する他ないわけだ。

逆に質問するが、鉄砲、刀、槍の時間当たり殺傷効率はどれが高いと思う?
命中率等に言及するならあなたなりの意見があるはずだ。

235 :人間七七四年:2007/07/03(火) 01:32:44 ID:CiiUVqad
>>233
天候もある。空に太陽が微笑んでいるなら鉄砲はまさに虎だが、
雨になれば火蓋覆いはあるにしろ効率は落ちるだろう。
有利不利がないようこういうことも基準に入れろと?
自分としてはどちらかを贔屓する意図はないんだが。

236 :人間七七四年:2007/07/03(火) 01:54:39 ID:aNyW/j60
>>234
>ダブスタって具体的にどの基準?
だーかーらー、
>刀槍にも命中率がある。接近戦だから鉄砲ほどはずれないだろうが、
これは軽く
>刀槍には相手に防御される、かわされるという要素もある。
これは重く見ているように、対になる利点・欠点のどちらを重んじるかの基準のこと。
その峻別法がちゃんと説明されてないから、自説に都合の良いよう恣意的に
決めてるようにしか見えないってコト。

>諸要素から想像しているわけだが?
つまりはフィーリングかよ。
それはおいといても、その想像中での論理の展開や判断の根拠を人に理解できる
よう説明できなきゃ、あてずっぽうとか言われても仕方ない。

>逆に質問するが、鉄砲、刀、槍の時間当たり殺傷効率はどれが高いと思う?
状況による変化=変数が多すぎ、範囲が広すぎて考察不可能。
これこれの戦いではこのような記録がありこのように推移したので…
ぐらいが何とか言えるかもしれない程度。
ただ鉄砲だけは、製造の困難さやコストの高さなどの障害があっても各大名に
重んじられたことや鎧の質の基準ともなったことなどを鑑みると、恐らくは平均して
高めであっただろう、くらい。

237 :人間七七四年:2007/07/03(火) 20:44:24 ID:CiiUVqad
>>236
>命中率は軽く、防御は重く
うーん、それは命中率と防御の2つの基準の扱いの軽重じゃない?
ダブスタってのは一つの事項に二つ基準を設けることをいうんでないかい。
鉄砲と刀槍を共通の基準で比べているが。
基準の選択が恣意的だ、というならともかく、ダブルスタンダードとはちがくない?
不公平と思うのなら、刀槍の利点になる要素がもっとあるのが公平と思っているわけでしょ、それを聞きたい。
俺自身は思いついた要素を抜き出したにしろ、意図して贔屓したつもりはないよ。

前提として、公平に基準を考える具体的な指標なんて求められないじゃん。
要素が多すぎるんだから基準を抜粋して話すしかないよ。
恣意的になるのはやむをえないことだが、その中でも公平に近づくよう基準を選ぶべきだ、というならわかる。
全要素を何百も出してずらっと並べて話すことが公平なのかと。
命中率は鉄砲・槍とも左右される。が、槍の攻撃回数と命中率を考えても、
当たってもその後更に相手の武器で能動的に防がれ、鎧でも防がれる可能性という要素がある直接武器と
能動的防御も、鎧による非能動的防御もできない鉄砲でくっきり差がある。
雑兵物語に「鉄砲は当たったら死んだと思え」とあるように。武士の重厚な鎧なら距離によっては弾くこともあるだろうが?
当然実際に試したしたわけじゃないけどね。

238 :人間七七四年:2007/07/03(火) 21:36:15 ID:CiiUVqad
要素が足りないんだったらいろいろ足してみればいいんじゃない?

攻撃数 槍:最高で2秒に1撃? 鉄砲:早くて30秒に1発、早合使用で15秒に1発
射程 槍:3〜7mくらい 鉄砲:5〜200m、遠いほど威力低下
命中率 槍:高い 鉄砲:動く目標に当てるのが困難 距離が遠いほど低下
攻撃 槍:叩く、切る、突く 鉄砲:撃つ
攻撃箇所 槍:鎧の無い部分、手足や首。または鎧の上から頭部などを殴打 鉄砲:全身、特に胴体
威力 槍:クリーンヒットすれば深い切傷、骨折、頚椎損傷など 鉄砲:当たれば体内に穿孔
能動的防御 槍:可能 鉄砲:不可
非能動的防御 槍:鎧が有効 鉄砲:100〜50m位近では鎧がほぼ無効
近接戦闘 槍:強い 鉄砲:弱い
遠距離戦闘 槍:弱い 鉄砲:強い
戦法 槍:集団で槍の壁の阻止線を作れる 鉄砲:集団射撃 狙撃
回数制限 槍:なし 鉄砲:弾・口薬・玉薬・火縄で制限
防御対策 槍:鎧、刀槍など 鉄砲:竹束など
耐久性 槍:折れたり刃こぼれの可能性 鉄砲:銃身内の土砂の流入、連続発砲で銃身加熱、暴発の危険あり
地形 槍:長槍は森林に難 鉄砲:渡河中など使用困難
天候 槍:オールラウンド 鉄砲:雨天や強風で使用困難
隠蔽性 槍:長いが、無音 鉄砲:火縄の口火で夜襲時発見される
熟練 槍:ある程度訓練が必要 鉄砲:ある程度訓練が必要
製造技術 槍:安易 鉄砲:高度な技術が必要
コスト 槍:比較的廉価 鉄砲:非常に高価

239 :人間七七四年:2007/07/03(火) 23:24:51 ID:aNyW/j60
>>237
えーと、『オッカムの剃刀』

あと弓はどこ行ったの? 飛び道具と白兵戦武器の比較かと思ってたが。

240 :人間七七四年:2007/07/03(火) 23:34:19 ID:CiiUVqad
>>239
鉄砲を有利にしてるって言うから槍寄りの基準を増やしたんだけどな。
これに弓と刀も付け足すんかいな?

241 :人間七七四年:2007/07/04(水) 01:34:00 ID:PTPLedaZ
>>240
いやー俺は>>213の上段以外ずっと「飛び道具」と言ってきたし、
それを鉄砲に限定して考えてもなかったんだけど。
正直鉄砲の話ばかりになってるのに気がつかなかったわ。

飛び道具を鉄砲だけに限定するなら、鉄砲が強力なのはそれこそ
当たり前のことだから異議を差し挟むつもりはないよ。

なぜ鉄砲が強力なのかって話になるならまた別だけど。

242 :人間七七四年:2007/07/04(水) 09:59:14 ID:vJHA1Ud5
>>215
これは逆だと思います。鉄砲、火薬の輸入生産量は、冬の陣の頃よりも
夏の陣の方が大きい。
大阪方が夏の陣で消費した火薬量は約140トンと見積もられている。
冬の陣の記録はいかが?


243 :人間七七四年:2007/07/04(水) 23:00:46 ID:puSqie9O
>>242
具体的な消費量は俺には皆目わからないなあ。
徳川方が火薬をあらん限り買い占めていたことや、英蘭から輸入していたことくらいしか。
大砲や真田丸であれだけ鉄砲を使っていながら、夏の方が火薬消費が多いとなると、
野戦だった夏の陣の方が鉄砲を使う機会、死者が多かったということになるんだろか。

244 :人間七七四年:2007/07/05(木) 00:33:32 ID:FcwEDNG7
備蓄って言葉知ってる?

245 :(´ω`):2007/07/07(土) 11:16:35 ID:gB6jk7DJ
純粋な疑問なんだが、>>207は刀槍と飛び道具では
有効打(つまり)傷を与えることだね)を与えられる確率が違うというけど、
有効打を与えられる確率が低い武器をわざわざ選ぶ必要があるの?

別の言い方で言えば、つまり仮に飛び道具のほうが有効打を
与えられる可能性が高いとしたら、みんな飛び道具を使うんじゃないの?

飛び道具での死傷者が多いというなら、それは(上の事を前提とするなら)
やっぱりより有効な武器を選択したことの証左なんじゃないかなあ。

もちろん戦場の選択(遮蔽物の多い場所では、飛び道具が
あまり有効でないことがあるだろうね)は別にしてね。

あと死傷率と致傷率の話だけど、必ずしも相手を殺す必要はないと思うんだけどね。
傷つけば、動けるなら戦場から離脱するだろうし、動けないなら死んだと同じだからね。


246 :人間七七四年:2007/07/08(日) 20:57:45 ID:7yE06Wy0
>>245
>もちろん戦場の選択(遮蔽物の多い場所では、飛び道具が
>あまり有効でないことがあるだろうね)は別にしてね。
別も何も、それが全てだろ。
相手が弓や鉄砲でしか武装してなければ奇襲なり強襲なりで強引に接近戦に持ち込むし、
刀槍しか持ってなければ泥地に誘い込んだり野戦築城して遠距離からハメ殺す。

日時も戦場も戦いの推移も好きなように選べるわけじゃないんだしさぁ。

247 :人間七七四年:2007/07/09(月) 01:30:12 ID:V6g41OZ7
そういう単一兵科の偏りによる弱点を補うために、
複数兵科を組み合わせた備を運用していたんだろうね。

248 :人間七七四年:2007/07/09(月) 01:41:43 ID:V6g41OZ7
ヨーロッパのテルシオ、オランダやスウェーデンだって
パイク兵とマスケット銃兵を組み合わせ一部隊として編成していた。
騎兵は機動力を生かすために単一運用していたが。

249 :人間七七四年:2007/07/13(金) 18:39:45 ID:zGmLfjAm
銃剣の登場は、18世紀前半。
(スペイン継承戦争時のフランス軍とされている。)
弭槍なんかがあったんだから、火縄銃の先に槍の穂先を付けるという工夫が
あったとしてもおかしくはなかったんだろうけれど、いざって時はそのまま鉄の
棒として振り回して叩いていたりしたのかな?


250 :人間七七四年:2007/07/13(金) 19:52:38 ID:t/shkpDV
>>249
雑兵物語によると脇差(といっても平時の打刀クラス)を使うといっている。
日本の火縄銃は取り回し易いように銃身が短いから槍の代りにはしにくかったのでは?

251 :人間七七四年:2007/07/13(金) 20:32:02 ID:zGmLfjAm
>>250
解説ありがとう。
調べてみたら全長三尺ちょっとの火縄銃が多かったみたいだね。
この長さじゃ二尺強の刀振り回す方がいいか。

252 :人間七七四年:2007/07/23(月) 08:41:54 ID:dh9YZeus
【歴史街道】 歴史雑誌関連スレ 【歴史読本】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1185146727/

253 :にゃんこ:2007/07/23(月) 20:12:58 ID:d9d79HT7
第一次大戦ころから、陸上戦の死傷者の70%代は、大砲によるもの。
歩兵の小銃は、護身用なんだな。あるいは、阻止線を作るためのもの。
つまり、
現代
主力死傷兵器は「大砲」 阻止線を作るために「鉄条網・機関銃・小銃」

戦国時代
主力死傷兵器は「弓・鉄砲」 阻止線を作るために「堀・柵・槍」



254 :人間七七四年:2007/07/23(月) 23:49:38 ID:Xol2rSxr
まあ、そんな第一次大戦でも白兵戦で陣地奪取していたわけだが。


どんなに白兵主義でも、死傷者数を比較すれば飛び道具のほうが大きいのは当然。
刀槍銃剣を振る回数よりも、飛び交う矢玉の方が数が圧倒的に多いから。

どんなホームランバッターだって、ホームラン打つよりヒット数のほうが多い。


255 :人間七七四年:2007/07/23(月) 23:53:48 ID:Xol2rSxr
つまり、白兵戦での死傷者数よりも飛び道具での死傷者数が上だと『遠戦志向』だというのならば、
古今東西の戦場が『遠戦志向』になる。

そんな区分に何の意味があるというんだろう

256 :人間七七四年:2007/07/24(火) 07:56:57 ID:gBjHHwAM
>>255
日本刀を首取り道具だなんて主張してる時点で駄目でしょ

257 :人間七七四年:2007/07/24(火) 08:17:30 ID:Ov/q4aCd
首取るのは太刀や打刀じゃなく小刀や鎧通

258 :人間七七四年:2007/07/24(火) 08:20:20 ID:gBjHHwAM
>>257
鈴木は太刀や打刀で取ると思い込んでる

259 :人間七七四年:2007/07/24(火) 08:26:00 ID:Ov/q4aCd
首の取り方
ttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/8740/militaryhistory/kubi/kubi02.htm

260 :人間七七四年:2007/07/25(水) 19:39:29 ID:NT/j8ffD
>>256-258
なんでそんな人の珍説を必死になって擁護するんだろうね。

変な宗教にでも嵌っているのだろうか?

261 :人間七七四年:2007/07/27(金) 09:30:35 ID:GgeRRAFZ
「かき切っている」って言っているから、釣った魚で言うとシメね。
切断はその後の作業。手や足で骨を折るか、打刀で打撃加える方が
早い。軟骨はなかなか切れないから、小刀鎧通では無理でしょう。

262 :人間七七四年:2007/07/27(金) 18:32:46 ID:OHJUBea6
数年前のイスラム教過激派の日本人旅行者殺害映像だと、割と簡単に切ってたけどな。
要は慣れだろ。

263 :人間七七四年:2007/07/27(金) 18:37:48 ID:u6yUoCx2
>>261
牛や豚を解体するのにどんな刃物を用いると思う?

264 :人間七七四年:2007/07/27(金) 21:22:31 ID:2t6fSjnC
斬首のように首を一刀両断するなら大きな刀の方がいいけど、普通首を取るときは打ち倒した相手のを取るから小刀

265 :人間七七四年:2007/07/27(金) 22:45:44 ID:U5Uhsa+U
 刀が祭具と言う人がいたけど攻城戦の時は刀は必須道具じゃないか??

 その辺忘れ去られてる気がする…

 俺の御先祖様が作った山城に上ったことがあったけどそれはそれは小さな
 本丸だったな… 山中城とかももろ各廓が小さいじゃん

 あんなところに何百人も集まって殺し合いしたら刀以外使えないような
 希ガス… まして鉄砲なんか

266 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/07/28(土) 16:52:38 ID:R/ZOtGtP
http://ca.c.yimg.jp/news/1185586666/img.news.yahoo.co.jp/images/20070728/jijp/20070728-00000001-jijp-int-view-000.jpg

馬にもいろいろだな

267 :人間七七四年:2007/07/28(土) 18:14:21 ID:gvefVKSF
>>265
世界史的な名将であると評価されている隣の国の人物が、実戦で役に立つ兵器として日本刀と日本の剣術を取り入れているから安心しな。

名将と真逆の意見を声高に叫ぶ軍事史家ってーのは、ホントに痛々しい限りだね。

268 :人間七七四年:2007/07/28(土) 19:00:30 ID:69EznxEr
合戦の舞台は確かに河原とか収穫後の田畑とか開闢地だったらしいが
戦いがもつれて 周辺の雑木林などに転がり込むときもある そんな時
主役になるのが日本刀だろう
それに市街戦や城郭内で槍を扱うわけにも行かないだろうし

269 :人間七七四年:2007/07/28(土) 22:35:01 ID:xvyXJ3vM
槍どころか太刀でも鴨居に引っかかって使いづらいし>屋内

>>267
名将って戚継光?

270 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 01:11:19 ID:RqPpMZiY
戦国時代で市街戦ってあまり聞かないね。
焼き払った記録は数あれど、応仁の乱みたいに街中で建物や残骸に隠れて戦ったりしたのかな。
その前に火をかけて籠城しそうな気もするが・・・

271 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 03:57:57 ID:oI8+mbxS
弓だの鉄炮だのって単なる飾りですよ。若い人はそういうことが理解できないんです。
これは、ある程度人生経験を積まないと見えてこないことなんですだね。
結局、日本の合戦と言うものは日本刀に始まって日本刀に終わるわけです。

272 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 17:51:31 ID:+eksmQlR
>>269
自分の軍閥に日本刀を取り入れたのは、戚継光と兪大猷とされているね。
どちらも対倭寇戦の将軍だね。

273 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 19:29:17 ID:RqPpMZiY
朝鮮出兵で向こうの将軍の誰だったか、日本に苦戦したのは鉄砲ではなく日本刀が原因だと言ってたっけ。
どこまで信じていいのかわからないけど。

274 :人間七七四年:2007/07/30(月) 15:32:26 ID:wv1sufhp
火器に関しては明の方が圧倒的に先んじていたからな。鳥銃も然り。

275 :人間七七四年:2007/07/30(月) 16:19:41 ID:uaUoTDsA
明の鳥銃なんか性能悪くて大したことない。日本軍の鳥銃の性能に驚いているくらいだから。メイドインジャパンは伊達じゃない。
明軍のアドバンテージは鳥銃よりも大砲と大仰な攻城兵器。


276 :人間七七四年:2007/07/30(月) 18:02:01 ID:btWmZYUw
明にも鳥銃はあったけど大半の銃は三眼槍や手銃。
これは西洋の銃とは無関係に発展してきたもので、日本にも鉄砲伝来以前から伝わっていたものだ。
朝鮮も銃はあったが当初ほとんど手銃だった。
朝鮮に従軍した宣教師が言うには、もの凄い轟音を発するが相手は誰も倒れない、と。

277 :人間七七四年:2007/07/30(月) 18:06:23 ID:5duj8gyz
大砲は砲弾が単なる鉄の球だった時代でも、鉄砲よりもはるかに遠い距離から打ち込めるので
攻城戦はもとより野戦でも大軍が相手なら陣形崩すのには有効だからなぁ。

日本でなぜ発達しなかったのかちょっと不思議。
バリスタ、投石器といった攻城兵器も発達しなかったけど、大砲はそれらよりも
汎用性があるし。火薬や製鉄の問題なのかな?

278 :人間七七四年:2007/07/30(月) 20:03:57 ID:wv1sufhp
>>276
>明にも鳥銃はあったけど大半の銃は三眼槍や手銃。
火器全体の装備比率自体がものすごいので、鳥銃だけの装備率も非常に高かった。
当時の明の北方防衛軍は、歩兵騎兵ともに12人小隊のうち2〜3人が鳥銃を装備。
まぁこれは(恐らく)理想型なんだろうから、朝鮮に投入された明軍のその通りだったとは限らないが。

279 :人間七七四年:2007/07/30(月) 20:41:58 ID:0JT2VhQE
>>277
密集方陣なら、麦の穂を薙ぎ倒す様に球形砲弾を転がして殺傷できるが、密集陣を
用いなかった戦国期日本軍隊には効果が薄い上、機動力が高いものだから、直ぐに
狙いが変わってまともな効果は挙げられない。

280 :人間七七四年:2007/07/30(月) 22:48:05 ID:5duj8gyz
>>279
でも、朝鮮では明軍の大砲はかなりの効果を挙げていたことも事実。

281 :人間七七四年:2007/07/30(月) 23:08:58 ID:0JT2VhQE
>>280
ありゃ、攻城戦

282 :人間七七四年:2007/07/30(月) 23:40:10 ID:btWmZYUw
>>278
違うかもしれないが、
1隊=12人当たり鳥銃2〜3丁というと天啓〜崇禎年間、孫承宗の歩騎車混成部隊の時代かな?
1営6626名中、火器は三眼槍1728丁、鳥槍(鳥銃)256丁、火箭7680発、佛郎機256門、滅虜砲80門、大砲16門。

鳥銃の装備が高いものを探せば、隆慶年間、戚継光の戚家軍はかなり鳥銃比率が高い。
1車20人あたり佛郎機2門、鳥銃4丁、火箭60発となっている。
1営3109人あたり、大将軍鉄炮8門、佛郎機256門、鳥銃512丁、火箭7780発。
鳥銃もだが、小型にしろ大砲の装備率が高いことに驚かされる。
ただ、これはあくまで彼の指揮下部隊数千人の編成であり明軍全体がそうだったわけではない。

地域によって装備は相当の差異があったようで
文禄・慶長の役があった万暦年間の遼東鎮の正兵火器営団の装備内役だと、
1方営400人あたり三眼槍320丁(1隊=25人あたり砲手4名、三眼槍20丁)。
奇(騎)兵営団では、1奇兵営1200騎あたり弓箭手が32隊800名(1隊25人あたり弓15張、長槍10本)、火器手が8隊200名。
朝鮮軍陣図屏風では、蔚山城を囲む明の騎兵のほとんどが弓を持っている。
17世紀に入ると、騎兵の銃手の比率が更に高まってくる。

283 :人間七七四年:2007/07/31(火) 00:00:50 ID:btWmZYUw
>>279
朝鮮や明の大砲は対歩兵砲弾が非常に発達していて、散弾や榴弾も発射するよ。
日本は鳥卵丸という200個の鉄丸からなる散弾や、飛撃震天雷という時限爆発砲弾に苦しめられた。
棒火矢(炸裂して、燃焼物を撒き散らす焼夷弾みたいなもの)も撃てる。
明の対歩兵用主力火器はロケット弾だけど。


284 :人間七七四年:2007/07/31(火) 08:26:13 ID:ZUET6o9A
>>283
基本的にそれらは総て面制圧兵器で、先述した様に密集陣でなければ効果は激減する。
なにしろ足軽隊ですら、分隊単位の緩い横隊で、侍隊に至っては隊列なんて組まないで
突撃する。

待ち伏せでもない限り、陣形組む前に突っ込んでくるぞ。
大砲を押し出す暇も無いでしょう。

285 :人間七七四年:2007/07/31(火) 16:13:27 ID:JvzE/cmH
>>282
>孫承宗
朝鮮出兵どころか幕府成立後になっちゃうから違います。
慶長の役の後に起きたサルフの戦いでは、半数が最新式鳥銃を装備した朝鮮軍1万あるいは
1万3千が参加しているなど、17世紀前半には大きく兵装が変化したようで。

>戚継光の戚家軍
戚家軍は、戚継光が浙江で対倭寇戦のために編成した軍なので、その後の北方へ転勤した
後に現地で編成した軍とは別物のはずですが。
戚家軍は槍兵が約半数を占めていて、火器(というか飛び道具自体)はあまり多くない。

戚継光の戚家軍……1559〜1567年
戚継光 北方に転任…1567〜1583年
文禄・慶長の役………1592〜1598年
サルフの戦い…………1618〜1619年
孫承宗の兵制改革……1622〜1626年?

286 :人間七七四年:2007/07/31(火) 21:30:54 ID:ksVsrWW5
>戚家軍は槍兵が約半数を占めていて、火器(というか飛び道具自体)はあまり多くない。

「錬兵実記」の「馬営解」だけを見ればだいたいその通り。
他に「車営解」「歩営解」「輜重営解」もあるから。

287 :人間七七四年:2007/07/31(火) 21:44:49 ID:ksVsrWW5
でも、馬軍2988中、鳥銃432は、当時としては結構な装備率だと思うがどーよ。

288 :人間七七四年:2007/07/31(火) 22:11:53 ID:hRnpCq+P
問題は中国製の鳥銃が、どこまで故障せずに正常に玉が飛ぶかだ。


289 :人間七七四年:2007/07/31(火) 23:25:38 ID:ksVsrWW5
倭寇から得た鳥銃のコピー品で、古代の弓の名手・養由基に例えて精度が高いと述べてるけど、故障率まではなんともw

290 :人間七七四年:2007/08/01(水) 19:50:14 ID:Lm0+VO7l
支那では、初め日本刀を「お飾り」として輸入していた。
しかし、倭寇、そして文禄慶長の役という日本との戦争を経て「兵器」に変化した。

鈴木氏の説で、この史実を説明する事は難しい。

291 :人間七七四年:2007/08/01(水) 23:55:45 ID:9RfAmw3G
現代の中国のコピー品とは比べないほうがいいんじゃないか

292 :人間七七四年:2007/08/04(土) 19:11:40 ID:yM8S3pMG
単純な構造のものだからね。

293 :人間七七四年:2007/08/05(日) 20:21:06 ID:H+3xP3az
火縄銃はかなり部品が複雑だよ
当時としてはね
ただ明のころの日中の技術水準の差は、今と違って中国が優れている部分がたくさんあるだろう

294 :人間七七四年:2007/08/06(月) 14:48:05 ID:6tIwT/eZ
鈴木さんは正しいよ
彼が戦国史界を目覚めさせてくれた

295 :人間七七四年:2007/08/06(月) 17:45:52 ID:P97+380J
釣りはいいから

296 :人間七七四年:2007/08/06(月) 19:45:57 ID:kmKfrCtN
>>293
例えば?

297 :人間七七四年:2007/08/06(月) 20:13:23 ID:Qurr5g2N
>>296
君がいるだ〜けで

298 :人間七七四年:2007/08/06(月) 20:23:17 ID:XddcVBoI
>>296
大砲・攻城兵器・造船技術・航海技術・戦術・指揮系統とかかな
連弩や渡壕車・多段ロケット砲などの複雑な機械構造をもつ兵器、火炎放射器や炸裂弾もあった

299 :人間七七四年:2007/08/08(水) 02:27:08 ID:AL1xGMZZ
槍働き・七本槍・一番槍・弓取り・・・
当時の用語に出てくるのは槍か弓ばっか。

戦国時代には刀なんてどうでも良かったのが良く分かる。

300 :人間七七四年:2007/08/08(水) 04:48:19 ID:JBVJwuPZ
「七本槍」って、元々は「三振刀九本槍」だったんだね。

301 :人間七七四年:2007/08/08(水) 07:40:47 ID:c1RHyUmc
>>299
槍を持つのが一角の武将の証=戦働きの象徴だからな。
刀は足軽雑兵でも差している。



302 :人間七七四年:2007/08/08(水) 19:21:18 ID:c1RHyUmc
Wikiの白兵戦の項目の日本における白兵戦の記述が完全に鈴木眞哉・・。
誰か直して上げてください。

Wikipedeia白兵戦
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%85%B5%E6%88%A6


鈴木説は、一度聞くと「なるほど!」二度聞くと「ちょっと・・」
三度聞いてよく考えると「あれ、なんかおかしいんじゃ・・」。

氏の論法によると、世界中が遠戦志向だぜ・・


303 :にゃんこ:2007/08/08(水) 19:32:36 ID:o18kbydD
本を読んだのか?鈴木氏はヨーロッパの中世の騎士を白兵戦志向としているぞ。

仮に世界中が遠戦志向だってかまわないじゃないか。それが史実なら。
第一次大戦以降、陸戦の殺傷の中心が大砲なのは常識だしな。歩兵は、占領や
阻止線形成のためのもの、歩兵の小銃は殺傷をあまり期待されていない、
というのもセオリーだしな。

304 :人間七七四年:2007/08/08(水) 19:40:11 ID:+TVmLxDn
遠戦志向なら刀はもちろん、槍だって出番は無いだろ。
それとも、日本の槍は投擲&/or射撃兵器だったのか?

305 :にゃんこ:2007/08/08(水) 19:43:03 ID:o18kbydD
「遠戦志向」って、そういう意味じゃないぞ。
○「殺傷の多数を飛び道具に依った」
×「殺傷の全部を飛び道具に依った」

306 :人間七七四年:2007/08/08(水) 20:01:04 ID:c1RHyUmc
いやだから、飛び道具での死傷者数が白兵戦のそれより多いのは世界中で普通だから・・



307 :にゃんこ:2007/08/08(水) 20:04:21 ID:o18kbydD
にも、関わらず、刀や槍を殺傷の中心と思っているヤツが多い。だから、そういう
ヤツに、教えてやった方がいいな。


308 :人間七七四年:2007/08/08(水) 20:46:02 ID:c1RHyUmc
そんな奴はあなたの想像の中にしかいないと思うw

弓鉄砲は普通に資料に出てくるし、時代劇しか見ないような奴だって鉄砲が使われたの知っているから

309 :にゃんこ:2007/08/08(水) 21:00:18 ID:o18kbydD
2チャンネルの中だけでも、あちこち見てごらんよ。

「鉄砲を使う」と「殺傷の中心は鉄砲」では意味が違うよ。
「鉄砲が最強」と「殺傷の中心は鉄砲」も意味が違うしね。

君自身も「鉄砲が最強」と思っていたのを、「殺傷の中心は鉄砲」だと
後から改変したんだろ?違うかね。


310 :にゃんこ:2007/08/08(水) 21:11:51 ID:o18kbydD
多くの人は、「鉄砲が最強だけども、装備率が低いから、結局、合戦は、槍・刀
の白兵戦によってケリがつく。殺傷も白兵戦によるものが多い。」
と思っていた。しかし、鈴木氏は、統計によって、「弓・鉄砲による死傷が多い。
遠戦志向だったのだ。」と主張した。

「鉄砲最強」を自分の脳内で「鉄砲死傷最高」に書き換えた自覚が無いのは、
「最強」と「死傷最高」の論理的区別が無いからだろう。


311 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:17:26 ID:c1RHyUmc
何言っているか分からんです。


死傷者数は、飛び道具>白兵、なのはどこでも共通。
戦国期甲州軍団だろうと、日露戦争のロシアだろうと、第一次大戦のドイツだろうと、旧日本軍だろうと、
死傷者数そのものをみれば、白兵戦によるものよりも飛び道具によるものの方が大きい。

鈴木眞哉氏は、応仁の乱から戦国期の軍忠状を一定数調査をしてそのことを明らかにした、というだけではないのかと。


312 :にゃんこ:2007/08/08(水) 21:23:07 ID:o18kbydD
>死傷者数は、飛び道具>白兵、なのはどこでも共通。

中世のヨーロッパでもかい?「どこでも共通」ってのは、勇み足だな。

まあ、あんたが、「そんなのオレは知ってたよ。」と主張するのは勝手だ。
自分の脳内改変に気づかないのも自由。

しかし、「みんな知ってたよ。」は勇み足。


313 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:33:57 ID:XKjJ6C2D
>死傷者数は、飛び道具>白兵、なのはどこでも共通。
紀元前後の重歩兵。
ギリシャ忘れんな。ローマもだ。


314 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:36:09 ID:HtRmPZg8
百年戦争でもロングボウよりランスや剣の死者が多かったとは考えられんな
イングランド軍の馬比率がやけに高かったので、こんなに騎士がいたのか?と思いきや
移動の時だけ騎乗する弓兵のほうが多いというオチだった

315 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:37:53 ID:XKjJ6C2D
>中世のヨーロッパでもかい?
弩が禁止されてたからな。

316 :にゃんこ:2007/08/08(水) 21:42:38 ID:o18kbydD
314>

ロングボウ以前は?


317 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:51:02 ID:c1RHyUmc
>>312
脳内改変とか、何を言っているか本当に分かりません。
俺の脳内を妄想するより、歴史を想像してくれよと。

中世ヨーロッパでも共通。
同族同士のよほど儀式化・スポーツ化した戦でない限り、或いは意識的に制約を設けない限り
飛び道具での援護なしにいきなり白兵戦に突入することはありえない。
そんな中世欧州騎士も異民族にはクロスボウをはじめ、制約されずに武器を使用しているわけだが。

そもそも白兵戦の役割は死傷者数だけでは説明できない。
突撃によって敵軍に肉薄し、敵軍を混乱させ、敗走せしめ、敵陣地を奪取することが白兵戦の本質であって、
その肝心な部分を語らずに死傷者数でのみ戦闘を語る鈴木眞哉氏にはとても賛同できない。


と俺は思うのだが君はどうだい

318 :人間七七四年:2007/08/08(水) 21:53:19 ID:sN0QvmyI
弓以前はジャベリンが主流だったんではなかったかな?
ジャベリンでも速度と重量で鎧ぐらい貫通する威力があったらしいが。


319 :にゃんこ:2007/08/08(水) 22:10:22 ID:o18kbydD
>そもそも白兵戦の役割は死傷者数だけでは説明できない。

1,白兵戦の死傷者数が多ければ、白兵戦が激戦であり、決勝点だったと役割を評価すべき。
2,白兵戦の死傷者数が少なければ、白兵戦は、遠戦などによる勝敗決着後の占領に伴う残敵掃討に
  過ぎなかったと役割を評価すべき。

やはり、白兵戦の死傷者数はかなり重要なファクターだろう。


320 :にゃんこ:2007/08/08(水) 22:21:30 ID:o18kbydD
318>>

死傷者数の統計なんかありますかいな?



321 :人間七七四年:2007/08/08(水) 22:25:22 ID:c1RHyUmc
陣地奪取が戦闘の目的であれば、白兵突撃によって敵軍に与えた死傷者数がゼロでも、
敵軍を敗走させ敵陣を奪取できたならば、局地的勝利は得られる。
敵軍を決戦によって殲滅させるのが戦闘目的であれば死傷者数が重要となる。
どちらの場合も、飛び道具(火力)との連携によって効果がある。

つまり、死傷者数は戦闘の趨勢を表すファクターの一つ。
だが、鈴木眞哉説では死傷者数以外のファクターを語ることがない。


322 :人間七七四年:2007/08/08(水) 22:35:23 ID:c1RHyUmc
あるバッターのホームランの数とヒットの数を比べて、ヒット数のほうが多いからこの打者は
ホームランバッターではない、と結論付けるのはおかしい。
どんなホームランバッターでもホームラン数よりもヒット数の方が多いからだ
(物凄い昔、広島にいたランスというバッターは、三振かホームランかという恐るべき(?)バッターだった・。使えないのでクビになったが)。

ある軍隊における白兵戦の死傷者数と飛び道具での死傷者数と比べて、
後者が大だからこの軍隊は『遠戦志向』である、と結論付けるのは上記の例と全く同じ論法であり、おかしい。
どんな白兵主義の軍隊でも飛び道具によって敵軍に損害を与える数のほうが基本的に大きいものだからだ。

あるバッターがホームランバッターかどうかを判断するには、他のバッターとホームラン数を比較しなければ
分からないし、
ある軍隊が白兵主義かどうかを判断するには、他の軍隊の白兵戦の割合と比較しなければ
分からない。


323 :にゃんこ:2007/08/08(水) 22:35:58 ID:o18kbydD
鈴木氏は、「死傷者数の比率」を重要視しているのであって、「死傷者数」
を重視しているのではありませんから、あなたの論は反論としては、空振り
だと思いますよ。
私も、「率」という言葉をすっとばしてましたが。

鈴木氏は戦闘のすべてを語っているのではなくて、「死傷者の比率」から
戦国時代の白兵戦は残敵掃討(首狩り)のためと評価しているわけで。

324 :人間七七四年:2007/08/08(水) 22:53:27 ID:c1RHyUmc
そもそも鈴木眞哉氏が、白兵戦は残敵掃討(首狩り)のため、と結論付けている根拠が全く分からん。
氏はそんなこと言っていましたっけ?

『刀と首取り』に書いてあるのは、
「日本刀の出番が首取りのため。なぜなら刀は役に立たないし脆弱だから〜」
と言うことであって、
「白兵戦は首取りのため」
とは書いていない。



325 :にゃんこ:2007/08/08(水) 22:58:04 ID:o18kbydD
旧定説「戦国時代は、槍働きが中心だ。鉄砲は最強だが数は少ない。」
鈴木氏「統計によれば、弓・鉄砲による死傷が多い。白兵戦を嫌う遠戦志向だ。」
UMC「遠戦志向かどうかは、他の軍隊の白兵戦の割合と比較すべきだ。」

整理すりゃこうだな。鈴木氏とUMC氏の違いは「白兵戦かどうか」の基準が
違うわけだ。鈴木氏は、戦国の戦いの遠戦か白兵かの死傷比率を基準としている。
UMC氏は、「他国や他の時代の軍と、日本の戦国を比較が基準だ。」と主張
している。
だとしたら、UMC氏は、他国や他の時代の「比率」を出すべきだな。で、ないと
反論として、効力が無いと思う。


326 :にゃんこ:2007/08/08(水) 22:59:42 ID:o18kbydD
正しくは、「首狩りが白兵戦に見えた。」だね。


327 :にゃんこ:2007/08/08(水) 23:07:39 ID:o18kbydD
謎解き日本合戦史  157ページの小題が「首取りのための白兵戦」
158・159ページに「追い首」という残敵掃討についての説明がある。


328 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:15:54 ID:c1RHyUmc
鈴木眞哉氏曰く、日本人は『遠戦志向』。
誰と比べたのか?
誰とも比べてはいない。
ただ、日本国内の軍忠状によって、飛び道具による死傷者数と白兵武器による死傷者数を比較した。
これでは、日本が遠戦志向なのか、他でもそうなのか、判断しようがないではない。
氏が忌み嫌う白兵主義の旧日本軍でも、火力による死傷者数のほうが圧倒的に上なのに、である。
日本軍が白兵主義かどうかは、他の国の軍隊が白兵戦を敢行した戦闘と比較して初めて分かること。

プロ野球では3割ヒットを打てば、安打製造機と呼ばれ、その3割のヒットのうちさらに数割がホームランであれば
長距離打者と呼ばれる。
同一打者のヒットの数とホームランの数と比べても、その打者のタイプは分からない。
どんな打者もホームランよりもヒットのほうが多いからだ。
他の打者と、ヒットの数どうし、ホームランの数どうしを比べて初めて、長距離打者か安打製造機なのかが分かる。



329 :にゃんこ:2007/08/08(水) 23:19:37 ID:o18kbydD
あ氏「5人も殺したら殺人鬼だ」
い氏「他国の犯罪者と比べて、殺人鬼と言え」

い氏の論は、せめて具体的数字をあげなければ、意味がないなあ。


330 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:26:52 ID:c1RHyUmc
鈴木眞哉氏と藤本正行氏は共著があるが、恐らく藤本氏は鈴木氏の『遠戦志向』は
賛同していないだろうと思う。
藤本氏の『鎧を纏う人々』を読むと、氏は甲冑に精通しており、甲冑の時代による変化を解説している。
南北朝の頃より白兵斬撃戦に適した形に甲冑は変化したことを書いてある。
甲冑具足の変化を見る限り、「遠戦志向」は説明できない。




331 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:30:04 ID:GC8AZh9H
藤本 研究者
鈴木 メルヘン作家

332 :にゃんこ:2007/08/08(水) 23:31:54 ID:o18kbydD
鈴木氏も、「鉄砲以降、白兵戦比率が少し上がった」としているから、
矛盾していない。


333 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:33:30 ID:c1RHyUmc
>>332
南北朝期は鉄砲はありませんけどね。

334 :にゃんこ:2007/08/08(水) 23:38:07 ID:o18kbydD
すまん、「南北朝」の言葉を見落とした。

あ氏「白兵戦だ」
い氏「遠戦だ。」
う氏「どこの国も遠戦だ。」

う氏の主張は、あ氏への反論であって、い氏へは補強である。


335 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:45:02 ID:c1RHyUmc
『鎧を纏う人々』は厚くて重いけれども、甲冑好きには面白い本だからお勧めだな。
絵画資料の読み解き方を解説してある。

『十二類合戦絵巻』という資料が面白い。
室町期の御伽草子絵巻だが、動物達が得物をとって夜討ちを仕掛けたり、応戦したりしている様が
描かれている。
様々な武器(薙刀、槍、熊手、重藤弓、金砕棒、打ち刀・・)が登場し盛り上がって(?)いる。


336 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:50:42 ID:c1RHyUmc
鎌倉期には正規の武士は弓矢を射やすいように片篭手が正装だったものが、
南北朝、室町期には上の身分も下の身分も諸篭手になっている。白兵斬撃戦に備えたもの。

鈴木説だと、篭手の着用の変化も説明できない。




337 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:59:46 ID:c1RHyUmc
個人的な意見ですが・・・・

鈴木眞哉氏と藤本正行氏を同列に扱うのは、藤本氏に失礼、と思うな。


338 :人間七七四年:2007/08/09(木) 00:51:44 ID:LAZHQSwG
>>318
弓以前なんて石器時代だろ…。

339 :人間七七四年:2007/08/09(木) 01:23:31 ID:YmXrSBHl
>>336
大規模集団戦になったから+足軽という新兵種の登場のせいじゃないの?

340 :人間七七四年:2007/08/09(木) 01:59:33 ID:xNuqGIrV
>>337
まったく。
少なくとも藤本は鈴木みたいに先走って極端なことは言わないからな。

341 :人間七七四年:2007/08/09(木) 02:22:18 ID:xNuqGIrV
クロスボウ禁止令は12世紀半ば、普及し始めのころの一時的なもので、あとは普通に使われてたよ。
中世こそヨーロッパでクロスボウがもっとも大々的に使われた時代だ。
百年戦争でフランス軍には盛時で20000ものクロスボウ兵がいたわけだし。
スペイン、特にイタリアで盛んに使われ発展した。

342 :人間七七四年:2007/08/09(木) 10:21:04 ID:LOsWN2vx
弓は、何発か食らわないと戦闘不能にならない
かする事はよくある。
近接武器は、1,2発食らうとほぼ確実に戦闘不能になる。

飛び道具の数のほとんどは、弓で占められている。鉄砲は少ない。
弓によって、負傷者になってもすぐには戦闘不能にはならない。
近接武器は、負傷者=戦闘不能になる。

同じ扱いをすること自体、間違ってないか。

343 :人間七七四年:2007/08/09(木) 14:44:46 ID:WWygqwqZ
たとえ死ななくても一発でもブスっと体に刺さったら戦う気にならんでしょ
=戦闘不能だよ。まあその時点での戦況やモラルにもよるんだろうけど。

344 :人間七七四年:2007/08/09(木) 15:37:44 ID:LAZHQSwG
かするというのにブスっと刺さるとはこれいかに。

345 :人間七七四年:2007/08/09(木) 19:43:28 ID:JSbsl+40
>>343
合戦ではないが、興奮状態だと骨折していても、爪はがれていても気付かない・・。
運動部にはよくあること


346 :人間七七四年:2007/08/09(木) 19:50:19 ID:fNrEqWnQ
やられたらやられた以上にやり返してやる!って気になったもんだ。

347 :人間七七四年:2007/08/09(木) 20:21:38 ID:Duxt3DIa
>>342
お前の頭の中のイメージだろ

348 :人間七七四年:2007/08/09(木) 21:47:31 ID:3d9NeA/Y
文禄、慶長の役では、李氏朝鮮が恐れていたのは鉄丸と環刀だったっていうし、
鉄砲普及後は、軍役に占める鑓の比率が低下してるわけでもあるんだから、
鑓よりも刀の方が使われていたんじゃないかと思う
また、ろくに使われもしない道具を相手が恐れるはずもないんだし、
刀の主要な用途は首切りだったっていう、鈴木氏の日本刀に対する評価は疑問だな

349 :人間七七四年:2007/08/09(木) 21:50:25 ID:nhqsvTyo
最近、“日本には一般的な意味での騎兵は居なかった”“刀はサブアームとしての価値も無かった”等の見解が定説となりつつあると聞いて、詰まらない話だなぁ…と思っていたので此のスレを見て安心しまいた。

350 :人間七七四年:2007/08/10(金) 00:14:07 ID:wIz+Fd5q
学会の教授たちももう少しこの問題に興味を持って欲しいね。
鈴木説黙殺してないでさ。

351 :人間七七四年:2007/08/10(金) 16:43:40 ID:Ul5i2hKV
素人から見ても穴だらけの主張を一般向けの本の中でだけやっているんじゃ、
そりゃ無視されるでそ。

352 :人間七七四年:2007/08/11(土) 15:42:29 ID:SI9g2ibi
>>349
安心してください。日本刀は永遠に万邦無比の神器にして戦場を決する最終最強兵器です。
しかも、コスト面でも異常なまでに効率的な武器です。
それが証拠に、太平洋戦争でチハよりも日本刀の方が大量の米兵を殺害しています。しかも、製造コストなぞは比較になら
ないほど日本刀の方が効率的です。
太平洋戦争で日本刀よりも効率的に大量の人間を殺せたのは原爆だけです。
このことだけで、鈴木説が妄説だと言うことがよく分かります。
藤本氏も、鈴木と縁を切らないとご自分の学問的評価が下がってしまうことに気づいて欲しいものです。

353 :人間七七四年:2007/08/11(土) 18:53:23 ID:fWF7xZ4n
本気なのか釣りなのか

354 :人間七七四年:2007/08/12(日) 21:30:50 ID:FjzUV37N
鈴木さんは対象を不必要に貶めて主張を正当化させる詭弁を止めてくれないんでしょうかねいい加減に。

355 :人間七七四年:2007/08/13(月) 14:41:07 ID:i+QXBNGF
>>354
鈴木が詭弁を止めるときは呼吸が止まるとき。だから無理。

356 :人間七七四年:2007/08/13(月) 17:50:12 ID:+0lzAlGX
いくらなんでも隣国人扱いは失礼だろw

357 :人間七七四年:2007/08/14(火) 03:14:01 ID:amHE2Ife
>>356
じゃ、詭弁を言わない鈴木眞哉って想像つくか?w

358 :人間七七四年:2007/08/14(火) 12:21:06 ID:zEZiVuVf
確かに弓や火器は刀槍の類に比べて扱いは簡単だとはいえ
あんなになってまで貶さんでもエエやんか鈴木さん……

359 :人間七七四年:2007/08/14(火) 15:02:24 ID:8Vz5wPBX
鈴木説を喜んで使うにわか歴史ヲタが痛すぎて哀れい

360 :人間七七四年:2007/08/14(火) 15:24:45 ID:vKjNcEBj
>>359
眞哉が時折このような妄想にふけるのを見て見ぬふりをする情けが
歴史学者にも存在した

361 :にゃんこ:2007/08/14(火) 16:37:11 ID:R6yx0HUs
例1  弓・鉄砲による死傷 70%
例2  弓・鉄砲による死傷 80%

「例1の戦いより、例2の方が、弓・鉄砲に死傷が多い。よって、例1は白兵戦
 志向。例2は遠戦志向。」
なんてのは、おかしい。
「どちらも大差ない。遠戦志向。」というのが、まともだろう。
 そもそも「志向」という言葉の意味から考えて、槍より少数の弓・鉄砲が死傷の
中心だったのなら、遠戦「志向」は、言い得て妙であろう。

また、鎧の変化も、その装備率や盾の変化や使用方法まで言及せねば、遠戦志向の
否定の論拠として貧弱である。さらに、大事に保存などされない、末端の兵士の
「鎧」について言及せねばならない。主力は末端の兵士なのだから。

例3 弓・鉄砲で100%が死傷。その後、突撃により敵が四散。

これは、突撃はあったが、白兵戦は生じなかった、という事である。まあ、もっともこんな
極端な戦いは無いだろうが。白兵戦が決勝点だったのなら、当然、白兵戦が激戦に
なり、その死傷率が高くなる。残敵掃討や占領のための白兵戦も生じるが、その
死傷率が低いものなら、遠戦によって、すでにケリが着いていた、と評価すべきで
あろう。

また、「すべての戦いが遠戦志向。」論は、鈴木説への補完であって、反論ではない。
(しかし、インカやマヤも遠戦志向だったのか?すべて、なんてのは勇み足だろう。)




362 :人間七七四年:2007/08/14(火) 18:46:02 ID:O0O4KedM
死傷者数という数字で見ればね。
実際には、投射戦のみで勝敗が決することは無く、
敵陣を突破すると言うことがとても重要。

363 :◆nzdGjBH722 :2007/08/15(水) 17:25:19 ID:MeqZZIwl

まあ単純に考えて、向かってきた敵軍を迎えうつときに、槍刀の歩兵をぶつける前に、
弓鉄砲といった飛び道具使って自軍の犠牲を減らしつつ、敵軍に損害を与える方法を取るわな。
確かに槍隊を減らすと白兵戦で不利になるから、数としては槍刀歩兵>弓鉄砲歩兵だったんだろうが、
それでも直接ぶつかる前の飛び道具使っての攻撃や、敵軍退却時の飛び道具攻撃のが与える損害が多くなるのは当然なのかもしれない。


364 :人間七七四年:2007/08/15(水) 17:39:08 ID:9+FaXjwI
あーそれ知ってる!「シグルイ」でしょ?

365 :人間七七四年:2007/08/15(水) 18:23:29 ID:B/KGBqOP
>>361
>例1  弓・鉄砲による死傷 70%
>例2  弓・鉄砲による死傷 80%
例1  白兵戦による死傷 30%
例2  白兵戦による死傷 20%

なるほど、5割しか違わないね!

366 :人間七七四年:2007/08/15(水) 19:37:50 ID:omrm+9WR
まあ世界史レベルで射撃戦中心か白兵戦中心かを語るなら、遊牧系騎馬民族お得意のパルティアンショットについても語ってもらわんとw

中世欧州の騎士の白兵主義は、そもそも相手を傷つけず、殺さず、降伏させて捕虜にして身代金をせしめる為のものだという事を知っているんだろうか?

367 :人間七七四年:2007/08/15(水) 19:54:52 ID:OLTkAOUM
>>366
モンゴル人だって刀や槍やメイス使ってたと聞いたんだけど本当?

368 :人間七七四年:2007/08/15(水) 20:53:28 ID:omrm+9WR
>>367
本当。
部族によっては、重装騎兵的な戦術を得意とし、そういう役割を担っていた。

現代のモンゴル人はスターリンのせいで騎射ができなくなっているらしいけど、
馬上での刀剣、槍類の使用は、見た者以外は信じられないくらい素早く、上手い。

369 :人間七七四年:2007/08/15(水) 21:38:29 ID:Vi3LONTn
にゃんこ、長い間考えた結論がそれかよw

370 :人間七七四年:2007/08/15(水) 22:51:47 ID:mrHquVpK
槍・長槍の比率が戦闘員の77%を占める上杉も遠戦なのか?

371 :◆nzdGjBH722 :2007/08/16(木) 02:39:15 ID:ElGeGKgC
>>366
パルティアンショットは弓の騎射を生かした一撃離脱戦法だから、敵陣に侵入すれば
案外たやすく崩れたらしいな。とはいっても、李靖レベルの戦術眼があって始めて破れるくらいなものだが。
第二次世界大戦の話になるが、エーリヒ・ハルトマンもパルティアンショットと似たようなことやってたな。
まあこちらは航空機だが。


372 :人間七七四年:2007/08/16(木) 08:45:58 ID:rj92sg0t
>>371
パルティアはローマ騎兵ではとうてい太刀打ちできない槍重騎兵をもっていたので
白兵戦では彼らを破らないといけなかったけどね。
そもそも機動戦を得意とするこいつらに定まった陣形はない。フンやモンゴル同様、相手が追ってくれば矢を射掛けながら引き、
敵部隊が突出したとみるや踵を返して反撃に出る。
暖簾に腕押しで、フォーメーションを維持しながら戦うには不利な相手。

373 :人間七七四年:2007/08/17(金) 20:06:14 ID:l+BoGTKJ
Wikipediaのパルティアの項目見ると、パルティアには軽装の弓騎兵しか無いように書いてあるけど、一般の学術書からヴィジュアル本までが重装の槍騎兵もいたと書いてあるね。

374 :人間七七四年:2007/08/17(金) 23:03:21 ID:bMWXKZh9
>>373
重騎兵のことを書いているページもあるよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
人間はおろか馬まで鎖鎧で覆われた部隊で、
ビザンツ帝国の主力になったカタフラクトは、パルティア重騎兵をもとにしたと言われてる。
重騎兵は中小貴族が担っていたから、大半は軽弓騎兵だけど。

375 :人間七七四年:2007/08/20(月) 18:12:31 ID:RppLEylr
射撃兵器だけで戦闘の決着が着くのは、もっと火器類が進化してからって事なんだな。

376 :人間七七四年:2007/08/20(月) 18:29:47 ID:D2OAcGvY
互いに遠くから射撃をしているだけだと、互いに結構のんびりやっていられる。

機を見て敵軍が肉薄して来るとなると、浮き足立って我先にと敗走する。
訓練された兵でないと、とても白兵戦に精神的に耐えられない。
近代以前の戦争は(近代以降もそうかもしれないが)、孫子にもあるとおり『勢』を以って
軍を動かしたほうが勝つ。
圧倒的な火力でそのまま敵陣を破壊できるのはやはり近代以降ですな。
その近代以降でも白兵塹壕戦はかなり意図的に発生している・・。


377 :人間七七四年:2007/08/20(月) 20:36:42 ID:Ve9PMVO5
>>375
砲兵がかなり力を持ったナポレオン戦争時代でも、戦いの最後は騎兵突撃で、
それが戦いの華だったわけだしね。

南北戦争のゲティスバーグでのピケットチャージの失敗あたりからじゃない?

378 :人間七七四年:2007/08/20(月) 22:09:13 ID:x+2d7BLA
飛び道具で削りあい→歩兵や騎兵が乗り込んで拠点制圧
はどこでも同じ
相手を物理的に陣地から押し出さないと決着はつかん

379 :◆nzdGjBH722 :2007/08/21(火) 23:01:51 ID:+lYJEfze
ただ兵の死傷者は当然最初の弓鉄砲によるしのぎ合いのところの方が多くなる、というわけですな。


380 :人間七七四年:2007/08/21(火) 23:12:21 ID:felCb+2+
過去、平安から源平合戦の時代の頃、武士達が弓、騎射を重んじていたのは確かな事。
しかし、これは鈴木氏の言うように現代の壮年、老人達が持っているような死生観を持っていた思慮も分別もある武士達が多かったという事ではなく、単に下賎の者と切結ぶ「ケガレ」を嫌っていたから。

381 :人間七七四年:2007/08/22(水) 07:36:41 ID:OpfMth3/
ついこの間テレビで、
モンゴルで騎馬隊を再現した祭をやっていた模様が写されたが

馬がシェトランドポニーより小さいかも試練…

382 :人間七七四年:2007/08/28(火) 21:14:06 ID:m+ZlFEPx
戦場での刀の使用ってどんな感じなんだろ。
やっぱ、乱戦で個人技って事になるのかな?

383 :人間七七四年:2007/08/30(木) 21:13:21 ID:ptHtcLhw
両氏の著作で、お勧めを5点ぐらい挙げて下され。試しに買って読んでみるので。

384 :人間七七四年:2007/08/30(木) 22:11:23 ID:OmRlvHys
鈴木の新書初めて読んだけど、井沢みたいなやつだと思った。

385 :人間七七四年:2007/08/30(木) 23:13:15 ID:Kg8XaI+l
>>384
あ〜、その辺はあるねw
自分が知らない分野は納得させられてしまうけど、知ってるところは「概説書くらい嫁よゴルァw」って辺りw

386 :人間七七四年:2007/08/30(木) 23:13:44 ID:+c0PSrck
井沢よりはマシだろw
逆説なんて通説に珍説をプラスしたような内容しかないぞw

387 :人間七七四年:2007/09/03(月) 05:57:58 ID:el1huz1N
日本刀は実戦で使用されていた、日本刀は実戦で大いに役に立つ兵器だった。

でFA?

388 :人間七七四年:2007/09/03(月) 06:52:33 ID:uIjDf2uI
首切り道具でしかないっていう極端な話じゃないのは確か

389 :人間七七四年:2007/09/03(月) 15:31:30 ID:Bf+8Bzk8
文禄・慶長の役では日本刀が脅威だったようだ。
碧蹄館の戦いについての朝鮮側の記録では

「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」『宣祖修正実録』

賊(日本軍)のほうはみな歩兵で、かれらの打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭
利無比のものであった。賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別
なく斬り伏せた。全くその勢いには抗すべき道がなかった。『懲録』

390 :人間七七四年:2007/09/03(月) 18:48:06 ID:el1huz1N
(日本では)当たり前の事だから記録されない。
(朝鮮では)当たり前の事じゃないから記録される。

そういう事なんでしょうね。

「李朝実録」が読めるサイトは知ってるけど、ハングルだらけでどこからどう入っていいのかわからんw

391 :人間七七四年:2007/09/04(火) 10:26:20 ID:SI7Is5Xe
朝鮮の1尺は20cmくらいではなかったっけ。

392 :人間七七四年:2007/09/04(火) 18:07:14 ID:/vFg3+ty
明代の度量衡は東アジア共通

393 :人間七七四年:2007/09/04(火) 19:36:59 ID:tvtp4pOW
>>389
朝鮮側の記録は、やけに日本刀に強い印象を受けたものが多いな。
本気なのか大げさなのか、
我々が苦戦しているのは鉄砲ではなく日本刀のせいだという記述もあった。
片手持ちの直刀で両手の日本刀に対抗するのはきびしそうではあるが・・・
ところで、向こうの倭刀は形は日本刀っぽくても片手剣だね。

394 :人間七七四年:2007/09/05(水) 01:57:09 ID:GForPeMU
明朝鮮側が『日本刀に苦戦している』と記載しているということは、
少なくとも白兵戦が行われていたと言うことを示している。
そしてさらに言うならば、日本刀が使われる状況ということは、大軍同士が
陣形をぶつけ合う戦というよりも、日本軍は伏兵や奇襲・急襲が多かったことを示している。
機を突いての切り込みは常套手段。
日本にとってはそれが普通の戦い方なのだろうが、明軍では相当面食らったと思われる。
確か明の名将である威継光が日本軍の戦い方を独特の表現で記していた。

兵科毎の部隊が陣形を保ち敵陣を攻撃する大陸的な兵の運用をする明軍に対して、
小部隊に兵科を混在させ、その各部隊の自在な機動で敵を叩くという複雑な地形で発達した日本式の兵の運用の激突でもあったはず。


395 :人間七七四年:2007/09/05(水) 08:11:27 ID:jGH/TiEi
>>394
明も歩兵部隊に弓、鉄砲、大砲、騎馬を混成した編成だよ
部隊予備として騎兵や砲兵だけの部隊もあったけど

396 :人間七七四年:2007/09/05(水) 18:38:13 ID:YDXi143k
>>395
明は兵科毎に陣形組んで固まって運用
日本は兵科毎に一列に並べて激しく入れ替えて運用
ぶっちゃけ日本に陣形は存在しない

397 :人間七七四年:2007/09/06(木) 15:47:06 ID:51D8jNeS
>>387
むしろ、日本刀こそが武士の主武器であり実戦においては最も有用な兵器であった、と言わざるを得ない。

398 :人間七七四年:2007/09/06(木) 20:35:56 ID:7uIQZGDs
>>397
そういう煽り文句はいいからw
両極端は無駄。

>>396
陣形について同意見です。
日本にも陣形はあったでしょうが、それほど有功ではなく発達していないと思われます。
根拠としては、一つは日本側の書である甲陽軍鑑の一節。
山本勘助の言葉「唐の軍法、一に魚麟、二に鶴翼、三に長蛇・・(略)、是よきと申しても合点仕らず候」(品第廿七)
とある。他にも同書に武田信玄自身の言葉として、唐の軍書を見聞きしただけでは(日本では)よき軍法を定めることが
出来ない、という旨の記述があります。
孫子の一節を旗に掲げ、戦略戦術に勉強熱心(?)だった信玄や甲州軍団ですら、この有様。

もう一つは、たしか明の威継光が日本軍の戦い方を評して「軍に法なく〜」と記述していたと記憶しているのですが・・
今探しても見当たりません(誰か知っている方がいたら資料名を教えてください)。
この解釈として、『法』というのは端的に言えば陣形とその運動を差しているのだと推測します。
つまり日本軍には軍としての陣形運動がないのだと。

秀吉の朝鮮出兵(=日明戦争)は、大陸式戦法と日本式戦法の激突。そのように考えるとなかなか面白いものがあります。


399 :394:2007/09/06(木) 20:37:22 ID:7uIQZGDs
>>398>>394が書きました。


400 :人間七七四年:2007/09/06(木) 22:33:11 ID:RDlkW0A0
>>398
>もう一つは、たしか明の威継光が日本軍の戦い方を評して「軍に法なく〜」と記述していたと記憶しているのですが・・
威継光1587年没、文禄の役1592年。記憶違いと思われる。

401 :394:2007/09/06(木) 23:06:01 ID:7uIQZGDs
>>400
なるほど。ありがとうございます。
どうりで検索しても出てこないわけですな。



402 :人間七七四年:2007/09/07(金) 14:45:46 ID:Q7bxUCDF
>>401
倭寇評ではなくて?
「備」でググると陣形が出てくるよ

403 :人間七七四年:2007/09/07(金) 17:08:48 ID:1E++tAk1
 

404 :人間七七四年:2007/09/07(金) 18:58:31 ID:5lQZfuB3
>>402
ttp://myhome.cururu.jp/samuraidamashi/blog/list/ct37
ここのこと言ってるのなら、こういうのは江戸時代の軍学者が中国の兵書を元に
創作したものだから、実際にこういう陣形で戦っていたと考えないほうが良いよ

405 :人間七七四年:2007/09/08(土) 14:08:40 ID:hr3GKGcK
>>404
こっちよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99

406 :人間七七四年:2007/09/08(土) 16:03:38 ID:MG45eeDb
逆に、陣形が無かったことが

乱戦に強い=日本刀活躍
となったのかも。

イスラムと十字軍の戦いとか、
モンゴルと中国の戦いとかも、同じ構図じゃなかったっけ。
無形な機動部隊に、陣形を組んだ側が翻弄されて苦戦する。

407 :人間七七四年:2007/09/08(土) 17:18:34 ID:EKrcRR7R
>>406
でも陣形があったからといっても
乱戦になると何もできなくなるわけじゃないだろうよ。

408 :人間七七四年:2007/09/08(土) 18:33:06 ID:LP7KCtAp
盾+片手武器よりも、日本刀や手槍のような両手武器の方が、実戦では有利なんだろうかね。
実際、倭寇側はそのような装備の明兵に圧勝している。
(スポーツチャンバラでは盾アリの方が有利らしいけどねw)
無論、単純に両手武器がという事ではなく、剣術や槍術という要素も含めた上で。

日本の場合、日本刀という独特のものがあったから、槍術も対日本刀という事例も考えて発展していった筈。
(刀を持った相手に対してはこれをやれば有利、或いはこれをやっちゃダメ、という定石のような技術を。)

ところが、明の将兵にはこういった日本刀+剣術と対峙した場合のノウハウが無い。
(日本側には、刀で槍と対峙した場合のノウハウがあった。)
こういった点が、特に大陸の将兵に驚きを与えたポイントの一つだったのではないかと愚考する次第。

409 :人間七七四年:2007/09/08(土) 19:51:44 ID:MG45eeDb
でも、現実に乱戦慣れした日本軍に
日本刀で槍の柄ををスパスパ切られちゃってるわけでしょ。

日本刀が、まさに乱戦に適した武器だったのではないかと。

410 :人間七七四年:2007/09/08(土) 21:34:55 ID:LP7KCtAp
>日本刀で槍の柄ををスパスパ切られちゃってるわけでしょ。

明側の記録ではそうなっているけれど、日本国内の戦いでそういった記録はどうなんだろうかな、と。
槍術でそういう事を少なくする技術があったのか、或いは雑兵の槍が切り落とされる事が当たり前のようにある事なので記録されないのかも知れないね。
(ちなみに、槍の穂先を切り落とされた場合を想定したらしい槍術の技術はある模様。)

普段からやり慣れている事だから、明軍相手でもいつもと同じ様にやったのだろうとは思う。

411 :人間七七四年:2007/09/08(土) 22:26:10 ID:8QU8AdRB
>>410
日本の槍は大陸のそれにくらべて刃も茎(なかご)も長いので、斬りおとされにくかったのは確かだろう。
大陸にも、狼筅のように柄を斬り落とされないよう工夫をした槍もあったが。

ところで話は変わるが、槍の柄に茎が納まっている部分を『太刀打ち』というらしい。
「太刀打ちできない」という言い回しと関係があるのだろうか?

412 :人間七七四年:2007/09/08(土) 23:53:33 ID:puVr2PQA
>>405
あれはあくまで隊形ですので
陣形は図形、隊形は線形と言う感じで宜しく
備は各部隊は一列横隊ですから

413 :人間七七四年:2007/09/11(火) 18:24:28 ID:qQgi6PAC
>>411
その「太刀打ち」の部分に鉄を巻き付けたりして(刀に切り落とされないよう)補強したという記述は幾つか見つけたけれど、画像や写真はわからなかった。
(うちの近所の博物館は、日本刀と鎧兜はやたらと多いが、槍は無いしw)

414 :人間七七四年:2007/09/11(火) 19:36:27 ID:OKfrJp9Q
新刊出たね

415 :人間七七四年:2007/09/18(火) 00:46:44 ID:GJE5i9ou
>>414
これだね。読んだご感想は如何に?
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?code=85_391

416 :人間七七四年:2007/09/22(土) 15:04:55 ID:5gYmo/Ry
>>404
URL先のブログで管理人自身、戦場で必ずしも図のような陣形が用いられたわけではないと
別の記事で書いてたぞ。
ブログにある図は軍法侍用集のものだろう。軍法侍用集は一般向けに出版されたのが1653年だが
甲陽軍鑑よりも早くしかも1618年にはすでに侍用集として完成していたんだな。

417 :人間七七四年:2007/09/27(木) 02:04:59 ID:KnbAToPu
>>415
ひどいタイトルだw
もはや単なるエンターテイメント本だな

418 :人間七七四年:2007/09/27(木) 02:38:31 ID:ppzTSM4W
新刊を読んだが、鈴木氏の戦国エッセイ本だった。
初耳の小ネタもあったが、値段分の価値があるかは微妙。

センスがないタイトルは、編集者が付けたものではないかな?

419 :人間七七四年:2007/09/27(木) 03:11:11 ID:KnbAToPu
戦国時代の陣立図をみると、十何段の構えとか縦深隊形が多いね。
備えも必ずしも単純に1列横隊というわけでもなく、
方陣や半円隊形を組んだり、槍などは場合によっては4列横隊のときもある。

http://www.geocities.jp/themusasi3/zadan/pic/03takedajindate.jpg
http://www.kamei-onkokan.jp/page006/jindate.jpg
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/9/95/Zubyoubu.jpg


420 :人間七七四年:2007/09/30(日) 09:48:27 ID:iObVyNaH
>>408
>(日本側には、刀で槍と対峙した場合のノウハウがあった。)

具体的にはどういう?

421 :人間七七四年:2007/09/30(日) 18:56:27 ID:TB3OlZjg
>>418
寝ながら本を書く方法を覚えたのか? という出来だった。

422 :人間七七四年:2007/09/30(日) 21:12:01 ID:/8mGLdF5
>>420
長刀解
此自倭犯中國始有之。彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。
倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。
我兵短器難接、長器不捷、遭之者身多兩斷、縁器利而雙手使、用力重故也。
今如獨用則無衛、惟鳥銃手賊遠發銃、賊至近身再無他器可以攻刺、如兼殺器則銃重藥子又多、勢所不能、惟此刀輕而且長、以備臨身棄銃用此。
況有殺手當鋒、故用長刀備之耳。
(戚繼光著「紀效新書」より。)

明代多仿日本刀式,作雙手握柄砍殺的長刀,可以削斷或砍損對手的長兵之柄.


コピペだけど、こういった記事は参考にならんかな?

423 :人間七七四年:2007/10/04(木) 11:15:10 ID:pmFi/WWL
しっかしこの人らのせいで、おかしな極論を言う人が増えたね・・・。

424 :人間七七四年:2007/10/04(木) 20:32:49 ID:6gCppSfX
なんにせよ、感情で歴史を歪めて捉えるのはやめて欲しい。

425 :人間七七四年:2007/10/05(金) 20:47:07 ID:9K4SD+6c
>>419
それは江戸時代の軍学に毒されてるから、色眼鏡は必須だよ

426 :人間七七四年:2007/10/05(金) 22:20:39 ID:JHe/uXE8
>>425
一番上の川中島合戦屏風絵は甲陽軍鑑を基にしたもの。
甲陽軍艦は誇張や年月の誤りで評判が芳しくないが、
最近は原本が戦国時代に書かれたものという可能性が高くなり見直されてきている。
編纂した小幡景憲自身武田勝頼に仕え、のち関ヶ原や大坂の陣にも従軍してる。

427 :人間七七四年:2007/10/05(金) 23:17:33 ID:JHe/uXE8
少なくとも先手・二番手・三番手以降〜・右備・左備・後備の基本的な陣形はあると思うけど。
(例えば摺上原合戦での伊達家の陣立は、先手猪苗代盛国・二番手片倉景綱・三番手伊達成実・
四番手白石宗実・五番手伊達政宗・後備浜田景隆・左備大内定綱・右備片平親綱)

備単位では、大坂陣本多富正隊陣立図にあるように鉄砲・弓・槍・幟・馬乗が、
左右に分けて部将ごとに配置されている。これはまごうことなく戦時に書かれたものだ。
ただこれは陣形というより戦闘開始時の部隊整列を表したものだろう、戦闘中は臨機応変だったんじゃないかな。

428 :425:2007/10/06(土) 08:29:57 ID:BW9tIOAe
>>427
その点は理解している、一応はwikiの「備」書いたの自分なもので
俺が疑問としているのは鶴翼とか魚鱗といった陣形は備単位ではないだろうとか
足軽隊の縦深隊形は無いという事

429 :人間七七四年:2007/10/06(土) 09:42:16 ID:dkc4ohwF
>>428
なんとあなたが!あの項はたいへん勉強になりました。
縦深隊形というのは軍団規模の話で、基本横幅を広く取る西洋と比べ、
縦に長く何段も備を重ねる、厚みのある陣立が多いなと思ったので。

備単位で何らかの隊形をとった例は無いんだろうか?
江戸以降の全くの創作で http://www.kamei-onkokan.jp/page006/jindate.jpg
みたいな図が描かれたのか自分は知りたい。事実に基づいた根拠は何もなく描かれたんだろうか。
唐や民族大移動期のゲルマン系部族は楔型隊形をとっており、
明の戚家軍では諸兵科混成の小隊単位で縦隊と横隊を使い分けて戦っている。
非常備兵が多くを占める戦国期の備に隊形を訓練する時間的余裕はなく、かえって混乱をもたらすかもしれないが・・・

むしろ軍団単位で鶴翼や雁行といった形に備を並べたのか信じられない。
三方ヶ原の魚鱗の陣と鶴翼の陣なんて、定まった陣形に則ったいうより
たまたま武田が魚鱗っぽく、徳川が鶴翼っぽく横に広く布陣したのを例えただけなんじゃないかと。
決まった型に捉われず、地形等に応じ布陣するものでは。

430 :425:2007/10/06(土) 12:18:57 ID:BW9tIOAe
>>429
井伊達夫の「赤備え」に甲陽軍鑑からの備単位での配置があるが、あれは兵科別の一列横隊を
何段にも並べた箱型になっている。
実際、備単位で隊形採っても意味ないhttp://www.kamei-onkokan.jp/page006/jindate.jpg
の屏風図は鋒矢ぽく描いてあるが、足軽隊を楔型にしてるだけで、実際は箱型に過ぎない
(縦に描かれているのは大将周りの護衛)。
軍団単位についてはその通り、状況に応じて展開したのを軍学者が後付けしたのが殆ど。
一応、備よりも戦術効果(包囲etc)に適合するので「反映される」と書いた。

431 :人間七七四年:2007/10/09(火) 16:16:55 ID:ejrqXfXZ
425は他スレでもやたらとウィキの備を作成しましたと宣伝してるよな
正直うざいよ。

432 :人間七七四年:2007/10/09(火) 22:59:29 ID:GBHWE9KA
>>431
いいんじゃないの?
厨の巣窟とかなんとか言われてるこの板にそういう人がいるってだけで自分には驚きだった。
これまで戦国の軍隊に系統だった編成なんてないみたいに言う人が多かったんだから。
実例を示して備の編成を説明するくだりとか、あれだけ調べて書いてる項目はそうそうないよ。

433 :人間七七四年:2007/10/10(水) 00:56:28 ID:zv49h6zK
実例って江戸時代のものじゃん。
戦国時代当時の実例を示さなきゃ意味ないでしょうが。
というか自演ですか?

434 :人間七七四年:2007/10/10(水) 02:44:34 ID:RxlCn5IJ
>>433
自分は>>426-427,429。
自演と疑うのは良くないし、感情的にならずに話し合える流れにしたいんだが。
実例としては>>427にあるとおり、大坂の役中に書かれた陣立図がWIKIの備の構成と酷似しているよ。

435 :人間七七四年:2007/10/10(水) 15:59:06 ID:zv49h6zK
>>434
433じゃないが、その実例は残念ながら江戸時代のもの
備の構成と酷似している=正しいみたいな書き方は控えるべきだろう
そもそもウィキペディアの記述じたい江戸時代のものを引用している
じゃないか。

436 :425:2007/10/10(水) 18:48:16 ID:vU594l/9
>>435
戦国時代の説明が不十分のは認める。何しろ、資料が殆ど無いんで。
今のところ断言できるのは関ヶ原合戦時の井伊勢、木俣隊。それ以前は総勢数を侍大将で割って、備の人数と近接していると分析するくらい
今まで、誰も注目していないのだから、大変なんです。
資料集めと分析に四半世紀は要りますよ。
その間は推測が多くなりますが、ご勘弁下さい。
ただ、自分は騎馬隊=武士団と考えているので、それに大名直接雇用の足軽隊が付属したのが備の始まりで、そこから段階的に近世の系統だったものへ発展したと考えてはいます。


437 :人間七七四年:2007/10/11(木) 01:00:34 ID:OnOqACAs
>>435
酷似と言ったが、家中によって備の構成にも工夫が見られるだろうから全部そっくり同じ・・・というわけにはいかないでしょう。
ここでなぜ江戸時代の資料ではよくないと言われてるかというと、戦いがなかった時代だから、という意味だろう。
大坂役は江戸時代だが実際の戦闘で、戦法は当然戦国時代のものを継承していて、そこで用いられたものという価値は大きい。
大きな戦術的革新が起こり、戦国時代と江戸時代初頭に用兵法の断絶が起こってしまった、というなら話は別だが・・・
富正自身戦国時代を生きてきた武将であり、証拠になると思う。
それと、決め付けてかかるようなことを自分はしないのであしからず・・・

438 :人間七七四年:2007/10/12(金) 18:47:31 ID:o2b+Qcan
逆に、戦さの無かった江戸時代だから、戦国末期から(備が)変化も進化もしなかったとは考えられんかな?

439 :420:2007/10/14(日) 11:38:39 ID:eiYPn/pc
>>422
出来れば仮名混じり文にしていただけると……

440 :人間七七四年:2007/10/14(日) 16:46:15 ID:+/9YN5l2
おいおいそんなことより上田桃子の今日のウェア、おっぱい強調でかなりエロい!

441 :人間七七四年:2007/10/14(日) 16:59:39 ID:zrEmJnoV
なんか自作自演してそうな奴が多そうなスレだな

442 :人間七七四年:2007/10/17(水) 04:12:17 ID:Y1UqXrK2
誰も注目していないって・・・
研究している人って意外といるんだけどな。
まぁ別にウィキペディアに書いて自己満している奴の記述なんて興味ないから
どうでもいいけれどwww

443 :人間七七四年:2007/10/17(水) 16:46:17 ID:l1VS7Jso
Q1.日本刀は首狩りのために戦場で装備された?
A.極論。首狩りのみなら小刀の方が効率的。小刀では首を切りにくいという
反論もあるが、イラクのテロリストがナイフで首を切断してる。
首を斬る為だけに刀を装備するという説は余りにも不自然。
また、山林の中や屋内などでは刀剣の方が扱いやすいので、状況も加味するべき。
朝鮮出兵では、敵軍は日本刀の威力を恐れていたし、
中国の将軍も日本刀の性能を評価していた。

Q2.日本の戦は遠戦志向?
A.もともと刀槍を振るう回数より、戦場を飛び交う矢玉のほうが数が多いのだから
刀槍での死傷者よりも飛び道具での死傷者が多いのは当然。これはほぼ万国共通。
また、軍忠状では怪我人の負傷原因には触れるが、戦死者の死因は
ほとんど触れられない。
遠方で飛び道具を撃ち合うよりも、接近戦で戦う方が死に至る確立が高い。
そもそも死傷者だけで戦の形態を語る事が不十分。
互いに遠方で射ち合いをして膠着状態に陥った戦闘で、
一方の軍が白兵突撃をかけて、敵の軍勢を陣地から壊走させた場合、
例え弓矢鉄砲での死傷者が100人で、最後の白兵突撃での死傷者が10人
だったとしても、遠戦で戦闘の結果がついたとはいえないから。
飛び道具の射ち合いだけで戦の決着がつくのは、火器が発達した近代以降。

このスレの意見を読んで鈴木説への反論を自分なりにまとめてみましたが、
こんな感じでいいでしょうか?直すところがあったらどんどん指摘してください。
時代劇なんかの合戦がテレビで流れる度に、日本は遠戦志向だの
日本刀は首狩り道具だのと知ったかぶって騒ぐ連中がウザくてウザくて。
そーいう連中を退散させるために有効なテンプレを作っていきましょう。

444 :人間七七四年:2007/10/17(水) 19:53:12 ID:zOsJHODp
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/8740/militaryhistory/kubi/kubi02.htm

このサイト見ると、むしろ刀身の長い方が首を切り難いといわれてるね。
首を斬るにはやり難く、しかもそれだけの為に持つ物としては大きくかさばりすぎる。
やはり刀が首狩り用という鈴木の説は無理があるな。

445 :人間七七四年:2007/10/17(水) 23:38:13 ID:BCrPQdLz
藤田達生の新刊『秀吉神話をくつがえす』(講談社現代新書)で、
反撃してるらしいなw

>表向きのテーマよりも、
>最近の謀略説否定本にぼろくそに叩かれたことに対する反撃が目的ぽいが。
>反対意見への批判が、ほとんど罵倒と化してたり
>かなりむきになっているのが感じられ、少々ひいてしまったのだが。
>内容的にも、説得力にかける部分がちょくちょく見られたし。

446 :人間七七四年:2007/10/18(木) 07:15:15 ID:5MKXeH79
>朝鮮出兵では、敵軍は日本刀の威力を恐れていたし、
>中国の将軍も日本刀の性能を評価していた。

評価云々じゃ無くて、自国の軍に正式採用している。
(「明代軍事史の特色は日本刀の模造と使用」とは中共・台湾の史家が共に指摘している。)
文禄・慶長の役の後、倭刀と鳥銃を官軍の正式な装備品として加えている。
(役の後に明が日本式の「倭銃」ではなくオスマン式の「魯蜜銃」を採用しているのは、性能差なのか戦略的な意味があるのかは不明。)

447 :人間七七四年:2007/10/18(木) 19:18:13 ID:JG3nFk8a
>445
藤田達生は本能寺以外はわりとまともみたいだが。
長宗我部元親の研究とかでも成果あるみたいだし。
新歴史群像シリーズでも相変わらず墨俣一夜城や鉄砲三段撃ちとか言ってる某教授よりかはだいぶマシ。
まあ本能寺は鈴木・藤本の本の内容でほぼ確定だろうな。

448 :人間七七四年:2007/10/18(木) 21:35:13 ID:dl5k+jWH
>>446
倭刀ね。苗刀と違って軍隊に制式支給されたのは、日本刀の形をしているのに片手持ちのやつだけど。
朝鮮も朝鮮役後日本刀に鞍替えしているな。

449 :人間七七四年:2007/10/18(木) 22:36:13 ID:iM5CEjdi
朝鮮は日本刀が自分たちの剣を真似したとか寝言ほざいてるけどな。

450 :人間七七四年:2007/10/19(金) 18:22:41 ID:V9+jcotb
>>448
何にせよ、「実戦で使われなかった武器」「実戦で使い物にならなかった武器」を
他国が真似してまで採用するという事は普通は考えられないよね。

451 :人間七七四年:2007/10/19(金) 22:02:12 ID:1g8IXOcR
ヨーロッパは火器が発達して軽装になってくるとと両刃剣から曲刀のサーベルが主流になったね。
これはペルシアやアラビアの刀の影響だけど。中東ももともと直剣で、モンゴルなんかの遊牧民族の刀を参考にしたんだとか。

452 :人間七七四年:2007/10/19(金) 22:35:11 ID:/Izaf71q
>>443
良く分からんが、
戦闘の決着を着けたのが何かという事が問題なの?
主な戦い方、というような事を問題にすべきなんじゃないの?
飛び道具での死傷者が多いのなら、
それが主たる戦い方だったと言っても別におかしくないと思うけど。
あと、負傷原因と戦死原因を比例させて考えても別に不自然じゃないのでは?

453 :人間七七四年:2007/10/20(土) 00:06:30 ID:tPDkUIvJ
藤本と鈴木を一緒くたにするのは藤本に失礼。

454 :人間七七四年:2007/10/20(土) 00:45:55 ID:tPDkUIvJ
人取橋の合戦の伊達成実の指揮兵力は騎馬百騎と鉄砲三百丁だったという。
成実記では他にも鉄砲七〜八百丁で射掛たり旗本衆に五百丁の鉄砲を随伴させる場面もあって、
戦国時代の備は必ずしも槍鉄砲足軽とバランスよく配分されていたわけではなく、状況によっては兵科を集中運用していたんだろうか?

「観音堂の敵、引き上げ候間、我ら備は味方へ引き添え申し候。その後観音堂へ敵、備を上げ、高倉の海道川切りに備を帰し候間、
『一戦これあるか』
と存じ候ところ、政宗公御備五、六丁ほど隔て候ゆえか、何事なく打ち上げ候。」

455 :人間七七四年:2007/10/20(土) 23:37:57 ID:AgxEXvQ8
>>447
俺は本能寺については井沢説&小和田説の混合なんだが……駄目なのか?

456 :447:2007/10/20(土) 23:53:37 ID:F2MIteb/
>455
わかった、ならこう書けば意図が伝わるだろう

・藤田達生については本能寺以外では見るところもある

・某教授は未だに墨俣一夜城、鉄砲三段撃ちなどのかなり怪しい話を唱えているが、この人よりはまだ
 藤田のがマシ

・本能寺の変は「信長は謀略で殺されたのか」で黒幕説はほぼ論破されちゃったし、この本で両者が
 唱えてる説が真相だろうと自分は思う


これで伝わったか?
ちなみに君が本能寺についてどんな説を採ろうが君の自由なので、自分はとやかく言うつもりは無い。

457 :人間七七四年:2007/10/21(日) 20:23:13 ID:AtCYTtjD
>>454
史書に備と書いてあっても、それがイコール最小戦術単位となるわけではない。
あれは高木昭作氏が規定したもので、当時は適当だった。
あと、槍があまり書かれないのは槍足軽が中間身分か足軽と中間の間なので、騎馬武者や鉄砲ほどには記載されない。

458 :人間七七四年:2007/10/22(月) 04:31:55 ID:HzjQSm8a
>>454
当たり前だが、隊形や陣形を組んだとしても戦場でそのままの布陣で戦うことは有り得ない。
戦場では常に何が起きるかわからないから当然戦況によっては敵の側面を突くための別働隊や
何らかの原因で別の部隊を率いることもあるだろう。

459 :人間七七四年:2007/10/22(月) 05:13:24 ID:bEndU6uO
>>452
飛び道具での負傷者が一番多ければ、それが主たる戦い方と言って良いでしょう。
しかし、飛び道具の応酬を主たる戦いに定義する事と、鈴木の掲げる遠戦志向の定義には
大きな隔たりがあります。
そこが問題視されているのです。
鈴木は、飛び道具での死傷者と白兵戦での死傷者の割合から、
まるで白兵戦は日本では殆ど行われず、飛び道具の応酬が戦の決着を決めたかのように主張し、
その戦闘形態を遠戦志向と定義していますが、
これは論理の飛躍だと思います。
「飛び道具の応酬だけで戦の決着がつく事は、稀だろう」
「最後は近接白兵戦で決着をつけるのが自然な流れだろう」
そのような疑問から、>443のような反論が出されたわけであって、
戦闘の主力兵器を飛び道具とする事に関しては反論は無いと思います。

鈴木氏の主張
飛び道具の負傷者が多く、白兵戦でのそれが少ない。
白兵戦は殆ど行われない。
日本の戦いは飛び道具の応酬であり、始まりから終わりまでそれに終始した。

反対側
飛び道具の負傷者が多く、白兵戦でのそれが少ない。
日本の戦いは飛び道具の応酬が中心。
だからといって、白兵戦が行われないわけではなく、
戦闘の決着をつけるには、白兵戦が決め手。


460 :人間七七四年:2007/10/22(月) 22:13:13 ID:Kupy2mfU
>>459
なるほど。
そう説明してもらえばよく分かる。

461 :人間七七四年:2007/10/29(月) 10:12:43 ID:OdXyRH/z
鈴木氏の本の中で、
長曾我部元親が、「3回に2回は銃撃で勝利した。槍戦までいくのは稀」
といってるのを引用して、遠戦志向説の根拠にしている。
しかし、よく考えてみるとこれはおかしい。
これが正しくても、3回に1回は銃撃+槍戦になったわけだから、
白兵戦がなかったとはいえないし、
わざわざ元親が自慢してるってことは、普通は銃撃だけで決着が
つかないことの方が多いってことになるんじゃないか??

462 :人間七七四年:2007/10/29(月) 23:22:16 ID:QjVC85Xd
普通の事だったらわざわざ自慢しないし記録にも残らんかもな。

463 :人間七七四年:2007/10/30(火) 02:05:08 ID:YcuNRKk3
兵も武器も武士の私有財産である 課せられた軍役の分の兵・武器を調達するため
貯金を崩したり、場合によっては借金もしなければならない これらを戦闘で滅失したら
またまた自前で補充しなければならない

戦争に勝利するに越したことはないが、負けても主家を見限って他家に仕官すればよく、
場合によっては、負けて主家が滅ぶほうが有難い場合もある 勝敗に関係なく、極力、
自分の財産の損失を抑えるというのが武士にとって基本である 自家の存続が第一目的
である 財産が減れば減るほど家中や地域において自分の発言権・存在感が低くなる

とにかくローコストで最大限の効果を得なければならない そのためには鉄砲・弓を揃え、
不足なく戦場に弾薬・矢・食糧・修理工・・・を送り込むのが上策か? はたまた、白兵突撃
で騎馬・人間を突っ込ませるのが上策か?






464 :人間七七四年:2007/10/30(火) 03:49:36 ID:O18MsZS6
>>463
そんな両極端の考えしかできないんじゃあ、すぐにお家が滅びそうだな

465 :人間七七四年:2007/10/30(火) 07:01:51 ID:fSB30Dkl
とかここで批判している奴らも
結局は鈴木程の知識も発想力もないんだろうな

466 :人間七七四年:2007/10/30(火) 08:22:57 ID:+qve/OOw
↑釣り乙

467 :人間七七四年:2007/10/30(火) 21:00:16 ID:YcuNRKk3
>>464
もちろん臨機応変にやるのは当たり前だ

あくまでも乾坤一擲の決戦で自分の部隊をすり潰してしまえばそれでその武士は終わり
・・・というのは言い過ぎかも知れんが少なくとも活動停止しなければならんってこと

自前の部隊を再編成しようとしたら相応の金と時間がかかる 当然、領内から不平も
出る この時代、(その地域のリーダーたる)武士に絶対服従ってことはないんだから、
逃散・一揆・反乱・下克上すらありうる 少なくとも領内は疲弊する

こうなると隣国の武士に攻め込まれるかも知れんし、下手したら夜盗の襲撃にも勝てん
かもしれん

絵に描いたような白兵戦闘なんてよほどのことではないとそうそうできんのではないかと
思う

468 :人間七七四年:2007/10/31(水) 06:55:06 ID:4euHDTvF
この人の「騎馬の突撃は無かった」の根拠の一つである木曽馬に鎧を着た人を乗せて走らせたら10km程度しか出なかったって奴って、妥当な実験なの?
その馬は鎧を着た人間を乗せて走る訓練を受けていたの?

469 :人間七七四年:2007/10/31(水) 07:54:00 ID:jXyLJW1a
NHKが大河ドラマの撮影の為にやった実験、妥当性はない

470 :人間七七四年:2007/10/31(水) 17:07:05 ID:x7OIK0Vy
「中世の馬の状態がどのようであったかを、NHKが「歴史への招待」のテレビ
番組で実験していたが、それによると、実験馬として、鎌倉時代の馬と同じよ
うな体高130センチメートル、体重350キログラムの馬を使い、鎧、冑、
鞍の重量として45キログラムの砂袋と、体重50キログラムの人間の合計
95キログラムを乗せて走らせた。
 大学の馬術部員の話では、歩調が重く鈍くなり、駈歩をしていたのに、すぐ
速歩に落ちてしまったという。
 普通、駈歩は、分速約300メートルの速さであるが、実験馬は、分速150
メートルに達していなかった。そして、乗馬してから十分で馬は大きく首を振
り、やっと走っているという状態で実験を終了している。たった十分問である。
 よって、当時の合戦の実情が推測できよう。決してテレビや映画の時代物の
ように、勇壮に駆け続けるわけにはいかないのである。軍隊でも、駈歩は約5
00メートルぐらいで、直ぐ速歩に速度を落としていた。今日、小柄な騎手を
乗せた大形の競走馬でも、全力疾走できるのは200〜300メートルといわ
れている(若野章『日本の競馬』)。そこで長距離レースでは、騎手はどこで
力を出させるかに苦心し、レースの駆け引きをするのである。」
※ 坂内誠一前掲著 P118

471 :人間七七四年:2007/10/31(水) 17:12:04 ID:x7OIK0Vy
※ 坂内誠一著『碧い目の見た日本の馬』(聚林書院 1988年) P118


472 :人間七七四年:2007/10/31(水) 17:49:05 ID:Blc3bqSe
>>470
これが載ってる「歴史への招待」を持っているが、出版されたのはもう20年前になる
このあと、20年間、誰も実験してないという・・・・


473 :人間七七四年:2007/10/31(水) 18:20:42 ID:x7OIK0Vy
よくこのNHKの実験例に挙げて
サラブレッドと比べて日本在来馬は「ダメだダメだ!」「こんな馬に乗って戦
えない」とか言ってるけど、実験するなら同じ条件で、サラブレッドも走ら
せて比較しないと意味がないでしょ。

果たしてサラブレッドが95キロも背負って10分間も平気で走れるか?
因みに中央競馬のレースでは50〜60キロ前後の重量を背負って走るのみ。
10分間も走ることなんて無くて長距離レースでも精々3〜4分間走るのみ。
同じ実験をサラブレッドでするともっと悲惨な結果になるかもしれないよ。

もっとも近代になって競争目的に品種改良されたサラブレッドと比べる事
事態が本来邪道だと思うけどね。


474 :人間七七四年:2007/10/31(水) 20:44:41 ID:TdlSSTS4
>>470
この馬は重いものを乗せて走る訓練を受けていたのか?
運動をしてないピザデブに体重の三分の一の重量を持たせて走らせてもすぐに息切れするのは当たり前だろ。

475 :人間七七四年:2007/11/01(木) 00:40:18 ID:1obeTmEv
日本は古代に馬が使用された形跡がみつからず古墳時代に、
モンゴルなどの遊牧民族やそれを模倣し乗馬が広まった中国で使用された馬と同種の蒙古馬が輸入されて、定着したと考えられている。
隋や金では馬まで鎧で覆った重騎兵を決戦兵種にしていたが・・・
スキタイやローマ、パルティアで使われた馬も同じ軽種馬に入る。

476 :人間七七四年:2007/11/01(木) 01:34:04 ID:ZWKXiCuL
>>475
>隋や金では馬まで鎧で覆った重騎兵を決戦兵種にしていたが・・・
ここ頂き!

広く普及したかどうかは兎も角、日本でも古墳時代の馬兜や戦国期の馬用の甲
冑がある。鈴木が言うように、もし騎乗で戦わないのなら、わざわざ馬に甲冑
を着せて防御する必要など無くなる。

ところが日本にも馬用の甲冑が存在する。
ということは実際に騎乗で戦っていた証。

477 :人間七七四年:2007/11/01(木) 08:45:40 ID:AsyEUlUQ
>>476
鈴木氏も、騎乗戦闘は認めてますよ。
一旦徒歩になって戦った後、敵が敗走したら、また騎乗して追撃する記述をあげている。
逆に、敗走サイドも、名のある奴は、当然騎乗して逃げる。
追撃戦も立派な戦闘だよね。

478 :人間七七四年:2007/11/01(木) 08:54:59 ID:CIa4DMWP
>>476
>もし騎乗で戦わないのなら、わざわざ馬に甲冑を着せて防御する必要など無くなる。

馬上で戦闘する際に馬鎧を着用して馬を防護するために用いられた一方で後北条氏の
着到状などをみると、行軍時に見栄えをよくする目的として馬に金を施した馬鎧を着せろ
と指示していたりします。

479 :人間七七四年:2007/11/01(木) 15:05:00 ID:ZWKXiCuL
>>477
鈴木眞也はこう言ってる。

「源平時代の代表的な名馬である『生食(いけずき)』にしても、体高約145センチに
すぎなかったし、源義経の乗った『青海波』は、142センチであった。
(中略)こんな小さな馬が重武装の兵士を乗せて駆け回れたものかどうかはなはだ疑問」

「小さな馬が重たい鎧武者を乗せて、三々五々トコトコと攻めかかっていった
ところで、いったいどういう効果が期待できたのだろう」


鈴木は馬が小さいが故に重武装の鎧武者を乗せて駆け回れないと言う理屈を振りかざしている。
この理屈だと追撃も含めて騎乗戦闘は全て不可能。
追撃時の騎乗戦闘はあったと言うのなら、言っていることが矛盾する。

480 :人間七七四年:2007/11/01(木) 15:24:25 ID:ZWKXiCuL
>>477
日本在来馬が追撃戦専用としてなら使えて、それ以外の騎乗戦闘では使え無かったと言うが
日本在来馬は蒙古馬とほぼ同じサイズ(そもそも蒙古馬の子孫だから)
鈴木の価値基準では蒙古馬は小さなポニーということになるが、
蒙古馬を駆使したモンゴル帝国が追撃戦以外の騎乗戦闘は出来なかったなんて
話は聞いた事が無い。
またモンゴル帝国以外でも東アジアでは蒙古馬系の馬が最も一般的にだったが、
追撃戦以外の騎乗戦闘は出来なかったなんて話は聞いた事が無い。

鈴木眞也の主張は論理破綻してる。

481 :人間七七四年:2007/11/01(木) 15:48:35 ID:ZWKXiCuL
>>477
追撃以外でも馬に乗って戦った様子は、文献や絵画に数多く記録されている。
(一例・蒙古襲来絵詞)
ttp://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/moukoshurai/e04.htm

482 :人間七七四年:2007/11/01(木) 15:57:41 ID:CIa4DMWP
↑何度も連投するなカス一つにまとめろ


483 :人間七七四年:2007/11/01(木) 21:46:30 ID:/qtrrnUp
>>478
>行軍時に見栄えをよくする目的として
書いてある?

484 :人間七七四年:2007/11/01(木) 22:41:59 ID:1obeTmEv
>>483
書いてない。まったく事務的な書面。
鈴木はさらに西洋の軍馬はサラブレッドと言うが、サラブレッドは18世紀以降成立した種で骨折しやすく軍用にはまったく不向き。

485 :人間七七四年:2007/11/01(木) 22:45:07 ID:/qtrrnUp
>>484
だろうね

486 :人間七七四年:2007/11/01(木) 22:47:39 ID:1obeTmEv
さらに>>89みたいに日本馬より小さなスウェーデン騎兵が騎馬突撃で戦ってるんだが。
大柄な北欧人を乗せて。

487 :人間七七四年:2007/11/01(木) 23:04:37 ID:vTfnUbjw
中世ヨーロッパ的な全軍の騎兵を一つにして一斉に突撃する様な事は無かったが個々の部隊レベルでの突撃は場合によってあったって事でFA?


488 :人間七七四年:2007/11/01(木) 23:30:46 ID:hHU081jY
>>313
その時代でも合戦の多くは散兵による射撃戦に占められていた。
下手すればそれだけで相手を撤退に追い込む事もあった。
基本的に重装歩兵が前進を始めるのは相手の散兵が退いた後。
その重装歩兵も多くが突撃前に投槍等の飛び道具を使う。
そうして相手の体勢が崩れて初めて突撃するんだ。
相手が万全な状態で突撃するのは余程戦力に差がある時のみ。
ソースはAdrian GoldsworthyのFall of Carthage。

489 :人間七七四年:2007/11/02(金) 23:01:26 ID:G/GCWryZ
>>479
追撃戦は軽装で討ちかかったという主張かもしれない。
よく言われる「深追いするな」は、軽装で追撃した場合、

490 :人間七七四年:2007/11/03(土) 01:16:38 ID:YEGtviT+
>>489
鈴木眞也本人の口からそういうトンデモな言い訳を是非聞きたい。
「日本の馬は小さいから重い鎧着た武者は乗せて走れなかったけど、
追撃に移ったら武者は鎧を脱ぎ捨てて軽装になったに決まってるから
馬に乗って戦えた!」って感じに。

てか、そもそも「追撃戦のときだけは馬に乗って戦った」って言うのも
最初は言ってなかったよな。
追撃戦の史料が特に豊富にあって誤魔化しようが無いから
苦し紛れに言ったに過ぎないってことだろ。
先に言った事と矛盾してしまったけどな。

491 :人間七七四年:2007/11/03(土) 02:13:43 ID:kI2Ds42H
騎馬武者クラスは知行地から兵を集めて訓練するだけで精一杯だったんだからかれらを集めて騎馬隊として組織するなんて不可能。
騎馬隊は存在しえない。

492 :人間七七四年:2007/11/03(土) 02:45:50 ID:kI2Ds42H
http://www.spacelan.ne.jp/~daiman/rekishi/takeda04.htm
ここで騎馬隊が存在するのが不可能だと言う事が完全に証明されている。

493 :人間七七四年:2007/11/03(土) 08:17:37 ID:hTdm1pPX
馬が小さい小さい言うなら馬と正面から相撲でも取ってみろや。
小さいから迫力ないし、戦力として期待できないんだろ?
なんだったら馬に限らず、人間より体高の低い他の動物とも相撲とってこいや!

494 :人間七七四年:2007/11/03(土) 08:42:38 ID:Vf6KmjpG
>>492
これはひどいw
このスレで論破されてるポイントばかり

495 :人間七七四年:2007/11/03(土) 11:49:54 ID:Dol9wJpC
>>494
何がおかしいのか具体的に指摘してみたら?

496 :人間七七四年:2007/11/03(土) 11:55:25 ID:Vf6KmjpG
>>495
このスレ最初から読むといいよ

497 :人間七七四年:2007/11/03(土) 13:17:14 ID:Dol9wJpC
問題は馬の大小ではない
まず日本では去勢技術がなかった
これは馬を集団的に戦闘用に使用するのにかなり重要である
実はローマや中世ヨーロッパの十字軍も当初、去勢技術を知らず、実戦で支障が
かなり出た
突然、牡馬がいな泣いて敵に位置を知られたり、戦闘中に勝手に敵の牝馬を追い
駆けたりしたのが記述されている

第2にハミや鞍や鐙、そして最も重要な蹄鉄が日本では集団使用の騎兵用に作ら
れていないことだ
モンゴルではもともと遊牧民であり、長距離移動に適した馬具であり、さらに日
本の軍装に比べ軽装である
サルマティア、ゴート、ローマ後期、ビザンティン、ササン朝、中世ヨーロッパ
北魏、突厥などは重騎兵(あるいは鉄騎)を使用したが、馬具も堅固なものに改
良されている

もともと農耕馬である日本の馬は戦闘用には適していない
しかも水田が多い泥寧地の多い日本では騎兵の集団使用が適している地形は少な

そのため日本では長い槍のファランクスのような槍兵集団戦術が発達したのだろ



498 :人間七七四年:2007/11/03(土) 14:08:45 ID:Vf6KmjpG
330 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2007/11/03(土) 14:07:32 ID:Vf6KmjpG
>>497それ
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156992018/314
のコピペじゃんw

315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2007/10/09(火) 22:15:13 ID:GBHWE9KA
日本の馬は古墳時代以降に大陸から輸入した蒙古馬で、農耕馬ではない。
遊牧民族の蒙古馬と同じ。
集団戦に向かないなら、鐙すらないアレクサンダー帝国やローマでどうしてあれだけ騎兵が活躍したのだろう。
鐙も鞍も蹄鉄もないヌミディア騎兵が、ローマすら敵わない最先端のカルタゴの包囲戦術の要だったのはなぜか。
サルマティア、ゴート、ローマ後期、ビザンティン、ササン朝、すべて鐙の存在すら知らなかった国じゃないか。
鐙がない時点で乗りこなしは日本の騎馬にはるかに劣る。
馬にまたがって手綱を握り、両足で馬の体をはさんでしがみつくしかなかった時代なのに、
なぜ軽騎兵ばかりでなく全身馬鎧で固めたカタフラクトがパルティアや東ローマで活躍したのか。
隋や金、清の鉄騎兵のように人馬ともに鉄の鎧で覆った超重騎兵は蒙古馬だったが?

323 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2007/10/15(月) 01:59:12 ID:Q8ZtZo+e
日本の馬をポニーサイズとバカにしてる連中は、とりあえずこの文でも読めよ。
短く簡潔で、しかも思い違いを解消してくれるぞ。
ttp://www.sasakijo.com/kiba.htm

499 :人間七七四年:2007/11/03(土) 14:11:32 ID:Vf6KmjpG
ちなみにチンギスハーンのモンゴル帝国でも蹄鉄は使われてないよ

500 :人間七七四年:2007/11/03(土) 14:20:15 ID:rSxjVTHh
>>497
>もともと農耕馬である日本の馬は戦闘用には適していない
>水田が多い泥寧地の多い日本

      ,一-、
     / ̄ l |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■■-っ < んなーこたーない
    ´∀`/    \__________
   __/|Y/\
 Ё|__ | /  |
     | У   |

501 :人間七七四年:2007/11/03(土) 17:21:58 ID:YEGtviT+
>>492
>昔の日本馬は体高(肩までの高さ)が120〜150cm、
>人間の身長が160cmとすると、馬の頭が人間の顔より下に位置します。

あのね、馬には首がついてるんだよ。
馬の体高が120〜150cmなら、その上に首があって
馬の頭は人間の顔より上に位置します。

502 :人間七七四年:2007/11/03(土) 17:50:49 ID:YEGtviT+
>>497
>まず日本では去勢技術がなかった
去勢技術はあると便利だけど、必要不可欠なものではなかったでしょ。
現在の競走馬も極めて一部の牡馬を去勢してるだけで殆どの馬は去勢しない。
でも十分に統制は取れて問題なくレースは行われる。

>第2にハミや鞍や鐙、そして最も重要な蹄鉄が日本では集団使用の騎兵用に作ら
>れていないことだ
ハミや鞍や鐙は思いっきり日本で使われてたぞ。
蹄鉄は使われてなかったけどけど、これも必要不可欠なものではなかったでしょ。
馬の先祖は元々蹄鉄なんか履いてなかったけど、厳しい生存競争を生き抜いて進化
してきたんだから。
日本は山が多い。山道は土が流されやすく石や岩だらけになって固い蹄鉄では
滑って歩きにくい。そんなときは馬草鞋でも履いといたほうがいい。
それに日本では人間も靴を履かないで野山を駆け回って問題無かったんだから
馬が蹄鉄を履かなくてもそれほど問題なかったんじゃないの。

503 :人間七七四年:2007/11/04(日) 05:32:35 ID:Ivbq8Q7q
この人は投石が広く使われてたって言うけど証拠は本当にあるの?
よく投石による負傷が多いって軍役状を出してくるけど、そもそもどうやって投石による打撲傷と金砕棒や鉄棒による打撲傷を区別してたの?
あと武田軍が投石兵を多用していたってソースは何?

504 :人間七七四年:2007/11/04(日) 16:25:22 ID:3vARw3oG
>>476
>>478
その馬鎧は装飾用じゃないのか?
それって精々が革製だろ?
戦闘で役に立つのか?
特に鉄砲が大きく普及した戦国時代後期なら意味が無いどころか単なるデッドウェイトになる。

505 :人間七七四年:2007/11/04(日) 17:39:19 ID:YrvnUVjD
>>504
装飾なら革鎧と同じ製法の練革で作った馬甲札など使わず、布で十分なはず。
他に鉄製や鎖製のものもある。

506 :人間七七四年:2007/11/04(日) 17:54:38 ID:pd6ecAyB
馬の保護という側面も持ち合わせている一方で後北条氏の場合では
防護よりも装飾で使用されたという意味で>>478を書いたんだけどな。

>>476に聞きたいことなのだが、馬鎧を着用=騎乗戦闘があったという
ことは騎乗している者の馬にはすべて馬鎧が着用されていたということ?
馬鎧を着用した事例を見ても集団で用いたようなものはないけど。

507 :人間七七四年:2007/11/04(日) 18:01:56 ID:0iCdxN8m
>行軍時に見栄えをよくする目的として
訂正したら

508 :人間七七四年:2007/11/04(日) 18:05:12 ID:pd6ecAyB
その部分は訂正する必要ないよ。今見て間違いに気づいたのは
着到状にではなくそれに付属するような形で大名(この場合は後北条氏)
から武具に関して細かい指示があったのはたしか。

509 :人間七七四年:2007/11/04(日) 18:11:04 ID:0iCdxN8m
行軍時に見栄えという内容はないと思うが

510 :人間七七四年:2007/11/04(日) 18:13:55 ID:pd6ecAyB
永禄12年に大藤式部丞へ出された文書に書いてある。

511 :人間七七四年:2007/11/04(日) 22:08:59 ID:W15ROziA
>>506
>馬鎧を着用=騎乗戦闘があったという
>ことは騎乗している者の馬にはすべて馬鎧が着用されていたということ?
いや
騎乗戦闘がないなら馬鎧は無意味。→馬鎧の着用は騎乗戦闘が行われていた事を裏付ける。
騎乗戦闘は馬鎧がなくても出来る。→全ての馬に馬鎧が着用されていたことにはならない。

512 :人間七七四年:2007/11/04(日) 22:35:05 ID:W15ROziA
人間も身分の低い者より身分が高い者のほうがコストをかけて重装化して防御
力をアップさせるでしょ。
身分が高い武士が人間だけでなく馬も含めて重装化と防御力のアップを図った
ってことじゃないの。
コストをかけて重装化したほうが見栄えも良くなるしね。


513 :人間七七四年:2007/11/05(月) 01:16:42 ID:vUyjGqLz
>>511の意見は強引な気がするな。戦国時代以前ならまだしも
戦国時代になって馬鎧を着用するように指示しているのって
後北条氏ぐらいしかみたことないのだが。武田や上杉など諸大名の
着到状などを見ても馬上の武者に兜や籠手などの着用は指示しているものの
馬鎧についての記述が一切見られない。これはどう説明するの?もしあるの
ならソース提示してくれ。どうしても自分の中では戦国時代以前ならまだしも
戦国時代から江戸時代にかけては馬鎧の有無が直接騎乗戦闘の有無に繋がると
は思えない(関与はあったとは思うけども)。

>>512
>人間も身分の低い者より・・・・・防御力のアップを図ったってことじゃないの。

後北条氏などでは着到状が出された者は武装面で「いかようにでもせよ」といった指示が
無い限り、いかに身分が高い者でも勝手に面頬や前立など武具を使用したり変更したりしては
いけなかったが?

>コストをかけて重装化したほうが見栄えも良くなるしね。
これをあなたが言ってはいけないでしょう。あなたは今まで見栄え、すなわち
軍容を誇ることではなく、騎乗戦闘の有無についてのみ馬鎧の存在価値を述べて
いるのに今更見栄えがどうとか言ってほしくないな。

514 :人間七七四年:2007/11/05(月) 03:54:09 ID:ujReUg+7
>>513
言い掛りをつけるのが目的なのか・・・
それとも、読解力がないのか・・・

515 :人間七七四年:2007/11/05(月) 04:00:32 ID:ujReUg+7
>>513
一点目
>>511の意見は(以下ry
その答えは>>511にある。
>>511をもう一回読め。一回で理解出来ないなら理解出来るまで何回でも読め。

逆に聞きたい。そっちは何のために重い馬鎧を装着してたと思ってるの?
まずそこを聞いておこう。


二点目
>後北条氏などでは(以下ry
自発的だろうと上からの命令だろうとそんな事はここで問題じゃないんだよ。
要はこの時代身分が高い武士ほど重装化と防御力のアップを図ってたってこと。
コストをかけて重装化することは、戦闘力や生存性の向上とともに、その人の財力や権力(身分の高さ)を表し、見栄えもよくする。
見栄えのよさは封建制下のリーダーシップにも影響する。


三点目
>これをあなたが言ってはいけないでしょう。(以下ry
馬鎧の存在が騎乗戦闘の実在を裏付けることについて述べたが、見栄えとしての意味を否定したことは一度も無い。そんな箇所があるなら具体的にアンカーで示してくれ。
当時の武士は身分が高くなるほど、自らの見栄えに拘るのは当たり前のことで、
身分によって見栄えに差をつけることは、封建制度に基づく身分制度を維持するために必用なことでもある。

ただし、単に見栄えの向上だけが目的なら他に手段はいくらでもある。わざわざ重い馬鎧などつけなくてもよい。従って、あくまで実際の騎乗戦闘で防御力を向上させることが馬鎧の本質的な目的である。

516 :人間七七四年:2007/11/05(月) 04:16:46 ID:vUyjGqLz
どこが言い掛かりなのか詳細書けよ

517 :人間七七四年:2007/11/05(月) 06:05:24 ID:vUyjGqLz
>一点目
戦国時代では騎乗戦闘を行なう過程で馬を保護するために馬鎧を着用していたというよりは見栄えをよくする
つまり軍容を誇るために着用する装飾的傾向が高かったと考えられる。これは後北条氏の史料からも明らか。

>騎乗戦闘がないなら馬鎧は無意味。→馬鎧の着用は騎乗戦闘が行われていた事を裏付ける。
>騎乗戦闘は馬鎧がなくても出来る。→全ての馬に馬鎧が着用されていたことにはならない。
俺が言いたいのは「馬鎧を着用している=騎乗戦闘の有無」という定義が強引なのではないかということで、
別に騎乗戦闘が無かったとかそんなことを言っているわけではない。室町時代ごろまではそれで通ずる部分も
あるかもしれないが、戦国時代においては後北条、武田、上杉などの着到状や関連文書を見た限りでは
少なくとも馬鎧の存在が騎乗戦闘の有無の要因だったとは考えにくい。

>二点目
>要はこの時代身分が高い武士ほど重装化と防御力のアップを図ってたってこと。
その根拠は?
>その人の財力や権力(身分の高さ)を表し、見栄えもよくする。
だ・か・らそれを家臣の知行高に応じて着到状や朱印状で大名が細かく軍勢のいでたちについて
指示を出すのでしょうが。それを「自発的だろうと上からの命令だろうとそんな事はここで問題
じゃないんだよ。」という理由から自分勝手に着飾っていいものではない。
そもそも自由に着飾ってもいいのなら着到状や朱印状の存在意義が無くなってしまう。

>三点目
「騎乗戦闘がないなら馬鎧は無意味」、>>476「もし騎乗で戦わないのなら、わざわざ馬に甲冑
を着せて防御する必要など無くなる。」ここらの文脈からしても見栄え重視の装飾目的としての
馬鎧の存在価値を直接ではなくても間接的に否定しているようなものだろ。なぜなら>>476>>511
の意見では装飾目的という部分に関してまったく触れていない。騎乗戦闘が無い=馬鎧の存在価値は
無いとしているようなもの。

>身分によって見栄えに差をつけることは、封建制度に基づく身分制度を維持するために必用なことでもある。
これは二点目でも説明したように知行高に応じた武装、すなわち身分に応じた格好を大名から指示されていた。

>ただし、単に見栄えの向上だけが・・・・・・・
装飾的目的のためだけに使用されたとは言っていない。本質的には馬の防護だったとしても戦国時代においてはその側面が大きかったと
いえる。もし戦国時代においても馬鎧を装飾目的としてではなく、馬の防護のみとして使用したならば
馬鎧自体に金を施す必要もない。馬鎧に金を施したということは何度もいうが馬の防護目的というよりも
装飾目的として考えた方が自然ではないのか。
馬鎧を指物や馬印のように見栄え向上の一種としてとらえることはできないのか。

518 :人間七七四年:2007/11/05(月) 06:13:13 ID:vUyjGqLz
三点目の「本質的には馬の防護だったとしても戦国時代においてはその側面が大きかったと
いえる。」の「その」は装飾的目的を指している。一応補足。

519 :人間七七四年:2007/11/05(月) 13:58:20 ID:DX810xy4
見栄えと防護両方を兼ねていたと言う思考が何故出来ないのか

520 :人間七七四年:2007/11/05(月) 15:00:50 ID:QaleedpP
>>519
一言で決着したなw

521 :人間七七四年:2007/11/05(月) 15:53:47 ID:QaleedpP
甲冑も防護と装飾を同時に兼ねているような

522 :人間七七四年:2007/11/05(月) 16:10:42 ID:vUyjGqLz
>>519
俺は初めからそのつもりで言ってきたんだがなw

523 :人間七七四年:2007/11/05(月) 16:11:32 ID:vUyjGqLz
ごめん>>518だった

524 :人間七七四年:2007/11/05(月) 17:24:20 ID:ujReUg+7
AとB二つの事実が有るとき
誰かがAと主張した。
するとその人物がBを否定したと詭弁を使う>>517

525 :人間七七四年:2007/11/05(月) 17:25:45 ID:ujReUg+7
>>519
その通り。

その内の防護目的があるというのは馬に乗って戦闘が行われていた何よりの証拠。
(↑こう書くと見栄えの目的が無いと書いてあるかのように詭弁を使う奴がいる。)

526 :人間七七四年:2007/11/05(月) 17:31:18 ID:ujReUg+7
>>517
なんで武田、上杉などの着到状が、なんで
「馬鎧が使われていた→騎乗戦闘が行われていた」
という主張を否定する理由になるんだ?

527 :人間七七四年:2007/11/05(月) 17:36:10 ID:ujReUg+7
「この時代身分が高い武士ほど重装化と防御力のアップを図ってた」

>>517
>その根拠は?

足軽の装備と大名の装備を比較してみれば明らかだろ。
聞くかね?普通



528 :人間七七四年:2007/11/05(月) 17:57:57 ID:ujReUg+7
人間用の鎧でも馬鎧でも、鎧の本質は敵の攻撃から身を守ること。
つまり鎧を着けた人も馬も敵と戦っていたということだ。
(↑こう書くと見栄えの目的が無いと書いたかのように詭弁を使って言い掛りをつける奴が湧きそう)

529 :人間七七四年:2007/11/05(月) 18:03:49 ID:ujReUg+7
騎乗戦闘が無ければ馬鎧が存在しえないのは明らか。

530 :人間七七四年:2007/11/05(月) 21:09:03 ID:QaleedpP
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  .  ヽ、__、/<    ヽ、__、-    /^゙-、;;;;/
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    λ   ____        /-'^"
     ヽ,_  `ー─''´       (
     /`''丶、     , -    /^l
    /  /( ノ `'''''''´~ _, - ' ~ ゙i、
    { / /| ̄ ̄ ̄ ̄   _,-'^¨ }
    {/ /  ゙ー────'~   \|
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531 :人間七七四年:2007/11/05(月) 21:14:04 ID:QaleedpP
二人とも仲直りしないとAA百枚貼るぞ!

532 :人間七七四年:2007/11/05(月) 23:16:36 ID:PR4NCvde
いったいどっちが言い掛かりつけているのやら・・・・・
反論すれば詭弁だの読解力がないだのってそうやって相手を煽らないと
ろくに反論もできないのか。

533 :人間七七四年:2007/11/05(月) 23:39:25 ID:x1RUCw4a
意図してかしないでか知らんがずれた事を言えばああいう反応になるのが自然じゃないのか
煽るような格好になってるのは悪いが結局きちんとした反論が出来ないことの方が問題だと思うぞ

534 :人間七七四年:2007/11/05(月) 23:40:29 ID:PR4NCvde
>装飾なら革鎧と同じ製法の練革で作った馬甲札など使わず、布で十分なはず。
他に鉄製や鎖製のものもある。

装飾目的ならなぜ布でも十分なのか説明してほしい

535 :人間七七四年:2007/11/05(月) 23:42:43 ID:PR4NCvde
>>533
それは君も同じだよ

536 :人間七七四年:2007/11/06(火) 00:02:24 ID:vsMqQmca
>>535
日跨いだけど俺は件の議論には参加してないよ

537 :人間七七四年:2007/11/06(火) 00:13:37 ID:+WqZVDN2
そうなのか。それはすまんかった

538 :人間七七四年:2007/11/06(火) 03:01:47 ID:+WqZVDN2
>AとB二つの事実が有るとき 誰かがAと主張した。するとその人物がBを否定したと詭弁を使う>>517
だが今までの言動を見る限り、Bの側面を無視している言動が多々あるが?
見栄えに関しても触れていたと主張しているというのならそれでも構わないけど。

>その内の防護目的があるというのは馬に乗って戦闘が行われていた何よりの証拠。
何度も述べたことだが戦国時代においての馬鎧は防護という側面を持っていることは事実であるが後北条氏の
例から見ても、馬鎧は防護というよりも軍容を誇るための装飾目的の面の方が非常に強かったということであって
騎乗戦闘の存在そのものの有無を否定しているわけではない。

>なんで武田、上杉などの着到状が、なんで「馬鎧が使われていた→騎乗戦闘が行われていた」
という主張を否定する理由になるんだ?

まず戦国時代において後北条氏の場合、何度も説明してきたように馬の防護目的よりも軍容を誇る装飾目的の
傾向が高いことが着到状や関連文書から伺える。武田、上杉などの諸大名においては着到状や関連文書から
多い者で数十騎もの騎馬武者の記述がみられるものの、馬鎧に関する記述はみられない(一部では使用されていたのかも
しれないが見たことがない。知っている方は情報を提供してもらいたい)。
何がいいたいかというと、しつこいようだけども、戦国時代において騎乗戦闘の有無が馬鎧の有無に直接直結しているとは史料を見る限りでは言いがたい
ということ。なぜなら>>511でもあなたが「騎乗戦闘は馬鎧がなくても出来る。→全ての馬に馬鎧が着用されていたことにはならない。 」と書いているよう(ここは賛同)に
後北条氏などでは軍容を誇るという強い側面を持った着用例以外、<一部例があるかもしれないが> 史料を見る限りでは騎乗している者はつど馬鎧の着用がみられない。
ということは戦国時代において騎乗戦闘時に馬鎧を着用していたのはむしろ稀であったといえるのではないか?
よって馬鎧を着用した一部の騎馬武者による騎乗戦闘があったにせよそれはごく少数派であり「馬鎧の着用=騎乗戦闘の有無」という定義は妥当とはいえないのでは?

馬鎧の本質はたしかに馬の防護であることもよくわかるし、中世の騎乗戦闘の背景には馬鎧はあったのであろう。しかし故笹間氏などの中世研究家の間では馬鎧は南北朝ごろまでは
一部で使用されたものの、戦国時代に入ると実戦用としてではなく軍容を誇る装飾目的としてしばしば使用されたとしている。

539 :人間七七四年:2007/11/06(火) 05:14:42 ID:a2rUMNSb
なんか荒れてるけど、言葉使い次第ではもっと落ち着いて情報交換な感じに有意義に話せる気がするんだが・・・
相手がおかしいと思っても罵るのはやめましょうよ。片方は備の人かな?

540 :人間七七四年:2007/11/06(火) 05:38:58 ID:VXFjaO1O
クックック
もめろもめろ
クックック

541 :人間七七四年:2007/11/06(火) 06:53:07 ID:SiBSDIPp
後北条氏の馬鎧は金で覆われていた。
これは装飾目的である事のヒントの一つだ。
日本の騎乗武者は防護されていない馬にいわば軽騎兵として乗った訳で、馬鎧は軽騎兵の武器である機動性を奪う事になる。
河越城の戦いでも北条氏康が機動性を奪う事になるから馬鎧を外せと言っているから馬鎧が馬の機動性を損ねたのは間違いない。
日本の馬鎧は思いだけでモンゴルの装甲騎兵の物とは違い頑丈に出来ていない。
鉄砲は無論の事矢や槍に対してさえ無力だろう。
馬鎧は上位の者でしか手に出来ないだろうが、それにしては当時の絵画に全く描かれてないし現存する物も殆ど無い。
当時の絵画に乗っている大名は全て普通の馬に乗っている。
馬鎧は珍しい物だったし戦闘に使われた訳でもない。
もし普通に使われたんなら絵画や現物が残っている筈だ。
日本の馬鎧は装飾用以外の何者でもない。

542 :人間七七四年:2007/11/06(火) 13:18:59 ID:SiBSDIPp
>>89の>グスタフアドルフ時代のスウエーデン軍装備目録の、騎兵用軍馬の体高は112〜133cm。
のソースは何?
全然見つからないんだけど。

543 :人間七七四年:2007/11/06(火) 16:25:30 ID:+WqZVDN2
>片方は備の人かな
違いますw

544 :人間七七四年:2007/11/06(火) 18:43:01 ID:vX/sA++2
>>542
確かオスプレイのメンアットアームズ

545 :人間七七四年:2007/11/06(火) 22:09:48 ID:4ZHPItlU
>>538
もうこの際馬鎧は防御と見栄えのどっちの目的がメインだったかはもういいや。
どっちにしろ防御目的があった事は認めてるな。
馬鎧を着けていた比率は低いことぐらいは常識として判りきってる。
しかし比率が高いか低いかは重要ではない。
馬に乗って戦わない社会なら、そこで馬に鎧を着せて防御しようなんて発想は絶対出てこない。
少数だろうと馬に鎧を着せて防御していたのだから、騎乗戦闘が行われていたってこと。

546 :人間七七四年:2007/11/06(火) 22:53:41 ID:j2zuageW
従者が6〜7人ついてる騎馬武者が彼らをおいて突撃する筈が無いだろ。
騎馬隊なんてのは明治時代まで存在してない。

547 :人間七七四年:2007/11/06(火) 23:37:23 ID:qsQAl1sh
お前いいかげんにしろよ。最初から防護目的もあったことは散々書いてきただろうが。
戦国時代においてはそれが防護よりも装飾がメインだったと言っているだけだろう。
「もういいや」じゃなくてそこは認めろよ。

>馬鎧を着けていた比率は低いことぐらいは常識として判りきってる。しかし比率が高いか低いかは重要ではない。
これは重要な要素だ。比率が低かったということは馬鎧の有無が直接騎乗戦闘の有無に直結していなかったことを
物語っている。

>馬に乗って戦わない社会なら、そこで馬に鎧を着せて防御しようなんて発想は絶対出てこない。
その馬に乗る社会が時代の経過とともに実戦的使用から装飾的使用へと移り変わったとなんで考えられない?
前時代の使用方法がそのまま後の時代にも適合するとは限らない。それが戦国時代においては
騎乗戦闘における馬の防護目的よりも装飾目的の方に馬鎧の価値を見出したといえる。
だから俺は何度も「戦国時代においては」と戦国時代以前の時代とを区別して言ってきた。

>少数だろうと馬に鎧を着せて防御していたのだから、騎乗戦闘が行われていたってこと。
その理由だけでは馬鎧の有無が騎乗戦闘の有無に直結しないだろ。
なぜなら>>541にもあるように戦闘時には馬鎧を外していることから見ても馬鎧の着用は戦国時代の
騎乗戦闘に向いていなかったことと軍容を誇る装飾的目的として使用されたことがわかり、
また史料から見ても騎乗戦闘を行なう構成要素に馬鎧の有無が直接関係しているとは思えない。

>少数だろうと馬に鎧を着せて防御していたのだから、騎乗戦闘が行われていたってこと
それは馬鎧を着用した者たちの集団が存在していたということなのか?

しつこいが俺は騎乗戦闘を否定していないし、馬鎧の着用による騎乗戦闘がなかったとも言っていない。
ただ戦国時代においては馬鎧着用による騎乗戦闘よりも馬鎧無しによる騎乗戦闘のほう基本であり、
馬鎧を着用した騎馬武者による騎乗戦闘(実例は知らない)は珍しい事例だった。

548 :人間七七四年:2007/11/06(火) 23:38:15 ID:qsQAl1sh
お前いいかげんにしろよ。最初から防護目的もあったことは散々書いてきただろうが。
戦国時代においてはそれが防護よりも装飾がメインだったと言っているだけだろう。
「もういいや」じゃなくてそこは認めろよ。

>馬鎧を着けていた比率は低いことぐらいは常識として判りきってる。しかし比率が高いか低いかは重要ではない。
これは重要な要素だ。比率が低かったということは馬鎧の有無が直接騎乗戦闘の有無に直結していなかったことを
物語っている。

>馬に乗って戦わない社会なら、そこで馬に鎧を着せて防御しようなんて発想は絶対出てこない。
その馬に乗る社会が時代の経過とともに実戦的使用から装飾的使用へと移り変わったとなんで考えられない?
前時代の使用方法がそのまま後の時代にも適合するとは限らない。それが戦国時代においては
騎乗戦闘における馬の防護目的よりも装飾目的の方に馬鎧の価値を見出したといえる。
だから俺は何度も「戦国時代においては」と戦国時代以前の時代とを区別して言ってきた。

>少数だろうと馬に鎧を着せて防御していたのだから、騎乗戦闘が行われていたってこと。
その理由だけでは馬鎧の有無が騎乗戦闘の有無に直結しないだろ。
なぜなら>>541にもあるように戦闘時には馬鎧を外していることから見ても馬鎧の着用は戦国時代の
騎乗戦闘に向いていなかったことと軍容を誇る装飾的目的として使用されたことがわかり、
また史料から見ても騎乗戦闘を行なう構成要素に馬鎧の有無が直接関係しているとは思えない。

>少数だろうと馬に鎧を着せて防御していたのだから、騎乗戦闘が行われていたってこと
それは馬鎧を着用した者たちの集団が存在していたということなのか?

しつこいが俺は騎乗戦闘を否定していないし、馬鎧の着用による騎乗戦闘がなかったとも言っていない。
ただ戦国時代においては馬鎧着用による騎乗戦闘よりも馬鎧無しによる騎乗戦闘のほう基本であり、
馬鎧を着用した騎馬武者による騎乗戦闘(実例は知らない)は珍しい事例だった。

549 :人間七七四年:2007/11/06(火) 23:42:21 ID:qsQAl1sh
なんか同じレスを連投してしまった。すまぬ。

550 :人間七七四年:2007/11/07(水) 00:29:12 ID:qE/VH7AP
なんか、すげースレが伸びてるw

551 :人間七七四年:2007/11/07(水) 05:37:23 ID:np1TEL/q
金で覆われた馬鎧の重量はどれ位だ?
それをつけてまともに動けるのか?

552 :人間七七四年:2007/11/07(水) 20:00:52 ID:HP3XFM14
>>95なんてお笑いだな。
重い物を運べる=走れる
事にはならない。
駄馬はそもそも重い物を運べるが走れないからこそ駄馬だろうが。
駄馬と侍が使う戦争用の馬を比べるなんて冗談もいいところだ。

553 :人間七七四年:2007/11/07(水) 20:11:38 ID:h/K9rij+
>>547
常識的な最後の3行は正解。





他はどうでもいいからスルー。

554 :人間七七四年:2007/11/07(水) 20:22:03 ID:h/K9rij+
>>552
背負って歩ける重量の3分の1程度を背負っても走れるんじゃね?

555 :人間七七四年:2007/11/07(水) 20:41:37 ID:avwEx5jB
>>554
>>552も言っているように駄馬は人を乗せて早く走ることができないような質の低い馬を指す。
荷物を減らそうが減らさまいが走れない。

556 :人間七七四年:2007/11/07(水) 20:52:48 ID:fI5gTXZm
>>555
>質の低い馬

ここを具体的に聞きたい

557 :人間七七四年:2007/11/07(水) 21:15:32 ID:avwEx5jB
説明するまでもないだろ。もう一度レス読め

558 :人間七七四年:2007/11/07(水) 21:49:37 ID:fI5gTXZm
>>557
読んだが、なぜ人を乗せて早く走ることができないか、の論理的説明はなされていない
これをちゃんと説明せんことには話にならんぞ

559 :人間七七四年:2007/11/07(水) 21:51:47 ID:Iwj+CryR
なんだかわかんないけど
騎馬隊は居なきゃ困るだろw

弓や鉄砲で打ち合ってるだけだと、
装備の優劣と頭数、練成度のみで決着がつく。
でも、敵味方ともに大きな犠牲が出るだろ?
ガツっと蹴散らして敗走させれば、勝ったほうも負けたほうも死人は少なくなる。
そもそも矢玉にも鉄砲玉にも限りはあるわけで、結局白兵戦は避けられない。
したら、突撃して相手を混乱させる為として騎馬隊は必要だろ
上のほうで分速150メートルって出てたが、逆に言うと打ち合ってる状況からヨーイドンで
1分弱で敵陣に突っ込めるってことだろ。
損害を与えるためじゃなく、突撃して敵の遠距離攻撃部隊を混乱させるという目的なら
充分に効果があるんじゃないか?
弓・鉄砲隊が合わせて100人居たとして、そこに騎馬隊が5頭ぐらいつっこんで
槍ブンブン振り回してたら(当たる当たらないじゃなく)、とても弾込めしたりしてられんぞ

という用兵を考慮すると、ゴツい鎧は不要だっただろうな(褌一丁ってことはないにしろ)
と、度素人の俺がスレ斜め読みした上で書き込んでみる

560 :人間七七四年:2007/11/07(水) 22:29:42 ID:MvDq5+Nw
>>543
これは失礼しましたw

561 :人間七七四年:2007/11/08(木) 07:02:06 ID:YdSleurd
>>553>>547の主張をどうでもいいといっているけども
第三者の俺からみて>>547の主張はスルーされるような内容じゃないと思う。
あんまりこの辺は詳しくないからわからんけども
レスを読んでいて>>553の主張は少々極端な気がする。

562 :人間七七四年:2007/11/08(木) 17:46:56 ID:/LX0mwRs
能登国の畠山氏の肖像画をいまだに武田信玄だと思っている人がいる・・・・

http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1194360724/

563 :人間七七四年:2007/11/09(金) 01:11:03 ID:8PkoE7Rm
第三者として客観的にみると
馬鎧が騎乗戦闘の証であるとする意見を無理に否定して
単に見栄えを良くするための飾り扱いにする考えには
無理があるように思える。

564 :人間七七四年:2007/11/09(金) 01:30:34 ID:82nVM45y
そうかなぁ。

まったく無知なオレとしてはどちらとも言えないが。
ひとつのものが時代を経るにつれて、その目的が形骸化し、
次第に飾りになっていく、というのはよくありそうなことだろうし。

そもそも馬鎧が日本で使われだしたのはいつごろなんですか?

565 :人間七七四年:2007/11/09(金) 02:55:36 ID:GvVMtKMd
結局馬鎧が実戦で使われたって証拠はあるのか?

566 :人間七七四年:2007/11/09(金) 04:06:43 ID:Dh42RNrv
武門要秘録には歩兵が騎馬を相手にするなら馬か手綱を狙えと書いてあるが

567 :人間七七四年:2007/11/09(金) 05:33:21 ID:Dh42RNrv
>>565
実際に戦場に着けていたと記録にあるのは唐沢玄蕃と信長の初陣くらいしかしらん。
ほかに天正3(1575)年の家久君上京日記によれば、
上洛した島津家久(貴久四男のほう)が目撃した行軍中の信長は馬廻衆100騎にみな馬鎧を着せていたらしく
戦場でも馬鎧を着けていたであろうと推測はできる。
ttp://reo.lib.kagoshima-u.ac.jp/~kicho/img/H9-4.jpg

ぶっちゃけ、肯定材料になる資料も否定材料になる資料もあんまりないんとちゃいますか?
わざわざ金箔をおしているのに防護のみに使用された(じゃあ金箔張り当世具足は装飾のみが目的か?と言われるかもしれないが)、
もしくはわざわざ甲冑同様の煉革札で作っておきながら装飾のみに使用された、とは自分は思えませんが。
装飾と防具の両方の目的があったのではないですか?
具足櫓 ttp://homepage3.nifty.com/kaccyuu/ 用語辞典の「馬鎧」「馬面」「唐鞍」「大和鞍」がちょっと参考になるかもしれん。
他に馬衣もあるがこれは布で純粋な装飾目的だろうな。

568 :人間七七四年:2007/11/09(金) 21:47:56 ID:o5ntSBjh
「馬鎧が金箔貼ってるから戦闘で使われなかった」などというのは
「金箔を貼った人間用の鎧が戦闘で使われなかった」というぐらい馬鹿げている。

569 :人間七七四年:2007/11/11(日) 21:51:53 ID:l0UhYJSW
桶狭間の合戦は奇襲ではないと主張しているのが鈴木真哉氏ですか?

570 :人間七七四年:2007/11/11(日) 22:18:21 ID:Evy2Svak
じつは鈴木「眞」哉らしいぞ

藤本正行の話題ってぜんぜんでないねー

571 :人間七七四年:2007/11/12(月) 05:29:30 ID:xXyh2LF3
鈴木眞哉さんは横浜市を退職したら、確実にどこかの私大の教授職に就くでしょうなあ

そしたら、その人の研究内容・主張・論旨などよりも肩書きを重視するという異常な日本史界は
鈴木さんの主張を全て認めることは間違いない


572 :人間七七四年:2007/11/12(月) 21:33:58 ID:pH9KRmHB
鈴木って市役所職員なの?

573 :人間七七四年:2007/11/14(水) 02:24:20 ID:NGa1nqv5
>>563はどうみても>>553の自演だろ
レスが不自然すぎる
>>567は100レスぐらい前から読みなおしてこい
そしておまえのレスは馬鎧着用による騎乗戦闘があったという
実例になっていない

574 :人間七七四年:2007/11/14(水) 19:07:08 ID:LyuilKUH
>>572
防衛庁→神奈川県庁みたいだぞ。もっとも市役所といっても横浜は政令市なんで県とほぼ同格なんだが。

575 :人間七七四年:2007/11/14(水) 19:27:31 ID:NGa1nqv5
鈴木眞哉が私大なりの教授になったら戦国板は鈴木信者で荒れるだろうなwww

576 :567:2007/11/14(水) 20:11:17 ID:SiPcT0SK
>>573
あえて立場を言えば、自分は馬鎧の騎乗戦闘を主張する人・装飾と主張する人・どちらにも断言しかねる。
情報が少なすぎると思うんだが。

それと、俺達はお話をしてるんであって、ケンカや政争をしてるわけじゃないじゃない?
解釈が人によって違うのは人間同士宿命みたいなもんなんだし、
それが違うからといって相手の人間性まで憎く思うことも敵味方みたいに壁を作る必要もない。
意見の相違があっても侮辱や挑発をせず、相手をリスペクトするようにしたい。その辺は感情を意識してコントロールするしかない。
俺だって他の板でDQNぽくなるときもあるしきれい事みたいに思うかもしれないけど
そういう信念をもってレスしている人もいるし、何よりこういう諍いは非建設的だ。
俺達は、敵同士じゃない。

577 :人間七七四年:2007/11/14(水) 20:21:03 ID:bZoIV4oD
でもよくもわるくもここってそういう拙さがあるから、
しょうもない厨房の意見が淘汰されて見やすいんだよな

578 :人間七七四年:2007/11/14(水) 20:39:31 ID:NGa1nqv5
馬鎧を騎乗戦闘があった証拠と断言する人はいるが
装飾のみを断言して主張している人はいないだろ
だから100レス前あたりからもう一度読み直せといっているんだ
他の人が書いたレスもちゃんと読まないで非建設的だのいうな

579 :人間七七四年:2007/11/14(水) 23:22:57 ID:b/dJHZIi
馬鎧って敵の弓とかの射撃で、馬が死ぬのを防ぐ目的だと思うんだが
槍とかを防げるような重い鎧を付けるとも思えないし
そう考えると、馬の利用法はやっぱ機動力目的での
乗馬して移動→下馬して戦闘のような気がするんだが

580 :人間七七四年:2007/11/14(水) 23:23:32 ID:7qfnVvDy
馬鎧・馬面
(うまよろい・ばめん)戦国時代

騎馬武者にとって争い乱れる戦場では、戦闘の主力であ
る馬にも武装をさせ その装いから敵を威圧する事も重要
であった。馬鎧と馬面は、布地に革と和紙を使い 漆で塗
り固めて仕上げられ 丈夫で軽量である事からも実戦的で
ある。
http://www.kawagoe-rekishi.com/exhibit/bugu.html

581 :人間七七四年:2007/11/15(木) 01:03:50 ID:+K21Sf+p
>>579
現在このスレでの馬鎧に関する論点は馬鎧を着用していた主な目的と
馬鎧の存在がそのまま馬上戦闘があった証拠になりえるかどうかで
>馬の利用法はやっぱ機動力目的での
乗馬して移動→下馬して戦闘のような気がするんだが
今は↑のような話をしていないと思うんだけど

582 :人間七七四年:2007/11/15(木) 03:05:13 ID:pUrb6qA7
こういった考察も面白いですね。
http://www.sasakijo.com/tenkanote3.html

583 :人間七七四年:2007/11/15(木) 06:34:01 ID:Q3Tv9Ekc
>>580
それで?
だから何?

584 :人間七七四年:2007/11/15(木) 18:11:44 ID:y+Kf+GFP
私は誰?
ここはどこ?

585 :人間七七四年:2007/11/15(木) 18:15:51 ID:pUrb6qA7
そういえば日本には牧場みたいな馬を飼う施設は
いつからあったんだろう。
たぶんそれなりの数使われただろうから専門の馬の牧場があったんだよね?

586 :人間七七四年:2007/11/15(木) 19:03:36 ID:m9Ym7LvF
スレの中頃のレス読んでたら
「飛び道具の死傷者の方が多いなんて常識だろ」
とか書かれてたけど、普通に俺は白兵戦の死傷者のほうが大きいと思ってました。
ライトな戦記物の漫画や小説じゃ普通に白兵戦での戦死者のほうが多いし。

587 :人間七七四年:2007/11/15(木) 23:18:33 ID:RGuQjtAV
馬に乗って戦わない社会で馬鎧という発想は浮かんでこないだろうな。

588 :人間七七四年:2007/11/16(金) 00:33:04 ID:DLg/G0Zy
>>553の自演乙

589 :人間七七四年:2007/11/16(金) 01:13:43 ID:JVv4+vCp
何が?

590 :人間七七四年:2007/11/16(金) 01:57:20 ID:j1kzeRDd
>>587
千年後の日本人は、第二次大戦時の兵隊が軍艦や戦闘機の中に日本刀を持ち込んで
いたことをどうしても理解できないだろうな

・軍艦や戦闘機の中に刀を持ち込んでも意味が無い
・仮に白兵戦闘の用意であったとしても、そもそも日本刀自体が欠陥兵器である

591 :人間七七四年:2007/11/16(金) 14:08:14 ID:82BDNHfs
>>590
戦国時代の馬鎧と、精神的象徴にまで昇華していた
第二次大戦時の日本刀とでは意味が違うので比喩にならんな。

592 :人間七七四年:2007/11/16(金) 15:03:20 ID:82BDNHfs
五個十六国〜隋、高句麗、朝鮮半島、日本に至る古代東アジア地域

後金
ビザンツ帝国
中世ヨーロッパ
これらの地域では馬鎧が使われていた。
馬鎧が使われているのに、馬に乗って戦わない場所が何処にあるというのだ。
馬に乗って戦うからこそ、馬に鎧を着せるのである。

「馬に乗って戦わないけど、馬に鎧着せよう」などという状況は有り得ない。

593 :人間七七四年:2007/11/16(金) 21:35:40 ID:OAf5bEz6
>>592
馬揃え
パレード
閲兵式
力の誇示


594 :人間七七四年:2007/11/16(金) 21:38:25 ID:Txj1jeAk
甲冑の変遷を見るだけで、鈴木説は矛盾だらけになる。

甲冑史料や絵画史料に詳しい藤本氏の著作を読んでみれば、鈴木氏とスタンスがかなり違うことに気付くはず。
徹底的な史料検証を行う結論を出す藤本氏と、エキセントリックな話題を先行させるために
史料を利用する鈴木氏をタイトルに並べるのは藤本氏に失礼というもの。


595 :人間七七四年:2007/11/16(金) 21:41:53 ID:Txj1jeAk
なぜ篭手は片篭手から諸篭手になったのか?
たったこれだけの問いにも『遠戦志向』を主張する鈴木説では説明がつかない。

596 :人間七七四年:2007/11/16(金) 23:00:57 ID:Lq9xbJA6
>>592
お前の意見に賛同している者は誰もいないことにいいかげん気づけ

597 :人間七七四年:2007/11/16(金) 23:15:20 ID:gEr4GQl5
内容のある反論はもう無いみたいだから、騎乗戦闘は無かったと言う事で宜しいか?

598 :人間七七四年:2007/11/16(金) 23:47:39 ID:Lq9xbJA6
>>597
騎乗戦闘がなかったというのは>>581の論点で言う
馬鎧の存在がそのまま騎乗戦闘があった証拠になりえない
ということか?

599 :人間七七四年:2007/11/17(土) 01:50:54 ID:Uq2Iq40w
>>596-597
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  \ ヽ  /         ヽ /
   \_,,ノ      |、_ノ

600 :人間七七四年:2007/11/17(土) 22:17:36 ID:EVq6jQoN
騎乗戦闘がなかったなどというトンデモ説は鈴木すら唱えていない

601 :人間七七四年:2007/11/17(土) 23:32:07 ID:Uq2Iq40w
>>600
>>479

602 :人間七七四年:2007/11/18(日) 12:10:02 ID:av3tgmSY
だいたい 打刀や太刀では首は取れません
馬手差しやせいぜい脇差でしょう

基本的なことが解かってないです鈴木は

603 :人間七七四年:2007/11/18(日) 18:48:32 ID:5XxAeNMG
伝馬や早馬はどうなんだろう?

604 :人間七七四年:2007/11/22(木) 00:52:52 ID:da0D+TTe
しっかし鈴木の言うこと真に受けて
ttp://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/jyuhou_to_rekishi02-03.htm
みたいなシッタカを書くヤシが後を絶たんな…

605 :人間七七四年:2007/11/22(木) 02:38:57 ID:cyXc0VTI
↑内容の信憑性などはともかくとして、そいつはそいつなりに頑張ってるんだろう。
そこは認めてやれ。
他人のHPに文句言っているぐらいなんだから当然>>604はシッタカではない内容のHP
をもっているんだろうな。

606 :人間七七四年:2007/11/22(木) 06:15:27 ID:4owAxbeU
真に受けるも何も、鈴木教授の言うことには説得力があるからしようがない

あ、まだ教授じゃなかったか 間違えた


607 :人間七七四年:2007/11/22(木) 09:49:35 ID:oKvD/RnP
真に受けるも何も、池田大作先生の言うことには説得力があるからしようがない

608 :人間七七四年:2007/11/22(木) 11:10:38 ID:/D17Sh7x
>>605
頑張ってようが頑張ってなかろうが言ってる事が間違いなら間違いでしかない。

609 :人間七七四年:2007/11/22(木) 17:50:46 ID:cyXc0VTI
それが間違いだとしても2chで晒すお前の行為に人間性を疑う。
他人のHPを晒してあーだこーだ言うのなら自分のHPの一つでも
ここに晒してから言えよ。

610 :人間七七四年:2007/11/22(木) 21:02:13 ID:W8basIVu
んだな。

611 :人間七七四年:2007/11/22(木) 21:41:42 ID:xDwB7qNg
605は例のシッタカサイトの当人か。

612 :608:2007/11/23(金) 18:01:27 ID:VZnUzp5v
>>609
俺は604ではない。
「頑張ってるんだから認めてやれ」と言うのはおかしいと指摘しただけだ。

613 :人間七七四年:2007/11/23(金) 18:42:13 ID:iwO/5QNC
「楚へ向かって北に走る」と。

614 :人間七七四年:2007/11/23(金) 20:33:03 ID:x2fBfDov
必死になってる>>612ワロスwwwwwwwwwwwwwwww


615 :人間七七四年:2007/11/23(金) 22:02:26 ID:+kSk84Xi
ttp://miraikoro.3.pro.tok2.com/introduction/introductionmenu.htm うざすぎるぞ

616 :人間七七四年:2007/11/24(土) 00:32:43 ID:TvBGhk9F
↑スレ違い。やるなら晒しスレでやれカス


617 :人間七七四年:2007/11/25(日) 00:13:24 ID:YUt9sQC6
じゃあ話題を変えて。

日本刀は柄が弱くて使うと柄が折れるわ刃がボロボロになるわで使えないと鈴木さんは言ってるそうですけど「戦
ふ日本刀」の引用のやり方に無理があったみたいですよ。成瀬関次さんが日中戦争の粗悪な軍刀について書いて
るのは読めばすぐに分かることなんですが。それなのに「刀と首取り」では「日本刀の構造は今も昔も変わっていな
い」ってような事が書いてあります。

このサイトの左下の「柄に欠陥がある説」の部分です。
http://serious-rabbit.sakura.ne.jp/html/nihontou.html

618 :人間七七四年:2007/11/25(日) 19:20:17 ID:mDJ/A2B4
>>605
うるせーぞ偽善者が

619 :人間七七四年:2007/11/25(日) 20:42:24 ID:9z9xpuDm
人の為す善と書いて偽善

620 :人間七七四年:2007/11/25(日) 23:00:01 ID:XyIQQngh
まあなさぬ善よりなす偽善、という言葉もありますからね

621 :人間七七四年:2007/11/26(月) 00:53:21 ID:4pA4fnp4
偽善者の方が他人のHP晒してあーだこーだ言ってる単細胞な奴よりマシだがな

622 :人間七七四年:2007/11/26(月) 00:56:27 ID:BHRB5tYA
>>617
戦国時代の刀なんてそれこそ粗悪品だらけだっただろうと思う(一部の名刀を除いて)

貨幣すらまともなのを作れず永楽通宝だのを輸入して使っていたのに、量産品の刀
だけずば抜けてまともなわけがない


623 :人間七七四年:2007/11/26(月) 07:43:29 ID:UpSqgv+h
逆に考えるんだ。
日本以外の他の国の刀剣槍類の作り方が雑過ぎると。
明なんて鋳型に鉄流し込んで研いで終わりってな感じだったから。

624 :人間七七四年:2007/11/26(月) 15:49:02 ID:CVpDrjta
>>622
なるほど。
確かに昔からいい物買えるのは金持ちだけだったろうね。
やっぱ数打ちの量産品が多かったし。

だけどそれは「材質」の問題で、鈴木氏のいう「構造的欠陥」じゃあないと思うな。
刀も実際に使ってたわけだしそこまで粗悪なものを納品できなかったのでは。
柄の材料費は相当抑えてたかもしれないけど
材料が粗悪ならそれなりに「壊れない柄」を作る工夫してたと思う。
軍刀の頃と違って柄を作るノウハウはあった訳だし。

625 :人間七七四年:2007/11/26(月) 19:02:12 ID:GjmFDySZ
そもそも普通に白兵戦に使われてなかったら
「太刀打ち」なんてものは生まれない

626 :人間七七四年:2007/11/26(月) 22:04:56 ID:N2YhR6ut
戦国時代は刀を買えない足軽もけっこういて、大名や主人からのレンタル刀も多かったと聞いたが?

627 :人間七七四年:2007/11/27(火) 00:01:24 ID:PtlNWJse
>>626
刀買えない足軽も結構いただろうな。
でも貧乏足軽が金出して買った刀よりも
レンタル品の刀の方が品質いい様な気もするな。どうなんだろ?

628 :人間七七四年:2007/11/27(火) 05:12:43 ID:XZMvsJKw
要するにさ、昔の事だから、
なんだって否定しようと思えばできるってだけだろ
ネタだよネタ。

629 :人間七七四年:2007/11/27(火) 11:17:39 ID:tSqRJYm2
>>628
ネタっちゃあネタなんだけどさ。

>刀剣は有効な武器ではなかった,
> タイトルとは少し違って、もっぱら刀が合戦の中でとりわけ戦国時代にどのように使われたのかという論証が、
>この著者の特徴である「感状」に認められた戦場での負傷原因を統計的に分析した結果に基づき明らかにされている。
> それによれば、刀は現実的に有効な武器ではなく、遠戦では弓・鉄砲、接近戦では槍がもっぱら使用されており、
>刀はその構造上の弱点など(目釘が破損する・曲がる・刃こぼれする)のため、>合戦において進んで使用されるということは極めて稀であったのではないかとしている。
>そして、そのもっとも有効な使用法が、相手を倒した後の首取りのときであったという。そういわれればそう>思うが、うーむ、日本刀マニアが聞いたら血相を変えそうな推論ではある。

>さながら良質のミステリーを読んでいるかのよう,
>多くの人が刀に対してもっている常識・迷信・盲信をさながらミステリーの謎解きのごとく覆してくれます。実証は一次文献・データをあたり、そこから論理によって丁寧になされます。
>私自身は刀は最強の武器だという間違った常識を持っていたので、刀の柄・目釘の部分には構造的な欠陥があるというのは非常に驚きでした。
>しかし、慎重な論理展開のせいか繰り返しが多く、冗長に感じる部分もありましが、今まで常識だと思っていたことが覆されるといういい意味での知的興奮があじわえる本でした。


一般人が「刀と首取り」読むと↑見たいに思うんだよな。
しかもいくら理屈で説明しても「本のほうが正しい!」って思ってるから納得しない。
膨大な資料をあたっていても抜き出す時に恣意的な○○する事があるとは一般人は考えないんだよな。

630 :人間七七四年:2007/11/27(火) 11:38:42 ID:tSqRJYm2
そもそも
成瀬関次氏・・・「軍刀」の「品質」には問題がある

鈴木眞哉氏・・・「日本刀」の「構造」には問題がある

論点すり替わってるって何回言っても分かってくれないんだよ。
しかもこれを鵜呑みにした小説とか漫画の多い事多い事。

連投スマン。

631 :人間七七四年:2007/11/27(火) 18:48:16 ID:XZMvsJKw
中二病ってことだろ、重度の。
こういう大人にゃなりたくないね

632 :人間七七四年:2007/11/27(火) 19:57:23 ID:N/mt4yrM
野球の試合さえ見た事の無い自称・野球解説者の言う事よりも、実在の名選手、名監督の言う事の方が信用できるんだけどなあ。

633 :人間七七四年:2007/11/29(木) 07:01:32 ID:J9AUMbRz
ちと話がズレて悪いが、武功の偽書説に対して小和田が去年の歴史読本で原典に当たってみたら江戸期と思う、
みたいなこと書いてたでしょう。
このあたりはその後どうなったの?
なかなか重要な問題とは思うけど。

特に原典なんていうとツガル文書みたいで興味あるんだよね。
よしなに。

634 :人間七七四年:2007/12/01(土) 11:18:50 ID:g1v16a2q
こういう構造の刀でないと実戦では役に立たないと思う 日本刀は一人を斬った時点で
ダメになるし

http://news23.jeez.jp/img/imgnews2196.jpg

635 :人間七七四年:2007/12/01(土) 14:49:01 ID:GwvpDBbP
むしろ緑色の奴が持っているシャムシール(かな?)に目を奪われるぜw

ちなみに、一人斬ったら・・・というのは俗説にすぎん。

636 :人間七七四年:2007/12/01(土) 18:23:27 ID:g1v16a2q
俗説ってことはないだろう 日本刀の柄の構造は致命的欠陥だ

あれ、戦闘用じゃなく、身分の象徴だろう

637 :人間七七四年:2007/12/01(土) 18:33:17 ID:7tDVl2TP
馬鹿なのか低脳なのか釣りなのか

638 :人間七七四年:2007/12/01(土) 20:02:54 ID:U2eI1muN
>>634
まず、日本刀の柄の構造に欠陥があるという説の根拠は
ほぼ全て「戦ふ日本刀」を元にしている。
上にあるようにこの資料はあくまで軍刀の品質を問題にしているもので、
日本刀の構造を問題にはしていない。
だからこれをもって日本刀の構造に欠陥があるとは言えない。
さらにこの説は現代作られている日本刀で物をザクザク切っても
柄がほとんど破損しない事をまるで無視している。


加えて言えば日本刀の柄は

鉄の芯を藤の蔓で巻いたもの(一体型)
          ↓
手に持つ部分をくり貫いて柄が変形して衝撃を吸収するもの(毛抜型)
          ↓
金属部分と柄木と目釘で衝撃を分散させるもの(分離型)

という具合に進化してきた。
刀を使う場合、手への衝撃というのはかなりのものだ。
金属の棒で手を叩かれるのと似たようなものかな。
そして柄で衝撃を吸収できないものは刀身が壊れる。

日本刀の柄の構造が致命的欠陥だとは良くいわれるが
逆に言えば全然進化することなく、衝撃を吸収出来ない刀の方が致命的欠陥品とも言える。

というより
http://serious-rabbit.sakura.ne.jp/html/nh_tukanikekkan.html
>>634は↑ここは読んだかな?

639 :人間七七四年:2007/12/01(土) 21:59:27 ID:ZclVMRGW
剣道やってるやつに、
日本刀持たせて、巻きわらきりまくってもらえばいいんじゃねえ?
実際やってみたほうが早いって。

640 :人間七七四年:2007/12/01(土) 23:21:22 ID:U2eI1muN
>>639
巻藁の場合は試すまでもないくらい。
こないだのフジテレビの巻藁千本斬りでギネスに挑戦したときなんか
一本あたり4回、計4000回切っても柄に問題はなかった。

ネット上でもyoutubeなんかでは試し斬りの映像がいくらでもある。
http://www.youtube.com/results?search_type=search_videos&search_query=katana%20cutting&search_sort=video_view_count&search_category=0&search=Search&v=&uploaded=

641 :人間七七四年:2007/12/02(日) 00:20:36 ID:yA0t9zY+
んじゃ何の問題もないじゃん
刀も使われただろ。間違いなく。

つーか何でも使うだろ。
槍、弓、刀、鉄砲、馬、牛。
ちょっとでも強そうなものは試してみただろうさ

642 :人間七七四年:2007/12/02(日) 13:20:26 ID:HD81GmMN
刀の構造と、運用はまた別。
乱戦やサシでの決闘ならともかく、集団戦なら槍のが有利。

643 :人間七七四年:2007/12/02(日) 16:28:21 ID:aQnmn029
>>642
侍は突撃部隊であるので乱戦に陥りやすく、その際に刀は有効である。

644 :人間七七四年:2007/12/02(日) 17:32:50 ID:mliDUsYk
>>642

言ってる事は分かるが
>>641は「刀の柄に脆弱性がそれほど無いなら柄の構造的欠陥を理由に
刀が使われなかったとはいえない」という意味の事を言ってるだけで
野戦での運用云々は一言も言ってないと思うぞ。
まあ、それはともかく>>642が言いたいのは
「集団戦では槍が有利だから野戦では刀は使われない」って事かな?

確かに隊列を組んで集団で槍を運用できるような状況は
刀が苦手とする場面だが、そうした場面でも全く使われないわけではないぞ。
刀は槍やその他の武器が有効に使えない状況での戦闘に有利だが
そうした状況は広大な戦場であっても散発的に出現する。

さらに槍での集団戦で始まっても最終的には隊列が乱れて
混戦に入るため結局は刀が必要になる。

槍と刀
http://serious-rabbit.sakura.ne.jp/html/nh_yaritokatana.html

645 :人間七七四年:2007/12/02(日) 21:19:04 ID:+FuXkIsx
鈴木眞哉とその信者の脳の構造に欠陥がある。


まで読んだ。

646 :人間七七四年:2007/12/03(月) 15:40:20 ID:46TSO9c8
物理学・化学・工学・医学などだったら大勢の学者がすぐに何らかの実験をするん
だろうが、日本史は誰も全く手をつけんな

馬の問題だって、20〜30年前のNHK番組の「歴史への招待」で行われた実験が
いまだに論争の根拠になるくらいで

この停滞した状況を誰か打ち破れよ 日本史を何らかの形で実学にするしかないぞ


647 :人間七七四年:2007/12/03(月) 16:25:15 ID:qTVVc96o
>>646
それは、史学が科学系の学問じゃないからだね
科学系学問では、実験などでの再現性が重要視されるけど
史学では厳密に同じ条件での再現はほぼ不可能だからね

648 :人間七七四年:2007/12/03(月) 17:51:44 ID:46TSO9c8
>>647
刀とか馬とかそんなに難しくないだろ

要は、刀を潰したり、馬を潰したりする金がないからできないんだな 何十年も


649 :人間七七四年:2007/12/03(月) 20:23:33 ID:uDxtml0H
>>648
その点、外国人はムチャをしてくれる。
下は刃物板からの転載だけど少なくとも日本刀の刀身はめっちゃ強い事が分かる。

Mythbusters- Swords test http://www.youtube.com/watch?v=S76aGs5mVec

模造刀を日本刀で斬る   模造刀が真っ二つに斬れる
日本刀鎬を日本刀で斬る  日本刀は折れない曲がらない
日本刀刃を日本刀で斬る  ぶつかった箇所は刃こぼれのみだが根元で折れる
レピアーを日本刀で斬る  レピアー粉砕される
日本刀を2倍の厚みと幅の西洋の剣で斬る 日本刀まるで平気


650 :人間七七四年:2007/12/04(火) 01:56:26 ID:YFcFgv8w
>>634
小説家の津本陽が真剣で骨付きの豚の肉塊を試斬したルポを見たけど、
何の手応えも無く骨ごと両断した上、何回斬っても切れ味は落ちず
脂が付いても斬れなくなることは無かったと書いてあったよ
とんでもない切れ味だったと。

651 :人間七七四年:2007/12/04(火) 01:58:33 ID:YFcFgv8w
>>644
ギリシャのファランクスも、槍がメインウエポンだけど
肉薄戦になると剣も使ったね

652 :人間七七四年:2007/12/05(水) 18:04:33 ID:ccE0/zA3
「日本刀は実戦で兵器として使用されていたし、近接戦闘用兵器として充分に役立っていた」でいいんじゃないの?

反論も根拠薄弱意味不明な感情論とか頓珍漢な意見しか無いみたいだし。

653 :人間七七四年:2007/12/05(水) 21:59:18 ID:mCycGhhv
>>652
そう考えるのが自然だよな

654 :人間七七四年:2007/12/12(水) 15:37:52 ID:JmfgmnRN
刀が活躍する場面は少なかったが、
日本刀は実戦で兵器として使用されていた。
なら賛成。
充分に役立っていた。というと、さすがに語弊があると思う。

655 :人間七七四年:2007/12/12(水) 15:46:34 ID:JmfgmnRN
まあ尽きるところ、
検証をする人がいないってのが一番問題なんじゃないかな。
>>649じゃないけど、
ディスカバリーチャンネルなんかかなり無謀な実験してるよね。
NHKなんか、適当にCG作っておしまい。

656 :人間七七四年:2007/12/13(木) 13:27:10 ID:lV7RQIZI
>>652
戦場に行く人は命かかってるんだから、
もし戦国時代に日本刀が使えない武器だったなら
その時点で刀持つのやめるか改良されてると思うよ。

明治時代の軍刀なんて将校のオナニー用なんじゃないの?

657 :人間七七四年:2007/12/14(金) 14:52:30 ID:I3DJll3H
明治期はまだちゃんと使っていたよ。

658 :人間七七四年:2007/12/14(金) 15:35:05 ID:KreUhgDz
>>656
西南戦争の抜刀隊

659 :人間七七四年:2007/12/14(金) 19:28:37 ID:g4sK9onZ
むしろなんであるものを使わないか

革靴、スニーカー、サンダルを持ってるとして、
家から徒歩一分の自販機に行くのには革靴よりサンダルのほうが的してるし、
今日は大事なプレゼンが!って日にスーツにスニーカー履くやつはいない

存在している以上適材適所に使われていたと考えるほうが自然


660 :人間七七四年:2007/12/15(土) 08:26:39 ID:OyAQQnKD
>>658
抜刀隊(笑) 抜刀隊の活躍なんて明治政府の宣伝ということに気づけや

新撰組ですらボコボコにやられてるのに

661 :人間七七四年:2007/12/19(水) 13:58:22 ID:E0ZR31B/
ベレッタが名銃なのは疑いないが、
ベレッタをメインアームとして戦場を闊歩する兵士っておかしいだろ。

日本刀が刀剣として優秀であっても、
集団戦である以上、弓矢や槍の集団運用の方が効率的。
天下泰平の忠臣蔵の時でさえ、半数以上は槍を持って討ち入りしたんだぜ。

662 :人間七七四年:2007/12/19(水) 19:32:46 ID:sYn5wUq5
二丈とか一丈五尺の長槍で乗り込んだわけではあるまいよw

所詮はヒトの力。
機械類を使うわけじゃないんだから、使う武器が重ければ手数は少なくなるが威力は大きい。
軽ければ手数は多くなるが威力は小さくなる。
長さの分だけ重ければ、それだけ威力はあっても手数は少なくなる。

蜻蛉切りは村正ってな感じで名刀の製作者は名槍の製作者でもある。
武器の切れ味(突き具合?)は、製作者が同じなら大して変わりは無いだろうね。

>集団戦である以上、弓矢や槍の集団運用の方が効率的。
基本的に、こういった意見に反対している人はあまりいないよ。
ただ、陣形隊形乱れた乱戦混戦状態になった時、これらはあまり役に立たないんじゃね?
槍ならば短槍、あるいは刀類の方が使いやすかったのではないのかってこと。

まあ、皆が皆、味方の軍であろうと実の父親であろうと銃撃しまくった伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とか伊達政宗とかだったなら、
銃器類飛び道具の集団運用は乱戦混戦でも有効だとは思うけどねw

663 :人間七七四年:2007/12/24(月) 08:34:13 ID:XGRCwmgy
古代ローマの戦闘を手取り足取り教えてくれるスレ
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1197660143/106-113

664 :日本刀の性能といえば:2007/12/24(月) 15:29:43 ID:2V+hDYkJ
BABジャパンの「秘伝」にも特集記事と短期連載があったけど
みんなは読んだ? 刀で受けるのは峰の部分でじゃないと駄目とか
日本刀が折れるのは質が悪いからじゃなくて鉄の性質上しょうがないとか
けっこう興味深い話題があったぜ。

最も「いくら質が良くても折れて曲がって刃毀れするのは避けられない」とか
「刀を折る事はそんなに秘奥義じゃない」という指摘もあったけど。

665 :人間七七四年:2007/12/24(月) 17:56:00 ID:Q4cfQ81G
普通は槍が主武装だろ
足軽なら長柄
武士なら槍(馬上でも徒でも)

西部劇でも拳銃より、ライフル銃の撃ち合いがメインで、
拳銃は被弾して苦しんでいるのを楽にしてやるのに使用していた。

666 :人間七七四年:2007/12/24(月) 18:10:27 ID:Hm37fEgt
三国志の時代も遠戦だよね?

667 :にゃんこ:2007/12/24(月) 22:42:31 ID:Esya6KB9
日本刀って、現代なら、
1,将校の象徴的武器としてのピストル
2,大型ナイフ

だよね。


668 :人間七七四年:2007/12/25(火) 00:01:10 ID:xT53j/NC
現代にたとえるなら槍を分隊支援火器としたときの個々の歩兵の小銃、くらいでねえの

669 :人間七七四年:2007/12/25(火) 01:59:59 ID:0FbwB/6u
刀はサブウェポン、と。

>>664
「鎬を削る」の語源だからな >峰での鍔迫り合い

670 :人間七七四年:2007/12/25(火) 17:26:30 ID:pWHc0FRh
>>665
西部での撃ち合いは室内が多く 拳銃を何丁も用意して
撃ち合ってたよ

671 :人間七七四年:2007/12/25(火) 23:50:02 ID:CtIDB/z1
まあ、にゃんこがそこまで言い切るのなら、
>日本刀って、現代なら、
>1,将校の象徴的武器としてのピストル
>2,大型ナイフ

>だよね。

は、全て間違った知識なんだろうな・・・。

672 :人間七七四年:2007/12/26(水) 16:34:18 ID:ykYhkUy0
枝の入り組む森や藪の中では刀の方が使い勝手がいいんだろうなと妄想してみる

673 :人間七七四年:2007/12/27(木) 22:08:41 ID:shDhN+Zo
106 名前:人間七七四年[] 投稿日:2007/12/19(水) 14:46:33 ID:19vIZDlI
雑兵物語などで見る限りは、長槍は掛け声を合わせ穂先を揃えて、
一斉に叩き伏せたり突き出したりしていたようだな。

勝海舟は武田流の槍隊調練を見て、各自バラバラに槍を振るったほうがいいんじゃないかと思ったが、
後に西洋流の軍隊の演習を見て、理に叶っていると合点したと言っていたな。

674 :673:2007/12/27(木) 22:09:20 ID:shDhN+Zo
ごめん誤爆ったwwwwww

675 :人間七七四年:2007/12/28(金) 19:14:41 ID:18p+ktjI
明国における日本刀使用の歴史は、大まかに以下の通り。
・「土木の変」で知られる英宗(笑)が御林軍(皇帝親衛隊)全員に(高価な)日本刀を装備させる。
(これは「お飾り武器」と言って全く問題無い。)

・対倭寇戦
・倭寇沈静後、戚継光は北方でアルタン・ハン、トモン・ハンの侵入を撃退することに成功。
・その後、張居正の下で兪大猷と共に明の全軍に鳥銃と倭刀を装備するよう軍の改革を進める。
・張居正の死により、改革は頓挫。兪大猷、戚継光共に失脚。
・文禄・慶長の役
・両戦役の戦訓から、明軍の正式装備に火縄銃(魯蜜銃)と倭刀が加わる。

676 :人間七七四年:2007/12/30(日) 06:13:01 ID:RK+G4+2t
(´・∀・`)ヘー 日本刀を装備した明兵の絵はどっかにない?

それを見たら日本刀への見方が変わるかも?

677 :人間七七四年:2007/12/30(日) 15:03:07 ID:aG60pSEw
ドライバーが槍、アイアンが刀、パターは鎧通しの短刀。

使い分けてなにが問題なのかと。
実際、正規の武士なら槍に陣太刀に脇差し、馬手差しというのが標準。

名槍蜻蛉切で有名な本多忠勝の肖像画もそうなっている。
槍以外は飾りとでも言うつもりなのか

678 :人間七七四年:2007/12/30(日) 17:36:25 ID:rvfFouPR
そう言っている奴は少ないだろ。

主武装:槍
副武装:刀

お前が言っていることが全体的な流れ。

679 :人間七七四年:2007/12/30(日) 22:00:33 ID:/4sQ1VTA
>>676
明兵の絵は見つけられなかったよw

明の戚継光の軍・戚家軍で作られ、使われていたという「戚家刀」らしい。
ttp://www.hxfx.net/bbs/dispbbs.asp?boardID=39&ID=8097&page=2

辛酉刀法和其日文陰(隱)流圖文
ttp://www.kendo.com.hk/newpage164.htm

680 :人間七七四年:2007/12/31(月) 07:22:54 ID:6ASWm4+d
>>676
けっこうあるよ。さがしときます。

681 :人間七七四年:2007/12/31(月) 07:24:15 ID:6ASWm4+d
当時は組み打ちが多かったので脇差や鎧通は外せない。

682 :人間七七四年:2007/12/31(月) 17:05:07 ID:IKzqylaZ
日本での騎馬戦について少々。なぜ北条氏は騎馬の比率が多かったんだろうね。
渡来系だからってコトはないかw

ついでに日本刀について鈴木説のようなのが
出回るのもまあしょうがないか、と最近は思ったり。
だって江戸時代になってから刀振るって戦う機会なんて
殆ど無くなるんだぜ……

683 :人間七七四年:2007/12/31(月) 20:03:39 ID:2TIekI/1
>>682
古代(律令制)に設けられた牧場が維持されていたから。

684 :人間七七四年:2007/12/31(月) 20:10:45 ID:IKzqylaZ
>>683
維持期間無駄に長いなオイ!

685 :人間七七四年:2007/12/31(月) 20:53:08 ID:2TIekI/1
>>684
ほれ、他の地域と違って鎌倉幕府や鎌倉府という
比較的強大な庇護機関があったから

686 :にゃんこ:2008/01/01(火) 00:15:28 ID:bdxovX2w
第一次大戦以降、砲撃による死傷者が70%台らしい・・・・

1,昔の弓・鉄砲・・・・今の大砲・・・・殺傷のメイン
2,昔の槍・・・・・・・今の小銃・・・・阻止線の形成・歩兵の自衛兵器
3,昔の刀・・・・・・・今のピストル・銃剣・・・あまり使わないが持っていないと
                        不安な大型ナイフ。指揮用とか象徴的な面も。


以前、軍事板で、「実戦経験者」を名乗る人物がこのように言ってた。
「小銃がジャミングして撃てない時間がものすごく恐ろしい。火縄銃の次弾発射
  までの20〜30秒はもの凄く恐ろしいだろう。」
刀を装備する理由の一つがこれだな。持たないと怖いんだ。

1,事前の調略で、ほぼ、勝敗が決定している。(誰が忠実で、誰が裏切るかは戦端
  が開かないとわからないが)
2,イデオロギーが滅多に絡まない。

こういう戦国戦いでは、白兵戦までやって限界まで戦う動機に乏しいと思う。
する奴もいるだろうけど。





687 :人間七七四年:2008/01/01(火) 01:11:41 ID:hCSZm8i+
>刀を装備する理由の一つがこれだな。持たないと怖いんだ。

射撃戦メインで白兵戦なんて滅多におきないってのなら別に無くてもいいんじゃないの?

688 :にゃんこ:2008/01/01(火) 01:29:44 ID:bdxovX2w
でも、怖いらしいぜ。20〜30秒間が。何かサブウェポンが欲しいんだろ。
今なら、ピストルだろうけど、昔は刀なんだろう。

そういや、対テロ特殊部隊も、さぶウェポンにピストル持ってたよな。たぶん、
滅多に使わないんじゃないかな。サブマシンガンというメインがあるから。


689 :にゃんこ:2008/01/01(火) 01:39:01 ID:bdxovX2w
滅多 と あまり の混用があるな。

にゃんこの意見として、

「戦国時代には、あまり、刀による白兵戦が生じなかった。」

ということにさせてもらおう。以前、書いた事と矛盾があったら、こちらが
訂正版だと思ってくれ。


690 :人間七七四年:2008/01/01(火) 02:05:00 ID:f/McF1fZ
>>1
まとめるとアホにしか見えんな。
微妙に真実をかすってはいるんだろうけど。

691 :人間七七四年:2008/01/01(火) 02:12:22 ID:0+PRuGXj
>>687
泥棒に滅多に入られないとしても鍵を開けたままで外出できるかとか、
保険に未加入のまま車を乗り回せるかとか、
そんなレベルだろ。

あっても使うことは少ない、でもないと不安。

692 :人間七七四年:2008/01/01(火) 02:12:30 ID:f/McF1fZ
>>687
船が沈むことなんて滅多にないからといって
救命ボート無しの船に乗る気はしないと思うぞ。

693 :人間七七四年:2008/01/01(火) 03:45:27 ID:bgWvQ/u2
>>687
会戦だとそうだが、不意打ち夜襲、遭遇戦、小部隊同士の小競り合い、護身とかでは普通に使えるかと
それに槍足軽だと太刀はもってなくて、小太刀だったんじゃね?


海戦などせまい船内での交戦では日本刀は鬼の力を発揮したらしいな




694 :人間七七四年:2008/01/01(火) 06:23:46 ID:DlN0NW1r
屋内への突入部隊はピストル使うことが多いけどな
熟達してればマシンガンとほぼ変わらん速度で撃てて命中率もいいし

695 :人間七七四年:2008/01/01(火) 06:24:15 ID:DlN0NW1r
アンカーが飛んじまった
>>688へな

696 :人間七七四年:2008/01/01(火) 06:35:13 ID:f/McF1fZ
ピストルは取り回しが楽なのが取り柄だろ。
マシンガンと速度が変わらんはずがなかろう。
まあサブでピストルは持ってるにしても、「使うことが多」くはないよ。

それと、「命中率がいい」なんて、およそピストルにつける形容としては不適切以外の何者でもない。
そりゃ上手い人ならそれなりに当てては来るだろうけど。

697 :人間七七四年:2008/01/01(火) 15:12:26 ID:DlN0NW1r
>>696
言葉を省きすぎたか。
「屋内(=せいぜい5m程度の距離)で」「1マガジン打ち切る程度なら」
マシンガンとほぼ同等の速射力があり、命中率も高い。これは事実。
逆に10発撃ってハンドガンとはっきり差が出るほどサイクリックレートが高いマシンガンなんか
反動を抑え切れなくて突入戦では使えない。
あと取り回しのよさってのはすなわち狭い空間内での動的目標を狙いやすいということ。
刀同様、周りの状況次第では選択の第一に来る武器だよ。

698 :人間七七四年:2008/01/01(火) 17:50:42 ID:WRHr1/Ie
あったほうが不安がない、という程度の発想で槍の他に二本も三本も刀を戦場に持ち込むとは思えないな。
サブうぇぽんという言葉が一人歩きして、いつしか滅多に使われない武器、になっている気がするぞ。
絵画資料や甲冑の変化を見れば白兵戦を想定した上での変化と言わざるを得ないかと。
鈴木眞哉氏はともかく藤本氏はそういう立場だよ。氏の著作「鎧を纏う人々」を読めば氏の姿勢がわかる

699 :にゃんこ:2008/01/01(火) 20:29:11 ID:bdxovX2w
鈴木氏も、鉄砲が多用されるようになって、少し、刀槍による傷が増えたと
している。鈴木氏はその理由については書いてなかったと思う。

私は、その理由は、戦国時代が進むにつれて、「白兵戦に持ち込んででも徹底して
戦ってやる」という兵が増えたからだと思う。その原因として、惣村と大名との
結びつきが強くなって、地方ナショナリズムが形成されつつあったのではないか
と思う。でも、少数派。

なお、武器が自弁であった以上、薙刀を持ち込む者も、3本も刀を持ち込む者も
いただろう。
しかし、鉄砲を持つ者が増えていったのは確かだろう。


700 :にゃんこ:2008/01/01(火) 20:34:20 ID:bdxovX2w
敵が全員、逃げるか死なない限り、陸戦の終幕が、「占領」である以上、白兵戦
は生じる。
ただ、その多くは、決勝ではなくて残的掃討。

白兵戦が決勝になるには、相当な戦う動機が必要だろう。イデオロギーとかね。
日本の内戦は、そういう動機に乏しかったんだろう。



701 :人間七七四年:2008/01/01(火) 23:29:01 ID:100n69pz
少なくともめったに使わない重い武器をわざわざ持ち歩く事は考えられない。
少しでも身軽にならなければ命取りになりかねない。

702 :人間七七四年:2008/01/01(火) 23:33:33 ID:WRHr1/Ie
そもそも白兵戦に関する限り鈴木氏と藤本氏は意見が同じとは思えない。一致する部分はあるのか?
藤本氏は絵画資料の専門家にして甲冑の専門家です。

また両者の研究姿勢に対して個人的に感じるところを言えば、鈴木氏と藤本氏を人括りに扱うのは藤本氏に失礼と思う。


703 :人間七七四年:2008/01/01(火) 23:45:26 ID:WRHr1/Ie
鉄砲が普及する以前、南北朝期の武装の変化は明らかに打撃戦・斬撃を強く意識している。
例えば諸籠手。以前は下郎などの武装だったものが身分の高い武士も両手に着用している。
また草摺の形状・枚数。騎射を前提とした大鎧よりも徒歩による機動力をより高めている。
遠戦志向とかいう鈴木眞哉氏式の説に従うならば、これらはどう説明するのだろうか?


704 :人間七七四年:2008/01/02(水) 00:00:53 ID:WRHr1/Ie
内戦だから白兵戦での決戦がない、というのは何かおかしい。
そもそも当時の日本で戦をしていた人間に内戦という発想があったのかどうか。
次に内戦だとなぜ白兵戦決戦がないのか?内戦だろうと他国への遠征だろうと決戦である限り白兵戦の可能性は変わらない。圧倒的に経済的に劣る側はよりコストのかからない白兵による奇襲を考えるのが筋。
弓矢鉄砲を打ち合っていたら経済的に不利な側は先に矢弾が尽きる。
最後に、内戦で白兵決戦をしていないはずの日本軍が、朝鮮で明軍と激突した際には全く白兵決戦を苦にしていない。
苦にしていないどころかむしろ圧倒的なのはなぜ??


705 :人間七七四年:2008/01/02(水) 00:17:15 ID:PvSOggah
白兵決戦とナショナリズム・イデオロギーの有無には関係がないと思う。
なぜ関係があるかのように見えるのかと言うと、白兵決戦=人的損耗が激しい、と思いこんでいるからではないのかと。
近代以前では、白兵決戦もそうでない場合も不利なれば逃亡する可能性が高いということであって、それはつまり相手が四散するということ。白兵決戦の戦果としてはそれで成功。
白兵決戦とナショナリズムを関連つけて考えることには違和感を感じる。

706 :人間七七四年:2008/01/02(水) 05:46:48 ID:JTIfqred
「最大の激戦」の比較

川中島(第四次) 上杉軍・死者約3000 武田軍・死者約4000
リュッツェンの戦い (1632年) プロテスタント軍・死者3400(死傷者約5000) 神聖ローマ帝国軍・死者3000-4000
ゲティスバーグの戦い(三日間) 北軍・死者3155(死傷者23055) 南軍・死者4708(死傷者23231)

707 :にゃんこ:2008/01/02(水) 08:17:51 ID:EazQiIDN
706> 
川中島の死傷者数は、甲陽軍鑑という「小説」ネタなので、比較対象にならんと
思います。

705>
>不利なれば逃亡する可能性が高いということであって

と、言うことは、「不利でも逃げない」が、白兵戦の生じる必要条件ですね。
なぜ、不利でも逃げないのかと言うと、として、思想(ナショナリズムとか
宗教とかイデオロギーとか忠誠心とか)があると思うのです。

703>

先述したように。思想(ナショナリズムとか宗教とかイデオロギーとか忠誠心とか)
が、白兵戦に持ち込んででも戦い抜く理由として発生しつつあるのでは、と思います。

704>
読み間違ってます。
×内戦だから
○イデオロギーの乏しい内戦だから


708 :人間七七四年:2008/01/02(水) 09:40:13 ID:PvSOggah
ではもっと実際的な資料である武装の変化はどう説明しますか?



709 :人間七七四年:2008/01/02(水) 09:44:14 ID:PvSOggah
個人的には鈴木眞哉氏よりも藤本正行氏の検証に確かさを感じますな。
各種センセーショナルな発言の多い鈴木眞哉氏に比べて地味ですが。


710 :人間七七四年:2008/01/02(水) 13:25:08 ID:5tLE1FJw
>>709
どうも鈴木氏は「煽り屋」な印象が否めない所があるような。

711 :人間七七四年:2008/01/02(水) 17:28:35 ID:hINAnP0+
まともな学者で「日本の戦いは基本的に死傷者数が少なすぎで 真面目に殺し合いをしていなかった」
なんていってる人、聞いたことないんだが。

712 :人間七七四年:2008/01/02(水) 20:05:15 ID:UGXMZ/Y9
>思想(ナショナリズムとか宗教とかイデオロギーとか忠誠心とか)
>が、白兵戦に持ち込んででも戦い抜く理由として発生しつつあるのでは、と思います。

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     ゙i,;;;;t    ヾ-‐''"~´_,,.ィ"゙  ヾ;;f^!   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ト.;;;;;》  =ニー-彡ニ''"~´,,...,,.  レ')l. < おまえは何を言っているんだ
     t゙ヾ;l   __,, .. ,,_   ,.テ:ro=r''"゙ !.f'l.   \____________
      ヽ.ヽ ー=rtσフ= ;  ('"^'=''′  リノ  
    ,,.. -‐ゝ.>、 `゙゙゙゙´ ,'  ヽ   . : :! /
 ~´ : : : : : `ヽ:.    ,rf :. . :.: j 、 . : : ト、.、
 : : : : : : : : : : ヽ、  /. .゙ー:、_,.r'゙: :ヽ. : :/ ヽ\、 
  :f: r: : : : : : : : !丶  r-、=一=''チ^  ,/   !:: : :`丶、_
  : /: : : : : : : : :! ヽ、  ゙ ''' ''¨´  /   ,i: : : l!: : : : :`ヽ、
 〃: :j: : : : : : : ゙i   `ヽ、..,,__,, :ィ"::   ,ノ:: : : : : : : : : : : :\
 ノ: : : : : : : : : : :丶   : : ::::::::: : : :   /: : : : : : : : : : : : : : : :\




713 :人間七七四年:2008/01/02(水) 20:31:43 ID:hINAnP0+
戦争だとか内戦だとか革命だとか、そんなものはいつの時代でもどこの地域でも経済的な理由で発生しているものなんだがな。

714 :人間七七四年:2008/01/02(水) 20:40:43 ID:UGXMZ/Y9
>>713
まあ「経済的な理由」ってのも、突き詰めれば思想の問題になるんだろうけどな。

そんな事より旧薩摩国の野太刀流は本当に平安時代から存在してたのか語らおうぜ。
ちなみに俺は肯定派ですよ。

715 :にゃんこ:2008/01/02(水) 22:23:13 ID:EazQiIDN
708>

すでに何度か

「思想により、白兵戦してでも・・・・・」
と書いてますが。

711>

私は何度も読んでますが。
姉川や関ヶ原の死傷率の低さから、大した激戦ではない、と結論する文章は
よくあると思います。


716 :人間七七四年:2008/01/02(水) 22:31:06 ID:PvSOggah
つまり・・・・なにが言いたいのか分からんです。
南北朝期にそれ以前にはなかったナショナリズム思想が生まれたと?
ちなみに何を根拠に・・。

717 :人間七七四年:2008/01/02(水) 22:34:09 ID:hINAnP0+
「神国思想」?

718 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:07:02 ID:EazQiIDN
716・717>

699を読んでね。

補足すれば、惣村の軍役衆と大名権力の親和性(忠誠心)から、地方ナショナリズム
が発生していったのではないかな、ということ。
分国法を制定するなど、戦国大名には地方国家的な体質はあったと思う。


こちらからも、白兵戦主義者に問いたい。あの死傷率の差は何?

719 :人間七七四年:2008/01/02(水) 23:10:04 ID:hINAnP0+
どの死傷率?

720 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:12:50 ID:EazQiIDN
飛び道具と、刀槍による死傷率の差。



721 :人間七七四年:2008/01/02(水) 23:18:07 ID:hINAnP0+
「死傷率」じゃなくて「負傷率」じゃなかったっけ?

722 :人間七七四年:2008/01/02(水) 23:19:18 ID:PvSOggah
う〜ん、資料としては鈴木眞哉氏の説だけ・・・?

723 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:22:31 ID:EazQiIDN
722>

鈴木氏の説に、ナショナリズムネタなんかあったかい?

ちなみに、分国法=地方国家的体質というのは、割と普通の説だと思うぞ。
「分国法を定めることにより、室町幕府から独立した・・・・」てな、教科書的
記述を見たことないかい?


724 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:27:06 ID:EazQiIDN
藤本氏の説の要約を書いてくれんかの?

単に「こて」をはめるようになった、というだけでは、白兵戦化じゃなくて、
ただの重武装化かもしれん。

まあ、にゃんこ自身も
「弓・鉄砲がメイン。しかし、戦国時代を通じて、地方ナショナリズムみたいな
 もののにより激戦化していき、結果的に白兵戦の比重が少し重くなっていった。」
とは思っているのだが。


725 :人間七七四年:2008/01/02(水) 23:38:03 ID:PvSOggah
いや、その死傷率の数字と地域ナショナリズムを結び付けたのはあなた。
で、その2つの間に論理の飛躍を感じているのが私。
だから飛躍を埋める資料があれば知りたいのだけど、それはないということ?

ちなみにどんなに白兵主義の軍でも与える死傷数をみれば飛び道具によるものが上かと。
ナポレオンしかり旧日本軍しかり。銃剣よりも弾の数の方が多いから。
ナショナリズムの大隆盛したはずの近代でも、飛び道具の援護のない歩兵突撃は通常の戦術教義として存在しません。


726 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:44:27 ID:EazQiIDN
「地方ナショナリズムによって、簡単には逃げなくなっていき、結果的に白兵戦が
 多くなって、その死傷率があがった。」

どこに、論理の飛躍があるかい?

「旧日本軍は白兵主義」は司馬史観とかによる神話らしいよ。
大砲をそろえる経済力と技術力と軍政の能力不足により、結果的に大砲を
そろえられなかったらしい。
ナポレオンも大砲を重視してなかったっけ?

727 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:48:19 ID:EazQiIDN
725>
>ナショナリズムの大隆盛したはずの近代でも、飛び道具の援護のない歩兵突撃は
>通常の戦術教義として存在しません

誰に対する反論でしょうか?
「ナショナリズムにより、援護射撃無しの白兵戦が・・」なんて、誰も書いて
いませんが。
もし、にゃんこに対する反論だったのなら、にゃんこの文を読み間違っています。


728 :人間七七四年:2008/01/02(水) 23:54:16 ID:ZEk4MvFS
指揮官が白兵戦が必要だと思えば白兵戦は生起する。
心理的な影響なんて微々たるものに過ぎないよ。
戦場まで来てしまったらもう戦うしかないんだから。

729 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:55:52 ID:EazQiIDN
1,射撃戦。
2,占領行動(突撃など)

戦う動機が弱いと、1の段階で、逃げてしまうので、白兵戦は生じませんね。
たぶん、戦国時代のはじめは、これに近かったと思うのです。
しかし、戦う動機が強いと、2の段階でも逃げずに戦う。白兵戦が重要になります。

にゃんこの考えでは、だんだんと、戦う動機が増していったため、戦国時代が進むに
つれて、白兵戦が少しずつ多く激しくなって、その死傷率が上がっていったと思うのです。

その戦う動機ですが、地方ナショナリズムではないかと。戦国大名は分国法を制定する
など、地方国家的体質はありました。惣村との結びつきは、地域との一体感を増して
いきます。

こういう主張なんだが。

730 :にゃんこ:2008/01/02(水) 23:56:57 ID:EazQiIDN
728>

指揮官が下がるな、と命じても、下がる例なんていくらでもあるでしょう。


731 :人間七七四年:2008/01/03(木) 00:01:22 ID:PvSOggah
戦国期でも地侍や豪族は在地領主を裏切っています。例えば今川義元が隣国尾張に進軍すれば尾張の地侍は今川になびく。そこに「逃げ場のない地域ナショナリズム」を見いだすのは困難だと思います。

老婆心ながら、司馬史観もどうかと思いますが鈴木眞哉氏の検証はもっと信頼性に欠けると思いますぜ。


732 :にゃんこ:2008/01/03(木) 00:07:12 ID:U61zApKe
731>

ですから、にゃんこは、以前から、「白兵戦は少数派」「白兵戦はあまりない」と
内容で、何度も書いてきたのです。少しずつ、多くなってはきましたが。

733 :人間七七四年:2008/01/03(木) 00:20:46 ID:2ztXncEH
ん?
あなたが何を伝えたいのかがわからん・・。

私は鈴木眞哉氏の「軍忠状から遠戦志向を導き出す」という手法とその結論に疑問を持っています。
またいずれ

734 :人間七七四年:2008/01/03(木) 00:35:17 ID:o6vBKS7b
戦闘の最後の決は歩兵突撃

基本的に当時の戦争はどちらかが撤退するか降参すれば終わりなわけで。
雑兵にとって戦う意義を見出せないとしても、そこでどうにか士気を高めるのが指揮官の役割なわけで。
矢玉にしても鉄砲の玉・火薬にしても消耗品なわけで、お互い様子見、みたいなけん制の仕合ならともかく
いよいよ決戦となったらやっぱり白兵戦じゃないですかね。
弓矢打ち合って適当に流した小競り合いは多かったとおもうけど、いわゆる大会戦は
白兵戦が主だったんじゃないでしょうか。


735 :にゃんこ:2008/01/03(木) 00:57:05 ID:U61zApKe
733>

「白兵戦は極少から少になった」 これでわからんかな?

734>
>白兵戦が主だったんじゃないでしょうか

1,死傷の「主」かどうか?
 死傷者(負傷?)の数から言って、「主」とは言えないでしょう。
 もちろん、陸戦の最後は占領ですから、白兵戦は、逃げなかった敵との間に
 生じますけども。

2,勝敗の「主」かどうか
 戦国時代の戦争の「主」は、事前の多数派工作ですよね。
 戦争ではなく、戦闘の「主」かどうかですが、
 仮に白兵戦が「主」だったとしたら、そこまでやる動機が必要だと思うんです。
 指揮官うんぬんですが、動機無しの状態で、指揮官に従えますか?そもそも、
 指揮官の戦う動機は?
 手抜きの遠戦はあり得ますが、手抜きの白兵戦はあり得ません。白兵戦のためには、
 強い動機が必要だと思います。



736 :人間七七四年:2008/01/03(木) 00:59:28 ID:XeTtVs7F
いよいよ決戦、でもこっちが不利っぽい、と思ったら指揮官が真っ先に逃げるんじゃね
俺ならそうするお


737 :人間七七四年:2008/01/03(木) 01:01:02 ID:j9i3WAOX
いつの間に厨スレになってんだよ・・・
なんというか、もう少し歳をとってから書き込んだほうがいいのでは。
自分も若い時分には随分と奇天烈な自説を開陳して失笑を買っていたものだが。

738 :人間七七四年:2008/01/03(木) 01:10:40 ID:nOFvD42c
読んでて思ったんだが、どうも国民軍の発想で語ってないか?
戦国大名のような封建領主の連合体による軍隊では、まず損害を徹底的に嫌う。
兵の損害は直接イコールで己の財産の損害だから。戦に勝てても兵の損害が大き
ければそれは領主にとっては益にはならない。

739 :人間七七四年:2008/01/03(木) 02:01:40 ID:iXUIwRC9
食料の生産能力よりも人口増加率の方が高いから(ry

740 :人間七七四年:2008/01/03(木) 02:43:30 ID:EZwOXrWC
三軍は得やすく将は得難しとかいうけど、熟練した兵の代えもそうそう付かないよな。
同数の新兵を入れたところで、同等の戦力にはならない。
いくら決戦で勝ったとしても、兵の損耗が激しければ戦場で勝って戦争で負けるという事態になりかねん。
また彼らは村に帰れば労働力だし、江戸時代とは異なり戦国大名と百姓は相互互助の関係に近い。
損耗が激しければ百姓は村の戦力を出さずに流れ者を雇って兵力として出してくるし、
自分たちの負担が耐えられないと見れば退転することだってありえる。

損害のことを考えれば、決戦というか白兵戦なんてそうそう出来るものではない。
敵の士気・命令系統が崩れた追撃や奇襲などはその限りではないけどね。
そういった一方的な状況を作り出すための、遠戦や集団戦だと思う。

741 :人間七七四年:2008/01/03(木) 04:41:01 ID:o6vBKS7b
>>735
すいません、集団同士での槍などを用いた接近戦の事を「白兵戦」と書いてしまいました。
大間違いですね。申し訳ないです。

2の項の中の「指揮官の動機」という部分ですが、
攻撃側にしても守備側にしても、戦場での勲功は戦後の論功において重要ですから、
これは十分に動機と言える思います。
「武将」と言われるクラスの指揮官はもちろん、せいぜい数名〜十数名を指揮する
程度の指揮官でも手柄を立てれば出世できるわけですし。
当然、末端の雑兵も、自隊の指揮官の出世は自分の利得に繋がるわけでして、
これは戦国時代の戦う動機の一般的なものではないでしょうか。
ただし、あくまで欲得の動機ですので、自軍不利となれば命が大事となります。
しかしながら、かなり上級の指揮官でなければ全体の戦況など推測すらできず、
多少の有利不利ではすぐさま壊乱>逃走とはならなかったと思います。
これに加え、守備側にとっては、敗北は指揮官たちにとっての既得権益の損失となる恐れが大きいので、
指揮官はたち必死だったのではと思います。雑兵にとってはそうでもないかもしれませんが。

負けて軍門に下った時、どのような待遇がなされるのか、
ここが攻撃側にとって事前工作のポイントになるわけですよね。

742 :人間七七四年:2008/01/03(木) 04:45:32 ID:o6vBKS7b
あと、敵味方入り乱れて乱戦(これが『白兵戦』でいいのでしょうか)、みたいなのは、
戦国初期にこそ多かったのではないでしょうか。
小規模な軍勢同士で、集団戦の方法論が戦国後期に比べるとまだまだ未熟、
かつ鉄砲などは普及してないわけですし。

戦国後期になると、戦いの規模そのものが大きくなり、
小部隊が崩れたぐらいでは戦闘が終わらない(味方の他部隊がフォローする間に立て直すことができる)、
よって双方とも損害が大きくなっていったのではないでしょうか。


743 :人間七七四年:2008/01/03(木) 07:26:58 ID:iXUIwRC9
視点が良くも悪くも現代日本人の枠から一歩も出ていないから。

744 :人間七七四年:2008/01/05(土) 01:43:29 ID:hguUJDAO
当時の戦は要は如何に相手の戦列を崩すか、ということ

745 :人間七七四年:2008/01/06(日) 20:17:45 ID:UykD2086
>>740
> 損害のことを考えれば、決戦というか白兵戦なんてそうそう出来るものではない。

現代の我々にとっては当たり前の国民軍と殲滅戦争のイメージが邪魔するんだろうな。
城攻めだってある程度以上の規模を持つ城は強襲よりは調略で落とす方がメインだったみたいだし。
最近は消耗戦略的見方で旅順の乃木は再評価されているようだけど、戦国時代にあの方法を取ったら大事だろう。
故に戦功の証になる首は取りたいが、相手が崩れだすまではなかなか白兵戦に持ち込めないという場合がほとんどだろう。
だからこそ相手が崩れないうちにつけた槍が「槍下の功名」と特に評価されたんだと思われ。

746 :人間七七四年:2008/01/06(日) 21:04:28 ID:J/SjQbIh
>>730
敗走する場合はそうだが。
それ以外ではそんなことは起きないぞ。
戦場で敵を前にして、指揮官の指示を無視しつつ隊を崩さずに勝手に退がるのは不可能。

747 :人間七七四年:2008/01/06(日) 22:52:27 ID:lCLdvaRy
隊を崩さずって別に隊列ごと後退する事を指していった訳ではなかろ

748 :人間七七四年:2008/01/06(日) 23:39:40 ID:J/SjQbIh
「下がる」ということは一人や二人脱落することではなくて
隊が退がることを言ってるのかと思ったんだけど。

隊そのものは後退してないのに「下がる」兵士がいるということは、要するに人数の減少でしかない。
人数が減るか減らないかで、至近距離まで隊が近付いたときに
「白兵戦」が起きるか起きないかが左右されるとは思えない。

749 :人間七七四年:2008/01/08(火) 23:44:45 ID:RTiQ9hw8
倭寇vs明軍
・倭寇側、船上で日本刀をかざし威嚇。
(陽光を反射させたりで、士気の低い部隊はこの時点で明軍逃走。)
・明側に日本刀に対抗しうる近接戦闘用の兵器が無かった事が一番の要因。
・倭寇側は鳥銃と弓、明側は手銃や弓、弩を使用。
・倭寇、重槍と日本刀を使用。
・倭寇側は日本刀で明兵の槍を切断、或いは破損させ、更に明兵の指、手首、腕など鎧甲の薄い/無い部位を狙う。
(現代の剣道でいうところの「篭手」狙い。
剣道経験者ならわかるが、相手の武器/竹刀を払っての篭手面、篭手胴といった感じか?)


逆に、日本人同士の戦闘の場合、似たような戦術が行われていたであろうという状況証拠として、両篭手と槍の重装化があげられる。
他の国の槍には無い、日本独特の槍とは、穂先の部分の他に「太刀打ち」部分の補強(鉄を巻き付けたり)や中茎の長さ。
(明側の記録では「重槍」と記録されている。)
神道流や宝蔵院流にみられるように、槍の両端のどちら(穂先も石突も)の両方が「槍」として使用できるようになっている事があげられる。
(つまり、破損破壊に備えていると言う事。)

750 :人間七七四年:2008/01/09(水) 18:24:30 ID:mFJckwIs
まあこういった戦法は個々人の武勇武技に頼ったもので、中世的なものと言えるかも知れない。
倭寇の個人技は鴛鴦陣(明式槍衾といえば良い?)といった組織的戦術に敗れていく。
(倭寇一に対して明兵十で当たる戦術。
しかしながら、最終的には「倭刀」を兵器として採用しているんだよね・・・。)

751 :人間七七四年:2008/01/09(水) 18:46:38 ID:h9+d4mjG
明兵の対倭冦に考えた組織的戦術がどこまで機能したのかは未知数。


脳内理論の匂いがする

752 :人間七七四年:2008/01/09(水) 21:51:42 ID:mFJckwIs
とりあえず「史実」(とされている事)しか書いておらんのだがなw

「錬兵実紀」の方には倭刀を使っての組織戦術も記載されているけど、俺の頭ではうまく訳せんw
二人一組でやるようなんだが、こういったものを上手く使って北方の騎馬民族を撃退した模様。

753 :人間七七四年:2008/01/09(水) 23:19:27 ID:rT5RQ/Sj
確かに弓・弩が発達してるのに、刀ってのもおかしいよな
(ソース コーエーのゲームの三国志 連弩ってのもある)

あと、全然関係の無い話題だが、仏像に「なんとか天」ってあるけど、みな、もろに
中国の軍装をしてるんだわ なんで日本の武士はこれのそのまんまの真似をしな
かったのだろうか?

東大寺広目天像
http://www.k4.dion.ne.jp/~twnmnt/LOVELOG_IMG/8DL96DA93V.jpg

754 :人間七七四年:2008/01/10(木) 00:07:28 ID:yA3fFQxM
連弩は一応、有ることにはあるけど、
「毒でも塗らなきゃこんな威力のない弩なんて使えねぇよwwww」
と酷評されてるんだよな。

755 :人間七七四年:2008/01/10(木) 01:25:44 ID:4QhMsy3K
酷評されたのは小型の連弩。
城壁とかに据え置きされるタイプのものはかなり強力。

>弓・弩が発達しているのに・・・
連弩なんかとは無縁の騎馬民族に何度中原を荒らし回されたのかとw
野戦砲とかマスケット銃とか発達していたナポレオン戦争でもサーベル騎兵は活躍していたわけで。
ガトリングとかライフルなんか使ってたアメリカの南北戦争でも銃剣やサーベルの出番は少なくなかったわけで。
飛び道具に何か過大なイメージを持っているのでは?
(別に過小評価しているわけではないのだけれど、万能兵器なんて存在しないという立場。)

756 :人間七七四年:2008/01/10(木) 22:20:57 ID:C325tcrG
ヨーロッパやトルコでは火器の発達とともに騎兵の白兵武器が槍からサーベルになったのは興味深い。
ナポレオン時代に一時槍騎兵が復活したけど。
サーベルの切れ味はというと、アメリカの動画で南北戦争時代の軍刀(北軍M1860騎兵サーベルだったかな?)の検証してたが
片手で肉塊を深々と斬ってたな。
走る馬の運動エネルギーを利用して、スライスするように斬るそうだ。

757 :人間七七四年:2008/01/11(金) 19:17:38 ID:dDC9DLFG
>ヨーロッパやトルコでは火器の発達とともに騎兵の白兵武器が槍からサーベルになったのは興味深い。


火器の発達と共に鎧が薄くなったり無くなったりしたからね。
ナポレオン時代だと胸甲騎兵ってな感じで胸部だけ保護してたみたい。
兜は大砲が発達してから復活でいいんだったっけ?

758 :人間七七四年:2008/01/11(金) 23:38:38 ID:+2e/1099
オーストラリア軍はWW1でもテンガロンハットだったんだよなぁ。
当然、列強から笑いものにされた。

759 :人間七七四年:2008/01/12(土) 22:06:11 ID:JcW2PjHj
WWUのイギリス軍のヘルメットって足軽っぽくね?

760 :人間七七四年:2008/01/12(土) 22:56:33 ID:11zDns7E
>>756
>サーベルの切れ味はというと、アメリカの動画で南北戦争時代の軍刀(北軍M1860騎兵サーベルだったかな?)の検証してたが
>片手で肉塊を深々と斬ってたな。
>走る馬の運動エネルギーを利用して、スライスするように斬るそうだ。

石川賢だったらどのように描いていたのだろうかと


761 :人間七七四年:2008/01/13(日) 14:04:51 ID:vHQ+R5JS
>>760
亡くなってたんだな・・・

762 :人間七七四年:2008/01/14(月) 09:37:45 ID:MXACeVv5
『別冊歴史読本』90号で、藤本氏が鼠小僧について執筆している。
特に過激なことは書いてなかった。

763 :人間七七四年:2008/01/14(月) 13:45:26 ID:ns+jSXqc
昔の戦争で飛び道具での死者が多かったについて
クリミア戦争のナイチンゲールの活躍から戦死者数が劇的に下がったという史実を指摘したい。

昔の戦争では、飛び道具で傷負った負傷者が後日に衛生の問題で高確率で死んでいたみたい。
多少の負傷でも白兵戦で首落ちるまでは戦えるけど、医学・衛生学が未熟どころか間違った
悪い治療をされて死ぬんじゃたまらないわなあ。

764 :人間七七四年:2008/01/14(月) 17:10:51 ID:lI6f61OC
甘利なんて血止めとかいって馬糞飲みを勧めてるからなw
傷口に塩か人糞を塗り込めろというのもあるけど、塩を傷口に塗り込めるってどんな拷問だよとか、
人糞なんて雑菌まみれのものを傷口に塗り込めたら破傷風確実とか、現代ならつっこめるんだけどな。
あと卵白が血止めになるとされていたが、実際は破傷風を誘引するだけでしかなかった。

戦で死ぬ数よりも、戦の終わったのちに死ぬ奴の方が多そうだ。

765 :人間七七四年:2008/01/15(火) 00:16:17 ID:ammB/P+F
10年位前までのどが渇いても水を飲むなとか、日焼けは体にいいとか無茶苦茶
言っていたから、400年前なら、そら馬糞くらい飲むやろ


766 :人間七七四年:2008/01/15(火) 18:14:16 ID:9hO7a9qs
隣の国の田舎じゃ〜未だに「赤ん坊の肉を食えばどんな病気も治る」だ支那・・・

767 :人間七七四年:2008/01/19(土) 21:13:42 ID:sCoiNLya
馬糞って草食動物の糞だからそんなに不潔じゃないようなイメージがあるんだけど。

768 :人間七七四年:2008/01/19(土) 23:13:11 ID:yXeLWkSM
雑菌まみれですよ。

769 :人間七七四年:2008/01/20(日) 20:35:22 ID:gFaAUfWf
「雑兵物語」は面白いね。

770 :人間七七四年:2008/01/25(金) 15:56:04 ID:VwpRMRWp
英雄ではなく、下っ端の視点で合戦の心得を語らせているのがユニーク。

771 :人間七七四年:2008/01/25(金) 18:32:32 ID:TFrud0E2
でも、これ読むと普通に騎乗戦闘の話しあるし、刀使ってるし、遠戦志向何それ?
・・・ってな感じにしかならんよなw

多分、頓珍漢な事言ってるのは鈴木氏の方。

772 :人間七七四年:2008/01/25(金) 20:24:46 ID:TKM/nY6v
>>771
騎馬戦闘の話って誰の所?

773 :人間七七四年:2008/01/25(金) 20:58:04 ID:TFrud0E2
「雑兵物語」の中で「馬に乗った敵の時はまず馬を狙って・・・」とか「馬に乗ってて刀抜く時は反りのある刀の方が・・・」てな話しがあったでしょ?

774 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:11:59 ID:mKzpHlaZ
>>763
刀傷でも後になって死ぬと思うぞw

775 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:18:44 ID:5pVpYXlO
>>771-773
そのうち「雑兵物語」偽書説を唱えそうなwww

776 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:23:12 ID:TKM/nY6v
>>773
騎馬の話は弓足軽小頭の話だな。
どちらかと言えば遠戦志向の話だし、
「馬上の敵はまず馬を射めされい。」の一言で終了だぜ、結構分量あるのにね。

馬に乗って〜は誰の所かわからない。
というか馬に乗る役職の奴なんて雑兵物語に居たっけ。

777 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:23:52 ID:TKM/nY6v
>>775
成立年が遅いから参考にならない、とかはいいそうだぜw

778 :人間七七四年:2008/01/25(金) 22:42:37 ID:ipA/uz3I
雑兵物語で、駆けて来た騎馬武者の馬狙って槍で突いたら折れちゃってとか
なんか戦場がみょうにほのぼのしてるのは好きw
敵も味方も入り乱れてるっぽいのに妙に安全な感じでさw

779 :人間七七四年:2008/01/25(金) 23:41:10 ID:voyiq5Cu
いやあ、合印が無くなったら味方に打たれるかも知れないから、
鼻にも耳にも穴を開けて合印を付けておきたいなんて殺伐としてるじゃないかw
敵に気をつけろ、じゃなくて味方に気をつけろ、なのがアレだけどなwww

780 :人間七七四年:2008/01/26(土) 14:53:40 ID:ql8eqB3k
なんつーか、戦国時代の戦って槍衾組んで前進・後退とか
騎馬の上級武士を指揮官に徒歩武者や旗持ちや足軽雑兵で
一団を組んで動くとか、もうちょっと組織だってるんじゃないかと
思ってたんだが、雑兵物語の戦場イメージは統一的な指揮が
イマイチ感じられないw
せいぜい顔見知りの2、3人で適当に動き回ってる感じだ。

781 :人間七七四年:2008/01/26(土) 15:22:53 ID:Zt3Rvgb5
集団で動く役職は上の前半数人しか居ないからじゃないか?
草履取りとか、御槍持ちとか、若党とか、集団戦とは縁のない奴の分量が多い風に見受けられる。
つかこいつら良くて準戦闘員だからな。

782 :人間七七四年:2008/01/26(土) 21:30:30 ID:HzeK7eW4
並中間の話の中には騎馬隊の描写もあるね。
関東の侍と違って関西の侍は乗馬で戦うのに慣れてないとかどうとかも。

783 :人間七七四年:2008/01/26(土) 23:14:32 ID:3wdEawr8
あるね、関西の侍は騎馬戦の心構えがないから横槍入れられて簡単に崩されたとかなんとか。
逆に関東侍は船戦に不慣れで、関西侍は得意としてるとも。
南船北馬ならぬ西船東馬だな。

784 :人間七七四年:2008/01/26(土) 23:26:25 ID:HzeK7eW4
なんかこの辺の慣れ不慣れは「平家物語」の時代から変わっていないような気がw

785 :人間七七四年:2008/01/26(土) 23:26:57 ID:jc9vQAr6

        ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ ___\(\・∀・)< 偽書『雑兵物語』の研究マダー?
             \_/⊂ ⊂_)_ \_______________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|
        |           .|/

786 :人間七七四年:2008/01/26(土) 23:30:09 ID:jc9vQAr6
( ・∀・)<古代から馬の主要産地は東国だよ 

787 :人間七七四年:2008/01/26(土) 23:54:05 ID:3wdEawr8
まあ、地域差はでかいよね。

788 :人間七七四年:2008/01/27(日) 09:35:04 ID:th91+ypK
すると出身が海の無い大和国とかだと
馬にも船にも乗れないのか

789 :人間七七四年:2008/01/27(日) 18:35:40 ID:b8mP7xyg
「馬(船)に乗って移動する」と「馬(船)に乗って戦う」は別物かとw

生活必需品でもあり、消耗品でもあり、軍需品目でもある物として見た場合、
当時の流通事情を考えたら、馬産地かどうかの違いはとてつもなく大きいね。


「神妙記」
http://www.geocities.jp/sinmyouki/s00.html
これにも騎馬戦闘の記述があるけど、やはり東国のものばかりという印象が。


790 :人間七七四年:2008/01/27(日) 18:58:03 ID:aA7A4zbU
>>788
噴いたw
論理の極端な展開が鈴木風味だ!

まぁ、馬でも船でも身近に多いか少ないかで
土地の人間の慣れ不慣れの度合いに差がでて
それが軍勢の錬度に反映されるってとこだろ。

791 :人間七七四年:2008/01/27(日) 21:41:28 ID:iGVHlxdC
武田騎馬軍団(笑)の中でも太田牛一が小幡勢について
わざわざ関東の連中は馬が巧みだ〜とか書くぐらいだから
まあ関東限定なんだろうか??

と言っても、東国だろうが西国だろうが、上級の武士が
歩兵と一緒にグループ組んで戦うのが普通なら、
人数も全体の一割かそれ以下だし、馬に乗っていようが
いまいが、本人の好みレベルを超えないんじゃないの?

平安時代なら武士とは馬に乗って弓矢を射る職業だと
定義できるから馬の上手い下手が大いに問題だろうけど。

甲陽軍鑑だと、馬に乗ってた時に手柄を立てた人間は小さい馬を
好むが〜とかいろいろ言ってるけれども、ホントに好みの
問題のような気が。

792 :人間七七四年:2008/01/27(日) 21:44:59 ID:iGVHlxdC
ふと思い出したけど、現存する日本馬で、
宮崎県の御崎馬っていたね。
西国の馬の産地って、昔はどんぐらいあったのかなあ。

793 :人間七七四年:2008/01/28(月) 00:50:00 ID:jAIVrEOc
>>793
でも、馬にまともに乗れない司令官ってみっともないでそ。
そうなると指揮官のカリスマが下がることになるわけだし。

794 :人間七七四年:2008/01/28(月) 04:30:09 ID:Bu9skKLd
つ[クマ]
つ[雷親父]
つ[ミイラ]

795 :人間七七四年:2008/01/28(月) 19:21:25 ID:lceEjX+5
>>794
ごくわずかな特殊例やん

796 :人間七七四年:2008/01/28(月) 20:53:30 ID:L2bPtgGV
>>793
さすがに「乗馬」の出来ない人は少ないのではw
そこそこの身分になれば従者で口取りを付けられるし、
移動で困りはしないのでは。

ただ馬に乗ったまま戦おうとなると、バランスも取りづらいし
死角も多いし、デカイから良い的だから、相当な技量が
ないと無理だろうけど。

797 :人間七七四年:2008/01/28(月) 21:07:09 ID:ytcVhCAd
百姓の乗馬が禁止されていた江戸時代でも「馬に乗れない百姓はいなかった」とまで言われているからな〜w
ましてや士農分離が定かでない時代の話しとなると、どうなんだろうかね?

798 :人間七七四年:2008/02/02(土) 02:39:34 ID:JQitD2ky
本屋行ったら、鈴木の新刊が売れ筋コーナーに置いてあって
「戦国時代の通説を打ち砕く一冊」とか、このスレのタイトルみたいな煽り文が添えてあるの。
なんか、変な知識が日本で主流になりそうで嫌だなあ。

799 :人間七七四年:2008/02/02(土) 10:56:28 ID:9iQaVxwf
鈴木説は中途半端な奴が好むからな。
さらに一歩踏み込んで鈴木説を疑う能力があれば簡単には染まらないのだが


800 :人間七七四年:2008/02/02(土) 18:23:45 ID:vQOgg9vV
つーか、自分で一次資料を探そうとしている人間は最初から相手にしていない。

801 :人間七七四年:2008/02/02(土) 20:44:36 ID:/3V5mjAg
>>797
乗馬が禁止されてたんならなぜ馬に乗れない百姓がいなかったんだ?

802 :人間七七四年:2008/02/02(土) 21:25:51 ID:vQOgg9vV
>>797
禁止されてても乗ってたって事じゃないの?
以前、若い頃に馬喰(ばくろう=牛馬の仲買人)やってた方に話しを伺った時は、農民でも馬に乗れた方が作業上は便利だったとかなんとか言われたけど。
馬を使っての農作業はよくわからんけど、馬鍬の方が現代の機械より深く掘れたとかも。
(稲の根が深くまで伸びやすいので、冷害にも強いらしい。まあ限度はあるだろうけど。)

803 :人間七七四年:2008/02/03(日) 23:10:57 ID:Pz1utrQQ
>>800
そういう奴が多ければ変な通説もそもそもまかり通らんのだがな。
適当に本を書く奴とあっさり信じる奴が多すぎる。

804 :人間七七四年:2008/02/04(月) 21:53:57 ID:pjumHa3g
学者や学生ばかりじゃないし、一般人は権威ある研究者の論文なら、
ほとんどが無条件に受け入れるよね。

805 :人間七七四年:2008/02/05(火) 00:09:33 ID:/8PO1FW3
鈴木はアマチュアだから権威はないはずなんだがなあ・・・
極端に単純化されたキャッチーな主張と、既成概念を打ち砕く的な安っぽい爽快感が
歴史ライトユーザーに受け入れられただけでは

806 :人間七七四年:2008/02/05(火) 00:25:38 ID:SViIMonC
「戦庭で死ぬ事こそ武門の誉れ」とか「殿軍(一番死に易い)を務むるは武門の誉れ」とか、
無駄に勇猛果敢である事を誇らせなくちゃならん時代の事なんて、現代人に理解できる
わけが無いもんなぁw

807 :人間七七四年:2008/02/05(火) 18:07:49 ID:rfFs1HeD
ハラキリなんてもっとワケワカンネ

808 :人間七七四年:2008/02/07(木) 05:48:21 ID:GIMCxvMt
>>806
そんな考えは江戸時代のものだろう


809 :人間七七四年:2008/02/07(木) 08:43:34 ID:cPhwockR
はい?
根拠は

810 :人間七七四年:2008/02/07(木) 20:01:19 ID:GIMCxvMt
>>809
青いのう 青すぎるわ 君の言う根拠って軍記物語とか江戸時代の
思想書やろ

そんなん建前しか書いてへんがな そんなの真に受けてその通りに
行動したら功績も得られず真っ先に死んでまうわ


811 :人間七七四年:2008/02/07(木) 20:47:57 ID:ua4DVr0y
「雑兵物語」にも、「お侍さんは討ち死にするのが名誉だけど、わしら足軽は・・・」とかあるが、
そんな足軽たちも「敵と戦って死ぬのは本望」とまで言ってるがなぁ。

>>810は去勢されたタマナシなのでわからんのだろう。

812 :人間七七四年:2008/02/07(木) 20:59:33 ID:OJ3kw1fy
江戸時代に儒教精神が行き渡り、忠勇を最上の美徳とする太平の世の武士道が確立したわけだが、
戦国時代にその土壌が全く無かったとするのは、いくらなんでも無茶苦茶。
鎌倉の時代から、武士は名を惜しむものとされている。

813 :人間七七四年:2008/02/07(木) 22:09:51 ID:a8LjdJiH
昨今何冊か出ている武士道否定本の影響だろう
鈴木ほどじゃないにしろキャッチーかつ偏った内容
どの業界でも「既存史観を覆す」とか「価格破壊」とか耳ざわりが痛快かつ単純明快なものが受ける
ヒトラーは「大衆を味方につけたければ、事象を単純化せよ」といっていた

814 :人間七七四年:2008/02/07(木) 22:33:43 ID:OJ3kw1fy
信玄は凡将だったとか、謙信は略奪暴行を国策としていたとか、
異常な定説否定が流行っているもんな。

815 :人間七七四年:2008/02/07(木) 23:34:01 ID:3emb5cci
信玄が持ち上げられすぎてたのは否定しよう無いし、
上杉軍が略奪暴行していてのも事実。

しかし戦術が拙かろうが総大将としての信玄は優秀だし、
略奪暴行は戦国のならいで上杉軍だけに限った話ではない訳だ。

なんというか極端なんだよなー、バランス感覚が無いというか…

816 :人間七七四年:2008/02/07(木) 23:39:20 ID:ua4DVr0y
日本史の場合、隣の国みたいに捕まえた捕虜とか奴隷を臼で挽き肉にして食っちまったとか、
そういう類の話しは聞かんからなぁ・・・w

817 :人間七七四年:2008/02/08(金) 00:04:30 ID:yZPwkJ2/
それは極端すぎる例だぜw

818 :人間七七四年:2008/02/08(金) 00:43:22 ID:tFfjjrf3
180 名前:懺悔[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 02:09:44 ID:dOM+Nh+b
自分は藤木説を2chで広めた張本人です。
数年前に鈴木眞哉や藤木久志の本を見て、
騎馬隊はいなかったとか、当時の合戦は奴隷狩り目的だった、とネット中に吹聴していました。
当時若かった自分は、彼等の本がろくな考証もなく我田引水的な結論を出しているのに気付きもしませんでしたし、
歴史関係の書籍も全く読んでいなかったので、彼等の本をバイブルの様に奉っていました。
読書経験の少ない若者特有の過ちだったと今は後悔しています。
鈴木説や藤木説を信奉している人たちは、自分のような歴史の初心者やゲームから入った人たちに多いと思うんです。

謙信が小田城を落としたときに奴隷市を開いたという説に関しては、
謙信の差配した売値が20文とあまりに安過ぎることから
奴隷というよりは当時のヨーロッパ同様に身代金を払わせ(しかも格安で)、捕虜を解放していたと見るべきかと思います。
身代金は1貫(1貫=1000文)2貫が当たり前だった当時、タダ同然ともいえる値ですね。
現在の貨幣価値に換算すると1貫は6万円ほどとなり、20文は1200円ほどといったところです。

819 :人間七七四年:2008/02/08(金) 01:26:56 ID:yZPwkJ2/
>>818
この引用元の奴、アホだな。
身代金目的は藤木も書いている事なのに。

何を読んでいたんだろう。

820 :人間七七四年:2008/02/08(金) 02:43:16 ID:tFfjjrf3
>>819
謙信のつけた売値は身代金で商売するにはありえんほど安いってことだろw
藤木はさも謙信が利益を得る為に捕虜を売っていたように書いてる
謙信奴隷商説は、こんな叩き値で商売なんかしたらかえって赤字という反論が相次いでる

821 :人間七七四年:2008/02/08(金) 07:51:22 ID:AMyJaqkO
二十文じゃ捕虜の三日分の飯代にもなりゃせんわな。

822 :人間七七四年:2008/02/08(金) 07:54:49 ID:3NXnIJta
君ら、本当は悔しいんだろ? 鈴木・藤木らが功を立てているのに、
君らは何も功績が無い 指をくわえて眺めているだけ



823 :人間七七四年:2008/02/08(金) 15:15:43 ID:H+SMA0Wd
>>811
日本兵だって、同じ死ぬなら餓死するより敵弾に当って死ぬ方がマシだって思ってたそうだからなぁ。
ニューギニアとかフィリピンじゃ餓死者の方が多いらしいぞ。

824 :人間七七四年:2008/02/08(金) 16:40:01 ID:D81hmF96
>>820
謙信の懐に入っているという描写はないんだが。
その示唆に上げられているのは、奴隷商人。
あと乱取りで取った物は大名の懐には入らないのが原則、
直江津経営が上手く言ってる謙信はそういう副収入に頼る必要もないしね。

まあ藤木説はともかく
この年は飢饉だったから越後に連れて帰っても養えない可能性が高いことと、
同時に引き取る側に相応の余力がなく高額の身代金は用意できない可能性が高いこと、
捕虜を大量に連れての移動は機動力が損なわれ、また小田城は越後からかなり離れていること、
もちろんその間に余分に兵糧を消費することから、
とっとと軍の外に追い出したかった謙信の判断かと、現実的な優れた情勢判断と言える。

825 :人間七七四年:2008/02/08(金) 20:41:49 ID:vZItkqsJ
>>815
上杉軍の略奪暴行は事実かも知れないが、頻繁に行われていたと示す証拠はなにもないし、
あったとしても永禄四年の小田原攻めと第四次川中島合戦ぐらいでしょ?
それに年代なのは上杉軍がそれを「国是」としているかどうかの話。
藤木説では謙信はただ略奪のために関東へ外征を行っていたかのようになっている。

826 :人間七七四年:2008/02/08(金) 20:58:55 ID:D81hmF96
藤木説云々の前に、また上杉に限らず略奪は誰しもやってることなんだがな。
中世の軍隊が動くことは乱暴狼藉も付随して起きていると考えるべき。
特に酷い場合、逆にこれが起こらなかったり手心がくわえられた場合に記録が残る訳であって。

あとこの時期は慢性的な飢饉にある。
そうした要因も“一因”にあるのは否定し得ないと思うぜ。
もちろんそれだけを目的に戦争を行った、という馬鹿な意見には賛同できないが。

827 :人間七七四年:2008/02/08(金) 21:55:25 ID:vZItkqsJ
ほぼ同意見ですが、少し補足。
この時期、上野では疫病が大流行で、関東地方も長雨で大不作。
越後も徳政令を出さねばならぬほど都市部が困窮していたのだが、なおひどいかも知れない関東に出て何を求めるのか不明。
第一次関東遠征で乱暴狼藉の類で記録として残っているものは景虎自ら率いる部隊ではなく、いずれも関東衆のものと読み取れるものばかり。
小田原近辺に限っては(上杉年譜の表記から察すれば戦略的に)家屋を全て打毀したようだが、めぼしい物資や家財などは避難した地下人がすべて小田原城内に持ち逃げているだろう。

この時代、小豪族同士の抗争なら飢えをしのぐための略奪を目的の一つとした軍事行動はありえますが、
大国同士の遠征となると、その発生条件に飢餓が入ることは考えられない。
むしろ国力の充実こそが外征の必要条件。

もし戦国時代が飢餓による略奪目的で遠征が行われていた時代であれば、
大名はすべて武田勝頼の如く国力を整えるよりも外征に血道をあげればいいわけで。

828 :人間七七四年:2008/02/08(金) 23:00:37 ID:D81hmF96
やっぱりほぼ同意見なので、三つ。

国力充実には一朝一夕では出来なくて、
短くても数年、長ければ数十年かかるようなことなので、
短期的に乗り切るための処置もまた、必要だよ。
それは徳政令であったり、税の減免であったり、離散した村人を呼び戻したりすることと同時に、
村の食い扶持を減らすことは、短期的には有効だったろう。

もう一つ、乱暴狼藉は兵への恩給代わりという側面の他に、
敵大名への経済攻撃という側面もある。

最後に、勝頼も長篠以降は国力充実に力を置いていることはちょっとでいいから認めてあげてw

829 :人間七七四年:2008/02/09(土) 00:35:19 ID:15AlS0Tn
中世の関東甲信越って正にリアル北斗の拳状態だな


830 :人間七七四年:2008/02/09(土) 00:48:44 ID:ONzcvEDQ
何故関東甲信越に限定?

831 :人間七七四年:2008/02/09(土) 00:55:46 ID:MtVdyjly
九州一帯を阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ島津に比べれば、上杉も北条も可愛い物です。

832 :人間七七四年:2008/02/09(土) 01:02:30 ID:jZaKCRDH
欧州じゃ身代金払えない捕虜は手足の骨を折ってから解放が基本ですが何か?

833 :人間七七四年:2008/02/09(土) 01:52:43 ID:Vyt/gJr0
>>811
>「お侍さんは討ち死にするのが名誉だけど、わしら足軽は・・・」とかあるが、
>そんな足軽たちも「敵と戦って死ぬのは本望」とまで言ってるがなぁ。
その辺の思想の背景をうまく論じてくれる(武士道否定じゃ無くて)人はいないんかね。

>>813
>武士道否定論
じゃ無いけど「サムライとヤクザ」は個人的に良書じゃないのかと思うよ(全面肯定はしないが)。

834 :人間七七四年:2008/02/09(土) 02:25:18 ID:15AlS0Tn
よその兵士の乱暴狼藉に対して地元民はどう抵抗したのかね?


835 :人間七七四年:2008/02/09(土) 03:11:23 ID:MtVdyjly
・領主の城に匿われる
・有力寺社に退避する

・村の城や山中に逃げ込む
→ただし敵対行為を見なされる。

・禁制を手に入れる(自力で手に入れるだけではなく寺社領の場合は寺社が手に入れてくる場合も有るみたい)
→ただし、あくまで警察権の行使を認めるだけであって、
 自力救済が基本で村固有の武力が有るのは普通。
 また条件として大金を払わされたり、物資の供出を求められたり、賦役を課せられたりする。

836 :人間七七四年:2008/02/09(土) 06:55:16 ID:mUbsDigh
少なくとも地元民がただ無策にやられていたとは思わんな。
やっぱり、領主が守るのが役目だろう。

837 :人間七七四年:2008/02/09(土) 08:13:26 ID:15AlS0Tn
家臣になれという命令を無視して家臣にならなかったり、合戦で敗れたりした武士の
配下の領民が乱暴狼藉されるんじゃないかなあ

領民自体が武装していたり、城を持っていたりしても、組織的抵抗が出来ないので
簡単に乱暴狼藉される・・・・と

或いは、百姓ですらないもっと下層の階級の人間が主に乱暴狼藉されるとか?



838 :人間七七四年:2008/02/09(土) 15:11:58 ID:Yr5oS6NL
>組織的抵抗が出来ないので 簡単に乱暴狼藉される
例えば須浦村と大浦庄が湖北一帯の村落を巻き込んで戦争してる、比喩ではなく。
実際に村民同士が矛を交えたのはもちろん土豪・地侍層も戦争に加わってるし、
終戦協定には領主や幕府も巻き込んでいる。
村は武装している事は元より、組織力、外交力も合わせ持った政治団体なんだよ。
我々が想像する市町村の村とは全く違い、小さな国と言った方が妥当。
組織的抵抗が出来ないなんて嘘っぱちで、禁制を持っていても実際に取り締まるのは村の武力による。
逆に言えば、禁制がないと大名への敵対行動と見なされ本格的な武力制裁が待っているので、
村落はあの手この手でツテをたぐって、形振り構わず禁制を求めた。

839 :人間七七四年:2008/02/13(水) 14:48:46 ID:ZJhlFNes
>>825
個人的には「越後国内の食い扶持減らしが主で、その動機付けとしての略奪の許容が従」だというふうに読んだんですが。
それはともかく、何かする時に目的が唯一つってことは少ないんじゃなかろうか。
第一義とそれ以下、という順序付けはあるにせよ。

840 :人間七七四年:2008/02/13(水) 18:27:30 ID:/H2w+VQ+
越後のたった八千人の働き手を短期間食わせるために、
戦国最強と呼ばれるほど彼らを軍事組織の一員として鍛えぬき、
わざわざ大量の糧秣を消費させて三国峠くんだり越えさせて、
しかも農作経済ともに発展していない、天災と戦乱に疲弊している関東に出張り、
敵軍の襲来に備えを固め、集落からは人々が家財を持って避難しているとこから、
非常に限られた物資や食料を大略奪。

食い扶持減らしも何もあったもんじゃない。
それに略奪を許容したなんて史料はどこにもない。

「諸卒ノ狼藉ヲ戒メ給ヘバ、民屋案ノ外ニ堵ヲ安ンズ、然レドモ小田原近郷ノ屋舎ハ一宇モ残ラズ兵千燹ス」

上杉年譜からの引用だけれど、景虎軍は狼藉を許容するどころか戒めている。
小田原に関しては破壊の限りを尽くしたようだが、これはどう見ても軍事的行動。

841 :人間七七四年:2008/02/13(水) 21:55:44 ID:wMMMhloD
>大量の糧秣を消費させて
現地調達に決まってるだろ。
九ヶ月もの間、しかも冬期を挟んで延々と越後からの補給で賄える訳がない。
略奪に限らず、禁制を出すって事は見返りを貰うって事でもある。
糧米や飼料を出させるのは普通のこと。
その引用は禁制を出した証左にはなっても、(もちろん敵地での)乱暴狼藉を禁じた証拠にはならない。

なに別に謙信だけがやっていたことではない。
フロイスが言うように「欧州は財宝をかすめるために、日本は食料をかすめるために」戦争をしていた訳で。
あと当時の交通事情やそれに長じた者が限られている事、
組織上のことなど兵站には限界があるので、
略奪(或いは禁制の発効による見返り)が無ければ軍勢を動かすことは出来ない。

842 :人間七七四年:2008/02/13(水) 22:31:20 ID:/H2w+VQ+
>現地調達に決まってるだろ。

いやいやいや、敵地に出るまでの道のりですよ。
時には雪の中や、流行り病に苦しむ地域を渡ってまで、関東に出陣している。
その間、何か事情が変わって目的地である関東へ出られないこともありうる。
それでも馬鹿みたいに何度も律儀に出陣していて、
今では上杉家も金持ち大名だったとして知られており、
実際にその兵站を賄っているわけでしょ。

>禁制を出した証左になっても(もちろん敵地での)乱暴狼藉を禁じた証拠にはならない。
小田原での破壊行為だけは行ったという事を記している。
ここを強調したというのは、他では略奪なんてしていませんよと言ってるんですよ。

>欧州は財宝をかすめるために、日本は食料をかすめるために
フロイスの話も西国に限定された話であって東国とはまた事情が異なるだろう。
更に言えば、そんなものは畿内などの侵略やそれを阻止するための軍事行動を示すものではなく、
小勢を繰り出す小競り合いの話でしょう。長篠や桶狭間が食料収奪のための合戦だったなんて聞きませんし。

謙信の軍隊が略奪を全くしていなかったとまでは主張しようとは思いません。
仮に略奪があったとしてもそれはあくまで時折偶発的に発生する程度のもので、
それを前提とする幼稚な軍事行動を起こしていたなんてのはありえないわけですよ。

大国による軍事行動は、それを許すだけの体力が国にないと起こせず、
武田勝頼なんかはその調整が取れないまま、国の疲弊を招いて滅亡に至っている。

843 :人間七七四年:2008/02/13(水) 22:33:06 ID:/H2w+VQ+
>現地調達に決まってるだろ。

いやいやいや、敵地に出るまでの道のりですよ。
時には雪の中や、流行り病に苦しむ地域を渡ってまで、関東に出陣している。
その間、何か事情が変わって目的地である関東へ出られないこともありうる。
それでも馬鹿みたいに何度も律儀に出陣していて、
今では上杉家も金持ち大名だったとして知られており、
実際にその兵站を賄っているわけでしょ。

>禁制を出した証左になっても(もちろん敵地での)乱暴狼藉を禁じた証拠にはならない。
小田原での破壊行為だけは行ったという事を記している。
ここを強調したというのは、他では略奪なんてしていませんよと言ってるんですよ。

>欧州は財宝をかすめるために、日本は食料をかすめるために
フロイスの話も西国に限定された話であって東国とはまた事情が異なるだろう。
更に言えば、そんなものは畿内などの侵略やそれを阻止するための軍事行動を示すものではなく、
小勢を繰り出す小競り合いの話でしょう。長篠や桶狭間が食料収奪のための合戦だったなんて聞きませんし。

謙信の軍隊が略奪を全くしていなかったとまでは主張しようとは思いません。
仮に略奪があったとしてもそれはあくまで時折偶発的に発生する程度のもので、
それを前提とする幼稚な軍事行動を起こしていたなんてのはありえないわけですよ。

大国による軍事行動は、それを許すだけの体力が国にないと起こせず、
武田勝頼なんかはその調整が取れないまま、国の疲弊を招いて滅亡に至っている。

844 :人間七七四年:2008/02/13(水) 22:35:28 ID:/H2w+VQ+
連続投稿で失礼しました。

お詫びついでに、つけたし。

現地調達は、略奪と言う形以外でならあったでしょう。
あなたのいうように禁制の発布や、商取引という手で。
でも略奪を当てにしてというのは無理があります。

845 :人間七七四年:2008/02/13(水) 23:54:07 ID:wMMMhloD
>上杉家も金持ち大名だったとして知られており、 実際にその兵站を賄っているわけでしょ。
>商取引という手で。
まず当時の兵站は自弁が基本だぜ、謙信が裕福でも国衆以下は豊かなのか?
また第一に飢饉で米価が高騰している中で、第二に深刻な選銭問題の状況下で、
万規模の軍需物資を商取引で調達するのはそれこそ至難じゃないか?
地域差・時代差があるから一概には言えないけど一貫=4石くらいのところ、
永禄五年では一貫=50升、八倍に高騰しているし、
永禄六年の上野では精銭以外が通用しなるという異常事態がおこってる。
この混沌とした経済状況でまともな商取引を望めるのか、押し買いとかなら話は別だけど。

>小田原での破壊行為だけは行ったという事を記している。
北条側、或いは甲斐の文書に寄れば
「国中、山野の体」「山野の体、年月を経られば、いよいよ侍・人民共に退転すべし」だぜ。
国中を相模国と読むか、北条領国と見るかは見解が別れるだろうけど、小田原近隣だけではなかった訳だ。
当然、越山直前に沼田など上野の北条領であった地域でも起こっているとみるべきじゃないか?

>桶狭間
桶狭間の年は、北条が久留里を囲んでいた年で、越山の初年で、
明けて翌年第四次川中島(この時武田はかなりの略奪をしてる)。
1560年、永禄三年は飢饉の年。豆知識な。
もちろんそれで解決するわけではないが、打てる手の一つではある訳。
これにあわせて徳政やら納税時のびた銭の混入、一部物納(労役)の許可、免税などを行ってる。
打てる手は全て打ってるんだよ、彼らは。

846 :人間七七四年:2008/02/14(木) 20:20:31 ID:sWtQ/14h
関東出陣で狼藉があったというのにゃ反対しないけれど、
問題とすべきはその有無ではなく、謙信がそれを目的の一つとして出陣を繰り返したかどうかって事。

>当時の兵站は自弁が基本だぜ、謙信が裕福でも国衆以下は豊かなのか?
上田長尾氏で知られる魚沼は越後から関東に至る交通の要衝に当たり、青苧の生産に力を入れていた。
揚北も本庄などが謙信の治世時代に領国を発展したとある。
鳴海金山の経営は揚北衆が関わっていた。港で栄える柏崎近辺には北条安田などが割拠。
謙信が重商主義を取っていたことは越後領内にある彼らにも少なくない恩恵を与えていたはず。

>「国中、山野の体」「山野の体、年月を経られば、いよいよ侍・人民共に退転すべし」
北条氏の侵略に悩まされる古豪が景虎に呼応して一斉に押し寄せたとき、
こういう悲劇があったのは想像に難くなく、これを景虎の責任とする事は可能。
しかしこれを越軍本体の仕業とするのは正しくない。
景虎=謙信が越後の食い扶持減らしのため、略奪を目的の一つとして関東出陣を繰り返したという推論の証拠とはなりえない。
この引用文も文章の前後を読まないとそれが本当に彼らの略奪を示すものかどうかもわからないけどね。
武蔵なんか関東出陣の前から旱魃や長雨で荒れ果てていたもんですから。
それが元で氏康が氏政に代替わり徳政をやったんでしょう?
>打てる手は
いうことはわかるし、あなたの引用する史料とその解釈はおおむね正しいと思うけれど、
それは反論の種になるソースじゃなく、略奪目的の出陣説の裏づけにもなってないですよ・・・。
こっちも謙信がキレイな正義の軍隊とは思ってないし、そんな事いうつもりもない。
でも飢饉や財政難に苦しんで、口減らしや略奪を目的として出陣していたって主張するのは間違えてると指摘しているだけ。
もしそれを主張しているつもりがないというなら、今はただの誤解で討論しているだけですから、
そんなに熱くならないで欲しいもんです。

847 :人間七七四年:2008/02/14(木) 21:52:26 ID:EnvdoEqQ
こちらは840の「謙信が略奪を許容していない」事について論じてるつもりなんだが。
確かに、幾ら戦国とはいえ好き勝手に戦を仕掛けられるわけでもないので、
略奪・口減らしが主目的だったと主張する奴は可哀想な奴だ。
しかし副次的に、折角えたチャンスを活かそうとしていたとは思うが。

>重商主義
謙信の重商主義は知ってるけど、詳しくは知らないのでつっこみづらいが、
直江津・柏崎湊は直轄、つまり謙信が吸い上げている証拠にはなっても恩恵を与えていたという証拠にはならない。
また、wikiソースで申し訳ないが、流通を統制していたというのが本当ならば謙信一人勝ち。

>永禄三年の飢饉
越後は永禄一年の干魃・飢饉、永禄二年の長雨、永禄三年水害と悲惨なのは変わり有りません。
故に永禄三年に徳政令がでてます。
関東が天災・飢饉で荒れていたは事実だけれども、それは越後も同じ。
なのに北条領国だけ特記されるのは北条領国のみを襲った災害、謙信の越山以外無いよ。
逆に何故、上杉謙信はそんな危機的状況の本国を九ヶ月以上留守にして遠征したのか聞きたい。

848 :人間七七四年:2008/02/14(木) 21:54:06 ID:EnvdoEqQ
×遠征したのか
○遠征できたのか

だな。

849 :人間七七四年:2008/02/15(金) 14:01:13 ID:g8KA8SY2
武田ならわかりやすいんだけどな
必ずといって良いほど、秋の収穫前に攻め込んでいる。
普通に村を略奪しようとしても、地元民もバカじゃないから
そう簡単に略奪はされない。

しかし、実際に作物が育っている田畑なら別だ。
地元民は田畑を持って逃げることはできない。つまり、比較的楽に食料を現地調達できるわけだ。
信長も、これを行って美濃をさんざんに苦しめた。

しかし、上杉の場合、略奪目的にしては時期が長すぎる。
冬にいくら作物を探し回った所で、田畑に食料はない。
食料があるのは、略奪に備えて厳重に守りを固められた場所だけだ。

850 :人間七七四年:2008/02/15(金) 14:02:27 ID:g8KA8SY2
上杉が略奪目的だのなんだのという話、
結局は、略奪が簡単だと思っているかどうかに尽きる。

そこの認識の違いによって、意見が真っ二つに割れる。

851 :人間七七四年:2008/02/18(月) 02:05:58 ID:kwi0+nQn
スレを1からここまで読んだけど、
何冊も著書を出してる歴史家(アマだけど)よりも
2chの名無しのほうがよっぽど意見に説得力があるな。
まぁ珍説奇説のほうが本としては売れるし、世に広まり易いというのもあるけど
これはちょっと酷いな・・・。

852 :人間七七四年:2008/02/18(月) 20:38:14 ID:7e1oMW2m
チンギス・カーンは義経だったとか、天海は光秀だったとか、そういうのは一般受けするもんだよなあ。

853 :人間七七四年:2008/02/19(火) 20:18:21 ID:JNZcn4p6
鉄砲三段撃ちとか武田騎馬軍団とか桶狭間奇襲とか鉄甲船とか士農工商とかもな


854 :人間七七四年:2008/02/19(火) 20:54:29 ID:O8VXFRi/
鉄砲の多段撃ちに関しては、戚継光の「紀效新書」に降倭から得た戦術としての記述があるけど?

855 :人間七七四年:2008/02/19(火) 22:31:00 ID:jaT4h+J5
多段撃ち自体は別段珍しくない。
雑賀衆の二段撃ちは有名だし、島津の関狩・繰詰のような三段撃ちもある
明の鉄砲隊も三段撃ちを実用してるね。。

856 :人間七七四年:2008/02/19(火) 22:34:08 ID:O8VXFRi/
それでなんでトンデモ扱いになっているのかな?
その辺がワカラン

857 :人間七七四年:2008/02/19(火) 22:34:44 ID:jaT4h+J5
ただ、射手を一人にし二人が装填という分業型と、
島津の関狩のようにそれぞれが装填・射撃しながら進んでいく
スウエーデン漸進射法に似た方法がある

858 :人間七七四年:2008/02/19(火) 23:19:16 ID:O8VXFRi/
新説というものは珍説が多いって事ですかねぇ。

859 :人間七七四年:2008/02/21(木) 00:40:31 ID:ONxk+Aa9
鈴木眞哉は反転行進射撃をしらんのか?

860 :人間七七四年:2008/02/21(木) 21:17:36 ID:qIwHrtSd
はっきり言って軍事音痴な軍事史研究家だからなあ…。

861 :人間七七四年:2008/02/21(木) 23:57:50 ID:ONxk+Aa9
軍事技術・戦術の発展は日本一国で孤立して発達しているのではないから
軍事史研究には軍事技術・戦術の世界的発展を知らなければならない。
よって世界史知識が不可欠となる。
ところが鈴木眞哉は世界史知識が絶望的なほどに乏しい。
たとえば、モンゴル帝国の馬が日本の馬と同じ程度のサイズだと知っていたら
「日本の馬は小さいから、武士は馬に乗って戦わなかった」などと馬鹿なこと
は言わない。
鈴木眞哉がヨーロッパの反転行進射撃を知らないのも明らか。

862 :人間七七四年:2008/02/22(金) 00:06:10 ID:XA/q8xlI
>>861
って言うか、鈴木が反転行進射撃を知ってようが知ってまいが本質的なことではない。
本質的な問題は、日本の武士が反転行進射撃を知っているかどうかだ。
鈴木が知っていても、日本の武士が知らなかったらそれは起こり得ない。
しかし、鈴木が知らなくても日本の武士が知っていれば起こる可能性がある。

863 :人間七七四年:2008/02/22(金) 04:17:38 ID:tibcHiCp
>>858
そりゃまあどれだけデタラメだろうが唱えるのは勝手だからね
その後の批判に耐え、淘汰されずに残ったものこそが通説になる・・・はず

>>862
>>861は鈴木氏の知識不足に対する批判が目的だから
武士が実際に行っていたか否かは関係ないんじゃないか?

864 :人間七七四年:2008/02/22(金) 13:37:20 ID:pyzkyOUO
>>863
> その後の批判に耐え、淘汰されずに残ったものこそが通説になる・・・はず

と言うことは、鉄砲三段撃ちも武田騎馬軍団も実在したし武士の主武器は日本刀であり続けたわけだ。
鈴木の度重なる狼藉にも耐え、定説としての確固たる地位は揺らぎもしないからな。

865 :人間七七四年:2008/02/22(金) 15:19:32 ID:bWJny2OE
864は脳味噌の代わりにウンコが詰まっている

866 :人間七七四年:2008/02/22(金) 21:47:54 ID:Y9222c5D
歐洲へ火藥が傳はつた後ち、火器は次第に改良されて、十六世紀の初になると、有效な鐵砲が製作されて、歐洲の戰術も爲に一變する氣運になる。
丁度この十六世紀の半頃の天文年間に、鐵砲がポルトガル人の手を經て、我が國に輸入される。
戰國時代とて、間もなくこの舶來の新武器が日本全國に採用されて、五十年後の文禄征韓の頃には、我が國の尤も有力な武器となつたのであります。
當時朝鮮人は、殆ど火器殊に鳥銃の使用を知りませぬ。
明軍とても遼東方面から來た兵隊は、朝鮮人よりも一層火器の使用に不案内であつた位故、朝鮮人も明人も、皆我が軍の鐵砲に辟易しました。
當時我が軍の戰術は、先づ鐵砲で敵軍を威嚇して置いて、日本刀にて切り卷くるのであるから、支那や朝鮮の記録を見ると、何れもこの二つの武器に大閉口して居る。
文禄の役に我が軍が勝利を得た原因は、種々ありますけれど、よく鐵砲を使用したことが、確にその重なる原因の一つと申さなければなりませぬ。
三百年前の弘安の時には、我が國は蒙古・高麗の聯合軍の爲に、鐵砲で散々惱されたが、三百年後の文禄の時には、同じく鐵砲で朝鮮・明の聯合軍を打ち惱まして、首尾よくさきの仕返しをいたした譯であります。
(桑原隲藏「東洋人の發明」より)

漢文資料を読みまくった方の意見はこんな感じ。


867 :人間七七四年:2008/02/23(土) 00:57:50 ID:F11O8b9f
元で使ってた鉄砲と戦国の鉄砲は違うのは現在では常識でも、
戦前では違ったという証拠ですね。
てつはうは撤退の時に放っていたもので、悩まされたとはちと違う気もする。
まあ明治期の元寇は集団戦・最新兵器で圧倒的有利な元軍に日本はボコボコにされるけど、
神風で勝利、日本は神々に守られてるスゲーという説が定着させられた時期だから、仕方ないんだろうけど。

みるべき所もあるけど、鵜呑みには出来ないね。

868 :人間七七四年:2008/02/23(土) 02:59:42 ID:IFYSMBh7
>>866
ワロタ こんないい加減なのが筆者が帝大教授か陸軍参謀かなんかで誰も反論できなかっ
たんだろ

武功夜話にせよ、武田信玄像にせよ、昔の学者のレベルが低すぎた コネだけで学者に
なれたんじゃないだろうか 一旦、学者になれればあとは肩書き・権威だけがモノを言う
主張の中身が問われることはなかった 特に在野の研究家の言うことは完全無視 レベルが
下がるのは当たり前


869 :人間七七四年:2008/02/23(土) 18:52:42 ID:w+rotOLk
在野の歴史研究家っつーと、和田喜八郎とか竹内巨麿とか藤村新一とか鈴木眞哉とかの事?

870 :人間七七四年:2008/02/23(土) 21:18:52 ID:W1CnbMSR
>>869
それは在野の歴史研究家ではなく単なる詐欺師じゃねぇか。あと「前野家文書」の吉田と観光史学の星を足しておけ。

871 :人間七七四年:2008/02/24(日) 10:52:18 ID:pcabWLlD
>>866みたいなのがペテン師だろうが 昔の日本は国威発揚せんといかんかったので
どうしてもカッコええ日本史を作らなければならなかった

特に軍事関係になると新兵器の創造的使用によって華麗に勝利したり、迂回奇襲に
よって小が大を倒したり・・・というのが捏造されまくった


872 :人間七七四年:2008/02/24(日) 13:21:18 ID:SmQlvobW
それより皆こんな所にも鈴木信者が現れてるぜ……どうしようか?
ttp://mamono.2ch.net/test/read.cgi/tv/1202515902

>>871
その辺の扱いはどうも難しいね。

873 :人間七七四年:2008/02/24(日) 14:43:15 ID:kcWNc3Xh
江戸史観も大概だけど、
明治史観も輪をかけて酷いよなあ。

874 :人間七七四年:2008/02/24(日) 15:34:52 ID:O38izJi3
>>873
それは、全て会津厨の思い込みです。

875 :人間七七四年:2008/02/24(日) 18:52:27 ID:IK43NofD
>>868>>871
同時代の明側の資料を元にすると、日本側の戦術はああいう形の表現にしかならないのが現実。
(支那特有の誇張は無論あると思う。)

わたしなら軍隊経験ゼロ実戦経験ゼロの自称・軍事史研究家よりも、当時の軍人の実戦報告書の方を信じちゃいますけどねw
(「雑兵物語」や「朝倉宗滴話記」を読んでも、鈴木氏の主張に合ったものは見当たらないわけだし。)

876 :人間七七四年:2008/02/25(月) 00:00:56 ID:kcWNc3Xh
>>874
・元撃退は神風のおかげ、武士はヤラレ役
・桶狭間は奇襲
・北条早雲は主流だった伊勢氏説をしりぞけて素浪人説を定着させる

十分酷いぜ。
しかもつい最近まで真実としてまかり通っていたのだから恐ろしい。
未だに信じている奴多いしね。

877 :人間七七四年:2008/02/25(月) 05:34:59 ID:ec1wYXDA
何かこう、当時の部隊運用に関する具体性のある史料ってないものかね?


878 :人間七七四年:2008/02/25(月) 14:44:23 ID:PGtgW1rD
部隊の運用という点に絞ってみれば、甲陽軍鑑あたりは参考になると思うぜ。
武田の功績をたたえる場面とは違って、あえて誇張や虚偽を記載する理由はないからな。
同様の理由で江戸時代初期成立の軍記物はそれなりの信用性があると思う。

中期以降はだんだん怪しくなってくけどな。

879 :人間七七四年:2008/02/25(月) 16:23:00 ID:LbmbFnDq
雑兵物語にも部隊運用系の話は結構出てきているような

880 :人間七七四年:2008/02/25(月) 18:43:20 ID:CtVu3I8d
ここはあえて的を外して「孫子」を薦めてみるw

基本中の基本、各種軍学のベースになったものだしね。

881 :人間七七四年:2008/02/26(火) 01:15:27 ID:Zcs7mGw8
孫子なあ・・・ 「ピンチはチャンス」とか言われてもピンとこないし・・・

882 :人間七七四年:2008/02/26(火) 02:50:01 ID:cdpFB3aY
孫子は有る意味真理だけど、アバウトすぎる訳ですよ。
部隊運用のくだりは時代と地域差がありすぎて参考にならないし。

883 :人間七七四年:2008/02/27(水) 17:44:07 ID:PgkeujI1
>>881
「書店のビジネス書コーナーで帯だけ読みました」って言われてもなあw
>>882
日本国内でも地域差が大きいのだから、基本は知っておいて損は無いかと。
\1000でおつりがきて、現代語訳部分だけ読むのなら一時間もかからないし、変な本を買って読むような金と時間の無駄遣いには絶対にならないと思う。
仰る通り、戦国日本の軍隊の運用等の参考にはならないがw

884 :人間七七四年:2008/02/28(木) 18:25:22 ID:eZKXHSTx
甲陽軍鑑も文庫で出てるよ

885 :人間七七四年:2008/02/29(金) 14:17:38 ID:eC0RhqmR
謎とき日本合戦史を読んで見たが、あんまりムキになって反論するほどの
内容でもないね。歴史好きのおっさんのヨタ話程度にしか思えなかった。
ここで言われてる以上に突込みどころ満載だし。
まぁライトな歴史マニアがこれを鵜呑みにして後で赤っ恥、
ということがありそなくらいかな。

886 :人間七七四年:2008/02/29(金) 15:22:17 ID:adQIVFhV
そのライトな歴史マニアに親切で正しいことを教えてあげたら、嫌われてしまった。
なんで、俺なんだ?
相手が違う。

皆様も下手に教えない方がいいですよ。

887 :人間七七四年:2008/02/29(金) 18:33:54 ID:clu39Jxf
知ったかしてる人間の言を差し障り無く訂正するのは難しいからな
ただ、教えて「上げた」って言ってる辺り
その気は無くとも相手の神経逆撫でしたんじゃないかと邪推してしまう

888 :人間七七四年:2008/02/29(金) 21:31:48 ID:fkXRku/1
雑兵物語もいろいろ眉唾もんだけどね。

889 :人間七七四年:2008/03/01(土) 00:57:47 ID:fde09qku
孫子は一読したほうが良いと思う。
具体的な兵の運用、特に日本の戦国時代のそれについては分からないけれども、
孫子の言葉を知ると、安全保障に関する時事問題で生意気な口が利けるようになる。

上兵はまず謀を伐つべきなんだよ!とか。

浅野祐一氏著のものがお勧め

890 :人間七七四年:2008/03/01(土) 01:22:51 ID:DoKizkCw
>>889
そんなこと言ったら青二才か初心者と思われるぞ


891 :人間七七四年:2008/03/01(土) 18:23:39 ID:dcW/tTOF
>>886
340 :日本@名無史さん:2007/04/09(月) 14:54:15
「面白いのですけど、騙されていることを教えてあげると、
教えられた人は、今まで自分をだましていた人ではなく、
だまされていたことに気づかせてくれた人を恨むんですね。
自分がだまされたまま長い時間を過ごしていたことを
知られるのがいやなのでしょうね」(J・テイ「時の娘」)

日本史板の「鈴木眞哉史観を疑う」スレより
これ書いた人は多分、鈴木眞哉が騙されていることを教えてあげた人だと思っていたんだろうけどw

892 :人間七七四年:2008/03/01(土) 22:13:08 ID:PJX+m2lQ
人は何を言われたかではなく、
どう言われたかで、
腹を立てる。

接客業界では鉄則です。

893 :人間七七四年:2008/03/02(日) 01:53:09 ID:70JP67fH
どうでもいいが、「ライトなマニア」ってのも何か変な表現だな。
言いたい事は分かるんだが。

894 :人間七七四年:2008/03/02(日) 01:55:14 ID:60l4VowE
なるほどなー
言い方とかの他にシチュエーションとかそういうのもあるだろうなぁ
まあ接客業の場合、客の言う事にはいはい頷いておだててりゃいいんだろうけど

895 :人間七七四年:2008/03/03(月) 16:57:34 ID:SgOMP9kG
そう言う態度の方がむかつくけどな。

896 :人間七七四年:2008/03/03(月) 19:20:05 ID:cUOy4E16
つまり正しいことを言うときほど、気を使うのですよ

897 :人間七七四年:2008/03/06(木) 00:45:30 ID:tFogXV/W
・相手による
・状況による

イチャモンつけたいだけのクレーマーは知らん。

898 :人間七七四年:2008/03/06(木) 01:43:27 ID:n3OcD1Gm
雑兵物語の信憑性ってどうなの?

899 :人間七七四年:2008/03/06(木) 02:37:56 ID:BxtwH6J/
軍記物の信憑性が損なわれるのは大きく二点、
軍記物は特定の武将をたてるために誇張や贔屓、或いは毀損といった恣意的な情報の操作が加わる点と、
成立年代が遅いものは伝承の伝承を参考にする史料精度の低い点が問題になる。

成立が比較的早いもので、実体験を参考にしてる記述はそれなりの信憑性があるし、
贔屓以外の部分、例えば風俗などは嘘をつく必要もないのでやはり参考になる。

件の雑兵物語はまずもって軍記物ではないので誰かの贔屓のために嘘をつく必要性が薄い、
というかハウツー本なので嘘を書くと本来の意図とはかけ離れてしまう。
また成立年代も江戸時代とはいえ初頭なので史料精度もまずまず期待できる。
よって、まあ信用に足るものかと。

900 :人間七七四年:2008/03/06(木) 22:48:11 ID:leRHNRYf
でもね、実際にあんな陣笠で飯なんて作れねえよって、
名和弓雄先生も言ってたよ。

901 :人間七七四年:2008/03/06(木) 23:39:42 ID:YCN1QKXX
陣笠で飯作るって誰の話しだったっけ?

902 :人間七七四年:2008/03/07(金) 03:11:54 ID:iCIQt9VB
>>900
つっこむところが違うな。

我々が想像する鉄製の陣笠が普及したのは江戸時代。

903 :人間七七四年:2008/03/07(金) 19:06:14 ID:sUKNfPrg
個人的な体験談をまとめただけだから、
一般的なやり方だったかまでは分からないんだよね。
鉄笠もその人のまわりでだけは普及してたのかもしれないし(ただの憶測だけど)。
まぁ下級兵士のハウツー本だから内容がミクロで
マクロな視点で欠如してるのは仕方ない。

904 :人間七七四年:2008/03/07(金) 21:43:13 ID:2/CgLS3C
日本の戦国時代の合戦の虚像と真実6
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1191504774/319-333

905 :ちょっとスレ違いっぽいけど:2008/03/09(日) 09:55:15 ID:J9YEe+al
藤木久志センセは七人の侍の農民の描写について
戦国時代の農民は基本的に武装し、状況に応じて兵士に早変わりする獰猛な存在であって
刀ひとつ持てないなどということはあり得なかったって意見してるけど、
どうにも鈴木説っぽいと思うのは俺だけかね。

いや戦国時代の農民が基本的に武装し状況に応じて兵士に早変わりしてたってのは
いいんだけど、それをもって獰猛な存在と言っちゃうのはどうか? ってさ。
そんなんだったら自衛のために武装する民兵とか民族独立の為に抵抗運動した人間は
全てが獰猛な存在だって事になるぜ。一歩間違えば国際問題だろ?

906 :訂正:2008/03/09(日) 09:56:17 ID:J9YEe+al
いいんだけど → 肯定できるんだけど

907 :人間七七四年:2008/03/09(日) 18:10:23 ID:4Z9KgOwb
乱世が続くと気が荒いのが多くなるってのは仕方が無いよ。
乱世続きじゃなくても、今から40年くらい前の学生運動とか労働争議の映像みてみると、現代じゃ想像できないくらい荒っぽいw

908 :人間七七四年:2008/03/10(月) 02:27:15 ID:5xl6YjnV
中東の連中を見てたら、連中、一族で城砦や山城みたいなところに住んでいて
(そうでないのもいるが)、いつでも銃を持っていて祭の日とかになると好き放題に
撃ちまくってるだろ で、部族長の命令があったらそのまま出陣できるんだろうと思う

日本の戦国の農民もこれに近い形態なんじゃないのか

909 :人間七七四年:2008/03/10(月) 15:38:24 ID:kmB1N2CY
>>905
> そんなんだったら自衛のために武装する民兵とか民族独立の為に抵抗運動した人間は
> 全てが獰猛な存在だって事になるぜ。一歩間違えば国際問題だろ?

今の日本人を基準にしたら、全てが獰猛だと言っても過言じゃないな。
でも、そっちの方が世界的には多数派なので、逆に日本人がヘタリア・ドンゴリアンと言うことになる。
差し詰め、本家ヘタリアよりもヘタレなスーパーヘタリア人w

910 :人間七七四年:2008/03/10(月) 16:26:36 ID:bmsxZe5a
イタリア人よりへたれはともかく、ドンゴリよばわりだけは許せん。
イタリア人は15人ぐらいまでの集団ならかなり強いけれど、ドンゴリは
あらゆる局面で五里逃げる玉無し集団じゃないか。

911 :人間七七四年:2008/03/10(月) 18:22:38 ID:YZLGMs8d
>>905
禁制を得た後の捕縛業務は村の仕事だし、、
古金買いとか落ち武者狩りで元を取ろうとするし、
村同士戦争もするし、解死人制なんかもあるし、
現代人が想像する以上に荒っぽいし、とても強かだよ。

大名が本腰を入れればとてもかなわないのは間違いないけど、
それでも無力であったかと言えばNOだ。

912 :人間七七四年:2008/03/11(火) 03:24:47 ID:XZ1fdZmT
>>910
今世界的に見れば、平均的日本人ってそんなもんじゃね?
徴兵制もないし、国内が物理的に内戦状態なわけでもない。独立運動やってる物騒な植民地もないし、世界の警察官を
気取るジャイアニズムな政府もない。
少なくともそういうのが日常化してる国の人から見たらドンゴリアンと大差ないよ。

913 :人間七七四年:2008/03/19(水) 21:26:29 ID:DvdqLIXs
英語WIKIのBatlle of Nagashinoが鈴木説っぽくなってるなw
英語できる奴何か言ってやってくれw
以前、某海外戦国掲示板の騎馬隊のトピックで、ブルガリアのニーチャンが鈴木説広めてたのはのにはびっくりしたが

914 :人間七七四年:2008/03/20(木) 01:13:57 ID:7d6Pry48
ブルガリアに日本の戦国時代に興味を持っている人がいることにびっくりだw

915 :人間七七四年:2008/04/13(日) 18:42:40 ID:R3HOuPKp
639 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2008/03/18(火) 12:00:16
100レスあたりまでしかまともに読んでいないのですが、鈴木オリジナル
とされる軍忠状の解釈も、矢木先生やトーマス先生の方が早くありませんか。
どうもこの先生、自分一人の主張か自分が初めて思いついたかのように書か
れるので、ややこしいのですが。井沢先生と同じ。

ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1169129287/l50
パクリ疑惑、というかパクリだそうです。

916 :人間七七四年:2008/04/25(金) 01:57:20 ID:eVvYyh/z
>自分が初めて思いついたかのように書かれる
それ以外にも根拠の無い断言とかそんなのばっかりで
まじめに読む気もしないです。

917 :人間七七四年:2008/04/27(日) 11:37:34 ID:LWSNgCqr
>>915
>自分が初めて思いついたかのように書かれる
鈴木センセイの問題点はそれ以前にあると思うぜ

918 :人間七七四年:2008/05/08(木) 21:35:09 ID:Cq+Z3aou
このスレもすっかり寂れてしまったようだね

919 :人間七七四年:2008/05/09(金) 21:42:39 ID:PbAZJkeG
>>918
それなら貴方が何か話題を提供してくださいよ

920 :人間七七四年:2008/05/11(日) 01:33:35 ID:3pACqkCB
新しい著作が出ればねー。

921 :人間七七四年:2008/05/11(日) 13:34:07 ID:+z8cJCkb
出てもまたいつものdデモかパクリじゃねーの?w

922 :人間七七四年:2008/05/21(水) 06:02:29 ID:QgFzK0AT
それより皆このページの眞哉汚染度を見てくれ こいつをどう思う?
ttp://www.d4.dion.ne.jp/~ponskp/bakuhan/katana.htm

923 :人間七七四年:2008/05/21(水) 06:08:04 ID:QgFzK0AT
それより皆このページの眞哉汚染度を見てくれ こいつをどう思う?
ttp://www.d4.dion.ne.jp/~ponskp/bakuhan/katana.htm

924 :人間七七四年:2008/05/22(木) 16:37:36 ID:hm3VRfI1
新刊読んだが、あつかってる人物がどマイナーなだけに良いのか悪いのか何とも
いえないんだが。

925 :人間七七四年:2008/05/22(木) 20:04:48 ID:Cslv6gLO
>>922
そこは日本刀に限らず見る価値の無いゴミサイト

926 :人間七七四年:2008/05/22(木) 22:46:07 ID:HSAfQhBi
鈴木信者=新書三冊呼んで史学科の卒論書く奴って事で多分FA。

927 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 11:06:19 ID:jmUhuzLc
新刊出てるようだが、買った人いるかい?
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient-menuext&ie=UTF-8&q=%e6%88%a6%e5%9b%bd%e5%8f%b2%e3%81%ae%e6%80%aa%e3%81%97%e3%81%84%e4%ba%ba%e3%81%9f%e3%81%a1

928 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/02(月) 21:20:43 ID:nK7Urrlz
ttp://www.amazon.co.jp/%E8%BB%8D%E9%9C%80%E7%89%A9%E8%B3%87%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%9F%E6%88%A6%E5%9B%BD%E5%90%88%E6%88%A6-%E6%96%B0%E6%9B%B8y-194-%E7%9B%9B%E6%9C%AC-%E6%98%8C%E5%BA%83/dp/4862482724/ref=pd_sbs_b_title_3

こっちの方が面白そうだったんでこっちを・・・

929 :人間七七四年:2008/06/14(土) 18:20:06 ID:f3VfP4pw
あげ

930 :人間七七四年:2008/06/17(火) 11:55:37 ID:GNdCW9bF
鈴木先生、筆も好調で今月も新刊。俗っぽい内容ですがw
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient-menuext&ie=UTF-8&q=%e6%88%a6%e5%9b%bd%e6%ad%a6%e5%b0%86%e3%83%bb%e4%ba%ba%e6%b0%97%e3%81%ae%e3%82%a6%e3%83%a9%e4%ba%8b%e6%83%85

931 :人間七七四年:2008/07/05(土) 19:26:32 ID:Le/oY+ah
結局、この鈴木さんの言う事はあらかた頓珍漢な内容で、頓珍漢な人間が真に受けちゃったんだよね、でこのスレ終了?

932 :人間七七四年:2008/07/06(日) 02:09:44 ID:nXMWbyov
このスレはそれで終了でもいいが、
他所のBBSではその頓珍漢な方が大勢いるわけで、
そこがまぁなんというか・・・。

933 :人間七七四年:2008/07/06(日) 05:02:53 ID:S84qd7pI
でもまあ、2chの戦国板や日本史板では鈴木・藤本説を真正面から信じ込むヤシは
絶滅状態になったので、それだけでも意義はあったんじゃないかと。

もちろん、大河ドラマ板やらニュー速やらにはまだまだしったかが湧いて出ているけどね…

934 :人間七七四年:2008/07/12(土) 19:41:22 ID:aAayqzZQ
>>931
どうせなら鈴木説で頓珍漢じゃ無い部分の紹介とか
「なぜそういった内容でも信憑性があると思われたのか?」
といった点についても語っていく(全否定とかネタにするとかような姿勢は
出来るだけ無しで)と良いと思うぜ。

935 :人間七七四年:2008/07/12(土) 22:10:55 ID:RbANsrqr
まあ武功夜話がインチキと分かった功績は大だけどな。

936 :人間七七四年:2008/07/12(土) 22:47:40 ID:7+owdaRP
そういうのが「本当に鈴木氏の功績なのか?」という検証からはじめなくちゃならないけどね。
他者からの引用、無断引用及びソース不明示のまま引用があまりにも多すぎるみたいだから。

937 :人間七七四年:2008/07/13(日) 02:33:32 ID:nF3M45Jo
藤本氏の功績もあるぞよw 鈴木氏に独り占めにしないように。

938 :人間七七四年:2008/07/13(日) 21:07:41 ID:HcvN8e28
>>933
つまり、長篠の三段撃ちはやっぱりあったし、戦国時代の主武器は日本刀だし、石田三成は家康公に合戦を挑んだ身の程知らずのDQNだし、ということですね。
よくわかります。

939 :人間七七四年:2008/07/13(日) 21:08:18 ID:HcvN8e28
>>933
あと、「武功」は戦国時代を語るための一級資料ですよね!

940 :人間七七四年:2008/07/13(日) 22:23:05 ID:o0nAe8X+
必死なのが来たw


941 :人間七七四年:2008/07/14(月) 01:37:04 ID:0zwTPtTm
本人顔負けの極論だなw

942 :人間七七四年:2008/07/14(月) 02:13:30 ID:5cLLlhZQ
>>938-939
静岡大学教授小和田哲男氏について
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1160246355/



943 :人間七七四年:2008/07/14(月) 04:12:38 ID:RmZPQ46/
>>935 はい、消えたー。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 09:15:00 ID:aS+tCUMt
>>24
「富加」問題を最初に指摘したのは、勝村公氏です。

勝村公「偽書『武功夜話』と贋系図『前野氏系図』の検証」(『歴史民俗学』15号、1999年)


944 :人間七七四年:2008/07/14(月) 20:01:25 ID:zD8KOlnV
624 :日本@名無史さん:2008/02/17(日) 01:44:34
>>623
関ヶ原に関する鈴木の主張を読んでみな
モロ司馬の「関ヶ原」の受け売りになってる


これも笑えるw

945 :人間七七四年:2008/07/15(火) 03:33:47 ID:PSA0xCiL
>>943-944
なんでそこまで必死なんだ?

946 :人間七七四年:2008/07/15(火) 19:01:46 ID:tgR85JnD
>>940に必死な奴と言われて言い返したいのですね。わかります。

947 :人間七七四年:2008/07/16(水) 19:19:43 ID:zagpewDq
で、この剽窃家の鈴木爺の功績って何かあるの?
結局は何も無いって事でしょ。

948 :人間七七四年:2008/07/17(木) 15:42:49 ID:dnOf4ZB5
>>947
日本刀の名誉を著しく傷つけ、日本中の刀剣愛好家を悲嘆にくれさせたこと。
長篠の三段撃ちに異論を唱え、講談師と教科書会社に経済的苦痛を与えたこと。
徳川家康の覇業の価値を著しく貶め、日光東照宮と講談社に経済的打撃を与え、かつ日本の中小企業経営者に精神的苦痛を与えたこと。
「武功」を無価値なものであると決め付け、吉田氏の名誉を著しく傷つけるとともに新人物往来社に経済的打撃を与えたこと。
妄説を日本中に流し、日本中の鈴木さんに「ご親類ですか?」と尋ねられるというこの上ない苦痛を与えたこと。
雑賀鉄砲衆について過大広告を流し、この地区に集まった観光客に人権に関する誤った知識を持たせることで地域住民に迷惑を掛けたこと。
藤本氏と組むことで、藤本氏の学問的名声と人格的評価を著しく貶めていること。

こんなにありますよw

949 :人間七七四年:2008/07/18(金) 01:04:25 ID:xf33kbrK
>>948
武功は歴史的には無価値だろw

950 :人間七七四年:2008/07/19(土) 04:47:02 ID:QIFzmK9c
>>949
それは、全てあなたの思い込みです。

951 :人間七七四年:2008/07/19(土) 08:57:07 ID:0Vsjx9XO
武功は無価値だよなぁ。
むしろ、害悪でしかなかったよなぁ。

952 :人間七七四年:2008/07/19(土) 21:46:16 ID:YycRsMIJ
>>950
武功夜話の歴史的価値って何だ?
偽書研究が進んだってことかw

953 :人間七七四年:2008/07/20(日) 08:25:30 ID:eyeWPaXe
鈴木のアホに洗脳されたハンチクが多すぎ。
妄言吐くにしてもちゃんと武功夜話からにしろ。

954 :人間七七四年:2008/07/23(水) 19:44:11 ID:cJ0eVton
つーかさ、鈴木の説を信じてる人達って、他の本とか資料とか読まないかねw

955 :人間七七四年:2008/07/24(木) 19:56:00 ID:mNmMp1e/
>>952
偽書だ偽書だと騒いでいるのは、鈴木とその信者だけじゃないか。

956 :人間七七四年:2008/07/25(金) 10:29:24 ID:yOPJX69/
釣れますか?

957 :人間七七四年:2008/07/25(金) 23:54:42 ID:uhYqGgYy
>>956
鈴木さん乙。

958 :人間七七四年:2008/07/26(土) 07:01:31 ID:gBgN5/+z
なんか流れが、ツガルサングンシスレ、に似てきておもろい。

959 :人間七七四年:2008/07/26(土) 23:51:17 ID:JrUzOY06
こんな所にも鈴木説盲信してる奴がいるんだけど……どうしたら良い?
ttp://sports11.2ch.net/test/read.cgi/budou/1207396722/282n-

960 :人間七七四年:2008/07/27(日) 06:53:17 ID:JCRTzdgM
>>959
武士の魂である日本刀に対する敬意が薄いヤシがいるな。古代から太平洋戦争終結まで、日本刀が日本人の主武器だったことを忘れちゃいかんな。

961 :人間七七四年:2008/07/27(日) 09:47:07 ID:bGQcjxsN
>>960
鈴木信者さん、あからさまな煽り乙。

962 :人間七七四年:2008/07/27(日) 15:26:09 ID:wdomvfmO
古代に日本刀は存在しませんよ、と

963 :人間七七四年:2008/07/27(日) 19:12:41 ID:1PZTOgdF
何故にこんなパクリ屋爺の珍説にしがみついてる信者がいるのか不思議。
なんとか学会とかうんたら真理教とかブタの科学とか隣国のセックス教団とかのいかがわしい宗教団体にでも関係しているのかね?

964 :人間七七四年:2008/08/02(土) 05:01:36 ID:RzQIfZRr
>>960
お前は鈴木大先生、いや鈴木神の玉稿を読んで考えを改めろ!
この邪教徒が!!!!
悪霊退散!悪霊退散!鈴木真哉生き神様マンセ!

965 :人間七七四年:2008/08/02(土) 13:13:17 ID:7tFXr9+x
釣り針が大きすぎますよ

966 :人間七七四年:2008/08/07(木) 05:45:49 ID:RT4F/19/
日本歴史八月号。
まとめると、「鈴木たちは原本をみていない、自分は原本を見て江戸末期と確信。
これは家伝史料としてみるべき」となっている。
当然、ヒソヒソ話とか内容には触れてない。

これって、非常に危険な手法で、紙、墨、書式、書体がいくら
当時のものでもそんなのはいくらでも偽造できる。
「なんのために?」という質問も危険で、そういうことから真贋を
判断すべきではない。

矢印とか昭和の地名とかそういう内容について小和田がどういう
解答をしているのかは知らないが、偽書ではない、と断言されるのには
少し早いとは思う。

武功夜話は偽書?
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169263287/254

967 :人間七七四年:2008/08/09(土) 16:08:20 ID:ji5YO3yI
>>966
鈴木さん乙。

968 :人間七七四年:2008/08/15(金) 03:16:23 ID:9oYE+sT7
>>966
くだらねー。鈴木のオナニーなんかどうでもいいよ。

969 :人間七七四年:2008/08/23(土) 21:24:33 ID:x2sABhI7
それよりこんな所にも鈴木説の支持者がいるんだが……どうしたらいい?
ttp://mootoko.blog.shinobi.jp/Entry/2138

970 :人間七七四年:2008/09/05(金) 07:34:31 ID:esSKb0s6
あくまでも小説として読む。
その限りでは面白い部分もある。
それ以上でも、以下でもなし。

971 :人間七七四年:2008/09/05(金) 08:10:25 ID:u+kyoQ1W
鈴木の本を1冊買ってみたが断言と宣伝で本文が酷いなw

972 :人間七七四年:2008/09/07(日) 19:29:56 ID:eRihcvw6
文章が悪くても内容がしっかりしていれば問題は無い。
でも、肝心の中身があれじゃねぇ・・・w

973 :人間七七四年:2008/09/15(月) 17:17:41 ID:xMIREC2X


974 :人間七七四年:2008/09/19(金) 20:25:06 ID:RrkCKyOp


975 :人間七七四年:2008/09/20(土) 06:20:37 ID:t9a3qiii


976 :人間七七四年:2008/09/21(日) 08:52:14 ID:RXuGqWBs


977 :人間七七四年:2008/09/21(日) 08:58:39 ID:RXuGqWBs
 

978 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:05:05 ID:RXuGqWBs
 

979 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:05:52 ID:RXuGqWBs


980 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:07:15 ID:RXuGqWBs
 

981 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:08:30 ID:RXuGqWBs


982 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:09:11 ID:RXuGqWBs


983 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:27:15 ID:RXuGqWBs


984 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:40:03 ID:RXuGqWBs


985 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:43:26 ID:RXuGqWBs


986 :人間七七四年:2008/09/21(日) 09:44:32 ID:RXuGqWBs


987 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:14:05 ID:RXuGqWBs
 

988 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:15:29 ID:RXuGqWBs
 

989 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:16:44 ID:RXuGqWBs
 

990 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:18:33 ID:RXuGqWBs
 

991 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:20:08 ID:RXuGqWBs
 

992 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:22:08 ID:RXuGqWBs
 

993 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:22:57 ID:RXuGqWBs
 

994 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:28:48 ID:RXuGqWBs


995 :人間七七四年:2008/09/21(日) 10:46:54 ID:mNQErOGK
そろそろ次スレ立てるかな

996 :人間七七四年:2008/09/21(日) 11:05:56 ID:RXuGqWBs


997 :人間七七四年:2008/09/21(日) 11:07:01 ID:RXuGqWBs


998 :人間七七四年:2008/09/21(日) 11:07:51 ID:RXuGqWBs


999 :人間七七四年:2008/09/21(日) 11:08:39 ID:RXuGqWBs


1000 :人間七七四年:2008/09/21(日) 11:09:31 ID:RXuGqWBs

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       |         ,:(,..、 ;:|/
       |        ,,,..;:;:;:;,/
       /  `::;;.   '"`ニ二ソ  <鈴木真哉・藤本正行、やっぱ最高!
     /7    ゙゙:`-、;:;:;;;:;:;:;;/ 
   ,,.ィ"`:、        "/;:`ー-:、.._
 ‐'":;:;:;:;:;:;:;:\   . : :;: .  ;/;:;:;:;:;:;:;:;:;:~`'''ー--:、,,_
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.  |エi> ,'  イiエ>  レ'゙,r .,l }  
  i.  /         Y./ノ   さあ泳いでゆけ、現代のもののふたちよ!
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